百三十三話目 勇者裕翔登場!の日
明くる日、僕は休日だと言うのに、朝も早くから亜栖実さんに呼び出されていた。
うぅ、昨日の最後のダッシュが効いたな~、あちこち筋肉痛でギシギシいってるよ…。
「だから私が回復魔法を掛けると申し上げましたのに…」
「ん~、いざとなったら頼むよ…。何か筋肉痛如きで魔法に頼りきりになったらいかん気がする…」
「はぁ、かしこまりました…」
僕は、朝からコローレに軽くため息をつかれながら、亜栖実さんの部屋までの、短くて長い道のりを歩いていった。
うぐぐぐぐ、やっぱりかけてもらえば良かったかな?
――――――
《コンコン》
「亜栖実さ~ん、シエロです~。参りましたよ~?」
「はいよ~、開いてるから勝手に入っておいで~」
んじゃ、お言葉に甘えて、っと。
僕は亜栖実さんの声に促されるまま、彼女の住む部屋の扉を開けた。
すると、まだ物が無くて殺風景な彼女の部屋の中央に見知らぬ青年が立っていた。
背はそこまで高くないけど、ランパートさんと同い年くらいで短めの黒髪をサイドに流し、優しそうな眼差しを此方に向けていた。
まぁ、急に部屋に入ってきた子供2人に驚いているみたいではあったけどね?
って言うかさ…。
この人誰?
えっと、部屋間違えたかな?
確かに亜栖実さんの声が聞こえたと思ったんだけどなぁ…。
「シエロ君、大丈夫ですよ?此方であっていますから…。さて、お久しぶりですね?裕翔」
「ん?えっとどちら様で?」
コローレは誰だか分かったみたいだけど、相手のお兄さんはコローレが誰だか分からないみたい。
そっか、普通はこうなるよね?
ランスロット先生もまだコローレの正体については気づいてないみたいだし…。
あっ、ボーッとしてる間にコローレが部屋の中に入ってっちゃった(汗)
僕も後を追うように部屋の中に入り、開けっ放しだった扉を閉める。
《ばたん》
「うっすシエロ君!おはよ~☆裕翔、この髪の長い方の少年はクラさんだよ?よく見てみなって」
「おはようございます…」
魔導袋から何かを取り出しながら寝室から出てきた亜栖実さんに挨拶を返しつつ、コローレを観察してるゆうとさんを見つめる。
「うわっ!マジだ!!えぇ~?お化け?」
「誰がお化けですか、失礼な!損傷があんまりにも酷かったから古い体を棄てただけです」
うん、流石にお化け呼ばわりされたらコローレだって怒るよね?
でも、そんな事を言いつつも2人とも何だか嬉しそうにしていた。
だよね?死んだと思ってた人が目の前に居るんだもん。
僕も嬉しくなったもんな(笑)
「ん?亜栖実、お前が見てる子ってこの子か?お前男の子って言ってたよな?」
「そうだよ~?シエロ君、この人は白石裕翔。僕の仲間だから安心してね?」
亜栖実さん、それは貴方の感じを見てれば分かるけど、裕翔さんが聞きたいのはそこじゃないと思うよ…。
明らかに【これ男かぁ?】って目をしてるもんorz
「シエロ君、お気を確かに!それにしても、貴方まで来たと言う事は、何か問題でもあったのですか?」
「あぁ、そうそう!実は亜栖実に頼まれて、この少年の診察をね?」
え?僕どっか悪いの?
コローレが帰ってきてから体調は良くなったし、落ちてた気持ちも上がったし、どこも悪くはないと思うんだけどなぁ…?
じゃなきゃ亜栖実さんの特訓を受けようなんて思わなかった訳で…、ねぇ?
「シエロ君の診察、ですか?毎朝一番に目診はする様にしていましたが、あれでは不十分でしたか…」
おぅ?
知らぬ間にそんな事されてたのか…。
恐るべしコローレの執事力…!
「いや、健康面だったらそれでバッチリだと思うんだけどさ?シエロ君を見てると何か違和感があってね?裕翔なら分かるかと思って、わざわざ呼び寄せた訳、さっ!」
「うわっ!?」
いつの間にか僕の背後に迫ってきていた亜栖実さんにがっちりホールドされる。
しまった!
亜栖実さんは時空属性持ちだから、僕の空間属性では彼女の気配を補足し辛いのに油断してた!?
この年にもなって、若い女の人に抱っこされるのは恥ずかしいものが…あわわわわ。
「亜栖実、そのまま押さえててな?よし、少年!ちょっと診させてもらうよ?」
これから診察されるだけなんだとは思うんだけど、こんだけガッチリとホールドされてると、何か言い表せない恐怖を感じるのは何なんだろうか?
ちょっと抵抗したくらいじゃ全く動かない亜栖実さんのホールド力に、僕は思わずギュッと目を瞑った。
……………。
あれ?
特に体に触られた感じもなく、だけど誰かが話す声が聞こえるでもなく静まり返ってしまった事を不安に感じ、恐る恐る瞑っていた目を開ける。
するとそこには眉間に皺を寄せて、こめかみに青筋を立てながら静かに怒りのオーラを放つ、裕翔さんが居た。
うわっ、こっわ!
優しそうな人がガチで怒ってるとか、一番おっかないやつ!?
「えっと、裕翔さ…「シエロ君って行ったな?君、誰かに記憶いじられた事あったりするか?」……はい?」
急に何を言い出すんだ?この人は…?
「そうだよな?そんなの分かるわけ無いよな?」
「あっ、えぇと、いえ。昔、ブロナーに記憶を操作されていた事がありました。前世の記憶を思い出すと、魂の傷を癒やす邪魔になるから、と言われて…」
急にそんな事言われたから面食らったけど、生まれ変わった直後から暫くの間、ブロナーから記憶を操作されていた事は事実だから素直にそのまま話した。
んだけど、あれ?裕翔さんが頭抱えちゃったや…。
「こんな小さな子供に酷い事しやがったのは誰だ!と思ったら、まさかブロナー様が犯人だったとは…。聞いてみないと分からないもんだな…」
「裕翔、何が分かったのさ?記憶をいじられるってどういう事?」
今度は何かブツブツ言いながら天を仰ぎだした裕翔さんに対し、痺れを切らした亜栖実さんが問い詰め始める。
どうでも良いんですが、せめて僕を下ろしてからにして頂けないでしょうか…。
この状態を今誰かに見られたら、夫婦喧嘩に子供が巻き込まれてる様にしか見えないんじゃないだろうか?
「プッ!…こほん、失礼。亜栖実さん、そんなに詰め寄っては、裕翔が話しづらいですよ?先ずは落ち着いて、とりあえずシエロ君を離してあげて下さい」
「あっ、そうだね?ごめんごめん」
亜栖実さんは、今気付いたと言う様にややキョドりながら僕を離してくれた。
ふぅ、助かった。
「あの、裕翔さん。僕も知りたいんですが、僕の記憶がどうかしたんですか?」
「あぁ、すまないね?あんまり酷い有り様だったんで取り乱してしまったよ…。僕が説明をする前に君に1つ聞いておきたいんだけど、君は前世の記憶があるんだよね?」
どうやら裕翔さんも、亜栖実さんと一緒で僕の情報を何も聞かされないまま此処にいるらしい。
本当に説明力のない女神達に、僕は心の中で深いため息をつきながら、裕翔さんに向かって1つ頷いた。
「そうか…。あっ、事後承諾になってしまうけど、君の記憶を少し覗かせてもらったよ。同郷の人だったんだな?」
「あぁ、そうなんですか?分かりました。えっと、元は日本人でした…」
「シエロ君?どうかしましたか?」
話しの途中で、急に黙った僕を心配したコローレが声を掛けてくれた。
でも、僕は彼に返事を返すどころじゃなかったんだ…。
あれ?
僕、自分の名前が思い出せない…?
珍しくシリアス展開?のまま続きます。
本日もお読み頂きまして、ありがとうございました。