二百四十一話目 卒業後の進路についての日
6月11日の更新です。
本日も宜しくお願い致します。
裕翔さん襲来事件から、更にひと月が経ちました。
すっかり季節は秋めいて、頬を撫でる風も冷たさを増してきた今日この頃。
僕は、あることで頭を悩ませていました。
ワイワイと、皆のハシャぐ様な声が教室中を埋め尽くしていますが、その中で僕は1人、静かに机の上に乗せられた紙を見つめています。
別にあれから皆に無視されているとか、イジメられている訳ではありません。
ただ、目の前の紙…【進路相談のプリント】を見て悩んでいただけです。
これは文字通りのアレで、この学園の創立メンバーの中に日本人が居るっぽい事から、これまで色々な行事は想像していたのですが、まさかこれもあるなんて…。
チラッと周りを見ると、冒険者になりたいと目を輝かせていたり、騎士になりたいと希望を抱いていたりしているクラスメイトの姿が見えます。
僕もですが、彼らはこれからひと月をかけ、進学か就職、もしくは他の何か、等の進路を決めて行く事になるんです。
例えば高等科には【冒険者学】なるものがありますが、別にその授業を取らなくても冒険者にはなれます。
しかし、受けておけば採取の授業や魔物の特性や特徴等の更なる勉強が出来るため、将来冒険者になりたい生徒の大半は高等科に進む道を選びます。
他にも就職希望者には、就職先の斡旋等の保証も手厚くしてくれる為、もし高等科に進まずに就職を希望する様な生徒にも安心です。
とまぁ、そんな感じでこれから卒業するまでの期間中に、未来の事を決めていかなくてはならないのですが…。
「はぁ…」
思わずため息が漏れる。
とは言え、僕だけ夢が無くて進路が決まっていない。なーんて言う訳ではなく、その進路の就職先?が悩ましいから悩んでいるだけです。
その進路と言うのが…。
・勇者パーティーに入る
なので悩んでいる訳なんですが、これ、端から見たら贅沢な悩みに見えるかもしれませんよね?
ですが、宇美彦のあの表情を見ていると悩まざるを得ないと言うか、何と言うか…。
まぁその他にも色々と思うところがあって、僕は今こうして悩んでいると言う訳です。
因みに宇美彦はまだこの学園に残っていて、今もランスロット先生のアシスタントをしながら、皆の机を回って各々の相談を受けていました。
宇美彦は昔から小さい子――悪意は無い――が好きだったから、意外と楽しそうに教師見習いみたいな事をしていて、今も楽しそうにワンダやルドルフと話しています。
またその姿が、2~3年学園に残って教師していた亜栖実さんよりも様になってるんですよねぇ…。
おっと、今は宇美彦の進路じゃなくて自分の進路を考えなくちゃ。
う~ん。でも、どうしたら良いんだろう…。
「シエロ様、何を唸っておいでなのですか?」
「うわっ!?」
宇美彦を見ながら頭を抱えていたら、突然後ろ――僕が後ろを向いてたんだから、寧ろ前の方からかな?――から、コローレが声をかけてきました。
気配を消して近づいてくるから、ビックリして思わず声が出る。
皆もそれぞれ喋っていたから、変に注目を集める事はありませんでしたが、ビックリした事に変わりはありません。
なので、
「ちょっとコローレ、気配消して近づかないでって言ってるじゃないか~。ただでさえコローレの気配は感じにくいんだから…」
と軽く文句を言うと、コローレからは、
「申し訳御座いません。ですが、私は今回、普通にシエロ様のお近くまで馳せ参じさせて頂いた次第で御座います」
との返事が返ってきます。
「え?それはごめん…」
見当違いの文句について謝る僕に、
「いえ。それよりも、何かお悩み事ですか?」
と何でもない事の様に悩み事を聞いてくれるコローレ。
コローレが居てくれるなら、突っ込みも分散化されるんじゃないかな?何て思いながら、僕は悩んでいた事をコローレに打ち明けました。
――――――
「なる程、シエロ様はその様にお悩みだったのですね?主のその様な悩み事にも気づかぬとは…。私、修行をやり直して!」
「いや、良いから。うちの執事長だってそこまで見抜けないから。無理だから」
僕の話しを聞きながら、何かわなわなしてるなと思ったらそれかよ!と、心の中でも突っ込みながら、コローレの制服を捕まえて自分の席に座らせる。
いくらクラス全体が騒がしいと言っても、いつまでも席を立ってたら流石にランスロット先生に怒られるし、ましてや授業中に教室から出ようとするな!
「でさ。コローレはどうするの?進路」
コローレを席――僕の後ろが彼の席です――に座らせた僕は、椅子を横向きに座り直して話しかけます。
「私はシエロ様に付いて行きますれば、シエロ様のお進みになる場所が私の進路とも言えるので御座います」
「……。あっそう…。でもさ?良いの?コローレなら就職先にしたって引く手あまたでしょ?」
全くブレないコローレの発言に、一瞬言葉が出て来ませんでしたが何とか気を取り直して続けます。
「有り難い事によくお話しは頂きますが、私はシエロ様のお側に居る事が至上の喜び。ですから、全てお断りさせて頂きました」
「あっ、はい…」
ドヤ顔全開で断ってやったぜ!と鼻息を荒くするコローレを前に、僕は今度こそ言葉が出て来ませんでした。
「なぁ、自習って事になってるから好きに相談するのも良いけどよ?もう少し静かにな?コロさんの声、スッゴい響いてんぜ?」
「おや、宇美彦【先生】。お騒がせしてしまったなら申し訳ありません。ですが、進路にお悩みのシエロ様のお話しを聞いていただけで御座います」
コローレのドヤ顔に遠い目をしていた僕達の所へ、後ろの席を回っていた宇美彦が近づいて来ます。
確かにコソッと話していた僕と違って、コローレは普通の音量で話していたから後ろの席まで話し声が聞こえてしまっていたのかもしれませんね?
「あっ、ごめんなさい宇美彦先生。コローレの言うとおり、僕の悩みを聞いてもらっていたんです」
「いや、将来を決める大事な事だから、相談はバリバリして良いんだけどな?騒ぐなってだけだ。それより、何について悩んでたんだ?」
僕からも謝ると、宇美彦【先生】はコローレの机に腕を乗せてしゃがむようにして、話しを聞く体制を取ってくれました。
あっ、宇美彦の事を【先生】って呼んでいるのは、流石に教師(仮)を呼び捨てにするのはどうなのか?と言うランスロット先生の注意を受けての事です。
確かに、いくら宇美彦が親しいからと言って呼び捨てにしていては、他のクラスメイト達の手前示しがつかないよな?と納得して、それからは皆の前では【なるべく】先生と生徒の関係を続けています。
なるべくなのは、ついウッカリボロが出るからなのですが、そこはまぁ、なるたけ気にしない方向で…。
「どうしたんだ?……やっぱりうちのメンバーが原因か?」
僕が言いづらそうな顔をしていたのか、宇美彦は小声でこそっと問いかけてくれました。
僕が裕翔さんにパーティーに誘われた話しは、次の日には何故か学園のほぼ全体に知れ渡ってしまっていたので、今更小声になる必要はなかったのですが、その宇美彦の心遣いが嬉しい…。
流石は心のおかん。
あっ、心のおかんって言うのは向こうの世界での宇美彦のあだ名です。
何で【心】かって言うと、胃袋のおかんが僕だったから…。
って、そんな事は今どうでも良いんだよ。
「いや、そこはそこまで問題にしてないんですが…。僕みたいに平凡なのが裕翔さん達のパーティーに入ったら迷惑なんじゃないかと思って…」
気を取り直して、宇美彦に悩みを打ち明けます。
さっきもコローレに話していた内容だから、どもる事なく話せました。
コローレはそんな事無いって言ってくれたけど、やっぱり不安と言うか何と言うか…。
持ってる魔法属性の量だけで言ったら、僕でもチート持ちだって言えるのかもしれないけど、それだけだったら亜栖実さんや裕翔さん。それに宇美彦だって同じですからね?
「はぁ?」
僕はこれでも意を決して打ち明けたと言うのに、宇美彦から返ってきたのはこんな返事でした。
しかも、
「はぁ?って何だよ…」
「お前本気で言ってんのか?まぁいいや、後で話す!」
「えっ?あっ、ちょっと!?」
僕の質問に答える事もせず、止める間もなく他のクラスメイトの下へ行ってしまう宇美彦を見送りながら、
「何で?」
と宇美彦の代わりにコローレに問いかけてみれば、
「うふふ」
と笑って誤魔化されてしまったのでした。
本当になんで?
本当に今更感は強いのですが、一応教師(見習い)って事で!
本日も此処までお読み頂きまして、ありがとうございました。