百七十話目 コローレの眼鏡の日
僕達が遠足から戻って一週間が経ちました。
今朝方、新2年生達は僕らが下見した草原地帯へ意気揚々と出掛けて行き、今頃皆でご飯でも食べてるかな~?と思い始める様な、そんな時間帯。
「眼鏡が欲しい?えっ?コローレ視力でも悪くなったの?」
食堂へスキップしながら向かっていた僕に、コローレが急に【眼鏡が欲しい】と言い出しました。
ビックリした僕がスキップを止めてコローレの方に振り返ると、苦笑を浮かべたコローレがそこには居ました。
あれ?確かコローレは精霊だから、【視力】って概念がまずないって言ってた様な…?
「いえ、目が悪くなった訳ではないのです…。シエロ様の仰る通り、我々にはまず、その概念を持ち合わせてもおりませんのでそもそも必要ではないのですが…」
「じゃあどうして?」
後半声を潜めながら話すコローレとそんな話しをしながら、僕達は食堂の列へと並びます。
ほう。今日はAランチがコッコの肉団子のトマト煮込みで、Bランチの方はアージのフライか~…。
肉団子に使われてる【コッコ】とは、大きさが僕とほぼ同列の鶏の魔物で、フライの方の【アージ】って魚も僕くらいタッパがある魚――此方は魔物ではなく普通の魚――です。
アージの方は名前が鯵に似ているから最初食べてみて驚いたんですけど、味も見た目もまんま【鮭】。
要は鶏ひき肉のトマト煮込みか、鮭フライって事なんですけど、今の時期どっちも脂がのってて美味しいんですよね~…。
こっちの鮭は秋じゃなくて春に産卵するので、丁度今が旬だし、鶏の方も寒さを耐える為にぷっくぷくに太ってるからいつも以上に身が柔らかくてジューシーで…あっ、お腹鳴った…。
う~ん、めちゃくちゃ悩むな~…。
「シエロ様、続きをお話しても宜しいでしょうか…?」
「あっ、ごめんごめん。すっかり夢中になっちゃってた。おばちゃん、僕Bランチ下さい!」
「あいよっ!」
気っ風の良い食堂のおばちゃんにBランチ、つまりアージのフライ定食を頼み、列を進みながら僕はコローレの話しに耳を傾けました。
「実は…」
コローレが何かをねだるなんてあまり無い事ですし、きっと深い意味が…。
「実は、バトラー様のお姿に憧れていまして」
とんでもなくすっとこどっこいな理由だったーー!?
「はぁ?」
思わず声が裏返ってしまったけど、そんな事はお構いなしとばかりにコローレの方を見やる。
「ですから、バトラー様に憧れまして」
聞き返した僕の意図を無視したコローレは、涼しい顔にうっすらと笑みを浮かべながら同じ言葉を繰り返します。
「えっ?いや…。ちょっと待って?」
「かしこまりました。ですがシエロ様、後ろの方のご迷惑になりますから、列だけはそのままお進み下さい」
「あっ、はい…」
コローレに促されるまま、開いた分の距離を進みながら、僕はバトラーさんの眼鏡について考えるます。
確かに僕はバトラーさんにも眼鏡を作った。
しかも、結構なレア素材使って、作った…。
と言うのも、実はバトラーさんは軽い乱視持ちで、デイビッド君と同じく、左右の視力に差が出ているタイプの近視だったんです。
いつも完璧に働いていたバトラーさんだったから僕も最近まで気が付かなかったんですが、僕が四年生になる冬に里帰りした時にバトラーさんの動作にふと違和感を感じた事がきっかけでした。
バトラーさんが、父さんが見終わった後の書類を掴もうとして上手く掴めなかったところを偶然見てしまったんです…。
不思議に思って勝手に魔法を使って診察してみたら、案の定と言うか何というか。
【乱視:右0.3、左0.8 両目で視力が違う為、乱視の影響もあり距離感が掴みづらい状態】
といった結果が出て…。
僕はすぐに診断結果を父さんに相談し、バトラーさんを交えて状態を説明した後、コローレが今欲しがっている眼鏡をその場で設えたんです。
バトラーさんはキビキビとよく動く為、なるべくズレにくく丈夫なフレームをと思い、しなやかで頑丈なのが特徴のポイズンスパイダーの殻を使って作りました。
この時はダンジョンで倒しておいて良かった~。
とか、ポイズンスパイダー何て、本当は暖かい地域じゃなきゃ拝めないしね~☆
何てヘラヘラとくだらない事、や殻の特徴ばかり考えていたので、仕上がった眼鏡に【耐毒+2】の付加能力が付いていたのを見た時は思わず笑ってしまいました。
そんな感じで出来上がっ眼鏡のフレームは、艶を抑えた鮮やかな紫色になっていて、バトラーさんの紅茶色の髪の毛との相性もバッチリ!
バトラーさんからも、これで更に父さんの役に立てると喜んでもらったのを覚えています。
「あいよ、Bランチあがったよ!シエロちゃんはいつもニコニコしながら褒めてくれるから、今日は小鉢サービスしといたからね!」
「わ~い☆だからおばちゃん大好き~!御馳走様です」
「あはは、大好きだってさ~。おばちゃんも大好きだよ~」
「「あはははははは」」
厨房の外へも洩れ聞こえてくる程の楽しげなおばちゃん達の笑い声を聞きながら、僕は小鉢のお礼を言いながらBランチを受け取り、そのまま空いている席へと直行しました。
そして、僕のすぐ後を歩いてきたコローレを僕の真向かいに座らせると、僕はすぐにコローレにいくつかの質問を投げかけます。
「で?どんな素材の眼鏡が欲しいの?バトラーさんのと同じただの眼鏡が欲しいって訳じゃないんでしょ?今度はどんな魔道具にして欲しいのさ?」
ちょっと矢継ぎ早に聞き過ぎたかな?とも思いましたが、コローレがもし本当にバトラーさんに憧れてると言うのなら、もっと早くに言い出す筈です。
それなのに、シュトアネールから戻って来てから2週間も3週間も経った後でそんな事を言い出す何て、僕は絶対におかしいと思ったんです。
そんな僕の心の中を読み取ったのか、コローレは深々とため息を漏らしながら、降参とばかりに両手を上げました。
何かコローレのこのポーズ、この頃良く見る気がしますね…?
「分かりました、降参致します。いやはや、シエロ様の観察力を恥ずかしながら侮っておりました…。実は昨日、とても良い素材が手に入りましてね?」
そう言いながら、コローレはごそごそと魔導袋を取り出し、その口を少しだけ開けて、中の素材をチラリと出して見せてくれました。
それは、キラキラと銀色に輝く―――――。
鱗?
「まさかそれ、飛りゅ…むぐっ!?」
「シエロ様、Aランチのコッコの肉団子も美味しゅうございますよ?」
うっかり【飛竜さんの鱗】と言いかけた僕の口に、コローレは肉団子を突っ込んで口を封じてきました。
あっ、本当に美味しい☆
じゃなくて!
「それ、どうしたのさ!?」
思わず小声になりながら身を乗り出して問い詰めると、【昨日会ってきた】とあっさり自供。
そして、
「帰り際に頂いたんです。せっかくですから、何かいつも身に着ける物にと思っていたのですが、シエロ様の眼鏡以外に思いつきませんで」
と更なる自白をしていたのです。
「え~?コローレばっかりズルいよ!」
「そう仰られましても…。次回お会いになった時に頼んでみては如何ですか?」
ん~、それもそうか…。
まぁ僕としては【飛竜の鱗】だなんてレジェンド級のレア素材を触れる事の方に喜びを感じるタイプなので、コローレにそんな事を言ってもらえるのはとても嬉しい事ですし、魔道具作りも生き甲斐なのですが…。
「なるほど、加工の仕方がお分かりにならないと…」
僕は素直に頷きました。
此処で無理に出来ると言い張って貴重な素材を無駄にしたくはありませんからね。
ん?素材…?
「あっ、でも師匠なら何かご存知かもしれないから、放課後にでも行ってみよう?」
「シエロ様のお心のままに」
と言う訳で、僕達は【飛竜の鱗】と言うレア素材を引っさげて、師匠ことゴードン・マニュマさんの工房を訪ねる事になりました。
竜の素材だなんて、ミスリルやオリハルコン級のファンタジー素材の1つです。
あ~、今から放課後が待ち遠しい!!
憧れのレア素材を前に、僕のテンションは最高潮にまで盛り上がっているのでした。
飛竜の鱗で作る眼鏡…。
何か強そうですよね?
本日もここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。