その4
体が熱い。
授業終わり直前に友人にたたき起こされ、まだ覚めない頭で次の英語の授業も受ける。
そしてあっというまに放課後になり、軽い鞄を肩に引っ掛け帰宅する。
変に頭を使ったからだろうか、ぼーっとして頭が重い。
家が近いから電車に乗る時間はあっというまだ。最寄駅のアナウンスに気づき、急いで鞄を持つと、電車を降りた。
と、一緒の電車に乗っていたのだろうか、階段に向かう義男を姿が見えた。
「よーっす」
「―おお啓輝か」
「久しぶり」
「まあな」
駅も一緒で家も近い。帰宅ルートも途中まで一緒なのでついていくことにした。
「帰り道に会うなんて、随分久しぶりじゃないの?」
「そうだな。放課後はよく図書室行くし」
確かに、思い返してみれば義男と帰宅タイミングが一緒になるときなどあまりなかった。俺もちょいちょい寄り道してるし。
「で、あれか。和葉は図書委員だしな」
「あいつは、チャリ通だからそもそも会わないだろ」
「そーいやそっか」
改札を通り、見慣れた街並みを歩く。
少し歩いた所で「じゃ、また明日」と義男と別れる。
自宅につき、鍵を開ける。母親はどこかに出掛けているのか、家の中はひっそり静かだった。
ミネラルウォーターで喉を潤し、放課後も一向に収まらない睡魔のいいなりになるべく自室のベッドに寝転がる。
いつもはこんなに眠くはならないが、何故か今日はめっちゃ眠い。夜更かしした記憶もない。
まあいいや、寝ることは悪いことではない。
部屋着に着替え、薄い布団をかぶって目をつむる。
夢とも言えないような不思議な幻覚の中で、また夏美の声を聞いたような、気が、した。
*
翌朝、いつも通り目覚まし時計と妹のダブルコンポに起こされて一日が始まる。
今日は土曜日、今日午前中が終わればあとは休みだ。
ただ気を付けなければならないのが、今日はカレンダー的には休日であり、電車が休日ダイヤで走っているということだ。
流石に自覚はしているものの、ふと忘れてしまう事がある。もうそれで何度遅刻したか……。
朝飯は、いつもと同じく和食ベースで、主菜は鮭の粕漬だった。
なんだ、昨日と同じか、なんて思いつつ食べる。
スマホで時間を確認し、まだ余裕があることを確認してから、再び自室に戻る。
暇つぶしがてら、机の本立てに置いてあるマンガを一冊手に取る。
あと家を出るまで三十分あるかどうかだ、それは分かってる。分かってるんだけどあと少しだけ……。
……。
「家出る時間大丈夫なのー?」
……はっ。やばい!
スマホを見ると電車の時間まであと十分を切ったところだった。
「やべー!」
急いで制服に着替え、身支度もそこそこに軽い鞄をひっつかんで家を出る。
鞄の中身が昨日そのままで、駅まで走る。
昨日同様に、これを逃したら遅刻、という各駅停車に乗り込み、車内で火照った体と荒れた息を静める。
心なしか、車内がいつもより混んでいるように感じるけど、気のせいだと思う。
いくら駅まで急いだとはいえ、電車んい乗ってしまえば、それ以上焦っても意味がない。
あとは学校の最寄り駅で間違いなく降りれば良いだけだ。
ほどなくして学校の最寄り駅に到着する。
ちょっといつもより早足で歩いて、フツーに学校に着く。
そして昨日の二十四時間前の反省も活かされず、ロッカーに教科書を取りに行くタイミングを見失った。
土曜の一限は数学。流石に取りに行かないと不味いので、目立つのを承知で担任がHRを終えて教室から出ていく瞬間を見計らってロッカーにダッシュ。
目立つかもといった心配も杞憂に終わり、席に戻り、ルーズリーフを開いたまでは良かったが、教壇に立っている人物を見て頭に?マークが浮かんだ。
いや、見ず知らずの人が立っていたわけではない。本来は数学の教師が立っていなければならないその場所に、なぜか昨日も見た現代文の教師が立っているではないか。
単純に教室を間違えたならば、すまん間違えちったといった反応があるものの、そんなそぶりもなく、通常通り教科書だのを教卓に広げるとそのまま授業をはじめたのだ。
授業変更なんてそんな話あったかいなと隣席に聞く。
「……なあ、今日って一限が現代文に変更になったんだっけ?」
「……はぁ?何言ってんだ。今日は金曜日だからいつも現代文だろ」
わけがわからん、といった風に隣席の主は視線を黒板に戻す。
何言ってんだはこっちのセリフだよ、と机の下でスマホのロック画面をつけて日付を確認する。
(……ん!?)
ロック画面の上半分を占める二十四時間表記の時刻の下にはいつもちっちゃく日付と曜日が表示される。
本来であれば、そこに表示されているべき日付は「九月二十九日土曜日」でなければならないはずだが、実際に画面に映し出されていたのは
「九月二十八日金曜日」
……解せぬ。
「解せぬ」
解せぬ。
「ん、何か言った?」
「いや……何でも無い」
「―まさか、本当に今日は土曜日だと思って来たのかよ」
図星だった。
いやいや、図星だ、じゃないよ。なんで俺がボケましたみたいな扱いになっているかは知らないけれど、昨日は確かに金曜日だったろ?
ここ「昨日」もやったし!
……と言ったところ話がややこしくなるだけなので
「んなわけねぇだろ。あれだ、朝かなり焦ってたから曜日感覚狂ってただけだわ」
自分を誤魔化すのは得意ではないが、話が拗れるよりは何倍もマシだ。
隣席はそれを聞くと、呆れた、といったような顔をして、黒板の方向に向き直った。
*
(―はぁ、とりあえずやり過ごせた……)
ものの、根本的な解決には至っていないのはどうしようもない事実で、だからといって誰かが助けてくれるわけもなく。
そもそも言って勘違いの線はない。だって「昨日」は確かに「金曜日」で俺は「金曜日」の授業をちゃんと一通り受けたはずで……あれ?
まずい、手がかりが記憶な上に、あまりにも記憶が曖昧すぎて逆に混乱してきた。
そうだノート、とルーズリーフを開いて、「金曜日」の教科のページを片っ端から探る。
現代文で次の小テストの範囲をメモしたはずの場所を見たが、そこは消しゴムをかけた形跡すらない真っ新な白紙の状態になっていた。
そこから先、全くノートをとっていない教科は流石に無いはずだったが、どのページも「昨日」書いた部分だけ見事に真っ新になっていた。
(マジかよ……)
ますます自分の記憶に自信が持てなくなってきた。
―昔、マンガだったか、テレビだったかで、こんな話を見たことがある。
―もしタイムトリップができたとして、昔に戻れたとする。
―そこで、なんらかの行動を起こして、物事の結果が変わってしまったとする。
―元の時間に戻ったら、トリップ中に変わった結果が原因で様々な事柄が変わっている……というものだ。
―極端な話、特定の人物が存在しなくなることも起こりうるとか。
……なんてな、そんなこと今はどうでもいい。
タイムトリップなんて馬鹿らしい話に脳味噌が使用されたことで、なんだか落ち着けたような気がした。
とりあえず宿題をやるため家に置いてきたはずの現代文の教科書は諦めて、というか授業を諸々諦めて寝ることにする。
遅刻回避ダッシュの疲労はさながら「昨日」と同じで、というより昨日より幾分か増していたみたいで、睡魔に身を委ねるまでそう時間はかからなかった。




