百六十六話目 遠足に浮かれた男が酷い目にあった日
入学式が終わったばかりでもう遠足?
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、5月に新2年生達が初めての遠足に出かける前に、僕達上級生が先に遠足の目的地に出向き、安全を確保してあげなければいけないんです。
と言う訳で僕達新6年生最初の遠足の目的地は、背丈の短い草が一面に生い茂る、あの懐かしの草原地帯です。
「あの時はアスミ先生がバカでかい鳥になって飛んできたから、驚いたよな~?」
朝からはしゃぎっぱなしのルドルフが、後ろ向きに歩きながら楽しそうに僕とブロンデに話しかけて来ました。
どうでも良いけど後ろ向きに歩くのは危なくない?
と、注意しようと僕が口を開いた時でした。
ルドルフが顔に笑顔を貼り付けたまま、一瞬にして姿を消したのは…。
「えっ!?ちょっとルドルフ?」
急に姿を消した同級生に焦ったブロンデが、キョロキョロと辺りを見回していたけれど、残念そっちじゃない。
「ねぇ、何で君は罠と言う罠にはまるの?臆病で警戒心が強い兎族の血を、君は一体どこに置いて来ちゃったのさ?」
「お~。どこだろな~?」
僕は地面にポッカリ開いた【穴】に落ちたルドルフを見おろしながら、深~いため息を吐いた。
――――――
「それでは私がお昼休みの合図を出すまでの間、自由に魔物狩りをして来て下さい。とは言え、2年生用にラビッス等の弱い魔物は残して置いて下さいねー?」
「「「「「は~い」」」」」
その後、1人を除いて無事に草原地帯に辿り着いた僕達はパーティー毎に別れ、予定通り魔物狩りを行う事になりました。
春の長閑な陽気の中、そよそよと柔らかな風がそよぐ絶好のお昼寝ポイントで僕達がする事は殺伐とした魔物狩りかぁ~…。
魔王が出現せず、魔物達の活動が弱いままだったら、きっと僕達は今頃、本当の意味での【遠足】をしていたのかな…。
「シエロ!何ボーッとしてんだ?早く俺達も魔物狩り行こうぜ?」
「あっ、ごめんごめん。じゃあ僕達はどこら辺に行こうか?」
【もしも】何て考えを頭から振り払いながら、僕は魔導袋からここら辺一帯の地図を取り出しました。
事前にある程度の目星は付けてきていたのですが、他のパーティーがこぞって僕らが行こうとしている方へ歩き出した為、早速作戦会議を開くハメになったからです。
「じゃあ、あの山の麓は?」
「却下。今日の討伐ポイントは、この辺りの草原一帯から草原をぐるっと囲んでる川のへりまでだろ?あの山の麓までは対象外!他の意見は?」
真っ先に範囲外のエリアを選択しようとしたくせに「ちぇー」っと口を尖らせるルドルフは無視して、僕は他の3人の意見を聞いてみる事にしました。
「丁度、今僕達が居る草原は川に沿って丸くなってるから、その川べりを歩きながら倒して行くって言うのはどう?」
「いくら何でも範囲が広すぎませんか?それなら私達は余り人気の無い岩場の方へ行ってみては如何でしょう?」
「私もシャーロットさんのご意見に賛成で御座います。岩場までは少々難儀な道を通りますから、その分他の班と接触する機会も少なくなる事でしょう」
ふむ。ブロンデには悪いけど、パーティーの頭脳担当の2人がこう言ってる訳だし、僕もそれに異論はないかな?
と言う訳で多数決の結果、僕達は岩場エリアを探索してみる事になりました。
僕達が今いる草原は、樹齢何百年?と言う感じの巨木を中心として歪な円形状に広がっています。
さっきブロンデが言っていた【川】と言うのは、草原の外側をこれまたぐるりと円形状に流れる川の事を指していて、意外に流れが早く、結構な深さもある事から外からの魔物の侵入を防ぐ役割も担っているそうです。
まぁ、それでも僕らが歩いてきた道もある訳ですし、完璧に外からの侵入が防がれている訳でも無い為、僕達が予め後輩達の安全を確保している、と言う訳なんです。
で、今僕達が向かっている【岩場】と言うのは、中心の巨木から見て右側の奥、この広大な草原地帯の中で唯一地面がむき出しになっている場所の事を指しています。
さっきルドルフが言っていた山はその昔火山だったそうで、その火山が噴火した際に落ちた火山弾が、岩場エリアにゴロゴロある巨石群なのではないか、と言われています。
因みに、未だにそのエリアでは草や木が生えにくい事から、【呪われたエリアなのでは?】何て一部の生徒達の間で囁かれているそうですよ?
「シャーロットさんとコローレの言った通りだったね?こっちに来たら誰とも会わないや…」
始めの内はチラホラと見かけていた人影も、岩場エリアに近づくにつれて見かける回数が目に見えて減って来ました。
この場所は【草原地帯】何て呼ばれていますが、実は浅い森になっている様な場所も多く、簡単に言うと、巨木を中心に草原、森、川の順に形成されている所何です。
だからこそ臆病な魔物達も隠れる所が数多くある為、冒険初心者な2年生もそこそこ冒険者体験が出来るのでは?と学園が推奨している場所でもあるのですが…。
いくら僕らの学年だけ人数が少ないと言ったって、「森を抜けたら誰もいませんでした」なんて有り得る話しなのかな?
浅い森…もはやこれは林では?くらいの薄さの森を抜けると、景色は一瞬にして灰色になりました。
僕達の目の前には、親指の爪くらいの大きさの石から、山?と疑いたくなる程の巨大な岩まで、多種多様な岩がゴロゴロ転がっています。
一歩岩場エリアに足を踏み出し周りを見てみると、今まで歩いてきた森と岩場との境界がハッキリと分かりますね…。
「う~、呪われているからかな~?」
この中で人一倍怖がりなブロンデは、森から出た途端コローレの影に隠れて出て来なくなりました。
腰の辺りにがっつりしがみついてるんだから凄く歩きづらいはずなのに、何故コローレは平然と歩けているんでしょう?
「アハハ、呪いなんてある訳ないだろ?」
僕の腰くらいまである岩の後ろを覗きながら、ルドルフが笑い飛ばしました。
って、笑い飛ばすなよ!?
え?こいつマジで言ってんのかな?
世界に散らばる有名な呪われた防具や武器類の話しは、つい一週間くらい前に授業で取り上げられたばかりだぞ?
「ルドルフさん。貴方授業をちゃんとお聞きになっているのですか?【呪い】を議題とした授業を受けたばかりではありませんか」
僕が唖然としていると、クレアさんが代わりにルドルフに突っ込みを入れてくれました。
「あん?ちゃんと聞いてたよ?そりゃ【呪術師】何て職業もあるくらいだから世界中に呪いってもんはあるだろうさ。けどよ?こんなただ岩がゴロゴロ転がってるだけの場所を誰が呪うんだ?」
「なるほど。そう言う意味での【呪いなんかある訳ないだろ?】って事か…。ルドルフ、省略し過ぎ。今スッゴく焦ったじゃないか…」
「なんだよ、皆が勝手に勘違いしただけだろ?」
ルドルフは、また口を尖らせながら僕達に抗議してきます。
まぁルドルフとの会話で主語が抜けてない方が少ないんだから、僕達が気をつけるべきだったんだろうなぁ…。
ん?
よく考えてみれば、元が付くとは言え神父様が変わらずニコニコしている時点で、この場所は呪われてないって態度で示してる様なものなんじゃね?
あっ、こっちみてコローレが笑った。
どうやら当たりみたいですね?
「まぁ、呪いどうこうは置いといてさ。先へ進もう?まだ僕達一匹も狩れてないよ?」
元・神父様のお墨付きももらった事だしね?
何の気なしに話しを変えながら歩き出すと、僕の横をルドルフが凄い速さで追い抜いて行きました。
何事かと、ルドルフを追いかけようと走り出した僕達の耳に、焦った様なルドルフの声が届きます。
「そうだった!早くやらねぇと、このままだと犬っころに負けちまう!!」
段々遠ざかっていくルドルフを見ながら、またアレックスと競争してるのか…。
と走る事を止め、呆れかえった僕達4人なのでした。
◇◆◇◆◇◆
いた…。
あいつだ!
あの不思議な色合いの髪の毛の色を、この僕が見間違うハズがない!!
あぁ、早くあいつを…。
いや。今はまだその時ではない…。
先ずは力を蓄えなくては…。
邪神様の御使いであらせられる魔王陛下に頂いた力を、もっともっと研ぎ澄ます為に…。
岩影から彼らを覗いていた奇妙な人影は、小さくヒヒヒと笑い声を漏らすと、影から影へと移動しながら消えていった。
天然炸裂なルドルフ!
彼は無事に遠足から帰れるのか…!?(笑)
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。