百三十四話目 僕と女神とチグハグな記憶の日
前世からの名前が思い出せない。
良く考えたら、両親の顔も、兄さんの顔も、出て来ない…!?
僕はパニックに陥っていた。
ブロナーに記憶を戻してもらってから早2年、バラバラだったパズルのピースが、あるべき場所にピッタリと埋まった感覚は今でも覚えている。
忘れてしまっていた事故の記憶も戻り、改めて女神達からこの世界を楽しんで!とまで言ってもらって、やっとこの世界に認められた気がして、それで、それで――。
『『シエロ!』』
『しえろ!しっかりするでしゅ!』
「シエロ様!お気を確かに!!ゆっくり、息を吸って、吐いて下さい。そう、お上手ですよ?」
妖精達とコローレに声を掛けられて、やっと周りが見える様になってきた。
まだ、前世の名前は思い出せないけど、ブリーズ、クレイ、フロル、コローレの顔を見たら、少し気持ちが落ち着いてきた気がする。
「ごめん、皆…。ちょっとパニクっちゃった…。すいません裕翔さん、お騒がせしました…」
「いや、気にしないで良いよ?俺はそれを治しに来たんだから。でも、治すよりも先にブロナー様に話しを聞いてみなくちゃね?」
えっ?
どっ、どうやって…?
クラレンス神父が死んだあの日から、彼女達はいくら呼びかけても応じてはくれな―――
――――――
《は、ろー。皆久し、ぶり…。シエロ君、元凶は私、でした…。ごめん、ね?》
この部屋に置いてあった唯一の家具である小さな机の上、そこに置かれた台座の上に乗せられた水晶玉が、キラキラ光りながら鮮明に女神の姿を映し出している。
裕翔さんが自身の鞄から取り出した紫色の小さな水晶玉が、女神達の住まう場所とこの部屋を繋いでいるらしい。
あっ、僕こういうのSF映画で見た事ある~…。
………。
今は冗談言ってる場合じゃないよね。
しかし、この女神様は何なんだろうね?
僕の必死の呼びかけには、まるで無視だったくせに、裕翔さんが呼んだらすぐに出て来るしさ…?
「一体どういう事なのか、ちゃんと説明してくれる?」
僕の顔をチラチラと見ては、申し訳なさそうに目を泳がせるブロナーに説明を求めた。
《う、ん…。実はシエロ君に、記憶を、戻した時、本当はまだ記憶を戻すのが早いんじゃないか、って考えてた、の…。だから、記憶を戻さない為に、隠れ、てたって、事もあったの、ね?》
うん。
《で、ね?戻したく、ないな~って思いながら、作業をして、いたら、繋げる場所、間違えちゃった☆》
間違えちゃった☆
じゃない!!
ブロナーの事だから、どんなに凄い理由なのかと思ったらウッカリかよ!!!
《て、へ☆》
……………。
「わ~!待って待って!!その水晶玉は1つしかないんだ!君の気持ちは分かるけど、頼むから投げようとしないで!!」
イラッ☆として、窓の外から水晶玉を投げようとしたら、後ろから裕翔さんに止められた。
ちっ…。
「ブロナー様もシエロ君を挑発しない!で?彼の記憶をキチンと戻す方法は?それと、何でこんなになるまで放っておいたんです?」
渋々元の台座の上に水晶玉を戻すと、裕翔さんは僕の肩を掴みながら水晶玉越しのブロナーを叱りつけた。
《ちょっと、スカーレットの真似してお茶目、してみた、だけなのに…。放っておいたつもりは無かった…。ユート君に言われるま、で記憶の歪みに気がつけなかった…。本当にごめんなさい…。今、治す…。シエロ君、じっと、しててね?》
じっとしてる?
えっ?今からやるの?
マジで?僕の心の準備とか…。
「ほい、大人しくしとりんしゃい♪」
うわっ!亜栖実さん、また!?
――――――
あ~…。
何か久しぶりだな、この感覚…。
「ブロナー様、今度こそ上手くいったのか?彼、動かなくなっちゃったぞ?」
《ん。今度こそ大丈夫。な、はず…。ユートも確認してみ、て?》
「たぶん、その必要はないんじゃないですかね?何か頭の中がスッキリしていますし…」
「シエロ様、御気分は如何です?」
よいしょっと亜栖実さんの腕の中から抜け出した僕を見て、心配そうな顔をしたコローレと妖精達が近付いて来た。
うん、問題ないよ?
「後、シエロ【様】は止してよ。前にも言ったでしょ?」
「申し訳ございません。私とした事が、口が滑りました」
う~ん、元が神父様なんだから、腰が低いのは知ってるつもりだったけど、最近特に腰が低い気がする…。
本当に執事さんみたいだよね?
「シエロ君、気分はどうだい?改めて診察させてくれないかな?」
「気分は悪くないですね。えっと、ここに立ってるだけで大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ?少しだけ、じっとしててね?あっ、クラレンスさん」
裕翔さんの瞳が紫色に怪しく光る。
どうやら目に魔力を集めて、記憶回路がきちんと繋がって、正常に機能しているかを検査している様だ。
へぇ~、【記憶】の属性色は【紫色】なんだね?
僕の【空間】属性みたいに【白】だと勝手に思ってたから、ちょっと不思議な感じがしたや(笑)
「私は今、コローレ・シュバルツと名乗っていますので、出来ればコローレ、とお呼び下さい。で?何用ですか?」
「あぁ、そうなんだ?じゃあコローレさん。シエロ君ってさ、今まで無気力だったり、何処か一般常識が欠けてたり、もしくは無関心だったりとかってしてなかった?」
僕から目を離さぬまま、裕翔さんはコローレに質問を投げかけていく。
ん~、僕が世間知らずだった事と、記憶の線をバラバラに繋がれていた事と何か関係があるのかな?
「そうですねぇ…。今思えば、ですが、シエロ君は何処かチグハグでしたねぇ?知識が偏っていると言い変えても宜しいかもしれませんが、聞いていたハズの話しを覚えていなかったり、かと思えばまだ誰からも教わっていない様な素材をいとも簡単に使いこなして、素晴らしい魔道具を作ってみたり…」
「ふむ、それももしかしたら今回の事が原因かもしれないね?ちゃんと記憶の回路が繋がっていなかったから、色んなところに不備が出ていたんだろうし…。うん、良し、今度は大丈夫みたいだ!」
何か色々言われてるなぁ…、とか思って若干凹みかけたけど、どこか他人に無関心だったのも、世間知らずだった事も、ブロナーがやらかした事の弊害だったんだと知れて、ちょっとホッとしたかも…。
え?
世間知らずなのは素じゃないかって?
そんな事ないね!?
前世じゃ雑学王とまで呼ばれてたし…、え?世間知らずと雑学王は関係ない?ガーン!?
まっ、まぁ?今度こそちゃんと記憶が戻ったみたいだし、本当に良かったよね?
あっ、でもまだ命を狙われてる事に変わりはないんだから、しっかり亜栖実さんに訓練つけてもらって、少しでも皆の足を引っ張らない様に強くならなくちゃいけないね?
と、僕が気持ちを新たにした所で、裕翔さんが徐に手を差し出してきた。
僕が反射的にその手を握り返すと、裕翔さんはニッコリ笑ってこう言った。
「それじゃあ、改めて…。初めまして、俺は白石裕翔。こっちに来る前は大学生兼、プロのゲーマーしてました☆」
「あっ…。此方こそ初めまして、僕はシエロ・コルトと申します。前は【木戸宙太】と言う名前で生きていました。あっ、綴りは宇宙の宙に太郎の太で【ソラタ】です。あっちの世界では、布地や反物の卸業をしていました。改めまして、宜しくお願いします…。裕翔さんゲーマーだったんですか(笑)」
「そうそう、何気に大会とかでバンバン優勝してたんだよ?」
あっ、名前が言えた…。
昔の職業が思い出せた。
僕は、そんな些細な事が嬉しくて、裕翔さんや亜栖実さんと話しながら、久しぶりにお腹の底から思いっきり笑ったのだった。
――――――
《オマケ》
ところでさ、何で僕が呼んだ時は応じてくれなかったの?
《だって、私達って、シエロ君に甘々だ、から、貴方の顔、を見たら、絶対話しちゃう、じゃない…?クラレ…。コローレからキツく、口止めされてたから、仕方なく、聞こえないフリをするしか、なかった…》
あ~、そんな理由だったのか…。
じゃあコローレに聞くけどさ?
何で口止め何かしてたの?
「私も、まさかあんなに早く貴方様に正体を悟られるとは想定外でしたからね?初めは影から貴方様の御身をお守りするだけのつもりでしたので、申し訳ないとは思いつつも、女神様方には黙って頂いていた次第でございますよ…」
ふーん…。
でもさぁ?僕からしたら、さっさとカミングアウトしてもらった方が嬉しかったけどね?
「第一、影から守るって忍者じゃないんだから…」
あれ?
コローレ?
何でそっぽ向いてるの?
えっ?
もしかして、本当に忍者しようとしてたの?
何で忍者なんか知ってるのかとかも聞きたいけど、とりあえずは置いとくとして、どうしてそこに行き着いた?
えっ?
無視?
シカト?
《コローレは、アスミちゃん、やユート君達から、サムライとかニンジャ、の話しを、良く聞いてた…。時々、誰にも見えない所で、忍術、とかの練習を、してた、みたい…》
うわぁ…。
「誰が厨二病ですか!」
厨二病の単語が出て来る時点で大分おかしいよ…。
そっか…、君は執事さんじゃなくて親方様に仕える忍び気分で僕の横に居たのか~。
ウワ~、チョウウケル~。
「目がちっとも笑っていませんよ?あっ!お2人で何をコソコソとお話しになっているんですか?ちょっと!?」
《ひそひ、そ、ひそ…》
「こしょこしょこしょ…」
「あの人達は何をやってるんだ?」
「さぁ?でも、楽しそうだから良いんじゃない?」
まさか、こう来るとは思ってもみなかったよ…。 byシエロ
本日もお読み頂き、ありがとうございました。
☆オマケのオマケ☆
辺り一面が白く覆われた空間に、大きな水晶玉を覗いていた黒ずくめの女性が居た…。
「ふう…」
「ブロナー、シエロ君はどうなったの?」
その場所に新たに女性が2人現れたが、2人の顔は黒ずくめの女性と全く同じ顔をしており、3人が三つ子だと言うことが窺い知れる。
「問題、ない。今、原因となった【コレ】は取り除けた…」
「そうか…。では【ソレ】の解析は私が行うとしよう。ブロナーは少し休むと良い。スカーレット、ブロナーにお茶でも淹れてやってくれ」
「は~い♪ブロナー姉さんの為に、飛びきり美味しいお茶を淹れるわよ☆」
そうして、再びブロナーと呼ばれた黒ずくめの女性だけに戻った真っ白な空間で、
「ふぅ…。【君】に、だけは負け、ない!」
女性は人知れず、未だ姿を見せない敵に対しての決意を新たにしていた。