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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第二部 小さな暗躍者
9/10

<三章> 過ちと犠牲

『あれ・・・』




あたしは急に昔の自分の記憶が目の前に現れてきたことに驚いた。


『困ったな・・・別に思い出したいわけじゃないのに。カータとポーラが優しくしてくれたから?』


一日前に悪ガキのあたしを仮とはいえ、チームで一緒に仕事をしてくれた二人・・・


『うん。何か・・・こう、暖かいな』


あたしは目の前にいくつも広がる記憶の欠片をいくつか手にして、その中身をもう一度見てみた。




『四年前 コニ 城下町』




あたしは自分が自分として認識できるようになった『七歳』で初めてここの国が『自由国のコニ』ということを知った。


あたしをここまで育てくれた魔装士機関最高責任者のジナ・ズメ・・・あまり背が変わらないジナは母親と父親がいないあたしを見捨てられないから・・・とかそんな理由で機関の空いていた小部屋を提供してくれていた。


だけど、そんなジナとは違って、城下町の男の子たちがあたしに優しくしてくれていたのは最初だけだった。


『おーい!弱虫!お前のとーちゃん・・・マジュウ?だっけ。それに殺されたんだろー?』


『違う!あたしのパパは・・・』


『ほーら!何も言えないってことは、やっぱりそうなんだろー!』


城下町の広場でいつもあたしは男の子三人組と喧嘩していた。


特に理由はないらしいけど、いつもあたしを執拗に追いかけては、悪口や暴力をしてきて・・・はっきり言って迷惑だった。


『おい』


あたしが泣きそうになって、男の子たちと喧嘩しているのを少し遠くのベンチから見ていた大きいねーちゃんは、女の人とは思えない威圧する声を上げて、男の子たちに近づいていく。


『な、なんだよ!アンはかんけーないだろ!フェクトは俺たちの友達、なんだからよ!』


『そうだそうだ!』


強気な男の子二人は大きいねーちゃんに圧倒されことなく、言い返してはいるけど、もう一人の男の子は膝が震えている・・・あたしもだけどさ。


『あぁ、関係ないな・・・ただ、俺はてめぇらみたいな卑怯な男は気に食わねぇんだよ』


『はぁ?い、意味わかんねーし』


『分からんでも良い・・・ただ、このままこの子をいじめるってなら』


大きいねーちゃんはマソウ?とかいう大人が使う道具をいきなり、マジックみたいに取り出した・・・すごい。


『俺もお前らをいじめる』


右手に持っている『吹き矢』に使う筒みたいなのは使わないで、大きいねーちゃんは左手で思い切り、地面を殴りつけた。


『うわぁ!化け物!』


人が起こしたとは思えない地面の陥没を見た三人の男の子は泣きながら、あたしたちがいる場所から逃げていった・・・のは良いんだけど、あたしは恐怖でお尻を下に付けたまま、動けなくなってしまった。


『フェク・・・いや、君・・・怪我はないか?』


『え、あ・・・うん』


現在進行形で危害がありそうな人が目の前にいるせいで、上手く話せないよ。


『そうか・・・君。もし、あいつらにまた嫌なことをされたくないなら』


『嫌なら?』


その大きいねーちゃんは、マソウをまたマジックみたいにどこかへ消すと、あたしに笑う。


『男に馬鹿にされないくらい強くなれ。俺みたいな魔装士でも良い・・・とにかく、力を付けることだ』


『マソウシ・・・?』


あたしにそれだけ言うと大きいねーちゃんはこちらを見ていた人たちに、ギリッと睨みつけると、去って行った。


『・・・か、カッコイイ!』


あたしはその『ヒーロー』みたいなねーちゃんに憧れて、そこからジナに頼み込んで魔装士になるための訓練を始めた。




初めは確かにあたしみたいな小さいやつが魔装士になるのは無理だと、機関の人や同い年の女の子に言われたけど・・・ってか、武器もまともに扱えないからしょうがないけどさ。


それでも、あたしはあのカッコイイねーちゃんがやったみたいな『正義の成敗』に憧れたから、一生懸命頑張った。


その努力が実ったのか、はたまた顔も知らない両親の血のおかげかは分からないけど、二年という月日で魔装を取得し、その付与される人外な能力にも慣れた。


そして、ここからあたしの間違いが始まった。


九歳になったあたしは自分の魔装であるロサと共に城下町で悪さをする男の子たちを、増大した身体能力で痛めつけることを日常にしていた。


『ふふん!おとといきやがれ!』


『ひえぇ!』


あたしは前にちょっかいをかけてきた男の子たちを魔装の力で強化されている腕力を使い、今日もまたぼこぼこにしていた。


『ふぃー・・・今日も正義の成敗は完了したぜぇ!』


あたしは自分が同い年の子たちの中で一番腕が立つと知ってから、悪さをしている子以外にも喧嘩をふっかけるようになっていたのを自覚していなかった。


『おい・・・お前』


『ん?何だよ、にーちゃん』


『俺の弟とダチの知り合いに手を出したらしいじゃねーか』


いつもあたしが正義の成敗をしていた子たちの兄に当たる十四歳ほどの男が、睨みつけてくる。


ふん・・・ちょっと大きいからって。


『自分が何しているか、分かっているんだろうな?』


『もちろん!あたしが悪だと思ったやつは残らず成敗してるのさ!』


『・・・てめぇ・・・おい!こいつをちょいと痛めつけてやるぞ!』


あたしの目の前にいたにーちゃんは後ろに向かってそう言うと、どこから湧いたのか知らないけど、魔装を手にした四人の輩が現れた。


何さ・・・あたし一人にこの人数か?


『あいにく、お前は一般人を相手に威張り散らしていたようだが・・・俺たちはもう機関で十級の仕事を受けてる!魔装士!なんだよ』


『ふーん・・・で?』


『あ?てめぇはまだまともに機関の仕事を受けていない、ひよっ子魔装使いじゃねーか!そんな初心者が俺たちに敵うはずが・・・』


代表して何かぐだぐだ言っているにーちゃんが最後まで言う前に、あたしはロサの恩恵である『脚力強化』を存分に発揮して、周りでにやついていた四人を一瞬で蹴り飛ばした。


『・・・誰が初心者だって?』


『・・・え、ぁ』


かなり手加減して吹き飛ばしたんだけど、かなりの距離まで飛んでいった仲間を見たにーちゃんは言葉を失っていた。


『にーちゃん達さー。油断し過ぎじゃない?そんなんで十級の仕事出来るわけ?』


『お、お前・・・恩恵持ちかよ・・・!』

偶然にもあたしの前にいたにーちゃん達は誰一人として、恩恵や異能を持っていなかったらしい。


あたしの高速移動を目にしたにーちゃんは仲間が倒れているのはお構いなしに、尻尾を巻いて逃げていった。


『だっせー・・・』


あたしはいくつも年上の・・・しかも男性である魔装士に勝ったことで、さらに調子に乗る。




そんな喧嘩と暴力を揮っていたある日、あたしはいつも通り級を上げるための指定課題を受けようと、機関のやる気が全く無さそうな受付のねーちゃんに話しかけたけど・・・




『駄目ね』


『え、何が?』


『いやねー。ジナさんから言われているのよ・・・フェクトもそろそろチームに所属させてって』


『チーム?別にそんなんいらないし』


あたしは一人で毎日指定課題を受けては級を上げることが可能だったせいか、単独以外で仕事を受けるなんて考えたこともなかった。


『他の魔装士機関よりも規則が緩いここで絶対に守らなければいけないことが・・・一級への昇格指定課題条件を守ることなの』


『それが何でチームと関わるんだよ』


『だからー。一級に上がるためには、チームに所属しないと指定課題自体受けられないのー』


『・・・えぇ。あたしは別に一人でも・・・』


『単独じゃ危険だから、チームに所属しないといけないんじゃないのー?うちは内容まで知らないけどー』


ねーちゃんはぼーっとしながら話していると、不意にある提案をしてきた。


『あ、そういえばさ・・・フェクトって城下町とここでかなり嫌われているじゃん?うちはわりとあんたのこと好きだけど』


『・・・暴れん坊とか言われてる』


『名誉挽回じゃないけど、平野と外れ森にいる魔獣を全部狩ったりしたら?そうすれば、フェクトの頑張りが認められて、みんなも見直したりー』


『・・・いいな、それ』


あたしはねーちゃんの言う魔獣狩り・・・一見するとめんどくさそうな提案に乗ることにした。




結論から言うと、あたしの魔獣掃討は成功した。


なんせ、走りながらその推進力を利用して岩を蹴飛ばしたり、足で直接撲殺すればいいだけだったから。


でも、あたしがいくら平野と森の魔獣をやっつけたとみんなに言っても、誰も信じなかった。


大人に話せば『妄想』、子供に話せば『嘘つき』・・・この事実がいかにあたしが城下町で悪いことをしていたのかを物語っていた。


二年・・・掃討するのにかかった時間は無駄だったのか?


十一歳になったあたしは自分がしてきた『悪行』と今している『善行』が均等を取っていないことに気が付いた時、あることを思いついた。


『誰にも信じてもらえないなら、気が付かれないようにしよう』


どうせ嘘つきやら言われるなら、あのねーちゃんみたいに、誰にも報酬を求めないやり方であたしの正義の成敗をしていく。


そんな『暗躍者』のような結論に至るのにあたしは、どれだけの時間と信用を落としてきたんだろう。


機関のねーちゃんに言われた善行を人知れず行っていると、その頑張りを認めてくれた大人が現れた。


『情報屋』とか名乗る男はあたしの魔獣狩りを、城下町の連中のためにやってるなんて、偉いとか頑張ってるとか言ってくれた・・・正直、嬉しかった。


しばらく男はあたしの魔獣狩りを応援してくれていたけど、数日後に契約をしないかと提案してきた。


あたしの魔獣狩りを誰にも話さないで、いつの日か城下町の人に信用してもらえるようにする代わりにある仕事をお願いしたい。


これが男との契約だった・・・


誰にも信じてもらえない、誰にも頼れない人間不信気味なあたしにとって、これがあたしの原動力になっていったんだ。




『コニ 北の外れ すごく迷いやすい森 奥地 花園』




「・・・あ、れ・・・」


フェクトが意識を覚醒させると、そこは一面が花が咲く花畑・・・ではなく、人工的に綺麗にされた洞窟のような空間であった。


「(何か・・・意識が・・・)」


両腕に何かの注射跡があるの以外は特に体に異常はないが、どうにも視界が鈍る。


フェクトは頭を抑えつつ、立ち上がろうとすると、足から力が抜けて倒れてしまう。


「・・・お目覚めか」


前方から聞き覚えのある声がしたような気がするが、思考がまとまらない。


フェクトは男の声が頭の中で何重にも重なる現象に驚きすらせずに、そのまま尻の下にある敷物に横たわった。


「あー・・・流石に入れ過ぎたか・・・これじゃまともな商品にならねーじゃねーか・・・」


男は完全に瞳の色が失われているフェクトに一瞥すると、やれやれと首を振る。


「目玉にしたんだがなぁ・・・はぁ」


男は数十分後に始まる『商売』の準備をするために、こうしてフェクトを完全無力化しようとしていたのだが、どうにも『マドイソウ』を液状に加工したものを投与し過ぎたらしい。


意識がほとんない状態で売り出したところで、お客たちが満足するのかは定かではない。


「こいつ気丈なやつだと思っていたんだが、メンタル面は弱かったのか」


マドイソウが健常者にはあまり効かないということで、男は規定量のマドイソウ液を直接注射していたのだが、失敗になりそうだ。


「おい、フェクト。『立て』」


「・・・」


フェクトは男に言われた通りに『立つ』とぼーっとしたまま虚空を眺める。


「・・・まぁ、言う事は聞くのか・・・うーん」


男はまるでロボットのような動きをしているフェクトに何か使い道がないかと考える。


「・・・こういうのが好きなお客も一定数いるかねぇ」


男は足にほとんど力が入っていないフェクトに『付いて来い』と指示すると、マドイソウを保管している花園の端に連れていった。




『コニ 中心の平野』




カータとポーラは謎の男性三人組から逃げ切ると、城下町からそのまま平野まで走っていた。


「はぁ!くっそ!」


「・・・」


ポーラは全力で疾走するカータを横で見るが、その表情は極めて険しい。


なぜ、いきなり城下町から飛び出したのかを聞こうか聞かないか考えていると、二人の進行方向の二十五メートル先に人影が何人も確認できた。


「あれ?何で平野にこんなに人が・・・」


「魔装士でも王国兵士でもありませんね」


ちょうどこの先は東・西・北の外れ・・・その先にあるすごく迷いやすい森に行くまでの分岐点になる場所だが、一般国民は近付くところではないはずである。


「・・・北以外にも花園があるのか」


「カータさん・・・」


「あ・・・ごめん。ポーラにも話さないといけなかった」


カータとポーラはここまで全力で走って来たせいか息が少し切れ始めている。


話すタイミングと休憩するタイミングが重なる、この時間しかないと考えたカータは思いついたある予感をポーラに打ち明ける。


「フェクトと探索した東と西のすごく迷いやすい森の奥・・・人為的に手入れされたところがあったでしょ?ポーラがカモフラージュしているって言っていたところ」


「ええ・・・そこが関係を?」


「うん。俺も最初は何も疑問に思うところは無かったんだけど、さっきの男性の発言で感じたことがあってね・・・何かの敷物跡があり、ちょうど大人二人くらい横になれるスペースに、周辺にはたくさんのマドイソウ。あの奥地の場所が、何かあったと思わせるためのダミーだったんだとしたら上手いけど、あの男性の話であることに気付いた」


カータは少し早足でポーラの隣を歩いているが、肩がこわばっている。


「・・・あの男性の言っていたことで、何かと自由なコニで考えられそうな事といえば・・・」


「気が付いた?コニにはその・・・男女の関係を深める場所がないんだ。ジナさんが言った通り、生活するのに最低限の施設しかないせいか、娯楽施設がこれっぽっちもね」


「・・・その、誰かの溜まったうっぷんが爆発した結果・・・フェクトのような女の子を誘拐し、淫らな行為をしようと・・・」


「フェクトだけなら話は簡単だったかもしれないけど・・・どうもそれだけではないそうだよ。さっき俺が住宅区画に確認しに行ったら、女性が全くいなかった。つまり、花園を作ったやつはフェクトを含む、城下町のほとんどの女性を誘拐したことになる」


「そんな・・・でも、城下町に住む人は女性だけとはいえ、かなりの人数になると思うんですが・・・首謀者単独では不可能に近いはずです」


少しずつ息が整ってきたカータとポーラはずんずんと早足で、北のすごく迷いやすい森に入っていくが、すぐに奥地らしき空間が目の前に広がっていた。


「そうなんだよね。協力者がいない限り、不可能だと思うんだけど、花園を作った奴はやってのけた・・・ただ、どうやって・・・」


「あ、カータさん!あの人たち!」


ポーラが指をさしたところは、男たちが何人も集い、何かに対して行列を作っている場所であった。


その集団には城下町に住む一般の男性、若い男、魔装士など、年齢は様々だがかなりの人数が見受けられる。


「もう始まっているのか・・・よし」


カータは何か決意したようにうなずくと、ポーラに向き直る。


「俺がこの人たちより先にこの先にあるはずの花園に行く。ポーラはこの辺で誘拐された女性達を探してくれ」


「分かりました。気を付けて」


カータはポーラに目で合図すると同時に、魔装によって強化されている足で一気に森のさらに奥まで疾走する。


つい昨日、フェクトと探索をした森に似ているせいか、初めて入った時よりも楽に進めるのは言うまでもない。


カータが高速で駆けていくのを見かけた男性たちが順番抜かしなどと言っていたが、それは無視。


「無事でいてくれよ・・・」


カータはなるべく早く花園が見えてくれと願いながら、足を早めた。




「これは・・・」


ポーラはカータが一人で森の奥に行った後、言われた通り、周辺を探そうとしていたのだが、どうもそれは必要ないらしい。


男性たちが並んでいる受付らしき机には一人の男が座り、何やらチケットのような物を配布している。


ポーラは東と西の森のように整備されたこの場所をある行為に使用していたのに、嫌気がさすが、それはひとまずおいておく。


「すみません。この先は・・・」


ポーラは受付の男性に、奥にあるカーテンのような物の先に何があるのか聞くが、後ろから先に並んでいた男性たちの不気味な視線に背筋が少し震えてしまう。


「おう!今日から始まる『お楽しみ』会場になるとこだ!通貨と交換した整理券を渡してくれたら、入ってくだせ!ってか!あんた女性なのに来たのかい?物好きだねぇ!」


「・・・あの、女性達はこの先にいるんですよね?城下町の」


「うん?そうだけど・・・何か問題が?」


「・・・『誘拐』したんですか?」


ポーラが右手に魔装を持っていたのに気付いた男性は、急に営業スマイルを止め、冷めた表情に変わる。


「魔装士機関のやつか。もうばれたのかよ・・・はぁ、何ですかねぇ・・・これは合法ですよ?奥にいる奥様方は合意の上ですしぃ」


「昨日まで城下町で普通に暮らしていた方が、いきなりこのようなことに合意するとは思えません。今はまだ行為に走ってはいないんですよね?すぐにでも、王国に申し出れば・・・」


「うっせーなぁ・・・あんたに何が分かるんだ?この間抜けでやる気が皆無の国でよぉ。みんな嫌気がさしてんだよ・・・城下町には遊ぶところはねぇ、男も女も全員家族みたいになれ合いやがって」


受付の男性は後ろに並んでいる男性たちに『なぁ!』と賛同するように呼びかけると、その声に全員が頷く。


「だから、俺はこの国がもっと建設的な動きが出来るように、こうやって国民の声を集めてんのさ。別にこういう情事まがいの商売に限らなくてもいいんだが、この方が手っ取り早いしな」


男は『はぁ』と言いながら、ポーラにジリッと視線を向ける。


「ここは自由国なんだ。その意味をどう取ろうと、勝手だろ?王様が国民の声を聞かないで、自由にやるってなら、こっちも同じようにするだけだ」


「・・・要望は分かりました」


「あ?」


ポーラは受付の男性の視線に臆することなく、大きな瞳で見つめ返す。


「私・・・いえ、私たちはサムルドから派遣された魔装士です。コニに来てから数日しか経ちませんし、このような事情があるのも初めて知りました」


「どうりでここの制服と違う紋章のわけだ・・・ただよ、部外者は」


「『今は』コニの魔装士です。国民の依頼を受けるのも私たちの仕事ですから・・・あなた方の願いを魔装士機関最高責任者のジナさんにお伝えします!」


ポーラは受付の男性以外の後ろの男性たちに聞こえるように、声を上げた。


「・・・どうせ、俺たちの要望なんて、聞かれやしえぇよ」


「動く前に諦めてしまうのは愚策です。今回の私たちの仕事はすごく迷いやすい森の探索・・・これにより、以前から未発見だった国内資源を複数報告書にまとめることが出来ましたし、かなり国へ貢献出来たと自負しています」


「・・・それで、ある程度のわがままが通るってか」


「ええ。確実にこちらの意見を上の方に通すためには、ここにいる皆さんの協力も必要です。このような強行手段を取って、法に罰せられるよりは、私たちを利用した方が良いのではないでしょうか」


ポーラは男が目を逸らしたのは構わず、続ける。


「確かに・・・分かった。やろうとしていた商売は止めることにするよ」


男はふぅと息を吐くと、後ろのカーテンを開く。


そこには何枚もの敷物が敷いてあり、目が座った女性が何人も横たわっていた。


「・・・まず、服をきちんと着させてください」


ポーラは服装が乱れた女性達を見ると、男にきつい視線を当てる。


『了解』と男は言うと、一人一人に『何かの水』を飲ませるが、ポーラはその様子が異様に感じ取られた。


「それは?」


「奥の花園で湧き出てる『浄化水』っていう水だ。何でもコニの指定危険災厄ディザスターが作っているのが花園に流れ込んでいるって話だが、俺も詳しくは知らん。単にマドイソウの効果を無効化してくれるから頂いている」


「そのディザスターはどこにいるのか分かっているんですか?」


「さぁ・・・最近はめっきり見かけないらしいが・・・」


これ以上男から何も聞けないと思ったポーラは男から瓶詰めされた浄化水をいくつか受け取ると、同じように水を飲ませる作業を手伝う。


一応は傍観していた客たちも、これ以上は居る意味がないと知ったのか、それぞれ散り散りに森から出ていったが、一人の男性は『俺も手伝う』と言って残ってくれていた。


ほどなくして、ポーラ・情報屋の男・一般国民の男性は全員の女性に水を飲ませ終わると、その周りに敷いていた敷物を回収する。


「これで終わりか。ありがとな、あんた」


「いえ。事前に今回のようなことを防げて良かったと思っています。ただ・・・」


「ただ?」


情報屋の男はポーラが一旦言葉を区切ったことにぎくりと目を泳がせる。


「流石に未遂とはいえ、女性達を魔獣が出現するここに連れてきたことに関しては償ってもらわないといけないと思いますので」


「あ、あぁ・・・分かっている。俺もそのつもりだ」


一般国民の男性に情報屋の男はほんの気持ちという体で金貨一枚を渡すと、男性は去っていった。


その後を追うように、意識が戻った女性達も森から出ていく。


つい最近までフェクトが魔獣狩りをしていたおかげで、周囲に魔獣の影がないのがせめてもの救いだろう。


「女性達の方は無事でしたが・・・フェクトはどうなんですか?」


「あー・・・えっとな。元々は女ど・・・いや貴婦人達の後処理兼護衛として使うつもりだったんだが、目玉にしようと・・・」


「・・・マドイソウを使用したと」


「あぁ」


ポーラは情報屋がフェクトを待機させているという場所まで案内すると聞いて、後ろに付きながら問い始める。


「で、あの子の身体は大丈夫なんですか?」


「どうだろうな・・・単に暴れると困るからマドイソウの加工液を注射したんだが、どうも壊れたロボットみたいになっちまって」


「・・・」


「おいおい!いきなり黙るなよ!魔装士が後ろにいるだけでこえーのに!しかもライフル引っ提げてるから怖いってレベルを超えてら!」


ポーラは男の言う事からどうすればフェクトを元に戻せるか思案するために、黙っていたのだがどうも情報屋からは不気味に思われているらしい。


後ろを振り返って止まりそうになる情報屋に『止まらないで下さい』とポーラは言うが、背中がビクビクしている。


「解決策はあるんですか?」


「おう!問題ないぞ!俺が持っている浄化水を投与すれば、さっきの女ど・・・貴婦人達みたいに治る!」


「・・・では、急ぎま・・・」


ポーラが情報屋のたどたどしい口調を聞いて、急かそうとした時、進行方向から魔装の解放音が聞こえ、その音と重なるように西から魔獣の遠吠えが聞こえた。


「な、何だ・・・どうしたんだ、あんた。急に耳を澄まして」


「すぐ近く西の方角90メートル先に・・・巨大な魔獣の足音が聞こえています。恐らく、あなたが言うディザスターかと」


「嘘だろおい!急過ぎるじゃねーか!」


「そんなことを私に言われても知りません。事実、私たちの探索では一度も聞いたことがない音ですし、かなり重そうに足を引きづっていますので、予想したまでです」


ポーラはやかましく情報屋が喚いているのを無視すると、どうする?と自問する。


このまま、直進すればカータが向かった花園と呼ばれる場所に着き、合流することなるため、当初の目的は果たすことができる。


だが逆に、聴覚強化を応用した疑似レーダーマップ内にいる大型魔獣を放置した場合、こちらの気配に気付いて襲ってくる可能性がある。


一番良いのは、カータが大型の魔獣に気付いてこちらまで来るか、こちらから合流することだが、その猶予があるとは考えにくい。


「・・・私たちがいる場所が分かるのかは不明ですが、着実にこちらまで来ています」


「マジかよ・・・おいあんたは魔装士なんだろ?なら、そのディザスターをやっつけてくれよ!」


「・・・」


ポーラは情報屋がこちらに懇願するのは痛いほど分かる。


何しろ、今ここにはポーラ以外に戦闘可能な人物がいないに等しいのに加え、情報屋自体武器はハンドマジスガン一挺しか持っていない。


このすごく迷いやすい森にかなり慣れている情報屋でも、自分の知らない魔獣を相手にするのは不安以上の感情が湧いてしまうのは仕方ないことだろう。


魔通信機マジスシグナルで機関に支援要請を出しますが・・・あなたを置いて私だけ逃げるのは選択外なので、応援が来るまでは一人で抑えます」


ポーラは情報屋に言うなり、制服の内ポケットに入れているマジスシグナルを取り出すと『今すぐ北平野の森に応援を。ディザスターが出現しました』と連絡する。


「何か・・・頼もしいな、あんた」


「・・・良く言われます」


情報屋はだんだんと近づいてくる足音に気付くと、ハンドマジスガンをホルスターから取り出して、ポーラの指示を待つ。


「私が対象の魔獣を引き付けるので、あなたはその間に周囲の魔獣がいたら討伐して、応援の方が分かるように、出口の方で待機していてください」


「了解した!この辺の魔獣なら俺一人でも問題ないからな!」


見知らぬ恐怖に勝つためか、情報屋声を大きくして自らを鼓舞しているようだが、近くで大声を出されるとポーラの耳に響くだけではなく、ディザスターと思われる魔獣がこちらへ来るスピードを上げるかもしれない。


ポーラは情報屋に静かに遂行するようお願いすると、疑似レーダーマップに映るシルエットまでゆっくりと、近づいていく。


「(お父さんの資料を見た時に知ったけど、ディザスター・・・私一人で大丈夫かしら)」


ポーラは後ろに駆けていく情報屋が早速出くわした魔獣に先制攻撃を仕掛けつつ、出口まで移動するのを耳に入れながら、考える。


ディザスターはその名から分かる通り、基本的に人々にとって危険な存在であるために付けられている名称だが、その実態は実のところ分かってはいない。


サムルドで発見された『濃霧の狼フォッグ・ウルフ』は霧を操り、各地の大陸を徘徊していることが判明しており、その戦闘力は不明だが、ハーリンが討伐出来なかったことを鑑みるとその強さは圧倒的であろうと予想されている。


コニのディザスターはサムルドの魔装士機関で目にした時には、まだ設定されていなかったらしく、空白になっていたのをポーラは覚えている。


「ふぅ・・・」


ポーラは右手に持つスポウダムをチラリと見ると、小さく息を吐く。


「何とかして、抑えないと」


木々が生い茂る前方を見たポーラはその足音の正体が何なのか・・・あと数歩で視認できてしまうのを肌で感じた。




『コニ 北の外れ すごく迷いやすい森 奥地 花畑』




ポーラと別れた後、カータは全力疾走しながら花園を目指していたのだが、やはり地面がぬかるみ、ツタが多い道は走りにくい。


転ばないように気を付けてはいるのだが、早くしないという焦る気持ちが足を上手く動かすのを邪魔していた。


「あぁ!何でこう!こんなに草木があるんだよ!」


カータは誰に言うわけでもなく、一人で苦痛の声を上げる。


「・・・あ、あれは!」


しばらく悪戦苦闘しながら舗装されていない森の道なき道を走っていると、急に視界が晴れ、辺り一面が花々に埋まる空間を確認できた。


「綺麗だな・・・」


この大量の花々に土足で入るのは若干抵抗があったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


カータはそう思うが、何故かこの花は踏みつぶしてはいけないような気がしてならないのも、同時に感じていた。


「・・・フェクト」


カータはなるべく花を踏まないように花畑を進むが、そこで50メートルほど先に、暗殺者のような衣装を身にまとう少女を視認出来た。


サイフォスを一旦『返戻』と言いながら、体内に戻して魔素の温存をする。


この辺りにはフェクト以外の生物が確認できないため、魔装無しの素の状態でも問題ないだろう。



「良かった・・・特段怪我もしていなさそうだし。今からそっちに・・・」


カータが思わず笑顔になって、フェクトに手を振ろうとした時、急に腹に激痛が走る。


「え・・・!」


カータは恐る恐る自分の腹にまで視線を下げると、そこには黄色に染まる小型の槍が突き刺さっていた。


自覚した瞬間に全身が痛みのサインを上げたのか、腹を中心に痛覚が危険信号を発するようにズキズキと痛覚を通じて激痛を訴えてくる。


「くっ・・・がは!」


激痛が五秒ほど続くと、急に腹の違和感が取れるが、それはフェクトが槍を手に戻したからであろう。


血を止めていた物がいきなり抜けたことにより、ドバっ!と深紅に染まる血液が足元の花に降り注ぐ。


「はぁ・・・ぐっ・・・いで・・・か、解放・・・」


何とか意識を落とさずに済んだカータは視界がブラックアウトする寸前に、サイフォスを右手に呼び出せたが、解放と同時にフェクトがスタンディングスタートをするが如く、低い姿勢でこちらへ来ようとしていた。


「・・・っ!」


魔装による身体強化のおかげで、意識が未解放時よりはマシになったカータはその場で自己治癒をするために完全静止状態に移る。


二秒ほど静止をすると、腹の傷は完全には塞がらないものの、出血は何とか治まったが未だに激痛は止まらない。


これ以上静止しているのは危ないと直感で感じたカータはその場から、右方向に転がる。


「・・・」


無言でカータが今先ほどいた地点でジャベリンであるロサをその場で振り回したフェクトだが、様子がおかしい。


目に光がともっていないというべきか、はたまた死んだ目をしているのかは不明だが、とにかくカータとポーラが話していたフェクトとは全く別人のような目をしていた。


「お、おい!フェクト!俺だ!カータだよ!」


カータが近距離位置にいるフェクトに自分の名を挙げて、正気に戻るように呼びかけるが、それを聞いていないというようにズイッと体をこちらへ向けながらロサを投擲してくる。


ブン!と風を切る音を聞いたカータは視界の範囲内に映ったロサをすんでのところで回避するが、次の瞬間にそれが陽動だと気付くことになる。


「・・・」


槍はあくまで目くらましだと言わんばかりに、フェクトは無表情で回避行動をした直後のカータに右足による飛び蹴りを放つ。


「ぐっ!」


不安定ながらも、両腕でフェクトの蹴りを受けようとしたカータだが、それは悪手であるのに気付いてしまう。


フェクトの人のものとは思えないほどの攻撃力を誇る飛び蹴りはカータの両腕とぶつかった瞬間にそのインパクトが腕を通して伝わり、激痛と共にボキリ!と嫌な音が耳に響いた。


「があぁぁ!」


カータはフェクトの蹴りの衝撃により、5メートルほど後ろに吹き飛ばされたが、それよりも両腕が折れて使い物にならないことに焦りを感じる。


「はぁ・・・はぁ・・・フェ、クト・・・」


腹の刺突傷が開き始めるのを気にせず、カータはフェクトがどうして猛攻を仕掛けてくるのか考える。


「(腕がまだちぎれないだけましか・・・だけど、これだとまともにサイフォスを撃つこともできない。くそ・・・どうしたんだフェクト・・・)」


飛び蹴りをした反動で、少しだけ着地する時に地面でよろけたフェクトの動きでカータはあることに気付く。


「(これは・・・マドイソウの影響なのか?機関の受付さんが言っていた催眠効果・・・もしかして、首謀者がフェクトに使った?だとしたら、この行動も理解はできる)」


再び、フェクトがカータに体を向けるとまたもや蹴りをする準備を始めた。


「(確かフェクト・・・昔は人間不信だったんだよな。恐らく、首謀者はフェクトの信用を得た後に、こうして騙したんだろう・・・もし、裏切られたという気持ちと催眠効果が重なってこういう行動になっているなら)」


フェクトは準備が整ったのを示すように、カータのいる場所まで一瞬で距離を詰める。


「(何とかして俺を信じてもらうように!これで!)」


フェクトはカータの目の前まで移動すると、そこでロサを刺突した。


グチャ!と耳に不快な音が花畑に鳴り響くと、カータの口から血を吐き出たと同時に、腹からも大量の血液が飛び散る。


「つ、捕まえた・・・ぞ」


カータは自身に突き刺さるロサは気にせず、飛び込んできたフェクトを抱きしめる体勢を取っていた。


どばどばと生きるために必要な液体と肉が下に落ちるのを見たカータは、痛覚がだんだんと薄れていく感覚に小さく笑みをこぼすと、フェクトに静かに語りかける。


「お、れは・・・フェクトを・・・騙したりは・・・し、な、い・・・」


カータはとても小さな少女をきつく抱きしめると、腹と両腕からビキリ!という感覚が走るが、今だけは、気にならない。


「・・・えぁ」


その言葉を至近距離で聞いたフェクトは己の意識がはっきりとしたことに気付いた。


「か、カータ!」


血まみれでフェクトを抱きしめたまま、目を閉じようとしていたカータは微笑みながら、気を失いつつある状態で立っていた。


「そんな・・・あたし・・・ずっと何かに怯えてて・・・」


すぐに治療をしないといけないと悟ったフェクトはその場にカータを横にさせるが、自己治癒は始まっているか定かではない。


「あいつに・・・裏切られたのか・・・それで、カータを・・・」


フェクトは情報屋が意識を失う寸前に自分をどうしようかと話していたのを思い出すと、憤りを感じずにはいられなかった。


「・・・今は、カータを」


フェクトは涙を両目から流しながら、カータの自己治癒が始まるのを待つほかないことに不甲斐なさを感じているが、今は彼の治癒能力に期待するしかない。


「ぐすっ・・・」


フェクトは今までの人生で泣いてこなかった反動のせいか、大量の涙を横たわるカータの隣で流していた。




『コニ 北の森 奥地周辺』




ポーラは情報屋が後方に遠ざかっていくのを聴覚強化による疑似レーダーマップで確認すると、目の前に現れた大型の魔獣に意識を向けた。


「・・・これは」


ポーラが目にした魔獣はパッと見は単に『蛙型魔獣』と変わりがないが、驚くべきなのはその大きさである。


通常では考えられない10メートルという全長を誇る蛙型魔獣は、その大きな体を支えるために進化したのか、巨大な後ろ足と前足をバチバチと地面に叩きつけていた。


時折、ポーラが先ほど聞いた『ゲェオ!』という鳴き声を出しているが、その声音は何かに対して怒っているような雰囲気である。


「・・・コニのディザスターがこれなの」


ポーラは静かに相手の動向を窺うが、目を軽く充血させているものの、すぐに移動するとは思えない佇まいだ。


「カータさんのところに行かせないというなら、ここで私が」


ポーラはじりじりとこちらに寄って来る蛙型魔獣に、スポウダムを構えると、一発の銀色の鋭い銃弾を放つ。


ヒュン!と小さな銃声を上げながら一直線に飛んでいく弾をチラリと見た蛙型魔獣は特に回避行動に移るという事はなく、ただボーっとしている。


次の瞬間にスポウダムの超高威力の狙撃弾が蛙型魔獣の頭部に着弾すると、その大きな頭に小さな風穴が開く。


「ゲェーゴ!」


ポーラの狙撃を中距離位置でまともにくらった蛙型魔獣は痛みを訴えたかのように、一声上げるものの、全く体を動かさない。


ポーラが怪訝な目を向けるのと同時に、その蛙型魔獣は進行を開始した。


「・・・」


ポーラは確実に生物の弱点である頭部を撃ち抜いたはずなのに、ダメージがあるのかないのか不明な魔獣に続けて無言で、装填してある四発の狙撃弾を撃ち放つ。


ヒュン!ヒュン!ともう一度蛙型魔獣の頭部周辺に四つの小さな風穴を開けるが、ダメージは無いというように蛙型魔獣は歩みを止めない。


「ゲーゴ」


こちらをあざ笑っているかのように思わせる蛙型魔獣の鳴き声にもポーラは反応しないが、どうして狙撃をしても効いていないのか判断に迷っていた。


「(銃弾自体が効いていないわけではないはず。でも、狙撃をいくらしたところでダメージはない・・・どうしたものかしら)」


ポーラは少しずつ蛙型魔獣がこちらに寄って来るのを不気味に思い、距離を取ろうとした時にいきなりスピードを上げた。


「っ!」


今までじりじりとゆっくり進行していたのはフェイクであるか、たまたま動けなかったのかは不明であるが、いきなりこちらに『何かの液体』を噴出してきたことに、ポーラは一瞬だけ回避に移るのに遅れた。


身体にかかるのを防ぐために、スポウダムで振り払おうとしたが、そこで両手に違和感を感じる。


「何なの・・・これ」


すんでのところでスポウダムを盾のようにしたが、何かの液体が付着した銃身『だった』部分から銃口の先にかけて綺麗さっぱりと無くなっていた。


「ゲーゴ!」


蛙型魔獣は再びポーラに対して何かの液体を口から吐き出して攻撃してくるが、同じ行動を何度も見切れないほど、戦闘慣れしていないわけではない。


疑似レーダーマップに映る木々から一番遠くかつ蛙型魔獣の攻撃範囲外に出るため、ポーラは蛙型魔獣から目を離さずに、連続バックステップを行う。


「移動能力は無いに等しいのかしら」


ポーラは疑似レーダーマップの30メートル先にいる蛙型魔獣のシルエットを注意しながら、気を背にして魔装の修復を始める。


「ふぅ・・・」


ポーラは静かに息を吐いて魔装の修復を始めるが、この行為は基本的に近接系魔装を所持する魔装士が行うものである。


教養として、いつでも魔装修復が出来るように練習していたポーラは二分程精神集中を続けると、徐々にスポウダムは元通りの姿に復活した。


「あの液体は何なのかしら・・・魔装を一瞬で分解し、魔素化させてしまう・・・聞いたことがない」


ポーラは修復したスポウダムがしっかりと発砲できるか確認すると、疑似レーダーマップ内に映る蛙型魔獣のシルエットまで静かに移動する。


基本的に狙撃手スナイパーの戦術としては接近しない方が都合が良いことが多いのだが、今いるここは木と大岩が多々存在してある森という場所である。


サムルドのように木の背丈と数が少ない森ならば、遠距離からの狙撃もある程度は可能になるのだが、コニの森はそうもいかない。


唯一の近接武器であるハンドマジスソードで斬りかかろうにも、あの不可思議な液体は人体にどのような影響を及ぼすかは不明だ。


初めに狙撃をした中距離位置よりも若干離れたポイントがベストだろうとポーラは判断し、立射の姿勢で蛙型魔獣の後頭部と思われるところに銃弾を放つ。


「ゲェ!」


うめき声を耳で聞き取ったポーラは続けて狙撃弾を装填している全てを撃つが、やはり思っているよなダメージは視認できない。


「・・・」


ポーラは無言でスポウダムの弾が切れる度に、再装填リロードし、全弾放出、またリロードし、放出・・・


単純作業を対象である蛙型魔獣に繰り返していると、不意にポーラの身体から力が抜けそうになる。


「流石に使いすぎたからしら」


遠距離型魔装を所持する魔装士の欠点である魔素の急激な魔素消費に体が追いついていないのか、若干だが疲労の色が出てしまっていた。


「でも、ここで私がこの魔獣を抑えないと・・・」


体内に蓄積された魔素が残り四割ほどになった時に、ポーラは耳で『ぴちゃぴちゃ』という水音が聞こえたことに気付く。


「何かしら」


ちょうどポーラの見える位置からは蛙型魔獣はこちらに背を向けているため、正面で何をしているかは分からない。


加えて疑似レーダーマップには映らないシルエットのため、推測するには回り込まないといけなかった。


「かなりの銃痕があるけど、本当に効いていないの・・・?」


ポーラが慎重に蛙型魔獣の正面まで移動しようとした時に、後頭部から血液をだらだらと垂れ流しにしている姿を目にしたため、そう思うが、絶命していないということは少なくとも致命傷にはなっていないのだろう。


先ほどから続いているぴちゃぴちゃ音の正体を確かめるべく、ポーラは蛙型魔獣の正面付近まで辿り着くと、そこでその正体に気付くことになった。


「え・・・」


ポーラが目にしたものは、大きなシャボン玉を楕円状のような前方に伸びる塊にしたものであるが、その大きさはありえないとしか言えないほどの膨らみ方をしており、蛙型魔獣の約1.5倍をもするものであった。


ちょうどポーラからでは蛙型魔獣の背中で死角になっていた物のため、すぐには気付けなくでも仕方ないが、ここまで大きくしたのには理由があるのだろう。


蛙型魔獣の口から生成された巨大なシャボン玉はポーラが見ている間にさらに大きくなっており、いつ破裂するか分からない状況であるが、じっとしているわけにはいかない。


「・・・あの液体の塊なんだとしたら、笑えないわね」


ポーラは小さく息を吐くと、スポウダムを蛙型魔獣の口先とシャボン玉のちょうど隣接地点に標準を定める。


この密着しているところを狙えば、自ずと蛙型魔獣は口から大きなシャボン玉を離すことになり、落ちたシャボン玉も破裂することはないだろう。


ポーラはこの不気味なシャボン玉が破裂するのを止めるべく、銃弾を放った。


ヒュン!とライフル特有の加速力を乗せた銀色の弾丸は狙った通りの位置まで飛んでいき、見事に蛙型魔獣の口からシャボン玉を離すことに成功した。


「何とかこれでまた振り出しに戻ったわね・・・魔素を節約すればもう少し時間稼ぎをでき・・・」


ポーラがスポウダムの引き金から指を離した時に、驚愕の出来事が起きてしまう。


蛙型魔獣の口から落ちたシャボン玉は一見するととても弾力性がありそうで、地面に落ちた時にはそのクッション性で割れることはないと思っていたポーラだが、そうではなかった。


地面に楕円状のシャボン玉が触れた瞬間的に、シャボン玉はその衝撃で一気に爆発し、辺り一面にそのしぶきをばらまいてしまっていたのである。


「っ・・・!」


ポーラは狙撃できる限界距離の中距離位置まで接近していたせいか、その唐突な爆発から距離を取ろうにも遅いことに気付いていた。


何とかして体に触れることを防ぐため、疑似レーダーマップに映る小さなシルエットと視界にあるしぶきを回避するため、木を盾にしたがその行為は無駄になる。


「木が溶けている・・・!」


ポーラが盾にした木はしぶきが数発当たるとその大きさはどこにいったのやら、全くもって盾に出来る程の背丈ではなくなってしまった。


枝と葉が極端に減ってしまった木では小さなしぶきを満足に凌げることはなく、雨粒ほどのしぶきがポーラの両腕にかかる。


「かぁぁぁ!」


急に熱湯をかけられたのごとく、両腕に熱を帯びたことに意識を取られたポーラはそのしぶきが人体に悪影響を及ぼすことを身を持って知ってしまう。


「はぁ、はぁ・・・」


露出している腕に目をやると、確かに真っ赤に肌は染まり、火傷をしたような印象があるが、体にはそれ以外の作用も働いていた。


「魔素が減っている・・・?」


ポーラは己の魔素が残り三割ほどまで減少したことに疑問を覚えてしまうが、それは今先ほど腕に受けた液体のせいだろうと推測する。


意識を再び蛙型魔獣の方に向けると、またもやポーラめがけて楕円状のシャボン玉を生成しているのか、地に前足と後ろ足を着けて『ゲーゴー』と鳴き声を上げていた。


「・・・これは確かにディザスターと設定されてもおかしくないわね」


何度したか分からない連続狙撃をするため、ポーラはスポウダムを蛙型魔獣に向けつつ、シャボン玉の有効範囲外はどこかと探していた。




『コニ 魔装士機関』




「ディザスター・・・つい最近決められた魔獣ですよねー」


ジナは先ほど派遣魔装士であるポーラ・ネシートから連絡を受けたと事務係から聞いてどうしたものかと頭を抱えていた。


ディザスターに決められた魔獣とはいえすごく迷いやすい森以外には出現しないのに加え、最後に目撃されたのは一年前ほどである。


特にこれといった被害を受けていないのに大事にすると、流石に王からも良い顔はされないだろう。


「うーん・・・本当にディザスターならすぐにでも応援を出したいところですが、勘違いとかなら私がコニ王に怒られてしまうんですよねー・・・まぁ、その時はその時でいっかー。人命救助は優先しなきゃだしー」


ジナはひとしきり自分に言い聞かせると『よし』と頷きながら、マジスシグナルで城にいるであろうコニ王に連絡する。


「あーっと。私ですージナですー」


「おっ!ジナか!珍しいこともあるもんだねー。君から僕に連絡が来るとは」


「一応あなたがこの国の長ですからねー。許可を取らないといけないと思いましてー」


「何かあったん?」


ジナはコニ王の快活な声音をよそに派遣魔装士であるポーラからディザスターを見つけ、応援を出すように連絡が来たことを簡単に説明した。


「ふーん。まぁ、適当でいいよ!僕は魔獣さえ倒してもらえればいいし。必要なら王国兵士団長も持ってっていいよ」


「・・・了解です」


コニ王が通信機の向こうで何やら楽しんでいる声を聴いたジナは早々に信号を切る。


「私でも緊急の時は真面目にするのにあの人は・・・」


ジナは素早く身支度を整えると、二人の護衛の魔装士を連れて、城まで移動した。




『コニ 城 城門』




城下町のすぐそばにあるコニの城は魔石の強化コンクリートを魔装船マジスシップのようにいたるとことに付けてあるが、最近では魔獣の襲撃が無いせいか、あまり整備されていなかった。


「ジナ様!ディザスター出現とお聞きしたのですが!」


城門の警備兵はジナを見るなり大きな声を上げるが、その言葉には応答せず、必要事項を伝える。


「分かりました!今すぐ兵士団長を!」


警備兵はジナの言ったことをすぐさま受け取ると、城に戻り、兵士団長を呼びに行った。


「久々ですねー。こうして私が指揮を執るのは」


しばらくジナは兵士団長が来るのを待っていたが、今からディザスターだという魔獣と対峙することに少しばかりの恐怖を抱いていた。


「現役の頃みたいに武器を振るえないだろうしー。自衛できるかな」


「その心配はいりませぬ」


「?」


ジナの独り言に対して言葉を発したのは、コニ国の王国兵士団長である『アーロン・バーム』である。


常日頃から重鎧ヘビーアーマーを身にまとい、素顔を晒さないこの初老の男性こそコニの最大戦力であると同時にジナが頼りにしている者だ。


「私があなた様を守りながら派遣魔装士様を救い出し、そのディザスターを討伐しますゆえ。何も心配はいりませぬ」


「ええ。しかし、まだ連絡があった魔獣がディザスターだとは決まったわけではないので・・・」


「間違いならそれはそれでいいでしょう・・・いくぞ、我が兵たちよ」


アーロンは後ろに引きつれた三人のヘビーアーマーを身に着けた王国トップクラスの兵士に声を掛けると、ずんずんと歩みを早めていく。


「・・・私たちも行きましょうか」


ジナは未だに少数精鋭隊をモットーにするアーロンに若干の不安を覚えてしまうのは胸にしまい、後に続いていく。




しばらくアーロン隊の後に続いていたジナと二人の護衛の魔装士は緊張の面持ちで北のすごく迷いやすい森に向かっていたが、急にアーロンが後ろを振り返ってジナに尋ねてきた。


「申し訳ない、ジナ様。そのディザスターの特徴をお教え頂けますか?私も初めてやり合うのに事前情報無しだと・・・」


「あ、はいはい!」


ジナは兜の下で困り顔?をしているだろうアーロンに対して『知っていると思ってたのに』と思いつつも、ディザスターの情報を開示する。


「先日に決められディザスターである蛙型魔獣・・・『黄泉蛙ハデス・フロッグ』は魔素の影響で独自の進化をした魔獣です。全長は10メートルほどで、移動能力や攻撃能力は低いのですが、体内で生成されているという『分解液』。これが一番の特徴ですね・・・何でもこれは魔装や魔石などを一瞬で溶かしてしまうらしくて」


「・・・厄介ですな」


「ええ。この液体は魔素を含んだ物・・・つまり、魔装や魔兵器なども溶かしてしまうので、私たちが身につけている防具や武器は意味をなさない可能性が高いです。それにいくら攻撃力が高い武器でも魔石を使用した物ではハデスの分解液で溶かされてしまうので、体内に入ったとしてもダメージは入らないです」


「だからこそ、私たちの通常武器・・・王国製の鉄剣とボウガンでヤツを」


アーロンはジナから前方に右手に持っていた大きな鉄剣を目の前で振るうと、その衝撃で風切り音が聞こえる。


「何も加工していない通常武器が未だに使われているのは、ハデスがいるからでしたね・・・」


ジナはもうすぐそこまで見えてきたすごく迷いやすい森に目を向けると、皆の前に立ち、戦闘準備をするよう呼びかける。


「ポーラさん・・・」


ジナはポーラの勘違いであることを祈りつつ、アーロン隊・護衛の魔装士二人と共に森に入っていった。


次回はヤツとの戦闘です。

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