閑話 続々・聖ホルド学園、遠足の日
死と絶望の恐怖に飲み込まれ、諦めから目蓋を閉じた僕でしたが、いつまで経っても肝心の死は訪れませんでした。
あれ?
恐る恐る目を開けた僕の目に映ったのは、【狼狽えるドラゴン】と言う珍しい光景…。
イビルリザードよりは小さい体躯ながら、太陽の光を反射してキラキラと輝く朱い鱗や、知性に溢れた威厳ある瞳を持ったドラゴンが、涙を流す僕を見てオロオロしている。
誰も信じてくれない様なその光景は、僕達3人を正気に戻すのには効果抜群だった様で…。
「ドラゴン、が困ってる?」
「俺達、生きてるよな?これ、死ぬ前に見てる夢じゃねぇよな?」
エルとマルクルはそんな事を口々に言いながら、何度も何度も目を擦っています。
かく言う僕もすっかり涙は引っ込んで、狼狽えるドラゴンの姿を、ただただ呆然と見つめていました。
それにしても、このドラゴンは一体何なのでしょうか?
僕達を助けに来てくれた、何て都合の良い事を、思っても良いのでしょうか?
先程まで抱いていた恐怖心も消え、親しみすら感じ始めているこのドラゴンは…。
「プロクス、どっか怪我した?僕がもうちょっと早く来たら良かったのにね?ゴメンね?泣かないで?僕も悲しくなっちゃうよぉ…」
はい?
「おっ、おいプロクス!お前ドラゴンの友達何か居たのか?」
「えっ、えぇ!?しっ、知らないよ?僕にドラゴンの友達何て――――」
混乱する頭の中に、いつか会った火の妖精の姿が過ぎります。
『ありがとう。絶対帰ってくるから…』
最後に聞こえた優しげな彼の声と、ドラゴンの困った様な声が、何故か重なって……。
「もしかして、スパーク君?」
ポロリと言葉がもれ、目の前のドラゴンにそう訊ねると、彼(?)はぐにゃりと顔を歪めました。
もの凄く恐ろしい形相ではありますが、どうやらこれは笑っているつもりの様です。
「うん!僕はスパークだよ?プロクスに会いたくて、帰ってきたんだよ?」
そう言うと目の前のドラゴンは真っ赤な光に包まれ、その光が収まると、燃えるような赤い髪を持った1人の少年が現れました。
身長が僕より少し高いくらいになってはいましたが、その姿は紛れもなく、いつか見たスパーク君の姿で―――。
思わず涙が溢れてきます。
「お帰り!」
僕はそのままスパーク君に抱き付き、泣きじゃくってしまっいました。
スパーク君はまた困った様な顔をしてオロオロと狼狽えていましたが、恥ずかしながら僕は色々な事が嬉しすぎて、それどころではありませんでした。
――――――
「はぁ~。まさかドラゴンが、元妖精だとはなぁ~?」
「しかも、プロクスの(・)妖精だったわけでしょ?まったく…、君はどんだけ規格外何だい?」
魔力切れを起こしてしまったクオン先生や、他の仲間達の手当てを終えた僕達は、焚き火を囲んで談笑しています。
僕達の話しをニコニコと嬉しそうに聞いている元妖精のスパーク君を肴に、話しは盛り上がっていますが、そのスパーク君は少しも話しに入ってきません。
一体どうしたと言うのでしょうか?
はっ!
まさか、何処か怪我をしているとか…?
「スパーク君、どうかしたの?疲れちゃった?それとも何処か痛いの?」
慌ててそう彼に問うと、返ってきたのは同じく慌てた様子の否定の言葉でした。
「えっ?あっ、ちがっ、違うの。何か今まではずっと君の肩の上で見ていただけだったから、こういう時どうしたら良いのか分からなくて…」
なるほど。
今まではシエロ等の、所謂【見える人】にしかその姿も声も届かなかったので、普通に会話出来るこの状況に、彼は慣れていなかったのですね…。
そんな事にも気がつけないだなんて、契約者失格で…。
あれ?契約者…?
ん~?何か忘れている気がするのですが…。
あれ?本当に何だったっけ?
スパーク君の顔を見てると、その何かを思い出せそうなのですが…。
「あっ!」
「うわっ!?何だよ急に大きな声出しやがって…。ビビったじゃねぇか!」
「ごっ、ゴメン。エルドレッド。うっかり忘れてた事を思い出してさ…」
「忘れてた事?」
「うん」
僕は改めてスパーク君に向き直り、とある約束の言葉を告げました。
「ねぇスパーク君。君に名前をつけても良いかな?」
――――――
空が紅く染まりだした頃、ようやく学園から助けがやってきました。
僕達は先ず、助けに来てくださった先生方に状況の説明をし、イビルリザードは彼が倒してくれた事、彼が精霊である事、一応仲間達の手当てはしたものの、まだ目覚めない仲間が数名いることなどを話しました。
その後、数名の先生は森の中が本当に安全なのかどうかを調べる為に残りましたが、僕達は一路、学園に帰る事になりました。
「あっ、オバチャンに謝らなくちゃな?弁当、トカゲ共のせいで食えなくなっちまったし…」
その道すがら、エルがポツリと呟きました。
次から次からリトルリザードやイビルリザードに襲われ、せっかく作って頂いたお弁当は奴らに目茶苦茶にされてしまっていたのです。
今日は僕の好きな芋の茹で卵和えをパンに挟んだ物が入っていたので、今、軽く落ち込んでいます。
《ぐぅっ》
あっ、思い出したらお腹がなりました。
《ぐぅ》
《ぐぅ~っ》
周りからも似た様な音が木霊します。
お昼抜きは皆一緒ですからね?
そりゃあ、お腹もなるってものです。
「エルドレッド、てめぇ我慢してたのに飯の話しなんかすんなよな!?腹がなっちまったじゃねぇか!!」
「んだよ、アルザス。俺のせいだって言うのか?」
「だからそう言ってんだろ!?」
「2人とも~?体力減るから喧嘩は帰ってからにしなよ~?」
喧嘩仲間のエルドレッドとアルザスが睨み合いの喧嘩を始めましたが、疲れた様子のマルクルに力無く止められ、小さな子供みたいにぶすくれた顔になっています。
「ウフフ、2人とも面白いね?」
「これからもっと面白い事が沢山体験出来るよ?」
僕の隣でずっと見守ってくれていた彼ですが、見ているのとそこに自分も混ざる事の違いを、これから存分に味わってもらうつもりです。
先ずは彼と何をしよう。
そう考えるだけで、下がっていた気持ちが高揚していくのを感じます。
楽しくて楽しくて仕方が無い、何て思うのは何時ぶりの事でしょうか…?
「そうなの?うわぁ、楽しみだなぁ♪」
「うん、楽しみにしててよね?」
笑い合う僕達。
ずっと一緒に居たはずなのに、いつも遠くに感じていた彼と過ごす日々が、今日から始まります。
「これからも宜しくね?【カグツチ】」
「勿論♪僕からも宜しくね?」
再び笑い合う僕達。
夕焼けの紅い光が、僕達を優しく照らしていました。
◇◆◇◆◇◆
他愛もない話しを彼とする。
笑いながら小突き合う。
名前を呼んでもらえる…。
名前を付けてもらえる。
僕がずっと憧れていた全ての事を今、体験している、出来ている幸せ。
間に合って本当に良かった…。
僕が孵化した瞬間に感じ取ったプロクスの恐怖心。
勇敢に敵に挑んでいたけれど、心の中では必死に助けを呼んでいた。
早く、速く彼の下へ行かなくちゃ!
速く、早く!!
いつの間にか、僕の身体はドラゴンのそれへと変化していた。
そのお陰でプロクスやその仲間達の命が消える前にあのトカゲを倒す事が出来た。
完全に倒した事を確認して、もう大丈夫だよ?って振り返ったら皆から怯えられていたのは大誤算だったけど、とにかくプロクスが無事で良かった…。
《《楽しくて楽しくて仕方が無い、何て思うのは何時ぶりの事―――》》
ん~、いつ言おうかなぁ…。
僕、君が考えている事が分かるんだ。
シエロ君にはスッゴい言いやすかったんだけどなぁ…。
言っちゃう?何て口を開いてはみるけど、嫌われるのが怖くて――
「プロクス、僕に付けてくれた名前って、どんな意味があるの?」
結局、当たり障りの無い事しか聞けない意気地無しの僕…。
「えっ?あぁ、君の名前の由来はね?」
嬉しそうに話してくれるプロクスを見てたら、何かどうでも良くなってきた。
どうにかなるよ。
うん、何か気が楽になって来た♪
プロクスとはずっと一緒に居たから授業だって一緒に受けていたはずなのに、そんな単語は聞いた事が無かったから、気になってたのも本当だしね?
「君が居なくなってから、名前をずーっと考えててさ?考えすぎて訳が分からなくなっちゃって、シエロに相談したんだ。そしたら、シエロがその名前を教えてくれたんだよ?」
【カグツチ】
凄い遠くの国に、古来から居るという火の神の名前。
「その話しを聞いたとき、君にピッタリだな~って思ったんだ♪」
昔からいらっしゃる神様と同じ名前だなんて、とっても恐れ多かったけど、プロクスが嬉しそうだから良いや。
「あっ!学園が見えてきたよ?早くシエロにも君を会わせたいな~」
プロクスが指差す先に、学園の灯りが見えた。
学園の中に見知った魔力の気配を感じて、ホッとする。
良かった、夜が来る前にプロクスを安全な学園に戻す事が出来た…。
まだイビルリザードみたいな小物だったから良かったけど、あの山にはもっとヤバい魔物の気配がしていた。
小さすぎて初めは気がつかなかったくらいだから、多分深く眠ってるとかだと思う。
山に残った先生達がアレを起こさなきゃ良いけどな…。
まぁ、あんなに深い場所で寝てるやつを起こすなんて、無理だよね?
「兄様ーー!!」
学園の巨大な門の前で叫ぶ人影が見える。
「シエロ!」
声の下へ走り出したプロクスを追いかけて、僕も彼の下へ掛けだしていく。
「兄様、無事で良かった…。あれ?隣の人ってもしかして、すっ、スパーク君!??」
人の顔を見るなり、叫んだシエロ君の驚く顔を見ながら、僕は言った。
「ただいま♪」
プロクスじゃないけど、君達の驚く顔が見たかったんだよ?
ブリーズ、クレイ、そしてーー、えっ?君は誰?
ドラゴンの正体に気づかれていた方も多いのではないでしょうか(笑)
本日もお読み頂き、ありがとうございました。