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第四話 見性成仏 ―― 伊賀の遭遇 ――

見性成仏:本来もっている自分の本性や心を見極めて悟ること。






■ 天正九年(1581年)11月下旬 近江 安土城


 ◆ 中島 勝太






 「はぁ? 居ない……とは」


 「ああ、どうやら甲斐から戻られた御坊丸様が行方を眩まされたようで、城内は今、何処も彼処も捜索に大騒ぎだ。我らも朝から城内は勿論のこと、城下までくまなくお探ししておる処なのだが……」


 犬山から新しい領主様を迎えに参った旨を伝えたら、城の門番から返事を伝えられる。俺も五平も犬山の城の家老職を勤めてきた中島家と和田家に連なるの者である。そのため此度の出迎えに選ばれたのだが、全くの徒労となったやもしれぬ。


 門番自身も、つい今しがたまで織田家重臣の邸宅の辺りまでを捜索していたらしく、未だに額に汗が残っている。


  ―― 織田家領内の中心に鎮座するこの城へ敵が攻め込んでくることはまず無いとは思うが、これでは間者は侵入し放題だな。



 横を見れば、共に犬山から参ってきた五平もあんぐりと口を広げている。


 我が中島家は代々犬山の城主を補佐する家老職を務めてきた家である。その中島家に連なる分家に産まれた私も、何事も無ければ今頃は本家の手伝いで忙しく動いていたはずだ。中島家は犬山領内の財務を取り締まり、そして五平の本家である和田家は練兵を担当している。


 だが、つい二月程前まで城主を務められていた信益が急遽、この安土の留守居役に異動された。


 ”昔、先代の鉄斎様が上様に楯突いたことが遠因では?”と犬山城内の者の口から静かに零れている。勿論、我が中島家をはじめとする家老や上役たちは”未だ信益は連枝衆として馬揃に名を連ねており、上様からの信を得ている”と抑えている。


 そして此度の城主発布。


 申し渡しを聞いて、ここ数ヶ月の間、皆が抱えていた謎が解けた。要は上様の”己が子に箔をつけたい”という思いが、この一連の騒動へと繋がっていたわけだ。




 そうこうしていると、城の内から聞き慣れた声が耳に届いた。


 「勝太、勝太ではないか。それに五平も……」


 「こ、これは信益様」


 声の出処を探すと、石段の中間踊り場から犬山の前城主であられた津田左衛門佐信益様がこちらを見下ろしていた。俺は慌てて腰を折ろうとする。五平も信益に気付いたようで俺に合わせる。


 しかし再び声が掛けられ、我らの膝が地べたにつくのを遮ってきた。


 「構わぬ。もうそなた等の主人でもない、ましてや今は急場ゆえな。それよりも、その方等、尾張から来られたのであれば、十六、七の若者を見なんだか?」


 「そうは言われましても……」


 信益様は我らの作法などよりも、失踪されたらしい若君の行方を案じられた。だが、こちらも予想だにしていなかったのだから気付きようがない。


 そのことを告げると、信益様は一つ溜息を吐いて天を見上げられた。


 「ふう、それにしても未だに見つからぬとなると……」


 「……」


 十ほども数えた頃であろうか。我らと信益様、皆が打開策を見いだせずに視線を交錯させていると、おもむろに信益様が提案を口に出された。


 「こうしておっても埒が明かぬ。その方等には骨折り損ではあるが、一度犬山に戻るが佳かろう」


 確かに此処に立ち尽くしていても、当の御領主殿が居ないのであれば意味がない。それに何か進展があれば、犬山からは二日もあれば着ける。


 「分かり申した。それではこの辺で。何かありましたなら―― 」


 「ああ、こちらも何かあれば犬山に急使を出そう」


 互いに報せを密に保つことを確かめ合うと、信益様はまた城内に戻られていった。


 それにしても……。



  ―― 前々領主といい、新しき領主といい……、犬山は鬼門だな。



 新しく就かれた領主殿は、一筋縄ではいかぬ御仁らしい。これだから良いとこの子息というのは……呑気なものだな。






 「勝太、これから如何する?」


 信益様の姿が見えなくなってから暫くして、五平が私に尋ねてきた。


 「……戻るしかあるまい、犬山に」


 「そうだな」


 私の答えを聞いて五平が肩を落とした。予想はしていたとはいえ、私の言葉は五平の期待を覆すには至らなかったようだ。



  ―― 期待は裏切られたのだ帰るしかあるまい。



 私も五平の後に続くように片足を進めた。だが、そこで私の中で何かが弾けた。


 「……五平」


 「? なんだ」


 進む足を緩めた五平が気怠そうに首を此方に回してきた。


 「復路は別の路で往こう」


 「はあ?」


 五平は私の提案が行き当たりばったりで考えなしに聞こえたのだろう。歩を止めてこちらに向けた五平の表情には明らかに苛立ちと鬱積が滲み出ている。


 「中山道で来た我らは御領主殿を見なかった。少なくとも気付かなかった、……そうだな?」


 「あ? ああ」


 「であれば、駄目で元々。復路は東海道を使おう」


 だが、五平の思惑を退けて東海道 ―― 安土から甲賀、伊賀に入る路 ―― を進むことを提案した。


 美濃と尾張の国境(くにざかい)の犬山なれば、中山道でも東海道でも掛かる日数に大した違いは無い。


 「……チッ、分ぁったよ」


 舌打ちを打ちつつ、それでも五平は私の提案を聞き入れてくれたのか、同じく南東に身体を向けてくれた。






 安土から日野を通り、甲賀に入ると東海道を東に進んだ。伊賀に入り、これから東海道を使う。


 「ああ、結局は無駄足か……」


 前を歩いていた五平が歩を緩めながら、愚痴を零してきた。


 「……そうだな」


 私も全面的に認めたくはないが、似たような感情が生え始めている。


 すると五平が今まさに横切ろうとしている茶屋を指さしながら、別の話題を振ってきた。


 何気に見れば茶屋には二組の先客がおり、白湯であろうか、喉を湿らせていた。


 若い浪人が一人と、商人の主従二人……。おそらくは新たな職を求めて畿内に向かうか、はたまた商談の道すがら、そんな処だろう。


 「なあ、あの茶屋で少し休んでいかぬか?」


 「五平、何を申しておる。今は、早々に犬山に戻って御家老達に事の経緯を報告するのが先だろう」


 後先を考えずに思うがままに口を開く癖のある五平を尻目に私は歩を進めると、すぐに五平を追い抜いていた。とある茶屋を横切る



 ―― 職探しに期限のない旅とは呑気な……、ん?



 「五平、……そうだな。少し休んでいこう」


 「そうこなくてはッ! バアさん、茶だッ! 二杯頼む」


 五平は私が心変わりせぬ内にとばかりに、早速、茶屋の女将に声を掛けた。


 別に一度口に出した言葉を変えるつもりはない。だが、あの浪人が何故か気になった。もしかしたら敵の間者かもしれぬし、そうでなければ何かしらの手掛かりを得られるかも。ただ、その程度の思い付きから発した言葉ではあったが……。






 何とは無しに浪人の横に座り話し掛ける。


 「……貴殿はどちらから来なさった?」


 「近江からだが?」


 浪人は口に近づけようとしていた湯呑を縁台に置き、こちらの質問に対して端的に、だが気さくに応えてきた。どうやら、この御仁は我らの前を歩いていたことを告げてきた。それと素振りから敵意は無いようだと察する。


 「当方、人探しをしており、貴殿と同じ年頃の浪人を探しているのだが、会わなんだか?」


 「さて……」


 浪人は首を右に傾げながら答えると、傍らに置かれていた椀を口に運ぶ。気付けば、浪人は目を細めてこちらを見ていた。私も彼を見る、ふと眼尻に五平が団子を頬張っていた、……いつの間に。


 「貴殿はどちらに向かわれるのか。差し支えなければ教えて頂きたいのだが?」


 「ふむ……。このまま伊賀から伊勢に入り、そこからは東に歩を進めるつもりだが」



 ―― ん?



 「貴殿、……名は?」


 「……さて」


 浪人が再度首を傾げる、今度は左に……。浪人の返答に疑念が生じたためか、自然、こちらの視界が狭まっていた。いつしか、私の頭の中に何かの光がちらつき始めた。


 「失礼ながら、……貴殿の名は?」


 「これから元服を済ます予定でな、幼名なら……」


 浪人は何かを感づき始めたのか、その口調が若干鈍りだした。だが、こちらも引けぬとばかりに、身を乗り出して彼をせかしていた。


 「なれば、幼名だけでも構いませぬッ!」


 「……坊丸と呼ばれていた」



 ―― 居たッ!?



 「ブフォッ! ゴホッゴホッ。な、なにぃッ!」


 やっと私の胸につかえていた疑念が凍解し、それを察したのか自然と肩が下りた。逆に御領主殿の告白を耳にした五平が頬張っていた団子を喉に詰まらせた。



 ―― 誰とは言わぬが、人騒がせな……。



 「何故に、このような軽挙をなさるかッ!」


 「ん?」


 ここまでの道程の苛立ちが出たのだろう。私は内心を抑えきれず、御領主殿への言葉に厳しさが混じる。


 それを聞いてか、観念したのか、隠すことも無いと腹を括られたのか、御領主殿は若干苦笑いを含めながら声を殺して口を開いた。


 「少し己自身と向き合いたかったのだ。先日、上様に拝謁した。その際に長年の虜囚の報いがこれかと不条理を覚えた。だが、ここまでの道程を歩むにつれて何の功績も無い男には過ぎたるモノだと何故か納得できた」


 安土の憤慨と困惑を混ぜ合わせた態で、しかし悪びれもせず淡々と、御領主殿が理由(わけ)を述べ始めた。



 『そもそも、織田家に戻って二度目の元服をさせたのは目の前で問い掛けてきた実父ではないか。では、何故?』


 『甲斐で元服していても”無駄飯食らいの部屋住みの俘虜”であった者に別段使役を任される道理もない。にも関わらず、何故にあの問いが? そして早々の領地拝領……』


 『このまま岐阜で元服の儀を行なうとなれば、長兄の御内儀から蛇蝎を見るように睨まれるだろう。夫の許嫁である松姫が居た甲斐からきた男である俺なのだから、納得はできぬが何故か理解できる故に』


 『だが、それは身に覚えのない事。自分は松姫に実兄の虚像として見られていただけ。そこにきて長兄へ言えぬ恨みを義姉から放たれるのは、流石に御免こうむる』



 要約すると、そんな事を考えている内に安土を出て、岐阜に寄らずににこちらに足を向けていたと告げていた。


 「それで、この後は如何される御積りか?」


 「そうだな……。そなた、名は?」


 御領主殿は私からの詰問に対し、何故か五平の方を向いて名を聞いてきた。


 「……和田五平と申します」


 「そうか、五平か。すまぬが五平、これより安土に戻り私を無事見つけたと告げてきてはくれぬか?」


 「何故にそれがしがッ!?」


 「いや、そなたは見た処、身体が屈強であるようだ。私やこの者が一刻半掛かるところを一刻もあれば着けるであろう。それともそなたの見た目は見掛け倒しかな?」


 「な、何を申されるかッ! 常日頃から鍛錬を怠らぬ俺ならば、片道に一刻も掛かるはずがありませぬッ!」


 「ん、では頼む」


 五平の名を知った御領主殿が、五平に初めての下知を与えた。


 最初は渋っていた五平も、御領主殿の誘導により了承し出す始末。



 ―― 早速、五平の気性を掴まれるとは。しかしこれは、……人遣いの荒い御仁なのやもしれぬな。



 五平が湯呑の中を一気に飲み干し口の中に残っていた団子を咀嚼し終えると、脱兎のごとく来た路を戻っていった。


 「さて、待たせたかな? そなたは……」


 「勝太、……中島勝太と申します」


 「左様か。なれば勝太、悪いがここの勘定を頼む。着の身着のまま安土を出た故、生憎持ち合わせておらぬ」


 ……御領主殿からの初めての下知は、冬支度の前に情けなくも私の懐を寒くした。



 ―― 犬山に戻ったら、必ずや経費として申請せねばッ! これでは年も越せぬ。



 よくよく縁台を見れば、五平の残していった串が数本、これも払わねばならぬ。


 私は固く決意した。……しかし財務を預かっておられる叔父上には認めてもらえるだろうか……、それだけが心配だった。


 私は気付かぬうちに天を仰いでいた。








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