二百三十九話目 勇者裕翔再登場の日
6月9日の更新です。
本日も宜しくお願い致します。
ゾルフ事件から一週間が経った。
僕とコローレによって浄化されたゾルフは、一応人の体に戻る事は出来たのだけれど、一時的にとは言え魔物化したと言う事で、結局王家直属の研究所の方に連れて行かれてしまいました。
研究所から職員が何人か来て連れて行ったのですが、その時、退学する時には来ていたお父さんと2人のお兄さんは終ぞ姿を見せず、ゾルフはキャスター付きの、頑丈そうな鉄の檻の様な物に閉じ込められた状態で連行されて行ったのです。
が!
後でスクルド先生からこっそり聞いた所によると、ゾルフはこの時、スティンガー家との縁を切られてしまっていたんだそうです。
元々親子、そして兄弟間の仲がそこまで良くなかったらしいのですが、ゾルフを連行中の列に王都の中央通りで立ちはだかり、
【お前は一族の恥だ!】
みたいに怒鳴り散らしている男性の姿を、偶々ゾルフの警護でついて行っていたスクルド先生は見たんだそうで、その時の事を話しながら、
《「スティンガー家は武功で家を大きくしたとされているが、その実、上役に対して媚びを売るのが得意だからあれだけ家を大きく出来た。なんて噂されていてな…」》
《「そんな事があるから、実はあまり評判が良くないんだ。しかも今回、いくらなんでも自分の子供に対して手や足をあげてわめき散らすなんてみっともない姿を往来で晒したんだから、人々の評価は更に落ちるだろうな…」》
と、悪そうな顔で微笑んでいました。
スティンガー子爵は、子供に対する虐待何かも噂になっていたと言うし、わざわざ学園の中ではなく往来の多い中央通りでそんな事を言うなんて、貴族としてだけでは無く、人としての正気を問われる事になるでしょう…。
ゾルフの事はぶっちゃけ嫌いですが、せめて研究所の中では酷い目を見ないと良いなぁ…。と、彼の無事を祈るしかありませんでした。
さて、クレアさんに始まり、妖精達、クラスメイト、更にはアスタおばあちゃんのお家までの謝罪行脚を終えた僕は、漸く元の生活へと戻れた…ハズだったんですが…。
《ガチャーーン!!》
「シエロ君が呪われたって聞いたけど!?本当!!?」
突如部室の扉を破壊する勢いで現れた勇者裕翔さんの登場で、更に事態はしっちゃかめっちゃかになっていきます。
あっ、駄目だ。扉壊れてる…。スクルド先生は泣いて良い。
――――――
《カチャカチャ》
「ごっ、ゴメンね?」
《ガタガタ》
扉にはまっていた30cm四方の窓は割れ、元の形状が分からない程バッキバキになってしまった扉を、部員全員が無言で撤去、掃除していく。
何気に昨日も3年A組のフルスターリ達の担任、ゴンザ・ロフチャ先生も同じ事をしていて、やっと直したのに…とドアの撤去を手伝いながらスクルド先生は泣いています。
「すっ、すいません。すぐに直しますから」
そんなスクルド先生の様子を見た裕翔さんは、凄い勢いでわたわたしながら資材置き場の方へ走っていきました。
あっという間に姿が見えなくなったから、凄い速さで走っていったんだとは思うけど、だったら転移魔法使えばいいのに…。と思ったのは僕だけではないとおもう。
う~ん。相変わらず残念な勇者様だなぁ…。
――――――
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「直してくれんだから、もう良いよ…」
直角に腰を曲げて、何度も何度も凄い速さで頭を下げる残念系勇者の裕翔さんと、裕翔さんが起こした風圧で髪の毛がどえらい事になっているスクルド先生を見つめながら、僕は2人に出すお茶を淹れていました。
因みに他の部員達には、扉が直った時点で避難…通常業務に戻ってもらっています。
時折スミスさんが放つ、
《キュイーン、ガガガガガガ》
と言う金属を削る音が部室内に響き渡って、謝罪する裕翔さんの声をかき消す程のボリュームを出す中での2人のこの対比は何ともシュールだ…。
「お待たせしました…。どうぞ」
とは言えそのシュールな光景を作り出した原因は僕にもあるので、残念さん。おっと、裕翔さんを止める意味も込めて、気持ちが落ち着くお茶を調合して差し出してみました。
「あっ、ありがとうシエロ君。……ふぅ。美味しいね?」
目論見は当たり、テンパり過ぎて強ばっていた裕翔さんの顔が柔らかくなっていきます。
良かった。やっといつもの裕翔さんの顔になりましたね?
裕翔さんの表情を伺っていた僕は、お茶を飲んでまったりしている裕翔さんの姿を見て、今だ!とばかりにスクルド先生の乱れまくった髪の毛を素早く取り出した櫛によって櫛削り、整えて行きます。
さっきから気になって仕方が無くて…。
え?他に気にするところがあるだろうって?
……ごもっともで…。
「裕翔さん、あの、今回のご用件と言うのは、僕の事ですよね?すいません。ご迷惑とご心配をおかけしてしまって…」
綺麗に櫛削られたスクルド先生の頭に満足しながら、僕はゆったりとハーブティーを飲んでいる裕翔さんに向かって頭を下げました。
部屋の中に入ってくる時も、僕が呪われたって本当かー!?的な感じだったし、きっと宇美彦辺りから聞いて駆けつけて下さったんでしょう。
勇者一行のリーダーとして、大変な裕翔さんを僕の勝手な行動で呼び出してしまったなら申し訳無さ過ぎて、例え怒鳴られたって反論すら出来ません。
「あぁ、いやいや。僕も慌てすぎてすいません。仲間達からも、もっと落ち着けって言われるけど中々ね?」
しかし、返ってきたのは今回1のほほ~んとした返しで、流石は裕翔さんと言うべきか、僕だけではなく、隣に座っていたスクルド先生まで体の力が抜けてしまう程でした。
この人が戦っているところをまだ見た事が無いけど、あんまり戦っているところが想像出来ない。
亜栖実さんは、僕より強いぜ?何て言ってたから流石は勇者だって言うだけあって、相当強いんでしょうけど、やっぱり想像出来ない。
そんな裕翔さんは突如、のほほんと、へらっと今まで通り笑いながら、亜栖実さんばりの爆弾を投下してきました。
「シエロ君も僕達の仲間にならない?」
「へ?」
サッキマデノハナシノナガレデナンデソウナルノ?
裕翔か亜栖実が出て来るとグダグダになるのは何故なんでしょうか…。
本日も此処までお読み頂き、ありがとうございました。