Phase 020:「クリティカルパス?」(外伝)
クリティカルパスとは、プロジェクト全体をスケジュールどおりに完了するために、必ずスケジュールどおりに完了しなくてはならない連続したアクティビティで、最長の所要期間のパスです。
要するに、スケジュールの中でもっとも時間がとられてる重要な通り道。これが遅れると、プロジェクト全体が遅れて間に合わなくなるという大切な要素です。
鍵穴に鍵を差しこみ、ゆっくりとドアを開けた。
思えばこのドアも、俺の卒業までよくがんばってくれたものだ。
いや。このドアは、俺がここに来るずっと前からがんばっていたんだよな。
本当に大したものだよ、ドア。
俺は部室に入ると、部屋を見わたした。
部室としては異様に広い、PM部。
応接セットがあり、オフィス机が並ぶ異様な光景。
だが、もう俺にとっては馴染みの光景。
3年間……。
よくある台詞を言えば、長いようで短い3年間だった。
俺は、手にした卒業証書の入った筒を見つめながら回想する。
入学前は、こんな部に入るなど夢にも思っていなかった。
クラブ見学の日に、半強制で引きずり込まれて始まった日々。
多くのプロジェクトに振りまわされた。
多くの美女達に振りまわされた。
そして最後に、まさかゲームに振りまわされることになるとは思わなかった。
いや。俺を振りまわしたのは、結局「運命」というヤツなのかも知れない。
高校二年生も終わりに近づいた時だった。
プレイしていた【聖典物語】から、いつもと違うメッセージが届いたのだ。
――【黒の黙示録】から世界を救え
もちろんすぐに信じられるわけもなく、またゲームのイベントなのかと思ったぐらいだ。
しかし、メッセージをよこした者は、こちらのことをすべて知っていた。
そして、俺が知らなかったことも知っていた。
トドメは、体験させられた超常現象。
ゲームに感じていた違和感も、それで理屈はわからないが、納得ができてしまう。
そこから俺の人生は、大きく変わった。
俺の人生最大のプロジェクトが始まったのだ。
「ここにいたのね」
部室の真ん中で、感慨深く思い出にひたっていた俺の背中に声がかけられる。
ドアのところに立つ姿が、数年間の思い出と重なった。
学生服を着ている彼女の姿が。
「桂香さん……」
「桂香……さん? ……ぷっ」
俺の声に、一瞬だけ目を丸くした後、彼女は少し噴きだした。
俺は、自分の口を出た言葉に気がつき、少し照れくさくなる。
彼女が着ているのは、学生服ではない。
淡い水色をした、タイトなビジネススーツだ。
「久々にそうよばれたわね、社長……ロウくん」
「うぐっ……」
「卒業おめでとう、ロウくん」
「あ、ありがとう」
俺は照れを隠すために、背中を向けた。
そして威厳を何とか取りもどそうと、ちょっと声を強ばらせる。
「む、迎えに来てくれなくてもよかったんだぞ、桂香」
「ええ。迎えと言うよりも報告に来たの」
「報告?」
一瞬で照れくささをふっとばさせて、振りむいた。
彼女がわざわざここまで足を運んで報告に来たのだ。
絶対に、重要なことのはずである。
「なにが……あった?」
「見つかったの、【彼】が」
「おお! 【彼】にまちがいないのか?」
「100パーセント、まちがいないわ。それに珍しい名前ですもの」
俺は思わずガッツポーズをする。
捜し始めて一年弱。
これでようやく、重要成功要因を見つけたことになる。
「情報はどこから?」
「それが……」
珍しく桂香が口ごもる。
「どうした?」
「……私の名字は、【九笛】っていうんだけど」
「いや。それは知っているが、何を突然……」
「実は【九笛家】は、霊能力者の家系の分家で……」
「……え?」
「霊能力が弱くなり、本家から外されて普通の人間として暮らせるようにと、本家の名字に手を加えたのが【九笛】なんだけど……」
「……いや、ちょっと。今頃になって、そんな重要そうなファクターを持ちだされても……」
「ただ、それでもたまに、九笛の人間で少し霊能力が使える者もいて、私もその一人なんだけど」
「……え?」
「と言っても、私の場合は、波長が合う人の背後霊から情報が取れる程度というか」
「ちょ、ちょっと待て。まさか波長の合うって……」
「ええ。あなたよ」
「うわわあああぁぁ! やっぱり、本当に俺の心を読んでいたのか!」
「ええ」
「きっぱり認めた!」
「ただ、残念ながら、いつも読めるわけじゃないけど……」
「残念ながらじゃない!」
「あなたが、どんな浮気をしているかぐらいはつかんでいるけど……」
「ちょっ、ちょっと!?」
「まあ、本妻としては、元部員たちのことは大目に見ているわ」
「ほ、本妻!?」
「で、話を戻すけど……」
「えっ!? 俺のプライベートに関わる大事なこと、かるく流すの!?」
「その九笛の本家にいる、Sクラス異能力者の元に彼はいたのよ」
「本家のSクラス? 九笛の本家……くてき……S……ま、まさか、本家って……あの阿闍梨か!?」
「……ええ。正解よ」
「くそっ! この学園からなにから、なんかあの阿闍梨の手の内みたいじゃないか……」
俺は一度だけ、祖父の紹介で会ったことがある、坊主の顔を思いだしていた。
一見、人当たりの良さそうな老人に見えるが、なんというか雰囲気がもう異様だ。
あの無敵に見えた祖父が、唯一逆らえないと言った人物。
そして、この学園の設立に深く関わった人物。
どんなに探ろうとしても、正体不明の人物。
正直、もう会いたくないのだが……この様子だとまた会うことになりそうだ。
俺は頭を切りかえて、この後にやることを頭の中で整理した。
「で、彼はどこにいたんだ?」
「今は、長野の山中にいるらしいわ」
「よし。行こう」
「あなたが今から行くの? これから卒業式の二次会じゃないの?」
「それはパスだ。つかんでおきたい人脈はもうつかんである。問題はない」
「問題はない……って……」
「それに最重要事項だ。最強の能力者を手に入れられなければ、話が進まない。俺が直接、話しに行く」
「……まあ、あなたならそういうと思ったけどね。ならば、彼女を呼ぶわ。待機しているはずだから」
そう言いながら、彼女は腕時計型端末の画面を二度ほど叩く。
「でも、いいの? 高校生活の最後のイベントでしょう……ロウくん?」
桂香……桂香さんが、まるで部活時代のような口調で話しかけてくる。
だから、俺もそれに乗った。
「いいんですよ。俺は十分、学校生活を頼みましたからね」
「ロウくんなら、卒業後に一流の大学には入れたでしょうね。そして約束されたはずの安定した将来があったはず……」
「それを言ったら、桂香さんの方こそよかったんですか?」
「ん? どうして?」
「だって、俺のプロジェクトに参加したせいで、まっとうな生活と高校卒業してすぐにおさらばすることになって……」
俺はずっと気になっていた。
俺が受けた啓示に基づいたプロジェクト。
それに参加すると言ってくれたみんな。
俺はもしかしたら、彼らの人生を狂わせてしまったのかも知れない。
「そんなことないわ」
桂香さん、お得意の俺の心を読んだ言葉。
秘書としてはおかげで非常に優秀なのだが、何度やられてもドキッとしてしまう。
「どちらにしても、2038年には世の中、めちゃくちゃになってしまうのでしょう。それなら、私はプロジェクトに参加するわ。これは私自身の意志だし、みんなもそうよ」
「…………」
「それにね。そんなことがなくても、私はロウくんと一緒にいたかったの」
「桂香さん……」
「それは、わらわもなのや、主殿!」
「うわっ!」
「きゃっあ!」
突然、割りこんできた声に、俺と桂香さんが悲鳴をあげる。
慌てて振りむけば、ソファの上に、いつの間にか着物姿の女性が座っていた。
「つ、露先輩……」
「……ぷっ。先輩なんて呼ばれたのは久々やね」
「あっ……」
またやってしまったと、俺は顔を押さえる。
まあ、いいか。
学生気分も今日までだ。
「迎えに来たのや、主殿。場所はつかんでいるから、すぐ飛べるのや」
「……悪いな、露。距離は、問題ないのか?」
「任せるのや」
彼女は、かるく自分の胸を叩いてみせる。
頼りがいのある力の持主で仲間。
彼女の異能力があったからこそ、【聖典物語】からの言葉も信じることができた。
組織作りに邁進してくれる、華代姉。
上層階級の人脈を始め、外部とのコネクションをとってくれる古炉奈。
有力な異能力者のスカウトに走り回ってくれるスケさん。
学生を続けながらも、業務を手伝ってくれる柑梨。
そして、秘書としてがんばってくれている桂香。
今では、他にも多くの仲間の力を借りて、プロジェクトを進めている。
俺がこの学校で、PM部で得た力だ。
俺は、この力でプロジェクトをなんとしても成功させなければならない。
「よし。それじゃあ、世界を救うプロジェクトの【クリティカルパス】をクリアしに行くか!」
俺たち3人は、力強くうなずきあった。
というわけで、なかなか意味不明の作品です。
話に出てきた「阿闍梨」に関しては、説明いたしません。
ご了承ください。
ところで、お暇な方は下記の作品を読んでいただけると嬉しいです。
「BBゲーム ~黒き刃の章~(1)」 [pixiv] http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5468025