表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第一部 銃使いと白い少女
3/10

<三章> 新たな出会い

予告通りです

カータの病室




依頼中にカータが重傷を負ったという知らせはすぐにマーニーとブロンに届いたらしく、二人は仕事を放り投げてお見舞いに来てくれていた。


「おいおい!大丈夫かいカータ君!」


いつも通りのやかましさで叫びながら勢いよくドアを開けたおっさんの声は療養中のカータにとって良い迷惑である。


「見て分からないのかい?ブロンは頭だけじゃなくて目もおかしくなったのか」


とても失礼な事を口にして病室にブロンと顔を出したのはマーニーだ。どたばたと走るブロンを抑えてきてくれたとのこと。


「お父さんうるさい。病院なんだよ?少しは静かにしてて」


花瓶の水を変えて戻ってきたポーラはジト目で父親を見ていた。


「そうは言ってもだな・・・」


「そうもこうもないよ。それに・・・」


そこで何を思ったのかポーラは口を閉ざす。


「それに何だ?ポーラ」


珍しく言い淀む娘の様子を不思議に思うのか、ブロンは聞き返す。


「何でもない・・・お父さんはもう帰っていいよ?カータさんも騒がしいのは嫌でしょうし」


二人でが来る前のカータが流した涙のことは黙っていてくれるらしい。


「そうなのか!カータ君!」


ポーラの言うことは全て信じているのか、そう叫ぶブロンの目は悲しいというよりもあり得ないだろ!といったようだ。


「うーん・・・無くはないですね」


正直のところ耳鳴りがするため、さっさと退散して欲しいが、せっかく来てくれたのを拒否するのは良心が揺らぐ。


イエスともノーともいえる適当な返事で曖昧にするのが吉だろうとカータは結論付けた。


「どちらでもないということは居てもいいのだね。よし、きっとそうだ」


勝手に自己完結したのか、病室にある椅子にドカッと腰を下ろす。


「はぁ・・・ごめんよカータ君。ブロンがいつも通りで」


「いえ、この人はこういうのだって知っていましたし」


流石の皮肉屋も大怪我をしているカータに悪いと思ったのか申し訳なさそうな顔をしている。


「お父さんも少しは静かにするってことを学べばいいのに」


花瓶をカータのベッド横にある簡易机に置くとポーラは窓の近くの壁に寄りかかった。


「うむ・・・ポーラが言うなら、まぁ」


反省しているのかいないのかよく分からない表情で、一応はうんと頷く大人と汚いものを見るような目でその大人を見つめる少女。


まるで立場が逆転したような雰囲気だが、これでもブロンは父でポーラはその娘なのである。


「それにしてもずいぶんとやられたねぇ。一応修行したはずなのに」


「あはは・・・いくら対人戦の特訓をしたといっても相手は魔獣でしたからね」


カータが話せる状態だと知ったマーニーはいつものように小馬鹿にしたような口調でそう言う。


「でも確か、カータさんはあの魔獣・・・アーマーピッグのことは知っていたんですよね」


ポーラは森でカータが叫んでいたのを思い出したかのように腕を組む。


「あぁ、うん。魔装士になる前、父さんが受けた仕事の情報を探している時に、色んな魔獣の知識を頭に叩き込んだんだ。いつか役に立つと思ってね。もっともその時は国から外に出てないから実際に戦うことはなかったんだけど」


「アーマーピッグねぇ・・・」


ポーラとカータの会話を聞いていたマーニーがそう口に出すと二人はそちらに視線を移す。


「まさかカータ君が相手にしたのはそいつだったのかい?」


「え、まぁ・・・」


カータが肯定するとマーニーはお得意の呆れた顔で手をふりふりと左右に振り始めた。


「あれは一応『七級』に昇格する『指定課題』になっているんだけどね。まさかただの十級依頼に出現するとは。王国の兵士はしっかり九級以上のやつらを駆除しているのかな?給料泥棒なんじゃないのー」


指定課題とはその名の通り魔装士機関が定める依頼だ。


基本的に魔装士はその指定課題をクリアすると上の級に昇格するが、どれも困難なものが多く、しっかりと実践経験をつまないとまともに立ち向かえるものはない。


それに原則として自身の級よりも高い級の仕事は受けられないため、まずは級を上げないと・・・というような甘い考えを持って挑むと手痛い仕返しにあう。


指定課題を受けるには色々と手段があるが一番メジャーなのは毎月のノルマを半年以上こなすかつ継続すること。


ただ、級が上がるにつれ課題の難易度は跳ね上がるため『九級昇格は簡単だったし八級もいける!』と油断する者は早々にお亡くなりになるというのは魔装士の間では常識になりつつあるため、課題に挑む際には全く気が抜けない。


「えぇ・・・そうだったんですか。どうりで強いはずですよねぇ」


ふむふむとカータとマーニーが二人で頷き合っているとポーラがたまらずといったように疑問を口にし始める。


「カータさんには視覚強化の恩恵で動体視力が通常の魔装士よりも高いはずですよね。私が言うのもあれですが、あの程度のスピードだったら避けられると思いますけど」


「あー・・・うん。確かにあいつの動きは見切れていたけど」


罰が悪いような表情で頭を掻く・・・ことはできないため苦笑いをするカータ。


「カータ君のことだし早く回避し過ぎしちゃったんじゃない?あれほど回避行動は慎重にと釘を刺していたのに」


マーニーは濁そうとするカータにすかさず己の推測(ほぼ当たる)を突きつける。


「すごいなぁ、マーニーさん。まさにその通りですよ!見切ることは簡単ですけど、流石に回避したばっかりの体勢ではすぐに体の向きは変えられませんしね!そこを突かれてやられちゃいました!」


なぜか自慢するように話すカータは若干吹っ切れたような口調だ。


「な、なるほど」


ポーラも納得といった表情で苦笑い。




その後もカータはマーニーと、ついでにうとうとしていたブロンに森であったことを少しだけ自慢げに話していたが、どうもいつものような口調ではないのをポーラは気付いていた。


しばらくカータの武勇伝?が続いていたが、ブロンの持つ鞄のような物から魔通信機(マジスシグナル)が音を上げ、それを見計らったようにマーニーの鞄からもマジスシグナルが連絡を受理した音を上げる。




それが仕事の連絡だと知った二人は『ごめん』と言いつつ病室を後にした。





マジスシグナルとは魔装士機関の開発部で作られた次世代型の両手に収まるほどの大きさの多機能通信機であり、通常の通信機にタッチパネルが上部にあるため音声のやり取りはもちろん通信相手に簡易的なメッセージを送信することが出来き、受信することも可能だ。


西にある富裕国ロワーズではサムルドよりも日常の機械技術が進歩しているせいか、この通信機ではなく魔兵器携帯端末(マジスタブレット)というさらに小型化した片手に収まるほどの機械があるらしい。


これは通信機というよりもタブレット型とも言える全身液晶の画面に出てくるホログラムを疑似的にタッチし操作できるのが最大の特徴だ。


機能は音声のやり取りに加えマジスシグナルにはないリアルタイムのメッセージでのやり取りができ、おまけにサムルドにいるならサムルドの土地をある程度地図のようにホログラム上に映し、特殊な電波を発生させて現在地を把握することが可能だ。


何とも便利な代物だが生産に資源と時間がかかるため、ここサムルドには出回ることがなく、マーニーやブロンといった大物?にすら行き渡っていない。


そんな旧型のマジスシグナルですらサムルドでは重宝されており、魔装士ならばほとんどの者が手に入れるべき必需品だ。現にポーラは元々買っていたのかここの医療機関に専用のケースに入れて持ってきている。




「お父さんがいなくなったおかげで静かになりましたね」


「・・・だねぇ」


元々物静かなポーラと、話題がないなら無理に話さないカータとでは波長が合うせいもあってか、不思議と長い沈黙状態でもお互い苦にはならない。


十分ほど経つとポーラはうとうとし始め、ブロンが座っていた椅子に腰かけると膝の上に手を置き、若干顔を下に向け寝息を立て始めてしまった。




「迷惑かけちゃったよなぁ」


疲れていたのかスースーと可愛らしい寝息に、ズズと時折入る鼻を鳴らす音があるのは、こちらを信用してくれている安心からだと聞かなかったことにする。


「それにしても」


カータは自分の身体に巻いてある包帯と左腕を固定してあるギプスを眺める。


マーニーには啖呵を切って魔獣をぶっ飛ばすと言っていたが、この様子ではハーリンが襲われたというフォッグ・ウルフはおろか、級を上げるために受ける指定課題すら危ういのではないか?といつもは顔に出ないよう隠している臆病な自分が主張をし始める。



「これじゃダメだよな」


ポーラが寝ているとどうも丸裸な心が声に出てしまうのは気のせいではないはずだ。


現に母親の死亡したという知らせが来た時にはこの世界は不平等だ、なぜ俺だけ家族を失う?と散々一人きりの家で喚き散らしていた。


その悲痛な叫びを聞き取ったように現れたのがハーリンの親友のマーニーであり、カータが人間不信にならず少々急ぎ過ぎる性格になったものの、決して非行少年にならなかったのはあの捻くれた『親』の影響を少しずつ受けていたからだと言える。


一応は順調に年齢を重ねたカータは何とか以前のような未来に希望を持つ青年へと成長した。




しかし、この成長劇には少し裏がある。




それはハーリンがまだカータの傍にいた時の話。




カータの父親は二挺拳銃という魔装を宿しているにも関わらず、カータとは異なる『近中距離』の武器をどちらも器用にこなすという異色のガンナーであった。


ハーリンが嫌がるのを無理矢理撮ったという写真では、確かに大型の魔獣へは拳銃を向けて討伐しており、もう一つの写真にはハンドマジスソードを二本、右手と左手に構え、中型の魔物の頭部と思われる部分を切り離したかという瞬間が鮮明に写されていた。


まだ十二年しか生きていない幼いカータにとって縦横無尽に魔獣と魔物を葬る父親は憧れの的であった。


しかし父親の銃の腕には遠く及ばないと悟ったカータは訓練をしてくれるよう懇願。


何度も何度も狂ったように頭を下げる息子に毎回どれだけ危険であるかを説明していたハーリンであったが、ついに我が子が国から外へ行くと何度も実践しようとした際にはその考えも折れた。


一年・・・たった一年でもし、銃の腕が上達したあかつきには、魔装士学院に入学させてやると豪語したハーリンであったが、予想をはるかに上回る射撃の腕に度肝を抜かされる。


なんとカータは毎日毎日何かにとり憑かれたかのように銃撃の訓練と筋力トレーニングをしていたのだ。




父親が決めた『半日連続修行』という時間をゆうに超えて。




その努力が実り、魔装士学院を卒業したカータは当然のように、次は近接戦闘のいろはを習おうとハーリンに頼んだが、それは断固として受け入れられなかった。


ハーリンは仕事の合間を見つけてはカータの自己訓練を見ていたが、あまりにもセンスが無かったのである。


剣を持とうにも、槍を持とうにも、はたまた銃剣すら与えてみたがまともに的を壊せなかった。




正確には『壊さなかった』。




あの青髪の少女のことが頭によぎるのかどうかは定かではないが、カータはどうも剣を振る寸前に何かを壊すのは怖いと毎回目に迷いが生じていた。


これでは実戦でまともに自身の獲物を振れず、魔獣と魔物の餌食になると確信。


ハーリンはそれならば近接の武器を持たずに銃を使え、でないと死ぬぞと毎回のように言っていたが、どうも気に食わないような顔をしていたのは見て見ぬ振りを貫き通していた。




そして二年前




カータが十七の時にまたもや魔装士という職業で実の父親が死んでいるかもしれないという伝令からの話を耳にし、彼の心を傷つける。


当時のマーニーはまた不安定な時期に戻るのではと、仕事も手につかないほど心配していたようだが、カータは以前のようには折れなかった。


他に血のつながる身内のいないカータは感じたこともない孤独を味わい、押しつぶされそうになっていないと言えば嘘になるが、年齢的には分別ができるようになっていてもおかしくはない。


母親がいなくなった十一の頃とは違うと半ば言い聞かせるようにして、カータは自身の不安を拭うように父親の死亡届が来る前までひたすら戦闘訓練を行っていた。




「それなのにこのざまだもんなぁ」


ボロボロの身体は鍛えたにも関わらずアーマーピッグの突進一発で入院状態。


その事実が薄い自尊心をじわじわと傷つけ始め・・・


「やめやめ!俺はもうガキじゃない!」


言い聞かせるようにして叫ぶと胸骨と背骨から『うるさいよ』とお叱りの激痛を受けるがあえて無視。


「・・・解放」


まだ動く右手に意識を集中させると魔素が集まるのが視覚的では無く感覚的に分かる。


ただ、重傷を負っているため魔素を魔装として具現化させようにも体の節々が赤信号だ止まれと言わんばかりの痛みで制止してくる。


カータはズキズキと傷が開けてくるのは構わないといったように魔装を解放させる。


解放と呟てから少しラグがあったものの、右手にはしっかりとサイフォスが握られていた。


力んだ結果、少し傷が広がってしまったが静かに横になったままでいると徐々に傷が塞がり始め、一分もしないうちに腹と肩の傷は完治。


折れていた左腕もミシミシと嫌な音を立てながら何とか元通りの状態まで回復した。


「ふぅ・・・」


傷は治ったが、痛覚までは平時まで戻すことは出来ないため、まだしばらくは安静にした方が良いだろう。


「・・・カータさん。まだ自己治癒するのは早いですよ」


魔装の解放音で気付いたのか眠たげな目でポーラは優しくそう告げた。


「大丈夫大丈夫。元々俺は痛みに強いからね」


カータは自信ありげに胸を張るが、少しまだ痛むようで顔に余裕がない。


ポーラが言う自己治癒というのは魔装士が傷ついた際に、魔素を消費して体を治すという行為のことだ。

もちろん傷が多いほど使う魔素は増えるため、体に魔素が残っていないと自己治癒は出来ない。


カータがお世話になる医療機関も暇というわけではなく、毎時間王国の兵士が運び込まれることもあって、自然治癒能力が人外並に高い魔装士には七日ほど休んでもらうと、後は自分の魔装で回復して下さいと頼むことが多い。


ゆえにここに泊まる者は魔装士よりも王国の兵士の方が圧倒的に多い。


ただ、魔装士の中には重傷を負ったのにも関わらず、高いプライドがあるのかここに頼らない者も少なからずいる。


カータのように痛み慣れしている場合は重傷を負っても自身で治せる者はいるが、慣れてない者は痛みと焦燥で上手く魔装を解放出来ず死亡・・・という悲惨と言うか自業自得のような事例も稀に報告される。


いくら魔装士の自然治癒力が高いとはいえ、腕や足が切断されたなどの部位破損や即死になりそうな致命傷までは回復が追いつかないため、どうしても医療機関が必要になるのである。


何かと面倒な事情があるせいか、魔装士の滞在期間は最短三日で最長七日となっているのが現状だ。




「まだ横になっていて下さい。仕事の後処理は私が完了させておきましたし、まだ依頼の猶予期間は二日あります」


「あー悪いね。何から何まで」


「いえ・・・カータさんには返しても返しきれない恩がありますし、当然です」


ポーラはさも当然だという表情で言っているが、ところどころ見え隠れする疲労の目は言葉とは正反対の様子を映し出している。


「魔装の件ならチームに入るってことで清算したんじゃないの?」


「そうですね」


なら何でと言う前に彼女は言葉を続けた。


「私がしたいから、ではいけませんか」


「・・・」


ポーラは特に何も感情を込めていないのかもしれないが、カータにとってはとても愛がこもっているように感じてしまった。


「さっき・・・というかさ」


「はい」


三分程、カータはあの涙の理由を言おうか言わないかで迷っていたが、ポーラは嫌な顔一つせずただ黙って待ってくれていた。


「いや・・・ごめん。また今度話すよ」


「・・・分かりました」


カータがまたもや泣きそうになっているとポーラが焦りの表情を浮かべるが、それを大丈夫と言ってなだめる。


その後は前の暗い雰囲気とは打って変わって、お互いに好きなものや嫌いなもの、好きな銃種に魔装のお気に入り点、ブロンはあーだマーニーはこーだというような明るい話題になっていった。




「明日また来ますので安静にしていて下さいね」


「分かっているよ」


静かにポーラは笑い、カータはにししとふざけた笑みを浮かべる。


ポーラはまた明日と最後に言うと慎重にドアを閉めていった。




「全くもう!俺だって子供では・・・いや、ガキじゃないんだし『寂しくありませんか♪』とか言わなくてもいいのに!」


実際には『一人で不自由ならすぐにナースの方を呼ぶんですよ』と言っただけなのだが、変なテンションのカータは勝手に脳内でポーラの言った台詞を改変していた。




そして二日後




すっかり完治・・・正確には本調子まで回復したカータは何度来たであろうか、中央広場の魔装士機関の入口に訪れていた。


しっかりと制服に腕を通し、上には赤色の上着・・・そして腰には一応隠してある愛銃(ハンドマジスガン)


カータは完全復活を体で表現したと言わんばかりの顔で機関の前に立っているが、ふとあることを思い出す。


「(あ、そういえば・・・この前、待機ソファで寝ていたポーラにいたずらしたんだよね。よし、ならポーラにも仕返しをしてもらおう!うん!)」


カータが意味の分からない計画を企ていると誰か近づいて来たことに、数秒遅れた。


「よーし。まずは寝たふりをしなきゃな」


「何のふりですか」


「・・・」


「・・・」


両者黙るのは珍しいのか先に口を開いたのはポーラだ。


「今日から復帰ですね。退院祝いというわけではありませんが、また心機一転お仕事を頑張りましょう」


「了解です」


この瞬間、哀れな黒い青年の計画は白い少女によって砕かれたのであった。




依頼窓口




「おはようございます!お二人!」


依頼窓口に着くなりそう言ったのはリリンだ。


何故かカータ達を特別視している物好きの彼女のようだが、ポーラが運んだ豚型魔獣の爪を段取り良く処理してくれていたらしいため、どうも頭が上がりそうにはない。


「この前はありがとうございますね、リリンさん」


「いえいえ!カータさんの方こそ重傷で医療機関に運ばれたらしいじゃないですか!」


カータを心配していたのかあわあわと口を開け閉めする金髪の受付嬢は以前とは別人のようだ。


「相変わらずリリンさんは興奮すると声が大きくなるんですね・・・」


何だかんだで面識は増えてきたリリンの特徴を的確に捉えつつ苦笑してしまうポーラもこのような女性だ割り切っている。


「いやーそれにしても大変でしたねぇ・・・まさか十級の課題に七級の指定課題の魔獣が現れるんですもの。全く!王国の兵士は給料泥棒なんじゃないかなー」


白衣を着ている男と同じようなことを口にするカータを見てポーラは『親子ですね』と小さく微笑む。


「本当に申し訳ないです!あの辺りは危険が少ないため警備が疎かになっていたと王国兵士団長様も大変反省しているようでしたので、どうかこの件はあまり他言しないようにお願い出来ませんか?」


「えっ・・・えっと」


まさか王国兵士団長が絡んでいたとは思わなかったカータは明らかに狼狽している。



王国兵士団長とはサムルドだけではなく、各国一人ずつ決められている兵士の中の兵士だ。


ただ、兵士全員を束ねる強者と名が知られているが、一般の民や魔装士とは面識がないため『相当強い』という噂だけが独り歩きしてしまっている。



「どうか・・・私が出来ることなら最大限お力になりますので、本当に・・・」


流石にここまでお願いされたのを蹴ってしまうのは男として情けないと感じたカータはなるべくカッコイイと思われる声音でリリンに言う。


「何かこちらに有利な」


「それ」


カータがよからぬことを言うと思ったのかポーラが物凄い弱い力で脇腹に拳を当てる。


「・・・うん?何さーポーラ」


「いえ、いくらあちら側に不手際があったとはいえ、こちらもこちらで未確認の魔獣に手を出してしまった責任があります。さて、そのことはどうするんでしょうか」


あっ・・・という間抜けな表情で固まるカータは何を言うか迷っているようだ。


「いえいえ!本当に!こちらに全責任がありますから!」


なおも食い下がるリリンは絶対に譲れないといったように両手で万歳のポーズをしながらその妖艶な体を左右に揺らす・・・もちろん彼女の大きな胸も同様にブルンブルンと。


ポーラは男なら誰でも釘付けになるような光景を一瞥し、カータも魅入っていると思いきや特に凝視をするわけではなく、ただ苦い物を食べたような顔をしていた。


「あのーリリンさん。さっきのは冗談ですから・・・もう体は揺らさないで良いですよ」


「あっ・・・すみません。私としたことが、はしたない!」


またもや顔を赤くするリリンだが、どうもカータは別の事を考えているような顔だ。


「(カータさんは大きな人よりも・・・)」


いや、よそうとポーラは勝手な思考を中断し、二人に話しかける。


「あの依頼の事を掘り返すというわけではないですが、もし可能なら『指定課題』を受ける権利を頂けませんか?」


「えっ、どうしたポーラ!」


いつもより傲慢な彼女に驚いたカータだが、それ以上に父親の受けた依頼に一歩前進することが出来るという喜びが思考を駆け抜ける。


「そうですね・・・」


リリンはすぐに『仕事モード』に切り替えると何かの書類を持ち、窓口の先にあるデスクワークをする人たちがいるところへ走っていく。


「いつもあんなだからストレス溜まってるんだろうなぁ」


「先ほどの少し妙な行動さえ除けば完璧ですからね」


そう、リリンは一見金髪ドジ娘のような風貌だが、まだ二十代前半にも関わらず、ここ魔装士機関の受付兼事務の能力は年長の受付嬢達も認める手腕だ。


どんな魔装士にも一応は丁寧に対応し、事務の書類は期限前に完成させ、他の者を手伝うなど。


他にも依頼書の申請、書類作製、女性はあまりしない魔獣・魔物の素材管理も彼女が担当している。


少々オーバーワーク気味ではあるが、リリンは退屈よりも忙しい時の方が生き生きするという根っからの仕事人間らしく、あまり休みは取ってないとのこと。


彼女には欠点という物がない・・・ことはなく、親しい間柄になると急に態度が砕け、酒の席では大暴れするらしく、それを止めるのは最高責任者のブロンしか務まらないと聞くと流石に不気味である。



そんな微妙な完璧受付嬢は奥で責任者らしき人物に頭を下げると大急ぎでこちらに戻ってくる。



その上司がリリンのこと(主に胸部)を見つめていたのは見逃すことにしようと考えるカータ。



「すみません!お待たせしました!」


「いえいえー」


カータが気にしていないという素振りをすると、ふぅ・・・と艶めかしい吐息をするリリンであるが当人は自覚していないようだ。


「ええとですね。結論から申し上げますと」


「・・・」


ポーラは無言で続きをというように頷く。


「今日のお仕事が終わり次第、受注可能・・・だそうです!良かったですね!」


こちらも喜びたいのは山々だが、リリンの方が嬉しそうに拍手しているためカータは苦笑い、ポーラは安堵の表情をするしかなかった。


カータがふと奥のデスクワークスペースを覗くと、先ほどの責任者らしき男性がこちらにグッ!と親指を立ててウインクをしていたが、髪が薄く目が一重の痩せ形体型親父がしても全く心に響かなかったのは心にしまい、カータも同じような動作で返した。


それから数分後にカータとポーラはいつぞやと同じような段取りでリリンから依頼書を受け取ると、そのまま以前の装備と全く同じ格好に加えて後ろに小さくしたテントを背負いつつ、国の入口から平野に出た。




サムルド近くの平野




今回の依頼はどうなのかというと簡単に言い表すなら『防衛』に当たる。


十級の段階で防衛は早いのだが、実際は名前だけで本当の仕事は国の入口に生息する魔獣を討伐しつつ、次の日まで野営するだけだ。


魔獣を討伐とは言うが国から出て間もないこの平野は王国兵士が逐一パトロールしているため、まず残党がいるということはない。




そう、実のところこの防衛は・・・




「うーん・・・ピクニック?」


「いえ、防衛です」


カータは依頼書を眺めるが、どうしてこれが仕事になるのか未だに疑問であった。


魔装士よりも強いと自慢する王国兵士が目を光らせて威嚇用の閃光をたいているせいか、ここ周辺には魔獣よりも人の数の方が圧倒的に多い・・・もちろん王国兵士の姿が大半だが。


防衛と言ったポーラも久々の心地よい外の空気を吸えて気持ちが良いのか少し頬が上気しているため、あまり危機感を抱いていないのは目に見えてしまっている。


「今は何時だろう」


「・・・十三時ですねー」


開放的な空気に流されるようにして目を細めながらそう言うポーラに何か庇護欲が湧きそうになったが必死に抑える。


「じゃ、じゃあ、あれかぁ・・・暇だね」


「えーそうですかー?」


ぬぼーっとしたままのポーラは何か気が抜けたような顔で返事をしている。


「うん、まぁいいや。俺は横でテントをたてるからポーラは草の上で横になってて・・・」


カータが振り返りながら彼女を見ようとした時には眠り姫になっていた。


「あらら・・・まぁ最近は色々と忙しかったし仕方ないよね」


怪我で動けなかった自分のためにせわしなく働いていたポーラに感謝のお辞儀をしつつ、カータは一人黙々とテントを組み立てていった。



いつの間にか眠っていたのかカータは自分で完成させたテントの横にもたれかかるようにしてよだれを垂らしていた。


「ふぁー・・・もう夕方過ぎくらいかなぁ」


広い平野の遠くに見える赤い夕陽を見送っていると、後ろでガサゴソと不審な音が耳を叩く。


「あ、カータさん。テントありがとうございます」


その正体はポーラであったようで昼間に見たぬぼーっとした顔ではなく、いつもと同じキリッとした無表情で何かしている。


「何してんの?」


「何と言われたら料理としか言えないですけど」


ポーラが指したのは鍋に入っている色々な野菜とクリーム色の液体。


シリューと呼ばれる料理であった。


「おぉ!ポーラ出来るんだ!」


「そう大したことではないですよ。花嫁修行で無理やりやらされただけですし」


「まぁ、ブロンさんの娘だもんねー。考えてみればそうか」


「・・・ですね」


ポーラは器にシリューを盛りつけるとスプーンと一緒にこちらへ渡してくれる。


「どうぞ」


「ありがとう」


カータは短く『いただきます』と言うとその液体に埋もれる野菜・・・暴れニンジを口に運ぶ。


「おぉ・・・」


「・・・どうですか」


ポーラは自分の器にスプーンを入れたまま何も食べずに感想を待っているらしい。


「口で食材が暴れた・・・」


「何言っているんですか」


「いやさ!美味いねこれ!けっこう煮込んだでしょ。俺も自炊していたから分かるけど、暴れニンジは調理が大変だよねこいつ。ナイフで割いたら血みたいに汁が飛ぶし」


「え、えぇ。そうですけど」


ポーラは彼も料理を嗜んでいるのに驚いたが、それよりも褒められたことに少しだけ嬉しさを感じていた。


談話をしながら夕食を摂っていると、辺りはあっという間に暗闇に包まれ、夜のとばりが落ち始める。


「そろそろ夜だし寝ようか」


「・・・は、はい」


カータのセクハラギリギリの発言を避けるとポーラは先にテントに入っていった。


「うーし。俺は見張り見張り」


ポーラが中で寝床を整えているのはとりあえず置いて。


カータは暗闇で敵がいたら大変だと辺りを見回すが、遠くにぽつぽつと違う魔装士のチームがテントの周りでどんちゃん騒ぎをしていたり、明かりを付けて夜酒を楽しむ王国兵士達がいるため、まぁ大丈夫かと安堵する。


その楽しそうな中で、交際中と思われる男女が人目に付かないところでもみくちゃになっているのを目撃してしまったが故意ではない、決して。


「(あー・・・魔装を解放していなくて良かった。せっかくポーラのことは意識しないよう努めていたのに)」


はぁ・・・となるべく声に出さないよう、もう一度だけ見るかとそのカップルに視線を移そうとして、後ろでガサッという音が聞こえたため動きを静止。


「カータさん起きて・・・いえ、見張りでしたっけ」


テントから顔をひょこっと出すのは寝間着に着替えたポーラであり、その姿はとても同じ年代の女性とは思えない・・・無地の白い寝間着が実に子供っぽい。


「あ、あーうん!オレ、ミハリ」


「・・・片言になっている理由を」


「何もないヨ」


明らかに疑いの眼差しを向けるポーラだが『(髪を)触るなら寝てるときに』と言いながらテントの中に戻っていった。


「あれ・・・思わぬ手柄が俺の手に」


ポーラがどういう心情になっているのかは不明だが、男として売られた喧嘩は買わなければいけない。


そう決意してテントの入口になっている布を開けようと触ると不意に病室でのやり取りを思い出す。




そう、ポーラに見せてしまった弱い涙。


あのどうしようもない感情は誰に向けていたものなのか。


あの優しい眼差しで手を握ってくれた人は誰なのか。


あの、優しい、顔で、いつも、カータを大切に、してくれていた、『女性』は、誰なのか。


頭によぎる『母親』の顔。


何度も聞いたあの声。


そして何度も言われた『もうあなたは一人じゃない』というクサい台詞。




「・・・はぁ」


完全に男としての欲が消え去ったカータは自身の頬を思い切り叩き、煩悩に染まった醜い自分を正しき道へと戻す。


「でもさぁ・・・ポーラもポーラだよなぁ。挑発したのが俺じゃなかったらどうしたんだろ」


そこでふと思いつく。


「あ、ポーラってさ。俺より強いじゃん」


完全に舐められていたのが分かると不思議と笑みがこぼれる。


「なーんだ。俺がヘタレでどうせ触れもしないし、仮に来たとしてもぶっ飛ばすから問題ないってことかー・・・悲しい」


自分で自分を殴ったような気持になりながら、改めて見張りを開始する。


「いやらしい意味で言ったわけではないです」


「げっ・・・」


再び後ろを振り返るとなんとまだ寝ていなかったポーラが先ほどと同じような位置でこちらを睨んでいた。




顔が赤くなっている気がするけどそれは置いといて。




「はぁ。ただカータさん『でも』男性ってことが分かって良かったです」


「おいおいおい・・・それはどういうことかね、ポーラ君」


ポーラがいつもよりも少し興奮した様子だがそれはどうでも良いといった様子で聞き出す。


「いえ深い意味は」


「言いなさい、副団長(サブリーダー)!これは団長(リーダー)命令です!」


「いつから私はサブリーダーに・・・」


何か怒った演技をしているようだが、ところどころでニヤつくのは感心できない。


「ええとですね。お昼頃にリリンさんがその、胸を、えーと。大きく動かしていたじゃないですか」


「うん?」


ほんの少しだけ頬を赤く染めながらどうも要領を得ない事を言うポーラだが、カータには伝わらない。


「男性はあのような大きい人が好みなのかと思いまして。その、私は自信がありませんし」


はははと気の抜けた笑いをしながら、ポーラが平らに近いような自身の胸の辺りでジェスチャーすると流石のカータでも感づく。


「あー・・・なるほど。それねぇ」


「・・・?」


昼の時と同じような表情のカータは気まずそうにそっぽを向いている。


「・・・よし決めた。ポーラにあまり隠し事するのは良くないからね」


「いえ!その、無理にとは!」


慌てて首を横に振るポーラを一旦止めると、カータは静かに話し出した。


「あれはそう、俺がまだ十六の時だ・・・」




四年前の魔装士学院にて




どーも、カータ・ルメシスです。


今日は魔装士機関が管理する魔装士学院とやらを紹介します。


俺の通う学院は機関の地下二階だって。何とも下に造りましたね。


ついでに俺の生存確認。うし、オッケー。


入学する年齢とかは関係なしにその年のクラスは通貨の単位で決まるらしいね。


銅クラスは一年次。俺は十三


銀クラスは二年次。十四


金クラスは三年次。十五


紙幣クラスは四年次。十六(予定)


四年しっかり通学すれば晴れて魔装士としての認定証を受け取れるらしい。


あ、でも軽く試験と実践やるのか、頑張ろう。


なぜここに来れたのかというと。


約束の通り、俺は何とか父さんの馬鹿げた訓練を突破してここに入学した。


と言っても十三の時に入ったから今さらだけど。


いきなりだけど、十五の俺はルメシスっていう名前のせいで絶賛いじめられ中。


何故かは知らない、だって俺は何も悪いことは・・・


いや、心当たりがある。


そう、一人の剣士(バカ)志望(やろう)の同級生に一応持っていた自衛用の拳銃で撃ったら気絶。


コルクの弾なのに。


軟弱剣士(バカ)野郎って煽ったのも事実。


いやさ。俺でもコルク程度じゃそうはなりませんぜ、旦那ってね。


でも俺から仕掛けたわけじゃない。昔の俺はどうだか知らないけど。


相手から『ハーリンの息子は軟弱〜』ってしょうもない挑発をしてきたからね。


それでやり返したから俺もしょうもないやつなのか、そうか。


でもさ、言葉の暴力も立派な正当防衛の範囲内ですよ。


北のイジヌ国?聞いたことない。


それよりも何か最近の俺の名前は悪評があるそうで。


『ハーリンのダメ息子』とか。


『女風の男もどき』とか。


『ガンナーなのに剣を使えない』とか。


主にこの三つだね、最近の流行りは。


いや一つ目はまさにその通りだよ。


週に一回帰る父さんと射撃競争するけど勝てないし、いやあと一歩かな。


無理かな。


まぁそのおかげでうぬぼれていないから良いのかな?


高すぎる目標って。


俺が地上にいるなら父さんはお空の上くらいってことになるけど。


いや縁起でもない、止めておこう。


父さんは危ない職だし。南無。


二つ目は美男子って思うことにしてる。


父さんみたいにケバくなりたくない。


最後はあのバカが広めたらしい。


うーん・・・惜しいね、頭が足りないみたい。やり直し。


一応あのバカはここのクラスのボス並には強いらしいよ。


何か派閥のやつらが睨んでくるけど。


父さんの怒った目はあんなもんじゃない。


俺は耐性があ・・・ないな。今でも怖いもん。


何かと俺が非暴力的にパンパン撃つからクラスのみんなからは結構怖がられているみたい。


悲しい。


誰のせいだよ全く、こんなことになったのは。


俺のせいか、そうだね。


それを教師に報告(チクリ)するのは決まってあの取り巻き達。


集団戦術は父さんに借りた戦術書で学んだけどさ。


いじめまで集団でやる必要はないよね。


ここって戦場じゃないし。


あ、でも俺にとっては戦場だ。


だってちょっかいかけられるしね、それに対抗するから。


うん、立派な戦争。




まぁ、最近は色々な物が紛失する。


つまり、うん。


力で勝てないって知ったんだね。


一年かけて知るとは、なかなか優秀な頭をお持ちのようで。


いや、馬鹿にしてないよ?見下してるけど。


そんなこんなで毎日が刺激的な我が金クラス。


担任はいるにはいるけどほぼ放任。


それならあいつらも俺もやりたい放題。万歳。ウィンウィン。


ただ、最近は露骨に不意打ちを仕掛けてくるようになってきた。


いやさ、流石に授業中に定規を思い切り投げるのはいかんでしょ。


滅茶苦茶痛かったさ。


はぁ・・・


こうも執拗ないじりに最近の俺はノイローゼ気味です。


父さん、僕はどうも学院には合わないようです。


あ、でも投げ出さないよ?


だって入学金高かったらしいし、それに中退なんかしたら俺が父さんに投げられる。


なんちて。


よくこんな環境で俺は学べたもんだ。偉い。とても偉い。


誰にも褒められないから自分で褒める。


虚しい。




一年後


あっという間に四年次になりました。


そうです、俺は無事に紙幣クラスに上がりました。


筆記試験はぼちぼち、実戦は全学年で八位。どや。


あ、でも上には上がいるようで。


今年に入った銅クラスの成人男性は俺のはるか上の成績を行ったそうな。


悔しくはない。あ、でも少しだけ悔しい。


でも成績は二の次。


元々は父さんの頭おかしい訓練と学院で難しい教養を身に着けるっていう二足の草鞋を目指してました。


何とかいけそうです。


最近は気落ちしてたけど、父さんの親友のマーニーおじさん。


君はやれば出来るっていうから、とりあえず本気でやったらさ。


凄いね、俺。自分でもビックリするくらい力が付いた。


今では父さんの射撃術よりも上だってさ。


父さんは認めなかったけど、マーニーおじさんはお墨付きをくれた。


うん。すごく楽しい最近。


そのルンルン気分を上乗せするようにして、あのバカ共もようやく飽きたらしい。


俺じゃなくて別の女の子をターゲットにしたらしいよ。


いや別に安心したとかは言わない。


別にいつまでも俺に嫌がらせしてもいいよ?


あまりにもひどかったらお前の頭ぶち抜くって脅すし。


実弾はないけどね。


最悪父さんに言いつければいい。なるべく切り札として残しておきたいけど。


まぁ、もう俺がターゲットにならないから手札に残しておくよ。


何かあったときのために。


忘れそうになってたけど、あのいじめられてそうな女の子。


名前は・・・四年も同じクラスなのに分からない。


面識ないしね。それに一クラス六十人いるし。


ということで何もしません。


彼女も俺に干渉してこなかったからそのお返しということで一つ。




うむ。何と言うか大変なことが起きました。


紙幣クラスの卒業式まで残り二週間というところで起きました。


何とあの俺に構って欲しがっていたバカとその取り巻きが、あの・・・


いやどうでも良いか。その女の子を五人で囲ってその、うん。


俺も思春期の男だ。恥ずかしいことは言えない。


とかも言っている余裕はない。


とにかく先のことは考えずに尾行した。


空き教室でその、うん。何かをしようとしてたんだ。


万が一俺の勘違いで撃っちゃった♪とかそろそろ先生も怒るだろうし。


今までやんちゃしてたのを見過ごしてくれてた先生の顔に泥を塗りたくはない。


一応、うん。一応は確認しなければいけない。男として。


決してやましい気持ちでドアを気付かれないようにこっそりと開けているわけじゃない。


あくまで観察。そう、観察。


『おい、キャシーよ!そのでっかいのは俺たちのものだ!さっさと脱げ!』


『い、いや!離してよ!くっ!嫌だ!』


何とも眼福・・・いやいや駄目ですカータ君。


まだ早いです、君には。


いえ、俺はもう十六です。


まだ、十六です。


もう、十六です。


いつまで葛藤していたんだろう。


分からない。


とにかく目の前で半裸になりかけているキャシー?さんを救助しないといけない。


義務はない。ただの若い正義心だと思って欲しい。


『お前ら!何をしている!さっさと、さっさと手をあげろ!』


『ちっ・・・』

『またあのヘタレかよ』

『キモイわ』

『・・・』

『何の用だよ、負け犬君』


何と俺は一度も負けていないのに負け犬の称号を頂いてしまった。


何とも不名誉な。


『その・・・えーと、キャシー?って子から離れなさい!』


『・・・』

『くそ』

『はいはい、こんなブスはお前にやるよ』

『だな!』

『へっへ!』


潔く去って行ったバカ五人衆。


なーんかきな臭い。


ただ、この時は自分に酔いしれてたのかも。


『あの・・・』


『何でしょう』


ここ最近異性と話していないせいか純情カータはドキドキです。


『ありがとう・・・!』


『どういたしまして』


人助けは大事。彼女の笑顔でそう感じたね。




卒業式まで残り一週間


大変なことが起きました。


何が大変かというと、あの助けたキャシーとお付き合いをすることになりました。


はい、拍手。


パチパチ。


いや、俺に彼女が出来るとは。


銃と訓練と父さんとマーニーおじさんくらいしか自慢できない俺がですよ?


気持ち悪いかもしれない、ってかキモイけど。


キャシーに俺のどこが良いか聞いてみました。きゃ。


『カッコイイところ!』


だそうです。


何ともまぁ、良いじゃないですか。


少し頭が抜けているのはご愛嬌。許容範囲。


しかし、うん。可愛いとは思うけどさ。


いや、疑うわけじゃない。決して。


ただ、キャシーは俺との会話中によく鞄を漁ってる。


何をしてるか聞いても。


『内緒だよ!』


と言うばかりで教えてくれません。


ふむ、まぁいいか。


何度かデートみたいなことをして。


それなりの仲になったのにも関わらず。


彼女は決して俺に『触れる』ことはなかった。




卒業式当日


さてさて、紙幣クラスが旅立つ時が来ました。


紙のように軽い男になったつもりはないよ。


俺は重い男だ。


いや、それもあれか。


うちの代表のキャシー。


そう、俺の自慢・・・かは微妙な彼女。


彼女が最後の挨拶を締めくくるらしいね。


ドキドキ。


さて、次に起きたことが俺の心に大打撃を与えることになった。


どれでしょう。


一・・・俺がキャシーに言った恥ずかしい台詞メドレーを皆の前で暴露。

二・・・俺がキャシーを体目当てで付き合いをしたいと言ってきたと捏造報告。

三・・・俺がバカ五人組にキャシーを襲わせた。


正解は全てだ。


とにかくあの青髪の女はあることないことを全学年のいる前でペラペラと壊れたロボットみたいに話し始める。


元々は内気で真面目な彼女の涙声は観客の同情を誘うには効果抜群だった。


青い顔をした父さんの元に行くのはかなり勇気がいることだったが、もう卒業証明書は受け取ってある。


こんな形だけの式にいつまでもいたら、そのうち俺のことを見つけた誰かもしくはその周りにいる偽善者に捕まって何も言わされないまま・・・


そこまで考える前に俺は走った。


とにかく走る。


父さんの席まで行くと視線だけで退出しようと指示。


少しだけ迷ったらしいがすぐに付いてきてくれた。


『おいおいおい!いつからお前は女たらしになったんだ!』


『するわけないでしょ!俺はそんな器用じゃない!』


何とか人の間を抜けると運良く機関の地下一階に辿り着く。


『あー。せっかく休み取って来たのにこの有り様じゃなぁ』


『俺だってまさかキャ・・・あの青髪がこんなことするやつだとは思わなかったよ』


『これだったのか』


父さんは小指を立てる。


『まぁ、俺はそのつもりだったけどね』


この時の俺は最大限取り繕って返事したが、裏切られたという事実だけで目から涙がこぼれそうになっていた。


『ふむ。遊ばれていたってことか』


『・・・』


今度は静かに機関の一階まで戻ってくる。


『母さんがいなくなって寂しいのは分かるが、女なら誰でも良いってわけじゃないぞ』


父さんは静かに俺を見つめてただ自分の考えをぶつけてきたが、俺は少しずつ怒りの感情が溢れてくるのに気付いていた。


理性はまだあった。確かに俺は彼女をただ自分の拠り所にしていたかもしれない。


ただ、それでも。


『別にそんな・・・』


『あの子にお前の気持ちはぶつけたのか』


『・・・』


『恋に恋してたってことか』


『・・・』


はぁと溜息をつく父さんはその後、特に何も言わなかった。


それが俺にとってとてもつらい時間だった。


機関の入口まで来た頃には少し頭が冷えて来た・・・と思っていた。


なぜ、キャシーがいるのか。


そこには綺麗な青髪に胸が大きく成長している元・・・いや、少女が立っていた。


『ふふ!どう?私の演技!あのカータを出し抜いてやったの!あ、因みにあの教室でのあれも仕込みだから!』


『・・・そう』


俺はグッと感情をこらえてとにかく家に帰ろうと父さんに目を向けるが首を振られる。


そうか、けじめをつけろってことか。


『あの買い物の時の嬉しそうな顔!まさか偽物であそこまで喜ぶ馬鹿がいるなんてね!あはは!本当におかしい!』


『・・・』


『それに何よあれ!『俺のどこが良いの?』とか!モテない男が言う台詞のナンバーワンよ!だっさい!あはは!』


『・・・』


『・・・何よ?あんたがあのハーリンの息子だから、お金をたくさん持っていると思って彼女の振りをしてやったんだからね。何とか言ったら?あ、でも悔しくて何も言えないか!』


『・・・』


『そうか!そうだもんね!あの『卑怯な』銃使いだもんね!まともに剣を使って戦わない臆病者に何を言っても』


我慢出来なかった。


俺のことをけなすのも、いじるのも、殴るのも、何を言うのも良い。


ただ、ガンナーのことを。


父さんのことを悪くいうやつはこの時絶対に許せないと思っていた。


『おい!カータ!聞いてんのか!もう止めろ!一発なら見逃したが、流石に女の命だ!その辺にしとけ!』


気付いたら父さんに組み倒されていた。


少しだけ自分のいたであろう位置に目を向けると完全に意識を失っていたキャシーが倒れている。


誰が?


『お前だ。カータ』


『え・・・』


『怒りに負けてあの子をぶん殴ったんだよ。俺も気分の良い話ではないと思ったが』


口から歯の破片がはみ出て、頬は真っ赤に。


鼻からも流血し、目の上も切れたのかつーっと赤い血が流れていた。


『なんで・・・』


『俺が知るか』


それから何とか場を作ってくれたのは父さんだった。


必死に教師と親を説得し、何とか理解を得られたらしい。


キャシーも全治二週間という怪我であったが、顔に後遺症が残るということにはならず退院。


後に話を聞くとほんの出来心だったらしい。


すぐに自白したのは俺がルメシスという名前、主に父さんからの復讐に恐れてしまったからと聞いている。




騒ぎから一ヶ月後の自宅




『カータ、悪い。また仕事だ』


『うん・・・気を付けて』


俺は何とか気持ちを奮い立てていつも通り見送るがどうもぎごちない。


『ふー・・・』


『えっ・・・』


父さんは全く手加減しないで急に俺の腹を殴りつけた。


『がはっ!・・・な、んで!』


『俺にはどうもすることはできない。ただ、もしお前が後悔してるなら』


『・・・』


『マーニーを頼れ。あいつならお前を見てくれる。訓練もそうだが、一人の人間として成長してこい』


『普通は親がするんじゃないの?』


『俺たちは普通か?』


『ははは・・・』


父さんには敵わない・・・改めてその時、感じた。


ただ、この言葉を最後に父さんは帰ってくることはなかった。


その仕事があの狼型魔獣の討伐だと知るのは三年後になるとも。




カータは包み隠さずポーラに自分の過去を話していた。


聞いているポーラも時折悔しそうな表情をしていたが、一言を口を出さなかったのは彼女の性格からかもしれない。


「こんなことがあったからね。少しというか、だいぶ『大きい』人には苦手意識がまだあるんだ」


「・・・」


「近接戦闘が出来ないってのも、あの青髪の顔を殴ってからかな。どうも何かを直接この手で『壊す』ことが怖くなっちゃって。頭に血が上ると何をするか分からないしね」


「・・・」


「あぁ、でもあれだよ?昔と違って俺はもう成人に近いし。そんな細かいことは気にならなくなったというか・・・誰かのせいで」


カータが気まずそうな顔で話すがポーラもあまり表情がすぐれない。


「すみません。カータさん・・・私のせいで嫌なことを」


暗闇で何か光ったが、あえて気づかない振りをする。


「いやいや。俺もそろそろ誰かに聞いてもらいたいって思っていたしね」


薄く笑うカータは左腕を力無く前に突き出す。


「もう夜明け近いですが、少し眠っても良いですか?」


確かにもう暗闇は薄くなり、代わりに辺りが薄明るい光で照らされていた。


「うん、どうぞ」


静かにテントに戻るポーラは今度こそ何も言わず、床に着いたらしい・・・何も音は聞こえない。




ポーラは簡易的な毛布に身を包みながら後悔していた。


まさかあのカータにそんな過去があるとは思わなかったからだ。


「(彼はお父さんの件、女性に対しての不信感、集団によるいじめ。この三つが原因で辛い思いをしてきた。それなのに私は自分の興味本位で無遠慮に過去を掘り出させて・・・カータさんなら良いと思うかもしれない。ただ、それは表の顔。本当に良いと思っているかは分からない)」




少しだけ白い少女は勝手な想像をしてみる。




「(悲しげに過去の話をしていたカータさんに何かしてあげたいと考えるのはダメかな。もし、今も彼が辛いなら。もし、私が彼の拠り所になれるなら。もし、彼が私を女として見てくれるなら。そしてもし、私があの時カータさんの近くにいられたなら)」


白い少女に魔装というただ強大な道具を、自分の生きてきた証拠を、これからの生きる意味を与えてくれた黒い青年。


終わらない『もし』を頭でぐるぐると思い描くが、どれも独りよがりだと気付いた時にポーラは決意した。


「(もし、彼に味方がいなくなったとしても。もし、彼が一人は嫌だと言うなら。私だけは、あの人の傍に居続けよう)」


結論はあっさりとしたものであったが、先ほどまでのもやもやした物は消えていった。




そして朝




「あー徹夜ってきついよねー」


カータがしっかりと『ノック』をしてからテントに入ってきたため、ポーラも快く受け入れる。


「しっかり見張っていたんですね」


「そうだよー。ふぁ・・・眠い」


目を擦りながらも昨日のポーラと同じようなぬぼーっとした顔にのろのろした足取り。


夜中に話した人物とは別人のようなカータはまるで何も無かったような素振りだ。


「カータさん」


「なーにぃ・・・」


ポーラは意識が薄いカータに対して、ほんの少しだけ顔を赤くすると自分の決意を口にした。


「私だけは、あなたの、傍に、います」


ポーラはゆっくりと区切りを付けながら、しっかりカータに聞こえるようにして言う。


「・・・そっか」


少ない言葉のやり取りで確実に絆を結んだ二人はそれ以降何も言わず、依頼が終了する時刻までテントの中で、今までよりもほんの少しだけお互いの座る位置を近付けていた。




魔装士機関一階受付




無事に防衛パトロールが終わったカータとポーラはリリンの手伝いのもと、完了手続きをしていた。


「お二人共・・・ふふ!」


あと少しで終わるというところでリリンが不意にいやらしい笑みを浮かべ始めた。


「どうしましたリリンさん。いつもより気味が悪いですよ」


「えっ!いつもよりって・・・酷いですよ!どういう目で・・・あっダメダメ。カータさんのペースは危ないわ」


「リリンさん・・・」


ポーラが微妙な顔で見つめているにも関わらず、リリンは自分の世界に入ったらしい。


「昨日は二人きりでしたよね!」


不意にこちらの世界に戻ったリリンは目をキラキラさせてそう言った。


「ふっ・・・」


何故かカータは知ったように遠くを見つめる。


「ポーラも普段はクールな女の子だけど、テントの中じゃ・・・その甘いデレデレなギャップで俺の俺が暴れニンジみたいに赤く汁を噴いてたもんだぜ・・・」


どうもリリンのからかいを先に自分から処理したいらしいが、その顔は真っ赤だ。


「(何で自爆しているんですか・・・)」


ポーラが冷たい目で見ているとまたもやリリンが口を挟む。


「そうなんですか!あのポーラさんが!」


ふんすふんすと鼻を鳴らしている金髪受付嬢はとにかく興奮が収まらない。


「そう、実はね・・・」


カータが意地になって続きを始める前にポーラが制裁をしたのは言うまでもない。




「これで、お二人は『指定課題』を受けられるようになりました」


ポーラから静かな口調で軽く説教をもらったリリンとカータは思うところがあったのか、悪ふざけを自重している。


「今からでも大丈夫なんですか?」


カータはこれ以上ポーラを怒らせたくないのか、なるべく普段通りの声音で話す。


「ええ。ただ、今回のケースは特別なので次回からは通常通りの扱いになります」


「それは重々承知しています」


ポーラもまたもや会釈で感謝の姿勢を見せる。


「では早速指定課題について説明をさせてもらいます」


リリンはまたもや仕事のモードに移ると一枚の写真を受付口からこちらへ渡してきた。


「九級へ昇格するにはこの魔物を討伐してもらいます」


「中型の魔物ですね。これは色々な刃物が合体したように見えます」


ポーラが第一印象で言う通り、九級への昇格課題の魔物は廃棄された剣や槍に斧といった近接用の武器が魔素の影響で魂に似たようなものが宿り、無造作にくっついた魔物だ。中には器用に防具や小物を着けている個体もいるらしい。


魔物は魔装士や兵士が平野や洞窟で捨てた物、死亡した者の回収していない所有物、捨てないにしてもある一定の魔素を受けた物などに魔素が集まり、魂が宿って動き出すような全ての物を指す。


魔獣は元々動物だったのが急激に突然変異したと分かられつつあるが、未だなお魔物に関しては謎が多い。


特に人に危害を加えない魔物も存在するらしいが、基本的には近くにいる生物に無差別攻撃を仕掛けてくるため、定期的に破壊しないと殺戮を求めて人里まで降りてくることもある。


「何かあまり強そうには見えないですね、こいつ」


「ふふふ!確かに!あのアーマーピッグを倒したお二人からすると楽勝かもしれませんね」


カータとリリンは楽観視しているようだが、ポーラは前の自分のこともあり、どんな相手であろうと本気で戦うと心に決めていた。


「油断はしません。『確実』に破壊します」


確実にというところが強調されていたのはどういう意味なのか。


「お、おぉ・・・凄い意気込み」


「で、ですね!」


カータとリリンは心強い彼女に少しだけ恐怖を覚えたのであった。




サムルド魔装士機関一階の待機ソファ




「ふむ・・・」


「どうしたんですか?『ギュラム』様」


「いや、『メメラン』よ。実に楽しみだと思わないか?」


四十代始めほどだろうか。


短い金髪に黒いサングラス、そして黒いライダージャケットを着る男はそのサングラスに隠された瞳を開眼して、遠くで楽しそうに話す黒い青年を見つめていた。


「あの青年のことでしょうか?」


そう答える丁度三十歳の女はギュラムという男と同じように髪は金色に染め、左目の下には小さな黒い烏の入れ墨、服装は踊り子に似せたものであり、大胆にも肩と大きな胸を見えるようで見えない範囲で上手く異性を誘惑するよう調整して着ている。


「サムルドでブロンと肩を並べる強者のハーリン。あの青年はその息子らしい」


「あら?そうでしたか。ふふっ♪少し呼びかけても良いですか?」


待機ソファから受付まではそう近くはないが大声で呼べば十分に届く距離でもある。


「あぁ、その代わり」


「えぇ、分かっています」


メメランという女は一瞬で魔装を解放し、『指先』から小さな球体状のカプセルを出現させる。


「『防音』」


小さく呟くと胸にかけてある桃色のネックレスが淡く光り、すぐに元の状態に戻った。


メメランはすぅと大きく息を吸うと・・・


「ハーリンだよ!私はハーリン!」


かなりの声量にも関わらす、黒い青年に声が届くことはない。


近くにいる『ギュラム』にさえ。


「・・・」


「なーにー」


「・・・」


「あ、ギュラム様。すみません。まだ効果は続いていますね」


またもや指先にカプセルを出現させると今度は『解除』と呟き、カプセルを地面に落とす。


薄い膜に覆われたカプセルが割れた瞬間、周囲の音が聞こえるようになった。


「魔装をしまえば効果は消えるだろう」


あまり気にしていないような素振りでギュラムはその場から立ち去ろうと建物の出口へと足を進める。


「たまにはお遊びも良いじゃないですかぁ。それに防音の範囲は決められないんですよぉ」


妙な猫なで声でギュラムの腕に飛びつきながら、『透明』と呟くメメランの行動は周囲の目を引くはずだが、全く『誰も見えていない』ようであった。


「カータ・ルメシス。お前と戦うのを楽しみにしている」


しつこくまとわりつくメメランを完全に無視して独り言を・・・近くで返事をしていた女には後で説教をしなければならないと思うギュラムであった。




サムルド東の森




リリンから指定課題の魔物の場所を教えてもらい、魔装士機関から出た二人はあの場所へ向かっていた。


記憶にも新しいあのアーマーピッグと戦った場所だ。


まさかあの森に指定課題の魔物がいるとは知らなかった二人だが、一度は森での戦闘をこなしている。


あの経験は決して無駄にはなっていないだろう。


「前と同じハンドマジストラップを買ってきたけどさー。もう俺のお金がすっからかんに」


「知りません。またマーニーさんにねだればいいじゃないですか」


駄々をこねそうになったカータを適当にあしらうポーラはもう完全にこの男の扱い方を知っているような様子だ。


「いやさー。職に就いたらもうあげないって」


「・・・当然ですよ」


異様に落胆するカータに呆れながらも相手をしていたポーラだが、奥の茂みで何か金属がこすれ合う音を耳にした。


「恐らく」


「・・・あぁ」


カータはポーラの見た方を睨み、『解放』と言いながらサイフォスを顕現させると、両手で構え、警戒態勢に入る。


「相変わらずの切り替えですね。普段からもそうして欲しいです」


「善処するよ」


ポーラもそれに続くようにしてスポウダムを解放させ、以前も使っていた入れ物にしまうと腰にあるハンドマジスソードを抜刀し、右手で構えの体勢に移る。


「前と同じようにならないようにしますので、安心して下さい」


「分かっているさ。前衛は頼むよ」


アーマーピッグとの戦闘では二人の連携がどうもグダグダになってしまったため、今回はこうしてポーラが『前衛』、カータが『後衛』という立ち位置で最後までやると事前に決めてある。




しばらくすると、こちらの気配に気付いたのか、二人の前に指定課題の魔物が姿を現す。




その魔物の名前は『三種の矛トロワパイク』。




この魔物は魔素によって魂を持った一本の武器や防具がひとりでに宙を舞い、まだ魔物化していない物を自身にひっつけて凶暴化するという特徴がある。


今のところは最大二本の武器や防具や小物などと共にウロウロしているが、最近では何本も自分を磁石のようにして際限なく付ける個体も現れている。


技術も何もない無造作な振りで襲いかかってくるが、その危険さは投擲力だ。


中心になる武器が操作しているのか、何の気なしに刀身や柄から魔素の細い鎖でつながる武器を飛ばしてくるのだ。


いきなり飛んでくる刃物に対応できないビギナー王国兵士はその時点で重傷を受けることもあり、中には単独でいるところを襲われ死亡。


その着ている鎧や兜に周囲からの魔石の魔素で魔物化・・・と悪循環になることもある。


なかなか減らないこの魔物をどうにかして駆除するため、魔装士機関は九級の指定課題にしたとリリンは言う。




「さて・・・」


ポーラは静かに息を吐くと、ハンドマジスソードをトロワパイクに向ける。


「私たちの障害になった以上、ここで破壊させてもらいます」


言うなりポーラは魔装の力で強化された脚力を最大限使い、トロワパイクに詰め寄る。


自らに脅威が迫っていると知ったのか、その中心の斧は魔素の鎖でつながっている剣と盾をまるで人が使うかのように構える。


「ふっ!」


ポーラは盾を構えようとしたトロワパイクを見て一旦ハンドマジスソードの振りをフェイントのようにわざと空振りさせ、盾に思い切り飛び蹴りを放つ。


カキーン!と金属音を鳴らした盾は強烈な打撃に耐えられなかったのか魔素でつながっていた鎖が簡単にちぎれ、森の奥へぐるぐると回転し、消えていった。


ポーラが着地の体勢に移ったのを見逃さないように、トロワパイクは残る剣で首を狙おうと刃を振り下ろすが、『ヒュン!』と気持ちの良い風切り音が一瞬聞こえたかと思うと、その鍛えられた刀身は蒼い銃弾によって粉々に破壊される。


「ありがとうございます!」


「まだ終わってないよー」


カータが言うようにまだトロワパイクには斧という本体が残っている。


「これで最後ですね」


ポーラは斧だけになったトロワパイクにハンドマジスソードを刺突剣(レイピア)のように構えると近距離に位置するそれに突き出す。


ただの斧と魔石によって強化されているハンドマジスソードでは硬度は比べ物にならないのか、刺突用に作られていない剣先にすら斧の腹は簡単に貫通される。


鉄を辺りに飛び散らせながらトロワパイクは諦めないといった動きでポーラに横に薙ぎ払う動作で攻撃を仕掛けるが、またもやヒュン!という遠距離からの蒼い弾丸が斧そのものを破壊。


持ち手の部分すら残らない斧は魔装の破壊力を表すように魔素の鎖を消失させながら完全に動きを止めた。


「ふぅ・・・」


ポーラはスポウダムを元の魔素に戻して自身の中に取り込むと息を吐く。


「お疲れー」


カータも少し遠くにいたようだが、ポーラをねぎらうようにして手を振っている。




九級昇格指定課題『トロワパイク』討伐完了




指定課題の魔物を倒してから無事帰還した二人は先ほどのコンビネーションについて話をしていた。


「いやー。流石ポーラだね。あの体術と剣術は凄かったよ」


「いえいえ。カータさんの援護射撃がなければもう少し時間がかかってしまう魔物でしたよ」


「それって謙遜じゃない・・・?」


「どうでしょうね?」


カータは自分があまり役に立っていないと言うなりそっぽを向いた振りをするがポーラは気にも止めない。


魔装士機関一階の受付でリリンに完了した証拠としてトロワパイクの砕けた破片を見せると無傷で良かったですと安心した表情で認定証に『九級』の印を押してもらった。


二人が待機ソファで昇格したのを喜んでいると『おーい!』と聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。


「お父さんですね・・・」


「うん」


何もそこまで大きな声を出さなくてもいいのにとお互いに思うのか苦笑して顔を見合わせてしまう。


「お!二人共!九級に昇格したんだってな!」


ライトアーマーを着ているブロンは自分が最高責任者と分かっているのか丁寧な足取り・・・ではなく、ずかずかとやかましい金属音を鳴らしながらこちらへやって来る。


魔装士の級はチーム単位で指定課題をクリアした際に上がるが、リーダーである者は必ず受理し、指定された場所まで行かなければならない。


逆に言えばリーダー以外のチームメンバーは絶対選出を義務としていないため、サボろうと思えばすっぽかすのも可能である。


ただ、そんな楽して級を上げようとする身勝手なメンバーをそのままチームに残すリーダーは誰一人としていないため、基本的には全員参加が暗黙の了解だ。


「そうだけど」


ポーラは周りの人にブロンが迷惑をかけていると思うのか、少しだけ不機嫌な顔だ。


「ありがとうございます!」


カータはまた父親へ一歩近づいたと喜びの表情を浮かべる。


「それはそうと!少し二人にも聞いてもらいたいことがあってここに来たんだが」


ブロンは寂しそうに言う。


「どうしたんですか?」


カータが聞くとポーラも黙って続きを待っているが声から察する限り、あまり良いことではないようだ。


「しばらく私は、サムルドから西のロワーズで野暮用をしに行かなければならなくなってな」


「あーあれですよね。ここと業務提携をしているっていう」


「そうだ。何でも最高責任者同士での会議をしたいらしい。私としてはマジスシグナルで事足りると思うのだが、相手方は直接話し合いをしたいと聞かんのだよ」


ブロンはやれやれというように首をすくめる。


「それはお父さんが動きたくないからでしょう。ロワーズの方には何回も支援をしてもらっているんだから、言うことは聞かないとダメよ」


「うっ・・・確かに」


ポーラの的確な指摘に心当たりがあるのか『うむ』と黙り込むブロン。


「まーまー。それよりもブロンさん。俺たちに話があるというのはどういったことで?」


「あ、あぁ!そうだった。すっかり忘れていた」


本当に大丈夫なのかブロンはわたわたと慌てている。


「(本当にこの人大丈夫かな・・・)」


「ええとだな。しばらく私がここを離れるということは、自慢するわけではないが『一級』の魔装士が不在になり、国の防衛力が落ちてしまうことを意味する」


「確かにそうですね」


カータはこの親馬鹿でも一人で国を守り切る実力があるというのを聞いていたため、特に増長しているようには思えない。


「サムルドは他国に比べて魔装士の数が多い代わりに国外に派遣する機会も多い。まぁ、城に王国兵士団長殿がいる限りは安泰だとは思うが、万が一ということもある。最近は国内に留まる魔装士は少ないからな。今活動できる魔装士は六級三人と八級二人にカータ君とポーラしかいないし、尚更だ」


サムルドで常に留まる魔装士が少ないのはある程度仕方ないこともある。


魔装士を他国に派遣する収入で国の財政を保っているサムルドは魔装国というレッテルがあるにも関わらず、基本的には国の防衛を王国兵士に一任している。


「魔装士がそこまで少ないとは知らなかったわ。お父さんも意外に苦労しているのね」


「おぉ!分かってくれるかポーラ!」


またもや脱線しそうになったブロンだがすぐに話を戻す・・・ポーラに睨まれたせいで。


「で、だ。なぜこんな話をしているかと言うと、実のところ・・・南の『ジークドリア』から、誰か魔装士を出してくれと要請が来ているのだよ」


「え、でも・・・それって六級の魔装士の方に行ってもらえばいいのでは?」


カータは当然といったようにそう言う。


「普通ならそうなんだが今は丁度、湿地地帯に行っているようでな。帰るのにしばらくかかると連絡が入っている」


「あ、なるほど。なら、八級の二人に・・・」


「あの二人は一昨日に指定課題を受けてから重傷らしい・・・入院している」


流れが読めてきたカータは先読みしたといったようにブロンを見つめる。


「あ、他に出せる魔装士がいないから俺たちが・・・ってことですね」


「その通り」


「でもブロンさん。俺たちが出張したらさらに防衛力が落ちると思いますけど」


ブロンもそれは分かっているのか、複雑な顔だ。


「うむ・・・ただ、あそこの国は別名『闘争国』だ。要請を断ってしまうと何かと実力行使で聞いてもらうまで嫌がらせをしてくる気がしてな・・・まぁ、つまり断れないってことだ。最近になって、私も少し神経質になっていたようだし、サムルドの防衛は王国兵士団長殿に任せることにするよ。彼は何度もサムルドに迫る魔獣や魔物の襲撃を撃退しているしな」


ブロンは諦めたように、はははと力なく微笑む。


「期間はどれくらいかしら?」


ポーラはもう行く気があるようでチラッと父親を見た。


「半年だ」


「えっ!長くないですか!」


カータはたまらず声を上げるが、ポーラもそのようでなぜという目だ。


「私もあまり詳しいことは聞いていない、というよりあちらがほとんど情報をくれないのだよ。ロワーズとの会議の準備で忙しかったのもあるが、何も聞くことが出来なかったのは申し訳ない」


ただ、とブロンは付け加える。


「詳しいことは現地の魔装士機関で説明はあるらしいが、くれぐれも気を付けてくれ。あそこの魔装士や兵士、それに民ですら血の気が多い者がほとんどだ。サムルドの面々と同じように接した場合でも逆鱗に触れるかもしれないと頭の隅にでも置いて、仕事をするよう頼む」


ブロンは『ポーラのことは頼む』と言うと魔装車(マジスビークル)に乗って、サムルドから去っていった。




サムルド国 南の平野




「それにしてもジークドリアかぁ」


「何か知っているんですか?」


リリンが手配したマジスビークルに乗車して、今まさに南に移動中の二人は緩い揺れの中、暇つぶしに話をしていた。


因みにカータとポーラは魔装士機関から出る際、新しい九級の上着を受け取り着用済みである。色は橙だ。


今走行しているマジスビークルは通常の乗用車に魔石でコーティングした装甲をいたるところに付けてあり、小型の魔獣や魔物から攻撃されたとしても破壊されない程度の防御力がある。


ただ、サムルドの技術力では乗用車までしか魔装車化出来ないため、この乗用車の大量生産は今のところは出来ない。


「いやー。知らないよー。単に危なさそうな国だなぁと思って」


「お父さんが言っていたことですよね」


「そそ。実際に見てみないと分からないけど、ブロンさんが言うってことは事実なんでしょうよ」


後部座席でだらーっと体を傾けてカータは言う。


「お二人はブロンさんの子供だっけか?」


乗ってから三十分ほど沈黙していた三十代後半らしい男性運転手は急に口を開いた。


「私はそうですが、このだらしない方の男性は違います」


「そーです。だらしない男でーす」


ポーラがしっかりとシートベルトをして背筋を伸ばしているのに比べ、カータは小さな子供のようにシートベルトを外して窓の外を見ている。


「そうか。話には聞いていたが顔までは見たことなかったからな。確認しただけだ」


それだけ言うと、また運転手は沈黙。


「(あれれ・・・何か怒っているような気が)」


「(カータさんがしっかりしないからですよ)」


二人が小さな声でこそこそしていると、車はゆっくりと減速しながら・・・止まった。


「すまん・・・少し『あいつ』を乗せても良いか?」


「あいつ・・・?」


ポーラが運転手の指さす方角を見ると、遠くの平野で誰かが魔獣と戦っているのを確認できる。


「カータさん!あれ!」


「うーん?あ、誰かいる」


カータは『解放』と言ってからサイフォスを右手に出現させると、視界がグンと広がるのを感じる。強化された目で見つめると、解放前は米粒のように見えていた人物の様子があらわになってきた。


その男性はなんと六頭の鵞鳥(ガチョウ)型魔獣に囲まれていた。


カータの記憶には、ここらの魔獣はサムルド付近よりも凶暴かつ賢いやつが多いとある。


中でもこの鵞鳥は空を飛べない代わりに脚力が凄まじく、一蹴りされただけで魔装士でも即死することがあると聞く。


そんな危険な魔獣に囲まれている男性は何かつまらない物を見るようにしていた。


「魔装は・・・薙刀型か」


カータが見たのは男性が右手に持つ魔装。


持ち手は薄い緑色だが、刃に近づくに連れてその色は濃くなっていき、先端は深緑のような色だ。


そんな綺麗なグラデーションをしている魔装を億劫そうに持つ男性は、警戒している鵞鳥型魔獣をただ見ているだけで何もしないようである。


「(カータさんには見えているんですね)」


ポーラはカータの邪魔をしないように後で聞こうと後ろに体重を傾けた。


「何で何も・・・」


カータが不安な顔で見ていると、その恐れていたことが目に移る。


何もしないと分かったのか、鵞鳥型魔獣は一斉に男性を食らおうと鋭い(くちばし)を槍のように突き出していた。


人の柔肌など容易に切り裂く六つの槍は男性に迫り・・・




次の瞬間、男性が気だるげに五メートル程跳躍すると、左手で地面を『叩き割った』。




自然の大地はその人外の力を受けると大きく地割れを起こし、魔獣たちの突きを強制的に止めさせ、岩と土が混ざった地面はめくりあがる。


その地面割りは周囲の魔獣たちを怯ませるだけだったのか、動きを止めている鵞鳥型魔獣に近づき、薙刀型魔装で真横に一閃・・・三匹まとめて首が飛ぶ。


残り三匹は敵わないと知ったのか、逃げ出そうと背を向ける。


「・・・」


男性は何か口を動かしていたがカータにはポーラのような聴覚強化がないため、聞き取れない。


逃げ惑う一匹の鵞鳥型魔獣の足を薙刀型魔装で簡単に切り離すと、すぐに頭と胴体も切り離す。


残り二匹の魔獣も同様に足を切断してから頭を破壊していた。


「す、凄い・・・ってか、なんだあの地割れ」


「そう、ですね」


流石のポーラでも地面が大きくめくりあがった一部始終は見えていたらしい。


大きな瞳をさらに大きくしていた。


「あー・・・またやってるよ。道が無くなるから止めろって言ってんのに」


運転手はやれやれと首を振る。


「お知り合いですか?」


ポーラが尋ねると、運転手は少し自慢げにニヤッとした笑みを浮かべる。


「あぁ!あいつこそジークドリア最強・・・風使いの『オリプス』だ!」


カータとポーラは遠くでこちらに手を振るオリプスという人物を誰だ?という表情で見つめていた。



次回は出張先で頑張るカータとポーラが中心です。


薙刀を持つ人も頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ