<二章> はじめてのおしごと
前回よりは少ないです
カータとポーラの対戦が終了した次の日。
無事にポーラの父親であるブロンから娘を預かる許しを得たカータは、魔装士団を結成するのに必要な手続きをするため、魔装士機関一階に訪れていた。
魔装士機関一階受付前の待機ソファ
「あー。昨日の古傷が痛むわー」
「しっかりと治療ガーゼを付けて寝たんですか?私はもう気にならないくらいにはなっていますけど」
実年齢的にはカータの方が一つ上なのだが、どうも精神年齢はポーラよりだいぶ下らしい。
何かと面倒な説明を聞きたがらないカータ一人に手続きを任せるのは不安だったのか、ポーラも同行。
因みに手続きは順番待ちがそれなりにあったため、二人は四人用の待機ソファに並んで腰かけている。
「あ、ごめんよ。ちょっとした冗談」
「そうですか」
親指の爪を噛みながら首をかしげる仕草を、冷ややかに流し見するポーラはハッ!と何かを思い出したような顔をする。
「カータさん。昨日の対戦の最後について聞きたいんですけど、よろしいですか?」
「うん、別にいいけど。何かあったっけ」
カータもポーラが真面目な口調で話しかけてきたのに、ふざけた顔は失礼だと感じたのか平時の表情に戻す。
「長い銃撃戦をした後に、最後は魔技で決着をつけようとした時があったじゃないですか」
「うん」
「私は確実にカータさんの捕捉範囲から逃れていたはずなのに、どうして後ろから迫る弾丸を頭から守ることが出来たんですか?いくらカータさんに視覚強化の恩恵があるといっても死角に関しては対処し切れないと思うんです」
ポーラは対戦後の待機部屋でのムスッとしたうつむきは別に拗ねていたわけではなく、単にこの疑問について考えていたのだ、と付け加えながら不思議そうな顔をしている。
「確かにポーラさんから見ればそう感じるのも無理はないよね」
「あの、少し前から思っていたのですが」
「うん?」
「『ポーラさん』という呼び方はもう止めて下さい」
「えぇ!マジで!今度からファミリーネームで呼んだ方が・・・」
「いえいえ!そうではなく!・・・敬称無しにして欲しいと思いまして」
ポーラは少しだけ、ほんの少しだけ照れたように髪先を指にクルクルと巻き付け始めた。
「うん、分かった。君がそう言うなら従うよ。『ポーラ』」
「ありがとうございます」
少しだけまた照れてくれるかと思いきやそんなことはなく、いつもの対応。
「で、話を戻すけど。実はあの時さー。本当に『勘』で回避出来たんだよね」
「どういうことですか?」
「いやさ。俺って戦闘になると妙に冴えるというか・・・父さんの血のおかげかな。うーんまぁ、その影響であの時ポーラの姿が消えた時、二つの推測をすぐに立てた。一つ目は完全に姿を消したように見せる魔技『光学迷彩』。これは相手の視界から見えないという圧倒的な強みの代わりに膨大な魔素を使うはずだから、あの状況で使ったら確実に倒れてしまう。ただ、可能性としては十分にあったから捨てきれなかったんだ」
カータはあの状況を思い出したかのようにゆっくりと静かに語る。
「二つ目は『高速移動』。俺はこっちの方が可能性としては高いと踏んでいたんだ。単純に己の移動力を超強化するものだし、視界から急に消えたのも理解できる。ポーラも言った通り、流石の俺でも高速移動系の魔技を見切ることは難しい。ってか無理、たぶん」
「あの短い時間でよく考え付きましたね」
「・・・まぁ、色々と訓練されたからね」
カータは少しだけ、一瞬浮かない表情をしたがすぐに先ほどまでと同じ態度に戻る。
「そんな二つのうち、俺は後者の予想を選択した。今考えるとかなり博打だったとは思うけど、それまでは考える余裕無かったし。それじゃあ、次に高速移動したポーラはどこに行くのか。これはポーラの性格をある程度知っていなかったら恐らく気付かなかったと思うけど」
「私の性格?」
ポーラはなおもよく分からないといった声で続きを待っている。
「そう。初めて会った時、世間話をしている時、あとはブロンさんの言葉を待っている時、それと今かな?」
「よく分かりません」
「うーん、俺も言葉にするのは難しいんだけどさ。何というかポーラはどうも何か考える時とか集中している時なんかに『慎重』気味になっちゃうのかなーって。今話している性格、これが勝利へのヒントになっていたんだ」
「・・・・」
「高速移動したポーラが向かう先。それは俺の背後」
「考えられる中では一番安全な立ち位置ですね」
ポーラはここまで言われて気付いたようだが、今度は難しい顔をした。
「うん。ここからは本当にポーラ任せだったんだけど。俺は君が消えた時にすかさず左腕を後頭部に回してしゃがもうとした。ただしゃがむだけでも良かったんだけど、それだと万が一当たった時に『即死』だからね。ただ、こんな相手の行動依存した対処法なんて実践なんかじゃ自殺行為だ。今回はたまたま予想が当たったから良かったけど」
「仮に私がカータさんの背後に行くとして。では、後頭部を狙うというのは適当な予想だったんですか?」
「うん」
「え?」
カータは当然といった声で肯定したため、ポーラも思わず聞き返す。
「いやだって考えてもみなよ?もし、背後から狙撃するにしても体に当てられるところはたくさんある。もちろんポーラほどの腕前なら確実に人の急所を撃ち抜くことができるだろうから、あれだけどさ。それで、数うちある部位の中で一番分かりやすい急所の例が『頭』だ。一発でゲームオーバーだしね。腰とか背中、それに首に来たらどうしようかとも考えたし、そもそも背後に移動するんじゃなくて真横とかあえての正面に来たらとも考えたけど」
「考えたけど?」
カータは、はははと少し笑いを混ぜながら話を続ける。
「その時はその時で俺の負けは決まっていたよ。ただ、ポーラも残り魔素は少なかっただろうからせいぜいあと一、二発しか撃てないだろうとも予想していた。これがもし最後の攻撃になるならポーラは『確実』に終わらせるはず。それで俺は後頭部に来ることを大前提に行動したってわけ。予想よりも少し早く撃たれたから、かがもうとした時には撃たれて腕は取れたけどね。まぁ頑丈な左腕のおかげで弾道は逸れたから結果オーライだけど」
「本当に偶然だったんですか・・・」
ポーラは自身の慎重な性格があだになったと後悔しているようにはぁと溜息をついていた。
「まぁまぁ。今回は俺の運勝ちとも言えるから気落ちしないでよ?真っ向勝負ならほぼ君に勝てない。俺ってそこまで強くないし」
カータは苦笑いで手をふりふりと横に振る。
「いえ、勝利は勝利です。結果は変わりません」
不意にポーラはフッと笑うと・・・
「ですが、戦闘能力的には私の方が上ですよね。カータさんは近接攻撃にめっぽう弱いですし」
「あはは・・・」
図星だったのかカータは乾いた笑いをひとしきりしていると、ポーラは他にも気になることがあるというのでまたもや質疑応答の時間になる。
「もう一つ聞いても良いですか?」
「時間は・・・うん、まだ大丈夫だからいいよ」
受付の窓口横にある『次の番号は四番』という表示をちらりと見たカータはあと一つくらいなら時間に間に合うだろうと予想。
「どんなこと?」
「ええとですね。マーニーさんが言っていた『三日修行』のことです。どうして三日のみであそこまで動けるのか疑問に思いまして。魔装を取得してからそんな短時間で慣れるとは思えない・・・というか私は一週間ほど必要でしたから。もし、三日という短い時間で効率が良い訓練などがあるのでしたら教えてくれませんか?」
他人の話はまるで教科書だという口ぶりでそう話す彼女は戦闘時とまではいかないが、真剣な表情だ。
「ポーラが思っているような大それたことではないよ。マーニーさんのおかげなんだけどね。あの白衣男、いつもヘラヘラしている割には訓練の時だけ厳しくなるんだ」
修行中のことを思い出したのか、カータはブルルっと体を震わす。
「三日間で慣らすなら、死ぬ気でやれって毎朝三時に起こされて、日付が変更した後にやっと就寝っていう熱血訓練をやらされていたんだよ。本当にこれだけ、これをしていたら何とかなった」
「そ、そうなんですか。対戦の時には精神論だと思っていたのですが・・・苦労なされたんですね」
「そうだよー、俺は天才じゃないし努力しないと何もならない。ただマーニーさんいわく秀才の部類になるんだってさ。この射撃術だって父さんからバカみたいな手ほどきを受けてやっと習得したものだから何となく実感はあるけど」
カータはぺしぺしと右腕を叩いて見せるが、そのがっちりとした見た目は必死に努力した結果であるというような様子だ。
「修行内容をお聞きしても?」
「そうだねー。まぁ、隠すようなことでもないし」
カータはうーんと両腕を上に伸ばすと苦虫を噛み潰したような顔で話し始めた。
時は戻ってカータとポーラの対戦三日前
カータとポーラの対戦を知ったマーニーはどうしようかと割と真面目に悩んでいた。
何しろ相手はあのブロンの奇才娘・・・ポーラだ。
半年前の戦闘データは機関のデータベースから頂いた(盗んだ)がそれも昔の話。
何か精神的に強い衝動があった際に魔装を解放出来なくなった者は少なからず存在するが、基本的には精神的なもののため、どうやっても本調子に戻らないことが多い。
ほとんどの者は途中でもう無理だと挫折するが、あの聡い少女のことだ。
ブロンの血を引き継いでいるならたとえ何年かかろうとも本調子に戻そうと努力するだろう。
半年という時間で一気に精神的にも肉体的にも成長させているのはもう目に見えている。
仲間を失ったショックで魔装を解放出来なくなった一人の捻くれた白衣男とは違って。
「(まぁ、僕はブロンとは違ってもう前線に出るつもりはないし、別に良いんだけど)」
マーニーはもう未練はないのか自身の魔装に何の感情を抱いてはなかった。吹っ切れたのでもなく、嫌いになったのでもなく・・・単に『無関心』。
自分でもなぜこのようなことになったのかは歳のせいか覚えてはいないが、記憶がおぼろげならそう大したことではないのだろう。
「(そんなことよりも、まずはカータ君のことだ)」
魔装という不思議な代物を手にして喜ぶ彼を見ているといつもは考えていないことが頭に浮かぶ。
このまま妙な感慨を持って彼の指導をするのはまずいとマーニーは両頬をばしばしと引っ叩いて、きつけ。
「・・・痛い」
柄にでもない行動で目が覚めたのか、マーニーはいつも通りのんべんだらりとカータが待つ場所へ行くのであった。
サムルド城下町中央広場
サムルドにあるここ中央広場は国の中心とだけあって、色々な商業施設が立ち並んでいる。
武具屋・衣服屋・雑貨屋などに加えて、国に唯一の大きな医療機関も位置する場所だ。
カータがよく訪れる魔装士機関もこの広場のど真ん中にある。
基本的には国の中央広場に民家は建てられるため、よくここの広場は人がごったがえしているが、皆どうといったことは無く、慣れたように人の合間を器用に進んでいる。
ここに住むならば、まず習得しないといけない通り抜けスキル。
自然と身につくらしい。
中央広場から直進するとサムルドの王とその兵士達が暮らす『城』があるが、事前に申請をしなければまともに城門にすら立ち入ることが出来ないのだという。
これは不審者を城に入れないために必要なセキュリティだ。何も年中サムルドに他国から訪れる者がいるというわけではないが、一か月に数回ほどは輸入車と輸出車が入れ替わりで国の入口にやってくる。
城に直接物資を届けに来るのはサムルド兵士の業務だが、用心に越したことはないという方針だろう。
そんな事情は全く興味がないといった様子で、ある短い黒髪の青年は広場に設置してあるベンチに座りながらマーニーが来るのを待っていた。
「(あーあ。また父さんが『してくれた』訓練コースを繰り返すのかなぁ・・・嫌だなぁ)」
カータの父であるハーリンは『魔装士になるなら銃を扱えないとダメだ。むろん、お前が剣を使いたいと言うなら止めはしないが、確実に早死するぞ』などいう強迫じみたことを口癖のようにしていたため、少年時代のカータはほぼ洗脳状態になっていた。
その延長で長く銃の取り扱いについて覚えさせられ、ついでに罠を使う戦闘方法も身についた。
「(ほとんど近接訓練してくれなかったから独学で頑張ってみたけど、うーん。魔装士学院であいつを怪我させてからかどうも苦手意識が強いんだよねぇ)」
昔の記憶を少しずつよみがえらせようとしていると、丁度マーニーが後ろからぽんと肩を叩いたため記憶の断片はバラバラになり意識の隅へと追いやられる。
「待ったかい?あ、そうでもないか。じゃあ、早速行くよ」
「俺、何も言って・・・」
カータが何か言おうとする前にマーニーはシャツの袖を掴み連れ去った。
カータとマーニーが訪れたのは中央広場から東に位置する遊技場だ。
ここでは主に魔装士と王国兵士が己を鍛えるために他人と対戦することを目的にした施設であり、バーチャルルームの簡易版がたくさん設けてある。
中央広場から西にある魔装士機関のバーチャルルームと異なる点はその広さと操作盤の種類だ。機関に一つしかないバーチャルルームは収容人数二千人とかなりの大きさを誇るが遊技場の方は戦うステージしか無く、観客は外から見ることになっている。
操作盤の方は機関のようなフィールド変更や疑似的魔獣・魔物を魔石の幻影で見せるなどという設定は出来ず、痛覚同期のパーセンテージの変更のみを行える。
遊技場にはトレーニングルームも存在するが、あまり使われていない。魔装があればどうせ身体能力が強化されるし、基礎体力はいらないという考えの持ち主が多いのか、日頃から真面目に取り組んでいるのは少数に当たるというのが現状だ。
「さてカータ君。まずは魔装を解放するところから始めようか」
「あのマーニーさん。ここで解放しても良いんですか?」
「まぁ・・・本当は駄目だけど少しくらいなら問題ないでしょ」
「何とまぁ、適当な」
カータは自分にも返ってくるような言葉をマーニーに向けつつ、『解放』と呟く。
カータが言葉に出したと同時に右手から蒼黒の魔素が溢れ出し、何時間前と同じような形で拳銃型の魔装が姿を現した。
「こいつの使い方を教えてくれるって言っていましたけど、何か普通の銃と違うんですか?」
「基本的には同じだけど、前に話した弾丸の補充。これを体感してもらおうと思ってね」
「でも既にリロードされていますけど」
「じゃあ、あそこ」
マーニーはトレーニングルームの中央から左に複数設置してある紫色の的のようなものを指さす。
「あれなら魔装の攻撃でもなかなか壊れないし、撃っていいよ」
「お!良いんですね!よし、なら早速!」
早く使いたいのかカータは全速力で的がある位置まで走って・・・
あ、こけた
せっかちなカータを呆れながら見つめるマーニーは本日の訓練メニューをもう一度確認するため、白衣のポケットに入れておいたメモ用紙を取り出し頭の中で訓練の内容とどう結果につながるかと思案していた。
何度か銃撃音が聞こえていたが、不意に止んだのかと思うとカータはマーニーが座る隣のベンチに腰掛けてきた。
「弾切れです。こいつって『八発』まで装填出来るんですね」
「そうそう。じゃあ早速リロードしてみて」
「え、でもマガジンがないですけど」
「いやいや、そんなのないさ。普通に撃つような感じでトリガーを引いてみ」
「???」
カータは何言っているんだこの人という顔で言われた通りにトリガーを引いてみる。
すると、カシャという弾切れの音ではなく、ハンドマジスガンの弾を入れ替えて発射可能にした時のような装填音が鳴り、ストッパーは外されているまま・・・つまり勝手に弾が入れ替えられ、すぐにでも発砲できる状態になっていた。
「おぉ!もうこれでオッケーなのか!」
「そそ。これが銃型魔装の利点だ。対戦の時にいちいちマガジンを取り出してリロードなんてしなくて良いからね。ただ、最後まで撃ち切らないと再装填はされないから注意」
マーニーはそれと、という追加の情報があるような口調で続ける。
「今勝手に魔素を吸われたと思うけど、どう?」
「あー。確かに言われてみれば減っていますね。連続使用は禁物ってことですか?」
「うん。僕の研究室で言ったことが身に染みるだろう」
「ですね」
まだ魔素を吸われるという不思議な感覚に慣れないのかしきりに腕を掻いている。
「慣れるまではあちこちかゆくなることあるんだけど、害ではないはずだから心配しなくていいよ」
「うーん・・・あ、そう言えば。こいつに名前ってあるんですか?ハンドマジスガンは総称になっているんであまり愛着が湧かないんですよね」
「あるよ。魔装名は『サイフォス』。別に僕が名付けたわけじゃなくて、昔のお偉いさんが付けたのをそのまま使っているだけなんだけど」
「ほーほー」
「君の方が銃に詳しいだろうから分かっているかもしれないけど、サイフォスの蒼い弾丸は通常のマジスガンよりはるかに強力だ。スピードも火力も自慢になる・・・ただ」
「ただ?」
「その暴れ馬君はそれなりに反動が強いから、まずは反動に慣れなきゃ話にならない」
「え、でもさっき使った時は大丈夫でしたよ?どちらかというとしっくりすらきましたし」
マーニーは普段から鍛えていることを知らなかったのか少し驚いている。
「あ、そうなの。じゃあ次の話。前にも言ったけど魔装には『魔技』という切り札的なものが備わっている。君の場合は『仮死の銃弾』だったかな」
「何ですかそのカッコイイやつ!」
子供のように目をキラキラさせて興奮するカータをなだめながらマーニーは続ける。
「特徴としてこの技自体で対象にダメージを与えることは出来ない。代わりといってはあれだけど、着弾した地点から広範囲に爆音と衝撃波を起こす。まぁ、つまり滅茶苦茶うるさい音で相手を気絶させるってこと」
マーニーはカータに分かりやすいよう噛み砕いて説明する。
「なるほど!それを上手く使えば、ノーダメージで勝利することも・・・」
「いやぁ・・・それは厳しいと思うよ」
マーニーは少し複雑な表情でそう告げると、カータは眉をひそめる。
「だって相手を気絶させられるならほぼ勝ちが決まったようなものじゃないですか」
「『決まれば』ね。君の魔技の弱点は生物にしか効果がないっていうのと、高速で動く相手には当てにくいってところだ」
「生き物にしか効果がないってのは分かりますが、高速で移動するってのは相手が有効範囲外に離れたら意味がない、とかですか?」
「そそ。君も射撃の腕には自信があるようだけど、過信しすぎるのは厳禁だよ。普通に撃つのと違って魔技は一回使うとほとんど体内の魔素が無くなるからね。それに相手にカータ君の魔技が知られている場合も気をつけなよ?予備動作を見せた途端にどっか行っちゃうだろうし」
なるほど、とカータは真剣に話を聞いている。
普段あまり小難しいことは聞かないのだが、自分に直接的に関わることはいつも決まって真面目青年に変貌する。
「最後になるけど、サイフォスには『視覚強化』という恩恵がある。まぁ聞いて分かる通り、目に関わる『動体視力』『遠見視力』『深視力』『暗視能力』なんかを強化するのが君の恩恵だ。暗視に関しては普通の人にはない力だし、一番役に立つかもよー」
「的が狙いやすくなったのは恩恵とやらのおかげだったんですね」
カータは近くの鏡で自身の瞳をじーっと見つめてそう言った。
「一応これで座学は終了だけど、何か質問はあるかい?」
「今のところはないですよ」
「そうかい」
マーニーは短く返答すると『本日のめにゅー』と書かれたメモを取り出し、カータに見えるよう顔に近付ける。
「何ですか?これ」
「見ての通りだよ。訓練」
「・・・何か既視感がする。睡眠が三時間しかないってところがまさに」
カータは広場の時に嫌だと思っていた訓練が、今まさに目の前にあることが夢に思えて仕方ない。
「そりゃそうさ。君のお父さんに訓練メニューを教えたのって僕だし」
「えぇ!そうだったんですか!父さんは自分で考えたって言っていましたよ!」
「つまらない威厳でもあったんじゃないかな」
「えぇ・・・あ、今日からもう訓練を開始するんですか?」
「そうだね。まぁ、楽しみにしておいてよ」
マーニーはニッコリと笑顔をしつつ、広場まで来るようカータに伝えてトレーニングルームから出ていった。
しばらく休憩した後、中央広場に向かったカータはそこでマーニーと合流。
カータが準備を終えるのと同時に『ではやるよー』という締まらない白衣男による熱血?指導が始まった。
『今日の天気は晴れ。快晴だ。俺の心は曇り空だけど。
今日からマーニーさんのゆるい熱血訓練が始まった。
何で矛盾したような書き方なのかは後に示す内容で分かるよ、きっと。
後で役に立つかもしれないから、一応・・・一応日記に記しておこうと思うんだ。
だって、今度修行するときに見返せば忘れかけていた記憶が戻るだろうし、たぶん。
一日目ということもあってか、そこまでひどくなかった・・・とは言わないぞ白衣男。
トレーニングルームでの座学が幸せに思えるくらいの身体酷使だよ、全く。
あの後、中央広場に戻った俺はマーニーさん監修の中走り込みを命じられた。
どのくらい走ったのかというと、うーん。
広場の外周は大体十キロ。流石に魔装を解放して良いとは言っていたからさ。
余裕だと思ったよ、最初は。
いや、まさか十周させられるとは思わないじゃん、普通。
大体昼前くらいに始めたから、何とか日付変更前までには終わったよ?終わったけどさ。
へっとへっとに、さらにへっとへっとを付けても足りないくらい疲れた後にマーニーさんの研究室に帰った。
やっと寝れると思うじゃん?違ったんだよ。
僕はもう寝るけど、カータ君は腕立て伏せを百回五セットね・・・だとさ。
いや、俺も父さんからバカげた筋トレをさせられていて慣れたはずなんだけど。
きつい、腕が痺れて取れちゃいそう。今も書いているkど、ところどころ文字が変になっているかもしれnい。
覚えtいたら直そう、うん。』
『二日目開始
昨日というか今日かな、いやだって夜中の三時に起きたんだよ?寝たのは一時なのに。
睡眠は物凄い大事なんだって改めて感じたね。
だって起こされた時の俺、フラフラしてたもん。
これ訓練していない人がやったら過労死するんじゃないかな。
あ、でも俺は魔装士だから関係ないか。
今日のメニューは魔装解放時の身体能力に慣れて、実際にバーチャルルームで動いて、魔技も使えるようにして、ポーラさんの戦闘データを頭に入れて、また走り込みをして、腕立て伏せと腹筋に背筋も鍛えた。
あれ?書き出してみたけど、すごい多いよね?誰がこんなハードメニューをこなしたんだろ。
あ、俺だ。
自覚症状が薄れるほど鍛えていたのかな?あれ・・・他にも何かやった気がするけど。
覚えていないってやばくね?
とりあえず、父さんの血筋か分からないけど魔装の適正は高いらしい。
そのせいで魔素が切れてもまだいける、まだいけるって何回もサイフォスの弾丸を作っては無駄撃ち、作っては無駄撃ち・・・何か意識が薄れていた気がするけどマーニーさんがその度に魔石を握らせてきた?のかな。
ポーラさんはとても強いらしいので、近中遠距離でも戦えるようにしておけって言われたけど。
まぁ、近接は論外として中遠はそれなりに自信があるから楽しかったよ?
ただの筋トレよりはマシ・・・かね。
何か父さんにされていた時みたいな気がする。
魔技もすんなり出来るようになったのはいいけど、もう二十三時ですよマーニーさん。
そんな時刻になってももちろん解放されることはなくて。
ダメ押しの動体視力訓練をさせられた。
いや、魔装解放しているとはいえね。実弾でマーニーさんは撃ってきましたよ。
頭おかしいのは当然として、実の息子に拳銃ぶっぱって倫理的に変じゃない?
あ、実の息子ではないか。
それでも北の規律国『イジヌ』だっけ。あそこで訴えれば即捕まるレベルなはず。
別にしないけど。
一応今日になって俺も慣れたのか、こうして寝る前に日記を書ける。
あ、意識したら眠くなってきた。
また三時間後に起こされるし、さっさと寝よう。うん。
また明日覚えていたら続きをjgんふ』
『三日目開始
昨日と今日の違いが分からなくなってきた?
まぁいいや。
何かぐっすり寝たと思っていたら何と午前中は休息だったんだって。
そりゃ明日が対戦だしね。ボロボロの体で行くのは流石に・・・
とか思ってくれていたのかな?
今日のメニューは二日分の総復習だった。
何でも俺は基礎体力と筋力はあるから、あとは魔素が減った時のだるさに対する抵抗だけを鍛えれば良かったらしいよ。
最初から本当のことを言ったら体づくりを絶対やらないと思ったから、いかにも俺がなまっているようなことをとグチグチ言っていたんだってさ。
まぁ、久々に感覚戻ったから感謝はしているけど。
午後はサイフォスの魔技を使ったり、銃弾を避ける訓練をしたり、抜き撃ちとかいうのを覚えさせられた。
元々は父さんから教えてもらっていたけど、すっかり忘れてた。えへ。
何となく何回もしてたら出来るように戻ってきたから本当に安心したよ。
昔やったのでも案外忘れているもんだね。いや、普通は忘れないってマーニーさんは言ってたか。うむ。
こんなハチャメチャな訓練のおかげで、魔素が一気に減ったとしても大丈夫になったよ。
いや無くなったりしたら流石にきついけど、前よりもずいぶんと魔素の使い方が上手くなったってマーニーさんも褒めてくれた。
皮肉らしくね。マーニーさんも素直じゃないんだから!
それにしても明日かぁ・・・
ポーラさんとの勝負に勝算があるわけじゃないけど、出来ればスランプを無くしてあげたい。
確か、魔装は精神に強く影響されるだっけか。
なら、俺みたいに『こい!』って思えば何とかなるんじゃないかね。
あ、でもそれは俺流か。
うーん・・・他にあるとしたら、使わないと負けるかもしれないっていう焦燥とかだけど。
俺みたいな平々凡々がそんな状況を作れるかな。
いや、無理だろ絶対。
まぁ、色々考えてもしょうがない。なるようになれだ!
とにかく!明日、ポーラさんの魔装を解放できるよう協力!
それだけでいいでしょう!
あ、もう二十二時だ。
少し早いけど、筋肉痛が直らんし、少しでも横になりたい。
薬草と魔石を混ぜた治療ガーゼだっけ?
あれ付けて寝よう、うん。』
そして現在
「とまぁ、こんなことがあったのですよ」
「すごい、ですね・・・私でもそこまで追い込んだことはないですよ」
カータは流石に日記のことは話していないが、三日の間、自分が経験したことを多少誇張しながらポーラに伝えていた。
彼女は『出来ない』とは言っていないが、ほぼ無理なのは分かっているのだろう。
「それにしても、私のためにそこまでしてくれていたなんて知りませんでした」
ポーラは少し悲しそうな目でカータを見つめる。
「いやねぇ。ポーラのため、ではあるけどさ。俺自身魔装士になって間もないから本当にこのままで俺はやっていけるのか?とか思っていた時でもあったんだよ。そこにマーニーさんの修行の話が来たから受けたんだ。だから、今回の修行のことはポーラは気負わなくていいの。俺自身のためでもあったんだから!」
言っている途中に何を思ったのかカータはもうお馴染になった左腕をサッ!と前に突き出す動作をした。
「・・・ですね」
少し俯いて微笑むポーラはカータの突き出した左腕にさわさわと触れる・・・まるでいたわるような行為にカータはドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。
丁度カータの話が終わった頃にやっと順番が来たのか『八番の番号札をお持ちの方は三番受付にお越し下さい』という機械的な女性の音声が聞こえてくる。
「行きましょうか」
「そうだね」
ポーラは今まで触れていた手を静かに遠ざけると、先ほどの触れ合いはあまり気にしないといった様子で彼女の背中は遠くなっていく。
ポーラが逃げるように歩き出したため、カータはそれを追うような形で歩を進めることになってしまった。
三番受付前
カータとポーラは揃って書類に必要事項を記入し、大方終わっただろうと感じていたところでカータはどこからか視線がこちらに来たのを感じた。
「うん?なんだろ・・・」
ポーラはまだ記入が終わっていないのか、淡々とした表情でペンを走らせている。離れるのはどうかと思い、視線が来る先を探していると・・・案外近くから来ていたのに気づく。
「あ・・・」
カータと目があったのは一番初めに魔装士の認定証を渡してくれた・・・あの受付の女性であった。
見ていたことを気付かれたのに焦ったのか、彼女は慌てて視線を逸らす。
「あのー。俺に何か?」
カータはよく分からない視線に戸惑いつつ、隣の受付で窓口業務をしているであろう女性に声をかける。
「あ、えっと・・・この前はどうも」
「えー・・・こちらこそどうも」
よく分からない挨拶を互いにしているのに二人に気付いたのか、ポーラが少しだけこちらに視線を向ける。
「お知り合いですか?」
「うーん・・・まぁ、知り合いっちゃ知り合いなのかな」
どうも煮え切らない言葉を紡ぐカータは首をかしげる。
「えっとですね。先日ルメシスさんに認定証をお渡しさせてもらいました『リリン・クメイラ』と申します」
その女性は長い金髪をしており、ここの制服なのか黒いジャケットのようなものを着ている。
顔は女性らしい丸顔で瞳は一重で胸囲も十二分にある・・・まさに大人の女性という印象だ。
ポーラに自己紹介をするリリンはとても物腰が柔らかい。
以前対面した時よりも丁寧なのは初対面でカータが騒がしかったのに加え、仕事が立て込んでいたのだろう。
「リリンさんって言うんですね。今後お世話になると思うのでよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
相変わらずカータに対しては少し冷たい対応だが、これもポーラと同じように少しずつ慣れていけば良いだろうと勝手に判断。
必要な書類を記入し終えてから、しばらくカータとポーラはリリンに魔装士の仕事について話を聞いていた。
この時間、夕方前はそれほど人が来ないらしい。
どのようにして仕事を受け、実際にどこで行い、いくら通貨が入るのか・・・基本的なところはあらかた教えてくれたため、いちいち他の窓口に移る必要が無かった。
ここ、サムルドを含めアーコイド大陸全体の通貨は統一されている。
一番希少性があるのが『アーコイド紙幣』で次に『アーコイド金貨』『アーコイド銀貨』『アーコイド銅貨』というような四種類がある。
アーコイド紙幣には魔石が偽造防止のため、北の規律国『イジヌ』で制定されているのに従ってちりばめられている。
とても素人では作ることが出来ないような極小な魔石を森林に多く生息する『シヘイシ』という木を原料に作られる紙にある一定の順番に付けられるため、まず偽造することは無理と言っても過言ではない。
金貨・銀貨・銅貨も同様にイジヌで法律に沿って不思議な模様の極小魔石をちりばめられているため、偽造は出来ない。
実際のサムルド兵士の月収入はどうかというと、アーコイド紙幣三十枚ほど。
役職に就けばさらに上がる。
他方、魔装士の月収入は十級から八級まではアーコイド金貨三枚、七級から四級まではアーコイド金貨十五枚、三級以上はアーコイド紙幣三枚だ。
月収入で兵士と魔装士との収入の落差があるのにはきちんとした理由がある。
国の兵士である者はしっかりと教育を受け、手順を踏んだ上で国を守るのに尽力するのに比べ、魔装士は基本的には魔装さえ使えれば職業に就ける。
魔装士学院と呼ばれる場所で学んだ者もいるが全員が全員卒業をしていることはなく、元無職の者が魔装士になることも珍しくはない。
サムルド王以外の王もずいぶんと悩んだらしいが、流石に国の兵士よりは安易になれる魔装士をそこまで待遇することはないという結論になったのか、このような給料体制になった。
しかし、ただ魔装士は認定証を持っていれば通貨がもらえるというわけではなく、級によって月にどれくらいの数かは異なるが機関の基準を参考にして一定数の依頼はこなせないと給料はもらえない。
そして現在の通貨レートは金貨十枚で紙幣一枚と同じ価格になり、銀貨・銅貨も十枚で一つ上の通貨と同じ価値になっている。
ただ、流石に魔装士の中でも給料が低すぎると反発する声が多くあったため、魔装士機関から月に何回か出される特定の『ボーナス依頼』を無事達成することで『ボーナス』を与える法律が作られた。
もちろんボーナス依頼はそれぞれの級ごとに作られるが、受けられる数も限りがあるため不定期に突然発表される。
基本的には早い者勝ちだが、公平性を設けるため先月と先々月に受けたチームは受諾出来ない仕様だ。
サムルドは他国と比べて物価が高いがその分ボーナス依頼はかなりの頻度で発令されるため、完璧ではないが何とか均衡を保っている。
物にもよるが、カータが昼食に摂った『豚型魔獣のソテー』『小魚型魔獣のスープ』『薬草ゼリー』のわんぱくセットは銅貨五枚だ。
無駄遣いさえしなければ十級の魔装士でも十分暮らしていけるのはここ最近の話であって昔はもう少し節制していないとすぐ金欠になったらしい。
そんな事情があってか今のところは安定している魔装士という職業。
カータはまだ今月の給料を受け取ってはいないが、次の月の中旬には受け取ることが可能とリリンに言われると魔装士になったのだという実感が少しだけ湧いてくる。
「とりあえずはこのくらいですね。他に何かあればお申し付け下さい」
話している間に打ち解けたのか、リリンは笑顔で対応をしてくれる。
「ありがとうございます、リリンさん。とても参考になりました」
ポーラは元々魔装士としての仕事を短期間ではあるがしていたため、給与体制の知識はあったようだが、リリンの話の中で魔物の対処法については興味深いといった表情で質問をしていた。
勉強熱心なポーラと違ってカータは一応聞いてはいるものの、どこか物足りないといった顔である。
「業務の話は良いので、魔獣に関することを教えてもらえませんか?」
終始黙っていたカータは少し浮かない表情でリリンに尋ねる。
「え?ええ。構いませんが、何の魔獣についてですか?」
ほんの少しだけ前に見た焦りの目をしているカータに疑念を抱きつつ、リリンは応じる。
「俺の父さんを襲った『狼型』魔獣についてです。伝令の行方不明で死亡扱いするとかいうふざけた仕事に怒りを覚えたので俺自ら倒しに行こうかと考えています。前にお会いした時は受けられないと言っていましたけど、情報くらいはありますよね。流石に前知識無しで挑むのは厳しいと最近気付いたので」
ポーラの方をちらりと見たのは修行のことを指しているのだろうか、カータは戦闘時の時のように少し声を低くしてリリンに問う。
「え、ええと・・・」
リリンは普段とは異なる様子のカータに若干怯えているようで上手く言葉を発せないようだ。
「カータさん、怖いお兄さんの演技は良いですから。リリンさんがまともに騙されていますよ」
ポーラは打ち合わせでもしていたかのような口調で言うが、もちろんカータとそんな話はしていない。
「え・・・あ!あぁー。言うなよポーラぁ!ばらしたらせっかくの雰囲気が台無しだよ」
カータは一瞬目が泳いだが、ポーラの言わんとすることが伝わったのか、おどけて両手を手品の種を明かすようにして広げる。
「そ、そうなんですか・・・てっきり本当に怒っているのかと」
ふぅとホッとしたようにリリンは息を吐く。
「ええとですね。ここだけの話・・・私も伝令の仕事には疑問を感じています」
リリンは二人に近寄るよう手招きし、カータとポーラもそれに従う。
「ただ、伝令は各施設とそれぞれの民家に届けを送っているのでとても忙しいんです。それに今はここのスタッフで人員が割かれているのでまともに人手がない状態です。なら人を増やせと思うかもしれませんが、ここも無限に通貨があるわけではないのでどうしてもお支払いすることが出来る金額が低く・・・」
「魔装士より低かったりしますか?」
カータは少し前とは異なりいつもの表情だ。
「はい・・・そのせいもあってか、なりたいと思う方が年々減少していますね。この伝令にこそ多くの通貨を支払うべきだと私は考えているんですが、どうしても現在は兵士と魔装士の方に加え、研究・開発・警備・建築・医療・輸送・加工などの専門技術者に多くの予算が使われています。現状では仕方ないことかもしれませんが、こうして実際カータさんのお父様の安否が上手く掴めていないことを考えると本当に申し訳ないと思います」
沈痛な面持ちで深く頭を下げるリリンはまるで自分のせいとも考えているような下げ方だ。
「いやいや!リリンさんが謝らないで下さいよ!俺も少しネガティブになっていたというか、その本当にすみません!」
そう言うとカータもリリンに向かって頭を下げる。
窓口を挟んで深く頭を下げ合う二人の男女・・・両者共に沈黙しているという何とも不可思議な光景だ。
「あの・・・お二人とも一応周りに人がいるので」
ポーラが小さく注意するとマジか!というような顔で二人は元の体勢に戻る。
「あ、あぁ・・・私としたことが」
リリンは、はわわと言いながら顔を赤くしているが数秒後に落ち着きを取り戻す。
「こほん・・・すみません、取り乱しました。えっと、狼の魔獣についてですね」
先ほどカータが聞いたことを何度も復唱していると思い出したのか、少しずつ話し出す。
「確かハーリンさんは『ジョーカー』魔装士団の団長さん『です』よね。他のメンバーの方も行方不明らしいのですが、こちらも情報が無いので何とも言えません」
『ジョーカー』などというチームの前についている称号は魔装士機関が認めた団のみに当てられるものだ。
他にも『スペード』『ハート』『クローバー』『ダイヤ』などの称号も持つチームがあるがこれはアーコイド大陸のそれぞれの国で一つずつしか保有できないという決まりがある。
サムルドではハーリンのチームがジョーカーの称号を持っているが、チームの更新手続きが事実上出来ないため他のチームに称号を移動させる話が出ている。
「ただ、その狼型魔獣・・・今月中に『指定危険災厄』になります。他の国では既に定められている魔物や魔獣がいるそうですがサムルドでは初になりますね」
「ディザスター・・・何度か聞いたことがありますが」
ポーラは知っているのか難しい顔だ。
「その狼型魔獣はまだほとんど情報が公開されていないのですが、カータさんはハーリンさんの息子さんですし、特別に・・・」
「お願いします」
カータも真剣な瞳でリリンを見つめる。
「ええ・・・と言っても風の噂らしいので鵜呑みにはしないで下さい。サムルドから南の『ジークドリア』で見つかった・・・便宜上のためコードネームが決められていますので、そちらを使いますが『濃霧の狼』《フォッグ・ウルフ》。フォッグは霧という字から予想されると思いますが、何でも霧を自在に操ることが出来るらしいです」
「魔獣がそんなことを?」
カータは驚いたように思わず声を上げる。
「ええ・・・まだ把握できてはいませんがその狼を追うと必ず濃霧が発生して追跡が困難になることからそう仮定されていると聞きました」
リリンも不確定な情報をあまり信用はしていない様子で続ける。
「元々はサムルド周辺で見つかった魔獣ですのでここのディザスターになりましたが、いつ戻るか分かりませんので、上は警戒態勢をとる予定ですね」
「なるほど・・・分かりました」
カータは納得といったように黙り込んでしまったので代わりにポーラが挨拶をしてから魔装士機関を出た。
「カータさん。いくらお父さんのことがあると言ってもあの口調はダメですよ」
「うぅ・・・ごめん」
魔装士機関から離れ、二人は夕食を摂るためテイクアウトしたものを持参し、中央広場にある公園のベンチに来ていた。
因みにポーラは鶏型魔獣の肉をカララという辛味のある香草とオシの鉱石から取れる塩分の含む顆粒で味付けされたものを薬草と一緒にギムのパンで挟み、食している。
カータはあまり食欲がないのか小魚型魔獣のスープをカップに入れてもらい、ちびちびと飲んでいる。
「私がフォローしないとムグムグ・・・いつまでもあの調子でいたでしょうし、もぐもぐ・・・今後は気をつけてください」
「いや、うん・・・分かるけどさ。食べながら話すのは流石に」
「たまには良いじゃないですか。家ではしっかりと食事をしていますし」
カータの言葉を遮るようにして自身の家のことを持ち出すポーラ。
「俺、家での様子は」
「とにかく。カータさんがあそこまで真面目になるのはおかしいので、もし悩みがあるなら私に言ってください」
またもや重ねてくるがもう仕方ないと諦めることにするカータ。
「わ、分かったよ。じゃあ、夕食も終わったし・・・今日のところは解散で!明日からまた頑張ろう!」
「・・・ですね」
カータが無駄に話を変えようとしたのがおかしかったのかポーラはクスクスと笑みをこぼす。
小さい子扱いされるのが恥ずかしかったのか黒髪の青年はそそくさと中央広場から姿を消していった。
次の日、カータはポーラが待つ魔装士機関に訪れる前に家で魔装士の制服に着替えていた。
魔装士機関が定める魔装士の制服は男女問わず、上は白いシャツに右胸の辺りに小さな魔石が付けてあり、その下には『魔装士』と小さな文字でプリントされ、下に履く灰色のジーンズによく似たパンツのベルトにも同様の小さな魔石がちりばめられている。
ただ、このままではあまりにもラフすぎる(ダサい)と主に女性魔装士から苦情が殺到したため、機関は級別に色付けされた上に着る物を配布した。
十級から順々に『赤』
九級『橙』
八級『黄』
七級『緑』
六級『青』
五級『藍』
四級『紫』
三級『茶』
二級『白』
一級『黒』
というような色分けになっている。
上着は綿と羊型魔獣の素材を原料で作られ、比較的柔らかいものだ。
単に色をつけただけではなく、魔装士の認定証にもある『獅子』の叫ぶ姿の文様があり一目見ただけで魔装士と分かるようになっている。
「(あー。この上着の趣味って絶対ブロンさんのだよなぁ・・・あの人ライオンみたいだし)」
十級の色の赤い上着をきちんと着ると何となく決まったような気がしたため、カータはしっかりと家の鍵を閉め、中央広場にある魔装士機関に足を進めた。
魔装士機関一階
カータが入り口から中に入ると既にポーラが待機ソファで待っていたのを発見したが・・・どうも、ソファでうとうとしているらしい。
「おーい。ポーラ、来たよー」
近くまで寄ってみたが、未だに気付いていない様子で目は眠たげにほとんど閉じられ、いつもピシッとしている背筋もだらしなく曲がっている。
「うーん・・・どうしようか」
隣に座ってもなかなか目を覚まさないポーラに『この子警戒心強いんじゃないの?』と疑問に思うが、いつもとは違う少女のギャップを見ているとどうしてか守りたくなってしまう気持ちになるのは自然の摂理なのかもしれない。
「(ブロンさんが可愛がるのも分かるなぁ・・・少しくらい撫でてもいいよね)」
止めておいた方が良いと頭では分かっているものの、どうも自身の性格は理性という邪魔な枷を外すのは得意らしい。
少し迷ったのは事実だが、行動に移すのは早かった。
「では、失礼して・・・」
朝早いのかまだ一階には人がまばらでこちらに視線を向ける者はいないと確認し終えると、静かにその純白のサラサラとした髪に触れる。
「おぉ・・・!」
丁度頭の頂点から後頭部にかけて右手で手櫛のように触ると、見た目以上に手入れされているのか、上質な絹をそのまま人の体温で温めたと勘違いするほど柔らかく、手触りが良い。
カータは今まで女性の髪をなかなか触ったことが無いが、少し触れただけでこれは別格だと感じていた。
「いやぁ・・・これは凄い」
このまま起きないでいてくれればもっと触れていられると思うと、無我夢中でゆっくりと丁寧な手の動きで割れ物を扱うような形になる。
時間にして二分程だろうか、まだ飽きないといったようにカータはポーラの髪を触っていると誰かに見られているような気がしたため、周囲をきょろきょろと見回すが誰もこちらに注目していなかった。
「気のせいか・・・」
「いえ・・・気のせいじゃないですけど」
いつの間に起きていたのかポーラは無表情でカータの事を見上げたような体勢で見つめる。
「げっ・・・」
カータは自分の愚かさに今さら後悔し『きゃーえっち』と言われて殴られるのを覚悟するが・・・
「何で目を閉じているんですか・・・」
ポーラは特に気にしないといった様子でソファに座り直す。
「私も無警戒でうとうとしていましたからね。こちらにも落ち度がありました」
「あ、えっと・・・」
「でも、それほど嫌ではありませんでしたよ?」
ポーラが少しだけ微笑むとカータは不覚にもドキっとしたのを感じる。
「それはどういう・・・?」
カータはてっきり嫌なのかと思っていたため、困ったような顔でポーラに尋ねる。
「いえ・・・私を撫でている時にカータさんの表情がコロコロ変わっていたのがお父さんそっくりで」
ふふっとまたもや静かに笑うとポーラは立ち上がる。
「では仕事を受けに行きましょうか。初依頼ですし、気を引き締めて頑張りましょう」
そう言うといつぞやの光景のように先に歩いて行ってしまった。
「なんだよ・・・ブロンさんと同じ扱いかぁ。まぁ、でも嫌われなくて良かった。あ、でも俺がオヤジくさいってことだよね。何か複雑だ・・・」
カータは少し肩を落としながらポーラの後を追い始めた。
二人が依頼窓口に着くと偶然なのか受付の担当は昨日話していたリリンであった。
「あら?カータさんにポーラさん。おはようございます」
昨日よりもさらに営業スマイルを炸裂させるリリンに若干引きつった顔をするポーラ。
「あ、おはようございます・・・」
「おはおはですね、リリンさん」
カータはというとよく分からない挨拶で対応。
「お二人は今日からお仕事なんですね。ポーラさんは大体システムが分かっていると思いますがカータさんは初めてのようなので軽く説明をさせてもらいます」
リリンは何かの資料をカウンターに置きながら説明を始める。
「まず初めに『今日のお仕事欄』から依頼を選んで頂き、十級のチームの方々はなるべく『三日』以内で達成してもらいます。日替わりでお仕事は変わるので無理だなーと感じた場合は月に『一回』までなら今受けているお仕事を棄却し別のお仕事を受けることができます。依頼の種類は『討伐』『防衛』『収集』『遠征』『出張(派遣)』の五つがありますが、始めは討伐と収集が中心になりますね。収集で集めた品は手で持ち帰り可能の場合はお任せしますが、大きい物の場合は『魔通信機』でご連絡下さい。こちらから兵士を飛ばします。
実際に受付まで品を持ち帰り、先にお渡しする依頼書と合致したのを確認できたらお仕事終了です。月に『三十』の依頼が最大受けられる限度ですが、ノルマは『十以上』です。これを下回ると申し訳ないですが、その月のお給料は無しとさせてもらいます」
一通り説明を終えると、リリンは今日のお仕事欄と書かれた紙を渡してくる。
「こちらからお選び下さい」
カータは渡された紙をじーっと見つめ、選別する。
「討伐は『豚型魔獣の群れを処理』収集は『オシの鉱石から取れる顆粒を300グラム収集』か。うーん・・・顆粒を三百ってどれだけ集まれば終わるんだよって感じだし、討伐行こう!うん」
「ですね。私も賛成です」
二人が決めたのを見ていたのかリリンはとても手際よく手続きをしてくれたため、すぐにでも出発できるようになった。
「今回は近場のため、魔装車は出せません。徒歩でお願いしますね」
リリンの手厚い送りを受け、カータとポーラは国の近くにある『サムルド東の森』へと進んだ。
サムルド東の森
サムルドから東に位置するこの森は王国の兵士がよく食材や鉱石を採取しに来るスポットで、木もあるにはあるがほとんど背はなく、遭難するほど深い森ではない。
ビギナーの魔装士もよく訪れるここの森は同じ仕事を受けているチーム同士で言い合いにもなるが、それも名物になっているらしい。
「初めて来るけど、何か静かだねー」
「ええ。恐らくどこかで身を潜め、私たちを見ている魔獣がいるのでしょう」
ポーラは慣れているのかカータよりも一歩先を歩いている。
それに比べカータの方はというと実に新鮮といったように周りを見回している。
ここに来る前にカータとポーラは魔装士の制服の上に何か着ないのかと国の入口の警備兵に尋ねられたが、銃使いであることを告げると納得した表情で通してくれた。
通常の銃使いは接近戦を極端に避けるため、制服の上には防具を着ずに身軽さを武器に魔獣や魔物からの攻撃を防ぐというよりも避けるのが主流だ。
カータも同じ理由で重い防具を着ずに回避を使った戦法を選んでいる。ポーラも同様らしい。
二人は城下町である程度の武器は揃えたが、そこまで必要あるかと聞かれるのは仕方ないのかもしれない。
カータは腰にハンドマジスガン一挺と『手投式魔兵器罠』を一つ所持している。
ハンドマジストラップは栓をとってから投げ、地面に当たると同時に小範囲にではあるが、即座に対象を痺れさせる高圧電流の膜のようなものを展開させる。対魔物用には開発させられたが、魔獣にも十分効果があるためこうして買ってきたのである。
ポーラはというとカータ同様ハンドマジスガンを腰につけ、その隣に片手魔兵器剣を鞘に収めている。加えて近距離戦をするために背中には特注の狙撃銃入れも身に着けている。
ハンドマジスソードは高温で溶かした魔石と鉄を混ぜ専用の工具で作製された剣で、通常の剣よりも硬度が高く切れ味も長く続く。それに最近では軽量化も実現され、近接型の魔装士のサブウェポンとしてよく見られる品だ。
約半数の魔装士は自身の魔装が一番と思っているのか、城下町に売られているマジス系の武器は身に着けないが、身を第一と考える者はなるべく手数を増やすため所持することが多い。
かくいうカータとポーラも安全第一を考えているせいもあって、このような比較的安易な依頼でも武装を怠らない。
「着きました。確かこの辺りに討伐目標は生息していたはずです」
ポーラが指さす場所は不思議なキノコがたくさん生えてある岩場のようなところだった。
「へぇ・・・ってあれか!ほらポーラ、あそこ!」
カータは見つけたことで興奮したのかとても嬉しそうな表情だ。
「いましたね。では早速やっつけましょう」
ポーラは静かに腰のハンドマジスガンを構えると十五メートルほど離れた豚型魔獣に一発発砲する・・・が、僅かに頭の隣に逸れて近くの岩に着弾。
カキーン!と弾が当たった音に気付いた豚型魔獣はこちらに振り向き『ブブシュ!』と鳴き声を上げ、鼻で怒りを示しているのか物凄い勢いで動かし始めた。
「ポーラは緊張し過ぎなんだよ。もう少し肩の力を抜いて・・・」
今度はカータがハンドマジスガンを構えて発砲。
拳銃を最も得意な武器とするカータが放つ弾丸は怒り狂う豚型魔獣の頭にクリーンヒット。
『ギュギュ・・・』と変な声を上げると、頭部から赤い鮮血をまき散らす豚型魔獣は絶命した。
「すみません・・・外してしまって」
「いやいや。俺が倒したし問題な・・・」
カータが途中で言葉を止めるとポーラは『どうしたんですか』と言う前にその正体が明らかになる。
カータが凝視していたのは先ほど豚型魔獣がいたよりもさらに奥の岩場。
全長五メートルほどの豚によく似た魔獣がこちらを静かに見つめていた。
体にはところどころ何かの傷があるがそれはまさに強さの象徴ともいえるような付き方。
片方の目には剣で付けれれたのか縦に大きな傷があり、何度も外敵から傷を付けられるたびに皮膚が硬質化していったのか先ほどの小さな豚型魔獣とは厚みが違う。
「依頼書には書いていなかったやつだなこいつ・・・うーんでもどこかで」
カータは何かぶつぶつとは言っているものの、立ち姿はまさに洗練されたガンナーだ。
「(カータさんはオンオフの波が激しいのかもしれないわね)」
ポーラはカータにつられるようにしてマジスガンをしまうと、代わりにハンドマジスソードを鞘から抜き出し右手一本で構える。
「私が前衛であの魔獣を陽動しますのでカータさんは後方射撃をお願いします」
「分かった、無理するなよ」
カータの了承を得るとポーラは左手に意識を集中させスポウダムを顕現させる。
事前に背中に付けてある狙撃銃入れにスポウダムを素早く入れると一気に大きな豚型魔獣まで距離を縮める。
「フッ!」
短い声を上げてポーラは魔獣の正面にまで近づくと、直前で右にステップをし、相手の横に薙ぎ払う右前足攻撃を回避する。
「これでっ!」
大きな豚型魔獣の真横に陣取ったポーラは行動力を低下させるために左前足の腱を切り裂こうと研ぎ澄まされたハンドマジスソードの刃で横一線に振るう・・・が。
キーン!と魔石によって強化されたはずの剣でも弾かれる皮膚はまさに天然の防具。
大きな豚型魔獣は横にいるポーラが弾かれて無防備なことを知ったようにそのまま、その巨体で真横にタックルの構えを取る。
「・・・くっ!」
流石のポーラでも弾かれてのけぞった体勢では回避の行動に移せない。そのまま巨体に押しつぶされると覚悟し・・・
ヒュン!と微かに聞こえる銃弾、確かこの音はこの前に何度もポーラを苦しめたはずの・・・
そう、ポーラがのけぞったのを視覚強化によって遠くまで見えるようになったカータが援護射撃を決めていた。
蒼い弾丸は丁度ポーラが斬りつけた箇所の反対側の右足に着弾。
重心を支えていた足を撃ち抜かれた魔獣はバランスを崩して転倒。
「ポーラ!そいつは確か『鎧豚』だ!魔装の攻撃力くらいないと皮膚にすらダメージが入らない!今思い出した!」
大きく声を上げたカータだが、どうしてもっと先に言わないのかとポーラは若干いらつくが、助けてもらったため何も言えない。
「分かりました!では」
ポーラは今度こそハンドマジスソードを鞘にしまい、スポウダムを背中の入れ物から抜き出す。
魔装の力で強化された脚力で跳躍、木まで飛び上がると頑丈な木の枝を足場とする。
「私が上から狙撃します!」
「了解!俺がこいつの敵対心を集める!さっきとは逆になるけどね!」
アーマーピッグは『ギュギュ!』と鳴き声を上げると少し離れた位置にいるカータの方を向く。
「さて、こい!」
カータは何を思ったのか腰につけてあるハンドマジストラップの栓を抜いたままその場で寝転んでしまった。
「何をやって・・・!」
思わずポーラは木からすぐ降りて向かおうとするが、もう既にアーマーピッグはカータの目の前まで移動していた。
「(見かけによらず早いのね!)」
もう間に合わないと思い直接今いる地点からスポウダムで狙撃。
ビュン!ビュン!と二発の銀色に染まる弾丸はアーマーピッグの背中に迫るが・・・
弾が当たる直前で急にアーマーピッグは痺れたようにビクンッ!と硬直。
そのままスポウダムの弾丸はアーマーピッグの硬い皮膚組織を食い破り、血管を無作為に傷つけ筋組織を無残にも貫通。
骨まで達した銀色の弾丸はそれでもまだ加速が止まらず丁度内臓が位置するところに着弾したのか臓器をも破壊する。
完全に風穴が空いたアーマーピッグの腹辺りから未だ加速運動を続ける二発の狙撃弾はやっと地面に突き刺さり動きを止めた。
「ギュルル!」
まだ動きづらいのかアーマーピッグはよれよれと体を震わしながら後退する。
「ポーラ!大丈夫かぁ!」
「カータさんこそ!何で戦闘中に横になっているんですか!」
ポーラはいつもよりも感情を爆発させたかのように叫ぶ。
「こうした方が引き付けるのに効果的かと思って!一応ハンドマジストラップを設置していたしさ!」
「あ・・・なるほど」
ようやく先ほどのおかしなアーマーピッグの様子に気付いたのかポーラはハッ!という表情だ。
「まぁ、いい。とりあえず」
ポーラが静かになるのを見届けるとカータはサイフォスの銃口をアーマーピッグに向ける。
「これでお終いだぞ、アーマーピッ」
カータが引き金を引こうとする前にアーマーピッグは急に『ギュール!ギュール!』と何かの合図のような鳴き声を上げた。
するとどこから来たのかカータが仕留めたあの豚型魔獣と同個体の魔獣がのそのそとカータの周りに出現してきた。
いくら安易に倒せる豚型魔獣といえど防具無しでタックルをもらえば魔装の力で多少は皮膚が厚くなった状態でも軽く骨の一本ほど持っていかれるため、五匹程度ならカータでも処理できるが、いっぺんに来たら捌ききれない。
そんな予想を裏切るように現れた豚型魔獣の数はまさに二十。
明らかな数の多さに流石のカータも『うげげ・・・』といった顔をしている。
「カータさん!周りにいるのは私に任せてください!」
ポーラは木の上に位置するため、好都合な狙撃ポイントだ。
「任せた!俺はデカいこいつの相手をする!」
アーマーピッグはもう一度『ギュール!ギュール!』と泣き叫ぶと遠くからさらに増援が来たのをカータは自慢の遠見視力で確認する。
「この森ってこんなに豚が多いのかよ・・・」
とほほと嘆くカータだがそんな余裕はない。
バンッ!バンッ!と先ほどからポーラのスポウダムが火を吹いて周りの豚型魔獣を仕留めてくれている。
このままなら一対一で決着がつくだろう。
「ギューム!」
先ほどの痺れが取れたのかアーマーピッグは猛烈な勢いで突進してくる。
「よっ!」
真っ直ぐに突っ込んでくる生きた鉄球は突然動きを止めると、カータが避けた先に方向転換をしてくる。
「まずっ!」
まさか回避した先を読んで方向を変えてくるとは思わなかったカータはその爆発的な推進力の塊を正面で受けてしまう。
「ぐはっ!いっ!」
近接攻撃に弱いガンナーがまともに大きな衝撃を食らったらどうなるか。
当然といったように軽い人という物体は紙のように吹き飛ばされ、そこらに自然発生している岩に肩がぶつかり肉は裂け、地面近くにある木の太い枝に左腕が引っかかるとグキッ!と鈍い音を立てて嫌な方向に曲がる。
それでもなお、加速を続ける体は何本かの木にバウンドしてやっと動きを止めた。
「がっ・・・くっそ!こっの・・・だぁっ!」
左腕を元の方向に無理矢理ねじ戻すと腕を通して激痛が脳髄を走り、意識が飛びかける。
「はぁ、はぁ・・・」
左肩から骨が見えるほど皮膚と肉が裂けたことを確認すると両太腿にも何か違和感があるのを感じる。
視線を下げて見るとその途中で腹にも石によって傷ついたのか深い切り傷。
さらに視線を下げると実際に何本か小さな枝が太腿に突き刺さっているのを自覚してしまうと同時に急に痛覚が救いを求めるかのように痛みを発してきた。
「あぁ・・・流石に避けた後に見切っても意味ないよな」
言い訳するようにそう呟くが今さらのことだと自分を叱咤する。
「早く構えないと・・・またあいつが」
ゆっくりと後ろにあった巨木を背にして何とか倒れないよう体を支える。
魔装士の自然治癒力は基本的に静止している状態でないと超人的な再生力がなく、動いてしまうと未解放時と同じ速度の回復力になってしまう。
「ギュー・・・」
二十秒も経たない内にアーマーピッグは再びカータの前に姿を現し、まだ終わってないぞといった様子でこちらにじりじりと近づいてくる。
「へへ・・・休憩は無しか」
ニヤリと過度の出血で貧血症状になっているにも関わらずカータは不敵に笑う。
「ここでお前なんかに負けたらフォッグに勝てるはずがない、からな・・・勝たせてもらうぞ」
カータの言葉が分かるのか『ギューム!』とまたもや鳴くと助走をつけて先ほど同様の突進をしてくる。
「魔素は残してあったからな・・・ぐっ・・・」
何とかサイフォスを構えるものの上手く標準が定まらない。
それが出血のせいなのか左腕のせいなのかはカータにとって些細なこと・・・ここで当てなきゃ死ぬ。
それが原動力になったのか魔技の詠唱を開始する。
「ま・・・ぎ。アスフィクシア・ブレット!」
直前までアーマーピッグが迫った時に何とかサイフォスの魔技を発動させると銃口から群青色の魔素凝縮体が撃ち出される。
突進するアーマーピッグのすぐ隣の岩に着弾したそれは爆発的な金属音と凄まじい衝撃波を辺り一帯にまき散らす。
そして、その有効範囲にいた一人の男と一匹の魔獣は全く逆の方向に吹き飛ばされて互いに意識を失った。
「あ、れ・・・?」
カータが目を覚ますとそこは見知らぬ部屋であった。
天井しか見えてはいないが、全く記憶にない部屋。
「いって・・・くそ」
少し体を起こそうとすると全身に激痛が走る。
しばらく大人しくしていると急に横からドアが開く音がした。
「あ!カータさん・・・良かった!」
聞きなれた優しい声音は・・・
「ポーラか・・・あ、あの後は!」
「あの後・・・そうですね」
ポーラはカータがアーマーピッグと戦闘をしている間に四十を超える豚型魔獣を狙撃し続け殲滅。
カータを探そうと聴覚強化で遠くの音までレーダーのように感知できるポーラはカータが重傷を負ったことに気付き、駆け付けたが・・・丁度その時に魔技が発動しカータと魔獣が吹き飛ばされていたところであったため間に合わない状態であったという。
念のためアーマーピッグに死体撃ちをしてから元々依頼にあった豚型魔獣の討伐の証拠である爪を剥ぎ取り、カータを抱えてここ中央広場の医療機関に連れてきたとのこと。
「私がもっと早く向かえばカータさんはここまで」
泣きそうになっているポーラはとても儚げで美しい・・・とカータは邪推に思うが顔には出さない。
「あーまぁ。生きているし大丈夫だよ。ほらほら泣かないでお嬢さん」
何とか無事に動く右手を布団から出すとポーラの手を握る。
「・・・こんな時でも私の心配をするんですか」
少し怒ったようなポーラにカータは『げげ・・』と漏らすが・・・
「もうカータさんは一人じゃないんです。もっと私を」
何がきっかけなのかポーラが優しくカータの手を握り返すと急に青年は静かに涙を流し始めた。
「えっ!ちょっと・・・カータさん!あの」
おどおどとポーラは泣きやむよう声をかけるがカータは何も言わない。
白い少女が何気なく放った一言は黒い青年の昔に負った心の傷を呼び戻す代わりに、涙という目に見える形で傷を癒し始めていた。
今回は何となくカータとポーラの触れ合いが多いですが、次回の話はまたもやお仕事を中心に展開します。
新キャラも出るかもしれません。