百五十六話目 事件の終わりに…な日
裏で手を引いていたのはイペットだった。
イペットは、彼を頼って学園まで来たルイスさんさえも自分の功績…、自分の出世の足掛かりにしようとしていた。
しかも、ルイスさんの最愛のお姉さんであるマドラさんを人形兵として操った上で…。
僕は先輩達と新しい魔道具を納品する為に、【用具部】へとやって来ていた。
《コンコン》
いつもの様にマルクル先輩が用具部の扉をノックする。
「は~い」
当然、中からイペットの声がする事はない。
パタパタと軽い足音が近付いてくるのが聞こえ、扉を開けたのは小柄な女性だった。
「はいは~い。あっ!魔道具研究会の子達だね?話しは聞いてるわ♪さぁっ、中へどうぞ~?」
やっぱりイペットさんは居ないのか…。
あの柔らかな笑顔を思い出し少し悲しくなるけど、ルイスさん達姉妹にした非道な行いを思うと何だか胸の中がモヤモヤでいっぱいになる。
あっ、と…。
こんな所で物思いに耽ってる場合じゃないや。
えっと目の前で僕達を迎えてくれたのは、亜麻色の淡い色の髪の毛を左右に分けて軽く括り、榛色をした瞳で柔らかく笑うお姉さんだった。
背はうちのお母さんくらいかな?
中肉中背って感じのおっとり系ヒューマン族だ。
唯一普通じゃないのはむn…。
いや、これ以上は止めよう。
男性陣の視線が、ついそこに行ったのを見逃さなかった女性陣が目茶苦茶こっちを睨んでるから…。
「どうしたの~?入らないのかな~?」
《たゆん》
揺れたーー!?
そっか、こんなのゲームや漫画の中だけのものじゃないのか!?
『『さいてー』』
はうっ!
だっ、だって僕だって男の子だも…。
『シエロじゃなくて、もう【エロ】で良いかしら?』
『んだな、これからは【エロ】って呼ぶが…』
うわ~ん!?
それだけは勘弁してください!!
『うるさいわよ?エロ』
『んだぞ?さっさと先輩達と部屋さ入ったらどんだ?エロ』
うわ~ん!!
妖精達がイジメるよぉ~!?
「シエロ君?置いてくよ~?」
はい、マルクル先輩、いま゛いぎまず~(泣)
――――――
「おぉ~、やっぱりこの学園の生徒は優秀なのね~?王都の一流の工房にだってこれ程の代物は中々置いてないわよ~?」
新しい用具部のお姉さん、【ストナリール・アバドン】さんは、恍惚とした表情で僕らが持ち込んだ新しい魔道具を検分していく。
何だろう…。
この人、保健医のアテナ先生とはまた違った意味で危なくない?
「うふふ~。ここの突起は何かしら?あらやだ、何か出してきたわ~?うふふ~、あったか~い♪」
わー!わー!!
危ない、この人絶対危ない!!
何でただの魔法瓶タイプの水筒を持ってるだけで、そんなに危ない発言が飛び出すのさ!??
皆――特に男性陣――も居心地悪そうにしてるし、何なのこの人ーー!!
あんだけ悪い奴だ!って思ってたはずのイペットの事が恋しくなるなんてー!?
はぁ…。
今回僕達が作って持ち込んだのは、さっきも言った通り魔法瓶タイプの水筒です。
遠足でも狩りでもなんでもいいけど、出先で温かいお茶が手軽に飲めたら良いな~って思ったので、先輩と相談して作ってみたら案外上手く行っちゃって(笑)
あんだけ騒ぎになってる時に、裏で何やってたんだって話しだけど、息抜き大事!って事で…ね?
何だかんだ亜栖実さんも一枚噛んでたんだから同罪だよね?
ってな事で、前世でのうろ覚えな記憶だけを頼りにステンレス製の二重構造の筒を作って、内部に鏡面加工を施し、更に空間魔法を駆使して完全なる真空状態を作り出す事に成功!
まさかの前世越え(笑)なメタリックなボディが超カッチョイイ水筒が此処に爆誕したのでした☆
前世の魔法瓶でも完全な真空状態を作り出す事は不可能だって話しを聞いた事があるから、完全な真空状態を作り出す事が出来れば更なる保温性の高さを目指せると思ったんだ。
今のところ、実験では30時間くらい中のお湯を保温しておけるって事は分かってるんだよ。
まぁ、30時間保てば良いだろ?って話しになっちゃったから、その先の実験はしてないんだけどね(笑)
「それがあれば極寒の地でも充分な暖かさのお茶が飲めますし、逆に熱波吹き荒れる酷暑の地で氷を楽しむ事だって可能になります。魔法を使えない様な場でも使えますから、便利だと思うのですが、如何でしょう?」
「そうねぇ…」
代表で質問してくれたマルクル先輩を含め僕達5人は、ストナリールさんの答えを固唾を飲んで見守る。
ゴクリッと誰かの喉が鳴る。
「スッゴく便利だし、私から理事長先生にご報告して、代金をすぐに届けるわね?」
「「やった!」」
「うっしっ!」
「「はぁ~」」
上から女性陣、エストラ先輩、僕とマルクル先輩の順で喜びを露わにした。
結果は【合格】か…。
これで用具部を通して水筒がレンタル品に回ったり、購買部門で取り扱ってもらえる様になるね?
………。
イペットは此処の情報も魔王軍に流してたみたいだけど、わざわざ流さなくても結構早く情報は出回ってたんじゃないかな?
だって、この購買棟の中には世界有数の優秀な商人さん達が出してるお店もある訳だし、その人達が情報を本店なり何なりに流せばすぐ商品開発が始まる様な気もするんだけどなぁ~?
…………?
あっ、イペットは生徒達の情報も流してたんだっけ?
じゃあそっちの方が比重は大きかったのかな?
「ありがとうございます…。そうだ、ストナリール先生はイペットさんについて、何かお聞きになりましたか?急にいなくなってしまわれたので、皆心配していたんです」
僕がイペットの事を考えていると、マルクル先輩も気になっていたのか、ストナリールさんにそう切り出した。
そっか、他の生徒達にはいなくなったって事しか伝えられていなかったんだ…。
そうは言っても、僕だって理事長先生の下にいるって事くらいしか知らないんだけどね?
「イペット…。あぁ、前任者のお名前だよね~?私は直接お会いしてお話しを聞いた訳じゃないけど、故郷のお母さんがご病気とかで~、慌ててお帰りになっちゃったんですってぇ~」
「そうだったのですか。お母さんがご病気なら、仕方ないのです」
イド先輩の感想を皮切りに、各々そうか…、とかそれなら仕方ない、とか言い合っている。
流石に魔王軍の仲間で、学園の情報を不正に流していたとは言えないもんなぁ…。
「元々、イペットさんのお母さんは体が弱かったから心配になったんだろうって、理事長先生はおっしゃっていたわよ~?だから、お休みするんじゃなくてお辞めになったのね~」
「そうでしたか…。イペット先生は何もお話ししてくれなかったので、そんな事知りませんでした…」
《コンコン》
ストナリール先生の言葉にマルクル先輩他、僕以外の研究会メンバーがしんみりしていると、用具部の扉がノックされた。
「はいは~い。今日はお客様がいっぱいねぇ~?」
「あっ、それでは僕達もそろそろこの辺で失礼させて頂きます。皆も良いよね?」
ストナリール先生が立ち上がった所で、皆それぞれマルクル先輩に返事を返し、ノックした人物と入れ替わる様に用具部から退室した。
僕達と入れ替わる様に入ってきた柴犬っぽい犬の獣人さんが、僕とマルクル先輩の顔を見てビックリした様な顔をしてたけど、あれは何だったんだろう?
ん~、あの人どっかで見た気もするんだけどなぁ~?
駄目だ、思い出せん…。
「シエロ君、行くよ~?」
「あっ、ハイ!今行きます」
僕はマルクル先輩の下へ駆け出した。
元凶がいなくなり、平和を取り戻した学園生活をまた楽しむ為に…。
此処で!?
と言う感じの場所ではありますが、本日の更新分でこの章はお終いとなります。
また例の如く閑話をチョロッと挟みまして、新章をスタートさせて頂きたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。
本日もここまでお読み頂き、ありがとうございました。