その7
結局、なつみの事も声が似ているから思い出しただけ、と半ば強引に結論付けて、もうこれ以上考えるのはやめよう。
といっても無理だろうけど。
これは悪い夢だ。もしくは「昨日」が夢だったのだ。
自宅に帰って、忘れそうになっていた炊飯のセットを済ませて、ベッドに寝転がる。
朝から意味わからない、意味わからない、そればっかり。
せめて自分の勘違いである可能性が0.1%でもあればいいのだけれど、あいにく心当たりが無い。
気を紛らわすため、「昨日」選んだラノベを再び本棚から取り出し、ブックカバーをかけて、読み始める。
流石に私の脳も諦めがついたのか、気が散ることもなく本に意識が向いていく。
しばらくしてから、母親の帰宅を告げるドアの開く音で、やっと本から意識がそれる。
「昨日」と同じ夕食を食べ、風呂に入り、寝る。
違うのは私のとった行動と、それに関わった諸々だけ。
「今日」は、異常なまでにいつも通りに流れ、終わっていく。
*
普段寝つきには自信があるほうだが、何故か目が覚めた。
一瞬、地震か、と身構えたが、そういうわけでもなさそうだ。
地震の時は地鳴りの段階で目が覚める自信があるが、今回はそうでもないらしい。
じゃあなんだというのか。
……「今日」一日の出来事のせいで、いつもと違う事が起こる事に敏感になってるのかもしれない。別に夜中に目が覚めることなんて、何ら不思議な事でははない。今回はタイミングが悪かっただけだ。
スマホのロックを解除して、時計アプリを開く。
「二十三時五十九分」
なんとも絶妙なタイミングだ。
とはいえ、あと一分足らずで訪れる明日は、果たして「明日」なのか。その保証はあるのか?
―十五・十四・十三
そんな保証はどこにもない。私自身だってわからない。
もう意味わからないこの現象は御免被る。
じゃあこの目で見てやろうじゃないの。
一番わかりやすいのは時計だ。
あと五秒、もし日付が変わらなかったら、もう不貞寝でもサボリでもなんだってしてやる。いつも通り学校に通うのがアホらしい。
―三・二・一
零
*
和葉のスマホがベッドの上に落ちる。
本人の意思とは関係なく体は強制的に眠りにつき、日付は月曜日から火曜日へと進む。
スマホの時計は、今までそうしてきたように日付を変え、時間を変える。数分のち、スマホの画面が自動的に消灯した。
もちろん、和葉がそれに気づくことはない。
*
「――ぅえいっとおぉぉぉ!?」
何かに起こされたような感じがして、思わず奇声をあげながら飛び起きた。
「……っと、え?」
だが、周りには誰もいない。
「気のせい……かぁ」
今何時だろう、もっかい寝れるかなぁ、と目覚まし時計を見ようと手を伸ばした瞬間
ピピピピピピピピ
「うぇっ!?」
いちいちタイミングが悪すぎるよ。とりあえずスヌーズボタンを押して目覚ましを止める。
それから忘れないうちに、アラームのスイッチも切っておく。
朝から心臓に悪い出来事ばかりだが、起きる時間なにに変わりはない。布団をはねのけて、起き上がる。
「―じゃなくて!」
今日は何日だよ!
それをすっかり忘れていた。
目覚まし時計をひったくるように取り、日付を見る。
九月二十四日
「はぁぁぁ……。よかったぁ」
ちゃんと一日進んでる。
今日は九月二十四日、火曜日。月曜日の繰り返しは一回で終わったようだ。
解放感があるわけではないけれど、ちょっと安心した。そんな微妙な気持ちだが、学校には行かなければならない。リビングに向かうと、今日は通常通りの出勤らしい母親がテレビを見ながら朝食を食べていた。
キッチンに向かい、自分の分を用意する。食卓に父親はいないが、確か今日の夜に帰ってくるはずだ。
手早く朝食を食べ終え、身支度を整える。
最低限のケアはするが、基本的に自然が一番、という考え方なのであまり顔とか髪を整えるのに時間はかけない。学校にまでうっすら化粧をしてくる友人もいるが、そんなのは遊びに行く時だけでいい。生活指導に当たるほうが面倒くさい。
今日は火曜日だ、と自分に言い聞かせつつ、鞄に火曜日の授業の用意をする。気を抜いていたら月曜日の分のノートとかを入れそうになって危ない。
確かに火曜日になったはずなのに、まだ実感が湧かない。
昨日、完全に乾ききっていなくて冷たかった自転車の椅子はしっかり乾いていて、相変わらず空気を入れ忘れた車輪は重かった。
学校に着くと、文化祭の準備は昨日と変わらず行われていたが、それは気にせずに校舎に入り、靴を履き替える。
ホームルームが終わって、授業が始まる。
ちゃんと火曜日の時間割通りに始まった。
なんだか一日の流れがあまりにもいつも通りすぎて拍子抜けしている私がいる。
違うぞ私!これが正常なんだ!
昨日までのが異常だっただけ―
ああもう、いちいち気にしてたらきりがない。
意識を授業の方へ向けよう、とするものの、今はそもそも真面目に受けてない現代文。
どうでもいいや、とラノベを開いた。
本に意識が落ちると、さっきまでのごちゃごちゃとした思考が霧散していった。
*
家に帰ってからは本を手に取ることなく、目一杯背を倒した椅子に体を預けてぼーっと考え事をしていた。
やっぱり夏美の事がひっかかっていたのだ。
あの声が夏美に似ているというのは、正直それなりに自信がある。根拠はないけれど。
そして、その夏美の声が頭の中で聞こえたというところまでは、まあ偶然の一致ということで強引に片づけられないこともない。
だけど、じゃあこの現象は?
一日が繰り返されたこの現象は?
私にしてみれば、それは紛れもない現実で。
でも、それが夏美と何か関係があると考えるのはあまりにも短絡的で。
偶然、ほんの偶然に、同じタイミングで起きただけかもしれないし。
―結局、思考は堂々巡りになっていて、スタート地点に戻ってきただけだった。
とりあえず、これだけははっきりさせておきたい。
何が原因なのか、夏美はそれに関係があるのか?
―とはいえ、何から手をつけていいやらさっぱりだった。
「月曜日」が繰り返された証拠は、わずかな記憶だけだし、夏美の声が聞こえたのも、あれっきりだ。
なにもわからない。わからないことだらけだった。




