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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第一部 銃使いと白い少女
4/10

<四章> 仕事と成長と障壁

サムルドから南の平野




しばらく車の中で待っていると、あの薙刀を持つ男性が凄まじいスピードでこちらへ走って来た。


二分程すると、停車している魔装車(マジスビークル)のすぐ横に現れる。


「よぉ!オリプス!また派手にやったなぁ!」


「あー・・・まぁ、メンドクサイんでね。あれの方が魔獣もビビるらしいっすよ」


車の窓越しに話す二人はかなり親密な仲だと見られる。


「ここらで武者修行していたってのは聞いていたが、まさかこうも偶然に会うとはよ」


「そうっすね。そろそろこの辺りの魔獣はいなくなると思うんで、またボチボチ移動してやつらをなぎ倒す旅に出ますよ」


「おいおいおい・・・お前、返り血で髪も服も汚ねーぞ?一旦ジークドリアに戻ってからでも遅くはねーだろ」


「確かに最近戻ってないっすからね。とりあえず級の称号は持っていて損じゃないですし、更新手続きをしに行きますか。服と髪はついでに」


話題は尽きないのか、二人の男は楽しそうに話している。


そこでオリプスは後部座席にいる二人に気付いたのか『おや?』という顔で見て、不思議そうに首を傾げた。


「あぁ!紹介するのを忘れていた。後ろにいるサムルドの嬢ちゃんとぺーぺーは俺の仕事でジークドリアまで届けないといけない魔装士さんだ」


「あぁ、客人・・・確か『リルバ』さんはサムルドとジークドリア間の橋渡し役を生業にしているんですっけ」


「あぁ、その中でも今回は重要な仕事だからな。なるべく『夫婦』の会話を邪魔しないよう、運転中は黙っていたんだ」


「この歳で結婚か。ずいぶんと早いな」


どうにもあの運転手はカータとポーラが夫婦だと思い込んで、空気を読んで沈黙を貫いていたらしい。


「まぁいい。お二人さん!こいつも乗せていきたいんだが、いいか?」


先ほどと同じ台詞を嬉しそうに言うリルバは拒否することはないだろうと思っているようだ。


「ええ・・・私は構いませんが」


「俺も大丈夫です」


カータとポーラの了承を聞くと、リルバはオリプスを助手席に乗せた。


乗車したオリプスは早速こちらへ顔をニュルッと覗かしてくる。


「いきなりすまんな・・・ちょいと相乗りさせてもらう」


「いえいえー俺は良いですよー」


カータは特に警戒していないようだが、ポーラはこの優しそうに見える男性を少しだけ不審そうに見つめる。


オリプスという人物は人懐こい表情が特徴な男だ。顔はカータよりも男らしく、整っている印象。瞳の色は炎のように赤く染まり、全身の筋肉は完全にブロンよりのものである。


栗色の短いぼさぼさしたくせっ毛に、半袖と短いジーパンという服装でいると、その凄まじい筋肉はさらに強調される。


カータが男の子らしいというならば、オリプスはまさに男らしいという言葉が似合うだろう。


「二日くらいの短い旅だが、一応自己紹介をしとくか」


オリプスはニコッと笑うと自分の情報を開示し始める。


「俺の名前は『オリプス・ナケイル』だ。今年で二十四になる。さっき見ていたのかもしれんが、薙刀の『シベラ』と一緒に『クビ』にならんよう魔装士としての仕事をしつつ、ここらへんの魔獣を狩って修行をしている。最近はここの奴らも相手にならんから退屈してるんだけどな」


最後の発言はどうでも良いのだが、本音のように溜息をついている。


「どうもどうも!俺の名前はカータ・ルメシスです。十九です!それにしてもオリプスさんの肉体ってどう鍛えればそこまでムキムキになるんですか?」


「そうだなぁ・・・トレーニングに加えて魔獣狩りをしてればおのずとなるぞ」


「本当ですか!いや、でも俺には無理かもしれない・・・」


カータとオリプスは早速打ち解けたようだが、ポーラはあまり会話に入ろうとしない。


「そっちの奥さんは何て言うんだ?」


オリプスはポーラの方を見ると質問を投げかける。


「・・・ポーラ・ネシートと言います。それと、カータさんとは結婚していませんので奥さんは止めてください」


「わりぃわりい・・・おい、リルバさん。二人はただのチームらしいぞ」


ポーラが無表情でそう告げると、オリプスは少し申し訳なさそうに謝罪をしつつ、リルバに体を向ける。


「あぁ!そうなのか!俺はてっきりそうなんかと!お似合いだしな!」


誤魔化すようにリルバは笑っているが、反省はしていないようだ。


「ねーねーポーラ」


「・・・」


「俺たちお似合いだってさ」


「・・・」


カータがニヤニヤしながらポーラにちょっかいをかけるが、完全に無視されているようだ。


「おいおい、その子・・・ポーラだっけか。あんまりいじめてると拗ねちまうぞ」


「大丈夫ですよ!ポーラも冗談だって分かっていますし」


またもや後部座席に顔を覗かせるオリプスはポーラのことを気遣っているようだが、カータはおちゃらけている。


「カータさん」


「うん?なになに?」


「病室で泣いてしまったのはどうし」


「だぁ!だーん!だーん!」


ポーラが淡々とあのことを言い出す前に、カータは大声でかき消す。


「お、おい・・・どうしたカータ。そんな奇声を上げていたら、変人に見られるぞ」


いきなり叫び出したカータに引き気味でオリプスはこちらから目を背けようとするが、変な青年は慌てて弁解する。


「い、いえ・・・ちょいと不都合がありまして」


完全に落ちつきを無くすカータは数秒前とは別人のようだ。


「カータさん。あまりおふざけをしていると、次の日まで無視しますから」


「え、でもポーラもお似合いって言われて、まんざらでも」


「・・・」


「ごめん!本当に!無視するのは勘弁!俺には(話し相手が)ポーラしかいないんだしさ!」


カータは必死に謝罪をしていたが、ポーラは外の風景を話し相手に決めたように背を向けてしまった。


「ほら、言わんこっちゃない」


オリプスは呆れながらポーラを指さす。


「はぁ・・・これで明日まで無視される」


がっくしと落ち込んでいるカータだが、すぐに明るい表情に戻る。


「しょうがない!じゃあ、オリプスさんが俺の話し相手になってください!」


「おう、いいぞ。丁度俺もサムルドには興味があったんだ。そっちから話してもらっていいか?」


カータは教えてと言われたことが嬉しかったのか、生き生きと話し出す。


「サムルドは何と言っても魔装国ですからね。とにかく魔装と魔兵器の研究が盛んです。それに加えてブロンさん・・・あぁ、隣のポーラのお父さんなんですけどね。その人がもう、とっても強いらしくて!俺の父さん、ハーリンと同等らしいんですよ!」


「お、おう・・・そうなのか?俺はサムルドの魔装士はあまり知らんからな。名前を出されてもよく分からんが、カータの顔を見る限りすげー奴なんだろう」


オリプスは黒い青年のアバウトな国紹介を馬鹿にはせず、しっかりと受け答えをしている。


「・・・カータさんの説明では不十分過ぎます。それにサムルドには魔装以外にも自慢できるところがあるじゃないですか」


たまらずポーラが口を挟む。


「あ、ポーラ機嫌は・・・」


「サムルドはジークドリアよりも兵士の質は低いかもしれませんが、他国の専門技術を満遍なく取り入れていますので、物価は少々高いものの、職にさえ就いてしまえば安定した暮らしを送れると思います。もし、オリプスさんが腰を落ち着けたいと思うならば、こちらに移り住むことを視野に入れても良いかもしれません」


カータの声は無視してポーラは告げる。


「お、そうなのか。噂だと魔装の研究以外はヘンテコとか聞いていたが、やはり住んでいる体験を聞かないと分からないな。今度からはサムルドに行くことも考えてみる」


オリプスは機嫌が良さそうにうんうんと頷いているが、ポーラにはあまり行こうと考えているようには取れなかった。


「カータさんはいつまでおどおどしているんですか」


ポーラはカータを見ながら平然とそう言うが、無表情のため怒っているようにも見える。


「え、だってさ・・・あ、いや本当にごめんよ。俺も本気で言ったわけじゃなくて」


カータは完全に謝りモードで頭を下げようとするが、それをポーラがやんわりと両手で阻止するように肩を押さえる。


「私も本気で言ったわけじゃないですよ。いつもからかわれている仕返しです」


優しく微笑みを浮かべるポーラは先ほどの冷たさは全く感じられない。


「ポ、ポーラ・・・!」


思わず手を握ろうとしたが、ポーラはさっと手を引っ込めると『触っても良いとは言ってません』と言いながら正面を向く。


「あはは!もう完全に尻に敷かれてんなカータ!」


オリプスはげらげらと笑っているが、カータはどうも腑に落ちない。


「んじゃ!次は俺の番だな。今のやり取りを見た後だとつまらんかもしれんが、聞いてくれたら助かる。俺も人と会うのは久々だから話したい」


オリプスはふぅと息を整えると、こちらに向き直る。


「ジークドリアの方はまぁ何と言うか、戦いが命な国だ。サムルドは色々な技術があると聞いたが、こっちは特に特筆したものなんてない。魔装も施設も他の国からの技術者頼りになっているしな。その代わりと言ってはなんだが、他国に比べて国の周辺は安全だと思うぜ。兵士も魔装士も何かを狩りたくてうずうずしているからな。近くの魔獣と魔物に負ける奴なんかいねぇし、あんまりにも獲物がいないと仲間同士でヤりあうなんて日常茶飯事だ。俺も昔はしていたが、最近はどうも疲れちまってな」


にこっと微笑みながら話すオリプスは昔のことを思い出しているようだ。


「人間関係が煩わしくなって、ここ数ヶ月は国に名前だけ置いてフラフラしてるんだ。あ、もちろんお前たちは違うぜ?いきなり殴ってこないしな」


「えぇ!そんなにやばい国なんですか!」


カータは露骨に嫌な顔でポーラに何か訴えてくる。


「お父さんの言っていた通りですね」


ポーラもサムルドとは異なる文化に顔をしかめている。


「よそから来た奴なんかはそうだろうよ。俺も昔から変だと思っていたが、親も周りも『当然』って言っていたから従ってたさ。んで、ここ数日間で仲間同士あるいは魔獣なんかと戦いまくって死傷者が後を絶たないことに焦ったジークドリア王は急に国内での戦闘行為を禁止にした。俺は別にどうとも思わねーけど、中には反発している奴もいるし、王を殺すとかいう奴の話をどっかで聞いたな」


オリプスは自分の国の王が危機状態に陥っているかもしれないのに、特に何も思うことはないらしい。


「あ、それよりも。さっき二人共、俺の地面割り見てたんだよな?どうだったよ」


ポーラはそれよりもの話があれなのかと首を傾げるが、カータは興味津々の表情だ。


「ええ!あれは本当に驚きました!魔獣に囲まれているのに全くビビらないオリプスさんもそうですけど、あの地割れ攻撃!とても素人ではできないですよね!失礼ですけど、今って何級なんですか!」


どうもカータは興奮するとおだてるのが上手くなるらしく、褒められているオリプスは満面の笑みになってしまっている。


「おう!よくぞ聞いてくれた!俺は今『四級』だ!ジークドリアで最短日数『二か月』でこのランクに行ったやつはいないらしいぞ!」


ドヤ!と自慢げにそう話すオリプスに対し、カータも尊敬の眼差しをしているが、ポーラは最短日数という言葉が引っかかっていた。


「最短でと言いますが、魔装士の級は半年ほどノルマをこなさなければ指定課題を受けられませんし、いくら早く上がったとしてもオリプスさんと同じような人もいるのでないでしょうか」


「うん?何で半年も待つ必要があるんだ?」


「え?」


どうもポーラの言う事とオリプスの考えていることにはずれがあるらしい。


「結果さえ出しちまえば級なんてボンボン上がるんじゃねーのか?俺はさっさと給料をもらいたかったから飛び級に必要な依頼だけ受けて、あとは四級の指定課題をクリア、そんで合格したから四級になったんだ」


「サムルドとは手順が違うんですね」


なるほどとポーラは合点承知したように口を閉じる。


「サムルドだと一級ずつしか上げられませんし、チームも二人以上じゃないといけないんですよ。そっちはどうなんですか?」


カータもシステムに違いがあるのに驚いたが、その他にもあるのかと思い質問。


「単独でも複数人でも何でもオッケーだ。闘争国って名前もあるらしいし、戦いさえ止めなければ特に何も縛りはないぞ」


それは暗に戦闘行為を止めたらどうなるか知らんぞと魔装士を脅しているような気がするが、ポーラは何も言わない。


「まぁ、俺は元々国に固執してねーし、国内事情はそこまで詳しくない。詳しいことは魔装士機関の職員に聞いてくれ」


「そうですね」


ポーラが短く返答。


「それにしても四級かぁ・・・凄いですねーオリプスさん」


またもや褒めだすカータだがそう思うのも無理はない。


サムルドでは魔装士の最終平均級は五級になっている。


これは年齢や怪我のせいで引退した魔装士の統計を取ったものであるため、基本的には合っていると考えられているが、ここ数年の魔装士の最終平均級は六級と右肩下がりになっていた。


運が良ければ四級まで行く者もいるが、現役の平均的な魔装士は七級が多く、十級でも暮らしていけるせいか無理に上げようと考える者も年々減少傾向だ。


これをどうにしかしようとブロンも頭をひねっているらしいが、またそれは別の話。


「そんなに褒めんなよ。お前だって普通の魔装士じゃないだろう?体つきはあれだが、腕は相当鍛えてあるしな」


オリプスはいつの間に観察していたのか、カータにニヤッと笑みを浮かべる。


「ふっ・・・気付かれてしまっては仕方がない。そうですよ、俺は銃使い(ガンナー)です!」


決まったと左腕を前に突き出すカータはニヤニヤしながら『流石オリプスさんだ』と付け加える。


「ありゃ?剣士だと思っていたんだが、違うのか」


あれ?と首を傾げるオリプスはうーんと何か考えているようだ。


「私も初めて見た時にはそういう類の魔装士さんかと思いましたが、見た目によらず、カータさんは銃を主に使うんですよね」


ポーラは前と同じようなことをサラッと口に出す。


「見た目によらずってのはよく分からないけどまぁいい。オリプスさんは薙刀ですよね。ということは俺なんか即やられてしまいます」


「まぁ、ガンナーと近距離職だしなぁ。何とも言えん」


オリプスが『勝てる』と言わないのはカータが一般の魔装士ではない雰囲気からなのか、気遣って言ったのかは判断できないが、ポーラは未だにオリプスという人物から警戒を解かない。


「おーい三人とも!そろそろ夕方だ!見張りを誰にするか決めておいてくれ!夕食は車にある保存食でもなんでもいいからよ」


リルバは三人にやや大きい声でそう告げると、平野のど真ん中で停車させた。


話をしている内に外はどんどんと暗くなっていたのか、もう夕日が沈みかけているため、運転手いわく走行はしないとのこと。


軽い夕食を終えて、しばらく車内でリルバ・オリプス・カータで色々な話をしていたが、ポーラはあまり話に参加しなかった。




時刻が日付変更に近くなると、長く運転をしていて疲れたのか、リルバは車内で先に就寝。


残りの三人は外に出て、マジスビークルの真横に体を預けて見張りをすることになった。


「明後日の昼くらいには向こうに着くからな。まぁ、このメンドイ見張りも我慢してくれ」


「俺は慣れていますけど、ポーラは健康な暮らしをしていますからねぇ・・・もう寝てるん」


カータが冗談を言いながら横にいるだろうポーラに視線を向けると、頭を下げ、規則的な呼吸を繰り返す・・・またもや眠り姫になっていた。


「確かに良い子は寝る時間だな」


「そんなこと言うと、ぶっ飛ばされますよ」


男二人でクスクスと笑う、オリプスとカータ。


カータを真ん中に左手はオリプス右手はポーラがいるため、二人に注意が行く。


これでいつ敵が来ても何とかなるだろうとカータが提案した座り位置である。


「起きている時はムスッとしていたが、寝てたらえらい綺麗な子だな」


オリプスはカータの隣からチラッとポーラの寝顔を見て小さく感想を言う。


「でしょう?俺の自慢の子です」


カータは意味も無く胸を張るが、オリプスは苦笑いだ。


「それで?」


「うん?」


いきなりオリプスは何かを聞いてくるが、カータは主語がないと汲み取れない。


「いやさ。お前らはただの仕事仲間ってわけじゃないんだろ?昼間の様子だと友達以下とも見えねーし、はたまた恋人にも思えない。何か複雑な事情でもあるなら俺に話してくれれば、アドバイスくらいは出来るぞ」


「うーん・・・オリプスさんの考えるような変な関係じゃないですよ。普通に俺が団長(リーダー)でポーラが副団長(サブリーダー)という関係です。確かに友達でも恋人でもない不思議な関係ではあるかもしれませんが、嫌でもないんです。例えるなら、そう・・・何も考えずに信頼できる人って感じです。ずっと一緒にいても苦にならないどころか、もっと一緒にいたいかなーとか思う時もありますし」


カータは特に隠さず素直に言ってみたが、オリプスは不思議な顔だ。


「何か聞けば聞くほどよく分からん仲だな。一緒にいたいってのは、恋心じゃないのか?」


「どうなんでしょうねー。恋かぁ・・・カップルとかになれたら良いのかもしれませんけど、何か違うんですよね」


うむむと唸るカータだが、どう聞いてもオリプスにはそうとしか思えない。


「もし、好きとかそういう感情が大きいなら俺は即アタックしてますね。ポーラはいいところのお嬢さんですし、さっさともらわないと他の男とお見合い結婚させられそうです」


カータは力無く苦笑するが、どうも浮かない顔だ。


「・・・何かあったのか?」


オリプスは自分の経験からこのような顔をする奴は何かあると知っていた・・・まるで昔の自分を見ているようで。


「知り合いの話なんですけ」


「お前の話だろ」


カータが全て言う前に牽制するオリプスは苦笑している。


「ばれましたか」


「そう言うやつは何回も見たしな。最初から自分の話って言えば良い」


今度はカータが苦笑するが、なぜか嫌な気分にはならなかった。


カータは軽く自分の過去とトラウマをぽつぽつとオリプスに話すが、歳があまり離れていない同性と話すのは久々だったせいか、ポーラには言ってない下品な話を途中からしてしまっていたが、オリプスがあまり良い顔じゃないとすぐに止める。


どうして知り合いになって一日も経たないオリプスにそこまで話したのかは分からなかった。


「なるほどね・・・それで自分の気持ちがよく分からないと」


「分からないというか、気付かなくなったのかもしれません」


カータは自分の弱いところを吐き出したせいか、スッキリとした顔をしている。


「この先も同じチームでやっていくなら後悔だけはしないようにやっておけよ?」


「・・・ですねー」


暗い平野で話す二人の男の声は小さい音量にも関わらず、異様に辺りに響いていた。




ジークドリア国入口




あの後も順調にマジスビークルで南に進み、何度か魔獣に遭遇したがこれといって問題事は起きなかった。


四級の魔装士というオリプスのおかげでカータとポーラは無駄に戦闘をしなくて良かったのは言うまでもない。


「とりあえず何かあったらマジスシグナルで連絡してくれ。基本的には俺はここに滞在しているからな」


運転手のリルバはそう言うと、城下町に入っていった。


「俺は国王から呼び出しがありそうな気がするからちょいと行ってくる。お前たちもここで仕事するんだろ?また機会があったら会うかもな」


「ぜひその時はご一緒に!」


二日でずいぶんと仲良くなった二人は別れを惜しむように神妙な顔で互いに親指を立てているが、ポーラには男の友情がどのようなものか判断できない。


「じゃあなー。ポーラとも今度はゆっくり話せたらー」


手を振りながらオリプスは国に入っていったが、こちらの返事を聞く前に消えていた。




「何と言うか本当に風みたいな人でしたね」


「かもねぇ。でもさ、ポーラもあんまり警戒しなくて良かったのに」


「・・・気付いていたんですか」


「あれだけ目を光らせてたら分かるさ」


はははとカータは笑う。


「確かにカータさんの思う通りでしたね。特に不審な点はありませんでした・・・申し訳ないことをしてしまったかもしれません」


「俺がおちゃらけ担当で、ポーラは真面目さん担当だし大丈夫でしょ」


二人が話をしながら国に入ると、その景観に驚かされる。




サムルドがレンガ造りの建物が多いのに比べて、ジークドリアは石を特殊な技術で加工しているのか灰色の建物がほとんどだ。


ほとんどの家は一階建てだが、その数は隣の家とあまり間隔がないせいか、相当あるように見受けられる。


異様なほどに建物があるため、城下町自体が軽い迷路のようになってしまっていた。


「何かけっこう『あれ』な雰囲気だね・・・」


「よそ者はすぐ分かるのでしょう。現にすれ違う人がこちらをチラチラと見ています」


カータも流石に初めての異国ではふざけないのか、いつでも腰のハンドマジスガンを取り出せるようにしてある。


しばらく進むと迷路のような家々から抜け出せたのか、遠くに大きな城らしき建物が見えてきたが、実際の目的地は魔装士機関である。


ただ、ブロンが言うには城の近くに魔装士機関があるため、城を目印にして直進すれば到着するらしい。


「そろそろかな?少しずつ家も減ってきたし」


「そうですが、路地裏も増えてきてます。よからぬ輩に絡まれないよう警戒していきましょう」


ポーラはカータよりも勘が鋭いのか自然な歩き方で周囲を満遍なく警戒。


さらに進むとようやく『魔装士機関はこちら』という看板が道の真ん中に建てられている地点まで辿り着いた。


「こっから直進したら着くのかなー」


「ここからだと見えませんが、私たちの進行方向にあるはずです・・・カータさん」


「うん?」


ポーラは一旦会話を止めると真っ直ぐ向いたまま小さな声で言う。


「・・・後ろの三角屋根の家から十メートル程左に誰かいます」


「・・・つけられているか」


「・・・恐らくは」


カータもポーラと同じように声を小さく、真っ直ぐ向いたまま上着に付いていたほこりをそっと落とす。


「・・・話が通じる相手なら良いんだけど」


「・・・ですね」


ここで小声会議を終えると、カータはいきなり後ろを振り向く。


「さーて!俺らに何の用ですか!こそこそしてないで出てきてくださいよ!さっさと!」


カータが両手を上げて大声を上げると、ポーラが言った通りの場所からガラが悪そうな三人の男が現れた。


「へっ!お前らよそ者だろ!」


三人の内の小柄な男が二人を後ろに引きつれてこちらにやって来る。


「それが何ですか?別にあなた達に何も迷惑をかけていないと思いますけど」


カータは小柄な男の目を見下したようにだが、しっかりと見つめる。


「あぁ?そんなのどうでも良いんだよ。俺たちは戦う口実が欲しいだけだ」


小柄な男がこちらを威圧するように腰から小型ナイフを取り出し、手のひらで見せつけるように刃をちらつかせている。


「なるほど。でもあれですよね。確かここってつい先日に国内での戦闘行為は禁止されたんですよね。『オリプス』さんに聞きました・・・オ、リ、プ、ス、さ、ん、に!」


カータは上位魔装士の名前をこっそり借りて、わざと大きな声を出す。


「はっ!だからなんだよ!あいつは今、平野でウロウロしてんだろ!知り合いなんていねー野郎だ!それが脅しになると思うのか?あぁ?」


だんだんと苛立ち始めたのか、後ろの男二人もナイフを取り出してニヤニヤとしていた。


「・・・ふむ。オリプスさんの名前はあまり効力が無いと」


カータはあまり恐れないのか『よしよし』と頷いている。


「てめぇ・・・俺らのことを舐めてんだろ!」


「俺は男をナメル趣味はないので他を当たってください」


激怒する小柄な男に対してカータはニヤニヤと挑発の笑みだ。


「てめぇ!ちょいと痛い目に」


男が何か言う前にその右手はグキ!っと痛々しい音を立てて普通には曲がらないような方向に無理矢理曲げられる。


「ぐわぁ!何で・・・くそ!」


ナイフはどこかに飛んでいったらしく、小柄な男は必死に手首を押さえているが、相当痛いらしい・・・涙が出ている。


「正当防衛です。こちらは武装をしていないのに対し、そちらは刃物で斬りかかろうとしましたので」


ポーラはカータも気が付かない動きで小柄な男の手首を思い切り蹴り飛ばしていたらしい。


魔装を解放していないのにすごいな・・・


「くっそ!おい!お前らやれ!」


小柄な男は二人に指示すると、一人は近くにいるカータにもう一人はポーラに目がけてナイフで斬りかかってくる。


「この野郎!」


「そい!」


馬鹿正直に突き出してくる刃を軽く身を反らして回避したカータは抜き撃ちクイックドロウで男のナイフを正確に射撃。


カキーン!と金属音を立てると、ナイフの刃は真っ二つに割れて使い物にならない状態になってしまった。


「至近距離で銃かよ!」


「あぶねぇ・・・何とか成功した」


ありえないという表情の男に対してカータは内心外れたらどうしようとドキドキしていた。


「くっそ!」


素手では拳銃に勝てないと悟ったのか、男はへなへなと座り込んでしまった。


「ふぅ・・・動いたら撃つからな」


カータは軽くハンドマジスガンを男の目の前でちらつかせると、ポーラの方に目を向ける。


「だぁ!」


もう一人の男は三人の中で一番大きいのか思い切りポーラにナイフを上から振り下ろす。


「・・・」


ポーラは無言で全く隙の無い動きで回避すると、すかさず男の靴・・・正確には足の親指を全体重で踏み付ける。


「がぁ!」


怯んだ男の腹にポーラは容赦なく右腕の肘で内臓に負荷をかけようとしたが、少しずれたため、みぞおちにクリーンヒット。


「ぐふっ・・・!」


倒れかけた男が顔を上げようとする前に、顔面に鋭い回し蹴りを放つと流石の巨体も数メートルほど転がっていき・・・沈黙。


「大きいだけにタフでしたね」


相手にならないという顔でこちらに戻ってくるポーラに恐怖を覚えるカータだが、味方だと自分に言い聞かせる。


「す、凄いですねポーラ」


「・・・何ですか」


ポーラは額に汗を垂らすカータをちらりと見るが、すぐさま意識を座り込んでいる男二人に向ける。


「あ・・・あの・・すみません」


「ずみま・・・ぜん」


大の大人二人が一人の少女に完璧な土下座をしているのはどうも滑稽だ。


「今回は素手のみでしたのでそれほど痛くはないでしょうけど、次は何か切り落としてしまうかもしれませんので覚悟していて下さい」


無表情で危ない発言をしているが、カータはこれが彼女の平常顔だと知っているため、あまり恐怖はない・・・と思うようにした。


こちらがこれ以上何もしないと知ると二人は気絶する一人を置いたまま、逃げていったがところどころで腰を抜かしそうになっているのを見ると情けない。


「あいつらは魔装士じゃないのかな」


「でしょうね。多少は武術をかじったようですが、あくまで素人です・・・一般の人が多いこの辺りでは威張り散らせていたのではないでしょうか」


遠くに行く二人を見ながらカータとポーラは看板の書いてある通り、魔装士機関を目指して足を進めた。




ジークドリア魔装士機関




ここまで来るのに何人かの男達に多少絡まれたが、何とか入口まで辿り着いたカータとポーラ。


サムルドの魔装士機関よりは小さい建物だが、外観はあまり変わっていることはなく、異国の地でも不思議と懐かしさを覚える。


「サムルドと外観も内装も変わらないねー」


「他国の技術者に頼り切りとオリプスさんも言っていましたし、恐らくはサムルドの建築士の方が建てたのかと」


機関の中に入るとやはりサムルドと同じように受付が複数あり、待機ソファもぽつぽつと置いてある。


「早速受付の人に派遣の者でーすって言いに行こうか」


「ですね」


カータの隣に位置するポーラだが、気を抜いてないどころか、先ほどの襲撃以降さらに警戒を強めている。




「こんにちはー。サムルドからの派遣魔装士、カータ・ルメシスとポーラ・ネシートです」


「どうもこんちには。最高責任者からお話は伺っております。早速明日からお仕事をしてもらいますが、サムルド国とはシステム面は少々異なりますゆえ戸惑うことがあるかもしれません。何か分からない事がありましたら、こちらから随時説明をしますのでご安心下さい。それと念のため、認定証をお見せ下さい」


カータにそう言う受付の男性は少し早口気味のせいか、リリンよりも対応が冷たく感じる。


カータとポーラは認定証を渡すと、しっかり書類と見比べて、返却。


「ありがとうございます。詳しい説明はまた明日致しますので」


受付の男性は短くそう言うと、もうこれで終わりというようにこちらから目をそらして、別の書類に手を付け始めてしまった。


とりあえず事務的な処理は完了したため、二人はまたもや機関から城下町にとんぼ返りすることになる。




ジークドリア城下町 宿屋




「とりあえずここでいいよね。あんまり機関から離れるのもめんどくさいし」


「ですね。少し手入れが行き届いていない気がしますが、これは自分でやれということなのでしょう」


カータとポーラは魔装士機関から出ると、迷路のような住宅街にあった宿屋に訪れていた。


サムルドでは綺麗好きな民が多いため、建物の中には掃除専用の職員がちらほらいたのだが、ここの国では客に対するサービスは薄いようでそういった人物がいないようだ。


現にポーラが宿屋の看板に指を這わせたと同時に木くずとほこりがパラパラと落ちている。



「・・・一泊の値段は銅貨九、二人で十八だ」


入口でカータが受付に泊まることを言うと、不愛想に接客をする五十代ほどの男性が品定めするようにチラチラと見てきていた。


「半年の間、部屋を借りたいんですけど可能ですか?」


「一か月毎に更新するなら大丈夫だ」


「おぉ!ありがとうございます!」


カータがよし!と握りこぶしをしているのを遠巻きに眺めるポーラは少し高いのでは?と疑問を感じていた。


サムルドの宿屋ではディナーとモーニングを合わせて一泊、銅貨十三であるのに比べてここは何も食事は付かず、お世辞でも綺麗とは言い難い内装でこの値段だ。


サムルドの魔装士である象徴、獅子の紋章がある上着をを見て、ぼったくられている可能性も捨てきれないとポーラは思っていた。


「カータさん。他の宿屋では銅貨六枚ですし、移りましょう。私も無限にお金があるわけではないので」


ポーラは試しに受付に聞こえるようにカマをかけてみる。


「えぇ!そうなの!ちょいと受付さん!」


「・・・し、知らねぇ」


味方のカータが無駄なリアクションをしているせいか、受付の男性もたじたじだ。


よし、もうひと押し・・・とポーラはカータの腕を引っ張りつつ『他の人にぼったくり宿屋だーと言いましょう』など適当な台詞を残しつつ、入口から出ていこうとしたところで受付がいきなり叫ぶ。


「わ、分かった!お前らは魔装士だから少しくらい大丈夫だと思ったんだ!」


「・・・正規の値段は?」


白状した男性にポーラは無表情で尋ねる。


「一人につき銅貨五枚だ」


「・・・」


「これは本当だ!信じてくれ!」


流石にこれは本当だろうとポーラは一応判断し、銅貨十枚の代わりに部屋の札を受け取った。




宿屋一階 カータとポーラの部屋




二人が取った部屋はどうも少し大きいようで、成人男性が寝転んでも大丈夫なベッド三つほど並べてもまだスペースがある程度には広かった・・・というのはカータの感想でポーラが言うには二十畳ほどの大きさらしい。


因みに浴室と洗面所は備えられている。


「へぇ・・・値切りかぁ」


カータは半年お世話になる部屋の床を布で掃除しながらポーラに話しかけていた。


「この辺に住む人は詐欺まがいのことはすると思っていたので。あと、あれは値切りではなく脅しです」


ポーラは部屋の窓を布で綺麗にした後に、てきぱきとテーブル・椅子・風呂の掃除をしていた。


「俺はそんなことを平然とするポーラに恐怖を感じるよ」


「有限であるお金は大切ですし、綺麗事は言ってられません」


カータが布を水でごしごしと洗っている内にポーラは自分の担当場所が終わったのか、椅子に腰かけて休んでいる。


「それに今の私たちは手持ちのお金しかないんですから。サムルドに戻るまでは節制しますよ」


「だよねぇ。俺も全財産持ってきたけど紙幣一枚しかない」


「・・・半年ですよ」


ポーラはカータの甲斐性に頭を抱えつつ、自らの手持ち金を見せる。


「私は紙幣五枚と金貨五枚に銅貨二十枚ですけど」


「わぁーお。それだけあるなら余裕じゃない?」


「食費と宿代以外にも日用品・武器代があるので多いとは言えません」


カータとポーラはどちらも消耗品である銃弾を使用するため、武器代は馬鹿にならない。


「確かにそうか。じゃあ、ハンドマジスガンはなるべく使わないで魔装を使えばいいかな?」


「平野に出れば魔石がそこらにあるでしょうし、魔素はどんどん使ってもいいかもしれませんね」


しばらく前にマーニーが言っていたように、平野では魔石が自然生成されているところがあるため、国外でも立っているだけで空気中の魔素が体に蓄積され、ほとんどの魔装士は十二時間ほど経つと、体内の魔素が満タンになる。


「ただ、仕事中に強敵と遭遇する可能性があるので、常に半分以上は魔素を残しておきましょう」


「だね。いざって時に魔装を出せないとかシャレにならないし」


カータも話しながら床をふき終えると、あらかた過ごせるくらいには部屋が綺麗になった。


「よし!これでオッケーかな。そろそろ昼だし、何か食べに行こうか」


「ですね。明日からお仕事ですし、遠出は出来ませんがついでに買い出しもしておきましょう」




その日の夜




カータとポーラは昼から夕方にかけて適当に食材と必要な日用品を買いそろえると、宿屋に戻り、部屋に設置し、夕食を済ませて後は入浴、寝るだけという時間になっていた。




「お風呂は順番ですけど、私が先にもらっても良いですか?」


「どぞー。俺は昼にもらったこの城下町マップと明日の仕事欄に目を通しておくからさ」


ポーラが浴室に消えた後、カータは宣言した通り、マップを眺めていた。


「(一通り歩いてみたけど、やっぱり広いよな。家が多いのと外観が似たような建物が多いせいかすぐにでも迷子になりそう)」


昼に歩いた城下町を思い出しながらうむむと唸る。


「(またいつぞやの戦い好きな男達と会うのは勘弁だし、路地裏には気を付けないと)」


今度は魔装士機関で配布されている一週間のお仕事欄に目を通す。


「(ほとんど討伐系だなこれ・・・収集も魔石ばっかりだし。サムルドにある豊富な依頼は兵士の人たちがやっているのかねぇ)」


カータがぺらぺらと紙をめくっているとポーラが寝間着になった姿でこちらにやって来る。


「上りました。今日は少し気疲れしたので先に寝ますね・・・お休みなさい」


「十分で上がって来たのね・・・うん、お休み」


カータの返事を聞いたのか、ポーラは念のためということでスポウダムを解放し、枕元に置きつつベッドに横になった


「弾を生成しなければ、二十四時間くらいは出しておけるんだっけ。凄いなーポーラ」


カータは思わず口に出してしまったが、これも聴覚強化の恩恵が発動している彼女には聞こえているはずだ。


「完璧な見張り姫のおかげで俺もぐっすり眠れるよ。じゃあ、明日のために就寝すっか」


カータは適当に枕を頭の下に入れてベッドに寝転んでみると、明日の事で頭が一杯になっていたはずにも関わらず、意識はすぐに無くなっていった。




ジークドリア国近くの平野




朝一番に魔装士機関に訪れたカータとポーラは昨日の受付の男性から仕事の説明を受け、国のすぐ近くにある平野で目標が現れるのを待っていた。


「ノルマやボーナスなんかはサムルドの機関とあまり変わらないんだね。逆に言えば、これ以外は案外テキトーだったけど」


「ですね。あ、そうそう。今日のお仕事は先日オリプスさんがなぎ倒していた『鵞鳥』型の魔獣を十匹です」


「・・・聞いていたよ?」


「そうですか」


カータが人の説明を聞かない性格なのはポーラの中では常識になっているため、今回もそうだろうと思っていたが、どうもしっかりと聞いていたようだ。


「全くもう!失礼しちゃうなぁ!俺だってたまにはしっかり聞くのに!」


「・・・もう少し信用されるような行動をしてからそういうことを言ってください」


ぷんすかと音が出てもおかしくはないような顔で抗議するカータだが、それも異国の地で命の危険があるという現実を紛らわせようとしているに違いないとポーラは感じ取っていた。


「(素だったら流石に子供過ぎな気がする・・・冗談だとは思うけど)」


ポーラがカータの茶番劇を横目で流していると、前方の林のすぐ横から、小さく魔獣らしき影がこちらに来ていることが視認できる。


「来ましたね。この距離だとカータさんのサイフォスでは届かないと思いますし、今回は私に任せてください」


「お?行けるの?けっこう遠いよ?」


カータの疑問を解消するように、ポーラは自身の魔装のスポウダムを無詠唱で解放し、立射の姿勢で狙撃銃(ライフル)を構える。


「・・・ふぅ」


ポーラは小さく息を吐くと、推定距離1800メートルほどの対象である鵞鳥型の魔獣一匹に向かって発砲する。


ビュン!と小さな音を銃口から慣らす銀色の鋭い弾丸は、平野の優しい風を受けてもなお弾道は曲がらず、一直線に飛んでいく。


次の瞬間には、魔獣の頭を貫通し、血しぶきをあげた光景だけが、カータの目に映った。


「おぉ・・・すげーや」


カータが珍しく静かに感嘆の声を上げているのは耳に入れずに、ポーラは続けて驚愕している仲間の鵞鳥型魔獣を全てスポウダムで狙撃(スナイプ)してしまった。


「こんなものですね。今日は風が少ないですし、好条件でした」


平均のスナイパーの狙撃限界距離をゆうに超えてそう言うポーラは何ともないといったように、撃ち切ったスポウダムの弾を再装填(リロード)している。


「いやはや・・・遠距離が一番得意だと聞いていたけど、ここまでとはね。俺だったら絶対無理だわ」


「でしょうね。私もこの技術を手に入れるまで何年もかかりましたし、仮にカータさんが一朝一夕でこれをマスターしてしまったら傷つきます」




その後は比較的順調に事が運び、昼が過ぎるころには鵞鳥型魔獣十匹の討伐が完了していた。




「ほとんどポーラがやったねー。俺は見ていただけだったよ」


「たまには私にも活躍させてください。この前の鎧豚(アーマーピッグ)三種の矛(トロワパイク)ですらカータさんの手柄なんですし」


「俺は別に大したことはしてないさ。ポーラがいなかったら倒せたかも分からないし」


カータはここ数日ポーラと過ごしてみて、自分がいかに早計に行動するのかを身に染みて感じていた。


アーマーピッグ戦の時は回避のタイミングを誤り重傷を受け、宿屋の受付では危うく無駄な出費をすることになっていたかもしれないのだ。


次もこのように何とかなるとは思えないのを医療機関で実感したカータはポーラの『慎重さ』を思考に入れようとしていた。


「少し変わりましたね、カータさん」


ふふっと小さく笑いながらポーラはスポウダムを自身の中に戻し、平野の草の上に腰を下ろす。


「まぁね。俺も少し前まではさっさと父さんを探しに行こうかと思っていたけどさ。あのアーマーピッグですらまともに勝てない弱っちい俺が父さんを行方不明にしたヤツと一戦交えるなんて無理ってことに気付いたんだ」


カータもポーラの横にどさっと腰を下ろしながら、自分の右手を開け閉めしながらそう言う。


「もしかしなくても私の影響ですか?」


「分かっていて言ってるよね・・・」


ポーラはカータの顔を横目で見ながら、笑みを浮かべて続けた。


「私もカータさんを見習おうと思いましたよ。あの無謀さと単純さはなかなか他の人には見られませんし」


「馬鹿にしてるじゃん。子供っぽいのは否定できないけどさ」


はぁとカータが溜息をもらすのを待たずに、ポーラは『でも』と言葉を一旦止める。


「そんな子供っぽいところが私には足りませんからね。先ほどに無謀と言いましたが、カータさんは意味のある無謀さです。私には決して真似できない勇気ある行動だと認識していますし、そこがカータさんの魅力なのかもしれません」


ポーラが遠くの空を見つめながら素直にそう言うと、カータは照れくさそうに地面の草をぶちぶちと抜いては投げ、抜いては投げという意味の分からない行動を取り始めた。


「えぇ?て、照れるなぁ・・・もう、ポーラったら!」


「・・・持ち上げると、こうなるところはいただけませんね」


『嘘だったのかよ!』というカータのチョップによる突っ込みを華麗に避けると、ポーラは今までに感じたことのない嬉しさを胸に抱き始めているのを自覚せずに立ち上がり、城下町に走り出すのであった。




『ジークドリアでの活動記録




初仕事から一か月


鵞鳥型魔獣九十八匹討伐


豚型魔獣二十八匹討伐


小型の魔獣四十九匹討伐(名称不明)


オシの顆粒700グラム収集


カララの実と花三十収集


魔石(小)四十九個収集


魔石(中)十八個収集


以下の素材は名称不明


丸い種のようなもの

ツルと草が絡んだ木のような物

根が赤く光る雑草



以降五か月は前述したような魔獣を討伐し、素材をひたすら集めた』




サムルド魔装士機関待機ソファ




「ふむ・・・これが報告書か」


「はい!俺が書きましたよ!ブロンさん!」


半年ぶりにサムルドに戻ってきたカータとポーラは特にこれといったトラブルに巻き込まれることはなく、派遣の仕事を終えて、今まさにブロンにジークドリアでの活動記録を手渡していたところであった。


因みにオリプスとはあれ以降会っておらず、連絡先も交換していなかったため、サムルドに帰る時に声をかけられないでいた。


「お父さん。私は何度も書き直すように言ったんだけど」


ポーラはこの半年という期間で精神的に鍛えられたせいか、サムルドから出発した時よりも意志の強い瞳で実の父親をじーっと見つめる。


「少し見ない間にポーラは日焼けしたな。あっちらへんはサムルドと比べて気温が高いのに加えて日が強いから仕方ないのかもしれんが」


ふむふむとブロンは『白いポーラが焼けていい感じにギャップだ』と言いつつ、娘を見つめ返す。


「あの・・・報告書はこれでいいんですか?何かテキトーな感じで仕上げちゃいましたけど」


カータが思わず本音を漏らしているのに気付いていないのか、ブロンは首を傾げる。


「あーそれはどうでも良い。それよりも」


「どうでも良い訳ないでしょ」


ブロンのいい加減さは直っていないのに若干いらついたポーラがすかさず口を挟むが、あまり効果はないようだ。


「カータ君に客人が来ているらしいんだ。何でもハーリンさんについて情報を持っている人がいるとか何とか。これは名前が不明の少年からの手紙に書かれていたんだがね」


「えぇ!本当です・・・か?」


うっかり話を折りそうになったカータだが、ここは我慢と自分を抑える。


「あぁ。私はこの後、また一級の仕事でここを空けることになるから、付き合ってあげられないし、正直のところ、行くのをおすすめは出来ないな。いくら『イジヌ』の証明印があるとは言っても急にだったからね」


ブロンはあまりすぐれないように肩をすくめるが、カータは絶対に行くであろうと感じていた。


「・・・場所はどこですか」


カータはいつもとは異なる真剣な表情で静かにそう言うが、握りしめた拳はふるふると少し震えていた。


「君らが何度も行っている東の森にいるらしいぞ。ただ、カータ君一人で来いとも伝えるよう言われたが、これがどうにも怪しい。何かあるといけないしポーラも付いて行ってあげなさい」


「私は構わないけど・・・伝えられたことに背いてもいいの?」


ポーラはカータの想いを優先することにしたのか、この怪しい誘いを受けるようであった。


「どうだろうな・・・まぁ、私たちが勘ぐっているだけで、案外ハーリンさんの情報は無くて、どこかの女の子からの呼び出しかもしれないしな!」


カータの複雑そうな雰囲気を察したブロンは苦し紛れにそう言うが、カータもポーラもあまり良い顔はしていなかった。




サムルド東の森




昼を過ぎてからカータとポーラは念のため、いつもの武装をしてからこの森に訪れていた。


「あれかな」


「ですね」


森に入ってからすぐ近くに二人の男女がいることに気付かされる。




一人の男は短く刈り上げられた金髪に黒いサングラスをし、森には似合わない真っ黒なライダージャケットを身に着けてこちらをじっと見つめていた。


もう一人の女は隣にいる男と同じような金色の髪をストレートロングヘアにし、瞳の下には烏のような入れ墨、さらに目を引くのはその大胆過ぎる衣装だ。


踊り子が着ていそうな肩と胸を大きく露出させた服とは言い難い布を着こなしている女は男とは異なり、にっこりと不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。




カータとポーラは警戒しながら異様な二人組まで近寄ると、相手の方から話しかけてくる。


「君がカータ・ルメシスか」


「ええ、そうです。あの、とうさ・・・ハーリンについての情報があると聞いてきたんですけど」


金髪の男が確認の意味を込めてカータの名を呼んでいるのに気付いたのは、その男がいきなりこちらに向かって中段蹴りを仕掛けてきた時であった。


「っ・・・!」


油断なく警戒していたカータはすんでのところでその鋭い蹴りを横にサイドステップをして回避すると、すかさず腰に装着してあったハンドマジスガンを取り出し、発砲。


しかし、カータが放った紫色の弾丸は男の腹部に着弾する瞬間に、何か壁のようなものに阻まれて弾かれてしまう。


「なん、で・・・」


カータは必中したはずの箇所を見つめるが、そこには出血の痕跡はおろか、全く何も当たっていないようであった。


「・・・何が目的ですか」


ポーラは既にスポウダムを解放し、もう一人の女に向けて銃口を向けていた。


その瞳は静かな殺意に溢れ、次に動いた瞬間に撃つといったような佇まいだ。


「ふふふ♪やはり筋は良いようですね♪ギュラム様!」


「あぁ、私の目に狂いは無かったようだ」


ポーラの問いは全く無視しているようにそう話す二人の男女はこちらが完全に殺意を抱いているのに対して、どこか遊んでいるような雰囲気である。


「いやはやすまない。今日君を呼んだのはハーリンについて教えるというのは建前で、私が君と殺し合いをしたいと思ったからなんだ」


「そーですよー♪因みにそちらの『ぺったんこ』なこわーいおちびさんは邪魔だから私と一緒に来てねー」


女がそう言いながら何か手から落とすと、いきなりカータの周囲の音が無音になる。


「な、なんだこれ!」


自分の声以外の音は完全に別世界となった現象に驚きを隠せないカータだが、それ以上にポーラがいきなり走り出したあの女の後を追いかけたという事実の方に意識が行っていた。


十秒ほど経過すると、無音だった状態は無くなり、周囲の音が聞こえてくるようになる。


「驚いたか?これがあいつの『異能』だ。性格には難があるが、これがまた有用であるにも関わらず、私のために全て使うと言っているんだ。くっくっく馬鹿な女だ・・・滑稽」


何がおかしいのか、男は口を押えて笑いをこぼしている。


「・・・あんた。俺にどんな恨みがあって来た」


カータは敬語を使う相手ではないと判断し、男の顔をじりっと睨みつける。


「恨みなぞない。ただ、私は強い魔装士を殺したい。いや、それも最近は飽きてきているから、どちらかというと、殺されるほど強い魔装士と殺し合いをしたいというのが正直なところだな」


「・・・」


言っていることを理解しても意味が無いと感じたカータはすぐに魔装を解放する。


「解放・・・あんたに強いって思われるのはどうでも良いし、あんたの私利私欲のためだけに父さんの名前を使ったのは流石に聞き流せるもんじゃない。話し合いはできないんだな?」


「詠唱解放か。ふむ、ハーリンは無詠唱で解放できていたはずだが・・・まぁいい。そうだな、私は話自体が嫌いな人間だ。それに」


男は何も言わずに真っ黒な『全身鎧』の魔装を解放すると、両手を大きく広げてこちらを歓迎するような声音で言った。


「強くないやつは殺す主義だ」



次回で第一部の最終章です。


恐らくは戦闘メインになります。


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