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せっかち銃使いの魔装士検定  作者: 綿鳥守
第一部 銃使いと白い少女
1/10

<一章> せっかちな男と慎重な女

一つの章につき二万文字程度を目標にしています

 魔歴300年 人々は『アーコイド』という一つの国で平穏に暮らしていた。


しかし、その誰もが幸せだと感じていた世界は突如として、終わりを迎えることになってしまう。

アーコイド周辺に自然発生していた『魔石』と呼ばれる鉱石から発せられる『魔素』。


これの影響を受けて、動物は突然変異をし、人々を襲うようになった。そのおぞましく、明確な世界の均衡を揺るがすことになった存在は、動物だけではなかった。


人々が頼みの綱としていた機械など、凶暴化した動物たちに対抗するために使用していたはずの『物も』なぜか操作不可能な状態になり、人々の助けになるどころかたちまち『敵』となってしまった。


この脅威はアーコイドに住む人々全員に影響を及ぼし、無残にも人口を減少させることになる。

その絶望的な状態を何としても打開するため、アーコイド1世は技術者を収集、魔石を利用した兵器を開発するよう指示。


指揮を執っていた、王自らも国の最終防衛線に立った。

アーコイド1世の奮闘ぶりを称えるようにして、魔石を利用した兵器、『魔兵器(マジス)』が完成し、王国の兵士たちはそれを手馴れない様子ではあったが、アーコイド国を完全に包囲していた動物と物を殲滅・・・まではいかないものの、(いちじる)しい成果を見せた。


 それから約1000年の月日が経過した。


アーコイド国は何とか国としての存在は保っていたが、依然(いぜん)として脅威(きょうい)は残っている状況であった。


アーコイド9世は今まで国が襲われていたのは人々が一か所にいるからだと長年の記録から確信し、苦渋(くじゅう)の思いでアーコイドを中心の『サムルド』、北の『イジヌ』、東の『コニ』、西の『ロワーズ』、南の『ジークドリア』というように大陸別に線引きをすることにした。


 魔歴1700年現在


技術の発展、人口の増加により安定していた旧アーコイド国は魔石を効率的に兵器化できるよう改良し、一般の民ですら使用できる法律を作ったこともあってか、昔のような平穏が再び戻り始めていると誰もが思っていた・・・が。


サムルド国のアーコイド18世は気づいていなかった。


1400年前に国が滅びかけた原因がもう一度この国を狙って、力を蓄えていたことに。




 旧アーコイド国中心にある『サムルド』


元々は一つの大陸に存在していたアーコイド国であったが、度重(たびかさ)なる動物と物の襲撃(しゅうげき)を何としてでも抑えるため、未開発であった東西南北の土地にそれぞれ新たな国を構えた。


その中でもサムルドは元アーコイド国であったこともあり、他の国と比べてみると天然資源の貯蓄や建築・法律などの専門技術こそは劣るものの、魔石を使用した日用品・武具の開発に至っては目を見張るものがある。


西に位置する、富裕(ふゆう)(こく)『ロワーズ』と国同士の連携を組んでいるだけあってか、その技術も日に日に成長し、今では魔石の近くで自然生成される『魔装(まそう)』研究は全ての国の中で最先端を独走しているという状態だ。


魔装という物はここ100年の間に実用化されたもので、その異質さは今もなお研究者達の注目を集めている。推定される500年前には既に旧アーコイド国の周辺で見つかっていた代物だが、その当時はただのいらない『モノ』として目に付かなかったのである。


その理由というのは、魔装自体・・・他の銃火器に似た物、日用品に似た物、はたまたこの世の物とは思えない不思議な道具などがあったが、誰一人として使うことが出来なかったため、と記録には残っている。


なぜ、全く使用できなかったのは最近の研究で明らかになりつつある。


一つ、魔装は魔石の近くで自然生成され、それは魔石から発生する魔素が終結した結果、出来上がった物であるということ。


一つ、その魔素は魔装の中で血液のようにぐるぐると循環(じゅんかん)し、同じ魔素の流れを体に宿している者でなければ使用出来ないということ。


一つ、魔装との適性がある者はその体に人とは思えないほどの力が宿るということ。


計三つは判明しているが、これら以外の謎も残っていると研究者達は口を揃えて言う。

そんな不思議な物を日夜研究、開発しようと躍起(やっき)になっていることから、サムルドはいつからか『魔装国』というレッテルが張られていた。


そして今、サムルド国ではある一つの出来事が国全体を悪い意味で(にぎ)わせていた。




 サムルド国の城下町のある一軒家


若い男が深刻(しんこく)な表情で、今朝(けさ)届いた書類を見つめていた。


死亡届(しぼうとどけ)


この書類がどのような意味を持っているのか、その小さな紙切れを右手に持つ男は知っている。


「『また』・・・なのか」


そんな男の心情(しんじょう)(もてあそ)ぶかのようにその紙には事実が淡々と書かれている。内容は男の父親が仕事中に『戦死』したことを知らせるといったものである。


いつの日か、この時が来ると薄々は感じていたが、まさかこんな日に唐突(とうとつ)に来るとは思いもしなかった。


誰から見ても無気力と取れる表情をした男の父親は魔装士(まそうし)という職業に()いていた。


サムルド国が創られてから、国を凶暴化した動物と異常暴走する廃棄物から守るという名目で新たに制定された魔装士という公的な職。


魔装という不思議な道具を扱う者は原則として、国の管理下に置いておきたいというのが国王の本音であったのだろうか。

紆余曲折(うよきょくせつ)あったが、現在は国の兵士と同等以上の活躍をしており、魔装士無しでは国の防衛は困難とも言われる状態になっている。


そんな名誉(めいよ)ある魔装士だが、実際の業務は目を背けたくなるほどの過酷(かこく)さだ。

国を守るエキスパートである王国兵士ですら討伐が厳しい『やつら』を処理しなくてはいけないのに加え、上からの指示があればすぐさま国外へ遠征し、サムルド以外の国から呼ばれるならば、すぐさま飛んでいかなければならない・・・その他にも仕事はある。


魔装士についてあまり知識がない者は、勉学と訓練を重ねて、やっとの思いで兵士になった者を凌駕(りょうが)するほどの力を何の努力も無しで習得し、その後、職に就けるため『楽する卑怯者(ひきょうもの)』と認識しているとのこと。


そんな無知な人物が兵士になるならば、もちろん魔装士に対して嫌悪の感情を抱く。

基本的に兵士を希望する者は幼き頃から両親の手ほどきを受けているために、他の職業に対しての興味は薄いらしい。


自身の人生を簡単に否定されるような不思議とも言い表せる強大な力を持つ魔装士に嫉妬(しっと)しない・・・というのは酷だろう。


同じ国を守るはずなのに、何故か手を取り合うこと少ない。


このような認識が国中に広がってから10年という月日が経っていた。


「俺が活躍(かつやく)し始めてからくたばれよ・・・父さん」


魔装士という職業がいかに危険なものであるということを嫌というほど『また』知らされた。

たった今、父親の死を知った男・・・名前はカータ・ルメシス。


幼少期から(あこが)れていた魔装士を目指し、サムルドの『魔装士機関』が管理する魔装士学院をそれなりの成績で卒業。

二年間・・・自身の身体を(きた)えるとともに知識を(たくわ)え、いずれ両親のような立派な魔装士になると信じ込んでいたはずだった。


「今日帰るってのは虚言(きょげん)だったのか?俺は嘘だけはつかねぇ!とかいつも口を酸っぱくしていたくせに・・・」


誰もいない自分の家でそう(つぶや)くほど、カータは精神的に弱っていた。

母親が死亡してから八年経ってからの身内の死亡届。

十九になったカータは自らが未熟な子供であったことをこの時、再認識させられた。


「・・・いや、まだだ」


父親の死亡届の備考欄(びこうらん)に目を引かれたカータはそこを注視(ちゅうし)する。


「『(おおかみ)型魔獣に遭遇(そうぐう)し、行方不明』・・・これはどういうことだ?ただ、魔装士団(チーム)とはぐれただけかもしれないのに」


わずかな怒りと期待をし始めた自分を必死に(おさ)えながら、カータは熟考(じゅくこう)する。


「元々、こういう伝令(でんれい)は適当な仕事をしているとは聞いていたけど、流石にこれは見逃せないよな・・・これから俺も魔装士になるなら」


そう、父親の死亡届が来たこの日。カータはサムルド城下町の中心に位置する魔装士機関に足を運び、魔装士の認定証を受け取りにいくはずだった。


魔装という謎が多い代物(しろもの)を国が管理するのは当然とも考えられるが、何もサムルド国は魔装に関する研究だけをしているわけではない。


東西南北に散らばる国々を名目上(めいもくじょう)統轄(とうかつ)すると同時に、各国からの支援要請には円滑(えんかつ)な対応が求められ、物資ルートの確保や技術者派遣、その他にも国周辺の治安(ちあん)維持(いじ)など。


サムルド国は四つの国を(たば)ねる代わりとして、他国に常日頃(つねひごろ)から手を貸しているという状態になっている。


それに加え、サムルド内の上級魔装士は王国兵士以上に色々な場所に派遣されているため、国内に残っている手練れの魔装士の数はそう多くはない。中にはサムルド国の魔装士機関から別の国の機関に移る者もいる。


そんな事情もあってか現在は、魔装士になるために必要な条件は以前よりも緩和(かんわ)されている。


国内事情を敏感(びんかん)に感じ取った者は即座に定職に就こうとしているため、日夜(にちや)機関周辺には人が集まり、検定試験をまだかまだかと待ちわびている者、余裕だというような表情で合否(ごうひ)を待つ者、既に合格し、仕事を受けるために訪れる者など。


サムルド国城下町の中心に位置する魔装士機関は国のどこよりも人口密度があるといっても過言(かごん)ではないほどには賑わっている。


「よし、準備完了。さっさと認定証を受け取って、仕事を受けないとな。父さんはそこらの()(じゅう)なんかには負けないはずだし、まだしぶとく生きてんだろ・・・たぶん」


父親のたくましい?背中を思い出しながら、カータは自身に言い聞かせるようにして、機関へいくためのルートを再確認する。


魔装士機関の外観は城下町全体がレンガ造りの建造物が多いのに対して、魔石を使用した強化コンクリートでコーティングされているせいか、町の中ではひときわ異質さを際立(きわだ)てている。


サムルドに来たらまず目にするであろう、この建造物は高さにして周りにある民の家の三倍ほどだ。よほどの方向(ほうこう)音痴(おんち)でもない限り辿(たど)り着けない、ということはない。


「どうせ『あーやべー。油断していたら迷子(まいご)になっちった!』とか言うに決まっているさ。本当に死んでいたなら・・・そん時は一発ぶん殴ってやるからな!」


父親ゆずりの細くもがっちりとした自身の腕をぺしぺしと軽く叩きながら、柄でもないことを口に出す。


「父さんと同じ仕事を受ければ、原因は分かるはずだ。もう行こう!さっさと行こう!」


カータ持ち前の早期(そうき)解決(かいけつ)(ただのせっかち屋)したがる性格は母親が亡くなってから、さらに色濃(いろこ)くなってきたのを本人は自覚していなかった。



 

「えぇ?いきなり一級の仕事は受けられないんですか?」


「えっと・・・はい、そうなりますね。失礼ですが、試験の後のガイダンスには出席されましたか?そこで説明はあったはずですが・・・」


魔装士機関に(ひび)いた若い男の叫び声は周りにいた人の視線を嫌というほどに集めていた。


「あー・・・えと、すみません。その時はちょいと考え事をしていまして・・・」


カータは周りの視線に肩を小さくさせながら声を小さくして謝罪の姿勢(しせい)を見せてはいるが、明らかに何かに対して(あせ)っているような表情だ。


仕方(しかた)ないですね・・・もう一度説明いたします」


受付の女性はこのような(やから)に慣れているのか、特段(とくだん)気にしていないような態度でカウンターの下にあるだろう何かの書類を取り出してこちらの目が届きやすいように置いてくれる。


「先ほどの検定の級についてですが、これは仕事の難易度を視覚化できるようにしたものです。級の値が低ければ低いほど、上位の仕事を受けることができます。現在は十級からスタートし、九、八・・・というように指定された『課題』をクリアすることで級を上げることが可能です。サムルドで既に最高位の級である一級にたどり着いた方はお一人ですね。ここ、魔装士機関最高責任者である『ブロン・ネシート』様です」


「あぁ・・・あの人か」


カータは幼き頃に会ったであろうブロンの顔を思い出しながら一人でうーんとうなる。


「お知り合いですか?」


「俺の親が仲良いみたいで、昔よく世話してもらったみたいですね。こっちがどんな気持ちで付き合わされていたのかも知らないで・・・」


「お気持ちは理解しかねますが、そろそろ用件を」


カータの無駄話をこれ以上聞いていても、仕事に支障が出ると判断したのだろう。

手早く説明をした受付の女性は早くしろと言わんばかりな目で書類をカウンターの下に収納(しゅうのう)した。


「ええと。今日、魔装士の認定証を受け取ることが出来ると聞いてきたのですが。あ、カータ・ルメシスという名前で登録していると思います」


「ルメシス・・・あ!あのルメシスさんの息子さんですか!」


「いきなり大きな声を出さないで下さいよ・・・」


受付の女性が驚くのも無理はない。先日仕事中に死亡したとされるカータの父親、『ハーリン』はこのサムルドでトップクラスの魔装士として活躍していたのである。


最高責任者であるブロンと同等の力を持つとされていたために、まず死亡することはないであろうといつもささやかれていた『二挺(にちょう)拳銃(けんじゅう)』の魔装を宿す男性。


その男が死亡したという知らせは(またた)()にサムルド全域(ぜんいき)に広がり、今も話の種になっている。


ハーリンが髪を金髪(きんぱつ)()めていたのに比べて、カータは生まれたままの純粋(じゅんすい)な短い黒髪(くろかみ)に加え、まるっとした母親似の黒い瞳だ。


父親よりもスラッとした体型に、服装も父親のように着飾(きかざ)ったものではなく、白のシャツに動きやすさを重視したのか、(ひざ)より下程度まで黒いジーンズをまくりあげて着用している。


見た目がお世辞(せじ)でも似ているとは言い(がた)いこの男を見てもハーリンの息子と気付くのは(ちか)しい人物だけであろう。


「・・・お()やみを申し上げます」


「いえ・・・俺はまだ(あきら)めていません。父さんはそう簡単にくたばるはずはないんです。どこかの森でぐうたらサボっているに決まっていますよ。あー、全く良い身分ですよね」


「ええ・・・」


受付の女性は何か言いたげな顔をしていたが、認定証を受け取ると同時にカータはそそくさと魔装士機関を後にした。



 

魔装士機関を出てから、カータは城下町の西にある『魔装(まそう)研究(けんきゅう)施設(しせつ)』に足を運んでいた。


研究施設では魔装の管理はもちろん、魔石を使用した武器や防具の作製、国外を移動する際に必須(ひっす)とされる『魔装車(マジスビークル)』も生産されている。


国から一歩外に出ると動物が『変異』した『()(じゅう)』と廃棄(はいき)された物達が『変形』した『魔物(まもの)』が闊歩(かっぽ)しているために、()(せき)によって強化された移動用の車は国の宝といっても大げさではない。


以前まではここの施設で親代わりをしてくれていた人物が居候(いそうろう)を良しとしていたため、カータは施設の内部の構造はほとんど記憶にある。


一人暮らしを始めてからは戻ってきていないが、そう変わっていないと分かると自然と表情が柔らかくなるのも仕方がないことだろう。


ほどなくしてカータは施設の地下二階にある研究室の前まで辿(たど)り着くと、いつも通りコツコツと(とびら)をノックする。


はーいと聞きなれた声を耳にしながら、カータは今先ほど受け取った認定証を右手で背中に隠し、にやにやと笑みを浮かべて仁王立(におうだ)ちを決めつける。


「あらら、カータ君。早速来たの?だから言ったでしょー。まだ君に魔装士は早いって」


姿を見せた白衣(はくい)姿(すがた)の男性は溜息(ためいき)をつきながら、こちらを馬鹿(ばか)にしたような口ぶりでそう言い放つ。


「いやあの」


「分かってる、分かっているよ・・・カータ君。ばっちり落ちたんでしょう?それで再就職するまでここに置いてほしいって」


「いやだから・・・」


(みな)まで言うなって。それにぃ?認定証(にんていしょう)も無いし、嘘も通らないよ」


「だから!あるっての!」


カータは後ろ手に隠していた認定証を白衣の男の顔の正面に突き付け、受かったということを知らしめる。


「・・・偽造(ぎぞう)?」


「そんなわけないでしょう!見てくださいよ!ここ!ほら、しっかりと機関の証明印(しょうめいいん)がしてあります!」


「おぉ!本当に行けたんだ・・・意外だよねー」


「俺もけっこう驚いているんですよ。筆記(ひっき)も実践もあまり自信がありませんでしたから」


「その性格のせいだと思うよ?いっつもケアレスミスするんだもん、君。しっかり見直せってどれだけ僕が言っても聞きやしないし」


「・・・面目(めんぼく)ない」


カータは遠い昔にこの白衣の男性にゆるく勉強を教えてもらっていたことを思い出しながら窓の外を誤魔化(ごまか)すように見つめる。


カータの数少ない親しい人物の一人である白衣の男性・・・名前は『マーニー・レーシュ』といい、ハーリンの親友であることもあってか、父親が不在気味である息子のカータを第二の親のように育ててくれた人物だ。


見た目には気を(つか)っているのか、きちんと顔の(ひげ)()ってあり、若干伸ばしてある黒色の少し荒い髪は後ろに束ねて馬の尾のようにしてある。


表情をいつも柔らかくしているせいもあってか、いかにもな優しい男といった印象。


その黄色いつり目気味の(ひとみ)も眠たげに細められてはいるが、真面目(まじめ)な態度の時はしっかりと開眼(かいがん)され、十五年ほど前までは道ゆく女性から声をかけられていたのだという。


体つきは決して良いというわけではないが、それを隠すようにして、背の(たけ)が平均男性以上はある。


まさしく王子という呼び名が相応(ふさわ)しいような見た目の男だが、今もなお独身である理由は何も四十八という年齢のせいだけではないだろう。


マーニーは若い頃から魔装の研究を続け、当時は馬鹿にされていた魔装を世に送り出し、実用化させるのに貢献(こうけん)した偉大な研究者・・・なのだが、その実態は面倒(めんどう)なことは極力(きょくりょく)避けるため、(ひね)くれたような理屈や考えを自身にも周囲の人間にも()(とお)すという、どうしようもない性格をしている。


そのせいか女性からの交際を『僕の恋人は研究さ』などと言ってことごとく断っている始末。


研究一筋な彼を我が物にしようとするならば、それ相応の覚悟が無いと生涯(しょうがい)を共には出来ないと施設内でも(うわさ)になっている。


「まぁ、とりあえずさ。魔装士になったなら、魔装は必要だよね」


マーニーはそう言いながら自身の研究室のさらに奥にある『立入禁止!』と書かれた扉へ消えていく。


カータもそれに続くように部屋へ入るが、流石に奥の部屋までは行く勇気は無かったために、大人しく備え付けてあった椅子に腰掛ける。


しばらくカータがボーっとしていると、何やら大きな箱を両手に抱えたマーニーが戻ってきた。


「よいこっせ。ほら、この中から自分に合うやつを探してみなよ。魔素の流れがカータ君の身体に蓄積(ちくせき)された魔素と一致したなら『取り込める』はずだからね」


「分かりました」


そう言うとマーニーは箱の(ふた)を何の気なしに開けてみせ、一つ一つ机に並べていく。中身はそれほど数はなかったのか、並べ終わるまでそう時間は(よう)さない。


「カータ君は銃使(ガンナー)いだから中遠距離(ちゅうえんきょり)で使える魔装を選別(せんべつ)してきたよ。ボウガン、吹き矢、鎖鎌(くさりがま)拳銃(ハンドガン)・・・今のところはこれくらいしかなかったけど、勘弁(かんべん)ね」


「いえ、十分(じゅうぶん)です」


カータは目の前に広がる魔装をじっと()めるように見つめる。


初めに、ボウガン型の魔装に手を触れてみるが特に何も反応は示さないため、これではないと直感的に感じる。同様に吹き矢と鎖鎌にも触れてみたが、全くもって反応はなかった。


これで最後かと(なか)ば諦めていたカータだが、拳銃型の魔装に触れた瞬間、今までとは全く異なる反応を感じる。


ぬるま湯ほど銃身の温度が上昇した拳銃型の魔装は、まるで生きているというように小さな光を放ち始めた。


(あわ)(あお)(いろ)の光を銃身全体から放つそれは、持ち主を見つけたと言わんばかりに存在を強調し始め、カータが触れ続けていると拳銃型の魔装は、ふいにパリン!とガラスが割れたような音を鳴らしながら霧散(むさん)し、カータの右手に吸い込まれるようにして消滅(しょうめつ)した。


「おー。父親ゆずりなのかな?彼のも銃型(じゅうがた)だったからねー」


マーニーは初めから知っていたような口ぶりでカータの背中をバシッ!と叩いて、喜ばせようとする。


「これで俺の魔装は決まったんですか?」


あっけなく魔装を習得したことに拍子抜(ひょうしぬ)けしたカータは疑問(ぎもん)の意をマーニーに投げかける。


「うん。オッケー。魔装さえゲットしてしまえば、すぐにでも仕事を受けられるけど・・・」


「それなら早く行ってきます!さっさと級を上げて父さんを探さないと!」


「ちょいとちょいと!」


部屋から走り出しそうになったカータの右肩をマーニーはすんでのところ捕まえる。


「まだ魔装の出し方も知らないでしょう?それでどうやって、自衛(じえい)をするのさ」


「いざとなったら何とでもなるでしょう!あ・・・」


不意(ふい)にカータは何かに気付いたような表情でその場で硬直(こうちょく)


「どうしたの?」


流石のマーニーも戸惑(とまど)いながら声をかけるが、カータは何も言わず黙ったままだ。どうしようかとマーニーはほんの少し頭で考えるが、それよりも先にカータの方から小さく声を上げた。


「・・・魔装士になったのは良いんですが、このままだと俺・・・仕事を受けられないですよね」


「あー・・・そっか。確か魔装士機関の規約(きやく)では『二人以上の魔装士団(チーム)に所属しないと、仕事の受託(じゅたく)はナッシング』だっけ」


「もう少し色々書いてあった気がしますけど、(おおむ)ねそんな感じでしたね。あーでもどうしましょう!俺、魔装士学院では父さんの名前のせいで物凄く声をかけられてはいたんですが、全員下心(したごころ)全開だったので、交流を持たなかったんですよねぇ・・・」


今になってしっぺ返しをもらうとは!などと後悔の(ねん)(いだ)き始めているが、後の祭りだ。


「うーん・・・あ、そういえば!丁度(ちょうど)、カータ君と同じ『悩み』を抱えている子がいたんだった!」


唐突に、わざとらしく手をポンと叩いてみせたマーニーはちらちらとカータの顔を見ているが、当の本人は気付いていない。


「えっ!本当ですか!じゃあしばらくの間、その人と組めば!」


まんまとマーニーの(くち)八丁(はっちょう)に乗せられた(おろ)かな青年は鼻歌を(かな)でながら、部屋から出ていくのであった。



 

魔装士機関『最高(さいこう)責任者室(せきにんしゃしつ)




魔装士機関でも一部の者しか入室できないこの部屋にカータとマーニーは訪れていた。


ここに来た理由を何度もマーニーに聞いてはみたが、『ふふふ♪』と言うばかりでまともに取り合ってくれないのをここ何度かのやり取りでカータは気付かされる。


十分ほどカータがマーニーに説得を(こころ)みていると、部屋の出入り口から誰かが入室(にゅうしつ)してくる。


「やぁ、お二人!わざわざ足を運んでくれて申し訳ない!うちの部下がね・・・まぁ何というか後始末に時間がかかってしまって」


 裏表(うらおもて)がない顔で入室してきたのは、ここ魔装士機関の最高責任者である、ブロン・ネシートだ。


何かの仕事の帰りなのか、体の急所と思われる箇所(かしょ)には魔石で強化された防具をつけており、服装は動きやすさを重点に置いた王国製の『軽鎧(ライトアーマー)』を着用している。


魔獣からの直接的な物理攻撃から身を守るために開発されたこの鎧は、近接戦闘を主とした者がよく愛用する一品である。


通常は頭にも(かぶと)を着けるはずだが、この男は『視界が(せば)まる物なんかいらねーよ』と何も考えない荒くれ者のような発言で防具開発担当に文句をつける始末。


特徴的な短く()り上げられた白髪(はくはつ)に、老いを全く感じさせないその風貌(ふうぼう)は初めて会う者ですら畏怖(いふ)の存在であると感じてもおかしくはない。


瞳は黒よりもさらに濃い漆黒(しっこく)の色をしており、その目で(にら)まれるとまるで、(へび)に睨まれた(かえる)のよう。丸型の顔には似つかないがっちりとした全身には無駄な脂肪は全く見当たらず、体に見合うよな(りゅう)()した筋肉は平均的な男性とは大違い。


加えて、ライオンのような全てを威圧する声音(こわね)は『王』を彷彿(ほうふつ)とさせるのは誰が聞いても、肯定(こうてい)の意を示すのは明確だ。


今年で四十六にもなったブロンではあるがサムルドで唯一、一級の称号を持っているというのは彼のその圧倒的な存在感で証明される。


歴戦の戦士という事実を無いものとしても、(にじ)み出るオーラは(ぬぐ)いきれない。


しかし、この強面(こわもて)の男・・・つい先ほど仕事を終えてきたようには見えるが、その鎧には傷一つ無く、まさに『無傷』という言葉が相応しいと誰もが思うような状態だ。


時間に遅れてきたという証拠がなければ、ただ国外で歩いてきたと言われても疑いようのない格好(かっこう)でブロンは平然としている。


「いや、いいよ。『最強』さんはいっつも忙しいもんね」


「ははは!マーニー博士も冗談がお好きのようで!私のような()いぼれはそろそろ管理(かんり)(しょく)()かなければいかんのですが、どうも椅子(いす)に座ったままは(しょう)に合わないようで!いつかの栄光に(しば)られたまま、ずるずる『やつら』とヤり合っている次第(しだい)ですよ!」


静かに言葉を(つむ)ぐマーニーと、がははと声を荒げるブロン。


性格が()反対(はんたい)のように見える二人だが、昔は同じチームで組んでいたらしい。


役職の(くらい)としてはマーニーの方が低いが、馴れ馴れしい二人のやり取りを見ていると、身分はどこにいったのやら、ただの『先輩(せんぱい)後輩(こうはい)』にしか見えないのはカータの(おも)(ちが)いではないはずだ。


昔話を始めようとした二人を止めるようにして、カータは本題のことは良いんですか?と若干せかすような身振(みぶ)りで存在をアピール。


「あぁ!そうだったな!カータ君・・・まぁ、よう男前(イケメン)になったなぁ。ハーリンさんよりもお母さんに似たんか?もう少し服装(ふくそう)に気を付ければモテるぞ!おい!」


いつもと同じなのか、はたまたテンションが高くなったのかは不明(ふめい)だが、どうにもカータはこの手の輩は苦手だ。


元々、賑やかな雰囲気は嫌いではないが、異常な程の騒がしさはそう好まないカータにとって、ブロンは幼き頃から若干ではあるがトラウマの対象となっている。


「いや、あの!頭をぐりぐりするのは構いませんが、本題を!さっきから何回言わせるんだよ!セクハラじじぃ!」


「まぁまぁ。いいじゃないのカータ君。ブロンも寂しかったんじゃないのかなー?娘さんもあんな状態だし」


「あんな状態?」


しつこく()でまわしてくるブロンの(きょ)(わん)から何とか(のが)れたカータはマーニーの一言に疑問を感じて思わずオウム返しをしてしまう。


「あぁ・・・今日来てもらったのはその、なんだ・・・」


ブロンもようやく本題に入る気になったのか、先ほどまでのふざけた雰囲気(ふんいき)からは想像もできない神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで小さく溜息(ためいき)をついてから顔をこちらから少し(そむ)ける。


「うちの娘の『ポーラ』がな・・・その、最近になってからどうもスランプに(おちい)ったようで・・・」


「簡単に言うと、ブロンの娘さんがある日から魔装を出せなくなってしまった・・・ってこと」


言い(よど)むブロンに代わってマーニーが飄々とした口調でそう言い出す。


「出せなくなったというのはどういうことですか?原因は魔素(まそ)が足りないとかそういう単純なものだったりして・・・」


カータはつい先日知った情報の中で可能性がありそうな事柄(ことがら)を二人に言ってみる。


「いや、そんなことでは無いんだ。元々ポーラは・・・私が言っては何だが、実に優秀な魔装士だ。私が何の気なしに(すす)めた職業ではあったが、幼き頃から訓練の毎日でまともに娯楽(ごらく)というものを知らないで育ってしまい、今年で十八になる。何度か遊びを知るよう誘いはしたものの、訓練と勉学の方が生産的だと言われる状態が続いて何年になるか・・・」


ブロンは(おのれ)のしたことがまるで罪であるといった口調で細々と話を続ける。


「もし、私があの時・・・考えたくはないが、助言(アドバイス)をしなかったなら・・・あの()。ポーラは今よりも・・・もっと楽しく生きていけたのでは?と最近になってよく考えるのだよ・・・」


これで終わり・・・というようにブロンは黙り込んでしまうが、マーニーはどこ吹く風というような態度を崩さない。


もう既に、この楽観(らっかん)主義(しゅぎ)な男には解決策が浮かんでいるのだろうか?


そんな憶測(おくそく)が頭に浮かんでくるが何も言わないということは、カータに期待するという暗黙(あんもく)の意思表示として感じてしまうのは自身の杞憂(きゆう)に過ぎない・・・とは考えにくい。


「ポーラさん?でしたっけ。その人が困っているなら、ブロンさんが話を聞いてあげれば良いのでは?」


カータは思わず、頭に浮かんだことを口に出すが・・・


「もちろん・・・聞いてはみたが『気にしないで』の一点張りなのだよ・・・娘に嫌われたくない一心(いっしん)で上手く踏み込めていないのが現状だ」


「戦闘の腕はピカイチなのに人間関係には(うと)いしねー。ブロン」


「ちょっと!マーニーさん!そんなことを言うと・・・」


予想通りというか、ブロンは『全くもってその通りだ・・・』と言うなり、ガシャガシャと鎧の(こす)れ合う金属音を鳴らしながら、その場に座り込んでしまった。


「・・・ほら、面倒なことになった」


「ははは!大の大人が体育座りだ!」


マーニーはどこのつぼにはまったのか、げらげらと笑い出し、部屋に()いてある高級そうな赤い絨毯(じゅうたん)で転がり始める。


一番初めの会話とは全く逆の様子を横目で見ながら、カータはとりあえず・・・といった考えで進言(しんげん)してみた。


「分かりました!俺が何とかしてみせますよ!元々はこのために俺を呼んだんでしょうし!」


「おぉ!本当か!」


いきなり立ち上がり、カータの両手を痛いほど(にぎ)りしめてきたブロンは先ほどのは演技だったのではないかと思うほどに顔に笑みを浮かべている。


「カータ君なら『さっさと』何とかしようとするって知っていたからねー。それに、今の君は仕事を受けるために人員が必要だ。上手く彼女を言いくるめればチームに入ってくれるかもよー」


ブロンとカータが握手(一方的)をしているのを寝転びながらも、的確にこちらの性格を把握した上で利害(りがい)の一致をするような提案をしてくるマーニー。


してやられたというのはこういう状況のことを指すのか、マーニーは『どうだ』といった表情でこちらにニヤケ顔を向けてくる。


「確かにマーニーさんの言う通りですね。今、俺はチームメイトを探しています。もし、万が一・・・いえ!確実にポーラさんとやらのスランプを解消させ、俺の相棒(あいぼう)にさせてみましょう!」


無駄に威勢(いせい)を張ったカータの宣言をまともに受け取ったブロンは感激のあまり泣きだしてしまったが、もうこうなったら後に引けない。


今さら断るとブロンに何をされるのか考えたくもないし、カータも打算的(ださんてき)とはいえ人手が欲しい。


マーニーの提案は両者の解決したいことを同時に解消するという、何とも魅力的な果実のようであった。



 

最高責任者室での軽い(ひと)悶着(もんちゃく)があった後、ブロン・マーニー・カータの三人は連れだって、ポーラがいるという魔装士機関地下一階にある『仮想戦闘施設(バーチャルルーム)』に来ていた。


基本的に一般の魔装士が使用する際には、事前に予約を取らなければならないのだが、ブロンいわく『ポーラは特別!』ということで予約無しで使わせているのだという。


何とも職権(しょっけん)乱用(らんよう)なことだが、それは施設内にいる全員が思っていることだ。


ただ、皆はブロンの活躍振りを嫌というほどに知っているために、ある程度の私的利用は黙認している。


「ここのバーチャルルームは技術の進歩によって開発された画期的(かっきてき)な施設だ。普段から魔獣や魔物との戦闘をしたくてもできない人のために作られたんだけど、まぁ・・・最近は人と人との対戦(うでだめし)が主になっているね」


マーニーは造った人の意志と使う人との考えがすれ違うのは、いつでも同じだねーと言いつつ、バーチャルルームの入口で何かの操作盤をぽちぽちといじくりまわしてこの施設の概要(がいよう)を説明する。


「ここの『痛覚(つうかく)同期(どうき)』ボタンは仮想状態が終わった後に、現実の身体に戦闘で受けた傷をどれくらい反映するかを決められるんだ。十のボタンで設定すれば、10%のダメージを反映・・・といった感じで最高八十のボタンまで用意してあるけど、危ないから押さないでね。下手したら死んじゃうし」


大切なことを平然と発言するマーニーはカータとブロンが苦笑いするのを気にしないといった様子で次は・・・というように淡々と説明をこなしていく。


痛覚同期のこと以外はそれほど重要なところはないとカータは判断し、耳に入ってくる情報を無意識のうちに横流しにしていく。


説明を聞かず(はじ)()いたのはとうの昔に忘れたのか、カータはまたもや同じことを繰り返していた。


「さて・・・とりあえずはこんなものかな?ブロンからは何か補足はあるかい?」


「うん?あー・・・いや、大丈夫だろ!あぁ!問題ない!」


ここにもカータと同類がいたのか、ブロンは分かりやすいくらい動揺をしている。


現にいつもはマーニーに対して敬語のようなものを使って話していたが、この時ばかりは気が付かなかったのか、部下に接するような態度になってしまっている。


「はぁ・・・まぁいいけど。君らは何かと面倒なことは聞かない主義らしいからね。僕も諦めているよ」


マーニーはいつも通りの二人に嘆息(たんそく)するが、もう今さらだ。


バーチャルルームの入口で男三人がぎゃぎゃーと騒ぎ立てているのに気が付いたのか、不意に出入り口の扉が左から右へ開いた。


「お父さん、また何か・・・」


そう言いだそうとして、見慣れない人物が二人いることに気が付いたのか、ブロンと同じような髪色をした少女が怪訝(けげん)な目でこちらを一瞥(いちべつ)してくる。


その少女はカータよりも背の丈は小さいものの、スラッと伸びた背筋は普段から意識していなければ維持できないような立ち姿のため、実際の身長よりも高く見受けられるし、華奢(きゃしゃ)であるようでしっかりとした(たたず)まいは、一般の女性には真似できないはずだ。


髪色はブロンの血を受け継いだのか純白の天使の羽のような色で、父親の髪が若干色あせた白色であるのに比べ、少女の髪はまさに『真っ白』という言葉が似合う。質の良いシルクのような髪の前髪は自然のまま流し、髪先は肩につくかつかないかくらいまで伸ばしてある。


肌色は健康的な生活を送っているのか、平均的な女性と変わらないが、それ以上に目を引くのは顔つきだ。


ブロンとは似つかない細い女性特有の小さな丸顔で目は二重のため、実際の年齢よりも若い、いわゆる童顔である彼女は今でこそ、目を細めてはいるが、微笑みを浮かべたらそこらの男性を魅了してしまうのではと思うほどの可憐(かれん)さがある。


女性の武器であるといっても過言ではない胸はほとんど発達していないものの、それもまた彼女の魅力であるといったように、全体的な体のバランスはこれ以上ない、と言わんばかりの痩せすぎでもなく、それでいて太ってもいないという完成された体型。


運動するための服装であろうか、花の装飾が左胸の位置にしてある緑色のシャツの半袖をタンクトップのようにまくりあげていることもあり、その幼い顔と相反(あいはん)するような(なま)めかしい腕は、童女(どうじょ)と成熟した女性の特徴を二分(にぶん)したかという、彼女にしかない独特の雰囲気を(かも)し出している。


下に()いているパンツも動きやすい七分(しちぶ)(たけ)の物を着用し、チラッと見える足も実に健康的な肉付きだ。


カータよりも訓練をしているのか、露出(ろしゅつ)したやや細めの柔らかそうな腕には、何も鍛えていない女性と比べて、筋肉がそこはかとなくついているのが予想できる。


父親の威厳(いげん)ですら受け継いだのか、並の男が下手に手を出すようなら簡単に返り討ちをしてしまいそうなオーラを彼女の全身からひしひしと感じた。


そんな少女はじーっとカータとマーニーを観察しているのか扉から一歩も動かず、先ほど発した言葉以外は口にしていないが、その声音は()き通った氷のように冷たく、警戒しているという意思を感じさせる。


流石に沈黙はまずいと考えたのか、初めにブロンが先陣(せんじん)を切るようにして口を開いた。


「おっ!ポーラ!いつも通りの訓練か!え、偉いぞ!」


実の娘にたどたどしい態度で話しかけるブロンを見て、誰がサムルド最強の魔装士と信じるであろうか。


()れ物に触るごとく恐る恐るといった様子でいる父親の姿を見て、ポーラ自身がどう感じているのかは謎である。


「ええ、今日のメニューは終わったわ。それよりもこのお二人がどうしてここにいるのか不思議なんだけど。また、縁談(えんだん)だったら断るわよ」


「いや、それはまたおいおいということにして・・・えーとな」


なかなか本題を切り出さない父親を前にしてもポーラは次に来るであろう言葉をじっと待っている。


またもや沈黙状態になった空間でもマーニーは遠くから『カータ君が行きなよ』という視線でブロン親子に下顎(したあご)でくいくいし始める・・・どうもこれは、行け行けジェスチャーらしい。


出番かというようにカータは二人の(そば)まで歩を進める。


「えっーと・・・君がポーラさんだよね」


「・・・はい、そうですが」


いきなり父親との会話に介入(かいにゅう)したカータを品定(しなさだ)めするように見ながら、ポーラはカータの言葉を待つ。


単刀直入(たんとうちょくにゅう)に言うけど、俺は君のお父さんから直々にお願いされてここに来た。もちろん用件は君の本調子ではない状態を何とかすること。まぁ、特に名案があるわけではないし、絶対に解決してあげるとまでは言えないけど、うん・・・善処(ぜんしょ)する」


頼りも、根拠もないカータの発言だが、ポーラはほんの少しだけ期待の眼差(まなざ)しでこちらの(ひとみ)を見つめる。


いや・・・何というか、べっぴんさんに見つめられるとドキドキするね。


「そう・・・ですか。お父さんが決めたなら変な人ではないと思いますが・・・その前にお名前を(うかが)ってもよろしいですか?」


「あぁ!ごめん。俺の名前はカータ・ルメシス・・・歳は十九だ。年齢的には君の方が下かなーと思って接していたんだけど、大丈夫かな」


「ええ、その認識で構いません」


ポーラの年齢は先ほど聞いていたが、人づての情報で得たものを本人に言わずして接するのは失礼に当たる気がしたため、もう一度ここで確かめておきたかった。


「ルメシス・・・というと、あのハーリンさんの息子さんですか?」


察しが良いのか、ポーラはカータの父親の名を口にする。


「あぁ・・・あまり言いふらすと面倒だから、なるべく関係ない人には言わないんだけど、君とはもう立派に『関係』を持っているからね!」


「・・・深い意味として(とら)えられなくて、幸いですね」


『関係』という単語を彼女との親密が深まるように強調したカータは何のことを言われているのか分からなかったが、後ろに下がったブロンとマーニーには、はっきりと伝わったらしい。二人共『やるな』というような視線を投げかけてきた。




その後、カータはポーラの事情だけを知ったのに対してこちらが何も情報を公開しないのはアンフェアであると思い、軽く自身の身の上話に加えて、なぜこのお願いを聞いたのかを馬鹿正直に彼女に吐露(とろ)していた。


ポーラは『なぜ?』という顔を終始(しゅうし)していたが、やがて慣れたのか後半には少し(あき)れながらもしっかりと(あい)づちを打っていた。


「まぁ、俺の話はこのくらいかな。あ、でも勘違いして欲しくないのは、これは何も君のことを考えて話した訳じゃないってこと!俺自身、何かを隠すのが妙に下手というか、それが元になってよく失敗を」


なおも言い訳がましいことを続けようとしたカータを『もう大丈夫です』と言って止めるとポーラは今さら気付いたのか、少し(ほお)を赤く染めながらまくっていたシャツの(そで)をサッ!と素早く元の長さに戻す。


「ポーラさん、ポーラさん」


「何ですか」


しばらく世間話をしていたが、頃合いを見計らってカータは本題に入ろうと彼女の名前を呼ぶが、どうしてかあまり真面目そうには聞こえない。


「俺は今日・・・魔装士になって、魔装も取得した。こんな魔装士なりたての初心者(ビギナー)と相手するなんて、しゃくだろうけど・・・一試合お願いできるかな?」


カータはある考えからそう提案するが、上手くいく可能性は低いと予想している。


その適当な案を彼女に直接伝える訳にもいかず、こうして『対戦』の申し込みのような形になってしまった。


「そうですね・・・」


ポーラはカータという自分と年齢があまり変わらない男性の全身を下から上まで眺める。


写真でしか見たことが無いハーリンとは全く別のタイプ・・・印象的な短い黒髪と丸い黒い瞳。

それに上は白いシャツに下は黒いジーンズという、至ってラフな格好をしている。


彼の言葉通り、一目見ただけではがっちりとしているような感じはしないし、どうにも頼れなさそうな風貌を見ていると、ビギナーという言葉もうなずける。


なぜ、顔が赤いのかはさておき。


ただ・・・少し気になったのはカータの両腕の筋肉だ。並の男性より発達しており、何か近接武器を扱っているような雰囲気がある。


今までポーラが見てきた近接系の魔装を持つ魔装士は全員とはいかないものの、たいていの者は腕の筋肉が隆起していたため、このカータという青年も同タイプだと推測。


しかし、それならこちらのカモと言っても良いだろう。


今まで何度も自分より級が上の魔装士と対戦してきた経験と、頭に残っている戦闘データから即座(そくざ)に分析し、その時に勝利したパターンを彼にぶつけるだけ。


普段よりも短絡的(たんらくてき)な思考になったポーラは『なぜ?』と自身の心に聞いてみるが、答えは返ってこない。


そんなポーラの考えを知ってか知らずかカータは『気分転換でもしたら、感覚が戻るかもな』と言いながら微笑んでいた。




若い男女の会話を少し離れて聞いていた、二人の男性(おっさん)


普段はお目にかかれない愛娘(まなむすめ)の微笑みに心を打たれた父親・・・ブロンは自身が取り残されたような感覚にさいなまれるが、ぶんぶんと頭を振って、思考を中断。


「娘と話しているカータ君に嫉妬(しっと)かい?エロ親父」


「そ、そんなわけ・・・!」


いつものごとく、軽口を炸裂(さくれつ)させるマーニーに若干の怒りの感情が()くが、いかんいかんと再び頭をぶんぶんと振る、ブロン。


「少し・・・いや、かなーりうらやましいですが私には決して出来ないですよ。カータ君はどこかの誰かと違ってポーラにしっかりと『向き合っている』・・・大切のあまり、まともに触れようとしない小心者(しょうしんもの)とは大違いです」


「うーん・・・僕の持論(じろん)だけど、ブロンはブロンのままで良いとは思うけどね」


「それは、どういう・・・?」


「いやさ。僕には子供がいな・・・あー、カータ君は無しね。彼は息子だけど息子『じゃない』」


「・・・ふむ」


「父親ってのは家族の中では中心・・・まぁ、ブロンよりも奥さんの方が上かも分からないけど」

へへへとマーニーはいやらしい笑みを浮かべるが、ブロンは乾いた笑いを隠せない。


図星(ずぼし)だったのかねぇ・・・


「いつも同じような姿を保つってのが良いんじゃない?ほら、ころころ態度を変えていたら、子供も『なんだこいつ』って思うだろうし。僕もカータ君の世話をしているけどさ、いっつものんべんだらりで接しているよ?こんな『親』だからカータ君は『せっかち』な性格になったのかも知れないけど」


ブロンには無い『父親としての顔』で柔和(にゅうわ)な様子で話すマーニーはとても『男らしく』見えてしまったのは気のせいだろうか?


「確かに・・・そう、かもしれません。今まで、ポーラに対して恐れを感じていたのですが、これからは・・・」


「うんうん!」


「さらに大事にしますよ!」


「うーん?」


よく分からない方向に行ってしまったブロンを『変わらないな』とこぼしつつ、マーニーは話が終わったであろう二人の元へ歩き出した。




大人の話が終わってから、カータとポーラが対戦の約束を取り付けたことを知ったマーニーは『三日だけ待ってほしい』とブロン親子に提案し、強引にその場の話し合いを解散させた。


特にポーラは意見を出さなかったが、カータはなぜだ!と子供のように()みついている・・・


そんな状況でブロン親子がバーチャルルームから去ると同時にマーニーは自身の研究室にカータを連れ込み、彼にある事実を教え始めていた。


「カータ君・・・君さー。前にも言ったけど、まだ魔装すら出、せ、な、い、よ、ね!」


一文字ずつ『出せない』という言葉を強調していたのが、良くなかったらしい。

カータはムスッとした表情でぼそぼそと何か言い始めた。


「だってさ・・・あんな可愛い子だって知らなかったんだもん!何とかできなくても何とかしたいって思うのが『男』ってもんでしょうーよ!」


グッと左手の握りこぶしを上に掲げつつ、何故(なぜ)的外(まとはず)れにそう言うカータをやれやれといった様子で椅子に腰かけるマーニー。


それに対し、カータはいじけたように部屋の(すみ)で立ち尽くしている。


「君も子供じゃないんだからさぁ・・・もう少し後先を考えてから行動しなよ。まぁ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。とりあえず、前向きに考えなきゃ」


自分に言い聞かせるようなマーニーだが、状況は決して良いとは言えない。

とりあえず・・・といった様子で、マーニーによる魔装についてのレクチャー会が始まった。


「基礎的なことだけど、魔装は持ち主の魔素と精神に強く影響され・・・うーん、分かりやすく言えば、魔素があって、魔装よ来い!って思っていれば、たいていは(こた)えてくれるのが魔装だ。簡単のように聞こえるかもしれないけど実際に戦闘ともなると、ほとんどのビギナー魔装士は取り乱して魔装を解放できない。

何しろ極度の緊張と焦燥(しょうそう)が頭を埋め尽くしているからね。当然とは言えば当然だ。それに例え上手く魔装を解放出来たとしても、平時より何倍もの身体能力が体に付与されるわけだから、コントロールをまともに出来ないと木に頭をぶつけたり、過度のアドレナリンが分泌しているせいで知らぬ間に傷があちこちできて感染症になっちゃったってのもよく聞く。さっき君はすぐに魔装を使えると思っていたようだけど、そんな世の中甘くないってことだね」


「へぇ・・・そんな単純なんですか。なら、俺にもいけそうですね!よし、そうと分かればさっさと・・・」


「いやいや!話を聞いていたの⁉まだ無理だと思うよ?平原でもない限り、空気中に含まれる魔素はそこまで多くはないし、魔装を取り込む前の人は蓄積したとしても量はわずかだ。本格的に蓄積され始めるのは魔装を取り込んでしばらく経過した後だから、まだ半日しか経っていない君だと仮に解放できたとしても数秒持つかどうか・・・」


『ちぇー・・・』とまたもやいじけた態度をし始めるが、不意にカータはあることを思い出す。


「あ、そう言えば!魔石を握っていれば、体内に迅速(じんそく)に魔素が送られると聞きましたよ!マーニーさん!」


「あぁ・・・まぁ、そうなんだけど」


「じゃあ、それでいいじゃないですか!」


『高いんだよなぁ・・・』と言いつつも、またもや奥の『立入禁止!』と書かれた部屋に消えていったのは、やはり『息子』に甘いせいだろうか。子供がいないマーニーにとって、カータの懇願(こんがん)はどんなお願い事よりも重要なのだ。


「今は三つしかストックはないからね。くれぐれも、無駄遣(むだづか)いはしないように」


手のひらほどの紫色に光を放つ魔石は、そこらの石と同じような形をしており、発光をしていなければ無視してしまう者もいるくらいだ。


これよりも大きなものは国の外にある洞窟や森などに多くあるが、魔獣・魔物がうろつく平野に単独で向かう王国兵士と魔装士はいないため、自然と入手することができる範囲は制限される。


サムルドの王であるアーコイド18世はこの魔石不足を何とかしようと何度も兵を挙げて遠征させてはいるが、どこから嗅ぎ付けてくるのか、大きな魔石を持ち帰ろうとすると、たちまち大型の魔獣か魔物が現れ、撤退(てったい)を余儀なくされるとのこと。


命綱(いのちづな)のサムルド王国周辺にある魔石は、純度が高い代わりに大きさはまちまちの物が多く、貯蔵が足りなくなる度に西のロワーズ国から輸入しているのが現状だ。


そんな魔石事情を知っているマーニーは申し訳なく思いつつも自身の研究素材・・・と多少偽りの報告書を国に提出し、若干の後ろめたさを感じながら少しずつではあるが手元に小さな魔石を貯蓄している。


カータに渡したのは総数の一部に過ぎない。


「おぉ、ありがとうございます!因みに、三つでどれくらい魔装を解放していられるんですか?」


「手のひらサイズだからなぁ・・・一つにつき魔素を取り込める量は大体三回分として」


何やらマーニーは計算をし始めるが、カータは早く魔装を解放したくてたまらない。


「あーそうね。人によって蓄積できる量が異なるから正確とは言えないけど、連続解放かつ、戦闘行為をすると仮定するなら、『六時間』が限界かなー。あ、でも遠距離系の魔装は近接の魔装よりも使う魔素の量が多いし、もっと少ないかもね」


「遠距離型の魔装は燃費が悪いってことですか?」


「一応ガイダンスで説明はあったはずなんだがなぁ・・・まぁいいや。遠距離・・・そうだね。君の拳銃を例とするけど。銃弾はどうやって調達すると思う?」


「うーん・・・片手(ハンド)魔兵器銃(マジスガン)の弾じゃ無理ですよね」


うーんとうなるカータはこれ以上待っても答えは導き出すとは思えないと判断。マーニーはあっさりと種明かしをする。


「答えは自己生産だ。近接の魔装が消費する魔素は魔装自体が傷ついた時か『()()』というそれぞれ魔装固有の切り札みたいなものを発動する際に使うんだけど・・・

それに対して、飛び道具系の弓や銃の矢と弾なんかは自身の魔素を消費して作られるんだ。こう言うと近接の魔装が不利に思われるだろうけど実際は・・・うーん、使用者によるとしか言えないね。上手く魔素を使わずに体術戦に持ち込む人もいれば、そもそも魔装を使わず、ハンドマジスガンを(メイン)とした戦闘スタイルの人もいる。まぁつまり・・・もし君が魔装を上手く使いたいなら、自分の魔素蓄積量と相談しながらにしなってこと。分かったかい?」


「はい、何とか」


珍しく、最後まで話を聞いていたカータは難しい顔をして、何か考え事をしているようであった。


「長くなったけど物は試しって言うし、やってみたら?もし無理そうなら自己暗示をすると良いよ。言葉に出した方が良いならそうすれば良いし」


「分かりました」


カータは左手で魔石を握り、体内に魔素が流れたことを確認すると静かに魔石を机に置く。マーニーはいつもより真剣な表情のカータを茶化(ちゃか)してしまいそうになったが、グッと我慢。


(なんじ)の断りよ、(われ)(ちか)いを持って、その力を(さず)けん・・・解放!」


よく分からない呪文(じゅもん)のような言葉をつないでいるカータをポカーンとした表情で見つめるマーニー。


思わず、プッと吹き出したマーニーであったが、次の瞬間、その顔は驚きに変わる。


多少の時間差(ラグ)があったのか、カータが頭上に突き出した右手からは(そう)(こく)の魔素が溢れ出し、右腕全体を(おお)い尽くす。


それとほぼ同時にガラスが(くだ)け散ったような音がしたのかと錯覚(さっかく)するが、それはまさしく幻聴(げんちょう)であり、どこの窓も割れたような形跡(けいせき)はない。


魔装が出現する際に発生する音だと気付いた時には既にカータの右手にはボディが蒼黒に染まる拳銃がどうだと自慢するようにして、存在していた。


「おぉ!出来た!」


「う、うーん・・・」


喜んでいるカータとは対照的(たいしょうてき)にマーニーは微妙な視線を向ける。


「早速、使いましょう!うん、さっさと!」


「まぁまぁ・・・もう少しだけおじさんの話を聞いて頂戴(ちょうだい)よ」


「何ですかもう・・・人がせっかく良い気分で浮かれていたのに」


「いや、嬉しいのは分かるけど・・・その子の使い方、知りたくない?」


『えっ!マジっすか!』とズイっと近づいてくるカータの(ひたい)を押し戻しながら、マーニーはこれからどうすればポーラと張り合えるくらいになるかと頭を抱えていた。




そんな出来事から三日後・・・




カータは約束の時間通りよりも十分ほど早く魔装士機関地下一階にあるバーチャルルームに訪れていた。

ブロン親子はまだ来ていないことに対して多少の優越感(ゆうえつかん)がふつふつと湧き出す。


「ほーら。カータ君。試合前だからってボーっとしているのはダメだよー」


妙に間延びした声は何を隠そう、カータの親代わりのマーニーである。


彼をたった三日という短い期間で何とか(やれることだけ)した張本人(ちょうほんにん)であると同時に魔装研究の第一人者と呼んでもおかしくはない人物。


息子の晴れ舞台?ということで普段それなりに忙しいマーニーもこの日は仕事を休んでここにいる。


「(まぁ・・・僕も最善(さいぜん)は尽くしたし、どうなるか見てみたいってのはあるんだよねぇ)」


普段こそ、マーニーはカータに対して小馬鹿(こばか)にしたような言い方でいちいち(あお)っているが、流石と言うべきか、二級という上位に位置して『いる』ハーリンの血を受け継いだ息子は、他の魔装士とは異なり多少なりとも何か天才的な才能がある・・・はずだが、現状は全ての力を引き出してあげられているかは微妙である。


「(うーん。全体的な(すじ)は良いんだけどなぁ・・・『あれ』さえ克服(こくふく)すれば、あるいは)」


あまり考えたくはないがカータが苦手とする『あれ』にならないよう、マーニーは(いの)るしかない。


「マーニーさーん!まだですかねー!あの二人、根は真面目そうですし、少しくらい早めに来るかと思っていたんですけどー」


「まぁ、丁度良いしさ。少し昨日のおさらいでもしようか」


「ポーラさんの戦闘データについてですか?それならもう・・・」


えーといった表情だが、マーニーは否定をさせない。


「彼女は曲がりなりにもブロンの娘だ。いくら魔装を解放出来ないからって油断は出来ないよ。半年前の中型魔獣討伐依頼ではマジスガンと己の体術のみで討伐したらしい。一般の魔装士でも魔装を使わずしてまともに魔獣と戦うのは自殺行為って言うし、彼女の実力は相当なものだよ。不調になる前の級は君と同じ十級だったらしいけど、今の状態にならなかったらぐんぐんと上がっていただろうね」


それにと補足するようにマーニーは続ける。


「今はどうか知らないけど、彼女の持ち味はその適応力だ。近接の相手には近接、中距離の相手には中距離、遠距離の相手には遠距離の戦いをする・・・いわゆる『万能型(オールラウンダー)』と呼ばれる珍しいタイプの魔装士だし、一つの戦術しか知らない人にとってはまさしく脅威だね」


「他にヒントはありましたっけ?」


「僕が何でも知っているとは思わないでよ」


「まぁ、確かに・・・」


カータはふむと考え込んだ様子でバーチャルルーム内の決められた戦闘開始地点にとぼとぼと歩いていく。


「(本当はあるんだけど、これを教えたらフェアじゃないしなぁ・・・なるべくカータ君には勝ってほしいけど、答えを知ったら彼女の問題を解決出来る可能性はさらに下がる。まぁ、頑張ってくれたまえよ)」


マーニーはまぁいっかといったような思考に切り替え、観客席に移動した。


ほどなくしてブロン親子は時間通りにバーチャルルームに現れる。


ブロンは『待たせてしまって申し訳ない!』と開口(かいこう)一番(いちばん)謝罪をしてくるが、それをマーニーは適当に流す。


ポーラはというと、少し緊張しているのか、しきりに自身の白い髪の先を指にくるくると巻き付けていた。




それから五分後




カータとポーラは互いに開始地点の線が引いてあるところに立っていた。


「よーし!始めようか、ポーラさん。今日はこの俺が君の悩みをばっちし無くしてあげるよ!」


「元より期待していませんので、そうやる気にならなくても良いですよ」


意気込むカータに対して、ポーラは静かな態度で応じる。


魔装士同士の対決はバーチャル無し・・・生身の状態で戦うと自然と怪我を負うリスクが高くなるため、基本的にはここのバーチャルルームを使用するのが普通だ。


もちろん今回は『仮想的』な空間で両者共に戦闘を行うため、痛覚同期のパーセンテージを上げ過ぎないなら、現実の身体に戻ってもそう支障はない。


「レベルはどれくらいにしたのかな?」


「確か『三十』だったと思います。このレベルで致命傷を負った場合でも『打撲』程度の傷が反映されるだけなので、遠慮はいりません。全力でお願いします」


真摯な態度でそう言うポーラの顔は実に真剣そのもの。


どれだけ魔装のことで苦悩していたのかは想像の域を出ないが、その態度を見るに相当なものだったのだろう。


カータは改めて彼女の真面目さに気付かされ、何か励ましの言葉でも送ろうかと一瞬考えるが、それは対戦の後で良いと判断。




『では、開始!』




どこからか聞こえたブロンの声は恐らくスピーカーから聞こえたもの。


先ほどまで二人がいた近未来的なバーチャルルームは突然姿を消し、代わりに視界の先に映されたのは、自然が生い茂る『森』のような空間。


マーニーが操作盤をいじったのか、通常の戦闘フィールドではないように『見える』大きな森は実のところ、施設に備え付けられた最新鋭の機械によって疑似的に投影される幻覚のようなもので、実際は元のバーチャルルームからどこにも飛ばされたわけではない。


全ての感覚と実際の現物であろうと思われる木や石、空ですらも床と天井に設置された魔石の偽物で作られた、と気付くのは外で操作盤を触っている者のみというのだから驚きだ。


そんなとても現実とは思えない科学の宝のような施設で二人がどう思っているのかは疑問であるが、それは彼らに聞いてみなけらば分からない。


「(森・・・か。全くもって俺に配慮してないよね、あの人!俺が生粋(きっすい)のガンナーって知りながらやっているはずだし・・・確信犯だ!)」


カータは捻くれた白衣男のにまーっとニヤつく顔面を思い出しそうになったのを必死に勝負中であると頭を切り替えて、煩悩を消し去る。


「さて、ポーラさん。こちらはいつでも構わない。レディーファーストということで先に・・・」


カータが宣戦布告まがいのことをしている間に準備が整ったのか、ポーラは地面にしっかりと足を着けると同時に体のばねを上手く使い、こちらに弾丸のようなスピートで飛び込んでくる。


魔装を解放せず、この身体能力を発揮するのは何もブロンの娘ということだけではないというのを現実として感じる。


魔装を解放出来ない半年間、惜しみなく努力した賜物(たまもの)がこの超人的な脚力と(たい)(かん)を生み出したのだ。


「ぐっ・・・!」


中距離戦闘を主体とするガンナーのカータはまずいと(ほお)に汗を一粒(ひとつぶ)流す。


近距離に限定した場合での格闘戦は中距離で真価を発揮する拳銃では対抗できない。


訓練された者が放つ単純な拳や蹴りといった攻撃は標準を合わせ、反動を考えてトリガーを引くという一連の動作を必要とする銃よりも先に繰り出せるために、多くの拳銃使いは基本的に相手との距離が縮まることを恐れ、弾幕を張りながら中距離を維持するのが定石(じょうせき)になっている。


戦闘が始まる際に意味もない言動をしてしまったカータは、マーニーが危惧していた『あれ』を開始早々達成してしまっていた。


「くっそ!は、早すぎるでしょ!」


すんでのところでポーラの顔面を狙った右ストレートを回避したものの、まだ油断は出来ない。


バックステップで距離を取るため、腰に装着してある片手魔兵器銃(ハンドマジスガン)をホルスターから抜き出し、そのまま発砲。


後方に勢いよく下がりながら『抜き撃ちクイックドロウ』という荒業(あらわざ)を成功させたのは、何も幸運のおかげということではない。


ここ三日間の修行によって習得した回避と同時に攻撃を行う手法・・・マーニー直伝(じきでん)の技のおかげである。


鍛え上げられたガンナーの右腕は無理な体勢で発砲したのにも関わらず、ほとんど反動を受け付けない。


ポーラの右足を的確に狙った弾丸は、追撃をしようとした彼女の行動に待ったをかけるだけではなく、着弾をさせてみせる。


移動するのに不可欠な足を封じると同時に自らの脅威を取り去ったカータ。


一瞬で状況を判断し、実際に行動を起こす・・・言うだけなら簡単だが、実際にそれを成し遂げるのは並大抵の者にはまず不可能であろう。


戦闘前のカータとは全く異なるその様子は、確実にポーラの予想を良い意味で裏切っていた。


「ここまで俊敏(しゅんびん)だとは思いませんでした。私は初撃でノックダウンさせるつもりでいたのですが、どうにも上手く行きませんね。流石、といったところでしょうか・・・ハーリンさんの息子というは事実のようです」


いつもより饒舌(じょうぜつ)に話すポーラは心なしか楽しんでいるように見える。


「・・・そうかい。俺も正直ここまでポーラさんが動けるとは思わなかった。それに足にまともなダメージがあるにも関わらず、行動力はあまり変わっていないと見受けられる。どんな鍛え方してればそうなるんだ?いくら仮想空間の影響で痛みを感じないといっても、傷を負った部位は時間経過と共に動きづらくなるはずだ」


普段よりも声を低くし、確実にポーラを敵と見なす銃の構え方。


カータは殺意(さつい)を込めた眼差しで彼女を見つめていた。


「(・・・カータさんもれっきとした魔装士だったのを忘れていたわ。今の彼はさっきの『彼』とは違う。ここまで高揚(こうよう)するのはいつ以来かしら・・・)」


ブロンという偉大な魔装士である娘のポーラは、財産を狙って婿入(むこい)りしようともくろむ男性魔装士を嫌というほど見てきた。


相手の男の一族はどれもサムルド国内で魔装士機関に支援をしてくれることもあって、そう無下(むげ)にはできない。


そんなしがらみを嫌うポーラは家柄(いえがら)考慮(こうりょ)などの適当な理由をつけて、魔装士同士の対決で勝った方が言うことを聞く・・・という下手したら何を言われてもおかしくない条件を提示し、その大事な試合で毎回楽に勝利を掴み取っていた。


対戦相手で唯一ポーラに近づいた男もほんの少しだけ頬に傷を付けただけであり、まともな戦闘になった試しはない。


どいつもこいつもこちらを女という性別だけで油断してかかってくるため、(さば)きやすいというのが当時の感想だ。


そんな過去があってか、今日の対戦相手のカータにも正直なところ、それほど期待はしていなかった。




だが、実際はどうだ。




完全にこちらを好敵手(こうてきしゅ)として認識し、ポーラが女性というのもお構いなしに全力で攻撃を仕掛けてきた彼。




それだけではない。




こちらの初撃を軽く避けるだけではなく、お返しと言わんばかりの確実な射撃。


ブロンと比べるのは流石におかしいが、実力は一般の魔装士のレベルを軽く超えている。


記憶にある対戦相手の中で最大の強敵になるであろうカータと巡り合えたことに一種の運命じみたものを柄にもなく感じるほど、ポーラは闘志(とうし)を燃やしていた。


「魔装に頼らないで訓練したおかげ・・・ですかね」


わざとらしく首をコテンとかしげながら微笑む彼女は大変可愛らしく見えるのだが、カータには魅入るほどの余裕はない。


「なるほどね。今度から俺も真似してみるか」


ただ、とカータは一旦(いったん)言葉を切ると・・・


「それはポーラさんの魔装問題を解決した後だ」


今度はカータから攻撃を仕掛ける。


不安定に片手持ちしていたハンドマジスガンを両手でしっかりと持ち直し、ポーラに向けて発砲。


対魔獣用に開発された魔兵器銃(マジスガン)・・・人に撃つならばあまりにも威力が高すぎるそれは、通常の銃火器とは比べものにならない火力とスピードを誇る。


魔装を解放している状態の動体視力なら弾道(だんどう)をぎりぎり予測し、回避をすることもできるが、今のポーラとカータはどちらも魔装を解放していない。


当然、強大な身体能力を付与されていない状態では弾を見切るどころか、着弾したら最後、急所に当たらなくとも致命傷は(まぬが)れない。


先ほどポーラは足に弾丸を受けたが運よく貫通したこともあり、そうダメージが入っていないように見えるものの、実際のところはかなり体力を消耗(しょうもう)しているはずだ。


しかし、カータが放った銃弾はポーラには当たらず、後ろにある巨木(きょぼく)に着弾した。


偽物とは思えないような炸裂音と削り取られた樹皮(じゅひ)が辺りに散乱(さんらん)する。


なぜ当たらなかったというと、勘の良いポーラは同じ手段は効かないといった様子でカータがトリガーを引いた瞬間、横っ飛びをし、近くに生えていた草むらに身を隠していたからだ。


「同じ手は通用しないか!」


カータはポーラが飛び込んだであろう場所に三発の弾丸をお見舞(みま)いするが、当たった感触は感じない。


連射したハンドマジスガンの銃口からは薄い紫色(むらさきいろ)(けむり)がすーっと空に向かって伸びている。


念のため予備で用意していたマガジンを銃にセットすると、油断することなく周りを警戒(けいかい)


ササッ!と()(うし)ろで何かが動く音がした瞬間、カータは勢いよく振り返り連続で発砲するが、これまた当たったような感触は感じない。


「(くそ・・・フェイクか。ハンドマジスガンの弾切れを狙っているのかは定かではないが、みすみす罠にはまったのは迂闊(うかつ)だった・・・!)」


よりによって誰もが思いつきそうな簡単な罠にはまるほど神経質になっていたのか。


カータは無駄使いしてしまった地面に転がる紫色の銃弾を見つめながら、どうする?と思案しようとした・・・その時。


今度は前方の木の後ろでガサッ!と物音がするが、これはフェイクと判断。


本命は後ろから来ると推測して振り返るが・・・


「なっ・・・!」


そこには誰の姿も見当たらず、カータの予想はまんまと外れる。


このままではまずいと正面を向こうとするが、それよりも先に何かの衝撃で体が思い切り吹き飛ばされる。

それがポーラによるミドルキックであると気付いたのはきっかり一秒後。


(ひる)んだことを好機(こうき)と感じたのか、ポーラは一瞬でカータの死角(しかく)である背後に移動すると、今度は頭を狙ったハイキック。


後頭部に凄まじい打撃が加わったことでカータは痛みこそ感じないが、視界がぼやけるような現象が起きたことに焦り、すぐさま前方に前転し距離を取る。


「・・・なかなかタフですね」


「そっちこそ」


短い言葉のやり取りになったのはお互いに余裕がないからであろう。


ポーラは銃弾を受けた足の方を引きずるようにして立っているし、カータは二連続の女性とは思えない強力な打撃をまともにくらってふらついている。


「さぁーて・・・そろそろ魔装を使った『本物』の勝負をしてみないかい?ポーラさんよ」


「・・・ええ!受けて立ちますよ」


ポーラは魔装を半年もの時間に渡って解放できなかったことなど、とっくに意識から排除されていたのを自覚していなかった。


今は彼との決着を付けたいという一心で魔装を呼び出す。


ポーラは短く息を吸うと、一瞬呼吸を止める。


その謎の行動が引き金になったのか、ポーラの両手から溢れ出したのは魔素。


彼女の純白の白髪によく似たような色の純銀の魔素は、ガラスが割れたよりもさらに高音の音を周囲に響かせる。


次の瞬間、ポーラの両手には銃身全体が銀色に包まれる『狙撃銃(ライフル)』の魔装が握られていた。


ふぅ・・・と止めていた息を吐き出したポーラは『今までごめん』と魔装に対して謝っていたが、それは自分にも向けられていたような言い方であった。


「やーっと・・・出せるようになったか」


カータは頼りない足取りのまま、カッコイイと思っているのか、ポーラに向けてバッ!と左腕を突き出す。


「はい・・・お陰様で。『スポウダム』を閉じ込めていたのは私自身だったんですね。もう少しこの子を頼れば良かった。スランプの正体・・・それは『油断』だったんでしょうか」


ポーラは対戦前の暗い表情とは打って変わって、今は何かつっかえが取れたような自然の笑顔をしている。


「まー・・・俺も結構、博打(ばくち)だと思っていたんだよねー。ポーラさんの印象ってほら・・・感情の無い女王って感じだし。上手く乗せられなかったらどうしようと常々考えていましたさー。まぁ、何とかなったし結果オーライだけど」


「何ですか、それ」


急に態度を普段通りに変えたカータに若干の安心感を抱くのはどういう心境の変化か。


冗談めいたカータの言動に元気をもらったのだと考えると、不思議と笑みがこぼれる。


「よーし。なら、俺もお披露目(ひろめ)といこうか。こい、『サイフォス』・・・解放!」


カータの言葉に反応するようにして(かか)げた右手からは蒼黒の魔素が突如(とつじょ)発生し、そのまま右腕全体を包み込む。


ガラスが割れたような音がしたかと同時に右腕にまとう魔素はサーっと消え去り、その代わりとしてカータの右手に握られていたのは銃身全体が蒼黒に染まる拳銃型の魔装・・・サイフォスが姿を現していた。


「やはり拳銃型の魔装・・・初めてお会いした時は、近接戦闘をする方だと思っていました」


「いやねぇ・・・元々それなりにできていたはずなんだけど、ちょいとトラウマがありまして。どう戦おうと考えた結果が拳銃(これ)聡明(そうめい)な君ならもう気付いているだろうから言うけど、ぶっちゃけ相当近接戦は苦手だよ。頭空っぽの脳筋(バカ)やろうなら相手しやすいんだけど、しっかりと計算して突っ込んでくる人とまともにやり合うなんて、無理無理」


両者共に魔装の力で自然(しぜん)治癒(ちゆ)能力が促進されたせいもあってか、序盤(じょばん)に負った傷はこの会話をしている短い時間の中で完治(かんち)している。


全身に力がみなぎるカータは左手に持っていたマジスガンをホルスターにしまいつつ、自慢と言うばかりに話を続ける。


「その代わりと言ってはなんだけど、俺も苦手な部分をカバーするためのやり方を何通りも(そろ)えているのさ。それに、このサイフォスが貸してくれる『恩恵(おんけい)』。いやー、物凄く便利な力だよねこれ」


恩恵とは現在ある魔装の中で半数ほどが宿している特殊能力のことだ。


それを宿している魔装は解放した所持者の体の一部を限界突破(ブースト)させる。


恩恵がある者と無い者では歴然(れきぜん)とした戦力差が生まれるために、運良く手にしたほとんどの魔装士はそれが誇りであると感じている。


それにもし、恩恵が分かりにくい部位の場合、自身が言わない限りは気付かれないことが多いため、魔装士同士の対戦では大きなアドバンテージになるのだが・・・


カータは突然左まぶたを閉じ、空いた左手の指でトントンと触って見せる。


閉じていない右目には凝視(ぎょうし)しなければ分からないが、通常時には黒色の瞳孔(どうこう)が蒼黒に変色している。閉じている左目も同様だろう。


「『視覚強化(しかくきょうか)』。三日で慣れろってのは無理があるかもしれないけど、うん。気合いで何とかしたよ」


「カータさんらしい精神論(せいしんろん)ですね」


クスッと笑うポーラは依然として背筋を伸ばし、しっかりと地に足を着けている。


「まー、他にも一応隠し玉があるんだけど明かしちゃったらつまらないしね。それはこの後のお楽しみってことで!」


「ふふ・・・分かりました。楽しみにさせてもらいます」


隠し玉は不意に使うことで本領を発揮(はっき)するのを分かっていないのか、カータは意気揚々としている。


もし、これがただのハッタリでこちらの気を分散(ぶんさん)させるためのものであるとしたら、素直(すなお)拍手(はくしゅ)を送りたいが今の彼を見たら嘘のようには思えない。


「あ、因みに。私はカータさんほどお人よしでも自信家でもありませんので、恩恵のことは言いませんよ?」


「はぁー⁉何でさ!ここはお互いに発表し合うのが熱い展開でしょ!」


少年漫画のような展開がしたかったのか、カータはガックリとうなだれる。


「・・・でも、せっかく私をスランプから救ってくれたんです」


ポーラは少し声のトーンを下げると、魔装を片手に持たせ、耳にかかっている髪をゆっくりと反対の手で払いながら小さな『右耳』をこちらに見せるように体を横に向ける。


その耳には、現物とは言い難いホログラムのような銀色のフェイクパールピアスに似た物が付けてあるが、対戦前には『なかった』アクセサリーだ。


見えてはいないが、髪がかかっている反対側にも同じ物があるのだろう。


「これくらいはしてあげます」


「あ、もしかして・・・」


「あら・・?分かりましたか」


ポーラはいたずらする小さな子供のように、ふふっと笑う。


「回りくどいなぁ!もう!」


よし!とカータは気合いを注入するようにしてまたもや左腕をポーラに向けて突き出した。


「もしこの勝負に俺が勝ったら、これから君は俺の魔装士団員(チームメイト)だ」


「私が勝ったらどうなるんです?」


「あー・・・任せる」


カータは自分が負けることは頭にないという言い方でペロッと舌を出す。


「ではですね。私が勝ったら」


再びスポウダムを両手で構えると、静かにポーラは告げた。


「『私の』チームメイトになってもらいます」




それからの戦闘は実に激しいものとなった。



魔装を解放した二人は普通の状態では決してできない木を足場とした跳躍に、足元が岩だらけの不安定な獣道を無視する疾走。


カータが走りながらマジスガンより速い弾速のサイフォスの銃弾を放つならばポーラは耳でその銃声を『聞いて』から頑丈な岩をを盾にして回避し、ポーラが距離を空けてスポウダムで狙撃するならばカータは微かな銃声がした方を『見て』から体を反らす。


両者得意な戦闘距離で相手を仕留めようとするが、その度に互いのほんの少し見える隙を突いては切り抜ける。




まさに接戦とも言える勝負だが、その幕は徐々に閉じようとしていた。




「はぁ、はぁ・・・超疲れる。マジ、ハード」


「流石に、はぁ、はぁ・・・同意、します」


魔装士といえどしょせん人の子であるには変わらない。


いくら魔装の力でスタミナが強化されていると言っても、いつまでも激しい動きを続けられるということは無く、同じくらいの体力であったのかカータとポーラは全身汗だくになっていた。


「何でこう・・・戦闘が長引くんだ」


「お互いに銃撃戦に慣れているからではないでしょうか」


丁度中距離ともなる位置で対峙する二人はこれ以上動けないといった様子で自身の残り魔素を確認する。


自らの魔素を消費して弾や矢を作る遠距離系の魔装を宿す者は、戦闘時間が長くなればなるほど体内の蓄積された魔素が減ってしまう。それに魔素が完全になくなってしまうと魔装を維持することすら出来なくなるために、無駄な魔素消費は直接負けにつながる。


戦闘中に魔素がどれだけあるのか、それを考えるのは遠距離の魔装士にとって必要不可欠だ。


「スタミナ切れで引き分けとかあれだしさ」


「ええ。最後は魔技で締めましょう」


魔技というのは魔装それぞれが有する魔素によって異なる不思議な現象を生み出すものだ。


持ち主の強い意志と魔素によって解放される魔装と同じように、魔技も強い自己暗示が発動条件になるため、大抵はその魔技を言語化しないと不発に終わる。


切り札というマーニーの言葉のように、基本的には膨大な魔素を消費しなければならない魔技は、使い時を間違わなければ一気にたたみかけることも逆に乱発しようものならすぐに魔素が切れ、ピンチに陥ることもある。


切り札にも、自分を追いつめる原因にもなる魔技はまさしく一長一短。


そんな魔技を魔素が少ない状態で使うとどうなるのかは目に見えているが、それを分かった上で了承する一人の男と一人の女。


どちらが先に発動させるのか・・・それが勝者と敗者を分けることになる。


「魔技!『静寂なる衣スティル・ベェスメント』!」


先に声を上げたのはポーラ。


主人の声に反応するようにして、スポウダムの銃身からは純銀の魔素がまばゆいほど溢れ、一瞬でポーラの全身を包む。




しかし、驚くのはそれではない。



今先ほどカータの目の前にいたポーラはいったいどこにいったのやら、姿を完全に『消していた』。




スティル・ベェスメント




その魔技は周囲から自身が捕捉されている時『二秒間』だけ周囲の攻撃対象から外れるというもの。


それといって大したことではないような気がするが、狙撃(スナイプ)を最も得意とするポーラにとってはありがたい技だ。


たった二秒とはいえ、魔装士の運動能力ならすぐにでも距離を離すことは可能であるのに加え、相手の捕捉範囲に入らないのならばどんな攻撃でも行使できる。


戦闘の舞台の主導権を二秒のみ、確実に握るこの切り札は魔素の消失量(ロスト)と見合うものだとポーラは考える。


しかし、この反則的なことをしたとしても相手はあのカータ。


『慎重』な行動をするに越したことは無いと、一秒で彼の背後に移動し、一秒で魔装を構える。


魔技の効果が切れたと同時にポーラはカータの背後を完全に陣取り、勝ちへの王手がかかる。


「(これで・・・!)」


スポウダムから放たれる銀色の魔素で作られた鋭い弾丸はカータの後頭部に吸い込まれるようにして・・・




『左腕を貫通して弾道がズレた』




なぜ?とポーラが疑問に思うが時間は止まらない。


最後の力で作製した弾丸を外してしまったポーラには魔装を維持するだけで精一杯なのか、二発目は射出出来ない。


それを分かっていたのか、後攻のカータは不敵な笑みを浮かべてゆっくりと振り返る。


しかし、魔装ライフルという強大な力によって発射される弾丸を何も防具を着けていない生の腕では防御できるわけがない。


カータの左腕は狙撃銃の威力ゆえか、肉が無残にもちぎれ血液は散乱、骨が砕けて肩や地面に刺さり、着弾したのは丁度二の腕周辺だったらしいが、痛々しい状態となった腕は根本から抜けそうなくらいの損傷をし、やがてボトッと音を立てて『外れた』。


これが現実なら確実にショック死していたであろう傷でもカータは平然としている。


実に不気味な光景なのはカータ自身も感じているらしい。


「あーらら。いやぁ・・・流石にグロイわこれ」


何を思ったのか、自身の腕『だった』物をゲシゲシと不思議そうに踏み付けるカータ。


「まぁ、これで俺の勝ちってことかな」


「・・・・ええ、そうで」


ポーラが何か言おうとした時、突然カータは残っている右手でサイフォスを握り、声高々と宣言。


「魔技!『仮死の銃弾アスフィクシア・ブレット』!」


蒼黒の拳銃型魔装から放たれた鮮やかな『群青(ぐんじょう)(いろ)』の弾丸によく似た魔素の凝縮体はポーラを直撃せず、その足元に突き刺さる。


着弾後、身の毛もよだつ爆発的な甲高い金属音と凄まじい衝撃波によってポーラは目にも止まらない速度で木々が生い茂る森の中へ吹き飛ばされたのであった。




バーチャルルーム待機部屋




あの後、カータはポーラが飛んでいったであろう付近まで進んでいくと、完全に意識を失った彼女が倒れているのを発見。


思い切り木に背中や腕をぶつけたのか、ところどころ打撲をしており、手にしていた魔装は『お、後は頼むよ』といったような、実際はどうだか分からないがカータが来たと同時にスポウダムは元の魔素に戻り、ポーラの身体に吸い込まれていった。


ポーラを戦闘不能にしたアスフィクシア・ブレットという魔技は通常サイフォスから射出される蒼の弾丸とは異なる、超凝縮した群青色の銃弾にそっくりな魔素の塊を撃ち出すというもの。


着弾地点から比較的広範囲に爆音と衝撃波を生み出すその凝縮された魔素は、生物の体の意識を保つ器官に大きく影響を及ぼすため、余波に巻き込まれた者は直接的なダメージこそ少ないが、ほぼ確実に気絶する。


しかも、この魔技は詠唱して発動した際に、視覚強化があるカータの動体視力でも見切ることが難しいスピードで射出されるため、回避するのはもちろん有効範囲外に出るのもよっぽど手練れた魔装士でないと不可能だ。


ただ、メリットしかないように思われるカータの魔技だが弱点も存在する。


それはこの魔技は相手が『生物』でないとほとんど意味が無いという点。


実質的な攻撃力をほぼ持たないカータの魔技は意識がない魔物にとっては『ちょっと』強い風を当てられた程度にしか感じられないだろう。


二つ目は事前に相手が動けない、もしくはこの技を知らないという前提条件が必要になるという点。


相手が障害物の多い場所で俊敏に動いている状態で撃ったとしても確実に当たるとは限らないのに加え、

カータの魔技を事前に知っている者なら、少しでも妙なことをする彼を放っておくような真似はせず、たちまち妨害に近い行動を起こすはずだ。


以上二つのデメリットがあるため、カータはポーラの魔素が切れるのを待っていたのだ。




一応カータの勝利ということで対戦は終了したのだが、どうもポーラは最後の不意打ち気味な止めをよろしく思っていないようで、先ほどから近くにあるソファーに腰をかけてムスッとそっぽを向いている模様。


「やーやー二人とも。熱戦だったねー」


「おうよ!私は基本的に銃を使わないが、あれはまさにプロの撃ち合いだったぞ!」


微妙な空気に包まれる待機部屋に現れたのはマーニーとブロン。


ずっと観客席のモニターで見ていたのか、思い思いの感想を口にしていた。


「あー。えっと・・・」


カータはポーラから見えない位置に移動し彼女の背名を指さす。


そんなジェスチャーを何かと敏感なマーニーはすぐさま察したのか、待機部屋から静かに去って行く。


「どうしたんだ?ポーラ」


空気を読めないのかブロンは至って普通の態度で接するが、ポーラはボーっと虚空(こくう)を見つめたまま、何も答えない。


「まぁ、負け知らずなポーラもたまには敗北するってことだ!これをばねにして」


ブロンが励ますようにした言葉を最後まで言わせないといったようにポーラは自分の想いを話した。


「お父さん。私、カータさんのチームに入って魔装士としても、一人の人間としても立派になるよう修行してきます」


「・・・そうか」


いつも凛々しい表情をするブロンでも娘が自分の知らない場所に行くことを不安に思うのか、少しだけ目に涙を浮かべているが、それを吹き飛ばすようにして今度は大きな声を上げる。


「よし!行ってこい!まだポーラは子供なんだからもっと我儘わがままを言っても良いんだぞ!」


「もう・・・そんな小さい子じゃないんだから!」


カータが近くにいて頭を撫でられるのが嫌だったのか、ポーラは顔を赤くしながら抗議。


ブロンはいつもより砕けた様子の娘に庇護(ひご)(よく)がかきたてられたように『ほらほら〜』と可愛がっているが、ポーラもいい加減我慢し切れなくなったのか、急に実の親に対して鋭い右ストレートを腹にお見舞いしていた。


カータはそんなじゃれ合う二人を昔の自分と照らし合わせてしまったのか、こっそり小さい声で『父さん』と独り言ちていた。


次回の話はカータとポーラの仕事風景が中心になるかと思われます。


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