Phase 015:「プライオリティ?」
プライオリティとは、優先度のことです。
物事を進めるときは、各要素に対してプライオリティを設定することで、リスクを減らしてスムーズに進めることができるようになります。
「それはまことでございますか!?」
政務官の荒げた問いに、聖典巫女は静かにうなずいた。
「なんと愚かな。連合指揮権を第六に移譲せよなどと……」
「しかも、第五と第七まで連名で書状を送ってくるとは」
「神々より任されたのは第一ぞ!」
「第六ごときにまとめられるはずがない」
「現第一聖典様のお力は、今や各国から賞賛されるほどだというのに……」
「決戦も間近というこの時期に、何を考えているのか!」
政務官が口火を切ると、会議の出席者たちが、次々と好き勝手に文句を言う。
もちろん、どれも第六聖典神国から送られてきた書状に対する反論ばかりだ。
「みなさんの仰るとおりです」
聖典巫女は、すべての文句を受けとめたかのように柔らかい物腰で声を発した。
それに応じるように、すぐさま20人以上いる出席者達が一斉に黙する。
「作戦単位の指揮権委譲ならまだしも、全指揮権移譲などできるわけもない。そんなことをすれば他の国も黙っていないでしょう。先ほど聖典様にご相談したところ、やはり拒否せよと仰っておりました」
周りから「そうだろう」「さすが聖典様」と好意的な言葉があがる。
その中で最初に言葉を荒げた政務官が、すっと腰をあげる。
「しかし、どう第六に返事をなさるおつもりですか?」
その質疑に、聖典巫女はわかっているとばかり首肯する。
「聖典様は、説得せよと仰いました」
「説得と言われましても……。向こうも強引さを承知で言っていること。難しいのでは……」
「たぶん困難でしょう。第六は混乱に乗じて……いえ。混乱させることが目的かも知れません。しかし、聖典様はそれでも、プライオリティとリスクを明示して理責めで交渉に挑めと仰りました」
「ぷ、ぷらいおりてぃ……ですかな?」
「ええ。彼らの真の目的を果たせないことをわからせるのです」
「真の目的……つまり……」
「そうです。平和と使命いう成果物。それを得るために、我々は揺らがないということを知らしめるのです!」
力強い聖典巫女の言葉に、参加者が声を上げる。
だが、その反面、聖典巫女は内心で不安が募っていた。
(第六の聖典巫女……。いったい何をたくらんで……)
◆
「本当にPM部にはクーラーがあるんですねぇ。うらやましいなぁ」
肩口まで髪を伸ばした長髪のメガネ男子が、ソファに深々と座っている。
そして華代姉の出したアイスティーをうまそうに口にした。
ガラスコップの中で響く、涼しげな音。
それを楽しむでもなく、黒縁メガネの彼――歴史研究部・部長【山口】――は、一気に飲み干してしまう。
もっと味わって飲めよ。
華代姉の紅茶はうまいんだぞ。
……などと思うが、口にはしない。
今回のメインPMは、華代姉だ。
俺はわき役。
「暑い中、わざわざご足労いただき、すいません」
正面にそう言いながら、華代姉が座る。
その隣には、桂香さん。
俺と柑梨、スケさんと露先輩は、少し離れたオフィスデスク群に座ってて聞き耳を立てていた。
「いやぁ~。クーラーがある部室の方が、こちらも助かるしねぇ。それに、こちらこそ申し訳ない。まさか、夏休みの最中なのに、PM部のメンバー全員で迎えてもらえるとはねぇ……」
「うちは、チームワークを大事にしています。トラブル時には、なるべくみんなで協力して、柔軟に円滑に対応できるようにしています」
桂香さんの説明に、山口はどこか芝居がかって「それはそれは」と愛想笑いする。
その笑いが俺の心に引っかかる。
PM部の裏庭ヴァカンス中にきた連絡内容は、俺たちにとって頭が痛い問題だった。
歴史研究部では、彼らが長年蓄積したデータベースを利用し、ある検索サービスを作ろうとしていた。
しかし、そのスクリプトプログラムを作れる人材が、彼らの部にはいなかった。
二学期に予定されている、各校のとある発表会で、それを研究成果として発表したい彼らは、そのプログラム開発の相談をPM部にしてきたのだ。
PM部はそれを受けて、開発プロジェクトの管理をすることになった。
そして実際の開発を頼んだのが、俺が探してきた【ゲームプログラミング部】の桐間という先輩だった。
この学校には、プログラミングを行う部が2つある。
ひとつは先のゲーム開発を中心に活動する【ゲームプログラミング部】。
もうひとつは、実用アプリケーション開発中心の【ITシステム開発部】だ。
今回の歴史研究部の依頼から言えば、ITシステム開発部の得意ジャンルであった。
しかし、あいにく彼らは大活躍中で、手が空いているものがまったくいなかった。
それに対して、ゲームプログラミング部は、昨年度からコンクールなどの賞も逃し、活躍の場を欲していた。
畑が違うものの、俺が今回の仕事をふってみたところ、桐間という三年生が喜んで話に乗ってきたのである。
彼としては部活動の宣伝だけではなく、彼個人のゲーム業界以外での就職用プレゼンにも使用したかったらしい。
つまり、少なからず本人の利益もあった。
とはいえ、基本的に善意で手伝ってくれている形だったのだ。
ところが、もう完成間近になって、クライアントである歴史研究部から桐間先輩に直接、仕様変更の連絡がいったのだという。
しかも、かなり強めの口調だったようだ。
当然、桐間先輩は怒り心頭。
開発を降りるという話まで出てきている始末だった。
「まず最初に、山口部長。なぜ今回の件、PM部を通してもらえなかったのですか?」
三つ編み、丸メガネの委員長ルックの華代姉が、その見た目のイメージ通り生真面目に話す。
「連絡事項、特に重要な話は、PM部経由で必ず行っていただくことになっていたと思います」
「ああ、すまんすまん。夏休み中だったしぃ、急ぎの話だったからさぁ、直接した方がいいかなって、気を使ったつもりだったんだよ、これでもねぇ」
「プロジェクトマネージャーは、すべての進捗を把握しなければなりません。それに業務を円滑に指示するのも、大事な仕事です。最初にもお願いしましたが、直接の連絡はしないようにお願いします」
「わかった、わたかった」
絶対わかっていない感じの返事だが、華代姉はとりあえずにこやかに微笑し「ありがとうございます」と返した。
その笑顔が予想外だったのか、山口は少し頬を赤らめて「おお」とだけ応じる。
「それから仕様変更に関しても、まずは私にご相談くださいとお願いしたと思います」
「でもさぁ、ぼくたちのためのものだよぉ。ぼくたちが必要だと感じたんだから、それに関して相談する必要なんてないじゃないか?」
「しかし、開発プロジェクトをこちらで管理しています。仕様変更により、予定が狂うのは困ります」
「困りますっていわれても、それはそちらの事情でしょう? 歴研としては、変更しないと困るんだよねぇ」
「こちらの事情という問題ではありません! 歴研部とかPM部だとかではなく、我々は一緒にプロジェクトを進めるチームです。それに、スケジュールが遅れたら実際に困るのは、歴研の方々ではないですか」
「それを何とかするのがぁ、PM部の今回の仕事だろう? 得意なんでしょ、スケジュール調整とか、交渉とかさぁ」
「わ、私たちは――」
思わずいきり立つ華代姉に、横から桂香さんが手ぶりで抑えるように指示する。
おっとりキャラの委員長モードの華代姉が怒るのは珍しいが、怒りたくもなる内容だ。
俺だって蹴り飛ばしたくなっている。
それは桂香さんとて、同じ気持ちだろう。
しかし、彼女の表情は、少なくとも冷静そのものだった。
「…………」
華代姉も、その桂香さんの雰囲気に感化されたように、すっと落ちつきを取りもどす。
「今回の仕様変更は、本当に必要なのですか?」
「当たり前じゃないか。発表会で優勝を狙っているんだよぉ、ぼくたちは。より良いものを出したいだろう?」
微妙にねちっこい話し方で、山口は困り顔を作ってみせる。
やはり、その態度がどこか芝居がかっている。
俺はその態度が非常に気になっていた。
こんなに強気なキャラじゃなかったはずだ。
それとも頼みに来たときは、猫をかぶっていたのだろうか。
確かに、山口たちが頼みに来た時とは立場が逆転している。
最初、こちらがプログラム開発のPMをやることで貸しを作っていた。
しかし、その貸しの前払いとして、塩沢書記の企画の手伝いをお願いしてしまったのだ。
だから、こちらとしてはPMをやり遂げる責任がある。
それを盾に、強気で攻めてくるのはわかるのだが……。
「山口部長。ここは優先度を考えましょう」
長髪を耳の後ろに流しながら、桂香さんが静かに開口した。
「最悪なパターンは、発表会でプログラムが使えないことです。それだけは避けなくてはなりません」
「ま、まあねぇ……」
「そのリスクを避けるのは、現在の仕様のままで開発を進めるのがベストです」
「そうですよ、山口部長」
華代姉が、桂香さんの後押しをする。
これも一種のチームワークだろうか。
彼女は両手をテーブルにつき、前に身を乗りだして山口にアピールする。
ここで色香を使うところが、なかなか巧妙だ。
チラチラと見ないふりしながらも、山口が迫力ある彼女の武器に目を奪われている。
なんか腹立たしいが、つい見てしまう気持ちは男としてわかってしまう。
「まずは完成させましょう、山口部長。その後、時間があれば機能追加も考えれば……」
「い、いや、でもねぇ……。そんな大げさなことじゃないでしょう? 項目を1つたすだけだよ?」
「しかし、プログラマーである桐間さんは、今からだと予定に間に合わないと……」
「それはさぁ、やりたくないから言ってるだけじゃないのぉ? どうして1つ項目増やすぐらいが、そんなに手間なのぉ?」
「それは……」
華代姉が言いよどむ。
桂香さんも言葉を迷っているようだ。
まあ、そのあたりの知識がなければ、まさにそう思うのも仕方がない。
「項目1つ追加でも、検証のやり直しが必要になりますよ」
仕方ないので、離れたところ口をだす。
俺はプログラマーと言えるほどできるわけではないが、簡単なスクリプトなら組めるぐらいの知識がある。
だから、桐間先輩が心配していることも、だいたい察しがついた。
「たとえ、項目を少し変更しただけでも、それに関する部分はすべて動作検証をやり直さないといけません。それに、今回はデータベースを使っていますが、テーブルの変更の他に関連するクエリーの変更、フォーム画面の変更など、多岐に及びます」
「せ、専門的なことを言われても、ごまかされているみたいで……」
「簡単に言えば、ちょこちょこと直せばいいでは済まないんですよ。さらにそこにインポートするデータの検証も……」
そこまで言って、ふと思いつく。
「ところで、新たに追加した項目に入れるデータは、もうファイル化してあるんですか?」
「えっ? ……ああ。いや、うん……」
これは、どう見ても用意していない反応だ。
おかしい。
昨日、あいつから聞いた情報が、頭をよぎる。
つまり、目的がやはり違うと言うことか……。
「ともかく、データの準備もできていないのでしたら、やはりリスクも考えてて、現状の仕様での完成にプライオリティをおきませんか?」
「そうですよ、山口部長」
俺の説得に、またもや華代姉が武器を強調。
もちろん、制服のボタンはすべてきちんととまっている。
が、そのボタンを弾きとばすのではないかと思える迫力は、十分に効果を発揮していた。
なんとあざとい……。
山口が視線をずらせないまま、つい「う、うん」と返事をしてしまう。
「ああ。良かったです。山口部長が話のわかる方で。ありがとうございます」
華代姉の愛想の良い表情に、ついに山口の顔がデレッとなる。
けっきょく、話はそれでまとまった。
席を立った時には、入ってきた時の頑固さなどない。
機嫌良く、部屋を出ようとしていた。
「山口部長。一つだけ聞いていいですか?」
しかし、俺はそこで呼び止めた。
ドアを開けて、今まさに出ようとしているタイミング。
たぶん、役目を終えたと、一番油断している時だ。
俺は彼の顔の変化を見逃さないように仰視したまま、言葉を続けた。
「今回の項目追加のアイデアをだしたのは、監査ですか?」
「――なっ、なん…で……のことかな?」
無理矢理ごまかそうとして、妙な日本語で狼狽する山口に、俺は確信した。
しかし、それ以上は何も突っこまない。
それをよしとして、山口は「知らんよ」と捨て台詞を言って、そそくさと去って行った。
部室が一瞬、シーンと静まり返る。
「ロウくん……。監査ってどういうこと?」
少し青ざめた華代姉が、俺に強い視線を向ける。
彼女がそんな顔をするのも仕方ない。
監査――校内活動監査委員会――は、生徒会をのぞけば、この学校でもっとも権力がある三委員会のうちの一つだ。
監査ににらまれたら、生徒会でもただじゃすまないと言われている。
潰された部も、かなりあるらしい。
さて。どこまで話したら良いものか。
と言っても、こっちも追加の詳細情報は、まだ受けとっていないから、そこまで詳しく話せることもないのだが。
「推測ですが、歴研は監査に弱みを握られていた。たぶんなにか会計監査にでもひっかかったんでしょう。それをネタに脅されて、山口は傀儡となった……ってとこでしょうかね」
「そんな情報……どこから得たの?」
怪訝な表情の桂香さんに、俺は一言だけ「言えません」と答える。
あいつのことは、あまり言いたくない。
「ともかく、今回のは監査からPM部に対する、ジャブというか、軽いいやがらせ……。というより、宣戦布告かもしれませんね」
「嫌がらせ……。まさか……」
桂香さんの顔色が変わった。
そしてその視線が泳ぐように、柑梨に向かう。
「…………」
その視線を受けた柑梨が、「はっ」と同じように顔を色を変えた。
その顔色は、桂香さんよりもかなり青白い。
今にも倒れるのではないかと心配になるぐらいだ。
「……なにか思い当ることでも? 桂香さんも柑梨も……なんか顔色が悪いですよ?」
「い、いえ……。大丈夫……」
桂香さんから、こんなにダメそうな「大丈夫」を聞いたのは初めてだった。
しかし、それ以上は尋ねても説明してくれるつもりはなさそうだった。
「ごめんなさい。柑梨、ちょっときて……」
桂香さんは、そのまま柑梨だけを連れて部室を出て行ってしまう。
目線で華代姉や露先輩、そしてスケさんにも尋ねてみるが、みんな首をひねるばかりだ。
部室の中に、不穏な空気が漂ってしまう。
……しゃーない。あのネタで取引するか。
俺はあることを決心して、あいつへのメールを打ち始めた。
ストーリーにプライオリティを置いたため、ギャグがおざなりになりました。
すいません……。