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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第二部 小さな暗躍者
8/10

<二章> 契約の代償

『イジヌ 舗装された山道』




アーコイド大陸の北に位置する『規律国』イジヌ。


サムルド・ロワーズ・ジークドリア・コニに比べてひときわ山々と森林地帯に囲まれたこの国は気候の変化はほとんど無く、常に雪が降っているため、一年中凍えるような気温である。


イジヌ国へ行くにはまず、防寒対策はもちろんのこと、山に登るための道具を用意しなければならない。


何も必ず険しい山を越えないといけないわけではないが、サムルドの北平野から直進したこの山道が一番舗装されており、巡回している王国兵士がいるため、安全を考えるならばこの『通常』ルートを選ぶのが得策といわれている。


この通常ルートは途中の山道まではしっかりと舗装されているが、本格的に山に入るとなると、自然保護という名目であまり人工的に舗装されていないため、自力で山を登る必要がある。


物資運搬用の別ルートも存在しているが、そちらは王国関係者以外立入禁止になっているため、一般の国民や魔装士等は原則使用不可能である。


イジヌへ行く他のルートはロワーズから左回りに迂回して、自然に生い茂ったジャングルのような森を越える『迷路』とコニから魔装船マジスシップで右回りに迂回して崖だらけの渓谷を越える『裏技』がある。


迷路と言われるルートは人の手が全く施されていない無法地帯の森林地帯で、魔獣と魔物がアーコイド大陸でも一、二を争うほど生息しているため、複数の王国兵士たちを雇うか、魔装士を雇わない限り、一般の国民では入った瞬間に死亡するのは確定である。


イジヌに所属している王国兵士か魔装士以外がこの森に一度入ると絶対に出ることができないことから、迷路などという名前が付いた。


もう一つの裏技と言われるルートは、コニから出るマジスシップでイジヌの東大陸に行き、崖だらけの渓谷を抜けて国まで行くことを指すが、それ相応に金銭面に余裕がある者でしかこの選択は出来ない。


コニ周辺の海とは異なり、イジヌの東大陸近辺の海は凶暴かつ巨大な海洋型魔獣が生息しているため、海上戦に長けている王国兵士と魔装士を同乗させなければならない。


特に海の上で戦闘できる魔装士は数少ないため、契約料は王国兵士と比べて数倍になるのに加え、マジスシップ自体一隻しかない。


コニから個人にしろ国にしろマジスシップを借りる時には多額の通貨を支払うことが前提になっていることから、裏技と呼ばれるようになった。


そんな閉鎖的な国であるイジヌの南、通常ルートの舗装された山道の端にある木を後ろに、グレーの短髪をしている童顔気味の男はそのグレー色の瞳を小さくしつつ、二重まぶたを閉じかけて座っていた。


「(俺が『魔装士狩り』のチームに入団してから、もう一年か)」


その男は防寒のため、魔装士の制服の上にぶかぶかとした黒色のジャンバーをはおっていが、どうにも動きづらそうに、考え事をしていた。


「ビビグアちゃーん!何してるのー!」


後ろから急にやかましい女の声を聞き取ると、男は『二十秒後に金髪女が抱き着いてくる』と後ろに立てかけていた魔装からの信号を察知し、ひょいと体を右向きに傾ける。


ほどなくして後ろから『金髪』の女が全力で抱き着こうと飛んできたが、そこには男の首はない。


「いてて!ちょっとー。あんた、その異能止めてくんなーい?」


「・・・俺だって使いたいとは思っていない。自動的に発動するだけだ」


「だったら、それ出すの止めなさい!」


「周辺を警戒していろと言ったのはあんただろ。俺は命令通りの行動をしているんだが」


男は全く抑揚のない声で女に反論するが、その態度に女は反応する。


「ほんっとさ!あんた愛想無いわよね!だーれがさ!あんたの上司なんだっけ!」


女は踊り子のような派手な衣装の上に一応防寒用のジャケットを着ているが、そもそも何故寒冷地帯で大きな胸と艶めかしい腹を露出するような服装をしているのか、男は疑問に感じていた。


「・・・露出狂のあなたです『メメラン・テレー』」


「そうそう・・・って何よそれ。いい加減、年上に対する口の利き方を考え直した方が良いわよ?『ビビグア・二メア』」


メメランは飄々としたビビグアの口調に苛つきを隠せないのか、額に血管が浮き出ている。


「・・・『ギュラム魔装士団長リーダーが帰って来る』」


「ちょっと!そんな都合よくギュラム様が帰るわけないでしょ!全く、私の気を逸らそうとしたって、そんなねぇ!」


メメランが木を背に座るビビグアの胸倉をつかもうと、一歩進んだ時に東の方角から全身が真っ黒な鎧に包まれる人物が現れた。


「また喧嘩か、二人共」


ビビグアとメメランがいるすぐ目の前に移動してきたギュラムは魔装を体内にしまうと、白い息を吐く。


「俺は単にメメランと会話しているだけですが」


「ふむ」


ビビグアはすまし顔で何もしていない、というように両手をふりふりと横に振る。


「あんたの減らず口が原因なんでしょうが!ね!ギュラム様!」


「ビビグアはよくやってくれているぞ。メメランも少しは声のボリュームを抑えてくれると助かるんだが」


ギュラムは黒いサングラスの下で目を細めると、メメランに体を向けるが、考え直したように二人に背を向ける。


「まぁいい。そろそろ国の方から王国兵士と護衛の魔装士がこの山道を通る。ビビグア、私の見立ては当たっているか?」


「ええ。俺の『予知反応フォーサイト・リアクション』でも、前方から『十五分後に、王国兵士と魔装士がここを通る』とあります。間違いないようです」


ビビグアは白色の片手剣型魔装である『ティル』から送られてくる信号をギュラムに伝える。




予知反応フォーサイト・リアクション




これは片手剣型の魔装であるティルに付与されている異能で、自身が『干渉する・される』未来の事をある程度知ることが可能になる力である。


ある程度というのは、予知した事柄が一瞬で変化したり、予知できる範囲外の事柄があるためだが、基本的には予測可能だ。


この異能は自身が能動的に使用する際には多くの魔素を消費してしまうが、受動的な場合は自動発動するため、魔素の消費量は少ない。


未来を見ることが出来るのは現時点から最大『三十分先』、最小『十秒先』までとなっているが、細かい調節をする際にはより多くの魔素を消費する。




「何度もお前の異能を活用して確信したことだったな。私の見回りも不要になってきたということか」


「リーダーの察知能力は確かに素晴らしいですが、俺の異能がありますし、もう単独偵察をしなくてもいいのでは?」


以前までギュラムは暗殺や隠密行動が得意なメメランに偵察をさせていたのだが、ビビグアがチームに入団して以降、メメランを教育係という体でビビグアと待機させている。


この変化が単に新人教育のための役割分担なら問題ないのだが、かれこれ一年、この体制は変わっていない。


ビビグアは自身がまだ新人扱いされること自体、特に何も思う事はないのだが、もしかして、信用されていないのか?という思いがこの長い時間の間で強くなっていた。


「・・・念には念を、という言葉があるだろう?」


「・・・ええ」


ギュラムはビビグアとメメランに背中を向けつつ言葉を放つが、その声音は平時と全く変わらない。


戦闘時以外感情表現を見て分かりやすいようにしないギュラムだが、声だけは変わることがある。


一年前にチームメイトを殺害され、命乞いをして生き残ったビビグアは、この声を頼りに今まで無表情のリーダーの考えを予測してきた。


異能を使用して未来に起きるギュラムの行動を『見て』も良いのだが、それを過去にした際には『・・・そうか』としばらく口を利かなかった。


静かに敵意を示すような口調であったギュラムに恐怖を覚えた以降、ビビグアは極力彼に対して異能を使わないようにしていた。


「ちょっとギュラム様!私は置いてけぼりぃ?妻を蔑ろにするなんて、夫として失格ですよぉ!」


いつも他人をからかっているような口調のメメランだが、ギュラムが絡むことになると、感情的に話すことが多い。


現にビビグアとギュラムが二人で話している時には拗ねていることがほとんどであった。


「婚約すらしていないだろう」


「え・・・なら、すれば良いんですか!」


ギュラムがこちらに背を向けて話しているのを好機と見たメメランは、いきなり彼の首に両手を回して抱き着く。


ギュラムは異様に懐いてくるメメランを振りほどこうとはせず、ただ『うっとおしいぞ』と言うばかりだが、その程度で止めるわけはなく、しつこく首元にキスをしていた。


「(婚約か・・・)」


ビビグアは自身の出身地である『コニ』で交際間近の関係であった『アン・デメダ』を思い出して、懐かしむ。


「(俺がイジヌで死んだって知らせが、無事届いていると良いが・・・)」


ビビグアはコニで暮らしている時に、いつの日か魔装士として国のために働くと考えていた。


王国兵士になろうと思わなかったのは、単純に教育を受けるための資金が不足していたからだが、それ以上に自分だけの『何か』を欲していたという点も大きかった。


コニの魔装士機関に所属しなかったのは、そこで発見されていた魔装がビビグアに合致しなかったためで、魔装保有数がサムルドと同等のイジヌで魔装を取得してから、自国の魔装士機関に転属しようと考えていたのだが・・・


「(あいつならもう俺なんかより、良い男を見つけているか・・・それよりも、自分の命欲しさに魔装士狩りのチームに入るなんて・・・もう今さらだが)」


国に従事するつもりだったのが、正反対の道を歩んでしまっているビビグアは己の葛藤を既に捨てていた。


「(都合の良い言い訳だが、魔装を取得した時にもやもやしていた『勘のようなもの』がティルの異能だと教えてくれたのはギュラムリーダーだ。いくら非人道的な人でも俺はあの人に恩義がある・・・年齢詐称のことも、今していることも許してくれ、アン)」


ビビグアは男勝りなアンに自分が『二十二歳』であるのを隠していたこと、現在進行で反逆行動をしていることについて謝ると、そこで未練を断ち切る。


「・・・上の立場の言う事はなるべく聞くつもりだが」


一見すると、いちゃいちゃしているギュラムとメメランを見て、嘆息する一人の『反逆者』はこれから行う『魔装士狩り』に向けて心の準備を始める。


「命令には忠実に・・・」


ビビグアは己の一貫する信念を胸にしまい、ティルの持ち手を右手で強く握りしめて空を眺めると、白い息を吐いた。




『コニ 魔装士機関 受付前』




『フェクト』と叫んだ少女はニコニコと満面の笑みを浮かべていたが、カータとポーラの姿を目にすると、その大きな瞳をさらに大きくする。


「あー!『ビビグア・二メア』!お前!」


フェクトは『ぐぬぅ』と小さく口をとがらせるが、流石に機関で魔装を解放しない程度には理性があるらしく、その場で地団駄を踏んだ。


「さっきからさ・・・君、フェクト?だっけ。何か勘違いをしてるよ」


カータはフェクトがひたすらこちらに唸り続けるのを見ると、彼女に一歩近付いた。


「俺の名前はカータ。カータ・ルメシスだ・・・サムルド魔装士機関所属、魔装士級九級のしがない魔装士」


カータはフェクトが急に殴りかかって来ることを加味して、腰に隠してある片手魔兵器銃ハンドマジスガンを右手で抜き撃ちクイックドロウ出来るようにして話す。


「君とは今まで一度も出会ったことはないし、名前だって初めて聞いたよ」


「・・・嘘だ」


「はぁ・・・?」


フェクトは自身が着こんでいる暗殺者のような黒い衣装のポケットから、何かの写真を取り出してこちらへ見せつけてくる。


「ほら!ここ!機関の入口で!」


フェクトはカータの目の前まで歩いて近付くが、先ほどの槍による近接攻撃が記憶に新しいせいか、自然と体がこわばる。


「うん?これは・・・」


「カータさんにそっくりですね、この方」


ポーラもフェクトが手にする機関で撮影されたと思われる男性の写真をカータの後ろから見ると、感想をストレートに言うが、そこで首を傾げる。


「カータさんの顔と髪色がこの方に似ているせいで、間違えてしまったの?」


「だから!ビビグア本人だろ?こいつ・・・うん?でも、ちょっと違うかな」


ポーラがフェクトに問うと、先ほどまで好戦的だった少女もカータと写真を見比べて『うーん』と言いながら目を閉じた。


「だから違うって言ってるだろ?というか、君にいきなり襲われるほど、この人は悪いことをしたのか?」


「・・・ビビグアは要注意人物マークされている『ギュラム・モノニー』の味方になって、各地の魔装士を殺して回っているんだよ」


カータが目を細めてフェクトに聞くと、彼女は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「あの黒い鎧か・・・でも、何であいつに?」


「知らない。あたし、あいつの理由には興味がないし・・・ただ、あたしと同じ魔装士が同志を殺してることは絶対に許せないから。だから、あたしがこの手でビビグアを正義の道に戻すんだ」


フェクトは閉眼していた瞳を静かに開けると、カータを見つめる。


「よく見てみると、確かにビビグアより軽そうな感じだし、思い違いだったみたい。うーん、でも何であそこまで思い込んでいたんだろ?」


「軽いってなんだよ・・・」


カータが『おい』と言いながらフェクトに反論しようとした間に、彼女はいきなりカータとポーラの目の前で綺麗な土下座の体勢になりながら、大きな声を上げた。


「申し訳なかった!あたしとしたことが、人違いであんたらを襲ってしまった!ごめんなさい!」


機関にいる数人がこちらを振り返って見つめるのも気にしないで、フェクトは謝罪の意を込めてなのか頭を床に付けて縮こまる。


「もー。フェクトちゃんはまた何かやらかしたんですかー?」


しばらく三人の会話に入らなかったジナはここで、こちらへ近づいてくる。


「あ、ジナ・・・うん、まぁね。今回はこの黒髪と白いねーちゃんに突っかかっちゃって」


「全く・・・ほら、カータ君とポーラさんが困っているでしょう?この二人はサムルドから派遣された魔装士さんなんだからね?」


「・・・はい」


ジナは土下座の体勢を維持するフェクトをまるで自身の子供のように叱っているが、その身体が小さいこともあり、親と子というより、怒られている妹と怒っている姉のような雰囲気であった。


「ジナさん、俺たちはひとまず無傷でしたし、それくらいで良いですよ」


「ええ、フェクトも反省してそうですし、私たちも彼女に傷を負わしてしまいましたから」


カータとポーラはまだ幼いフェクトを想って、寛容に今回のことは水に流そうとするが、ジナは首を横に振る。


「ダメダメなのです!フェクトちゃんは実力こそ申し分ないほどの魔装士さんですが、性格と行動が目に余ります!今までは『十一歳』だからで許していましたが、今回は他国の魔装士さんに迷惑をかけてしまいました!」


ジナは何故かいつものように間延びした口調ではなく、透き通った女性の声音でこちらへ伝えてくる。


カータはジナが緩すぎる人だと認識していたが、流石にコニの魔装士機関最高責任者だけあり、国同士のしがらみには敏感らしい。


小さくもその威厳ある女性の声ではっきりと指導者であることが身に染みて感じたのは、カータとポーラだけではないらしく、機関にいる面々は固唾を呑んでいた。


「なので、罰を与えます。今日からフェクトちゃんのお仕事は二週間無しに加えて、今月のお給料も無しにします」


「え・・・それは」


「何かありますか?」


フェクトがジナに助けを求めるように目を向けるが、それは聞けないというようにジナは視線を明後日の方向にずらした。


「いえ・・・」


「よろしい」


フェクトが了解を示すと共に落ち込んだ様子で顔を下に向けるのを見届けたジナは、急にいつも通りの砕けた表情でカータとポーラにウインクをする。


「でも流石にー。月末近い状態でお給料没収というのも姑息ですよねー。なので、フェクトちゃんにチャンスを与えますー」


「チャンス?」


「はいー。私が言う通りの課題をクリア出来たら、今月のお給料の五分の一はあげますー」


コニの給料体制がどうなのかは不明だが、ノルマがない、依頼受託上限がないということは依頼をこなせばこなすほど給料が増える可能性が高い。


それを知っているのか五分の一でもフェクトは『ありがたい』という顔だ。


「わ、分かった!で、あたしは何をすれば良いんだ?」


「ふっふっふ・・・それはですねー」


フェクトがジナに希望の目を向けると、そこでジナはふふんと前置きをして話す。


「カータ君とポーラさんの付き添い、ですー」


「俺たちの?」


ジナがカータとポーラにグッ!と右手で示したため、カータはとっさに疑問の声を上げてしまった。


「そうなのですー。カータ君とポーラさんなら、と思ったことがありましてねー。私たちがあまり知らない『すごく迷いやすい森』の探索・・・これを今回の派遣魔装士であるお二人にお願いしたいと思っていたのですー」


「でも、あそこは危ないんですよね?」


「ですですー。でも、そろそろ平野と海以外の場所から国内生産物を増やしていこうかとコニ王が言っていましてねー。魔装士機関は一応、国の部下みたいなものですから、基本的に言うことは聞かないといけないのですー、つらいですよねー」


「・・・そうなんですか」


途中から最高責任者の愚痴を聞かされたような気がしたが、カータは何も言わない。


「そうなんです、カータ君。で、ですね・・・カータ君とポーラさんの実力はブロンさんから聞かされていますが、コニの土地勘がない状態ー。フェクトちゃんは何かとどこかへ行ったりして土地勘があり、現在謹慎中でお暇がある・・・」


「つまり、俺たちだけでは迷ってしまう可能性が高いすごく迷いやすい森に、フェクトを同伴させるということですか?」


「そういうことですー。今回の派遣のお仕事は、コニに住んでいる人をすごく迷いやすい森にガイドとして雇うつもりでしたが、これで問題無いですねー。ちょうどよかったですー」


裏の事情を正直に吐露するジナだが、カータとポーラは未だにその素直さに慣れずに、渋い顔をする。


「フェクトを同伴させるのは構いませんけど、あの子・・・ガイドとか出来るんですか?」


「問題ないですよねーフェクトちゃん?何かいつも単独で入っているようですしぃ?」


ジナは見通しているようにフェクトに顔を向けるとフェクトはビクッと体を震わせた。


「し、知っていたのか・・・」


「フェクトちゃんのしそうなことは大体分かりますー。ダメっていうところに行きたがりますしねー」


フェクトがバツが悪そうに小さくなるのを見ると、ジナは『さて』と手を叩く。


「本当は一週間ほどここに慣れてもらってからすごく迷いやすい森に行ってもらおうと考えていましたが、フェクトちゃんがいるなら明日にでも行ってもらおうかな?あ、短縮した分は探索が終わった後の日数をフリーにしますのでー」


「俺は構いませんよ。ポーラはどうかな?」


「良いですよ。元からお仕事で来ましたしね」


カータはポーラが了承したのを確認すると、フェクトが座っている方向に体を向ける。


「なりゆきで一緒に行くことになったけど、よろしくなフェクト」


「おう!あたしに任せておけ!」


フェクトは『よいしょ』と言ってから立ち上がると、今度はポーラに向き合う。


「白いねーちゃんもよろしくな!」


「ええ、よろしくフェクト」


ポーラはにこりと笑みを浮かべてからフェクトに手を差し伸べると、それをフェクトはぎゅっと握る。


「カータ君・・・」


「うん?何ですか?」


ポーラとフェクトが『女の子のお話』を始めたのを見たジナはカータにこっち来いと促した。


「フェクトちゃんは確かに魔装士としての実力はコニの中でも一番ですが、その分メンタルが弱い傾向があります。私が把握できる間は何とかなっていましたが、明日以降はすごく迷いやすい森に行くでしょうから、監視の目が届きません。なので、ストレス負荷が掛かりすぎないように、リーダーであるカータ君が管理してくれると助かります」


「了解しました・・・ああ見えて、背中に何か重いものでも抱えているんですか?」


カータは神妙に話すジナにフェクトについて聞こうとするが、他人の過去を簡単に暴くのは失礼か?と若干後悔の念があった。


「・・・私から言っていいのか分かりませんが・・・フェクトちゃんは捨て子なんです」


ジナは小さな声でカータだけに聞こえるように話し出す。


「まだ二歳のほどの時にアンちゃんが城下町の路地裏に一人でいたフェクトちゃんを見つけて、機関に届けに来たのですが、どうも両親が見当たらなくて」


「九年前・・・アンさんはその頃から魔装士機関に訪れていたんですか」


「ええ・・・その頃からアンちゃんは同学年の男の子から『男っぽい女』ということでからかわれていたそうで・・・将来は強大な力を持つ魔装士になると決めていたそうです」


カータは少しずれた話題を修正しようとフェクトはそんな過去があるにも関わらず、どうして魔装士になったのかと尋ねる。


「単純にアンちゃんに憧れていたのかもしれません。異常かもしれない正義心は魔装士になったばかりのアンちゃんに似ていますし。フェクトちゃんは今でこそ二級という上位の魔装士ですけど、昔はかなりの人間不信だったのです」


「確かに・・・親がいない状態だとそうなりますよ」


カータは自分がいかにマーニーに助けられていたのかを思い出し、実感を込めて話すが、ジナはきょとんとしている。


「・・・アンちゃんはフェクトちゃんが意識をしっかりと持ち始めてから関わらなくなったそうなので、お互いすれ違っていますが、いつか仲良しになって欲しいです」


「そうですね・・・」


カータとジナはとても嬉しそうにポーラに何か話しているフェクトを見ると、不思議と笑みがこぼれた。


「まぁ、暗い話はここまでにしてー。カータ君も明日の準備をした方が良いのですー」


「了解です。おーい!ポーラとフェクト!城下町で買い出しするから行くぞー!」


カータは少し離れた位置で会話に花を咲かせる二人に声を掛けて、近づいていく。


「・・・私もお仕事しますかー」


ジナは三人が機関から出ていくのを見送ると、自身の最高責任者室まで戻っていった。




『コニ 東外れ すごく迷いやすい森』




フェクトがカータのチームに仮加入してから一日後、三人は城下町でマジス系の武器を買ってからここ、すごく迷いやすい森に訪れていた。


平野では全くもって魔獣や魔物の気配がしていなかったのに比べて、この深い森に入った途端何かに見られているような気がしてしまったのは気のせいではないだろう。


サムルドの森とは異なる頑丈な木々に加え、ところどころに大きな魔石や鉱石がありそうな洞窟らしき穴、視界に邪魔な木から伸びる枝や安定しない地面が人自体を嫌っていそうな森であるのは一目で察してしまう。


「フェクトはこんな歩きづらい森にいつも入ってたのかぁ?」


「うん。あたしはこの森のおかげで強くなったんだよ」


カータの問いに何故か自己強化を示すように木々を素早く避けながら走る彼女だが、魔装を解放していないせいか、地面から飛び出ている『くねくねとした』草のツルに足を捕られ、派手に転んでしまった。


「いってー!あたしとしたことがー!」


「おいおい・・・何をはしゃいんでのさー」


カータはすっころんだフェクトのそばに行き、手を貸してやろうとするが、いらないというように自分で立ち上がった。


「別にカータの手を借りないでも大丈夫だし!」


「・・・そうですか」


『べー!』と舌を出してまたもや走り出すフェクトをカータは『このやろー!』と追いかけるが、慣れない足場の悪い地面のせいか全く追いつけていない。


「どっちもまだ幼いのかしら・・・」


ポーラは無駄に走る二人をじゃれ合う子供を見るようにしているが、敵がいるかもしれない場所で安易に体力を使うわけにはいかないため、注意をしようと腹に力を込めて呼ぼうとした時に背後でガサッ!と草が揺れる音を耳にする。


「・・・」


ポーラは無言で腰のホルスターにしまってあるハンドマジスガンを取り出すと、音がした箇所に向けて構える。


しばらくその場所に銃を向けていたが、特に何も出てくる気配がないため、ポーラはトリガーから指を離して注視するに止めた。


「・・・気のせい、かしら」


「おーい!ポーラ!何やってんの!」


フェクトの右手を掴んだカータはこちらに向かって手を振っているが、どうも掴まれているフェクトはお気に召さないようだ。


「今行きます!」


ポーラはもう一度草むらに目を向けると、カータとフェクトがいる場所まで進んだ。




「ふー・・・あぶねぇ」


フェクトと合流しようとしていた『情報屋』の男はポーラが離れていくのをひやひやしながら待っていたが、万が一ばれたらとしても何とか切り抜ける策は用意していた。


「ったく・・・あいつは単独魔装士じゃなかったのかよ。まぁいい・・・もう『花園』の準備は整っているしな」


男はこの森で散々入手したマドイソウを管理している場所のことを思い出しながら、これから行う作戦を確認する。


「フェクトはしばらくマドイソウを嗅いでいないせいか、効果が切れ始めているか。まぁ、いざとなったら強制的に俺の言う事を聞けるようにして駒にしよう。それよりも・・・お客を花園に安全かつ迅速に移動させ、女どもにマドイソウで催眠を掛ける・・・」


男は右手の指を一つずつ折り曲げて、これから行うことを一つずつ言葉にして間違いがないか考えるが、今のところは問題なさそうである。


「女どもが上手く催眠状態になったら、お客たちのお楽しみタイムに移行、代金を頂戴した後に匂いの処理と女どもの後処理か。再利用出来るなら殺さなくてもいいが、如何せん体のこともあるしな・・・俺は別に殺人狂じゃねーし、その役はフェクトに任せよう」


男は隠れていた草むらから抜け出すと、うーんと大きく伸びをする。


「よし、後はフェクトに取り付けた『二十一時集合』まで一仕事をして、待機だ」


男は完全に見えなくなった三人の魔装士がいた方向を一瞥すると、すごく迷いやすい森から出る最短ルートを目指し、歩き始めていった。




『コニ 東外れ すごく迷いやすい森 奥地』




カータとフェクトを先頭にポーラが後ろを警戒しつつ、森の中を探索していると、ちょう行き止まりである場所まで辿り着いた。


正確には行き止まりではなく、その先の崖下に海が広がっているのだが、海以外は何もないため、無視しても良いだろう。


「ここで終わりかぁ。けっこうな距離があったね」


「確かにそうですね・・・魔装を解放しても良かったかもしれません」


カータとポーラは少し顔に汗をかいていたため、それを魔装士の制服の袖で拭うが、フェクトは問題ないというように辺りをちょこちょこと動き回っていた。


「うーん・・・ここって何か自然っぽくない」


「何言ってんのさ・・・」


「カータは鈍感だ!ほら、こことか!明らかに怪しい!」


カータがめんどくさそうにフェクトの指をさした箇所を見ると、確かに地面の草木が除去され、大人二人ほどが横たわれる敷物らしき物を引きずった跡がある。


注視すれば気付いたことではあるが、何もここに誰も来たことがないということは考えづらいため、特段意識することでもないはずだ。


「昔に誰かがここでピクニックでもしてたんじゃないの?危ない森だからって、絶対に入らない人ばかりではないでしょーに・・・フェクトとかね」


「ぐぬぅ・・・まぁ、確かに」


フェクトはカータを『いー!っと』歯を見せて、顔を背けるとその場で座ってしまった。


「あー・・・」


「カータさん。あまりフェクトに意地悪をしてはいけませんよ?あの子だってまだ幼いですし」


「・・・だね」


ポーラの言う通り少し意地悪く言ってしまったと思ったカータは、フェクトのそばにドスンと腰を下ろす。


「ごめんよ、フェクト。君も何か理由があってここの森に入ってたんだよね」


「・・・うん」


「俺は何も知らないで、いきなりフェクトが悪い子みたいに言っちゃったからさ。悪かったよ」


「良いんだ別に・・・あたしは自分の正義のためにやってるだけだから」


フェクトはカータが素直に謝ると、ニヤッと嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がった。


「あたしは今まで一人で良いと思ってたけど、カータとポーラに会ってから少し変わった」


「変わった?」


ポーラもフェクトの隣まで移動し、尋ねるとフェクトはうんと頷く。


「こんな風に誰かと魔装士としての仕事をするのも悪くないってさ。あたし、前から城下町で悪さとかしてたから、けっこうみんなから嫌われてるんだよね。だから、チームにも入れてもらえなかったし、あたしがチームを作っても誰も入ってくれなかった」


フェクトは少し寂しそうに笑うと、再びその場で座り、ポーラの左腕にギュッと抱き着きながら続ける。


「でも、ポーラはあたしの話をよく聞いてくれた!機関で話してる時も楽しかったし!」


「私は元々、あまり話す方ではないから・・・」


「良いの!あそこまで私の話を聞いてくれた人は初めて!いつも『お前はやんちゃ過ぎるから』とか説教する大人としか相手したことなかったからさ・・・えへぇ」


フェクトは本当に嬉しそうにポーラの腕にしがみついて、話をしようとするが、思い出したように右に座るカータの事を見てふん!と何かしてやったぞと思われる表情をした。


「・・・何その顔」


「カータのポーラを奪ってやったもんね!これであたしの勝ちだ!」


「別に勝負なんてしていないでしょ。それにポーラは俺のものでもないし」


カータはフェクトが挑発しているのかどうかは知らないが、適当に流す。


「・・・そうですね」


ポーラはカータが何気なく言ったことに対してあまり釈然としないように、懐いてくるフェクトのクセっ毛気味な短い檸檬色の髪をなでる。


「ポーラはカータのチームメイトなんでしょ?何か、姉弟みたいだけどさ」


「私が姉でカータさんが弟ってこと?」


「そう!カータは何かと挑発したら乗ってくれるし!」


フェクトはなでられているのを気持ちよさそうにしていると、ポーラの事をじーっと見つめる。


「うーん・・・でも、カータなんかより、ポーラの方が何倍も美人だからなぁ。家族ってのは無理があるか」


「おいおい・・・俺が『なんか』扱いって酷くないか?」


「別に良いだろ?あたしは今、ポーラと話してんの!横から入るなー」


「へいへい・・・」


フェクトはカータの諦めたような顔を見ると、嬉しそうに笑うが、ポーラは少しムッとしたようにフェクトの頭をなでるのを止めた。


「フェクト。カータさんは一応私の恩人でもあるんだから、あまり強い言い方はダメよ?確かに何かと子供っぽいし、せっかちでだらしなくて、おまけに近接戦闘は救えないレベルでセンスがないけど」


「ポーラぁ・・・痛いところつくねぇー」


ポーラが真顔でカータの弱点を挙げると、フェクトはさらにニヤつき始めたが『でも』と言葉を区切る。


「一生懸命仕事をしたり、自分よりも他人を優先するところとか、普通の人では考え付かないようなアイデアを出したり・・・少ないけど、良い所もあるのよ?」


「へぇ・・・」


フェクトはポーラの顔をしばらく見ていたが、うんと頷いてカータの目を見る。


「ごめんなカータ。あたし・・・」


「分かってくれればいいんだ・・・少し口調を和らげれば」


カータがフェクトの頭をなでようと右手を伸ばすと、彼女はそれをひょいと避け、真顔で指をさす。


「ちょっとだけ勘違いしてたみたいだ!」


フェクトがカータの右手をパシッ!と引っ叩くと『のろまカータ!』と言い残して、逃げるが、それを見たカータはカチンと来たのか、広くはないこの奥地の場所で追いかけてしまっていた。


「・・・しばらくは続きそう」


ポーラは微笑ましい?カータとフェクトの追いかけっこを見ながら、この後のスケジュールをどうしようかと思案していた。




『コニ 西外れ すごく迷いやすい森』




東外れの森を探索し終わった三人はまだ体力に余裕があるということで、ついでに西のエリアにあるすごく迷いやすい森に足を運んでいた。


「こっちは早速魔獣が出てるのか」


カータが言う通り、森に入った瞬間『猪型魔獣』が四匹ほど目の前に現れたため、現在三人は頑丈な木を盾のようにして身を隠している。


「木が多すぎるので、銃器を使う際には跳弾が危険ですね」


「確かに・・・俺の出番はないってことかなぁ」


ポーラは城下町で買った片手魔兵器剣ハンドマジスソードを腰の鞘にしまっているため、近接戦闘は可能であるが、カータは何も近接用の道具を持っていない。


一つだけあるとしたら、手投式魔兵器罠ハンドマジストラップだが、この罠で捕えられる魔獣・魔物は一匹のみだ。


対鎧豚アーマーピッグ、対ギュラムの時は上手く作動し、事なきを得たが、この量の中型魔獣の群れには適さない。


どうしようかとカータは考えるが、あまり悠長にしていると、こちらの位置を嗅ぎ分けてやってくるため、早々に決断しないといけないが・・・


「よし、俺は後方支援を・・・出来れば良いけど当てにはしないで欲しい。で、ポーラは右にいる二匹の猪を討伐して、フェクトは左にいる猪とその斜め右にいる猪を狩ってくれ。なるべく不意打ちで仕留められると良いけど、そこは二人に任せる。ただ恐らく、一発で仕留めないと豚型の魔獣みたいに仲間を呼ぶだろうから・・・頼んだよ、二人とも」


カータが二人に指示すると、素早くポーラは無詠唱解放でスポウダムを背中にある専用入れ物にしまい、鞘からハンドマジスソードを抜刀する。


フェクトはポーラとは異なり、『来い』と小さく呟くと右手に投槍ジャベリン型魔装のロサを出現させた。


「フェクトも俺と同じ詠唱解放か・・・ま、まぁいいや。じゃ、始めてくれ」


カータが合図するとポーラとフェクトはほぼ同時に木から身を晒して、各自目標の猪型魔獣まで距離を詰める。


「ふっ!」


ポーラは二匹でクンクンと互いの匂いを嗅いでいた猪の片方の腹を横一線に切り裂くと、その勢いを殺さずに、くるりと回転切りをするように遠心力を最大限に利用して、もう片方の猪の頭部に斬撃を放った。


腹を斬られた猪はまだ息があるのか、少しだけふらついてポーラに突進をしようとするが、その動きの『音』を聞いている彼女が対処できないわけはなく、後ろに宙返りを決めると、背後にいた猪の後ろを逆に陣取り、そのまま刺突を放ち、絶命させる。


フェクトの方はというと、ここらの魔獣処理には慣れているのか、近くにいる猪の頭上まで飛び上がると、そのまま重力落下を利用して右足でかかと落としを決める。


「だらっしゃー」


少女の掛け声と何かが思い切り『ボキリ!』と砕けた音が同時に聞こえたが、何が起きたのかは想像に難くない。


フェクトは頭部を叩き潰した猪に目をくれないで、続けて右斜めにいた猪に己の魔装を思い切り投擲。


ハンドマジスガンの銃弾よりも早い速度を誇るジャベリンのロサは正確に猪の頭部に突き刺さると、その推進力が凄まじいせいか、貫通して奥の木に突き刺さった。


「こんなもんかなー」


フェクトは飛んでいったロサを一瞬で手元に戻しているが、その仕組みは薄い魔素のヒモらしき鎖が槍の持ち手部分についているためだ。


木々が複雑に入り組むここでロサを手元に狂いなく戻すには相応の技術がいるはずだが、フェクトはこれといって何もないといった顔で行っていた。


「すごいな・・・」


少し遠くで魔装を解放して、いつでも支援射撃をするつもりであったカータだが、二人の迅速な討伐を見るに自身のサポートはいらなかったことが身に染みて理解できる。


サイフォスを『返戻』と言いながら体内に戻すと、カータはポーラがいる場所まで進む。


「お疲れ様、二人とも。いやーすごかったよー」


「ふふん!あたしはいつもこうやって魔獣をやっつけているんだ!」


「偉いぞーフェクトー」


カータが一人で先に進みそうになっていたフェクトに棒読み気味に褒め言葉を言うなり『えへへ』と照れたような様子を見たポーラはハンドマジスソードに付いた血をサッ!と払う。


「カータさん、フェクト。今は近くに魔獣らしき影はありませんが、音だけなら遠くでしています。少し休憩してから、向かいましょう」


「あ、うん。ごめんポーラ、俺も仕事しないと・・・」


「いえ、今のところは私だけでも問題ありませんので。それより」


ポーラはフェクトに目をやると、カータにだけ聞こえるように小さく声を上げる。


「・・・フェクトが一人でどこかへ行かないように見ていてあげてください」


「・・・だね」


少し離れて魔獣がいないかきょろきょろと目を動かしているフェクトはどうも落ち着きがない。


先ほどの猪型魔獣を倒した時にカータが褒め言葉をかけなければ、そのまま奥まで進みそうになっていたフェクトだ。


ポーラが言う監視役は視覚強化の恩恵があるカータにぴったりということで、戦闘に支障が出ない程度に見張ることになった。




『コニ 西外れ すごく迷いやすい森 奥地』




しばらく三人が森の中の探索を続けていると、前方にまたもや行き止まりの開けた場所を見つける。


東の外れの森にあった奥地と同じく、ある一定の箇所は人の手が施されたかのように、草木が除去されているようで、これまた何かの敷物らしき物が引きづられたように跡があった。


「ここもかぁ・・・何だろ?これ」


「フェクトー。あまり俺らから離れるなよー」


カータがフェクトの好奇心による行動を注意しようと声を掛けるが、彼女はお構いなしに何かの跡を見つけては考えているようだ。


「カータさん。先ほどからこの跡のようなもの・・・何か変ではありませんか?」


「変ってどういうこと?」


「確実に、とは言えませんが・・・フェクトはこの森によく入っているそうですし、この奥地まで来ることもあったかもしれません。ですが、フェクト自体ここの奥地を初めて見た様子でした」


「他に人がいたんだとしたら、フェクトは気付くだろうね」


「ええ。ですが、人為的なこの跡・・・フェクト以外の人物がわざと何か所も付けているような気がします。現に」


ポーラはフェクトが初めに見つけた跡と、二つ目に見つけた跡を見るように指をさす。


「こちらはくっきりと濃い線のような跡が地面にありますが、こちらは薄いものです。薄いものはいくつもあるに比べて、濃いものは一つしかありません。どう見ても、何かここで行ったことへのカモフラージュをしている・・・そう思うのですが」


「うーん、言われてみればそうなのかな。でも仮に何かやったんだとしてもさ、この敷物みたいなやつを引きづって、何していたんだろう」


「大人二人が横になれそうな・・・寝ることが出来る・・・分かりませんね」


ポーラはカータの問いに分からないというように首を振るが、まだ思うところがあるらしく、今度はフェクトに話しかけていた。


「フェクトはここに来たことはないんだよね?」


「うん?無いけど・・・あ、でも」


「でも?」


「入りたいって『あいつ』に言ったことがあるんだけど、ダメって・・・あ、いや。何でもない」


ポーラの無表情に対してフェクトは途中で言葉を止めると、こちらに背を向けた。


「・・・おーい、フェクトー」


「・・・あたしは約束を守る女だからな。いくらポーラとカータだとしても、これは言えない」


何か知っていそうなフェクトにカータは『教えろよー』とずんずんと近付くが、フェクトは猫のようにシャー!と声を上げて後ずさりをする。


「これでは日が暮れそう・・・カータさん、フェクト。もう良いです・・・とりあえず、今日はここまでにして、後の事は明日にしましょう」


森からほんの少し見える空がオレンジ色に染まってきたのを確認したポーラは二人に呼びかけた。




『コニ 城下町 宿屋』




カータとポーラはすごく迷いやすい森からフェクトの案内で無事に脱出した後、宿屋まで戻って来ていた。


城下町に入るところで急にフェクトが『んじゃ!また』と言うなり、魔装を解放してどこかへ消えてしまったのだが、ジナからよくどこかへ行くと事前に聞いていたため、現状は放置している。


「フェクトの奴め・・・何か知ってるな、ありゃ」


「・・・そうでしょうね。私が聞いた時に、目が泳いでいました」


カータとポーラが借りている宿は二人部屋で、広さはそうないが、綺麗に整理された家具と清潔なベッドがあるだけで二人は満足していた。


「まぁ、いいか・・・今日のことはとりあえず報告書にまとめておいたよ。ポーラも確認よろしく」


「分かりました」


ポーラが受け取った報告書をペンで一つずつ修正しているのを横目で見ていたカータはふと東の外れの森で目にした草を思い出す。


「フェクトが足を捕られたあの草・・・何だったんだろう」


「・・・カータさん、もう少し慎重に書いてください。私が毎回手直しをていると、二度手間です」


「あ、ごめん・・・あれ、『くねくね草』とか言うのかな」


「あの・・・くねくねしていた草ですか?」


話している間に、東と西のすごく迷いやすい森の探索結果をまとめ直したポーラは、カータに目を向けた。


「うん。いや別にさ、何かあったわけじゃないけど、平野では一回も見かけていなかったから・・・珍しいやつなのかなーと」


「よく観察していたんですね・・・私はそこまで足元に注意を向けてはいなかったので、分かりませんが」


「明日にでも機関の素材管理係の人に聞いてみようか」


「ですね。もしかすると、新種の草かもしれませんし」


カータはうーんと両手を伸ばして、座っていたベッドに横たわる。


「今日はけっこう歩いたねー・・・もう、眠く・・・」


「・・・早いですね」


ポーラは一瞬で眠りについたリーダーをジト目で見届けると、報告書と依頼書をそれぞれ異なるファイルにしまった。


「私も寝るかな・・・」


ポーラは無詠唱解放したスポウダムをいつもの通り、枕元に・・・すぐに右手で掴める位置に置くと、目を閉じた。




『コニ 北の外れ すごく迷いやすい森 奥地 花畑』




コニの平野から離れたこの深い森のさらに奥地にある『花畑』。


辺り一面に色鮮やかな花々が咲き誇るこの森の最大の花の自生量を誇るこの場所で、ある男とフェクトはいつも通りの二十一時集合していた。


「おいおい、遅いぞ」


「すまんすまん!でも、十分くらいだろ?これぐらい良いじゃん!」


「はぁ・・・お前、今日は何していた」


「うん?普通に仕事していただけだけど・・・何でさ」


男は探るようにフェクトをじろじろと見つめると、またもやはぁと息を吐いた。


「他の魔装士とつるんでたろ」


「えっ・・・」


「困るんだよなぁ・・・お前みたいなお子様がさ・・・万が一情報漏れたらどうすんの」


「言ってないぞ!」


男はふんと鼻を鳴らすと、フェクトの自白を興味なさそうに聞き流す。


「まぁ、いい。お前にはまだやってもらうことがあるからな・・・これは契約したことだぞ」


「あぁ・・・で、あたしはあんたの何を手伝うんだ?今まで何も言ってこなかったけど」


「・・・」


「おい?」


フェクトが怪訝な顔で男に近付くと、そこで急に花が生い茂る足元から『バチン!』という電撃音が聞こえるが、それは一瞬で気絶した彼女の耳には届かなかった。


「上手くいったか」


男は事前に仕掛けておいた無数のハンドマジストラップを回収しながら、倒れているフェクトのそばにしゃがむ。


「これ高いし、魔装士と王国兵士以外が買うとなるとめんどくさいんだよな・・・まぁ、俺の信用力で問題はなかったが」


ふぅと小さく息を吐くと、男はフェクトを背中に抱える。


「あー・・・子供のくせにけっこう重いな。単に俺が貧弱なだけかもしれんが」


男は目の前に広がる花畑を冷めた目で見渡すと、ふふっと急に笑みをこぼした。


暗い無人の森の奥地で不気味に笑う男は、誰が見ても頭のねじが取れていると思うのは明白だが、ここに来る者は・・・いない。


「お客と女どもの配置は完了、東と西のダミーも恐らく機能している・・・予定とはずれるが、フェクトをこいつで催眠状態にでもするか」


男はちょうどフェクトを抱えている左手を一瞬離すと、その手に『くねくねとした』形状をしている草・・・マドイソウを見つめた。


「実行日は明日・・・革命まではいかねーが、確かな変化が起きるぞ」


男はしばらくニヤニヤと明日の事を考えていたが、我に返ると、そのまま花畑の奥に設営した『花園』まで進んでいった。




『コニ 魔装士機関 受付』




次の日、カータとポーラは昨夜話していた『くねくねとした草』のことを聞くために、朝一で魔装士機関に訪れていた。


「くねくねとした草・・・ですかぁ?」


「はい、そうです。平野と海近くには自生しているのを見かけなかったので、もしかしたら新種の草かなーと思ったんですけど・・・素材管理室にあったりします?」


受付の女性は機関の職員ではあるそうだが、何か軽そうな雰囲気で、カータの質問を聞いているのか聞いていないのか判断に困るような態度でボーっとどこかを見ていた。


「・・・あ、そういえば」


「心当たりが?」


「えーとですね・・・あ、あった!これこれ」


受付の女性はしばらくカータの質問を頭で考えていたのか、ふとデスクから思い出したかのように『植物系素材一覧』というファイルを取り出した。


「これですねー。多分」


「あ、確かに・・・私たちが見たものと同じです」


ポーラも昨日見たくねくねとした草を写真と照らし合わせて思い出したのか、控え目にカータの肩を叩く。


「『マドイソウ』・・・効能は若干の催眠効果に思考力低下、記憶の欠如にやる気向上・・・って、これかなり危ないやつじゃんか」


「以前まではすごく迷いやすい森で取られていたそうですが、ここ最近は魔装士さんも魔獣が大量発生しているとかいう噂で、あまり採取しに行ってないそうですねー。まぁ、この草も使い用途が無いに等しいので、王様も放置しているそうですけどー」


カータの言う言葉がその通りであるように、受付の女性はジナと同じ口調で現状を教えてくれた。


「基本的にー、この草は健常者には効果が薄いんですよ。もし、使うにしてもかなりの量が必要ですし、継続的に摂取するか匂いを嗅がないと意味がないそうですー」


「なるほど・・・」


受付の女性はぺらぺらとやる気がないような口調で話すが、その内容は的確であったため、ポーラは単にこういう人なのかと判断するに止める。


「ありがとうございました。まさか、こんなものがあそこの森にあるなんて」


『どうもでしたー』という女性の声を背中に受けた後、カータとポーラは機関から出ていった。




しばらく城下町の人々を見て座る場所を探していた二人は休憩用のベンチを見つけると、そこに座り、今日の仕事をどうするか話し合う。


「今日はまだ行っていない『北の外れ』まで行こうと思うんだけど」


「ですね・・・ただ、フェクトがいない状態で森に入るのは危険ですよ」


「だよなぁ・・・あいつどこにいるんだろ」


カータとポーラの会話を聞いていたのか、近くを通りかかった魔装士であろう男性が、話しかけてきた。


「あんたらも『目玉』目当てか?」


「目玉?」


カータが何だそれというように男性魔装士に聞くとあぁと返される。


「フェクトっていう女の子と北にあるすごく迷いやすい森の奥地・・・『花園』で『デキル』のさ。ただまぁ、今はまだ抽選段階らしいから、あれだけどな」


それだけ言うと、男性魔装士は足早に城下町の出口まで去って行った。


「デキル?何をでしょうか」


「・・・」


カータはポーラが何をと何度も言葉に出して考えているのには触れずに、ある悪い予感を感じ取っていた。


「(マドイソウ・・・東と西の森の奥地にあった敷物跡・・・大人二人が寝ることが出来るスペース・・・)」


カータは『流石にない』と一応は結論を出したが、その答えでは満足できないというように胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。


「カータさん?何か・・・」


「悪いポーラ!少しここで待っていて欲しい!」


「ちょっと!カータさん!」


ポーラにそれだけ言い残してカータは城下町の住宅が並ぶ場所まで走っていく。


「どうしたの・・・?」


ポーラは急に目の前から消えていったカータを心配するが、待っていろという指示を出されたため、素直にベンチで待機することにした。




「はぁ、はぁ・・・」


カータはポーラと別れた後、一人で国民が住む住居地が建て並ぶ区画まで走って来ていた。


「・・・予想通り、にはならないで欲しかったんだけどなぁ」


カータは『女性』が誰一人この住宅区画で歩いていないことに、ため息をつかざるを得ない状況に焦りを感じていた。


「くそ・・・これだけじゃまだ確証は得られない・・・花園とやらを作ったやつを探さないと」


カータが引き返そうと後ろを向いた時に、三人の男性がこちらを見ていたことに気付く。


「あ、ちょっと伺いたいんですけど。今日って何かあります?女性が全く見当たらないのですが・・・」


「・・・あぁ、今日から花園でお楽しみが始まる。それの手伝いだろ」


三人のうちの大柄な一人の男性がカータの問いに答えるが、どうも様子がおかしい。


何かボーっとしたような表情に疑問を覚えたカータは男たちが持っている何かに目を向ける。


「あ、あれは・・・」


カータが目にした何かとは・・・つい先ほど機関で見たマドイソウであった。


「・・・あんたらが花園を作ったのか?」


「・・・」


「あんたらが『女性たちをどこかへ連れていった』のか?」


カータの言葉を聞いた三人の男性は急に目の色を変えると、マドイソウを地面に投げ捨て、腰に隠してあったであろうハンドマジスガンを取り出して、発砲準備を始めた。


「くそ!『解放』!」


カータは素早くサイフォスを右手に呼び出すと、その場で隠れるところはないと判断し、片側にある住居の壁に思い切り飛び掛かり、その壁を片足で蹴る・・・壁ジャンプと言われる技術を使い、住居の屋根まで上る。


カータが屋根まで上ったと同時に今先ほどいた箇所に何発もの銃弾が通っていったようだが、そんなことは気にしていられない。


「ポーラと合流して、北の森まで行かないと!」



カータはそのまま住居の屋根から隣の屋根まで跳躍し、しっかりと着地すると、その屋根から飛び降りて、ポーラのいるベンチまで走っていく。




「あ、カータさん・・・どうし」


「ポーラ!早く魔装を解放して!」


「・・・」


カータの見たことのない焦りの顔を見たポーラは言いかけていた言葉を言わずにスポウダムを解放すると、ベンチから飛び上がり、カータの走る後ろを追いかける。


「詳しく話している暇はないんだ!今すぐフェクトを助けないと!」


「事情は分かりませんが、向かう先はどこですか!」


「北の森の奥地・・・花園だ!」


やっとのことで並行走行できたポーラにカータは大きな声で目的地を伝えると、ぐんぐんと走る速度を上げていく。


「(何でこんなことになっているのか分からない・・・でも、今は!)」


今まで感じたことのない焦りを全身に感じるカータが『さっさと』行かなきゃ!と焦る気持ちが体を固くしているのに気付いていなかった。


カータの悪い予感は的中するのか・・・続きます。

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