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独占欲




 メールがたて続けに受信される。その数、二十一通。少ないほうである。

 私は一通り目を通した。返信の必要があるものには、十秒だけ時間を費やし、返信する。

 基本的に携帯電話は禁止の病院だが、お気に入りの場所はその限りではない。人もいないし、精密機器もないから。

 電源を入れるのは不定期なのだが、これを狙ったかのように電話をかけてくるものがあった。

 幼馴染の一人、そして互いに認めた唯一の理解者である。


「よぉ、出るなんて珍しいな」

「おどろいたわ。あなた、どこかで私のこと見張ってるんじゃなくて?」

「そんな悪趣味なことするかよ」

「ふうん?でもあなた、けっこう粘着質じゃなかったかしら。恋人を監視し続けるか、いっそ閉じ込めておくタイプよね」

「実際にはやらねーぞ。そういうのが理解できるってのは否定しねーけど」

「あらま。ほんとに悪趣味」

「勘違いするな。おまえを監視するなんて悪趣味だと言ったんだ。恋人でもねぇのに、んなことやるかよ」

「自分の性質は?」

「異常かもだけど実行しないからセーフ」


 まあ、似たようなことを考えている私がこれ以上彼にあれこれ言う権利などない。嫌な意味でも、私たちは互いの理解者なのだ。


「それで、何か用?」

「弓弦、連れてっていいか?」

「・・・・・・」

「なんだ、都合が悪いのか?」

「・・・さっきの続きよ。――私もあなたと同じタイプなのよ」

「そりゃあよく知ってるよ。おまえのほうがやばいと思うけどな。おまえは他人のものになるくらいなら、殺すタイプだ」

「あら、だって。あなたは相手を押さえつけて言うこときかせるくらい出来るかもしれないけど、私は相手を押さえつけるような腕力ないんだもの。だったらいっそ、――ねぇ?」


 でもやらないだけの分別はある。だからセーフだ。自分の感情が重々しいことは承知している。


「じゃ、おまえの常識に期待してる」

「死に行く者に、そんなものあると思ってるいの?」

「おまえは、死んだ後を気にするタイプだろ」

「嫌だわ。私、あなたを好きになればよかったのね」

「気色悪いこと言うな」


 電話を切る。

 短い会話だったのに、自分の様々な性質が思い返された。

 他人から寄りかかれるのは鬱陶しいと思っているのに、私自身は、気に入ったものに対して異常な執着をもつのだ。けれども私はわがままで欲張りだから、一つでは満足できない。究極を言えば、私はこの世の全てが欲しいのだ。一つに執着していられるわけがない。矛盾している。己の中の矛盾を認識すると、どうも嫌な気分になる。


 何気なく庭を眺めていると、ふいに見慣れた人の姿が映った。

 白衣を着た、少しばかり疲れを漂わせた男。

 彼は中庭の樹の傍まで行くと、その枝葉を見上げた。相変わらずその枝には、白い紙が呪いのようにまとわり付いている。


 彼も、この樹に何かを託すのだろうか。


 見ていたけれど、彼が何かする様子はなかった。ただ、樹を見上げているだけ。

 ふいに、彼がこちらを振り向いた。私がいる、この廊下を。

 私の視線が自分にあることに気づいたのか、にこりと笑う。

 結構離れているのに、よく見えている。彼は目がいいようだ。眼鏡とは無縁の私と同じくらいじゃないだろうか。――私は生まれ持った体に不自由を感じたことがなかった。病気一つなく、風邪も滅多とひかず、弱い部位もない。妹の一人は病弱だから、姉が「薫は下の子に病気を押し付けた」なんて冗談交じりに言っていた。今もなお健康体を維持している姉には言われたくない。私と姉の二人して押し付けた、というのが正しいだろうに。

 でも、そんな私が、病院にいる。

 私はその場に背を向けた。





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