百十三話目 スクランブルな出来事が起きた日
ひ、ひどい目にあった…。
あの後ランパートさんの自慢話と、僕がどれだけ凄い魔道具を作ったか、と言う熱弁を爺さん2人から聞かされてたまらず先生の部屋から逃げ――ゲフンゲフン退出してきたんだ…。
まったく…、ランスロット先生は魔法薬の研究者だろうに、変な所で熱くなるんだから…。
はぁ、エルフ族が知恵の探究者だって意味がようやく分かった気がするよ…。
《ドンッ》
っと!?
「すっ、すいません。うっかり考え事をしていまして」
下を見ながらブツブツ文句言いつつ歩いていたら、うっかり誰かにぶつかってしまった。
空間属性魔法を使える様になってからは、どこに誰か、もしくは何かがあるって言うのが把握しやすくなってたから油断してたや。
慌てて顔をあげて謝ると、僕の目の前にはスキンヘッドのやたらと細長い男の人が立っていた。
え?
この人の顔―――――。
何かを思いつきそうになったはずなんだけど、何も出て来ないまま、僕の意識は刈り取られた。
◇◆◇◆◇◆
「はい、そこまで。命が惜しければその方から手を離しなさい」
床に倒れ伏したシエロ様に手をかけ、今まさに連れ去ろうとした人物に声を掛ける。
ふむ。
反射的にしろ何にしろ、そこから飛び退いたのは良い判断でしたね?
でなければ、私の浄化魔法で貴方をこの世界から消して差し上げるところでしたから…。
目の前の人の形をしているだけの化け物から、出来るだけ目を離さない様にゆっくりとシエロ様に近づき、彼の脈拍、呼吸共に正常かを確認する。
良かった。
どうやらシエロ様は、ただ眠らされているだけのようですね…。
「さて、この難攻不落の学園に、どうやって忍び込んだのか…。綺麗サッパリ話していただきますよ?」
「○%#&*◆■■んだ。☆ゑヰμνξ」
おや?どうやら言葉も無くしているようですね…。
ならば致し方ありません。
私はシエロ様を片手に抱き上げると、浄化魔法の詠唱を始めま―――。
「◎☆は∂♂♀じゃなÅゑΦΤζ」
しまっ!?
呪文の詠唱をしようと少し相手から気が逸れた瞬間でした。
奴の腕がずるりと伸びて私の眼鏡を凄い速さで奪い取ると、そのままの勢いで逃げて行ったのです。
「チッ」
私とした事が、敵を取り逃がしてしまうとは何たる失態!!
とは言え、意識の戻らないシエロ様を放り出して奴を追い掛ける訳にもいきません。
しかし、このまま奴を野放しにする訳にもいきませんし、頼みの綱のランスロットがまだ来ないこの状況で一体どうしたらいいのか…。
「「俺の学園で目茶苦茶しやがって…。私を怒らせたらどうなるか、思い知らせて差し上げましょう」」
勇ましい男性と、鈴を転がした様な可憐な女性の声が私の真横辺りで聞こえ、私の隣に可愛らしい純白のドレスを身にまとった少女が、ふわりと現れました。
白に近い金色の髪の毛を緩くウェーブさせ、青と黒の瞳を持つその少女は、私の顔を見るなりバツが悪そうに笑っています。
「理事長…。あんな不逞の輩を学園に入れてしまうなんて、どうなさったんです?」
「「いやぁ、すまねぇすまねぇ!ちょっとうたた寝している隙をつかれましたの☆まさか2人とも爆睡してるとは思わなかったからよぉ!」」
おいおい…。
あぁ、ご紹介しましょう。
私の目の前にいらっしゃるのは、この学園の理事長であらせられます。
その名をカイン様、アナスタシア様と申され、元はちゃんとそれぞれの体があったそうなのですが、私が知る限りの長い時間を、彼らはアナスタシア様お1つの身体の中で過ごされています。
このお2人の力はカイン様が【光】でアナスタシア様が【闇】。
お2人の力を持って、この学園は長年難攻不落の要塞の様な堅牢さを誇っていたのですが…。
「「まぁ、そう怒るなって!すぐに不届き物を捕まえて参りますわ?おほほほほ…。あははははは…」」
あっ、小言の1つでも言って差し上げたかったのに逃げましたね?
まぁ、あの得体の知れない化け物の処理はお2人に任せる事と致しましょう。
今は、目覚めぬままのシエロ様をどうにかせねばなりません。
「クラレンス、急に部屋を飛び出して、どうしたんだい?」
「おや?やっと追いついたんですか?貴方やっぱり体がナマってるんじゃないですか?」
全く、貴方がもっと早く来てくれればあやつを取り逃がしはしなかったものを!
「君が速すぎるんだ!…ってシエロ君!?此処で一体何があったんですか?」
気が付くのが遅い!!
とは言え、私の足が人族に比べて速すぎるのは当たり前なので、この話しはココまでとしてあげましょう。
「くせ者が学園内に出没したのです。今理事長御自らが追い掛けていらっしゃるので大丈夫でしょう。それよりも今はシエロ様を保健室へ――」
◇◆◇◆◇◆
久しぶりに自分が死ぬ夢を見た。
助けを求めても誰からも助けてはもらえず、ただ話しの種になっているだけ。
写真を撮ってはネットに投稿する者。
血を流し倒れている僕を指差し、隣の者達と話す者。
ただニヤニヤといやらしく笑いながら、僕が死にゆく様を見つめている者…。
イヤだ!死にたくない!!
暗い所へはもう行きたくない!!
助けて!誰か助けて―――。
暗闇にもがきながら目を開けると、僕はまた見知らぬベッドの中に寝かされていた。
「こっ、ここは?」
酷く喉が渇いていて、漸く搾り出した声は掠れていた。
身体に力が入らなくてどうしても起き上がれなかったけど、いつかみたいにスクルド先生の部屋ではない事だけは確かなようだ…。
「あら、目が覚めた?」
うぉ!?おっぱい!!
じゃなかった、アテナ先生か…。
って事はここは保健室?
「あんっ♪起き上がったら駄目よぉ~☆まだ寝ていなさい?今、お水を持ってきてあげるわ?」
………。
う~、相変わらずエッチな先生だ…。
あの人、本当は淫魔とかじゃないの?
サキュバス的なさぁ~?
「残念ながら彼女はヒューマン族ですねぇ。シエロ様、気分は如何ですか?」
あっ、神父様…。
僕が寝ていたベッドの隣に、心配そうな、でも呆れた様な顔をしたクラレンス神父が座っていた。
あ~、何でか喉が凄く痛いんで心の声の方で失礼しますね?
気分は最悪なんですけど、何とか大丈夫です。
あの、僕は一体どうしたんでしょうか?
「廊下で出会った人物の事を覚えてますか?そいつに貴方は襲われたのですよ」
おそ、われた…?
僕が?
んで…廊下に、居た、人…?
ん~~~…。
あぁ、思い出した。
何故か顔は思い出せないけど、頭をスキンヘッドにした、やったら細長い人にぶつかってしまったんだった…。
で、謝ってたら意識が遠のいていって…?
神父様、あの人何だったんですか?
「私の口からは何とも…。しかし、そいつの狙いはシエロ様から頂いた私の眼鏡だった様です。申し訳ありません。むざむざ逃がした挙げ句、頂いた眼鏡まで奪われる体たらくです」
クラレンス神父が無事ならそれで良いです。
眼鏡ならいくらでも作れますから。
それに……。
「それに?」
クラレンス神父の事だ。
盗られたのは【もう1つ】の方の眼鏡でしょ?
僕がそう心の中で呟くと、クラレンス神父は楽しそうにニヤリと笑い、椅子から立ち上がって礼を取った。
「流石はシエロ様に御座いますね?えぇ、勿論奪われたのは貴方様から頂いた【伊達眼鏡】の方で御座いますとも」
ふふふ、クラレンス神父もお人が悪い…。
「フフ、シエロ様程では御座いません」
ふふ、ふふふふふ。
「クフッ。フフフフ」
アテナ先生が戻ってくるまでの少しの間、僕とクラレンス神父は気持ちの悪い笑い方で笑いあったのだった。
アテナ先生は狙ってやっている節があります(笑)
本日もお読み頂きありがとうございました。