Phase 019:「マイルストーン?」
マイルストーンは、簡単に言うとプロジェクトのチェックポイントです。
要するに一区切りということになります。
プロジェクトの進捗を確認する時の目安の一つとなる物です。
「聖典巫女様。聖典様はなんと?」
宣託の間より出てきた聖典巫女を待っていたのは、不安を浮かべたままの多くの管理官たちだった。
聖典巫女は疲れながらも、その者たちに落ちつくようにと手ぶりで示す。
そして、円卓の自分の席に座った。
10数名の管理官たちも、それに従って円卓につく。
「聖典様のお言葉を伝えます」
全員が固唾を呑みこみ、次の言葉を待つ。
「まず、そのような不安な顔を見せるなとのことです」
聖典巫女の予想外の言葉に、管理官たちがざわめく。
「しかし、そうは言われても聖典巫女様。不安になるのも仕方ないこと……」
「我々はプロジェクトを引っぱっていく指針となるべき者。その者たちが不安な顔をしていては、付き従うものが不安になります。聖典様はおっしゃられました。不安になるのはよいが、不安を見せるのではないと」
管理官たちが、少し恥じるように互いの顔を見やる。
「それから今後はまず、国力を高めて攻めを捨て、守りを固めろとのことです」
「そんな! 今なら【黒の血脈同盟】は、一位盟主に他の盟主も失っています。攻めいる好機ではないですか!」
「いいえ。こちらも第九の英雄騎士を失っていますし、なによりアンデッドの群れがいます。彼らが押し寄せれば、付近の第三、第四は大きな被害を受けるでしょう。もし、敵がそれを利用して攻め入ってきたらどうしますか」
「うぐっ……。確かに。奴らは魔術に優れておりますゆえ、もしかしたらアンデッドを利用することも……」
「聖典様は、そのようなリスクまで考えられておりました」
「さすが聖典様……」
管理官たちの顔から、少し不安が消える。
自分たちには信用できる聖典様がついている。
それだけで、安心感が全く違うのだろう。
しかし、聖典巫女は、これから告げる聖典様の言葉に不安があった。
きっと多くの者から反対される。
場合によっては反感を買い、内部分裂を起こすかもしれない。
それでも、これは自分が信じると決めた聖典様の言葉だ。
伝えなければならない。
これが大事な分岐点となるのだ。
「みなさんにもう一つ、大事な聖典様のお言葉を伝えます」
聖典巫女の改まった声色に、その場にいた者たちの顔が引きしまる。
「聖典神国連合は、黒の血脈同盟に対して、和平交渉を前提とした一時停戦を求めよ……とのことです」
はたして、その場は大変な騒ぎとなった。
◆
俺以外の全員が帰宅した部室。
俺は聖典物語のプレイをひと段落したところだった。
すっかり、俺の専属担当になってしまった、このゲーム。
俺は、ここしばらくほぼ毎日のようにプレイしている。
なんかゲーム内で、大きなイベントが発生していたからだ。
内容的には、敵と味方の戦力が、原因不明の爆破(?)で、一気に減ったということだった。
さらに死体が、みんなそろってゾンビになったらしい。
しかも、既にゾンビが大量すぎて、すぐにどうこうできる状態でもないという。
これを放置して、戦争している場合じゃないだろう。
ゾンビ物の映画などで被害が広がる一番の原因は、初動の失策だ。
パンデミックの対策は、やはり隔離が一番大事だと思う。
これ以上、広がらないようにするのが先決だ。
そういう意味では、聖典巫女のワークアラウンド対応は素晴らしい。
もし、目の前にこの聖典巫女がいるなら、スカウトしたいぐらいだ。
……でも、このゲームは本当になんなんだろうか。
AI(人工知能)にしては、NPCの反応が出来過ぎている。
俺が投資し始めたABC(人工頭脳型コンピュータ)が完成すれば、このぐらいのことも可能にはなるだろうが、それはもう少し先にの話だ。
やはりNPCではなく、中の人がいて、ロールプレイしているゲームだとしか思えない。
しかし、そんなに大量のスタッフを雇っているというのだろうか?
もしかしたら、この中の人たち自身もプレイヤーなのか?
だが、それにしてはゲームを外れた雑談とか、一切ないのが不自然だ。
オンラインゲームならば、そういう雑談が出てくるのが普通だと思う。
それに俺自身、実は「そんなことはない」と思い始めている。
中の人はいる。
しかし、プレイヤーではなく、本当に中の人がいるのだと……。
聖典巫女はどこかに本当に存在して、今もがんばってプロジェクトを進めているのだと思えて仕方ないのだ。
だから、俺は本気で彼女を助けたくなっている。
その結果、和平という選択肢を提示してみた。
正直、敵軍の目的が今一つわからない。
本当に和平の道がこれで開けるとは思わない。
しかし、何かを知るきっかけは作れるかもしれないと思ったのだ。
そして、今の俺には、それしか打つ手がなかった。
連合の内乱、同盟の攻撃、大量のゾンビ……内にも外にも予想外にもある障害。
すべてをねじ伏せられるような力を持つ、ゲームバランスを崩すぐらいの圧倒的なヒーローでも現れない限り、こんな問題をすぐに解決できるわけがないのだ。
――ポーン!
俺の目の前の端末から呼び出し音が鳴る。
表示された名前が、待っていた人物であることを確認し、俺は頭をゲームから現実に切り換える。
そして深呼吸してから、「受話」と話しかける。
すると目の前の画面に、一人の老人の姿が映った。
白髪、白髯の老いた顔だが、気弱な者ならば声さえもださせないぐらいの覇気を纏っている。
「お忙しい中、申し訳ございません」
画面に向かって、俺は頭をさげた。
「この度はお手間をおかけしました。無事、すべて済みました」
「よい。孫が珍しく頼み事してきたのだ。そのぐらいは、きいてやらんでどうする。しかも、金銭的な負担は、すべて自分で持つとまで言うのだからな。口利きぐらいなんでもない」
「ありがとうございます」
「しかし、良かったのか。お前の資産は、これでかなり減ってしまっただろう。あやつとの跡継ぎ勝負に負けるのではないか?」
「この程度、すぐに取りもどして見せます。それに、なにもこの投資が、必ずしもマイナスになるわけではありません。むしろ、儲けられると見込んでいますから」
「……まあ、お前がそう言うなら心配はないだろう。お前の才能は父親以上だからな」
画面の中の老人が、にやりと笑った。
笑っただけなのに、俺はつい圧倒されそうになってしまう。
自分と血が繋がっているとは思えない迫力だ。
「それにお前は、そこでよい仲間を得られたようだな。いや。良い伴侶も見つかったか?」
「ご冗談を、おじいさま」
「まあ、一人に絞ることはないぞ。つながりは多い方が良い。ただ、そうだな……私の好みを言えば、その後ろの――」
そう言うと、画面の中の祖父は、俺の後ろの方を指さした。
そこにあるのは、食器棚。
「その中にあるロイヤルコペンハーゲンのカップセットの持主などよいかと思うぞ」
「……ああ。おじいさまが愛用している物と、同じデザインですよね。私も最初に見た時に、どこかで見たことがあると思っていました」
「いい趣味をしている。その良さがわかる高校生がいるとは思わなかった。使っているのか?」
「はい。主に持主とは違う女性がお茶を入れてくれていますが、非常においしくいれてくれました」
「ほほう。それは、その女性も捨てがたいな」
「あははは……。そんなことを言っていたら、ここにいる女性は、すべてすばらしい方々ですよ」
「ならば、すべて手に入れよ。15組の方はどうだ?」
「はい。将来、我が社の力になりそうな者が数名おります。すでにもう、コンタクトをとりはじめました」
「そうか……。だがな、どうやらお主には、我が社のことよりも、もっと大きな役目があるようだぞ」
祖父の言葉に、俺は首を傾げた。
「お前はそこで『ロウ』と呼ばれているらしいな」
「……そんなことまで、犬は報告していましたか」
「まあ、報告もされているが、報告を受ける前から私は知っていた……いや。知らされていたのだよ」
「は?」
「お主は『ロウ』、そして将来、【境界の法】と呼ばれることをな」
「……?」
なにを言っているんだろうと、俺は本気でとまどった。
今まで、祖父は非合理的なことを言ったことがない。
だが、今の祖父の言葉は、そのままとれば予知していたみたいな言い方である。
「それはどういう意味なのですか?」
「まあ、そのうちわかるだろう。その部に入った時に、運命は確定したのだと。そしてすべて必然だったと……」
「はあ……」
俺は今まで、祖父は運命論のようなことを言わない人だと思っていた。
道は計算し、自分で作っていく。
それを己の人生で実践し、むしろ運命などというものは存在しないことを証明しているかのような人だと思っていた。
だがら、祖父の言葉は驚きだった。
――コンッコンッ
部室にノックが響いた。
俺は慌てて小声で祖父に来訪者が来たことを伝えて、回線を切らせてもらった。
そして、何事もなかったかのように「どうぞ」とドアに向かって声をかけた。
だが、静かにゆっくりと開いたドアの前にいたのは、なんと桂香さんだった。
あの桂香さんが、ノックしてから、静かにドアを開けて入ってくるなど驚きである。
「桂香さん、自分の部室なのにノックするなんて……。いつも乱暴な桂香さんは、どうしたんです? 体調でも悪いんですか?」
「本当にロウくんはかわいくないわね。……声が聞こえたから。ロウくんが誰かと話していたなら、邪魔して大丈夫かなと思ったの」
「ああ……。お気遣い、ありがとうございます。もう話は終わったので大丈夫ですよ」
「……そう」
「で、どうしたんです? 忘れ物ですか?」
「忘れ物……そうね」
ドアを後ろ手に閉めると、彼女は俺に近づいてくる。
なんだろうと思っていると、少し離れたところで立ちどまった。
そして、優雅に、しかし深々と頭をさげる。
「ありがとう」
今まで聞いたことがないような、柔らかい声のお礼。
それに動揺して、俺は慌てて立ちあがってしまう。
「ちょ、ちょっと! 桂香さん、どーしたんですか、いったい。何のお礼です?」
「今回の件……柑梨を助けてくれたのは、ロウくんなんでしょう?」
彼女は頭をさげたまま、俺をドキッとさせることを言う。
だが、俺はとぼけたままの答えを返す。
「なんのことです? とにかく、頭をあげてくださいよ」
「だって……できすぎですもの」
桂香さんは顔をあげて、少し微笑を見せた。
「あんなこと、普通はおきない。それに貴方は、こうなることを知っていた……そうでしょう?」
「……いいえ。知りません。そもそも、15組にいる高校生の俺の手に負える話じゃないでしょう?」
俺は腰に手を当てて、シレッと嘘をついた。
だが、桂香さんは、ジッとこちらの心を空かすような視線を向けている。
……ああ。
そう言えば、この人はこっちの心を読んでくるんだよなぁ。
なんか嘘がつきにくい人だ。
「俺は何もやっていません。……でも、もし……もしですよ。何か俺がやったとしても、それはたぶん自分のためですよ。桂香さんのためなんかじゃないですから。俺は基本的に、人のために動くようなことはしません」
ちょっと意地の悪い言い方をしてみる。
いつも通り話がそれれば、御の字だ。
「PM部で、誰よりも人のために頑張っているくせに?」
「俺の勉強として、俺の仕事をこなしているだけです。あくまで、自分のため……です」
見事に話はそれたが、桂香さんに呆れられるような大きなため息をつかれてしまう。
そして、彼女はヤレヤレと両手のひらを上に向ける。
「……ロウくん。本当にかわいげがないよね」
「みたいですね。桂香さんに、入部時から何度も言われていますから……」
俺は、少し膨れた感じに苦笑いしてみせる。
「そうね。でもね……」
桂香さんは後ろに手を回しながら、今までで最高の笑みを見せ、首をかるく傾げる。
「そんなロウくんのこと、私は大好きよ……」
「……………………へっ?」
これまでとは違う、気持ちが強くこもった言葉に、俺の脳がフリーズする。
今までの「好き」は、思えば冗談交じりだったと思う。
もしくは、「わりと好き」みたいなノリだっただろう。
しかし、今の言葉はあきらかに違う。
「……じゃあね、ロウくん。また明日」
彼女も顔の紅潮を隠せなかったのか、クルッと踵を返して、そそくさと部屋を出ていってしまう。
「…………」
「…………」
「…………」
「ヤバい……」
俺は誰もいなくなった部室で、顔を燃えるほどカッカカッカと赤くした。
初めての感情に伴う動悸が落ち着くまで、俺はそこを10分ほど動くことができなかった。
◆
「そ、それは……ま、まことですか!?」
聖典巫女は執務室で報告を受け、思わず席から立ちあがった。
同時に、執務机の上にあった書類の束が崩れ落ちるが、彼女は気にもとめずに前にでる。
「第九英雄騎士のお嬢様が生きていたと……」
「はい。ほぼまちがいないかと」
情報管理官は、珍しく姿を見せていた。
白髪頭の老人なれど、背筋がまっすぐとのびてシャッキリとしている。
彼はその姿勢のまま、微動だにせず言葉をつづける。
「そして、彼女を含めて5~6人の者たちが、あのアンデッドたちを半分以下まで減らしたのでございます」
「たった……たった5~6人で……10万ものアンデッドを……し、信じられません……」
大量にアンデッドが発生してから、数か月がたっていた。
もっとも現場に近い第四聖典神国は、大きな被害を受けていた。
隔離しようとしても、範囲と敵の人数が多すぎて、どうしても隔離しきれない。
紛れこんできたたった一匹が、あっという間に村一つを滅ぼしてしまうこともあった。
そしてそこから、また大量のアンデッドが発生してしまうのである。
また、この被害は連合側だけではなく、同盟側にも大きな影響が出ていた。
結局、同盟側でも被害を食いとめることができず、一時停戦の約定が結ばれ、今ではアンデッドの合同討伐作戦も立案されているところだった。
その矢先に、この事件が起きたのである。
「まさか、連合の先発調査部隊を全滅させたのも……」
「いえ。それは今のところ、第三勢力と見ております。こちらの人数はわかりませんが、やはり少人数で我が調査部隊を全滅させたようです」
「彼ら調査部隊は、英雄騎士ほどではないにしろ、先鋭ばかり。それを全滅させるとは……」
「はい。恐ろしい力の持ち主たちだったようです」
「……だった?」
「はい。その者たちも、第九英雄騎士のお嬢様たちに倒されたようです」
「なんと……。まだ、第九のお嬢様は準騎士だったはず。いくら才能があるとは言え、上位正騎士たちを倒す者たちを倒すとは……どういうことなのでしょうか」
「わかりません。しかも、お嬢様はどうやら、同盟側の人間、そして謎の男と組んでいるらしく……」
「敵軍と? まあ、今は停戦中で、アンデッドを倒すために協力しているならば……。しかし、謎の男とは?」
「申し訳ございません。わからないのです。情報管理官としては、わからないことばかりで誠に恥ずかしいかぎりなのですが、アンデッドの多くも、その謎の男の力が倒したらしいのですが、どのように倒したのかも遠くから見ていた者にはわからなかったようで……」
「ならば、第九聖典神国英雄騎士のお嬢様に……」
「それが、その後に、行方をくらまされておりまして」
「アンデッドの群れの中からですか? 周りは連合や同盟が固めていたはず……」
「はい。それがその……遠くから見ていた者の話なので信頼度は低いのですが、突然パッと消えたと……」
「消えた? そんな伝説の古代魔法のようなことができるわけが……」
聖典巫女は、この情報管理官からこれほど曖昧な報告を聞いたのは初めてだった。
わからないことが大いにしろ、彼が与えてくれる情報は、今後のプロジェクトに役立つ内容ばかりだった。
しかし、今回の情報は、混乱ばかりがもたらされる。
(いえ……確実なことが一つあります)
頭の中で状況整理していた聖典巫女は、聖典様の言葉と重ねて何かを決心するようにひとりうなずいた。
「情報管理官。その謎の男と、なんとしてもいち早く接触してください。もちろん、できる限り友好的にです」
「心得ております。もし、本当に情報通りの力ならば、同盟側につかれれば大変な戦力となってしまいます故」
「ええ。ただ、それだけではないのです」
聖典巫女は席に戻り、ゆっくりと腰かけた。
そして回想するように、かるく瞼を閉じる。
「先般、聖典様が仰っていました。『この状況を動かす、圧倒的なヒーローでも現れて欲しい』と」
「ひぃろう……とは?」
「我等の言う英雄騎士王たる【英雄勇士】にあたるような人物のようです。それも歴代最強の……」
「……なるほど。最強と謳われた伝説の初代【英雄勇士】様ならば、確かにお一人でアンデッド10万体を倒すこともできたかもしれませんな」
「もしかしたら、そのような方が現れたのかも知れません」
「謎の男が、初代【英雄勇士】以上の者だと? そのような……」
「聖典様の願いが通じたのかも知れませんよ」
「……なるほど。もともと英雄騎士たちの魂も、聖典様と同じ神の国からやってきたと言いますから。あり得ない話ではないのかも知れませんぬ」
「ええ。もしかしたらその者は、この世界を救う救世主なのかもしれません……」
今、この【物語】は、新たな展開を迎えようとしていた。
というわけで、ここで「ぴん☆ぼっく」は一区切りついて終了となります。
このような稚拙な作品におつきあいいただきありがとうございました。
第三章「実行編」、第四章「終結編」は今のところ、書く予定がありません。
それは「ぴん☆ぼっく」では書けないからです。
ただ、Phase 020としてショートショートな外伝をアップ致します。
また、よろしければ、別作品「Psychic Magus ~役不足な異世界で俺がやる役~」も続けてお読みいただけると幸いです。
本当にありがとうございました。