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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第二部 小さな暗躍者
7/10

<一章> 自由がゆえに

第二部開始です。

『サムルド 魔装士機関受付前』




ジナとブロンの立ち会談が終わってから一週間後、約束通りカータとポーラは待ち合わせ場所のここで『交換派遣』に関する最終確認をしていた。


因みにカータにブロンから連絡が来たのはつい一日前であるが、これはジナの方からの連絡が遅かったためだ。


「こんなもんかなぁ。とりあえずジークドリアの時と同じ感じで良いよね」


「あちらの時は半年でしたからね。今回は短期ということらしいので、そこまで持ち物はいらないと思いますよ」


カータは受付前に置いてあるフリースペースに、魔装士機関から支給されるリュックの中身をポーラに見せながら、これで良いのかと質問をする。


「ジークドリアの時はひたすら魔獣と戦っていたからなぁ。今回は収集依頼がいい・・・」


「確かにハードでしたけど、その分私たちの良い経験になったと思います。それに、カータさんの浪費癖も治せましたしね」


「・・・確かに」


約半年ほどジークドリアで生活していたこともあるが、常に資金をどう節約するかで相談していた二人は未だにその節約癖が抜けておらず、今月の給料にもあまり手を付けていなかった。


マーニーからの補助金があるから安心というような甘え癖があったカータは、先日のジークドリアでの生活ですっかり矯正されている。


「おーい。二人とも、準備は出来たか?そろそろジナさんが迎えに来る時間だ」


受付の隣にある関係者以外立ち入り禁止されている場所から、ひょっこり首を出してそう声を上げたのはブロンで、何やら今日はいつもの軽鎧ライトアーマーを着ていない。


流石に血なまぐさい鎧を他国の派遣魔装士に見せるのは抵抗があったのか、来客用の上下黒のスーツをぎこちなさそうに身につけている。


「もう出来ていますよー。ってか、約束時間過ぎてませんかー?俺はあまり時間に厳しくない方ですけど、流石に分かりますー」


「・・・ですね。十分程ですけど」


書類確認が完了したポーラと荷物整理が済んだカータは『何かあったのかな』と心配をしそうになったが、その前にブロンが驚愕の事実を口にする。


「あぁ・・・あのな。あの人はいつも『十分後』行動をするんだ」


「「・・・」」


今この瞬間だけカータとポーラは『何で』という疑問がお互いに浮かんだのを感じた。


「ええと、それって・・・」


「あぁ、大事な会談の時もだ」 


カータが言おうとしたことを察したのか、ブロンが首を振りながら呆れているのを見ると、このような事は何も今日が初めてではないらしい。


一週間前にここで立ち会談をする時にブロンとジナとで微妙な間があったのは、恐らく時間に遅れてきたことが原因だろう。


「自由という域を超えているような気がしますが、これもジナさんだからとしか言えないですね」


ポーラはカータが微妙な顔をしているのを横目で見ると、とりあえず弁解をしておいた。


「かなぁ。でもジークドリアみたいな緊迫した感じではないし、俺はジナさんの方がやりやすい気がする」


カータがポーラの弁解にうんうんと相づちを打っていると、機関の入口が開く。


「遅れて申し訳ありませんー。ここに来るまでに魔獣と遭遇してしまいましてー」


とてとてとゆっくり歩きながらぬぼーっと話すジナは、事情があったのも重なり、あまり時間に遅れたということに罪悪感を抱いていないらしい。


「あーそりゃ仕方ないですね。トラブルってことなら」


「ジナさんお一人でこちらまでいらっしゃったんですか?」


ポーラがジナの服装を観察すると以前のような上下パジャマを着ており、特に平野で何かと争った様子は見当たらない。


しかも、ジナ自身武装をしていないため、どう魔獣を処理したのか疑問であった。


魔装車マジスビークルでも魔獣から逃げ切るのは厳しいですし、どうやって?」


「あー、あれですー。護衛の子がいますのでー。あっ!こっちこっち!」


ポーラの問いに対して、ジナは子供のように後ろを振り返りながら、機関の入口のすぐ側に佇んでいる二人組に声を掛ける。


カータが見た限り、一人の女性魔装士は茶色髪のサイドテールの髪型をしており、魔装士の制服を上はしっかりと着ているが、下は派手に切り落としているようで引き締まった太ももが見えている。


もう一人の小柄な女性魔装士は薄桃色髪のポニーテールの髪型をしており、こちらは制服を上下しっかりと身につけているが、制服の上にさらにピンク色の厚いブランケットを羽織っていた。


「おいでー。今回はここの機関でお仕事をするんだから、ブロンさんにも挨拶しないと」


ジナが呼びかけると、サイドテールの魔装士は億劫そうに、ポニーテールの魔装士はやや緊張した面持ちでこちらへやって来る。


二人の女性魔装士がこちらへ来るのと同時にブロンもカータとポーラの後ろに来ており、挨拶をしようと準備をしていた。


「や、やぁ、お二人。私はここサムルド魔装士機関の最高責任者のブロン・ネシートだ。コニの方からはるばる・・・はるばるよく来てくれた。か、歓迎するよ」


カータとポーラの一歩前に歩み出たブロンはマーニーが以前言った『人間関係に疎い』が当たりであるように、初対面の人物や女性のとコミュニケーションを取るのが少し苦手なのか、緊張感ばりばりで話しかける。


「初めまして、ブロン様。わたくしはコニの魔装士機関に所属しております『レイ・シュナイプ』と申します。ご丁寧な対応、誠に光栄ですわ」


レイという小柄な女性魔装士はどこかのお嬢様のように魔装士の制服の上に羽織っているブランケットを手に取りつつ、お辞儀をすると、柔らかな笑みをブロンに向けた。


二重で瞳の色は髪と同じような薄桃色をしているレイは、育ちが良いのをうかがわせるように挨拶が済むと、一歩後ろに下がる。


「レイちゃんは固いですねー。まだ『十四歳』なんだからそこまでしっかりしなくていいのですよー・・・胸も私より二回りくらい大きいですし」


ジナは二人の後ろから自分の胸の辺りを右手で横に空を切るというような仕草をしながら、あっかんべーといった顔をした。


「ジ、ジナさん!そのようなはしたない事を!」


レイはジナの方へ振り向いて赤くなりつつ抗議するが、その際にブランケットを取った制服の下で大きな胸がぶるんと揺れていることに気付いていない。


年齢の割に育ちが良い身体に一瞥したもう一人の女性魔装士は『ったく』とこぼして、ブロンの顔をジリッと睨みつける。


「俺はコニのとこで仕事してる『アン・デメダ』。あんたが責任者ってことは、一応俺の上司になるってことだよな?まぁ、よろしく」


アンという女性はとてもめんどくさそうに『以上』とだけ言うと、後ろに三歩ほど下がり、もういいだろといった表情をし始めた。


「アンちゃん!ダメでしょう!ブロンさんは偉い人なんだからー」


「いいだろ別に。俺の個人情報なんて興味あるやついねぇし」


『そういうことじゃないのー』とジナは両手をグーにしてアンの腹にパンチをお見舞いしようとするが、それを左手一本で阻止するアン。


何かおままごとをしているような状態をあわあわといった顔で見つめるレイと、苦い顔のブロンはどうやって止めようかと思案しているようだ。


「(何だこれは・・・俺が止めるべき?)」


カータは隣にいるポーラに視線を向けるが、彼女はこの事態が自然収束するまで待機するといった姿勢を変えないようで、ボーっと見つめている。


「(ポーラはこういう子だったね確か・・・よし)」


さっさと移動準備をしたいカータはわたわたしている二人に近づいて、声をかける。


「あー・・・お二人?そろそろ・・・」


カータが遠慮気味にアンの右肩をトントンと右手で叩くと、億劫そうにこちらへ顔を向けた。


「ったく・・・何だ、よ・・・」


アンがカータの顔を見ると、今まで押しのけていたジナを放置して、グイッと鼻と鼻が当たりそうな位置までカータに顔を近づける。


いきなり頭から手を離されたジナはその勢いで派手にドテン!と転倒してしまったが、それよりもポーラとレイにブロンは急な展開に驚愕していた。


「え・・・っ!」


「ふーん・・・君、名前は?」


「カ、カータ・ルメシス、です」


カータはお互いの息が当たるほどまで接近しているアンの顔から目を離せずに、ガチガチに体をこわばらせて、返答する。


「カータね・・・いくつ?」


「今年で十九、です、けど」


アンのぶっきらぼうな口調とは対極になりそうな、綺麗な顔と二重の茶色の瞳。


女性にしては身長があるアンは、カータより少し背が小さい程度であるせいか、下から見上げられているとはいえ、少しでも背伸びをすれば健康そうな唇が触れてしまう距離だ。


体型は平均女性くらいで、胸は制服からほんの少し膨れているがレイほどのサイズはなく、無くはないといった強調の仕方である。


女性の武器はそれだけではないといわんばかりに、張りのある引き締まった太ももに目をやると、その肉付きに目を奪われそうになってしまう。


魔装士の制服ズボンを限界まで切り落としたせいか、綺麗な太ももはもちろんのこと、少しでも上に上げると下着まで見えてしまうレベルの制服は、それがズボンと言うべきかいささか疑問である。


しばらくジッとしていると、女性特有の甘い香りがカータの鼻腔をくすぐり、判断能力が鈍りそうになってきたため、顔を背けようとするが、それはアンの両手で防がれる。


「俺は今年で『二十』だ。カータ・・・良い男だな、俺好みの顔」


「あ、あの・・・皆さん、見ていますけど」


「あー・・・まぁ、そうか」


それだけ言うと、アンはカータの両頬から手を離して距離を取った。


「アン!何をしていますの!殿方に!そ、そんなはしたない!」


「うっせーなぁ。いいだろ別に。俺が年下の男が好きなくらい言っただろ?久々に『あいつ』に似た上玉を見つけたんだ。この出会いを無下にはできん」


「上玉という言葉は本来女性に使いますし・・・というか!それも失礼に当たります!」


レイの説教が耳障りのようにアンは『あー』と言いながら、両耳に手を当てて聞かないようにしている。


「あはは・・・アンちゃんはどうもカータ君みたいな男の子が好みだそうでー」


「そうなんですか!おいカータ君!モテてるぞ!」


ジナとブロンはこの出来事を軽く見ているようだが、カータにしてみればたまったもんじゃない。


過去に魔装士学院で一応『恋人らしき人』はいたにはいたが、先ほどのような接近はしたことがなかったため、顔のほてりが収まらない。


「カータさん・・・」


「あ、う、うん。大丈夫だから・・・」


ポーラは複雑そうにカータを心配しているが、どうも気まずそうな雰囲気を醸し出していた。




何とかアンとレイの自己紹介が終わると、今度はカータとポーラの自己紹介が流れで始まっていた。


「ええと。さっきアンさんには言いましたが、カータ・ルメシスです。レイさんだよね・・・よ、よろしく」


「よろしくお願いします、カータ様。わたくしはアンの教育係もしていますので、先ほどのような行為に走りそうになったら、わたくしに言ってくださいませ」


カータのぎこちない挨拶にレイはブロンの時と同じように丁寧にお辞儀をすると、微笑む。


アンがカータに質問しようと声を出す前にレイが口を手で防ぐと、ポーラに『どうぞ』と促してくれた。


「ポーラ・ネシートです。カータさんのチームに所属してまだ一年も経ちませんが、サブリーダーを務めさせていただいています」


ポーラはアンとレイにそれぞれお辞儀をすると、カータの隣よりほんの少し後ろに下がる。


「よろしくお願いしますわ、ポーラ様。とてもお綺麗なお顔と手入れの行き届いた髪に加えてその立ち振る舞い・・・女性として尊敬します」


レイはニコニコとポーラの容姿を褒めながら、お辞儀をするのに対し、ポーラは赤くなりつつ『レイさんこそ』と言いながらお辞儀を返す。


「んで、ポーラ?だっけか。カータとどんな関係なの?もう『ヤッ』たり?」


レイが手を離したのと同時にアンは何の気なしに口から衝撃の単語を解き放った。


「・・・カータさんとはそのような関係ではありません。彼が魔装士団長リーダーで私が魔装士副団長サブリーダーというだけです」


ポーラは赤くしていた顔を一瞬で真顔に戻すと、アンの発言に不快を覚えたといわんばかりに見つめる。


「・・・ほぉー。良いね、その目。もう決めたわ、あんたからカータをもらう」


「カータさんは私のチームリーダーですので、それは叶いません」


何故か目線だけで、バチバチと火花を鳴らしているような二人に『まぁまぁ』と割って入ったのは、なんとジナである。


「全くもうーアンちゃん。ダメでしょーこれから友好関係になりそうなサムルドと問題事を起こしちゃー」


「あぁ?関係ねー・・・」


アンがジナの制止を無視しようとした時に『ね?』というジナの追加の一言で急に大人しくなった。


「と、とにかく・・・これからお互いの機関で依頼をしてもらうわけだし、ここはそろそろお開きにしよう」


やっと硬直状態が解けたブロンの一声でその場はお開きとなった。




『サムルド 極東の平野 魔装船マジスシップ着き場』




ブロンの説明とジナの説明?でひとまずお開きになった後、カータ・ポーラ・ジナは魔装車マジスビークルに乗り、ここサムルド極東の平野まで移動していた。


意外にもジナはマジスビークルの運転が出来るらしく、サムルドまでも彼女が運転していたらしい。


アーコイド大陸の東西南北の東に当たる『コニ』は実のところ、大陸続きとはなっておらず、大きな海原を超えた先の小さな島国として存在している。


唯一アーコイド大陸から孤立しているコニだが、自然物が全ての国の中でとりわけ多く取れるため、その輸出で国の財政を維持している。


サムルドよりも国の財産に余裕があるコニは魔石や鉄はもちろんのこと、特産の海産物や森に自生している頑丈な木を各国へ提供できるため、物理的に孤立でも事実上は孤独なだけ、というのが現実だ。


そんなコニだが、国から大陸移動するにはマジスシップが必須なため、国内から国外へ行く者は少なく、逆に国外からコニへ移住する者も少数になっている。


王国兵士や魔装士などの高手取りの職に就いている者は観光などで国外に出たり、国外から来る者はいるが、一般の国民が気軽に行けるほどマジスシップに乗るのは容易くはない。


対海洋魔獣用に開発された魔装船マジスシップはその特殊魔石防壁をいたるところに装着して海の上を進むため、どうしても通常のエンジンではなく、魔石を利用したエンジンが必要になる。


特殊加工したエンジンは現段階では魔石の消耗が激しく、修理やメンテナンスに費用がかかるために、乗る者から多量の金貨、場合によっては紙幣も乗船料として頂く。


一般国民がただの観光に行くのに何枚も金貨や紙幣を支払うことは出来ない事から、基本的にはこの船には王国兵士と魔装士が乗っていることが多い。


「ジナ様。無事帰還したでありますか!」


「そうですねー」


「このお二人が今回の?」


「はいはいー」


ジナが乗船受付員の男性の質問を適当に流しながら、乗船手続きをしているのをカータとポーラは眺めていたが、ここでマジスシップが一隻しかないことに気付かされる。


「あー。あれですー。この大きなお船さんは現在ではこれしかないのです。私もロワーズに掛け合って依頼したので、そろそろ開発してくれそうーって感じです」


「へぇー。富裕国でも時間が掛かるんですね。俺はてっきり依頼したらすぐやってくれるもんだと」


「いくらお金があると言っても全てを機械任せには出来ないらしいですし、限度があるのでしょうね」


手続きが完了したジナを先頭にカータとポーラは話しながら、船内に続いた。


マジスシップは外観のゴツゴツとした魔石だらけの装甲とは打って変わって、内装はとても落ち着いた木の温もりが分かる構造をしている。


全体的に人の手が施されたのか、明かりを大きな天井の色々な場所に設置しており、それぞれの船室の扉には木の取っ手が握りやすいように加工してあった。


床には歩きやすいよう赤い絨毯が引いてあり、靴のぬかるみや汚れによって滑ることはない。


「コニまでは大体一日で着きますー。それまでは船内でゆったりとしていてくださいねー」


「あ、ジナさん。私たちの乗船料は・・・」


「あー大丈夫ですー。私からの選別と思ってー」


ポーラはジナに通貨を渡そうとしたが、それはいらないとジナは首を振る。


カータはというと、数時間前に異常接近してきたアンの事を思い出していたため、二人の会話に参加できていなかった。


「そう、ですか。ではお言葉に甘えます」


「ですですー」


ジナはカータとポーラを二人用の船室に案内すると『私は少し用事があるのです』と言い残してどこかへ行ってしまった。


「やっと落ち着けますね。平野では運良く魔獣に遭遇しませんでしたが、気を張っていたので気疲れしてしまいました」


「ジナさんもサムルドに来る途中で会ったって言ってたしね。王国兵士さんが見回りしてくれていても、数はそうそう減らないってことかぁ」


少し広めの船室でポーラは二つのうちの窓側に位置するベッドに腰をかけてくつろいでいるが、カータは備え付けの一人用椅子に座っていた。


「カータさんもベッドで休んでおいた方が良いですよ?明日のこの時間にはあちらでお仕事の準備をしているでしょうし」


「あ、あー・・・うん、もう少し経ったら」


何故か少しだけ顔を背けつつそう言うカータに疑問を覚えたのか、ポーラは一瞬だけ怪訝な表情をした。


「・・・アンさんの事ですか?」


「えっ!」


ずばりカータが思いつめていたことを当てられたカータは驚愕の顔だが、ポーラは至って真顔である。


「カータさんの事ですし、女性のあのような行為は不慣れと推測出来ます。何故彼女がカータさんに好意的な行動を取ったのか分からない。何故彼女がカータさんを欲しいと言ったか分からない・・・せっかちなカータさんはその理由を早く知りたくてそわそわしているため、今のような状態になっていると」


冷静にカータの行動理由を分析するポーラだが、不思議と不快感はない。


「その通りだよ・・・俺自体、女性耐性があまりないからさ。少しああいうことをされると困るというか。相手の意図が見えないと、どうしても『あのこと』を思い出しちゃうんだ」


ポーラはカータが平野の防衛依頼で話していた『青髪』の事を言っているのだと察すると、静かに立ち上がる。


「意図が分かれば大丈夫ですか?」


「え、まぁ。ある程度は大丈夫だけど」


カータが不思議な顔でポーラを見ていると、急にずいっと彼女はカータの目の前に正座する。


「はい、どうぞ」


「うん?」


カータが椅子に座っているせいか、丁度カータの膝辺りにポーラの顔があるため、どうも見下ろしているような気がしてならないが、こちらに手を出すよう目で訴えてくる。


「こう?」


カータがなおもよく分からない行動をしているポーラの目の前に両手をゆっくりと差し出すと、ポーラはその手を上から優しく小さな白い両手で包み込んだ。


「・・・小さい頃にお父さんが私にしてくれていたことです。これをされると、不思議と心が落ち着いてくるのですが」


「・・・確かに」


カータはこちらをほんの少し照れたような顔で見つめるポーラに暖かさを感じると、ゆっくりと手を彼女から離した。


「ありがとうポーラ。どうも俺らしくないよな、こんな事でウジウジしてるなんて」


「ええ。カータさん考え込まない方が上手く動けていると思うので」


冗談めいたポーラの発言にふふっとカータは笑みを浮かべるが、前に平野で言われたような馬鹿にしているような雰囲気は感じられなかった。


「よし、んじゃ!少し寝るか!ポーラも不安なら、俺の隣で横になっても良いんだよ?」


「あ、そういうのは良いので」


二人してからかい合うような会話をした後、しばらくお互いに自分のベッドで横になっていると睡魔に襲われてしまったのか、カータとポーラはほぼ同時に就寝してしまっていた。




『コニ 魔装士機関受付』




無事に一日ほどの船旅を終えたカータとポーラは機関の窓から大きな海を目にして、再三に亘って感動していた。


「結局二人共すやすやしていたので、私の『かんこーつあー』に参加出来なかったのです。船内からでも船着き場でもコニの海は見ていたと思うので、そろそろお仕事の説明をしますよー」


マジスシップ着き場からコニの魔装士機関まで徒歩で一時間ほどの距離であったが、その途中路には王国兵士らしき人物が何人か巡回していた。


アーコイド東の大陸にあるコニは、サムルドやジークドリアの平野とは異なり、とても穏やかな気候と緩やかな風が一年を通して続いている。


穏やかな気候が関係しているのかは不明だが、先ほどカータ・ポーラ・ジナが魔装士機関に訪れるまでに魔獣や魔物には遭遇していなかった。


コニの大陸自体が小さいこともあり、徒歩でも十分にここの大陸で暮らしていけるのだというが、城下町と城が魔装士機関のすぐ横にあるため、マジスシップ着き場から見ると、とても城下町周辺がぎゅうぎゅう詰めのように見て取れる。


「ここ、コニ国はカータ君とポーラさんも分かったと思いますけど、とても小さな国なのです。城下町も必要最低限の施設しかありませんし、魔装士機関も一階のフロアだけですー」


「ずいぶんと節制しているんですね。サムルドですらもう少し充実させようとしているのに」


「カータ君の言う事はちょっと違うかなー。節制とか我慢じゃなくて、みんながコンパクトにしよーっていう考え方なんです。気候がこれだけ穏やかですし、ゆっくり平和主義ってことですねー」


ジナは機関の事務係がこちらへ手を振っているのに気づくと『わー』と言いながら手を振り返えす。


「へぇ・・・何かこっちまでゆったりとした気分になりますね。町全体がゆるいせいか、争いとかも無縁そうですし」


「平野に魔獣や魔物は特に見当たらないのですが、それでもやはり魔装士と王国兵士の方は必要なんですよね」


カータが機関の受付近くの綺麗な花瓶を見つめながらそう言うのに対して、ポーラはコニの防衛状態がどうなのかジナに質問する。


「うーん。ポーラさんの不安要素は分かるんですけどねー。最近はめっきり平野に魔物とか魔獣が生息していないんですよー、理由は分かりませんがー。そのせいもあってか、大体は魔装士さんも王国兵士さんも『収集』系のお仕事をしていますかねー。すごく迷いやすい森の周辺には木々が自生しているので、その木を伐採したりー。と言っても、海の中にはたくさんの海洋型魔獣が泳いでいますので、完全に『討伐』系の依頼が無いとは言えませんがー」


ジナは職員に手を振り終えると、ポーラの質問に対して回答しつつ、どこから持ってきたのか何かの書類を後ろ手に準備していた。


「さてさてー。今日からここでお仕事が始まるのです。覚悟していてくださいー」


ジナはニヤニヤしながらカータとポーラに書類を渡すと『ここです』と言いながら指をさしてくる。


「『一週間くらいで国周辺の地理を把握する・・・観光してもいいよ』・・・何ですかこれ」


ポーラが依頼書に書いてあるとても少ない文章を読み上げてジナを見つめるが、当の本人はふふんといった顔である。


「そのままなのですー。ここの大陸は確かに小さいことで有名ですが、平野から少し外れると『すごく迷いやすい森』がぽつぽつと存在していて、外部から訪れた人はすぐに迷子になっちゃいますー。なので、お仕事をする上で便利になるように、まずコニの魔装士機関に所属した新人魔装士さんはここらへんの土地勘を付けてもらって、それから色々お願いしているのですよー」


「俺たち二人だけでは森に入っては危ないということですよね?」


「『すごく迷いやすい森』です」


「・・・すごく迷いやすい森には立ち入りしない方が良いんですね」


カータはジナの妙なこだわりに首を傾げそうになったが、とりあえず話を進めるために合わせる。


「ですです。基本的にここに所属している魔装士さんと王国兵士さんもすごく迷いやすい森には入らないので、実態を知っている方は少ないと思いますし、危ないので止めておいた方が良いですー。すごく迷いやすい森にはなるべく入らずに、平野を中心に海の近くに行ったりしてみてくださいー。きっと良い気分転換になると思うのですよー」


「これはれっきとしたお仕事ですよね?」


「当たり前だーです。もちろんお給料はお渡ししますので、大丈夫ですよー」


ポーラはサムルドよりも仕事らしくない依頼書を見つめるが、詳細は書いていないため、微妙な表情だ。


「コニは基本的に自由な国柄なので、月のノルマはありませんし、お二人は派遣魔装士の方なので、今回はこちらからお願いしていますが、ここに所属している魔装士さんは受付横にある掲示板から級を問わずにお仕事を取っていますー」


ジナが小さな両手で紹介するように伸ばした先には、確かに依頼の掲示板があった。


「級を問わないって・・・それって危なくないですか?」


カータは何故、魔装士検定制度があるにも関わらず、級が意味をなさないやり方をしているのか疑問を抱く。


「うーん。昇格するための指定課題をなかなかしてくれる人がいないってのもあるんですけどねー。基本的に自分の級より上の依頼を受ける魔装士さんがいないので、いいかなーと思いましてー」


「そ、そうですか」


ジナは全面的に魔装士を信頼しているのか、特に何もないようにすまし顔をしている。


「では、今・・・十五時かな?暗くなり過ぎる前に、城下町に戻ってきてくださいねー。後の事はまた一週間後にー」


それだけ言うと『だぁー』と叫びながら、最高責任者のジナは走り去ってしまった。


「・・・カータさん」


「うーん・・・ジナさんはジークドリアの職員さんよりもやりやすいって思ってたけど」


ポーラの『どうしましょうか』というような無言の訴えを感じ取ったカータは初めの感想とは変わり、ここでしばらく過ごすのかというような考えになっていた。




『同時刻 サムルド 魔装士機関受付』




「コニの魔獣より凶暴なやつが多くて、やりがいがあるな」


アンはちょうどサムルドの東の森から『豚型魔獣』の討伐依頼を完了して帰還したところであり、受付嬢兼素材管理係のリリンに証拠の剥ぎ取った爪を提出していた。


「承りました。お疲れ様です、アンさん・・・ところで、レイさんは?」


「あぁ?あー・・・」


アンが煮え切らない返事をしていると、機関の入口が開き、レイが薄桃色のポニーテールを揺らしながら、しっかりと厚手のブランケットを身につけて、息を切らしつつこちら来る。


「アン!はぁ、はぁ・・・わたくしの先に行くのは、ふぅ・・・構いませんが、平野に置いていくのは流石に酷いと・・・思い、ますの・・・ふぅ」


「すまんすまん。ヒートアップしていてよ・・・レイもさ、もう少し早く付いて来れば・・・」


「あなたは常に全力疾走でしょう!わたくしが身体能力に自信が無いのを知っておいてこれですからね!というか!以前から普通に歩いてと・・・」


レイがひたすら説教を続けるのに対してアンは『あー』と言いながら耳を両手で押さえる。


「コホン・・・あ、あのー・・・お二人。そろそろ受付から離れてくださいね?次に待っている方がいますので」


リリンがコホンと咳ばらいをすると、レイは『すみません!』と言いつつ、アンを連れて外に行った。


「(カータさんとポーラさんの方が案外やりやすかったのかも)」


リリンはある程度受付業務が終了すると、機関の窓から見える平野をボーっと眺めながら物思いにふけっていた。




『サムルド城下町 中央広場』




「大体よー。何でレイは戦闘向きじゃねーのに魔装士になってんだよ」


「・・・何ですかいきなり」


魔装士機関から離れたアンとレイは昼食を摂るために、サムルド城下町の中央広場にある売店に来ていた。


「言っていませんでしたか?わたくしは両親が病死してから、幼い頃から目指していたコニの王国衛生兵になろうとはしていましたが、資金が両親の残してくれたものでは足りなかったので、妥協案で魔装士になったと」


「衛生兵が無理でも、城下町の医療機関に入れば良かったんじゃねーの?」


レイが売店の男性から小魚型のスープを二つ受け取ると、アンに片方を渡す。


「その時は既に定員オーバーだったのです。わたくしとしても、このような命を懸ける危険な仕事から早く身を引きたいのですが・・・幸か不幸かわたくしが取り込めた魔装は『異能』を持っていますしね」


「金色の『巻き糸型』魔装・・・『クエイラタ』だっけか」


「よく覚えていましたね・・・クエイラタの異能である『治療糸キュア・ストリング』のおかげで魔獣討伐も比較的安心なので、この危険な職業でも続けられるというわけです」




治療糸キュア・ストリング


これは自身の巻き糸型魔装から伸びる糸に完全治癒能力を付与する異能で、糸に触れた対象は生物の場合、自然治癒力が飛躍的に向上し、傷がほぼ一瞬で治る。


自然治癒力が人外の魔装士でも再生不可能な四肢の部位破損でさえも元通りに再生させるこの異能だが、生命反応が無くなると意味をなさない。




アンは腹が減っていたのかスープを一瞬で平らげると『もっとくれ』と言うような目で見つめてくるが、この後にまだ討伐依頼があるため、レイは無言の拒否。


「アンの教育係ということもありますし、引くに引けない・・・といったところですね。それに、今魔装士から離れると、職がありませんし」


「まぁ、確かに。レイみたいなロリっ娘が港で魚系の魔獣を取っているなんて、想像できんしな」


アンはレイを頭からつま先までジトーっと見つめると、自分の胸を右手で軽くもみながら、はぁと息を吐く。


「・・・アンはどうして魔装士に?以前に聞きましたけど、『後で』と言っていましたよ」


「特に理由はねぇよ。強いて言うなら、女っていうだけで男に馬鹿にされないようにってくらいか」


「幼少期から殿方と間違われていたんですよね・・・そのような口調になったのも、女性として扱われることが少なかったからとか」


「余計なことを記憶しやがって・・・まぁ、そんな感じだ。今も女の部分はレイみたいに発達していないし、もうこの際男みたいにしてればいいかーって思ってる。魔装士になったおかげで女でも馬鹿にされなくなったしな」


アンは軽くもんでいた自身の胸から手を離すと、ふっと自嘲気味に笑う。


「それを続けていると、いつまで経っても殿方と交流を持てませんよ?アンもわたくしの言う通り、女性らしく振舞っていれば・・・」


「はいはい。俺はどうせ女らしくねーよ・・・それにさ」


レイがアドバイスを続けようとしたところで、アンは少し声を荒げる。


「もし俺が女らしく飾って、男にモテたって言っても、俺より強くないと意味がないんだよ!今まで会った男は弱いやつばかりだったしな・・・自分の身くらいきっちり守れる男じゃないと『また失う』」


「・・・」


アンが『そろそろ行くぞ』と城下町の出入り口まで走っていくのをレイはただ見つめることしか出来なかった。


「(自分よりも年下の男性・・・『あの方』をカータ様に重ねてしまっているのでしょうか)」


しばらく立ち尽くしていたレイは、アンが城下町の門番係の男性に苛つきながら何か言っているのに気付くと、急いで追いかけていった。




『コニ 西の平野』




カータとポーラはジナから言われた通り、国周辺の地理把握のため、ひとまず西側から探索することになった。


「サムルドとは違って本当に魔獣がいないね。これだけ何もいないとか逆に不安だよ」


「ですね。私もこのような平野は初めて見ました」


何もいないとはいえ、万が一未知の魔獣がいたら魔装をすぐ解放出来るように、二人は警戒を緩めずに移動する。


「大型の魔石がゴロゴロあるけど、どうやったらここまで大きくなるんだろうね」


「元々の数もそうでしょうけど、サムルドのように取り過ぎていないのが要因の一つだと思います。魔石は放置しているとかなり早い速度で成長しますし」


「へー。初めて知った」


「・・・学院で習ったと思いますが」


一時間ほど平野を探索していると、ポーラとカータは正面に大きな森があることに気付いた。


「お、あれが外れ道かな?深い森がある」


「視認できる範囲だけでも大きいのが分かりますね」


「とりあえず今日はここまでにしようか。まだ六日あるし、急ぐ必要はないよ」


「了解しました。帰り道も気を緩めずに、行きましょう」


カータとポーラは最後に『すごく迷いやすい森』を目に焼き付けると、帰路に着いた。




『コニ 西の平野外れ すごく迷いやすい森』




カータとポーラが平野から離れていくのを見ていた少女はその動向を観察していた。


「あいつら・・・何をしに来たんだ?っていうか・・・女の隣にいた『あいつ』。確か、要注意人物マークされているギュラムの味方に付いたやつだよな」


少女は小さな唇をギュッと結ぶと、右手に力を込めて握り拳を作る。


「何で皆のために動かないといけない魔装士が同志を殺すんだ。そんなのおかしい・・・あたしがあいつを懲らしめて、『正義』の道に連れ戻す」


少女は自分の正義に絶対的な自信があり、それに反する者は成敗するという考え方を持っていた。


しばらくカータとポーラが去って行った方向を見つめていた少女の後方から、ある男の声が聞こえてくる。


「おい。さっさとこっちの魔獣を狩ってくれよ・・・お前の正義なんだろ?」


「・・・あぁ」


「ったく・・・しっかりしてくれよ?お前のヒーローごっ・・・いや、正義の成敗が無いとコニの奴らは安心して暮らせない」


「分かってる。あたしが同志のために平野と森の魔獣を狩りつくす・・・それがあたしとあんたの約束事だからな。その代り、この『正義の成敗』は誰にも言うなよ?何回も言ってはいるけど、ばれたら困る」


「はいはい、了解了解。何でお前がそこまでして他の奴らにばれないように魔獣狩りをしているのか知らねぇけど、契約だし誰にも言わねーよ」


男は『言っても得がねーからな』と少女が聞こえないようにこぼす。


「あたしの正義の成敗に必要だからだ。あたしが平野と森の魔獣を狩って、強くなればなるほど、同志が海の魔獣討伐に専念出来る。気付かれないようにやっているのは、途中の頑張りが見えたらカッワルイからだ」


「何とも立派な事で・・・俺はお前の思考に賛同できねーよ」


「ふん・・・あんたに共感してもらえなくても良い。あたしは今まで一人でやってきたし」


「・・・会話になんねー」


少女が真っ平らな胸を反らして鼻を鳴らすのに対して、男は『はぁ』と言いながら森の切り株に座る。


「で、魔獣はどこだ?あたしが吹っ飛ばしてやる」


「・・・あっちだ」


男は自身の後ろを右手親指で示すと、腰に付けてあるハンドマジスガンを少女に見せようとするが・・・


「おいおい・・・早いだろーよ」


男が顔を上げた時には、少女は姿を消していた。


「『恩恵』があるとしてもありゃ人外だな」


男は首を振りながら、弾切れになったハンドマジスガンを見て嘆息をする。


「・・・さて、こっちはこっちで『やること』始めますか」


男はよっこいしょと切り株から立ち上がると、空になったハンドマジスガンを腰のホルスターにしまいつつ、平野まで戻っていった。




「また増えてきたな。これが変な兆しじゃなきゃいいけど」


少女は男から教えてもらった方向に行き、そこにいた二頭の『猪型魔獣』を『蹴り殺していた』。


「今日の獲物はこいつらで最後かな?あいつはもう平野に帰っただろうし、あたしも自分の仕事があるからな」


少女は自身が着こんでいる服のポケットから『二級』の印がある魔装士認定証と今日の依頼書を取り出す。


「あたしもやっと二級までこれたんだよなぁ・・・一級に上がりたいけど、指定課題は魔装士団チームに所属しないと受けられないから、当分は上がれないだっけか。まぁいいや、猪型魔獣も今ので『十体』討伐したから終わり終わり」


少女は認定証と依頼書をしまうと、もう見慣れた森の出口を目指して『走った』。




『コニ 城下町』




少女と『すごく迷いやすい森』で別れた後、男は自分のやることをするために城下町に来ていた。


「(さてと。あいつのために、今日も一応『すごく迷いやすい森』の近状を流しますか)」


男は城下町の売店近くに立っているおおらかな二人組の女性に近づくと、いつものように営業スマイルを作る。


「どうもどうも『情報屋』っす!今日もお二人はここでナンパ待ちっすか?」


「そんなことしてないわよー。全く冗談が上手いんだから」


一人の女性は手を顔の前で振りながらうふふと笑みをこぼすが、隣の女性は苦笑いをしている。


「そうっすよねー・・・えっと、今日は西にある『すごく迷いやすい森』の近状をお二人に言おうと思いまして」


「え!また何か出たの?いやねー、ここのところ平野に何もいないから安心していたのに」


「そうなんすよー。だから俺も『護衛』を付けてやっつけてきたところっす。ほら、証拠に」


男は腰に付けてあるハンドマジスガンの弾が空になっていることを二人の女性に見せつける。


「あらあら・・・本当に倒してきたのねー」


「ええ。俺は魔装士でも王国兵士でもないっすから、銃しか扱えないんすけど、毎回こんな感じに弾切れで」


男はやれやれといったように満面の笑みをしながら続ける。


「んじゃ!俺はまた次の仕事があるんで、この辺で失礼しますけど・・・」


「分かっているわよ。『すごく迷いやすい森』にはまだ魔獣がいるから、近づかないように城下町のみんなに伝えれば良いんでしょう?」


「いつもすみませんねー。お綺麗なお二人にこうも協力してもらえると、俺も助かります。あ、その代わりと言ってはなんですが、今日の情報を無料でお教えします」


二人の女性は『まぁ』と言いながら、男の言う言葉を待つ。


「今日は小魚型魔獣の切り身と蟹型魔獣の身が安いっす。恐らく十八時までのセールなんで、お早めに港まで行ってもらえると」


「蟹型魔獣は高い時が多いから助かるわぁ。ありがとね情報屋さん」


二人の女性は男に礼を言うなり、少し小走り気味に城下町の出口に向かっていく。


「よし、と・・・」


男はニコニコしていた顔を森にいる時のように、冷めた顔に戻すとポケットにしまってあるメモ帳を取り出し、城下町全体が見渡せる高台まで移動した。


「(あいつは今頃機関で仕事完了手続きをしているか)」


男は時間つぶしのために、予定を書いてあるメモ張の隅にある自身の字を見つめて、頭に思い浮かべている企みをもう一度確認する。


「(そろそろこの城下町全員の女は俺を信用し始めている・・・『マドイソウ』が効いてきた頃合いか?お客も早く疲れている身体と心を癒したいはずだし。『花園』も整備していくか)」


「(コニの平和っぷりは俺には合わねぇ・・・こんな平和過ぎる国なんてつまらないんだよ。自由国って謳うなら、こっちも自由にさせてもらうぜコニ王さん。俺の考えに賛同してくれるお客の力を借りれば、この国柄も変えられるはずだ)」


男は人々が思い思いに城下町で過ごしているのをまたもや冷めた顔で俯瞰しながら、息を吐く。


「(俺単独じゃ何も出来ない。だからこそ悪人を手中に、善人を利用して力に変える・・・あいつにもマドイソウが効いてきたようだし、効果が切れる前にまた握らせるか。この先・・・失敗は許されないぞ)」


男は自分に言い聞かせるように両手で頬を叩くと、静かに高台を後にした。




『コニ 東の平野』




カータとポーラは二日目の探索として、コニの国から東の方角である平野に訪れていた。


「城下町の宿屋は案外綺麗な感じだったねー」


「確かに・・・清潔にされていましたし、熟睡できました」


カータとポーラは昨夜城下町で宿を取ったのだが、その内容に驚かされていた。


「まさか夕食付で銅貨九だとはねぇ・・・単純に比較するのはあれだけど、ジークドリアのことを考えると破格の内容だったよ」


「職員の方も丁寧でしたし、何より宿屋のサービスが豊富でした」


「本当にねー・・・」


カータとポーラが談笑しながら平野を歩いていると一瞬、ほんの一瞬だけポーラの背筋がビクッと動く。


「それでさ!」


「・・・カータさん」


ポーラは嫌な気配を感じた方角へ体を向けると、カータに話すのを制止するよう目で合図をずる。


「・・・解放」


カータはポーラが隣で狙撃銃型魔装である『スポウダム』を無詠唱で解放したのを見る前に、拳銃型魔装の『サイフォス』を詠唱解放した。


「私たち以外にも人がいる可能性は考えられますが、これは恐らく殺気に近い何かだと思います」


「ポーラの察知能力は流石だね・・・で、何か『聞こえる?』」


ポーラの恩恵である聴覚強化は単に遠くまでの音を聞こえるようにするわけではなく、視覚に頼らなくても、周囲の音の反響具合から頭の中に疑似レーダーマップを描くことが出来る。


音が聞こえる範囲内ならば建物や地形、もちろん動物や人間のいる場所をあくまで予想図だが、一瞬で把握できるため、狙撃手スナイパーにとってこれ以上はないほどの力である。


これを応用して対人の戦闘では相手の呼吸音、筋肉の動作音、心拍具合の音なども『一点集中』すれば把握できるため、戦闘技術を磨けば相手の次に動く方向などを事前に予想し、対応することも可能だ。


「遠くの森・・・『すごく迷いやすい森』の方角から一瞬・・・?」


ポーラが集中して耳を研ぎ澄ませて疑問の声を上げたと同時に、その正体が露わになる。


「覚悟しろ!『ビビグア・二メア』!」


「なっ・・・!」


カータの前にいきなり現れた檸檬色のベリーショートヘアの髪型をしている幼い少女は、その小さな右手に持つ黄色の小型の槍を突き出してくる。


「何だ!いきなり!」


カータは『視界の範囲内』から現れた幼い少女の槍による鋭い一閃を、恩恵によって強化された目で見切ると、右にサイドステップをして回避する。


「くっそ!不意打ちが効かないだと!」


小型の槍を再び右手で構えると、少女は悔しそうに歯噛みしながらカータの視界から『消えた』。


「えっ!どこに!」


いきなり消えてしまった少女の行方を捜すカータだが、一メートルほど隣にいたポーラが消えた原因を先に見破る。


「あの子は恐らく『一瞬で移動した』と思います。七十メートルほど東にある木々の隙間から、あの子の着地音が聞こえました・・・この人外な身体能力はどこから・・・?」


ポーラは耳をその場から東の方角へ集中させると、いきなりスポウダムでそちらへ発砲する。


ヒュン!と銀色の銃身から射出された銀色の鋭い弾丸は、ポーラが予測した木々から飛び出してきた何かに当たり、ガキ―ン!と甲高い金属音が鳴り響く。


「着弾はしたようですが、何かで防がれました」


ポーラは超高威力の狙撃弾を弾かれたことに内心驚いたが、それは顔に出さず、次に聞こえる音から幼い少女の位置を予測する。


「カータさん、十時の方角にいます。そちらを『見てください』」


「了解!」


ポーラに言われた通りに十時の方向へ視線を向けると、遠見視力が劇的に強化されているカータはそのシルエットを視認することが出来た。


カータが目にした幼い少女は平野に多く自生している木々をバックに何やら足の辺りをさすっている。


「木を背にして自己治癒でもしているのかな?多分、ポーラの弾丸を足で防いだんだろうね・・・こんなことが出来るのは魔装士しかいないけど・・・」


「・・・超高速系の異能持ちか脚力強化の恩恵持ちかと思っていましたが、どうやら後者のようですね」


「いくら距離があるとはいえ、狙撃を防ぐなんて・・・」


カータは視界に映る幼い少女を見つめるが、またもや一瞬で移動したのか、見失ってしまう。


「くそ・・・俺の『目』だとギリギリ追いつかない!もう少し慣れれば行けそうだけど・・・」


「彼女は何度か足踏みをして、こちらの様子を窺っているようです」


ポーラはスポウダムの引き金をいつでも引けるようにしながらカータに少女の位置を伝え、カータは目が少女の動きに慣れるまで注視し続けた。


「・・・来ます」


ポーラは短くカータに言うと、十三時方向へ一発の弾丸を射出する。


その狙撃タイミングと同時に先ほどのように何かで防いだようだが、そこを目で追いかけていたカータは火花が散った場所まで全力で走る。


少女から80メートルほど離れていたのを一気に40メートルまで距離を詰めるのに成功したカータはしっかりと少女に標準を定めた。


「この距離なら当たる!」


ギリギリサイフォスの弾丸が当たる遠距離気味のところまで移動したカータは、素早く三発の蒼い弾丸を放つ。


ビュン!ビュン!ビュン!と対象に向かって飛んでいく蒼い弾丸は、確実に少女の小さな身体を直撃すると思われた・・・が。


「だらっしゃ!」


何やら意味の分からない叫び声を上げた少女は、銀色の狙撃弾を右足で弾いた直後で、体勢が崩れているにも関わらず、右手に持っていた小型の槍を振り回して三発の蒼い弾丸から逃れた。


「嘘だろ!何だありゃ!」


確実に、油断無く撃ったはずの弾丸を・・・しかもギュラムの鎧にすら損傷を与えたサイフォスの弾丸を不安定な体勢で逸らしてしまった少女。


カータは少女が何故ここまで戦闘能力が高いのか分からなかったが、確実に強者であることだけは認識していた。


「カータさん!彼女も無傷では無いそうです!」


後方から声を張ったポーラの言う通り、流石に全ての銃撃を受け流すことは出来なかったのか、一発だけ彼女の左脇腹をかすったかのように流血していた。


カータは『今度こそ』と意気込むために、呟きながらサイフォスを構えるが、ここで三度目の高速移動を目にする。


「よし・・・大体動きは読めた。これなら・・・!」


カータはポーラがすぐ後ろまで来たことに若干の安心を覚えたが、目が慣れた今ならばポーラの指示無しでも見失うことはないだろう。


そう思い、少女が消えた位置からサッと周りを見渡すと、視界にシルエットが映る。


「カータさん・・・行けそうですか」


「あぁ。この先はポーラも牽制じゃなくて、当てに行こう」


「ええ・・・気が進みませんが、森で『あのこと』がありましたしね」


ポーラが思っていることはカータも感じていた。


『あのこと』がサムルド東の森で襲撃しに来たギュラムとメメランを指しているのは明白である。


二人して少女を戦闘不能にしようと決意したところで、急にあの幼い少女は『すごく迷いやすい森』の方角へ走っていってしまった。


「流石に二対一となれば逃げるか・・・」


「カータさんも私も恩恵持ちですしね。引き際を考えていたのかもしれません」


深い森に駆けていった少女をしばらく見つめていたカータだが、これ以上は追跡の目を光らせることはできない。


ポーラも遠くに去って行った音は感知できるらしいが、予測位置外に行ってしまったため、追跡困難になったという。


カータとポーラは何故あのようなまだ幼い少女がこちらを襲いに来たのか・・・その疑問よりも、小さな子供を大人に近い二人がかりでも、本気で殺しにかかっていないとはいえ、ダメージをまともに与えられないことに驚いていた。




『コニ 東の平野外れ すごく迷いやすい森』




「はぁ、はぁ・・・マジかよあの二人!めっちゃ強いじゃんか!」


何とかカータとポーラから逃げることが出来た少女は、息を切らしながら切り株に腰を落ち着ける。


「『ビビグア』はまだ魔装士になって日数が経っていないはずなんだけど。くそ・・・まさかどっちも恩恵持ちだとはなぁ」


少女は右手に持つ黄色の小型の槍・・・正確には投槍ジャベリン型魔装の『ロサ』を見つめて息を吐く。


「恩恵無しの魔装士なら一瞬で片付けることが出来たのに・・・はぁ、まだまだあたしも訓練不足ってわけか」


自己治癒を終えた少女は、ポケットにしまってある緑色の細い茎を取り出して、匂いを嗅ぐ。


「んー・・・情報屋はこれを嗅いでれば力が出るって言ってたけど、どうなんだろ?まぁいいや」


それがマドイソウと呼ばれる草の茎であることを知らない少女は、クンクンと犬のように嗅ぎ続けるが、未だに効能は分かっていない。


「『ビビグア』単独でいる時に成敗するしかないかぁ。あの女といると物凄くやりづらい!何だあのライフル!遠距離からせこいんだよ、全く」


ポーラの魔装にブースカと文句を付けるが、少女は事実としてポーラから一発も銃弾をもらっていない。


カータの銃弾こそかすりはしたが、これは当たった判定には数えられていないというのが、少女の考え方であった。


「気落ちしててもしょうがないし、一旦魔装士機関に戻るとするかね!」


少女は妙に気分が晴れたのに気付いていないのか、ルンルンとスキップをしながら歩いて城下町まで行った。




『コニ 魔装士機関 受付』




幼い少女の強襲から一時間後、カータとポーラは機関の事務係に平野に現れた危険人物をジナに伝えたいと話していた。




「分かりました・・・ジナさーん」


受付の女性が軽い声音でジナの名を呼ぶと、関係者以外立ち入り禁止の扉からジナがパジャマ姿のまま現れる。


「あれー。まだ一週間経っていませんよね?何かありましたかー?」


「実はですね・・・」


カータがポーラに目配せをして、詳細を話そうとした時、機関の入口が豪快に開かれた。


「終わったぞ!『フェクト』帰還!」


黒い布をベースにした暗殺者のような恰好の下に魔装士の制服を着こむ・・・檸檬色のベリーショートカットに翡翠色の二重の瞳。


上着の色を見ると『白色』のため、魔装士級は『二級』という上位の魔装士であるが、とても小さい背丈で、活発そうな声音を発した少女こそ・・・


「・・・カータさん」


「あの子は・・・」


つい先ほど、こちらを襲ってきた・・・あの槍を持つ『幼い少女』であった。



次回からあの幼い少女が絡んできます・・・

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