<最終章> 魔装士狩り
『イジヌ国周辺のある山道』
規律・法律・礼儀など、あらゆる人の秩序と決まり事を重視する『お堅い国』のイジヌで無事に魔装士としての試験に合格した一人の男・・・『ビビグア・二メア』。
魔装士になって初の仕事ということもあり、ビビグアは少し緊張していたが、自身の魔装を使えるということの方が気持ち的に勝っていた。
「さて、ここらで少し休憩を取るぞ」
ビビグアの所属する魔装士団はイジヌ国であまり有名な集団ではなかったが、チーム内の雰囲気が真面目、依頼での死亡率が低いことから、一部の魔装士から密かな人気を集めていた。
「あの団長」
「どうしたビビグア」
ビビグアは周りのチームメイトが荷物を地面に置きつつ一休みする中、山道の端よりもさらに奥を曲がった先に違和感を覚えたのを自身のチームリーダーに伝える。
「ふむ。お前が言うなら何かあるのかもしれないな。よし、私が見てこよう」
中肉中背で眼鏡をかけているビビグア所属のチームリーダーは、ほんの少し目を細めると、一人で片手魔兵器剣を右手に持ちつつ、消えていった。
「(ただの勘違いなら良いんだがな・・・)」
ビビグアは己が今まで言い当ててきた不思議な『勘』が外れてくれることを祈りながら、リーダーが帰って来る時を待った。
『十分後』
流石に遅すぎるということで、チーム内で戦闘能力が一番高いビビグアを先頭に一行はリーダーが行ったであろう場所まで足を進めていった。
撲殺。
ただその単語がチーム全員の脳裏に浮かび上がる。
今先ほどまで会話をしていた人間が、頭や腕から大量の血液をぶちまけながら絶命しているのを確認した・・・いや、してしまった。
何かここに居る。
そのような考えに至ったのはビビグアだけではなかったようで、近くにいたチームメイトたちも自身の魔装を解放して臨戦態勢に移行する。
「黒い・・・鎧?」
ビビグアは自分の片手剣型の魔装を右手で握りしめて、視界に映った不気味な人物に警戒心を強める。
「あんた・・・そこに倒れている人が誰にやられたか知っているか?」
ビビグアの真横に陣取っていた弓型の魔装を持つ男は怒りに震えながらも尋ねた。
「その弱い魔装士のことか」
黒い鎧を身につけている人物は妙に冷めたような口ぶりで、倒れているビビグアのチームリーダーに頭を向ける。
「やりごたえのないつまらん魔装士だったな。成長の見込みがあれば見逃した・・・」
明らかに侮辱している黒い鎧の言葉が終わる前に、ビビグアの近くで弓のしなる音が聞こえてきた。
ヒュン!と凄まじい速度で黒い鎧に向かう魔素の矢は正確に『頭部』に命中した・・・が。
カキーン!と命中したと同時に、魔素によって作成された矢は簡単に弾かれてしまう。
「何だあの鎧は!」
諦めないといったように、弓型魔装を持つビビグアのチームメイトは何度も矢を放つが、鎧に傷がつくどころか、黒い鎧の人物は身じろぎすらしなかった。
続けてビビグアの後ろから近接魔装を持つ二人が右から斧による切り裂き、左から槍による突きを三度ほど繰り返したが、これまたびくともしていない。
「ビビグア!お前も!」
仲間からの声でビビグアも攻撃に移ろうとするが、頭ではとっくに気付いてしまったいた。
「(俺たちの火力じゃ届かない)」
ビビグアは右手に握っていた片手剣型の魔装を体内に戻すと、膝を曲げて地面に崩れ落ちる。
「どうか俺たちを見逃してくれ!」
土下座の体勢でそう命乞いするビビグアを驚愕した顔で見つめる六つの瞳と、黒い鎧の下にあるはずの二つの瞳。
「ふむ・・・」
黒い鎧の人物は考える素振りは見せるが、魔装をしまう気配はない。
「仲間が己の脅威を排除しようとしている中、お前は敵である私に許しを得ようとするのか」
黒い鎧の人物はもう一度ふむと言うと、静かにビビグアの近くまで足を進める。
「ビビグア・・・!」
弓の魔装を持つビビグアのチームメイトは警戒するように声を上げようとするが、先ほどよりも明らかに恐怖の色が声音に混じっていた。
「お願いだ・・・俺に出来ることなら」
ビビグアが目の前に佇む黒い鎧に提案する前に、驚愕の出来事が起きる。
なんと、黒い鎧の人物は無抵抗である魔装も解放していないビビグアの顔面に回し蹴りを放っていたのだ。
「(あぁ・・・俺はまた『勘』で不幸になるのか)」
ビビグアは薄れゆく意識の中で自分の『異能』のような力を呪っていた。
『三十分後』
黒い鎧を身に着ける人物は血まみれになった三人の魔装士と『まだ』殺してはいない気絶している一人の魔装士に目を向けていた。
「時間もそろそろか。こいつは放っておいても魔獣が処理をする・・・」
黒い鎧の人物は遠くに連なる山々を眺めると同時に自身の右手を一度開いてから、閉じる。
「ふっ・・・こいつは使えそうだ。何かしらの『異能』を持っているか」
黒い鎧の人物は撲滅した魔装士団で一番『正解』に近い行動をしたビビグアを背負うと、静かにその場を後にした。
『魔装士狩り』
サムルドではあまり聞かないその名は、アーコイド大陸の北に位置するイジヌ国で誕生したものであるとされている。
このような異名は、黒い全身鎧を身に着けた男が、無差別に魔装士を殺害しながら徘徊していることで瞬く間にイジヌ周辺で広まった。
その男の特徴は、魔装未解放時には、ライダージャケットを上にはおり、顔には黒いサングラスをしていることが挙げられる。
金髪にライダージャケットという、いかにもな身なりをしているその男は、圧倒的な体力と筋力に加え、戦闘の知識も持ち合わせているとのこと。
あまりこの男の情報がないのは、名義上はイジヌ出身であるが、各地を転々としているからであろうと噂がある。
『サムルド 東の森』
カータが魔装を解放したのをゆっくりと見届けたギュラムは、物騒な言葉を紡ぐわりには攻撃を仕掛けて来ないようであった。
「(何を考えている?あの硬そうな鎧には何か仕掛けでもあるのか?)」
カータが慎重に警戒しながらサイフォスを握りしめてギュラムを睨んでいると、いきなり静寂の空間であった森に声という音が鳴り響く。
「そう警戒しないで撃ってくれても構わないのだがな。まぁ、無理もないか。そちらから来ないというなら、少々大人げないが、こちらから行かせてもらおうか」
ギュラムはやれやれと首を振りながら、鎧に包まれた右手を一度開いてから、握りこぶしを作ると、カータがいる位置に行こうと、地面に足を着ける。
ギュラムが力を込めて足を地に着けると、その物理的な圧力で森の比較的柔らかい土はズン!と深く沈む。
「なっ・・・!」
カータには『視覚強化』という恩恵があるおかげで、動体視力は通常の魔装士よりもはるかに上回っているはずなのだが、ギュラムの変則的な一瞬で左右に動く走りを見切るのに、ギリギリ間に合う程度であった。
木々を縫うようにこちらまで一秒もかからず接近すると、ギュラムは真っ黒な右手でカータの腹部めがけて拳を突き出してくる。
「くっそ!」
カータはポーラのような攻撃的ではないギュラムの強くもなく、弱くもない特殊な拳に対し、サイドステップをして回避すると、若干距離を離すためにバックステップをしようとするが、その安易なステップはギュラムのさらなる接近により、阻害されてしまう。
「はっはっ!流石にその程度の動きでは、私から離れられないぞ!」
「っ!」
カータは、左から来る黒い左腕の大きな振りのフックをしゃがんで回避すると、顔面に来るであろうと予想していた回し蹴りを回避するため、その場から右側に体勢を崩して転がる。
「なかなか良い動きをするが、まだ三流だな。私は君に仕掛けられるが、君は私に手を出せない」
「・・・っ!何なら!」
ギュラムが頭を完全に包む兜の下で、薄く笑ったのには気付かないカータは右手にあるサイフォスでギュラムの左腿に発砲する。
ビュン!と蒼黒の銃口から射出された蒼い弾丸は、凄まじい速度で対象であるギュラムに接近するが、肝心のギュラムの方は回避できないのか、それともしないのかは定かではないが、全くその場から動かなかった。
バキンッ!と金属と金属を強く打ち合わせたような甲高い音を上げると、ギュラムの足を守る黒い鎧は着弾場所を中心に薄く亀裂が入り、次の瞬間には左足を守っていた防具は粉々になりつつ、空気中の魔素と同化するようにスーッと消えてしまった。
「ほぅ・・・!」
何がギュラムの感情を揺さぶったのかは知る由もないが、この瞬間、カータは『いける』と思い、生身の左足をもう一度撃ち抜こうとサイフォスの引き金を引くが、その楽観的な考えは打ち砕かれることになる。
なんと、ギュラムの左足を守っていた魔装の一部はカータが破壊したにも関わらず、二発目の蒼い弾丸を撃ち出す前には『修復』していたのである。
「私の鎧に傷を付けたのはこれで三人目だ!素晴らしいぞ!ハーリンの息子!」
二発目の弾丸は流石に避けることにしたのか、カータが放ったと同時にギュラムは静かに体を横に反らして回避。
魔装にすら損傷を与えるサイフォスの弾丸だが、少しでも見切られてしまうと、命中させることは厳しい。
銃を扱う魔装士が必死に射撃の腕を上げる理由として、『避けられないように撃つ』を目標にするのは、当たらなければ意味がないからである。
カータの銃撃センスとサイフォスの射出速度ではギュラムに届かないのか。
カータは頭によぎる不安を押しのけ、すぐに頭を切り替えると、今度こそ当てるという意気込みでサイフォスの引き金を引く。
ビュン!ビュン!とサイフォスから放たれた蒼い二発の弾丸は正確にギュラムの腹部に飛んでいくが、その弾道を見切っているかのように、ギュラムはのらりくらりと体を反らして回避をする。
「当たら、ない・・・!」
元々堪え性ではないカータは自分の攻撃手段が全く相手に通じていないことに焦り出し、魔素の残量を確認しないままひたすら弾丸を生成、発砲をしてしまっていた。
「やみくもに撃っても、当たるはずはないんだがな」
ギュラムはカータが放つ弾丸に目が慣れてきたのか、迫りくる蒼い弾を避けながらも小さく声をこぼす。
「ふむ。確かに射撃の腕はハーリンよりも上だが、判断能力はまだまだといったところか。やはり、年齢と経験の蓄積は戦闘に直結するな」
「くっそ!何で!」
ギュラムの動きは見切れているはずなのに、銃弾がかすりもしないことに我慢できなくなったカータは魔技の詠唱を開始しようとするが、ここで少し思い止まる。
「(待て・・・ここで切り札を使ったら確実に俺は魔素切れで戦えなくなる。やつが回避に専念するようになっているということは、俺の攻撃を軽視していないということ)」
カータは一度頭をクリアにすると、今まで撃ち続けていたのを止め、サッ!と木の後ろに身を隠す。
「(あぁ・・・撃ち過ぎて魔素に余裕が無くなって来た・・・四割弱くらいは使ったか)」
ギュラムがすぐに追撃してこないのは、カータが急に攻撃行動を止めたことに警戒しているのか、はたまた余裕のボーナスタイムとして休憩をしているのかは分からないが、あまり楽観視はしない方が良いだろう。
「(単にサイフォスで撃ってもあいつには届かない。今までのあいつの動きは基本的に左右に避けるのみだった。なら、フェイントをかける振りをすれば・・・!)」
カータは背にしていた木から素早く飛び出すと、ギュラムがいるであろう方向に無標準で射撃を試みる。
「そんな適当な標準で・・・」
ギュラムはカータの放つ適当な弾丸を横目で見るだけにとどめると、木の傍に佇むカータに向かって、再び飛び掛かろうと膝を曲げて地面を踏みしめる。
「自棄になったかハーリンの息子!そのようなやり方で私と渡り合おう・・・」
ギュラムが言葉を全て紡ぐ前に、カータは腰に隠してあった手投式魔兵器罠の栓を素早く引き抜くと、突っ込んでくる黒い鎧が足を着けるであろう位置に投擲した。
「自棄になったわけじゃないさ!これで!」
ギュラムが踏み出して着地するであろう地面に投げられたハンドマジストラップはすぐさま展開すると、魔物用に強く設定されている電撃の膜がその場に広がる。
「なっ・・・!」
ギュラムが右足を地につけた場所は今まさにカータが罠を仕掛けたところである。
黒い鎧に包まれた右足が罠に触れたと同時に凄まじい火花とバチバチという電撃音が周囲に鳴り響く。
「今だぁ!」
カータは一瞬、ほんの一瞬動きが静止したギュラムに対してサイフォスの引き金を三回引いた。
『カータとギュラムの戦闘が始まる五分前』
ポーラは『何故か』派手な衣装を身にまとう女から離れることが出来ずに後を追いかけていた。
「(強制的に私の注意を曲げさせる・・・どういう仕組みなのかしら)」
ポーラは少しだけ考えるが、これ以上は何も分からないと結論付けると目の前で微笑んでいる女にスポウダムの銃口を向ける。
「ふふふ♪ギュラム様の邪魔はさせたくないからここまで連れてきちゃった♪女二人だけでこんな森の深くに来るなんて・・・ねぇ?」
女は意味深に薄く笑うと、両手を後ろに回して何か呟くと再びポーラに瞳を向けた。
「まぁー。私は『そっち』の趣味はないし、身も心もギュラム様に捧げるって決めているから。あ、そうそう。自己紹介がまだよね」
さっと金色の長い髪を右手でかき上げると、女はニコッと微笑む。
「私の名前はメメラン・テレーって言うの。よろしくね」
「・・・」
ポーラは無表情でメメランの横に自生している木にスポウダムで一発発砲。
見事に木を貫通した銀色の弾丸は後ろにあったであろう大きな石すらも粉砕して、やっと地面に突き刺さった。
「わーわー。何か怒ってるね」
メメランは比較的近い位置に、着弾したらどうなるか分からない弾丸が通ったのにも関わらず、全く姿勢と表情を変えない。
「・・・もう一度聞きます。あなたたちの目的は何ですか」
ポーラはまともに武装をしていないメメランに対して、先ほどと同じ問いを投げかける。
「だーかーらー。言ったじゃない。ギュラム様があのハーリンの息子と殺し合いがしたいって。それ以外は何もないわよ。で、私はそのお手伝いってわけ。まー、あなたがどうしてもギュラム様の邪魔をしたいというなら、まず私をやっつけていけーみたいな?」
ポーラはクスクスとふざけるのを止めないメメランを細目で見ると、これ以上は会話をしていても意味はないと判断し、スポウダムで金髪女の頭部めがけて引き金を引いた。
ヒュン!と銃口から放たれた鋭い弾丸は、生身の人間に直撃した場合、どうなるかは明白である。
次にポーラが瞬きをした時には、目の前の女は頭から血液と骨片をまき散らして絶命しているだろう。
ポーラはそう思っていたこそ、瞬きをした後に広がった光景に息を呑んだ。
確実に自身の魔装で撃ち抜いたはずのメメラン頭部には傷どころか、撃つ前と全く様子が変容していなかったのである。
「あらあらー。ざーんねん。狙撃されちゃったわー」
メメランは両手を腰の後ろで組んだまま、ポーラをあざ笑うかのようにその場で小躍りし始める。
「(確かに頭部を撃ったはず。何が起きたの?)」
ポーラは再び銃口をメメランに向けると、今度は右腕、腹部、左足の順で連続狙撃をするが、これまた先ほどと同じように『当たらない』。
「うふふー。無駄よー?あなたの魔装では私に勝てない」
メメランはポーラの攻撃を全て凌いだことで良い気分になっているらしく、鼻歌交じりに何か歌のようなものを口ずさむ。
「(初めの狙撃では気付かなかったけど、今ので分かった。当たらないではなく、『弾かれている』)」
ポーラが狙撃した際に当たらないのではなく弾かれたと気付いた理由は、『音』であった。
スポウダムの放つ銀色の弾丸が元の標準地点から大幅にずれたせいで、当たらないと思われたが、標準地点からずれる際にわずかだが『キンッ!』と金属と金属を軽くぶつけたような音がしている。
これはポーラが『聴覚強化』の恩恵を所持しているからこそ気付けたことであり、並の魔装士では自身の魔装や周りの環境音のせいで惑わされてしまうはずだ。
「もうおしまいかしら?別に私はいつでもいいんだけどさー。あまりに早く降参されちゃうとつまらないのよねー。ギュラム様ほど戦闘好きではないけど、ある程度は楽しみたいじゃない?」
メメランはつまらなそうに小躍りを止めると、また初めのように両手を腰の後ろに回してこちらに目を向ける。
「いえ、降参はしませんが。代わりに」
ポーラはスポウダムを左手一本で持つと、前傾姿勢になってから中距離位置にいるメメランの場所まで一気に距離を詰める。
「これで!」
ポーラはメメランの顔面に近距離戦闘術の賜物である渾身の右ストレートを放つ・・・が。
ポーラが突き出した右手はメメランの目の前で『何かの壁』のようなもので防がれたのか、全くもってダメージはない。
「うふふー。またもや残念。銃が効かなきゃ拳―?そんなのお見通し・・・なのよねぇ!」
メメランは硬直しているポーラに対して、履いていた靴の先から飛び出す、折り畳み式の紫色の刃で回し蹴りを放った。
ブンッ!と耳の近くで嫌な風切り音を聞いたポーラは素早くバックステップして回避するが、それを読んでいたメメランは体勢が不安定なポーラに追撃といわんばかりのトンファーキックを繰り出す。
「ぐっ!」
ポーラは自身の腹に突き刺さった紫色の刃に一瞥すると、早く抜こうと至近距離でこちらに右足を突き出しているメメランに対して、右手で隠し投げナイフを投擲。
「おっと!」
メメランは常人よりもはるかに速い反応速度でナイフを回避すると、ポーラから距離を取る。
「あなたも私と同じで隠し事が好きなのね・・・悪くないわぁ」
ポーラはメメランがニヤツキながらも一瞬だけ、確実に焦りの表情を浮かべたのに気付いていた。
「(銃弾と打撃には無頓着だったのに刃物には警戒していた・・・何なの一体)」
ポーラはメメランからもらった魔兵器刃の一撃で腹部から決して無視できない量の血液を流しながらも、無傷の時と変わらないように振舞う。
「・・・そうですね。あなたには隠していることがまだいくつもあります」
ポーラはスポウダムを右手に持ち直すと、魔装士の制服の腰に隠してある片手魔兵器銃を左手で取り出した。
右手に狙撃銃、左手に拳銃という異様な戦闘スタイルに変えたポーラは二つの銃口をメメランに向ける。
「へー。それがあなたの隠し玉なの」
メメランはおかしそうに右手を口に当ててうふふと笑みをこぼすが、その目は初めとは打って変わって殺意に変わっていた。
「さぁ?どうでしょうか。もしかしたらこれはダミーかもしれませんよ」
ポーラはスポウダムの引き金を右手で、ハンドマジスガンの引き金に左手をそえたまま、メメランの佇む位置から徐々に距離を取り始める。
「あらぁ?何で退場しようとしているのかしら?まだ私たちのダンスは終わっていないわよぉ?」
メメランが茶々を入れつつ、時折『防弾』という単語を繰り返していたのに対してポーラは心の中で首を傾げた。
「(もしかしなくても・・・この人は言葉で私の攻撃を防いでいるのかしら)」
ポーラはふと頭に浮かんだ世迷言にヒントを得て、本当にそのようなことが可能なのかともう一度思案する。
「(考えていても仕方ない。今回ばかりはカータさんのように直感で動いてみましょうか)」
ポーラは腹部の出血が多くなってきたせいで頬に汗をかいていたが、全く問題ないというように制服の袖でそれをぬぐった。
「では・・・」
ポーラは周りに木が乱立している箇所までメメランをおびき出すと、全く関係ないと思われる場所にハンドマジスガンの引き金を連続で引く。
「何をしているのかしらぁ?何か考えがあるとは思えない撃ち方だけど」
メメランはポーラがよく分からない行動に移ったのを好機と感じたのか、一気に拳が届く位置まで移動した。
「ふっ!」
ポーラがひたすら明後日の方向に拳銃を撃ち続けているのをお構いないなしに、先ほどと同じように靴の仕込みマジスナイフをポーラの腰に当たるよう回し蹴りを放つ。
「ぐっ!」
ポーラは回避できないのか、まともにメメランの一撃を受けると体勢を崩しそうになってしまう。
「ほらほら!さっきまでの威勢はどこにいったのかしら!そんなんじゃ甘いわよ!」
いくら鍛えているポーラとはいえ、魔装によって強化されている足での本気の蹴りをそう何度も受け切れるはずもなく、六度目の飛び蹴りでついに仰向けに倒れてしまった。
「これで終わりね。ふふ、楽しかったわよ『ぺったんこ』さん!」
苦痛の表情をしているのにはお構いないなしに、メメランは仰向けで倒れているポーラに対して、頭部を靴底の隠しマジスナイフで踏み抜くため、足を振り上げた。
キーンッ!と凄まじい金属音を辺りにまき散らしながら、サイフォスの三つの弾丸はギュラムの黒い鎧に三つの小さな空洞を作ると、着弾地点を中心に亀裂が入り、またもや鎧が破壊されかける。
「ほう!罠か!小賢しいとは思うが、これも立派な戦法!見直したぞ青年!」
ギュラムは足元に広がった電撃膜に足を捕らえられているのにも関わらず、腹部・両足を守っている防具部分が破壊されかけているにも関わらず、全く動揺をしていなかった。
「再生を始める前に!」
カータは先ほどと同じ過ちを犯さないように、サイフォスに装填されている弾丸全てをギュラムに対して撃ち放つ。
ビュン!ビュン!ビュン!と爽快な発砲音を鳴らしながら、蒼い弾丸は黒い鎧を再生するより前に破壊し続けていく。
「ふっ・・・はっはっは!」
やっとのことで電撃膜から解放されたギュラムは防具として機能していない黒い破片を身にまといながらも笑いを止めていなかった。
そして、驚いたことにギュラムは初めとは打って変わって、魔装の自動再生をしていない。
まさに絶好のチャンスを目前に掲げられたカータは先ほどまでの慎重さを失いかけているのに気付かず、サイフォスで高速リロード、射出していた。
「これで、あんたの守る物はなくなった、ぞ」
カータは連続射撃をしたせいで両腕が軽い痙攣、過度の緊張、魔素の急激な減少などが重なり、疲労の色が声に混じってしまっている。
「ははは・・・素晴らしい」
ギュラムは己の全身鎧型魔装が頭部を守る兜以外消えているのに焦りを見せず、赤子がお気に入りのおもちゃを見つけた時のように嬉々としてカータのことを見つめていた。
「確かに私の守る鎧『は』消えてしまったな」
「今度こそ!これで!」
カータはギュラムが何もせずにこちらを見つめているのを止めないと判断すると、体内にある魔素をほとんど使用し、弾丸を生成、発砲する。
ビュン!ビュン!と八発の蒼い弾丸は今度こそギュラムの腹部、両腕両足、両肩、頭部に命中した。
「ぐはっ!」
蒼い銃弾の嵐をまともに全身に受けたギュラムは頭部以外の箇所から赤い鮮血をまき散らして、左ひざを地面に着けるが、決して倒れることは無かった。
「(いけた、か?)」
カータは静まり返った森で膝を着く黒い謎の男を見つめるが、頭を下に向けたまま、未だに動きはない。
魔装を使用した本気の殺し合いを経験したことがないカータは、身動きが取れないであろう血だらけの男に対して、慈悲に似た何かの感情を持って己の問いを投げかける。
「何故あんたが俺の父さんの名を出したかは分からない。単に俺を誘うためだけのうたい文句なら仕方ない・・・だけどあの依頼以降、父さんの名前を出す人はマーニーさんとブロンさんぐらいしかいないんだ」
カータは疲労と緊張によって全身が重いにも関わらず、言葉を紡ぐ。
「父さんについて何か知っているなら、教えてくれ」
サイフォスの弾丸を受けたあとに何もアクションを見せないギュラムに対して、カータはサイフォスの銃口を頭部に標準したまま、静かに問いかけた。
「・・・君もあの男の行方について知らないのか」
ギュラムはほんの少し残念そうに首を振ると、今までの静止が嘘のように立ち上がる。
なんと、カータが与えたダメージはこの一瞬で全て回復していたのである。
その証拠に、先ほどサイフォスが開けた小さな貫通跡は綺麗に塞がっており、声の調子を聞く限りでは戦闘前と変わっていないほどに余裕がある。
「この短時間でその再生力か・・・!」
ギュラムが平均的な魔装士よりもはるかに速いスピードで傷の治癒をしていた理由は不明だが、一つだけ明らかなのは、カータの質問時間が自己治癒を許してしまったということだ。
あの時にさっさと止めをさすべきだったのかどうかは定かではないが、今この瞬間、カータは後悔をし始めていた。
「私は強い魔装士を求めている。それ以外の事柄はどうでもいい」
ギュラムは丁度ハンドガンの有効範囲内に立つカータに目を向けると、黒い鎧に包まれている右手を握りしめた。
「何を言って・・・」
カータは何かに憑かれたかのようなギュラムの発言に警戒するが、その次の瞬間にギュラムの魔装も元通りに再生する。
「君は強い。だが、まだ足りない。」
「くっそ!」
カータは再生した黒い鎧に対して、残りわずかの魔素を絞り出して弾丸を生成、発砲をするが・・・
「『常闇による消失』」
ギュラムが何か呟くと、一瞬にして辺りが完全な闇に包まれる。
「何がっ!」
カータは発砲した弾丸がギュラムから外れたにも関わらず、今この瞬間に広がった不自然な空間に目を奪われていた。
ギュラムを中心に広がった真っ黒なドーム状の空間はカータだけではなく、森全体を包み込むのではないかと思うほどの広がり方を見せる。
「なっ・・・」
カータが戦闘態勢に移行しようとサイフォスを構えたが、体にまとわりつく異様な感覚に戸惑いを隠せなかった。
ぬるく、じめっとした風が頭からつま先まで突き抜けていくような感覚は、カータの全身に鳥肌を立たせるほどだ。
「(魔素の減りが尋常じゃないほど早い!このままじゃ!)」
魔素が自然消失するには明らかにおかしい速度で体内から外に排出されているのに焦ったカータはもう一度弾丸を生成しようとするが、『できない』。
「この魔技の有効範囲にいる限り、君は通常の自然排出量よりもはるかに早い速度で魔素を強制的に失う。この意味が分かるか?」
ギュラムは完全に再生した鎧の具合を確かめるように、両手を開いては閉じるのを繰り返しつつ、カータの方へ歩みを進める。
「近距離戦闘を主とする私が、あらゆる戦闘距離の魔装士を下せるはこれがあるからだ。因みにこの空間から出るのは容易いが、その間に魔素が切れる者が大半、背を向けて私に殺られる者が少数、魔素が切れる前にこちらに突っ込んでくるのが・・・」
ギュラムはふっと小さく笑うとカータの目前まで迫り、凄まじい右フックを繰り出した。
「ハーリンだった」
カータが見切ろうとした時には体内の魔素が完全に無くなり、サイフォスは魔素切れにより強制解除、つまり魔装無しの状態でギュラムの強烈な打撃を受けてしまっていた。
「ぐはっ・・・」
鎧の頑強さも相まって、岩をも破壊する攻撃力を誇る一撃をまともに受け切れる訳もなく、カータは木々が生い茂る森の奥に吹き飛ばされていった。
「ふっ・・・」
ギュラムは吹き飛んでいったカータを追うこと無く、感慨にふける。
「ハーリンの息子よ。君はまだ強くなれる・・・その時まで殺めるのは待とう」
初めの殺意や憤怒といった感情はその時消えており、代わりに期待と寂寥の念に変容したのは何故か。
ギュラムは己の水のように変わりやすい感情に自嘲しつつ、サムルドの森を後にした。
ガシュ!という肉が刃物に刺さったような音が森に広がった。
「・・・危なかったです」
ポーラはメメランがこちらに対して足を振り上げた時に、仰向けの状態で足払いをかけたのだが、どうもその行為がメメランの不思議な言葉を誘発させたらしく『衝撃吸収』と発言していた。
「くっ・・・」
メメランは自身の右横腹に大きな『銃弾』の形跡があるのに気付いたのか、慌ててポーラから距離を取る。
「『跳弾』がまさか上手くいくとは思っていなかったのですが、案外土壇場で何とかなるものですね」
ポーラは腹部と左肩を庇いながら立ち上がり、右手でスポウダムをメメランに向け、にやりと含み笑いをした。
「ど、どうして・・・」
今まで茶化した態度を続けていたメメランも流石に魔装の、しかもスポウダムというライフルの銃弾を受けたダメージでまともに取り繕う事も出来ないようだ。
「技術的な問題は私の力だけでは厳しいですが、条件と環境さえ整えば可能である、ということです」
ポーラは周りの複雑な、しかも丁度ジグザグ気味に自生している木々に目を向けて種明かしをする。
「まさか、初めのハンドガンは・・・ぐっ」
メメランは苦痛でまともに立っていられなくなり、その場に倒れてしまった。
「ええ。木を利用して、ハンドマジスガンで銃弾の『道』を作り、本命のスポウダムであなたに命中させる。しかし、それだけではあなたの不思議な能力で防がれてしまう可能性があった。だから、体術によるフェイントでフェイクをかけてみたのですが」
ポーラは中距離位置に倒れるメメランに対してなおも続ける。
「無防備な私のとっさの悪あがきに、その能力を使ってしまった。恐らくですが、その完全な防御能力は二つ以上の重ね掛けが出来ず、持続性が薄いのでは?現に私があなたをここまでおびき出すのに、何度も『防弾』と言っていましたし、その他の単語は聞こえてきませんでした。未だにその仕組みは分かりませんが」
ポーラはこのネタ晴らし中に完全な静止状態を維持し、魔装士特有の自然治癒能力向上を図っていた。
「(片手をあの人に向けているせいか、治癒は遅いけど、出血は何とか止まった?かしら)」
ポーラが時間稼ぎをしているのに気付かないメメランはなおもポーラから距離を取っている。
「ふふ・・・何であなたが私の『言葉』が聞こえているのかは大体予想が付いたわ。今まで会った魔装士ではいなかったけど」
メメランはほぼ確実にポーラの『恩恵』が何かを把握している、だがそれはつまり自身のアイデンティティである『異能』の弱点も知られているということだ。
「はぁ・・・今までは小細工をして『これ』を使っていたのになぁ。あなたには意味がないということね。ふふ、まずいわぁ」
メメランは急に砕けた態度に戻ると、笑みを浮かべる。
「えぇ。だから、早く降参を・・・」
ポーラが一歩メメランに近づいた瞬間、メメランは『爆発』と発すると指先のカプセルを地面に触れさせた。
「くっ・・・!」
メメランを中心に広範囲爆発を起こすと、木は次々に倒れ、岩や廃棄物も一つ残らず破壊されていった。
『十秒後』
大きな爆発が止むと、そこには頭部を両手で保護していた白い少女のみが開けた森の中心に膝を着いていた。
「はぁ、はぁ・・・」
何とか目の前で起きた大爆発から距離を取って、凌ぎ切ったポーラは聴覚機能が完全に麻痺しているのに気づくと、すぐさま辺りを見回す。
「(耳が良すぎるってのも考えようね・・・でも、あの人は)」
安静に地面に膝を着けていたおかげか、徐々に身体の傷と聴覚が回復してきたポーラはメメランがどこかに姿をくらましたことに嘆息してしまう。
「逃がしてしまった・・・あ、カータさんはっ!」
すぐさまハンドマジスガンを腰のホルスターに戻すと、ポーラはカータと別れた地点まで戻っていった。
「う・・・ぐぅ」
木に思い切り背をぶつけたせいか、思うように呼吸が出来ないカータはゆっくりと深呼吸をする。
「はぁー・・・よし、大丈夫か」
背骨にひびでも入っているかと心配になったが、そうでもないらしい。
いつぞやの鎧豚にやられた時ほどでもないにしろ、体中にあざと切り傷を負ってしまったカータは魔装士としての回復力が無いため、ズキズキと痛む体を労わることすらままならなかった。
「いてて・・・そういえば、ポーラは大丈夫かな」
あの謎の魔装士二人組に会った後にどこかへ行ってしまった彼女を心配するカータだが、すぐに移動できるほどの体力は残っていないため、少しだけ木に背中を預けて休息を取ることになった。
「それにしてもあいつ・・・まだ余裕があったよなぁ」
最後に強烈な打撃をもらってしまったカータであったが、どうも手を抜かれていた気がしてならなかった。
あのタイミングはまさに魔装士としての強みが全て消えて、ただの一般人に過ぎない・・・にも関わらず『ただ』の打撃で済ましてきたのには何か訳があるのではないか?と思わざるを得なかった。
「最後の方に父さんの名前を出していたけど。本当に何も知らないのか・・・?」
カータは痛む身体よりも父親のことを考えて体内に魔素が戻るのを待っていたが、前方から何かの足音が聞こえてくる。
「っ!まさか、あいつか!」
一向に追撃を仕掛けてこないギュラムのことは頭から離れていたため、すっかり警戒を解いてしまっていたが、時間差をつけて殺しにかかって来るのは否定できない。
腰に付けてあるハンドマジスガンを取り出すと、音のする方向に標準を向ける。
「ふぅ・・・」
ゆっくりと深呼吸をすると、ハンドマジスガンを両手でしっかりと握りしめるが、どうも視界が鈍くなっているのは恐らく魔装による恩恵が発動していないからであろう。
元々は恩恵無しでも有り余るほどの自信があったにも関わらず、この時ばかりは銃撃に不安を覚えてしまっていた。
「・・・タ・・・ん」
木々が前方にあるせいでその声の主が誰であるかは不明だが、ギュラムではないことは理解できる。
「まさか、ポーラ?」
カータはゆっくりと立ち上がると、よろよろと声のする方向へ足を進めた。
しばらくカータが声音の方へ歩いていると、不意に死角から白い少女が現れる。
どこで負傷したかは定かではないが、魔装士の制服は何かの衝撃を受けたのか、ところどころ破けており、腹部と肩から微量の出血、左腕に突き刺し跡があるのは見ているだけでも痛々しかった。
「カータさん・・・大丈夫、じゃないですよね」
ポーラは右手に持っていたスポウダムを左手に持ち替えると、カータの身体を支えようとこちらに寄ってくる。
「あぁ、まぁうん。でも、ポーラの方がかなり負傷しているみたいだけど」
「私はまだ魔装を維持できますから問題ありません」
ポーラに肩を貸してもらい、サムルドの森の入口まで戻る道でカータはギュラムとの戦闘の過程と結末を語っていた。
「なるほど、そんなことが」
ポーラはカータがボーっとしながらギュラムのことを話しているのが少し気掛かりであったが、メメランはどうなったのかと話を変えてきたため、同じように話す。
「ポーラの方は何とか勝ち?で終わったのかな」
「・・・退けた、という方が正しいかもしれません」
話している間に森の入口まで戻った二人は、この事をブロンに報告しようとサムルドまで帰還することになった。
『サムルドの森 奥地』
メメランは何とか窮地を己の桃色のネックレス型魔装の『ミネア』・・・それに付与されている異能である『単語具現化』によって脱出したが、起こした現象がかなりの干渉度であったため、魔素がほとんど切れかけていた。
メメランが宿すような異能とは魔素を消費し、この世のものとは思えない不思議な現象を起こすことができる能力で、ほとんどの魔装が何かしらの身体能力を強化する『恩恵』付与であるのに対して、時々『異能』が付与されている魔装がある。
ただし、異能保持者のほとんどの能力は強力なものである代わりに、大多数の恩恵を持つ者より身体能力が劣るというデメリットが確認されている。
『単語具現化』
それは魔素を消費し、この世のものとは思えない不思議な現象を起こすことができる異能であり、メメランは言った言葉をほとんど現実に起こすことが出来る。
ただし、一単語のみしか効果はでないため、〜は死ぬなどの文章や曖昧な単語は現実に干渉させることは出来ない。
そして、この異能は指先から薄い膜に包まれた『現象』のカプセルを発生させ、何かに触れることによって割れ、異能の効果を発揮する。
それに加え、有効範囲は任意に設定可能であり、半径一メートルから五メートルまで、『解除』という単語で発生させている現象を全て打ち消すことができる。
この異能は干渉させる事柄が大きいほど魔素の消費量が増大するため、メメランは基本的に自分の力では対処できない防御能力を使用し、中でも『透明』『防音』『防弾』『防刃』『衝撃吸収』の現象をよく使う。
「はぁ、回復しないと」
メメランはゆっくり森の土に横たわると、目をつぶり、安静状態にする。
五分程静止していると、横腹の弾痕はすっかり消え、元通りの体まで回復していった。
「はぁ・・・まさかあの娘の恩恵は耳を良くするものだったとはねぇ。そりゃ私の呟く言葉で行動を予測、誘発させられるわけよ」
こちらを無表情で見つめていた白い少女に若干の恐怖を覚えつつも、メメランは自身の驕った性格を直そうとは思わなかった。
「まぁ、今度会った時はタイマンじゃないようにすればいいだけだし♪さてさて、ギュラム様はどうなったのかしら」
地面にあぐらをかいて座るメメランは、身に着けている踊り子風の上着から魔通信機を胸の間から取り出す。
「あー・・・もしもし、ギュラム様ぁ?今先ほどあの少女に敗北しましたぁ」
「・・・そうか」
ギュラムは元々戦闘が関わること以外の話の時には口数が少ないのだが、この調子だとどうも具合がよろしくないらしい、声に覇気が無かった。
「あのぉ・・・私負けちゃって逃げたんですけど」
「・・・ふむ」
「お仕置きぃ・・・とかありますよね!」
何故かお仕置きを受けたがるメメランに、以前まではギュラムもそれなりに体罰のようなことをしていたのだが、どうもそれが快感になっているらしく、意味がないと判断したギュラムは何か失敗をしたとしても口頭注意をするだけに止めている。
「いや、それはまたいつかにしよう。今は合流することに意識を向けろ。集合場所はイジヌ前の山道だ」
それだけ言うとギュラムは通信機の信号を切ってしまった。
「あー・・・あのハーリンの息子と何かあったんだなぁ。夫の愚痴を聞くのも妻の役目だし、後で聞こうっと♪」
本人の目の前で言ったら睨まれそうな発言をしながら、メメランはサムルドの森からイジヌ国の方向である北に向けて足を進めた。
『サムルド魔装士機関受付前』
あの後、カータは魔素切れが深刻ということで、マーニーから以前受け取った魔石の残りを自宅まで取りに行き、魔素を体内に充填してからポーラとの待ち合わせ場所であるここまで来ていた。
「カータさん、具合はどうですか?自己治癒は出来ましたか?」
心配そうにこちらを見つめてくるポーラは流石というべきか、完全に傷を治して立っている。
「うん、一応ね。まだ身体の痛みは抜けないけど何とかなると思う。まぁとりあえず、さっきのことをブロンさんに」
『ええ』と短く返事をしたポーラを連れて、前に一度だけ通された最高責任者室まで移動しようとした二人だが、ここでカータの視界の端に見慣れた人物がいることに気付く。
「ありゃ?いるじゃん、ブロンさん」
「何をしているのでしょう」
現在時刻は十六時前後なのだが、いつもこの時間のブロンは事務仕事をするために自室にこもっているはずである。
近づくにつれて、こちらからは見えなかった位置に見慣れない人物がいることに気付いた。
「・・・ということで、いかかでしょうー?」
「ですがねぇ」
何かの立ち会談中なのか、片方の女性がにこにこと笑みを浮かべているのに比べて、ブロンは渋い表情で返答に困っているようだ。
「あの、お話中失礼なんですけど、ブロンさんちょっと」
カータは遠慮気味にブロンが来ている軽鎧の後ろに付けてある装飾を引っ張って注意を引く。
「お、おう?カータ君か、それにポーラ。あの呼び出しはどうだったんだ?」
「ええとですね・・・」
カータは、あの呼び出しは謎の魔装士二組によるもので、こちらを殺害しようとしていたこと、ポーラは何とか勝利、カータは手加減されて生かされたということを手短に説明した。
「なんと!・・・『要注意人物』されているギュラムとメメランか!」
「マーク?」
カータがオウム返ししたマークとは、アーコイド大陸のそれぞれ東西南北と中心に位置する全魔装士機関で危険だと判断された者に付けられるもので、全魔装士は絶対に避けたい称号である。
このマークに属する者は例外を除いて、全魔装士機関から指名手配されるため、城下町や詰所などに訪れた場合は即刻連行されるのだが、そもそもこの称号が付けられる者は人がいる場所に滞在せず、魔獣や魔物が闊歩している平原や洞窟に身を潜めていることが多い。
何とかしてマークが付いている人物を捕まえたいブロンを含め、魔装士機関の面々は王国兵士と共同で見回りをするよう願い出ているが、いかんせん何かしら危険だと判定された人物だ。
戦闘狂でもない限り、このマーク保持者に近づきたいという魔装士と王国兵士は極めて少なく、現状ではそれぞれの国へ入国させないようにするのがやっとの処置になっている。
その中でもギュラムはイジヌから発令されたマーク保持者であり、その異名は『魔装士狩り』。
基本的にマークを付けられる要因として、何かしらの危険な行動をしている魔装士が主だが、このギュラムという魔装士はとりわけ異質で、無差別に魔装士を殺害しながら各地を徘徊しているという理由でマークされ、このような異名を付けられている。
因みによく行動を共にしているメメランはギュラムよりも危険性が薄いという事で、現状ではマークを付けられてはいないが、イジヌでは近々付けることを検討しているらしい。
「よくもまぁ、生きて帰って来れた。あの二人に狙われた魔装士はほとんど生きて帰れないという噂があったからな。とりあえず、後でイジヌの方へ連絡をしておこう・・・そちらの魔装士がこちらへ被害をもたらしたとな」
ブロンは普段では見せないような怒りを露わにしつつ、左手に持っていたマジスシグナルに手をかけようとするが、そこで隣にいた会談相手の女性が口を開く。
「あらあら。ブロンさん、そこの二人が例の優秀な子たちですよね。初めましてー、東の方の大陸から参りましたー。コニの魔装士機関最高責任者の『ジナ・ズメ』と申しますー。よろしくお願いしますねー」
ブロンの様子はお構いないなしにというように、妙に間延びした幼い子供のような声質と口調で、にこにこと微笑みを浮かべる妙齢の女性にポーラは無言で会釈をし、カータはどうもと返答をする。
ジナという女性はパッと見は童女のようなだぼだぼとしたグレー色のパジャマを着ているため、体つきだけを見ると十代の幼い少女にしか見えないが、実はこの妙齢に見えるジナは既に結婚をしている立派な淑女なのである。
髪はさらさらとしたショートカットで薄緑色、瞳の色は薄茶で二重であるせいか、その柔らかい笑みと見事にマッチをしており、胸はポーラと同等程度の大きさでかなり控え目であった。
それに、年齢はブロンより四つ下の四十二歳であるというのだから驚きものだ。
「あのですね、ジナさん。こちらの事情ではありますが、あのマーク付きと異能持ちの二人組に襲われたことをイジヌに伝えんといけないのです。あのお堅いやつが聞く耳を持つかは微妙なところではありますがね」
「確かに由々しき事ですけどー。今こうしてお二人は無事ですし、ちゃんちゃんでいいのではー?」
どうもジナという女性は危機感や予期しないといけないことに無頓着のようで、無事に終わった事柄に関しては深く考えていないらしい。
元々『自由国』という別名がある『コニ』の影響なのか、ジナも基本的には自由な性格であるため、最高責任者同士の会談も立ち話で済ませていることが多いとのこと。
「・・・」
ブロンは無事に立っているカータとポーラをチラッと見ると、静かに溜息をつきながらもマジスシグナルの電源を消した。
「この件はまた後で処理することにします」
「うーん、分かりました」
とりあえずブロンも了承をしたが、あまり良い顔はしていない。
恐らくブロンは、会談中に別の最高責任者に連絡を取ることに抵抗を感じたのであろうと、カータは思ったが、それだけでもないような気がしていた。
「で、本題ですよー。こちらの魔装士機関にいる二人の魔装士とそちらの二人の交換派遣―。お互いの新人同士をお互いの魔装士機関で一定期間お仕事をさせる・・・サムルドとコニの友好関係もそうですけどー、新人の子たちも良い経験になると思いますよー」
「先ほども言いましたが、これは本人たちに聞いてみないと分かりません」
急にブロンとジナがこちらに顔を向けたため、カータは驚いたがポーラは『そうですね』と口を開き始めた。
「コニの方とはあまり交流がありませんでしたし、今回の申し出は大変嬉しく思います」
「俺も構わないと思いますよ。さっきそのマーク付き?のやつと戦闘したばっかなので今はあれですけど、数日後でしたらお受けしたいです」
カータも一応団長であるため、ブロンとジナの両方を見て、承諾する。
「そうか」
ここ最近ジークドリアに派遣として行ったばかりで疲れている可能性を考えていたブロンは、こうもたくましく仕事を遂行する二人に感謝の意味を込めて、笑みを浮かべた。
「ほーほー。やっぱりこっちに欲しいくらいの熱血屋さんですー。こちらの子たちもこのくらいならいいのにー」
何かスカウトされているような気がしたカータは苦笑いだが、ブロンは『冗談ですよね』と確認を取る。
「あははー。では一週間後にこちらへ移れるように手配しますので、カータ君とポーラさんは準備をしていてくださいねー。ではーまたー」
ジナは何やらぎこちないステップをして機関の入口から出ていったようだが、別れの挨拶を忘れていたのか、こちらに目を向けることは無かった。
「はは・・・何か自由な人でしたね」
「あの人はああいう性格だからな」
ブロンはあまりジナの振る舞いに怒りを覚えたという様子はなく『まぁ、しょうがない』といった表情だ。
「確か、ジナさんの戦術指導と魔装士・王国兵士育成術はコニから伝わっていて、サムルドの育成マニュアルでも使われているんです。お父さんがあの人に頭が上がらないのはロワーズとは違う形で支援を受けているからんですよ」
ポーラは魔装を解放できない時にブロンの事務仕事を手伝っていたせいか、ある程度の魔装士機関の事情を把握していた。
「そういうことだカータ君。アーコイド王も認めている彼女は、ここでかなりのおもてなしをするべきなんだが、あいにく今回の会談はあちら側から『てきとー』で良いと言われてね。いきなり交換派遣なんていう事を承諾したのも王がお墨付きをしているからだろうな・・・いわゆるコネだ、コネ」
カータとポーラ以外の関係者がオッケーをしていたということは、元から今回の『派遣』に当たる仕事は決定事項だったのは想像に難くない。
事後承諾のような形になってしまったのも、二人がまだ九級という低級魔装士であるがゆえだろう。
「へぇ・・・んじゃ、また後日あちらから連絡が来たら俺に一報くださいよブロンさん」
「あぁ」
短く派遣の概要と説明を受けたカータは、ブロンとポーラに挨拶をしてから自宅に戻った。
『最高責任者室』
カータが自宅に戻った後に、ブロンとポーラはギュラムとカータの戦闘について話し合っていた。
「カータ君がぼろ負けだったのか」
「ええ。浮かない顔をして話していたから」
「彼はハーリンさんの息子だし、あの戦闘センスは受け継いでいるはずなんだがな」
ブロンは現役時代のハーリンを頭に浮かべてそう言うが、ポーラはあまり良い顔をしていない。
「ハーリンさんと彼を今の段階で比較するのは止めて。私もお父さんのことを言われて、学院で窮屈な思いをしていたんだから」
「あ、あぁ・・・すまない。しばらく経っていたから忘れていたよ」
ブロンは過去にポーラが魔装士学院に通っていたことを思い出したのか、申し訳なさそうにしていた。
「カータさんの前で同じことは言わないようにね。恐らく、カータさんはここ最近の戦闘で自分が敵に負け続けているって思っているだろうから」
「・・・ずいぶんと詳しいんだな」
ブロンは目を細めてポーラを見るが、特に彼女は気にした様子では無く、答える。
「あれだけ近くにいて分からないと言う方が不自然よ。私はカータさんに恩があるし、学んだことも多いの・・・それに副団長だし」
「・・・」
ブロンがお見合い相手にと用意した男性をことごとく切り捨ててきたポーラが、ここまで異性に気を掛けるの初めてであったため、言葉に詰まる。
「これから先の仕事でカータさんもきっと成長するだろうし、私もそれを支えていくつもりだから。しばらく縁談の話は延期にしてね」
「あ、あぁ」
そう言い残すと、ポーラはこれで終わりとばかりに部屋を出ていった。
「・・・カータ君か」
ブロンは幼き頃のカータを脳裏に呼び起こすと、ふふっと笑みをこぼしてしまう。
デスクに広げていた縁談に関する書類を引き出しにしまうと、本日中の締め切りの依頼書整理を始めた。
『ジークドリア最高責任者室』
ジークドリアの魔装士機関にある粗雑な一室で、最高責任者の『ハイント・コフマ』はサムルドから派遣として来ていた二人の魔装士の活動記録を見つめていた。
ハイントの見た目はブロンと同じような筋肉が全身を鎧のように包み、髪は白髪混じりの黒髪である。
かなりの強面であるのに比べて、その瞳は一重で空を彷彿とさせる空色のものだ。
ここ、ジークドリアの魔装士機関の紋章である『竜』は、ハイントをモチーフにして付けられたのだが、本人はそれを知らないという。
御年『五十』にもなったハイントだが、この歳になっても魔装士としての腕前は衰えていないのか、現役時代よりも魔獣・魔物討伐や大型魔石の収集依頼に従事していた。
「カータ・ルメシスとポーラ・ネシートか。半年をも討伐依頼をこなしておきながら、一度も大きな怪我をせず、城下町で騒ぐ輩も鎮圧する・・・かなり使える駒であるのは確かだな」
あの険悪な仲のブロンを頼った機関の事務係を恨めしく思いつつも、ハイントはある側面では感謝もしていた。
「実力を持っていながら我が魔装士機関に腰を落ち着けないオリプスとは大違いだな。ふん、まぁいい。あいつが使えなくなったらサムルドからこちらに『来てもらう』ことにするか」
いつも平野をうろついている、ある四級魔装士を思い浮かべてしまいそうになったが、いかんいかんと首を振る。
「ジークドリア王が何を考えて『戦闘禁止令』を出したのか知らんが、ここは闘争の町だ。このまま何年も続けるつもりなら」
ハイントはデスクに広げていた、にっこりと微笑むカータが写る写真と、むすっとした表情で写るポーラの写真に小型ナイフ二本を両方の頭部に突き刺す。
「こいつらを使って奴を暗殺でもすることにするか」
コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえると、ハイントは豪快に『ちっ』と舌打ちをさせながら、迎えに行った。
今回で第一部は終了です。
次回は一部のキャラまとめ、その後に第二部に入っていきます。