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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第二部 小さな暗躍者
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<四章> ハデス討伐戦 前編

『コニ 城 王室前広場』




コニ国にある城の王室のすぐ近くにある広場。


コニ王と王国の一部の兵士と関係者以外立ち入ることが許されていない、この王室の前では今まさに『第三回平野安全祈願会』が開かれていた。


常日頃から緩く、自由に、仲良くをモットーに活動している(一部の兵士達以外)この城では何かしらの祝い事や適当に理由付けをして、食事会がかなりの頻度で開かれている。


今日もまた、平野に一匹たりとも魔獣が出現しないことに掛けて、この先もこのような状態が続くことを祈ろうという名目なのか、王国の上位の役職に就いている者どもを招集し、どんちゃん騒ぎのようなことをしていた。


「コニ王、このような会であまり仕事の話はしたくないのは重々承知していますが、『指定危険災厄ディザスター』が出現したのでは?少しばかりは緊張をした方が・・・」


騒がしい食事会でコニ王の側で護衛・・・正確には羽目を外しすぎないように見張りをしている側近の兵士はコニ王が聞こえるように耳のすぐ近くで話しかける。


「うーん・・・まぁ、本当に出たなら対策をしないといけないけど、まだ確定はしていないんでしょ?なら、そこまで気にしなくていいっしょ!」


コニ王は快活な様子で酒をあおりながら声を上げるが、特に深刻と捉えていないのか、その顔はいつもと変わらずにこやかなままである。


ニコニコと笑みを浮かべて食事会を楽しむこの男は、先代のコニ王が病死した後に息子ということで赴任したが、その性格は国の雰囲気と同じで自由奔放に加えて適当・・・王の仕事をする上でコニの基本方針を自身の性格に似せたこの男の施策は以前までの厳格なものとは大違いということで大勢の国民の支持を得た。


父親である先代のコニ王のような何もかも縛る国にはしたくないという現コニ王の声明は一見だらしなく、無意味だと老兵士や古参の意はあったものの、少しずつそのやり方は受け入れられている。


いきなりの路線変更が受け入れられるのも、肩身が狭い思いをしていた国民や厳しい訓練で疲労困憊していた兵士が、現コニ王の改革以降、精神的健康はもちろん、生活水準も上がり、港での労働に精を出す者も多くなったことも相まったことも付随しているのかもしれない。


今まで他の国との交流を絶っていた島国のコニも現コニ王赴任後は、アーコイド大陸のサムルド・イジヌ・ジークドリアと業務提携を結んだこともあり、今ではアーコイド大陸一の国内安定を維持している。


色々と常識外の考えと行動で見事、国民と兵士・魔装士の支持を得た現コニ王だが、その性格とは異なり、城下町や城に娯楽場なるものを作ることを禁じていた。


父親の考えが少しだけ残ったせいでこうなのだろうと側近の兵士は推測しているが、実際のところは定かではない。


おおざっぱな性格でだらしない恰好をしているのに、女遊びや過剰な娯楽を嫌がるコニ王のことを知る兵士たちは、密かにそのギャップに感心していた。


そんなコニの王のいつもと変わらない様子と口調をやれやれと聞いていた側近の兵士はとりあえずということで、魔装士機関と少数精鋭隊のアーロンからの連絡にいつでも応答できるようにマジスシグナルを左手に握りしめている。


「・・・何もないことを祈るか」


側近の兵士はガヤガヤと緊張感の欠片が見られない上位職の連中に呆れながらも、手に持たされた一杯の酒をあおった。




『コニ 北の外れ すごく迷いやすい森』




北の平野にあるすごく迷いやすい森に入る際、ジナ・護衛の魔装士二人・アーロン隊は出口付近に一人の男が片手魔兵器銃ハンドマジスガンを構えつつ、何かに対して警戒している様子で立っていることに気が付いた。


指定危険災厄ディザスターらしき魔獣がここに出現したという知らせは、魔装士機関の一部の者、王国関係者以外はまだ知らないはずだ。


曖昧な情報で国民を混乱させるのを避けるためにあえて、まだ城下町には警報を出していないのだが、ここでジナは『しまった』と思わずにはいられなかった。


「あなた、ここは一般の国民が来る場所ではありません。今すぐ城下町に戻りなさい」


ジナは周りにいるアーロン隊と護衛の魔装士を代表してそう言うが、その男はこちらに気が付くなり、全力で手を振りながらすぐ側まで駆け寄って来た。


「おいおいおい!おせーじゃねーかよ!白いねーちゃんが今一人で、ディザスターを抑えている!早く助けに行ってやってくれ!」


「白い・・・ポーラさんが単独で?」


「あぁ!俺はこの事を応援に来たやつらに伝えるために、ここで待機していた!ったくよ!あと二発撃ったら弾切れで・・・」


何かと興奮した様子でハンドマジスガンを見せつけてくる男の動作を見る限り、嘘とは思えない。


何せ、一般の国民は基本的に平野にすら出ないのに加え、ハンドマジスガンを持つ者も少ない。


ただの一般人ではないことを感じ取ったジナは、少し目を細めると護衛の魔装士一人に、その男を城下町に連れ帰るよう伝えた。


「ジナさん・・・」


「先ほどの応援の連絡は本当のようですね・・・今すぐポーラさんのいる場所を見つけ出し、救出に向かいましょう。ですが、その前に」


アーロンの確認するような問いかけにジナは力強くうなずくと、その場で手早く黄泉蛙ハデス・フロッグに対する攻撃方法と作戦を皆に伝達し始める。


「先ほどの特徴以外にも、ハデスの分解液には生物の持つ魔素をも分解し、体外に放出させてしまうという特性があるそうです。過去のデータを見るには人の肌に触れた瞬間に、激しい痛みに襲われ、その痛みは大やけどした時のようなもの・・・とあります」


「その分解液はどの程度の頻度で噴射されるのですか?」


「その時に応じて変わるらしいですが、基本的に害があると判断した者には容赦なくかけるらしいので、かなりの頻度で噴射されると考えて良いと思います・・・」


アーロンはジナから聞いたことを『ふむ』と考え込むようにして地面を見ると、顔を上げる。


「近接戦闘に持ち込む予定ですので、その分解液とやらの有効範囲に入らざるを得ないですな・・・一応我が兵士たちにはそれぞれボウガンをを持たせていますが・・・」


「ダメージになるか分からないということですね」


「ええ。小型・中型魔獣には有効なのですが、大型にもなると火力が足りない可能性があるので、効かないと判明した際には・・・」


アーロンはジナに決意したように視線を向けると、静かに鉄剣を抜刀し、右手に構えた。


「我が剣はコニの物です。どのような難敵であろうと、決して折れることはないでしょう・・・ジナ様、指示を」


「・・・アーロン隊に告げます。ハデスを囲むように、三人の兵はそれぞれ右・左・正面で陽動してください。ハデスが上手く釣られたところで、アーロンさんは正面の兵と変わるように突撃。護衛の子と入れ替わった兵士さんは陽動している二人のサポートをお願いします」


「ジナ様は・・・?」


「私は皆さんが前線にいる間、後方にいくつかの魔兵器罠マジストラップを設置しておきます。これでいつ皆さんが退却しても、数分の足止めにはなるはずですので」


ジナは後ろに背負っている魔装士用のリュックを揺らし、その存在感を露わにする。


マジストラップというのは手投式魔兵器罠ハンドマジストラップの元となった直接地面に設置するタイプの罠であり、手作業でしか設置出来ず、一つにつき七キロほどの重量のため手に持てる数に限りがある。


しかし、その分対象の魔物や魔獣に対してより多くの電撃を与えることができるため、王国兵士の部隊では必ずと言っていいほど持ち歩いている


基本的に身体能力が高い魔装士は、素早く展開するサブアイテムとしてハンドマジストラップを携帯し、集団で効率よく行動する王国兵士はマジストラップをメインの武器として使用する傾向になっているが、どうもアーロン隊はその傾向から外れているようであった。


「そうですか。兵士たち、いえ・・・私もそのような器用さがいるタイプの武器はあまり得意ではないので、助かります」


「・・・では、進みましょう」


ジナの言葉を合図に一行は森の奥まで進んでいく。




森に入ってから五分程でジナ一行は前方の木々より後ろから何かの足音と、微かに聞こえる銃声を確認できた。


「!」


アーロンはその様子に気付くとジナの作戦通り、自分の兵たちに陽動をしに行くよう合図。


アーロンの合図を見た三人の王国兵士は己のボウガンを各々で構えて、足早に進んでいった。


「こいつが・・・」


アーロンは目の前に映った巨大な蛙型魔獣に目を細めると、前方で既に陽動し始めている兵たちに注意を向ける。


しばらくボウガンで撃ち続けていた自慢の兵たちも魔獣には思ったダメージが入っていないのに気付いているようで、アーロンが飛び込みやすくかつ気付かれにくいような位置まで誘導していた。


「ふう・・・」


後ろに控えていたジナは頃合いを見計らって、アーロンに指示した。


「今です!」


丁度ハデスがこちらに背を向けた時に、ジナは声を上げ、それを聞いたアーロンと正面の兵は入れ替わるように移動。


「はぁぁ!」


アーロンは自らの鉄剣を抜刀しながら、ハデスの背後に急接近し、その弾力がありそうな皮膚を斬り上げた。


その瞬間にハデスは『ゲェ!』と悲鳴にも似た鳴き声を上げると、後ろからの襲撃者を見ようとするが、それは陽動に徹していた二人の兵士が許さない。


中距離武器であるボウガンから、近距離武器の鉄剣に持ち替えた二人は、アーロンの斬撃まではいかないものの、鍛え上げた剛腕で剣を振るう。


背後に注意が行ってしまったハデスは唐突な両側面からの鋭い斬撃に身を震わせるように、大きな体を縮める。


「そのまま行くぞ!」


アーロンは一撃した後に、もう一振り横一線に鉄剣を振るうと、ハデスの皮膚と肉が裂けて返り血を受けつつ、二人に合図する。


無言で了承した二人はアーロンに注意を向けさせないように、両側面から接近し、ハデスの両前足付近に鉄剣で切り裂く。


「すごいですね・・・」


ジナは後方で護衛の魔装士と入れ替わった兵士の一人とその陣形を見ていた。


ハデスが一人に前足で攻撃しようとするなら、他二人が息を合わせて鉄剣による重い斬撃を放ちつつ怯ませ、何か口の辺りで蓄えようとするならば全員でハデスの目をボウガンで狙撃。


完全に王国兵士特有の『チーム力』でハデスを徐々に追いつめているアーロンとその周りで息を合わせる兵士に、ジナは見入っていた。


「ジナ様。派遣魔装士様を視認できました」


「どちらに?」


「あちらです」


護衛の魔装士が指を向けた先にはここからでは確認しづらいが、確かにポーラと思われる人物が木を背にして顔を下に向けているようだった。


「・・・ハデスのすぐ側、ですか」


ジナは順調に前線で戦うアーロン達の隣にポーラがいることに歯噛みする。


「私たちが救出しようにも、今あちらまで行くとアーロン隊の陣形を崩してしまう可能性がありますが・・・いかがいたしましょう」



「そうですね・・・」


護衛の魔装士は静かにジナに言うと、すぐ正面で戦う三人に再び目を向ける。


「・・・私はサポート要員、ということでしたね」


ずっと黙っていた控えの兵士はジナがどうしようかと悩む前に口を開く。


「ええ・・・ですが、あくまでその補助は陣形が乱れた時にするものです。迂闊に参入してしまうと・・・」


「助けが必要な者がいるのです。救うべき対象のためならば、作戦など不要。私たちアーロン隊は貴方様がお思いになるほど臨機応変に動けないわけではありません」


「・・・分かりました。ポーラさんをお願いします」


ジナが了承したのを聞くと、控えの兵士は手に収まる程の筒を持ち、三人とハデスがいる前線まで走る。


あと少しで戦闘場所まで着くというところで、控えの兵士はその手にした筒を頭上に掲げ、スイッチを押した。


空で黄色の信号弾が光ると同時に控えの兵士はポーラのいる位置まで全速力で走るが、その姿を目にしたハデスが見過ごすわけはなく、急に現れた外敵に目を向ける。


頭上の木々が比較的開けているところで『偶々』戦闘していた三人は一瞬空に目を向けると、すぐさまハデスが注意を向けた方向に走り出した。


「(作戦放棄か。恐らくは派遣魔装士様が見つかったのだろう・・・ならばここからはやりやすい)」


アーロンは兵士達に教えている信号弾・・・黄色を意味するのは『作戦放棄』。


基本的には作戦通りに戦闘行為をする王国兵士達にも例外として、各々の判断で最良と思われる行動をしても良いというのがこの信号弾の意味するところである。


いつもはアーロンもしくは代理が使用するが、今回はいざという時のために全員に各色の信号弾を持たせている。


アーロン以外の者が使用したならば、それはアーロンよりも位が高いもしくは同等の者の指示に違いない。


「ここは通させんぞ。魔獣よ」


控えの兵士があと少しでハデスに接近されるというところでアーロンと二人の兵士はその行く手を阻んだ。


「ゲェー」


ハデスはうっとうしい虫を追い払うように、三人の左から薙ぎ払うように右前足で攻撃するが、その雑な払いを二人の兵士は避けること無く『受け止めた』。


頑丈な鎧に身を包まれた二人の兵士は衝撃で若干後ずさりしたものの、腕をクロスさせて、ハデスの一撃を何とか止めることに成功。


「ふん!」


動きを止めたハデスの腹下辺りまで接近したアーロンはその推進力を利用しながら、思い切り鉄剣で斬り上げた。


流石に魔獣とはいえ、背中や横腹付近よりも斬撃が効いたのか、ハデスは今までよりも大きなうめき声を上げるが、それを聞かないようにアーロンはその場で続けざまに剣を振るう。


「団長!救出完了したようです!指示を!」


ハデスの払いを受けて鎧が少し歪んでいる一人の兵士はアーロンに告げ、『撤退するのか?』

というような意味を含めて聞いてくるが、アーロンは首を振り、口を開く。


「ジナ様が安全域まで行ってないであろう!私たちがここでこやつを抑える!」


腹下付近にいるアーロンは叫びながら二人に告げると、押しつぶそうとしたハデスから距離を取るため、バックステップ。


アーロンがハデスの正面で再び鉄剣を構えると、それに習うように二人もそれぞれ左右に並んだ。


「衰えたか、二人とも」


アーロンは二人の鎧が歪んでいるのをチラッと見ると兜の下でニヤリと笑みを浮かべる。


「団長のために盾になったのです。そのような言い方では不服ですよ」


一人がそう言うともう一人も頷く。


「分かっている・・・全く、冗談というものは難しいものだな」


二人が思わず笑いそうになった時、急に正面にいたハデスが目の色を変えたようにその場で跳躍した。


10メートルほどある体を、ゆうに持ち上げ・・・しかもその高さは自らの背丈ほどだ。


「なっ!」


アーロンはこちらを踏みつぶそうとしていると気付くと、二人に後ろに行くよう指示。


何とかハデスの影よりも外側に出た三人だが、次の瞬間、その安堵は危機感に変わる。


曲芸師のように上手く着地したハデスの体重で地面が大きく振動し、その場で立っていた三人は地面のぬかるみに足を捕られてしまった。


「くっ!」


アーロンだけがまずいと思ったわけではなく、二人も兜の下では青ざめているはずだ。


頑丈で軽量化したとされているヘビーアーマーだが、実際のところは防御力に重点を置いているせいで、地面や気候などの自然の変化を受けやすい。


いくら鍛え上げた兵士とはいえ、足元が地震のように揺れている中で体勢を保つのは至難のである。


「団長!時間は稼ぎました!」


かろうじて身動きが取れるアーロンに一人の兵士は声を上げるが、ひざまずきながらじっとする姿はまるで命乞いをする人質のような体勢であった。


「あなただけでもお逃げに!」


ハデスはこちらに地震攻撃が有効であると判断したのか、再び跳躍する体勢を取り始める。


「くっ・・・」


アーロンは部下を・・・しかも自分の一番信頼している仲間の『最後の言葉』を耳にすると、背を向けようとするが足が進まない。


「団長!私たちは貴方に死んでほしくない!」


いつも寡黙で冷静なもう一人の兵士の感情的な言葉で、やっとアーロンは二人に背を向けて走り出した。




アーロンがすごく迷いやすい森の入口付近まで戻る頃に、後方でドシン!という振動音が聞こえ、ほんの少し風が吹く。


「・・・」


アーロンは頭を覆い尽くす兜の下で歯噛みすると、寡黙な部下と調子が良い部下の言葉を胸に、平野を抜けて国まで帰還するために足を進めた。




『すごく迷いやすい森 奥地』




森の丁度折り返し地点の場所から、大きな振動音を耳にしたフェクトは急に意識が現実に戻ったような感覚がしたのに気付いた。


「・・・」


血まみれで横たわるカータを静かに背負うと、周りを油断なく警戒し、ぬかるんだ道に入る。


魔装を右手で握りしめたまま静止していたせいか、カータの身体は全治とまではいかないものの、ある程度は傷がふさがったらしく、それを確認したフェクトは早々に国で治療をせねばという意識のみで道なき道を進んでいく。


気を失ってからしばらく経つと、カータの魔装は魔素化し、体内に戻ってしまったため、これ以上の治癒は厳しいだろうとの判断なのだが、フェクト自身単独以外で戦闘行為をした経験が無い。


誰かと連携を取りながらなどはもちろんのこと、誰かを庇いながら戦うことなど考えたことがないため、今この状態で魔獣に襲われてしまったら、魔装士の検定二級の称号を持つフェクトでも満足に処理出来るか不安であった。


「・・・」


それでも、フェクトはだらりと脱力して気を失っているカータを死守すると決めていた。


自分のことなど考えずに、ただフェクトを正気に戻す・・・その一心で重傷を負った彼を見捨てることなどできるはずがない。


「・・・ん?」


しばらくフェクトが森の出口まで足を進めていると、視界の端で大きな魔獣らしき後姿を確認出来た。


運良く魔獣に遭遇せず出口まで行きたかったフェクトは『はぁ』と息を吐くが、見つかる前に先制攻撃を仕掛ければ、こちらに支障は無いだろうと判断すると、カータを背負い直し、右手にある投槍型魔装のロサを握りしめる。


地に足をしっかりと着け、投槍本来の力を生かすべく、思い切り振りかぶって投擲しようとしたその時、大きな魔獣はその場から東の方角へ跳躍していってしまった。


「あれ・・・」


凄まじい跳躍力でどこかへ行ってしまった魔獣にあっけを取られたフェクトは今のうちにというように再び足を進めるが、魔獣がいた場所に『鎧の破片』が散らばっていることには気付かなかった。




『コニ 魔装士機関』




「・・・」


魔装士機関最高責任者であるジナは平時とは打って変わって、暗い表情で機関の受付横に備えてあるソファを見つめていた。


ポーラがなぜ体中に真っ赤な火傷のような症状をしているのかは予想できるが、それでもなお直接的な傷を負っていないのは流石と言うべきか。


最高責任者としてはサムルドからの派遣魔装士(名目上は新人)に多大な被害をもたらしてしまったことを案じないといけないが、個人的な思いでは早く目を覚ましてほしいと感じていた。


ジナがポーラの側でじっとしているのもある種では仕方ないとはいえ、部下に危険な事を押し付けてしまうという事実に、心が痛む。


コニ以外の魔装士機関の最高責任者はあまり魔装士一人一人や王国兵士に執着していないせいか、特に何も思う事はないとのことだが、ジナはそう割り切ることが出来る人間では無かった。


この仕事に就いて何年にもなるが、やはりこのように重傷を負ってしまった魔装士を直接見てしまうと前線に出ることが出来ない自分に憤りを感じてしまう。


「切り替えましょう」


ジナは自責することで逃げようとしていた自分に今何が出来るかを思い出すと、静かに目を閉じ、開眼した。


アーロン隊があのディザスター・・・ハデス・フロッグと戦闘している間に無事国まで帰還した護衛の魔装士・補助役の兵士は、気を失っているポーラをここまで運んだ後、それぞれアーロンの元にとんぼ返りするように平野まで行ったが、未だに連絡は来ていない。


ジナはアーロン達からの連絡を受けた後に、国王・・・コニ王に連絡するつもりであるが、緊急の事も考え、受付の通信係に所属する魔装士を集めるよう指示。


「そういえば・・・」


ジナは手際よく自分の役目をしながら、あることに気付く。


「カータさんはポーラさんと同じチームなのに姿が見えなかった・・・今はどこに?」


ジナがカータの行方を誰に探すように指示しようと考え始めたと同時に、機関の扉が静かに開いた。


「・・・フェクト!」


「・・・」


ジナが何故か血まみれのカータを背負うフェクトに対して名を大声で上げるが、その声を無視するようにして、静かにソファに横たわらせた。


「フェクト!これはいったい・・・!」


「あたしのせいなんだ」


「?」


フェクトは小さな体をさらに小さくさせ、カータとの一件を話す。


初めこそ怒りのような表情をしていたジナだが、途中からマドイソウの話になると、その顔は悲しみに暮れるような状態になっていった。


しばらくして・・・フェクトが話終わるのを黙って聞いていたジナは言い聞かせるように口を開いた。


「いつか困難に巻き込まれると思ってはいたけど、まさかこんなタイミングなんてね・・・」


ジナはまだ色んな面で幼いフェクトを機関のエース魔装士として働かせていたことを不安に思いつつも、その活躍ぶりで大丈夫だろうと高を括っていた自分を呪うが、今はその時ではない。


「こんな?」


「ええ。今、森の方でディザスターのハデス・フロッグという魔獣が発見されたの。それで・・・」


ジナは奥のソファに横になるポーラを指で示すと、声を小さくさせる。


「ポーラさんはハデスを森から城下町まで行かせないように孤軍奮闘していたらしいけど、魔素切れにより戦闘不能。私と王国兵士のアーロン隊は彼女を助けに行くものの、撤退戦を余儀なくされて、何とか今連れ帰ることが出来たの。でも、ご覧の通り・・・ポーラさんは魔素切れにより意識不明、カータ君はフェクトとのことで意識不明・・・」


「・・・こんな時にごめん、とか言えないか・・・でも、あたし!」


「フェクトを責めるのはまだ後にする。今はとにかくあのハデスを討つことに専念しましょう。そのためにもまず、アーロン隊を・・・」


ジナはフェクトを連れて機関の扉を開けると、視界の遠くに護衛の魔装士・サポート役の兵士があのアーロンの隣に寄り添い、こちらまで向かってくるところであった。


「アーロン隊・・・のうち、あのおっさんしかいないけど」


「・・・ええ」


フェクトが不思議そうにジナを見つめるが、それに答えるのに若干のラグが生まれる。


ハデスとの一戦で王国兵士トップクラスのアーロン隊のうち・・・二人がいないということは、恐らく先ほどの戦闘で死亡したのだろう。


ジナはフェクトに付いてくるよう指示すると、アーロンを向かいに行く。


「ジナ様・・・私は・・・」


「何も言わなくても構いません・・・あなたのような人が戦線離脱など、よほどのことが無い限りはないはずです」


「・・・」


二人はしばらく見つめ合うと、思い立ったようにジナから声を上げた。


「今からコニ王に国を挙げてのハデス討伐戦をするよう話をつけてきます。それまではアーロンさんは城下町で住民に状況説明および国の前に最終防衛線を準備していてください」


「ええ。ハデスの特徴を皆に伝達し、国には決して踏み入れないように手配します」


アーロンはすぐさま城に向かい、それに補佐役の兵士も同行。


護衛の魔装士にはジナから魔装士機関の魔装士招集の手伝いをするよう頼んだ。


「ジナ・・・あたしもハデス?ってやつを倒すのに協力するよ」


「今回ばかりは王国兵士の方々に一任するしかないの。あの魔獣には魔兵器マジス系の武器は効果がないし、魔装がないとまともに力が発揮できない魔装士のみんなには周囲の警戒と支援くらいしか頼めないよ」


「あたしが魔装だけに頼る魔装士じゃないことは知ってるだろ?おっさんたちの攻撃が効くってなら、あたしの蹴りでも効果があるはずだ」


「・・・でも、フェクトはマドイソウのことで他人を信用出来なくなったんじゃないのかな。そんな状態で他の魔装士や兵士と上手くやれる?」


ジナは思い切ってフェクトを諭すように言うが、フェクトは澄み切った瞳でジナを見つめる。


「もう大丈夫!あたしは変わったんだ。カータのおかげでね」


前なら単独以外の仕事を遂行しなかったフェクトがこうも前向きなのは、カータとのことが影響しているのは確かだが、こうも早く悩みが解消するのは流石子供というべきか。


良くも悪くも他人からの影響を受けやすいフェクトだが、こうも切り替えが早いのはジナとしても見習いたい部分でもあった。


「分かった。討伐戦にはフェクトは後方支援を任せるつもりだったけど、前線にしましょう。魔装士たちのポジションは私が、王国兵士たちのポジションは兵士団長が決めることになっているんだけど、アーロンさんに伝えておくね」


「おっし!じゃあ、早速・・・」


「ただ、くれぐれも。単独行動は無しね。味方とのチームワークが肝になる討伐戦では一人、たった一人の陣形乱しが負けにつながるの。本当ならもっと早くチームに入って、チーム戦に慣れてもらいたかったんだけどね」


うぐっと声を出さずにフェクトは苦い顔をするが、ジナは静かに目を閉じる。


「じゃあ、私はこれからコニ王とアーロンさんと作戦会議しに行くから、合図が機関に来るまでフェクトは待機」


「うん・・・」


ジナはこれで終わりというように黙って城まで歩いて行くが、その背中はとてもうなだれているような雰囲気であった。




「いっつ・・・」


カータが目を覚ますと、そこは魔装士機関の中にある救護室のベッドの上であった。


体中に包帯を巻かれ、治療されているためか薬独特の鼻のつく匂いが周囲に漂う。


フェクトに刺突された後のことは全く記憶にないのだが、無事にこうして寝ていられるということは少なくとも生きている証だろう。


前方を見ると、近くにあるテーブルには簡易的な医療道具や魔石と何かを配合してある液体入りの瓶。


乱雑に棚積みされる書類を見ると、サムルドの医療機関には遠く及ばない。


だが、室内の雰囲気はゆったりとしており、初めて訪れるカータでも不思議とリラックス出来るような場所であった。


「起きた?カータ」


カータが寝ていたベッドの右近くにある椅子に腰かけるフェクトは気まずそうに顔を背けてそう言う。


「あー・・・うん、たぶん。何かこの感じ、既視感が・・・」


「?」


カータは鎧豚アーマーピッグとの戦闘後に入院していたことを思い出していたのだが、フェクトには伝わらない。


「あ!そういえば!フェクト!」


「うん?」


「催眠は!」


カータは包帯を巻かれた体を起こそうとするが、それをフェクトは止める。


「大丈夫・・・カータがあたしを目覚めさせてくれたから。それよりも・・・」


フェクトはまた気まずそうにカータから目を背けると、頭を下げる。


「本当にごめん・・・こんな傷だらけにして」


「まぁ、いいよ。今回のことはフェクトのせいじゃないしね。それに、俺としてもまだまだ未熟だってことが分かったからさ。そんな悲しい顔すんなって!魔装士ならこれぐらい・・・」


「おい・・・本当に大丈夫?すごく顔をしかめてるけど・・・」


「・・・」


ふーっと深呼吸すると、カータはフェクトの後ろにいるボロボロ(顔が腫れ、いたるところに土と草がついていて、みるも無残に傷だらけ)な男性に目を向ける。


「その人は?」


「・・・マドイソウを使ってあたしと町の女の人を騙していたやつ」


「・・・!」


カータはふざけていた顔を引き締めると、その男を睨みつける。


「あんたが首謀者か!散々女性達を惑わせて、しかも住宅区画にいた男性も巻き込んだ・・・」


「あ、あー!いや!」


「許さないぞ、あんた。今は動けないが、絶対に・・・」


カータが憤りを感じさせる表情で何か言う前に、病室の扉が開く。


「あ、カータさん。起きたんですね」


いつぞやの花瓶と同じように今度は救急箱を両手に涼しい顔で入って来たのは、白い肩近くまで伸ばしている髪に獅子の紋章がある橙の魔装士の制服を身につつむ少女。


腕と首に薄く赤い火傷のような跡があるが、間違いなくその顔をカータは知っていた。


「ポーラ!大丈夫だったの!ってか・・・その火傷」


「色々とありまして・・・あ、そうそう。そこの男性は私が説得してあの騒動は未遂に終わりました。その後に協力もしてもらいましたので、今は一応こうして野放しにしています」


ポーラは情報屋の男とディザスターであるハデスとの戦闘についてひとしきり話すと、あの花園とやらが一か所だけ・・・つまり他の方角の奥地では何もする気はなかったということが明らかになったと説明。


一か所以外がフェイクということが分かったのは安心したが、それでもカータは納得しないような様子でボロボロの情報屋を見つめる。


今回のような暴挙をしたのは情報屋が先頭に立って行ったが、実は城下町の男性たちもコニの節制気味な体制に不満があり、それを変えようとする情報屋のやり方に賛同していたこと。


また、ポーラが条件付きで何とか男性たちを説得して、カータの後を追いかける際にハデスと遭遇した(情報屋には救援の手伝いをしてもらった)ということも聞いて、やっと険しい雰囲気が和らいだ。


「条件付きってのは、白いねーちゃんがジナに掛け合って、色々と変えてくれるように話す・・・ってことだ。マドイソウを使った変革は絶対にやるつもりだったんだが、いかんせんねーちゃんが怖かったからな・・・俺は確かに頭がおかしいかもしれないが、リスクとリターンは判断できるつもりだ」


「ポーラがそんなことをね。ジナさんに言えばコニ王にも伝わるだろうけど・・・」


カータは情報屋が汗を浮かべながらそう言うのに目を細めると、はぁと息を吐く。


「俺からも言ってみるよ。国民の意見をもう少し聞いてほしいってね・・・あんたみたいなやつがこれから増えるかもしれないってのも加えて」


「おぉ!ありがとな!黒いあんちゃん!」


情報屋は喜んではしゃぐが、その際に腹部に痛みが走ったらしい。


苦痛に顔を歪めながら、押さえていた。


なぜ、事件を起こしかけていた情報屋がこうして野放しになっているのかというと、現在はコニの国全体でハデス・フロッグというディザスターを警戒するために、各所動いているから・・・とのこと。


今回のような未遂では重犯罪とまではいえないラインのため、魔装士の監視付きでハデスの情報を集めさせる体でこうしていられるのである。


カータの見る限りでは無事だとはいえない体をしているが。


この程度フェクトいわくで済んだのは、ポーラの説得も相まってとのことだが、本当ならギリギリ情報屋を殺さずに(傷だらけにはしているが)『正義の成敗』とやらを行使したらしい。


大そうな計画を立てる頭と行動力はあるくせに、荒事が苦手なのはカータからも一目瞭然であった。


「あんたがポーラの助けを手伝って、ジナさんたちのサポートをしていたことには感謝する。だけど、それ抜きにしても処罰は受けてもらうからな」


「あぁ・・・」


カータの視線から逃げるようにして、情報屋は目を背ける。


しばし、沈黙が室内に流れると静かにポーラが口を開く。


「カータさんと別れた後に、私とこの人は浄化水・・・というもので、女性達の意識を取り戻したのですが、カータさんは持っていたんですか?」


「?」


ポーラは不意にフェクトが催眠状態になっていたはずという情報屋の言葉を思い出してそうカータに尋ねる。


「いや・・・死ぬ気でフェクトに呼びかけたんだけど・・・」


「思いっきり抱きしめられて・・・えっと何言ってたっけ」


カータが困惑したようにそう言うと、フェクトは考え込むように顎の下に指をそえる。


「いくらマドイソウの催眠効果があるとはいえ、完璧に操れるわけじゃねーからな。基本的には浄化水で元に戻すんだが、強い衝動でも目が覚めちまう・・・だからこそ、隠密に作業していたんだが」


白状する情報屋は申し訳ないように言うとフェクトに頭を下げる。


「嬢ちゃんもほんとすまねぇな・・・」


「・・・もーいいって。散々ボコしたし」


フェクトはやれやれと首を振ると、今度はカータとポーラに向き直る。


「とりあえず、情報屋のことはこれで終わり。それよりも、あたしはこれからハデスの討伐をどうするか考えなきゃいけないんだ」


「・・・フェクトが?」


ポーラはフェクトを横目で見ると、フェクトはそれをうんと頷いて肯定する。


「国の危機ってのに、動かねーのはタイダ?みたいなやつだしね。何だかんだであたしとしても、この国は好きだ。だからこそ、色々と頑張っていたんだけど・・・」


何を思ったのか途中で区切ると、フェクトは決意のこもった目でカータとポーラを交互に見る。


「あたしはカータとポーラに恩があるんだ。だからこそ、今回の討伐戦には参加して欲しくない。危険だしね」


ポーラが『でも』と言う前にフェクトは続ける。


「恩ってのも、二人からしたらあんまり大したことはないのかもしれないけど、ここ何回かの交流・・・あたしにとっては大切なもの。初めてなんだ・・・人を信じたのが」


そのままフェクトは己の胸の内を吐露する。


「ジナも吹き矢を持ったねーちゃんも信じようとはしてたけどね・・・でも、どこかで信じ切れなかったんだろうな・・・でも、ポーラとカータ。特にカータは命がけで、行動であたしを救ってくれた・・・こんなことをしてくれる大人なんて会ったことなかったんだ」


「俺だけが特別じゃないよ。たまたま、出来たのが俺だった・・・それに」


「ううん。良いんだ別に。細かいことは馬鹿なあたしには分からないし」


「・・・」


「ま、こんな小難しいことを馬鹿なりに考えてるせいで、変なことになったんだけど」


カータは途中でさえぎられたのをには何も触れず、ただ口を閉ざす。


実のところ・・・フェクトの話、正確には過去のことは詳しく知らないし、聞き出すつもりはない。


ただ、カータはこの時は確かにこの幼い少女を可能な限りの助けを出来たのかもしれないと思うことができた。


「カータさん。フェクトの言う通り、ハデスはとても厄介な魔獣です。私は足止めすることしか出来ませんでしたし、あのままだったら確実に死亡していたと思います。救助のおかげで事なきを得ましたが・・・それに何よりあの耐久性・・・今の私たちでは敵うとは到底思えません。ここはやはり、コニの王国兵士、ないしは魔装士の方に任せるしか・・・」


ポーラはフェクトの言う通り、討伐戦には参加せず、城下町に立てこもることを提案するが、カータは考え込むように目を閉じる。


「白いねーちゃんの言う通りにした方が良いと思うけどな。俺も」


「理由は?」


急に口をはさんできた情報屋にカータは閉じた目のまま問いかける。


「だってよ。あの魔獣・・・俺が言うのもなんだが、花園に入るやつを容赦なく追い出そうとするんだぜ?浄化水を採取するのも一苦労でさ。花園で対峙したことはねーが、もし見つかったら相当お怒りになるってのは聞いたことがある。それにあそこはあいつの得意なフィールド。つまり、地の利があっちにあるってこった。俺も移動する時に転ばないよう気を付けてたし」


「なら、おびき出せばいいんじゃないの」


「フェクトの嬢ちゃん。それは無理ってもんだよ。あいつは基本的に引きこもり蛙だし、今回出てきたのは俺と嬢ちゃんが花園でうろちょろしていたからだと思うぜ」


「・・・」


カータはあの広い花園で魔装士・王国兵士がチームを組んで戦闘を行うことを想像する。


あの時はフェクトに意識がいっていたため、地面のことは気にもしなかったが、確かに森の中は地面がぬかるみ、木々が生い茂るため、視界が悪い。


花園はどうかというと、森よりはましというだけで足場が良いとはいえない場所。


情報屋の言う通り、ハデスの得意な場所で戦闘を行うなど自殺行為に等しい。


「魔装士はハデスに攻撃が通じない。王国兵士は足場が悪いと上手く連携できない・・・」


「そんなことだな。まぁ、あいつを強制的に平野におびき出すってなら、それこそあいつの気を引くものでも出さなきゃ・・・」


「・・・」


カータは情報屋の話、ポーラの戦闘談を聞いてから・・・そして、自分が花園に足を踏み入れた時のあの感じを思い出すが、あの踏んではいけないと感じた花がどう結論に結びつくかあと一歩のところで思いつかない。


「あの花園ってハデスにとって大切なところなんでしょ?」


「あぁ、そうっぽいけどな。フェクトの嬢ちゃん」


「ならさ、その花を引っこ抜いたり、踏ん付けて挑発すればいいじゃん」


「それだ!フェクト!」


目を見開いたカータはフェクトに嬉しそうに顔を向ける。


「俺が花園で感じた、花を踏んではいけない雰囲気。多分、ハデスが大事にしているのが伝わったんだ。これは想像だけど、フェクトの言う通りにすればきっと寄って来るはず」


「・・・カータさん。仮にハデスが挑発に応じたとして、誰が引き付け役をやるんですか。足場が悪い・視界が狭い状況・・・森に慣れていて身体能力に優れている人は」




「二級魔装士のフェクト・ハロームか」


カータ達が病室で話し合いをしているのと同時刻。


城の『作戦会議室』ではジナとアーロンにコニ王が作戦会議を開始。


コニ王と二人がある程度の情報交換をして、どうしたらハデスを平野におびき寄せるかという中、コニ王はアーロンが提示したことをオウム返しにしていた。


「ええ。彼女はジナ様から聞く限りではとても俊敏な少女と聞いております。彼女の足ならばあの憎きハデスを森から平野におびき寄せられるのでは・・・と思いまして。いかんせん、こちらの兵士では移動力が足りませんのでね」


「ジナはどうなんだい?僕としては十一歳の子にそんな責務を背負わせて大丈夫なのかなと思うんだけど」


「・・・出来ます、あの子なら」


ジナはコニ王とアーロンの視線を受けつつも、受け答える。


「昔なら出来なかったかもしれませんが、今のあの子なら」


「そっか。なら、いいや」


「コニ王!そんな二つ返事で!」


「いや、僕は真剣だ。ジナは魔装士の戦術・育成術に長けている女性。つまり、ジナが良いと言うならそれは最善ということだろう。僕なんかが口を出せる領域ではない」


お調子者というイメージが先行するコニ王だが、いざという時は絶対にふざけたりはしないのをアーロンは知っていたが、なるほど確かに、今の王は目が細められている。


これが単にめんどくさいとか知らないという反応をしているわけじゃないのを感じたアーロンは口を閉じる。


「今、魔装士機関では可能な限りの魔装士を収集して準備をさせていますが、あと数分で完了予定。アーロンさんの指揮する王国兵士は既に準備完了とのことでしたので、城下町の周りにバリケード設置および国民への情報拡散をしてもらっています。コニ王、あなたの一声で討伐戦は開始できます。指示を」


「・・・」


ここまでジナとアーロンが先に先にと行動決定をしてきたが、このように国が危機もしくは重要な局面に晒された場合には、国王であるコニの指示が必要になる。


コニ国はこれまでに何度か魔獣によって危機的状況に陥ったこともあったが、その時もアーロンとジナの最終行動決定はコニ王がしており、見事に脱出している。


そんな実績と信頼を得たコニ王ならば、大抵のことは苦も無く解決できる・・・そんな風潮がコニ国には広まっていた。


「では、現時刻から十分後に作戦を王国兵士と魔装士へ伝達。並びに一時間後には戦闘隊形を整え、ハデスを討て」


コニ王はジナとアーロンにそう告げるなり、作戦会議室から退出した。


「行きましょうか、ジナ様」


「・・・ええ。あなたの兵士達のためにも」


ジナとアーロンはそれぞれマジスシグナルを使い、兵士の詰所・魔装士機関へと連絡をした。




「ええ・・・はい、分かりました、はい。失礼します」


ところ変わって、魔装士機関の病室ではポーラがマジスシグナルで機関の受付嬢からジナの作戦が伝えられていた。


「どうなの、ポーラ」


「・・・フェクトを先頭に森からハデスを誘導。待機させている兵士は平野で遠距離による一斉攻撃、怯んだ隙に近距離攻撃を仕掛けて絶命させる・・・そんな単純かつ明快な作戦だったわね」


ポーラはマジスシグナルの電源を落とすと、カータに顔を向ける。


「カータさん、先ほども言いましたが、私たちはここに残りましょう。私もカータさんもまだ本調子ではありませんし、それに対抗手段がありません」


「・・・まぁ、確かにね」


「そうそう!ここはあたしとコニの兵士に任せろって!絶対にぶっ飛ばしてやるから!」


カータとポーラが心配にならないようフェクトはニコニコと笑顔でピースサインをする。


「じゃあ、頼むわ。フェクト」


「おう!」


カータの返事を聞いたフェクトは足早に病室から出ていき、その場はまたもや静寂が訪れる。


「なぁ、黒いあんちゃん」


「・・・何だ」


「本当にさ、いけると思うか?討伐戦」


「ジナさんが考えたんだし、いけるとは思うけど・・・」


情報屋は顎の下に手を当てて、何やら考えているが、カータには何を言おうとしているのか判断できない。


「別に俺は占い師でも、預言者でもねーが・・・どうも嫌な予感がするんだよな」


「不吉な事を言わないで下さい」


「白いねーちゃんもそう思わねーか?何か、分からねーけど」


「はぁ・・・根拠も理由もない予想など、何の当てにもなりませんよ」


ポーラは情報屋の言う嫌な予感は何でもないというように言いきったが、実は同じようなことを考えていた。


森で見たハデスの唐突な攻撃に移動速度。


絶対にとは言えないが、ポーラが見た行動パターン以外にも特殊なアクションや特性があるかもしれない。


そう思うが、そんな堂々巡りの予想は推測でも言うだけ無駄な混乱を招く可能性がある。


不確定要素が多すぎるがゆえにポーラはカータに体験したこと以外は口にしなかった。


「(フェクト・・・頼んだわよ)」


ポーラはつまらなさそうに窓の外を眺める情報屋と何かまた考えているカータを尻目に、そう心の中で祈るのであった。




『コニ 北の外れ すごく迷いやすい森』




作戦開始所定時刻・・・昼過ぎ。


王国兵士五十人と魔装士四十人はそれぞれ五人を一つの部隊とした計十八部隊で平野に待機し、フェクトはひとまずは単騎で森に入っていた。


もちろんフェクトはただのおびき寄せだけで、実際の戦闘は平野で行われる。


だが、念のためということでマジスシグナルを持参し、いつでも平野のアーロンと魔装士機関にいるジナと連絡が取れるようにしてある。


「さてと。あいつはどこにいるんかね」


フェクトはとてもリラックスした心持ちで、この討伐戦に参加していた。


なぜか聞かれたら、一つしかない。


「(カータのお陰で、何か・・・スッキリしたんだよね)」


謎の幸福感に支配されて今までにない全能感を滲みだしたフェクトには、迷いがなかった。


しばらくフェクトが意気揚々と森の奥まで足を進めると、記憶に新しい花園が目の前に広がった。


「・・・」


急に口を閉じたフェクトは視界に映る巨大な魔獣を静かに見つめる。


花園に足を踏み入れると、フェクトの存在に気付いたのか、ハデスはゆっくりと後ろを振り返ったが、特に反応が無い。


「・・・」


無言でフェクトは足元の花をぐしゃりと踏みつぶし、その潰れた花びらを足で蹴り飛ばす。


そんな自然破壊行為を目にしたハデスは急に目の色を変えると『ゲーギャ!』と雄叫びのような鳴き声を上げ、こちらに向かってくる。


「来たか」


フェクトは図体のわりにはスピードがあるハデスに背を向けると、その場から後ろに駆けだす。


見慣れた森の木々の隙間を抜け、時には枝と枝に乗り移り、魔装によって強化された身体能力をいかんなく発揮して平野まで誘導する。


近づけず、遠ざけずの距離を上手く保ちながら、フェクトはハデスを徐々に平野までおびき出すことに成功した。


「撃てー!」


アーロンが野太いく通る声で指示すると、森から出てきた巨大な魔獣、ハデスに対して王国兵士達が、対大型魔獣専用兵器『バリスタ』を撃ち始める。


魔石を使用した強化型バリスタが主流になりつつある昨今だが、未だにコニでは王国兵士が巨大な魔獣に対抗するために通常の巨大矢を遠距離射出するためにこれを使用している。


威力・速度・射程は持ち運べるボウガンよりもはるかに上だが、準備と手間がかかるため、基本的にこれは据え置き拠点攻防で使用される。


今回のようなハデス・・・移動力に乏しい魔獣には特に有効ということで、ジナがアーロンに用意するよう指示していた。


「当たれ!」「これでくたばれ!」「どりゃー!」


兵士達が声を上げながら、次々と巨大な矢を射出する一方で、このような兵器を扱えない魔装士たちはすぐ側で代えの矢をサポート兵士に手渡し、ヘルプに徹していた。


「ひょー。すっげぇ・・・兵士達もやるんだなぁ」


フェクトは自慢の投槍型魔装のロサ・・・その恩恵である脚力強化を使い、平野の中央まで戻ると、バリスタの猛攻撃にその場から動けないハデスを遠目に観察していた。


「フェクト・・・大丈夫であったか」


「あ、アーロンのおっちゃん。まぁ、これぐらい何ともないよ」


「・・・そうか」


少ない言葉でフェクトを案じたアーロンはすぐさまバリスタ隊のところへ向かい、自ら矢を射出し、攻撃に参加する。


何度かバリスタによる遠距離攻撃をすると、流石にハデスも体に負荷がかかったのか、その場で大きな体を横に倒して、瞳を閉じてしまった。


「よし、では!これから、仕留めに入る!各部隊は慎重にハデスへ近づき、四肢を切断するようにしてくれ!」


アーロンは大声で指示すると、全部隊はゆっくりとハデスに近付くが、ここでフェクトは違和感に気付く。


「(・・・あれ、足が。ぴくついている)」


自分がよく足を使った戦法をするせいか、人や魔獣の脚部に敏感なフェクトは筋肉が動くのを視認してしまった。


「待って!まだそいつ!」


フェクトが第二魔装士部隊のリーダーにそう伝えたと同時にハデスはキッ!と目を見開き、その場から跳躍しようと足を地に付ける。


「くっそ!させねぞ!バリスタ隊!」


「団長!もう矢はありません!先ほどので!」


「!っち!」


完全にバリスタで仕留めていたと踏んでいたアーロンは己の迂闊さに舌打ちをするが、それよりもと自前のボウガンでハデスに対して矢を撃ち出す。


周りの部隊も同じようにボウガンで撃ち始めるが、時既に遅し。


剣を振りに行けない距離にいたハデスはいくつもの矢を体に受けつつも、森の方へ退散してしまった。


「今すぐ追うぞ!皆の者!付いて・・・」


「駄目だおっちゃん!森での集団戦は兵士に向いていない!」


「・・・」


「森なら魔装士たちで通常武器で追撃した方が・・・」


「すまぬ、熱くなっていた。では、これより魔装士部隊に攻撃の手を託そう。我が兵士達は、魔装士たちのサポートに当たれ」


フェクトの声でアーロンは未使用の通常武器・・・ボウガン、鉄剣、鉄盾を兵士から魔装士たちに預けさせると、隊列を整える。


「行くぞ」


アーロンは新しく編成したアーロン隊を引き連れ、魔装士たちの先導し、森に入っていた。




「・・・いない」


アーロン隊を先頭に一行が森でハデスを見つけようと散策していたが、一向にその姿は見つからなかった。


「どこに行ったんだーあいつ」


フェクトはアーロンの隣まで歩くと、花園の方向へと目を向ける。


「痕跡が全くないとなると・・・消えたのか?そのような能力があるとは聞いていなかったが」


「無いとはいえないけど、うーん・・・あ!」


「どうした、フェクトよ」


「もしかしたら、花園の奥の奥に行ったのかも」


フェクトは自分が情報屋に連れられた時にふと目にした崖らしき場所を思い出し、アーロンに言う。


「洞窟みたいなところと水が湧き出るところ、それに後、何かの寝床みたいなところ・・・の奥に海が広がっている崖があるんだよ。もしかしたら、そこから海に出たのかも」


「・・・そうなると、手も足も出んな。我らは陸に生きる生き物。海での戦闘など・・・」


アーロンが苛ついた様子で目を伏せると、後ろに待機する部隊に告げた。


「撤収だ!一度王国へ戻り、再び作戦を練り直す!」


アーロンの一声で今回の討伐戦は終了し、じきにハデス捜索が始まった。




数日後・・・




ハデスの討伐戦から日が過ぎた頃に、魔装士機関で丁度待機していたカータ・ポーラに何故かフェクトを含めた三人に知らせが届いた。


「ついに、見つかったんだ」


カータは受付嬢から受け取った書類に目を通すと、目を見開く。


「・・・!」


そこにあったのは、ハデスがコニ国付近の海で漁獲船を襲ったということと、その場所がかなり沖のところであったという内容であった。


それに、加えて驚かされたのは、ハデス討伐の作戦が・・・


「海上戦・・・」


カータは後ろからのぞき込むポーラとフェクトが困惑しているのを背中で感じ、溜息を吐く。


「まともに九級の依頼すら受けていないのに、いきなり高難易度過ぎやしませんかね」


「ですが、カータさん。ハデスはもう森に戻ることがないのは当然として、国の地にすら上がってきていないんです。この機会に倒さなければ、また行方が・・・」


「ポーラの言う事は分かる。でも、俺たちが強制参加の意味が分からないんだ。ジナさんに聞いてみはするけど、真意が読めない。俺たちみたいな素人魔装士より、コニの手練れな魔装士を使った方が何倍も戦力に・・・いや、まて」


「どしたの、カータ」


フェクトがきょとんと可愛らしく首を傾げるのに目をやらず、カータは一つの予測を立てた。


「俺ら・・・正確には俺にしか出来ない事があるのか。サイフォスで・・・魔技で」


カータは右手をギュッと握ると、立ち上がり、ジナのいる部屋へと足を進めた。


次でヤツと決着が・・・

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