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二百三十話目 目覚めない人々の日


5月28日の更新です。


本日も宜しくお願い致します。





 ゾルフをみの虫か芋虫に改造した僕達は、やっと近付いて来てくれた先生方にゾルフを託すと、一路屋外保健室へと足を運んでいました。



 本当はすぐにでも2人と感動の再会的な事をやりたかったんですが、クレアさんとルドルフの事が気になっていたので、ひとまず移動する事にしたんです。


 その代わりかどうかは分かりませんが、ゾルフの魔力にあてられてずっと僕のお腹の中で休んでいたフロルが、


『僕、シエロが大事な時に役立たずだった!!姉さん達ごめんなさい』


 と号泣してしまったので、今2人は歩きながら必死に泣きわめくフロルを慰め宥めています。


 妖精は実体のある体を持たない種族なんだから、あんなに負の魔力を放っていたゾルフの前に出たら、最悪消滅してしまうかもしれなかったんです。


 そんな危ないところにフロルは出せませんよ!!だから、寧ろ隠れていて正解だったんですけどねっ!?



 さて、そんなワンワン泣き崩れている小さくて可愛いフロル君はお姉さん2人に任せ、僕は他のメンバー達と一緒に屋外保健室の幕を捲って中へ潜り込みます。


 すると、さっきはあれだけ騒がしかった保健室の中が、まるでお通夜みたいに静まりかえっているではありませんか。


 簡易のベッドの上では、起き上がれる人はベッドに座りながらうなだれ、横になっている人は顔を両の手のひらで覆っていて、他の人達も似た様な格好で下を向いています。


 見る人見る人どんよりとした表情をしていて、僕達が中に入って来たのは気づいているはずなのに、ちっとも誰も目を合わせようとしてくれません。



「あの~どうしたんですか?」


 声をかけてもらえるまで待っている訳にもいかないので、僕は恐る恐る近くにいた高等科の、猫耳がプリきゅんな先輩に訊ねてみますが、先輩はビクッと肩を震わせるだけで答えてくれません。無視です。もうね?まるっきり無視!


 見れば、他の保健室に居た人達がとある場所を隠す様に移動しているのが見えました。


 ?


 本当になんなの?と訝しく思ったのですが、その隠そうとしていた場所が、僕がクレアさんを寝かせた場所に近い事に気づいて、慌ててその場所に駆け寄ります。


 途中、屈強な男達の肉壁に阻まれましたが、僕が上目づかいで


「そこを、通していただけませんか?」


 と優しくお願いをすると、皆何故か顔を赤らめながら退いてくれました。



 いつもは腹立たしく思う男達のこの態度だけど、今は役に立ったからいっか!くらいの気持ちで肉壁をすり抜けます。


 すると肉壁を越えたすぐ目の前には、最後のおっぱ…もとい刺客たるアテナ先生が仁王立ちで僕を見据えていました。




「シエロ君はこの先入れません」


「アテナ先生、退いてくだ「シエロ君はこの先入れません!」


 退いてくれと言うのを遮る様に被せてくるアテナ先生。


 その、いつもとは違うハッキリとした物言いで、チャームポイントの柔らかい垂れ目を精一杯つり上げて僕を見据えたアテナ先生の目は、全てを物語っているかの様に雄弁でした。


「まさか…。そんな!」


 嫌な予感ばかりが過ぎり、また早くなっていく胸の鼓動を必死に抑えながら、


「嫌です」


 と僕は首を横に振り、アテナ先生の横を通り抜けようと走り出しました。


「駄目よシエロ君!今はまだ駄目!!」


 叫ぶように僕のえり首を捕まえようとしたアテナ先生のしなやかな指を、小柄な体格を生かして避けた僕は、そのままクレアさんを寝かせたあのベッドへと駆け寄ります。


 すると…。



 そこには、土気色をしたクレアさんと、白い顔をしたルドルフが並んで横たわっていました。


 2人とも微かに息はしている様でしたが、とても弱くて、まさに虫の息といった風体です。


「運ばれて来た当初は、シャーロットちゃんもルドルフ君も命に別状は無かったの。シエロ君の処置が完璧だったから、直ぐにでも目が覚めるだろうって状態だったんだけど、君達が居た方角から誰かの叫び声が聞こえた辺りで容態が急に悪化してね?それで――」



 急速にアテナ先生の言葉が遠くへ遠ざかっていく。


 僕に追いついたコローレと宇美彦が何か言っているみたいだけど、口パクしている様にしか見えず、僕の耳には何も聞こえなかった。


 あぁ、まただ。


 落ち着け!まだ2人とも死んだ訳じゃない!!


 まだ間に合う!!


 どこかで冷静な僕がそう叫んでいるけど、その言葉も僕の耳をすり抜けて届かない。


「はっはっ、はっ」


 鼓動と連動する様に、自然と息があがっていく。


 コンクリートの地面に広がる血溜まりの映像がフラッシュバックして、目がチカチカし始める。



「はっ、はぁ、ぁっ」


 過呼吸の症状まで出始めて、心臓が早鐘の様に鼓動を刻んでいく。


 クスクスと笑いながら指差す人影と、スマホ片手につぶやく人影がぐるぐると頭の中を巡る。



 地面に横たわった僕が此方を振り向くが、その顔はいつの間にかルドルフの顔に変わっていて、光を映さなくなった瞳が濁っていく。


 ルドルフの隣には、頭同士を合わせる様にして倒れているクレアさんの姿もあり、ぼんやりと虚空を見つめている瞳が黒くドロドロとした何かに染まっていく。



「ひゅっ、ヒュー。ヒュー」


 過呼吸で酸素を吸い込み過ぎた肺が悲鳴をあげていた。



 ドロドロとした液体が溜まった瞳を此方にむけたクレアさんがぎこちなく唇を動かして、



「死にたくない」



 と呟いた。



 途端に開ける視界。


 死なせない!もう誰も死なせたくない!!


 【あんな思い】はもう沢山だ!


「《光回復:大》《情報解析:診察》《光回復:大》」


 僕は立て続けに回復魔法を繰り返しますが、2人の体にどこか異常がある訳でもなく、結果は空振りに終わりました。


 これでは駄目だ!他に何か方法は…。


 頭の中で、色々な方法をシミュレートしてみますが、どれも回復魔法と変わらない物ばかりで、焦るばかりの脳みそは最適解を叩き出してはくれません。


 駄目だ、このままでは…。


 いや、諦めたくない!でもどうしたら!?



 答えが見つからず、思わずギュッと固く目を瞑りながら俯いた僕の眼前に、突如ストロボが焚かれたかの様な眩い光が炸裂します。


「わっ!?」


 突然の出来事に驚いて思わず目を開けると、シルクハットのリボン部分に、帽子の大きさ的に不釣り合いな程大きなアナログ時計をつけた、手のひらサイズの少年がニッコリ微笑んでいました。


 突然現れたこの少年を見て、何故コローレも誰も騒がないんだろう?と周りを見れば皆、嘘の様に固まっています。


 言うなれば一時停止状態です。よく漫画やゲーム、小説なんかで出てきた様な【時間よ止まれ】状態ですよ!


 そして僕の隣では、心配そうな表情を浮かべてコローレまで止まっていました。


 えぇっ?コローレさん!?精霊様があっさり時間を止められて良いんですかねぇ!??



『『あはは、ごめんね?皆の時間を少し止めさせてもらったよ?もちろん光君もね?でも大丈夫。君の事は僕が助けてあげるから♪』』


 1人しかいないのに、何人もの人数が同時に話しているかの様に聞こえる不思議な声の少年は、ブカブカの燕尾服の袖から小さな指先だけを出して、よそ見をしていた僕のおでこを軽くつついた。


 そして、


『『『対価は君のこれからの時間だよ?君は払えるかい?』』』


 と、ニコニコと人懐っこそうな柔らかい笑顔で首を傾げながら呟きました。



 僕は、迷わず…。



 頷いた。







マネキンチャレンジ(笑)


本日もここまでお読み頂きありがとうございました。



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