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僕らの時間は指輪と廻る  作者: 高山 和義
第1章 「時間軸」 ~磐田啓輝の場合~
2/15

その1

ふと目が覚めた。

でも見えるのは、延々と広がっているただの黒い闇。

覚醒ではなく、意識が浮上しただけ、ということなのか?


【寂しいよ】


これは……夢、か。


【みんなが離れて行ってしまう。私から】


そして、この声は……誰だ?


【離れていかないで、気づいて。お願い】


はっきりとは聞き取れなかったが、言っていることはなんとなくわかった。

なんだか、この声に聞き覚えがあるような……


「ん?」

次の瞬間、目が覚めた。

今度はちゃんと景色がある。いつも寝ている自室の天井。

枕元の目覚まし時計のアナログ針を見ると、まだ午前三時だった。

「やっぱ夢か…」

時たま見る夢とは違う、いやにリアリティのある夢だった気がする。

誰かが俺に話しかけていたような、いなかったような。

でも、内容までははっきり思い出せなかった。

憶えていないものを考えていても仕方ない。あと四時間の睡眠時間を無駄にしないように、さっさと眠りについた。

九月十九日、木曜日の早朝の事だった。

                           *

夜中の夢のせいで、いつもより少しばかり重い瞼を開けて、目覚ましを止める。

学校まではほどほどに近いため、いつも起床は午前七時。

重い体を引きずるようにリビングに降り、朝食をとる。

今朝の朝食は、トーストとコールスローだった。

トーストは固定なのだが、サラダはよく変わる。今日は二日目なので、明日は別のものに変わっていることだろう。

母親は台所で弁当を作っていた。今日はパートの仕事があるのだろうか、弁当箱が二つ広がっていた。

 家族の習慣で見ている朝のニュースは、丁度天気予報コーナーだった。

 『九月十九日木曜日、本日は雲ひとつない快晴となるでしょう。ここのところ天気が安定しなかったので、本日は久しぶりのお洗濯日和なのではないでしょうか。気温も昨日比で三度上昇し、多少すごしやすくなりそうです。一方、明日九月二十日金曜日は、再び天気が崩れ、大雨となる模様です。降水確率も非常に高く、注意が必要です。ではみなさん、よい一日をお過ごしください』

お天気予報アナウンサーが、すらすらと天気予報を読み上げ、コーナーが終わる。

芸能コーナーに変わったところで、朝食を食べ終える。

洗面所で洗顔と歯磨きを済ませ、自室に向かう。

四年目の慣れた手つきで着替えを済ませ、鞄を肩にかける。

リビングに戻り、弁当と水筒を詰め、スマホをポケットに突っ込む。

「いってきまーす」

玄関からリビングに向かって母親に声をかけてから、家を出た。

通学に使う私鉄の最寄駅までは徒歩五分。

直線距離だけで考えるならば自転車での通学も学校の指定範囲内だが、面倒くさいので電車通学にしている。

駅に着くと丁度、電車接近のアナウンスが鳴る。

駅にはうちの学校以外にも、いくつかの学校の制服がちらほらと見て取れる。

ほどなくして、いつも乗っている各駅停車が鉄橋を渡る轟音と共に走ってきた。

通勤列車の方向とは逆のため車内はいつも空いている。

素早く空席を見つけ、そこに座る。

ここから学校の最寄駅まで五分。暇潰しにスマホを開く。

SMSに新着メッセージがあった。

「今度カラオケ行かない?」

同じクラスの友人からだった。

「今週金欠なんで、また今度な」

と素早く返信する。最近貯金をするようになったので、想定外の出費はできるだけ控えたいのだ。

普段は通知を止めているクラスのグループを開くと、朝早くに登校している人からの授業変更の旨の書き込みがあった。どうやら今日は二時限目の数Ⅱの教師が休みのため自習になるそうだ。

そんな具合で未読のメッセージを消化している間に、学校の最寄駅に着いた。

                            *

時々思うことがある。


人間は、変化なしに生きることが出来るのだろうか。


そしていつも、一つの答えにたどり着く。


それは不可能である、と。


変化なしに生きるのは不可能であると。

自分には大して変化していないように感じられても、色々なことが変わっていく。

声だって、身長だって、服のサイズだって、好きな食べ物だって、好みのタイプだって変わる。

俺の中でも、あの時より前や後、そして今に至るまでに様々な事が変わった。

例えば、三人との思い出、とか。

あの日のことは、よく覚えている。

リビングに漂っていた夕飯の匂い。

レーシングゲームで遊んでいた小学四年生のころの俺。

一本の電話。

料理の腕を止める母親。

いつもの調子で電話に出るが、徐々に暗い声になっていく母親。

そして、電話を切って俺に言ったこと。


突然の訃報。


祖父、祖母ではない、ましてや親戚でもない。

いつも一緒に遊んでいた、あの子の死だった。

涙ぐむ母親。

事態を受け入れられず、涙を流すどころではない俺。

ゲームでは、操作していた車が失速し、COMカートに取り残されていた。

                  *

改札を通り、学校まで五分の道のりを歩く。

俺の通っている学校は、校舎こそ新しいものの、学校自体は昔からある。

この辺では数少ない高校の一つで、私立に進学しなければ、基本的に見知った人達と一緒に進学する。

俺も例外ではなく、幼稚園から高校まで近場の学校に通い続けていた。

だが、高校だけはやはり数が少ないので、どうしても(そんなことはない)電車通学をせざるを得なかったのだ。

それは周りも一緒で、同じ中学の人達は大抵電車か自転車で登校している。

そして、通学路となるこの通りには学生層をターゲットとした店が数多くある。

昼食を購入してコンビニから出てきたクラスメイトと合流し、軽く挨拶を交わす。

俺は弁当派なので、この辺りの店とはあまり縁がないし、利用したこともほとんどない。

やがて店並みも途切れ、学校に到着する。

教室に入り、自席につく。

教室の中は、自習の話題、あと一カ月半までに迫った文化祭の話題、今日の食堂メニューの話題など、様々な話題で教室はごった返している。

やがて朝礼のチャイムが鳴ると、担任が入ってくると同時に部活の朝練で遅れてきた数人が駆け込んでくる。

いつものことなので、担任は少し文句をこぼしつつも、出欠を取り始める。

「えーと、連絡事項をいくつかな。まずは文化祭関連から」

学校全体が文化祭ムードになりつつあるこの時期は、この手の連絡が多い。

「一つ目は下校時間に関して。通常は七時半のところ、明日から文化祭当日までは八時半まで延長するらしい。二つ目はブース参加の締め切りについてだ。今更だけど、二十日までだからな。バンドや部活で申請していない者は気をつけろよ。以上、号令」

級長の号令で朝礼が終わる。

少し経って、一時限目の化学の教師が教室に入ってくる。

散り散りになっていた生徒が自席に段々と戻っていく。


いつもの、俺―磐田啓輝―の日常が始まろうとしていた。

                    *

二限が数Ⅰ(自習)、三限が古典、四限が英文法と、木曜日の時間割をこなしていく。

昼休みになって、各々が思い思いの場所で昼食をとりはじめる。

俺も、机が近い同士の男子連中と机をつけて、雑談しつつ弁当を食べる。

「そー、昨日見たドラマがさ―」

最近話題になっている深夜ドラマの事で場が盛り上がる。

「―マジあの終わり方ってないよなー。フラグ立てるだけ立てといてさー」

俺はそのドラマは見ていないので、特に会話に入ることもなく、黙々と昼食を食べる。

 食べ終わると、スマホでゲームをする者、音楽を聴く者、同じ好みのアーティストの話題で盛り上がる者、多種多様であり、いつも通りの光景であった。

その連中の中には小学校からの幼馴染―この辺りでは珍しくもないが―の豊嶋義男もいる。

「なあカズキ、文化祭どこまで手伝う?」

「正直あまり乗り気じゃないな」

「同感。帰ってネトサしてるほうがよっぽど楽しい」

やがてチャイムが鳴り、各自が元の場所に机を戻す。

少し眠くなってきたが、これくらいならあとの授業二コマは居眠りせずに受けられるだろう。

五時限目の数Aの教師が入ってくると、「起立」と級長が号令をかけた。

                 *

六時限目の日本史も終わり、放課後となる。

特に部活動には所属していないので、そのまま帰宅する。

途中のブックポストに図書館で借りていた小説を返却し、校門を出る。

駅へと続く道を歩き、駅に着く。

改札を通ると、快速が来ていたが、俺の使う駅は快速が通過してしまうので、スルーする。

快速を使うであろう二・三人の生徒が、俺の横を猛スピードで階段を下って行った。

学校の最寄り駅であるこの駅は一番線から四番線まであり、両端の一・四番線は、よく快速や特急等の通過待ちに使用される。

いつもどおりに一番線に止まっていた各駅停車に乗る。

一分も経たないうちにドアが閉まり、モーターの唸りとともに電車が動き出す。

今日も一日が終わろうとしている。

正確にはまだ八時間もあるのだが、気分的にはもう一日も終わりに近い。

一日のルーチンをほぼすべてこなした、といった方が正しいのだろうか。

さほど遠くなく、明日が訪れる。

明日は金曜日だ。今週の学校も明日で終わりか。


今週もあと一日、頑張れ俺。

                 *


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