百二十三話目 新学期と転入生が来た日
新しい朝が来た。
希望の朝だ、と昔の人は良く言ったものだ…。
今日から僕も【2年生】。
うしっ!気持ちも新たに気合いを入れて頑張るぞ!!
「シエロ君、そろそろ行こ~?」
「うん、行こうか」
とは言え寮のメンバーも、クラスメイトもほぼほぼ変わらなかったし、今イチ進級した実感が湧きづらいんだけどね?
今年から高等科に通うマルクル先輩も、変わらずこの部屋に居るし、この部屋から高等科へ通う。
だから、今まで通り普通の…。
僕が朝、ルナー寮の308号室を出た時点では、普通の生活が送れるものだと思っていた。
そのハズだった…。
――――――
「今日は皆さんに良いお知らせがあります。このクラスに新しくもう1人仲間入りする事になりました」
ランスロット先生は、教室にそう言いながら入ってきた。
よっぽど新しいクラスメイトが増えることが嬉しいらしく、笑みがキラキラ零れまくっている。
うわっ!久しぶりに先生がイケメンだったって設定を思い出したよ(笑)
さて、先生の突発的な宣言にクラス中がざわつく中、僕とルドルフ、ブロンデは先に知らされていた為騒ぐ事も無く、新しい仲間が入ってくるのを今か今かと待っていた。
「では、皆さんにご紹介致します。今年からこのクラスに転入された、コローレ・シュバルツ君です。コローレ君?自己紹介をお願いします」
「はい」
少年特有の高い声が何処からともなく聞こえ、教室中が声の主を探すと、先生の影から1人の少年が姿を現した。
なんだ、先生の背が高いから、転入生がスッポリ隠れてしまっていたのか…。
あはは、先生何やって―――。
彼が顔を上げた途端に、僕の周りの時が止まった。
「えー、只今ご紹介に預かりました――――」
僕の時間が再び動き出した時には、目の前で転入生の【コローレ・シュバルツ】君が、先生に促され自己紹介をし始めてた所だった。
彼は淡いスミレ色の髪の毛を背中程まで伸ばし、臙脂色の細いリボンで低い位置に纏めている。
少し長めの前髪から時折覗く金黄色の瞳は、時折此方を観察しているかの様に怪しげな光を放ち、顔に浮かべた優しげな微笑みが嘘臭く写る。
「皆さんに負けない様、精進していく所存にございます。不束者ではございますが、何卒宜しくお願い申し上げます」
物腰柔らかなそのお辞儀は、僕達が着ているのと同じ学生服を、また別の職種の装いであるかの様に錯覚させ、皆の注目を更に集めていた…。
何か腹立つ…。
って言うかさ?
あの人は、あれで本当に僕やランスロット先生を騙せてると思っているのだろうか…。
だってさ?
顔立ちも、瞳の色も声も、何もかも変えてるけど、髪の毛の色は一緒だし、何よりこの感じは、あの人にしか出せない独特の空気感な訳で…。
何だよ、生きてたんじゃないか…。
僕の2ヶ月間を返せよ…。
僕は誰にも気付かれない様に、こっそりと涙を拭った。
――――――
「なぁシエロ。学校終わったし、転入生の案内を…」
「うん。でもその前に僕、トイレ!あっ。ついでだからコローレ君も行こうか?ね?そうしよう、そうしよう!」
「えっ?あっ、はい。宜しくお願いします…?」
僕は、ルドルフ達が首を傾げているのも、キョトンとしている彼の事もお構いなしに腕を掴むと、そのまま廊下まで強引に引っ張り出した。
そして廊下まで出て来ると、今度はそのまま陰になっているトイレ横の死角まで彼を引きずり込む。
「えっと、コルト君?トイレに行くのではなかったのでしょうか?」
いきなりこんな事をした僕にさぞかし困惑しているかと思いきや、発した言葉とは裏腹に、目の前の少年は心底楽しそうに笑っていた。
こいつ、これで本当にしらばっくれてるつもりなのか?
って言うか隠す気あんの?
普通転入初日にこんな所に引きずり込まれて、目の前の奴にこんだけ睨まれてたら誰でも少しくらいは怯えるか、大きな声くらい出しそうなもんだけど…?
「おや?そう言うものでしたか…。では、少しくらい怯えて見せましょうか?」
「僕の心…、思考を読んでる時点で白状したと思っても良いんですかね?」
そうでしょう?
クラレンス神父…。
僕がそう心の中で問い詰めると、目の前の、まだあどけなさが残る少年の顔がグニャリと揺れ、クラレンス神父の顔になる。
子供の身体におじさんの顔がついてるのは、流石に気持ち悪いな…。
「フフフ。流石はシエロ様ですね?よくぞ私の変装を見破られました♪」
「いや、変装も何も…。隠す気ありました?」
僕がそう言うと、クラレンス…。
【彼】は少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。
いや、なんでお前が不機嫌になるんだよ…。
「シエロ様?お言葉ですが、私は事此処に至るまで、誰にも正体がバレていないと自負しております。魔力波も容姿も変えておりますし、貴方様にだってこんなに早くバレるとは思ってもいなかったくらいなのですよ?」
は?
そう言って、彼は僕の胸辺りをドスドスつつきながら詰め寄って来たけど、僕は本当かよ?何て思ってしまった。
ってか痛い!
すると彼は僕の胸を突くのを止め、更に表情を不機嫌そうな顔から興味深そうなそれに変えると、僕の事をジロジロと観察し始めた。
だから、何なんだよ…。
胸はズキズキ痛いし、後で絶対痣にあるパターンだよ…。
「ふむ、シエロ様。もしや貴方様は、あの後も女神様の御寝所へ行かれていたりしていますか?」
え~?
あの後って言うのは、女神達の所で君とバッタリ会った時の話し?と聞くと、そうだと言うので、僕はうんと頷いておいた。
「あー、もう!ズキズキするから《治癒》…。ふぅ、加減を考えて下さいよ?」
「おや、すいません。久方振りに小さくなったので力の調節がまだ出来ていない様ですね…。ふむ、気をつけなくては…」
後、言葉使いも考えた方が良いッスよ?子供らしくないから。
僕がそう助言すると、彼は笑いながら「そうですね、これでは爺臭いですものねぇ?」と言った。
あっ、クラレンス神父だ…。
こんな所まで引きずり込んでおいて、何を今更言ってんだと思われるかもしれないけど、今、彼は確かにクラレンス神父だったんだよ。
ん~、上手く伝えられないのがもどかしい!!
でも、まぁ…。
「お帰りなさい…」
「フフフ、只今戻りました♪」
何かこそばゆいな…。
あー、そう言えば記憶を取り戻す為に女神達の所へ行った時も、最近あっちで女神達と話しをした時も、向こうへ行けたのはクラレンス神父と会った後だったんだよね?
だからかな?
彼と不思議な繋がりを感じるのは…。
彼が死んだと聞いた時、大切な繋がりが絶たれてしまったかの様な心の痛みを感じたのは…。
何?
何でそんなに嬉しそうなの?
さっきまでの照れくさそうな大人びた顔は何処へやら、彼の方を向くと、顔はだらしなくニヤケ、体全体からハッピーオーラが噴き出していた。
「フフフ。それでこそ…、ですね♪さっ、何時までも僕らが帰って来ないのは不自然に思われてしまいますよ?ささ、お2人の所へ戻りましょう☆」
そう言いながら、彼は僕の腕を引っ張り出した。
ニヤケた顔を誤魔化してるのが丸分かりだったけど、いや、それよりもさ…。
「何でわざわざそんな姿になってまで、学園に転入して来たんです?」
「……………」
あっ、こいつ無視しやがった!
って言うか痛い!そっち向きに腕を引っ張られると危ないから!折れるって!?
また力の加減が出来てないって!!
――――――
「此処で最後だね。此処は食堂・購買棟。って見れば分かるかな?良い匂いもしてるし☆ねぇ、どうだった?此処まで見てきてさ、何か感想とかある?」
「いや~、あんまり広くて驚きました…。話しには聞いていましたけど、本当に大きな学校なのですね~」
「だろ?俺なんか未だに迷うもんな」
「いや、流石にそれはまずいんじゃない?もう少し地図みて歩きなよ…」
ブロンデの質問に対する彼の物言いが少しわざとらしい気もするけど、学園内をザックリ一周してくる間に、ルドルフやブロンデとも大分打ち解けたみたいだね?
良かった、これでひと安心…。
あれ?
何で僕が彼の事で安心しなくちゃいけないんだ?
ん~?
「シエロ、何面白い顔してんのかわかんねーけどよ?時間も丁度良いし、飯にしようぜ?」
「えっ?もうそんな時間だった?」
《カララララーン、カララララーン》
僕がそう言った途端にお昼を告げる鐘が鳴る。
え~?ちょっとタイミング良すぎやしない?
「ほらっ!お昼だよ?早く行こ~?」
「わっ、分かったから、前からと後ろから押すの止めて!?転ぶ!転ぶから!!」
「「「あっ…」」」
何も僕が止めたからって、押したり引っ張ったりしてたのを一斉に離すことなくない?
今、めちゃくちゃ鼻が痛いんですけど…。
はい、転入生とはこの方でした☆
何で彼が転入して来たのかとか、その他諸々は今後少しずつ解明していきますので、お楽しみ頂ければ嬉しいです。
本日もここまでお読み頂き、ありがとうございました。