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Phase 014:「仕様変更?」

仕様変更。

特別にビジネス用語というわけでもありません。

が、実行段階に入ったプロジェクトにおいて、PMとして聞きたくない言葉の一つです。

逆に、これを言わせないようにするのが、PMの力でもあります。

「やはり、第五は第六につく動きを見せているのですね」

「はい」


 執務室には、いつも通り聖典巫女の姿しか見えない。

 しかし、彼女の問いに男の声が、どこからともなく答えていた。


「先日、『第五聖典神国(セィクリッド)託宣巫女(オラクラシビュラ)が、第六聖典神国(セィクリッド)託宣巫女(オラクラシビュラ)と会合』と、密偵から報告がありました。聖典巫女だけではなく、第五の託宣巫女(オラクラシビュラ)も数人、参列したとのこと。これは国として動いている証ではないかと」


 第一聖典神国(セィクリッド)託宣巫女(オラクラシビュラ)は、頭を抱え込む。

 第七に続いて、第五までが第六に同調している。

 昔から、第一を中心に結束を強めていた連合が、このままでは二分されてしまう。

 あり方が、変わってしまう。


「…………」


 内にたまった不安を吐きだすように、聖典巫女は大きなため息をつく。

 しかし、いくらため息をついたところで、不安は外に出ていかない。

 このままでは、連合の役目が果たせなくなる。


 聖典神国連合の成り立ちは、伝説として伝わっている。


 異界ともいわれる【クガミアマツクニ】という不可侵の聖地には、神々が住んでいる。

 その神々は、人間達に9冊の聖典と呼ばれる神の叡智を分け与えた。

 聖典は、神々の使徒である精霊――神霊――を呼び出し、助言を得ることができるという神具であった。

 神々は人間に、その神具を使って9つの国を作り、力を合わせてこの聖地を守るように命じたのだ。

 人間達は、神託に従った。

 中央にある聖地を囲むように、第一から第九までの九つの国を作った。

 そして、9つの国は連合軍を組織し、【クガミアマツクニ】に攻め入ろうとする【黒の血脈】の者たちと、長きにわたり戦いを続けてきたのである。


 第一はその中でも、昔から9国の代表として全体をまとめる役割を担っていた。

 しかし、先の聖典巫女の時代に第一の統制が乱れたことを理由とし、第六聖典神国が第一の指示を無視するようになってきたのだ。

 国を乱すような神霊――通称【聖典様】――と、その聖典巫女には従えないと。


 事実、先の第一聖典様の託宣は、あまりにもいろいろと強引だった。

 そのため、国内で聖典様への反発が強まり、聖典様を呼びだした聖典巫女にも批判が広がった。

 聖典様は、聖典巫女によって呼びだされる。

 優れた聖典様を呼びだせるかどうかは、聖典巫女の力だと言われているのだ。

 そして、追いつめられた聖典巫女自身も、聖典様を信じることができなくなった時、とうとう聖典様を呼び出すことができなくなってしまった。


 第一神国は、聖典巫女の代替わりを決めた。

 今の聖典巫女である彼女は、もともと託宣巫女という、次期聖典巫女候補のひとりとして、先の聖典巫女に使えていた。

 だが、聖典巫女にならない限り、聖典から届く声を聞くことはできない。

 だから、聖典巫女に選ばれ、初めて「声だけの存在」に触れた時、彼女は驚愕と感動を覚えたものだった。


「声だけの存在……という意味では、あなたもそうですね」

「は? いったい何のことでございましょうか?」

「ふふふ。ごめんなさい。少し考え事をしていて。あなたと同じように、聖典様もいつも声だけの存在だと考えてしまいました」

「わたくしごときと、聖典様を一緒にされては困ります」


 聖典巫女は、少しだけ口元を緩めてから、視線を宙に向けた。


「……聖典様は、不思議な存在なのですよ」

「左様でございましょうとも」

「声だけの存在なのに、非常に強い存在感を持っていらっしゃいます。特に最近の聖典様は、素敵です。英知もあり、機微に敏感で、自信を感じる魅力的な存在です」

「失礼ながら、まるで好みの殿方を褒め称えているようですな」

「ふふふ。今の聖典様が実際に殿方として目の前にいたら、どのような容姿であろうと求婚してしまうかも知れません」

「それはそれは。そうなると聖典巫女のお役目を降りなくてはならなくなります。今の聖典様は、みなからの信頼が非常に厚く、なくてはならぬ存在。聖典巫女様には申し訳ございませんが、聖典様のごときすばらしき男性には、しばらく現れて欲しくないものですな」


 彼女は苦笑しながら、「残念です」と応じる。

 だが、その後にまた陰を落とす。

 つい現実逃避して締まったが、肝心の問題は消えてなくなるわけではない。


「聖典巫女様。第五の件は、引き続き動きを監視致します」


 その彼女の不安を察したのか、姿の見えない男――情報師団長は、力強い声をだした。

 それに応えるように、彼女も深くうなずく。


「お願いします」

「はっ!」


 頼もしい返事と共に、一瞬で気配が消えた。

 ここは密室のはずだ。

 それなのに、彼はどこから入り、どこから出て行ったのだろうか。

 それを何度か考えているのだが、彼女にはまったくそれがわからない。


「本当に、まるで幽霊のような方ですね……」


 ふと、「聖典様の世界にも幽霊はいるのかしら」と考え、次の機会にでも聞いてみようと、彼女はたわいもないことを考えていた。



   ◆



「――いるわけないだろう!」


 俺は思わず、パソコンモニターに向かって突っこんだ。

 その声に、部室内に残っていた者たちがこちらを振りむく。


「いや。すいません。なんでもないです……」


 当番制のはずが、ずっと俺担当になっているゲーム【聖典物語】をプレイ中のことだった。

 ゲームのNPC(のはず)である【聖典巫女】が、雑談で「そちらにも幽霊はいるんですか?」などと、妙にタイムリーなことを聞いてきたのた。

 だから、ついムキになって突っこんでしまった……などと、説明するわけにはいかない。

 ああ。断じてできるわけがない!


「どうしたのや、主殿」

「――のわあああぁぁ!」


 背後から、頬ずりするように顔が現れたものだから、俺は椅子から転げ落ちるように距離をとった。


「いやはや……。それほど驚かれると、われわも少々キズつくのや」

「す、すいません。ちょっと意表を突かれてまして……」


 夏休み中の部活動日。

 なんとか、幽霊ショックから立ち直った俺は、やっと部室に来ることができた。

 きっと彼女は消えたのではなく、窓から抜けだし、何かしらのトリックを使って鍵を外から閉めたのだろう……そのはずだ。

 それに今日は、みんないるはず。

 ならば、幽霊だとしたら出てくるはずもない。

 さらに彼女は、そもそも幽霊部員。

 夏休みの部活動になど、顔を出すわけがない。

 そう願い、自分を奮い立たせてきたのだ。


 そしたら、あーた。

 いるじゃないですか、幽霊……ではなく、【鳥渡(とりわたり) 露之間(つゆのま)】先輩。

 しかも、部室のドアを開けたら、白地のワンピースタイプの水着姿でのお出迎えだったわけですよ!

 ビビるのと同時に、見とれてしまったわけですよ!

 なんたって白地ですよ!

 最初に見た、白い肌襦袢を連想させるわけですよ!

 ただし、単に真っ白じゃないんですよ!

 濃い青で波を図案化したような模様が、所々に入っているんですよ!

 それが、まあ、見事に大事なところを隠しているんですよ!

 そんな女の子が、俺をなぜか「主殿」とか呼ぶわけですよ!

 恐怖と興奮がクライマックスですよ!


「主殿?」


 ぼーっと見つめてしまっていることに気がつき、俺は慌てて視線をそらした。

 なにか動揺しすぎて、脳内が変なテンションになってしまった。

 俺は、そのテンションを抑えて、平静を装って微笑する。


「すいません。先輩の水着姿が素敵すぎて……」

「……主殿は、こちらを怒れない状態にするがうまく、ずるいのや」


 あからさまな世辞でも、女性はだいたい喜んでくれるものだ。

 だから、とりあえず、困った時は褒めるという癖がついてしまっている。

 でも、今回は本当にそう思っている。

 部室で水着というミスマッチが、興奮度を高めていることもある。

 しかし、それ抜きでもにあっていて、魅力的である。


「本当に、かわいらしさと艶やかさが同居していて、目を奪われました」

「…………」


 つり目ぎみの双眸を真っ直ぐに見つめて語ると、たちまち彼女は紅潮していく。

 そして、にやけた口を合掌で隠すようにうつむいた。


「あっ、あのぉ……」

「のわっ!」


 突然、また背後から声をかけられて、俺はまたまた飛び退いた。

 誰かと思えば、今度は柑梨だった。

 彼女は、両手の拳を力強く握りしめ、胸の前で合わせている。


「た、頼むから、気配を消して近づかないでくれ、柑梨」

「す、すいません。つい癖で……」

「将来、その癖が役に立つ職があるといいね……」

「ああ! そうですね〜ぇ」


 そんな職は、暗殺者ぐらいじゃないか。

 彼女の気配を消す能力は完璧すぎて怖い。

 たぶん、彼女が俺を殺す気になれば、俺は自分が死んだことも気がつかず絶命するだろう。


「……で、どうしたの?」

「あ、はい。……あ、あたしの水着……ど、どうですかっ!?」


 握った拳を下に向けて、胸を張るようにして、つなぎタイプの水着を晒す。

 鮮やかな水色に、黄色く雄々しいひまわりが、大きくいくつも飾られている。

 そして、腰には緑のパレオが飾られ、瑞々しい葉っぱを表現していた。

 いかにも夏らしい、活発な雰囲気だ。


 非常にかわいい。

 非常にかわいいのだが、それはさっきも少しだけど褒めたはずだ。

 かわいいね……と。

 だが、足らないらしい。

 というより、たぶん露先輩に対する対抗心なのだろう。

 彼女は気弱に見えて、かなりの負けず嫌いなのだ。


 まあ、とにかくもっと感想が欲しいというなら、くれてやろうじゃないか。

 ならばと、俺は彼女の身体を無遠慮に、ジロジロと舐めまわすように見つめてみた。

 上から下まで、執拗に見つめる。


 本当にバランスの良いスタイルをしている。

 胸も適度にあり、くびれも細すぎず太すぎず。

 そのスタイルから、ワンピースタイプは適切な選択と言えるかも知れない。

 彼女のボディラインが、きれいに活かされている。


 ちなみに、俺がそんなことを考えながら見ている内に、彼女の顔が真っ赤かになっていた。

 瞳がせわしなく動き、妙に色っぽく身体をモゾモゾと動かしている。


 ……そうか。こういう辱めも好きなのか……。


「夏っぽくて、柑梨の健康そうな肉体が、非常に魅惑的に見えるぞ」

「に、肉体が……みわ…く……」

「柑梨はバランスのいいスタイルだから、ワンピースがにあうよな」

「に、にあう!?」

「ラインがすごくきれいに出て――」

「き、きれい!?」

「すごく…………エロい感じがする」

「あうっ? あうっ?」

「うん。まったく、エロいだな、柑梨は」

「……あ、あたし……エロい…――!?」


 ……あ。ゾクゾクしているな、柑梨。


「あふっ……」


 なんか身もだえしてから、自分を抱きかかえるようにして座りこんだ。

 ありゃ。いつもはクリッとした眼が、半開きで焦点を失っている。

 ……うん。これ以上はやばいな。

 対象年齢に問題が出そうだ。


「ちょっと〜ぉ。柑梨ちゃ〜ん」


 その少しすねた感じの声は、窓の外からだった。

 部屋の中から見ると、そこに誰かいることはシルエットでわかるが、陽射しの強さで焦点が合わせられない。


「もう〜ぉ。お色気担当は、私のはずじゃなぁ〜い?」


 逆光の中に見えてきたのは、首を傾げながら、上目づかいでこちらを見る華代姉の表情。

 窓枠に両腕をのせて、華代姉は部屋の中を覗きこんでいる。

 その腕も肩も、生肌が晒されていた。


「あの華代姉の設定は、生きていたんですか?」

「仕様変更した覚えはないけど?」

「新生・華代姉は、なんかエロいというより、単にあけっぴろげに仕様変更されている気がします」

「うぐっ……。そ、それより、ロウくんも先輩後輩コンビも、早くこっちにきてね!」


 そう言うと、窓枠から姿が消える。


「いやはや。そうだったのや。せっかくの水着なのだから、もったいないのや」


 それ追うように、露先輩が窓枠に向かって走った。

 身軽に窓枠に腰かけると、スルッと外に降りていった。


「あ、あたしも……」


 俺の方を見ないようにしながら、柑梨も窓枠から外に出ていく。


 ……やれやれ。仕方ないなぁ。


 俺としては、このクソ暑い中に外に出たくない。

 しかし、せっかくクーラーをつけていても、あの窓がひとつ空いているせいで、あまり部室が冷えてくれないのだ。

 いっそうのこと、あの窓を閉めてやろうか……とも思ったが、それはそれでもったいない(・・・・・・)気がして、閉められなかった。


 となれば、あとは参加するしかあるまい。


 俺は、ゆっくりと窓辺に近づいた。

 身に着けたワイシャツが、窓からの陽射しを反射して熱を含みだす。

 眩さに眼を細めながらも、だんだんと見えてくる外の風景。


 そこは、まるで別世界だ。


 真夏の日差しの中に、揺れてきらめく水面。

 焼ける、真っ白な砂浜。

 亜熱帯の空気を感じさせる、広がるビーチの風景。

 その中で、可愛く、美しい女の子たちが、水着姿で遊び、くつろぎ、楽しんでいる。


 そんな夢のような風景が、ミニマム(・・・・)に再現されていた。


「しかしまあ、よくもこんなの作りましたね……」


 俺は熱を持った窓枠に手をつきながら、苦笑いする。


 窓の外は、校舎の裏庭だった。

 しかし、そこには椰子の木、澄んだ色のビーチの水辺、遠くには桟橋があり、そこにコテージが並ぶ、南国の海辺の風景……が、リアルに描かれた立て板が並んでいた。

 それは、世界を隔離するように、10メートル四方に立ち並び、ひとつのパラダイスを囲んでいる。


 出入口は、この窓だけ。

 立て板は、2メートル以上の高さがあり、外から覗くことはできないだろう。

 もちろん、建物の上からなら覗けるだろうが、屋上は立ち入り禁止だし、この上の階の部室は、すべて文化部。

 この暑さの中、クーラーもない部室に閉じこもっていたら、10分もしないうちに熱中症になってしまう。

 だから、ほぼ他の人間にみられることはないはずである。


 地面には、どこから持ってきたのか、さらさらとしたきれいな白い砂が敷きつめられている。

 決して、それはそこらの砂場の砂ではありえない。

 熱せられた砂からは、潮の香りが立ち上り、嗅覚的にも海の雰囲気を再現している。

 その上には、4〜5メートル四方はある、かなり大きめのビニールプールが設置。

 これだけは、微妙にチープに感じるが、それでも静音タイプのポンプで冷たい水が循環されているのだから、贅沢は贅沢だろう。

 ちなみに、そのポンプから出たホースは、俺の手元を通り、部室内の水道に接続されていた。

 同じように、もうひとつ俺の手元を通っているのが、電源タップの延長ケーブル。

 その先には、スピーカーが繋がっており、そこからはさざ波の音が聞こえていた。


 本当に、こっている。

 メールのPM部連絡網で、「水着着用」と記載されていたから、何かあるのだろうと思ってはいた。

 ただ、せいぜいみんなで学校のプールにでも入るつもりかと思っていたのだ。

 さすがに、この展開は予想していなかった。

 斜め上すぎるだろう。


「ロウくんも、早くいらっしゃい」


 少し呆れ気味の俺に、情熱的な赤いビキニ姿の桂香さんが、ネコの顎を撫でるかのように手招きしている。

 ビキニの赤で引き立つ白い肌が、太陽に負けず眩しい。

 改めて、彼女はかなりの美人だと思う。

 (中身は変でも)こんな美人に誘われたら、やはり男としては行くしかあるまい。


 俺は返事の代わりにかるく手をふると、一度席に戻って、ズボンとシャツをすばやく脱いだ。

 むろん、下は青のトランクスタイプの水着。

 ちなみに、ある程度の身体作りはしているので、それなりに筋肉はついている。

 少なくとも、弛んではいない。

 だが、強く自慢できるほどでもない。

 特に、この部では、しょせん二番目だ。


 俺は窓に近づくと、部に2人しかない男性部員のもうひとりである、スケさんの様子を見た。

 彼は、リクライニングのシートに脚を伸ばしてくつろいでいる。

 輝く金髪の下は、真っ黒なサングラス。

 ご機嫌なのか、さらに下の口元は、少し微笑を浮かべている。


「フフフ〜ン♪」


 鼻歌まじりに彼は、横のテーブルに載っていた日焼け止めオイルを手に取った。

 それを掌に豪快にぶちまけると、その厚い胸板に塗りたくる。


 そう。胸板が厚いなのだ。

 ムキッとした筋肉で固められた首、硬そうな胸板、いくつにも割れた腹筋。

 それらに日焼け止めオイルを塗るために動いている腕の上腕二頭筋も、あきらかに俺の筋肉が見劣りするほどできあがっている。

 確かに筋肉質なのだが、だからと言って体格が不自然になるほどではない。

 しかし、服を着ている時には、ここまでとは思わなかった。

 着やせすぎだろう、スケさん。

 この体格で、しかも柔道の段位持ち。

 そりゃあ〜、俺が簡単に投げられてしまうわけだ。

 ちなみに、水着はショッキングピンクのビキニだ。


「……ん? ミーがどうかしたかい? ロウくん」


 俺の視線に気がついたスケさんが、サングラスの顔をこちらに向ける。


「アッハーン。ミーのボディに、エキサイティングでもしたかい?」

「エキサイティングはしませんが、その体格には驚きましたよ」

「アッハ! サンキュー、ボーイ。バット、ユーもナイス ボディじゃないか。ミーは、そのボディ、ベリーライクだよ」

「褒められているのに、妙に嬉しくないんですが……」

「なんなら、先輩たるミーのアルティメットなボディに、オイルを塗らせてあげてもいいんだよ?」

「遠慮します。なんか、手が腐りそうなので」

「アウチッ! なんてグッドなののしりワード! ゾクゾクするねー!」

「しないでください。ってか、なんでそんなに元気なんですか。ここの準備、早朝からやっていたんでしょう?」

「イエス! ベリーハードだったよー!」


 先ほど聞いたのだが、この小さなパラダイスのアイデアを出したのは、桂香さんだったらしい。

 しかし、それを実現したのは、なんとスケさんだというのだ。


「まったく。ミス桂香は、エブリタイム、無茶なオーダーをだしてくるものさ。なにしろ、日が昇る前から、このプライベートビーチをオンリー ミーで、スタンバイしろと言うのだからね」

「た……確かに、それはひどいですね」

「オフコース! しかも、『貴様はPM部の奴隷なのだから、犬畜生のようにご奉仕しろ』と、オーダーしてきたねー」

「それは、また外道な……」

「だろう? 酷い女王様さ。しかも、わざわざ家に来て、汚らわしいモノでも見るようなアイズを向けながら、ミーを四つん這いにさせ、踏みつけながらオーダーしてきたんだよー」

「そ、それは……」

「そのあまりの扱いに、もうミーはメロメロさ! しかも、マイファミリーにロングタイム仕えているメイド達のフロントでだよー! ああ、もうリメンバーするだけで、エクスタシーさ!」

「…………」

「ひとりでワークしていたタイムも、この高貴なミーが、スレイブ扱いされていると思うと……ハア、ハア……も、もう……もう……エ、エレクトオォォォォー!!!!!」


「…………」


 俺が視線をそらすと、今度は気配を消さずに寄ってくる柑梨がいた。


「ロウくん……」


 そして、口元に手を添えて小声で話しかけてくる。


「なんか、スケ先輩……気持ち悪いですぅ」


 おまえが言うのか、柑梨……。

 まあ、気持ち悪いし、ちょっと怖いんだけどな……。

 でも、もっと怖いのは、その気持ち悪いのを操った人だ。


 ……そこまでするんですか……。


 俺は桂香さんに視線で、そう話しかけた。

 すると桂香さんは、聖母のような穏やかな笑みだけを返してくる。

 プールの水がキラキラと反射し、その中に立つ彼女は、どこか神々しささえ感じるぐらいだ。

 だが、騙されてはいけない。

 彼女は、聖母でも女神でもない。

 やはり確信した。

 彼女は、人の心を読み、人を操る悪魔だ。


「なにをしているのです、ロウ」


 暑い中でも、凜とした声が響いてくる。

 窓際で足止めを喰らっていた俺に、古炉奈はその小さな胸の前で腕を組みながら、イライラを隠そうともしていなかった。


「早く来なさい!」


 まったく、みんなで勝手気ままに、次々と俺の名を呼ぶ。

 忙しいったらありゃしない。


 それでもまあ、かわいい妹先輩のお言葉だ。


 俺は、窓枠に腰をのせると、脚を外に出した。

 窓の外には、ご丁寧に木製の踏み台まで設置してあった。

 俺はその踏み台に乗ってから、真っ白な砂浜に足をつける。


「うおっ……」


 足の裏に、かなりの熱が伝わってくる。

 これは長く立っていると火傷しそうだな……。

 改めて見れば、みんなビーチサンダル持参だ。

 くそ。確かに水着指定された時点で、そこまで考慮しておくべきだった。


 俺は、ひょいひょいと小走りに、古炉奈がはいっているプールに向かった。

 そして、片足を持ち上げて、裏をかるくはたいてからプールの水に沈める。

 ヒヤッとした感触が足下から、膝下ぐらいまで包みこんでくる。


 うわぁ……。

 めちゃめちゃ気持ちいい。


 プールにはいる前には運動をしなさいと、幼いころに習ったが、もう今は暑くてそれどころではないし、溺れる深さでもない。

 俺は、そのまま座りこんだ。

 下半身が、キューッと冷える。


「うわぁ。気持ちいいなぁ」

「この暑さですものね」


 そう言いながら、古炉奈が目の前に立つ。

 彼女がつけていたのは、金髪の映える、真っ黒な水着だった。

 前から見るとワンピースのように繋がっている。

 しかし、胸の下あたりから腰まで、両脇が切り取られており、真っ白な肌が露出してクビレが強調されていた。

 おかげで、後ろから見るとビキニのように見え、一粒で二度おいしいみたいな感じだ。

 思わず、ジッと見てしまう。


「……な、なにか言いたいことは、ありませんの?」


 年上の妹君は、瞳に期待を浮かべながら、まったく期待していないように顔をそむける。

 わかっていますよ、金髪の君。

 俺は、そこらの朴念仁主人公ではありません。


「水着姿、すごくいいよ。おにいちゃんは、世界一かわいい妹がいて幸せだよ」

「なっ……。そそそ……そんな大げさな言葉が欲しかったわけではありませんわ!」


 そう言いながらも、ちゃっかりと俺の隣に座りこむ。

 こちらに顔を向けてはいないが、金髪の縦巻きロールから覗く口元が緩んでいるのがうかがえる。

 俺はそれに気がつかないフリをしたまま、別の話をふる。


「ところで、古炉奈。これの許可、大変だったろう?」

「……ええ。本当に大変でしたわ。一応、生徒会とPM部の合同イベントということで、学校側の許可をなんとかしたのですからね。感謝してほしいですわ」

「それで、よく先生の許可が取れたなぁ」

「まあ、わたくしの人徳のなせるわざ……だけではなく、PM部が先生方にとっても役立っているということもありますわね」

「まあなぁ。大きなイベントは、各部に行くよりもPM部でまとめて確認しにくるからな。先生たちも、管理が楽だろうよ……」

「そのおかげで、多少の無理は目をつむってくれますわ」

「そうか。……ところでさ。なんで古炉奈が、そこまでがんばって許可を取ってきたんだ? おまえの――。あ、ごめん。古炉奈のうちなら、プライベートビーチぐらいもっているだろう?」


 つい、口が滑ってしまったので言い直す。

 ツッコミの時ならまだしも、普通は女性を「おまえ」呼ばわりするのは嫌われるらしい。

 しかし、その言い直した俺を古炉奈は、かるく笑う。


「ロウ。あなただけは、わたくしを遠慮なく『おまえ』呼ばわりしてもかまいませんのよ」

「でも、一応は先輩だしなぁ」

「わたくし、そう呼ばれても嬉しいのですわ。……ね、おにいちゃん」

「…………くっ!」


 危ない!


 まじヤバイ!


 今、一瞬、彼女のかわいさにたえきれず、抱きしめてしまいそうになった。

 水着姿の金髪美少女の上目づかいで、「おにいちゃん」と呼ばれたら、理性がふっとんでもおかしくないだろう?

 よくたえたよ、俺……。

 ってか、彼女の属性は「ツンデレ」じゃなかったのか?

 これ、「ツン」なしの「デレデレ」じゃないか?

 古炉奈も仕様変更か?


「確かに、我が家にはプライベートビーチぐらいありますわ」


 古炉奈は、歯を食いしばる俺を横目で見ながら、それに気がついていないかのように話の続きをする。


「でも、生徒会がいつも世話になっているPM部のお願いですし、それに……」

「それに?」

「……わかりませんの?」


 またきた、上目使い!

 問いただすように、俺の目を覗きこむようにしている。

 これは、なぜわからないと、責められている?

 ……でも、思い当ることはないぞ?


「ロウと一緒に、海に行った気分を味わうためですわ」


 少し膨れてから、古炉奈は口火を切った。


「女友達同士ならまだしも、男性と一緒に海なんて行くとわかったら、家から見張りが来て楽しむどころではありせんわ。でも、さすがに学校には来ませんからね」

「お嬢様も大変だよなぁ……」


 古炉奈の家は、結構な資産家だ。

 しかも、彼女は大切な一人娘として、大事に育てられていると聞く。

 父親が、かなり娘馬鹿とも聞いている。


「わたくしだって、本当の海にロウと行きたかったですわ」

「そうだな。そのうち、行こうぜ」

「ほ、本当ですの!?」

「もちろん」


 俺の返事に、パッと顔を輝かす。

 が、すぐにその顔を不機嫌そうに豹変させた。


「し、仕方ないですわね。そこまで言うなら、一緒に海に行ってあげますわ。……約束ですわよ、おにいちゃん」

「…………」

「ん? ロウ? どうしんですの、いきなりうつむいて」

「……古炉奈……」

「な、なんですの?」


 俺はさっと正座し、くるっと彼女の方に身体を向けた。

 そして目を見開いたまま顔を上げ、彼女のすべすべの両肩に手をのせる。


「ちょっとだけ、抱きしめさせて!」

「え? あ、え? い、いいですわよ? え?」


 俺の勢いに負けて返事してしまったのだろうが、これ幸い。

 座ったままだったから、上半身だけを抱き寄せる。

 柔らかく小さな方に腕を回し、胸からなにからピッタリとくっつけるように引きよせる。

 だが、そこにあったのは、スケベ心ではなかった。


 かわいい!

 なんて、かわいいんだ!

 かわいくて、たまらんわ!


 そんな気持ちで、ギュッとしてしまう。


「ちょっ……あ、ちょ……も、もうおしまいですわ!」


 耳まで真っ赤にした古炉奈が、俺を突き放して立ちあがる。

 そのまま水しぶきを上げながらプールから飛び出すと、砂場の方に駆けだしはじめる。


 向かうは、パラダイスの一番奥のコーナー。

 その日陰になった場所には、パラソルが開かれたテーブルが置いてあった。

 そして横には、生徒会副会長がシートに腰かけていたのだ。

 いつものメガネながらも、かなりダボッとしたアロハシャツに、サーフズボンという姿で、本を片手にくつろいでいる。


 あまりに静かで目立たずにいたので、俺などすっかり存在を忘れていたぞ。


 副会長の下に行くと、古炉奈はこちらには聞こえない声で、妙な手ぶりを交えて話している。

 なにかを報告しているのか、副会長は神妙に黙ってうなずきをくりかえす。


 そして古炉奈の話が終わると、副会長は彼女の頭を撫でる。

 かと思うと、俺に親指を立てて、グッジョブの意を送ってきた。


 正直、副会長はよくわからない人である。

 それに、古炉奈と副会長の関係もよくわからない。

 古炉奈が俺の側にいても、副会長は、邪魔したり、ヤキモチを焼いたりするようなことはない。

 むしろ、応援してくれているようだ。

 ということは、少なくとも最初に考えたような恋愛感情は、二人の間にないのだろう。

 恋愛感情と言うよりも、異性の仲のいい友達という感じに見える。


 それはそれで、ちょっと心配になる。


 副会長は、かなり美形だ。

 スタイルもスレンダーで、サーフズボンから見える膝から下は、真っ白すべすべで男らしい体毛もない。

 本当に少女漫画に出てきそうな美形キャラだ。

 その上、成績上位者。

 さらに、三年生ながら、二年の古炉奈の下について、しっかりと生徒会の仕事もこなしていることから、性格も悪くないと思う。

 というより、副会長になるぐらいなのだから、人徳もあるのだろう。

 とにかく、俺よりもハーレムを持っていておかしくないキャラクターなのだ。


 だから、ファンクラブがあると聞いた時も、「当然だ」と思っていた。

 しかし、ファンクラブがあると「抜け駆け禁止」のようなルールはお約束であるはずだ。

 あんなに仲良くしていたら、古炉奈がファンクラブの標的になってしまわないかと心配になる。


 まあ、二人とも生徒会二年目だ。

 そんな問題があったなら、俺たちが入学する前の一年目に騒動があったはずで、今さらオレが心配することではないのかも知れない。


「ロウく~ん。そろそろ私もかまって欲しいんだけど?」

「――うぐっ!?」


 じーっと二人の様子を見ていた俺の首を後ろから誰か腕で締めあげてくる。

 いやいや。「誰か」ではない。

 この声、そして背中に当たる圧力……。


「華代姉。今、もろにはいったぞ……」

「うるさい! 私のこと、放置しすぎ!」


 そう言うと、俺の後ろに腰を降ろして、そのまま後ろに引っぱり倒した。


「ぐへっ!」


 無様な声をだしながらも、俺の頭は素敵枕に沈みこむ。

 俺は顔をにやけさせないように強ばらせながら、苦情っぽいことを口にする。


「華代姉。さすがにこのカッコで、このスキンシップはまずいんじゃ……」

「さっき古炉奈のこと抱きしめていたのは誰よ?」

「あうっ……」


 はい。俺です……。


「じゃ、じゃあ、ほら。ちょっと離してさ、水着姿、もう少しちゃんと見せてよ」


 彼女は、ザ・バストという最強の武器を最大限に活かすように、際どいビキニを身につけていた。

 黄色と肌色のしましま模様で、上も下も危うい紐でとめられている。

 しかも、この中で一番、布地が少ない。

 エロキャラの面目躍如というところだろう。


 ところが――


「いやよ!」


――なぜか、否定された。


 他の子と同じように、見てもらい褒めてもらいたいのではなかったのか?


「だって、恥ずかしいじゃない……」


 俺の耳元をくすぐるように、小声で吐露する。


「あれ? 華代姉は、エロキャラ担当じゃなかったの?」

「うっ……。でも、なんか、今はロウくんに見られるのが、かなりハズい……」

「恥ずかしいにしては、抱きついていますが?」

「恥ずかしいけど……なんというか……その……」

「華代姉?」

「う……少し、甘えて欲しいな……なんて……」

「……やっぱり、キャラ仕様が変更されていませんか?」

「だ、だって……」

「途中で下手に仕様変更すると、キャラ属性がかぶりますよ?」

「私は柑梨ちゃんや古炉奈のように、甘えたがりキャラじゃなく、甘えさせたいキャラなの! かぶってないでしょ!?」

「まあ……。でも、なんとなく露先輩は、そっちの属性がありそうな……」

「ちょ、ちょっと! 先輩までハーレムに入れる気!?」

「あ、いや、そういうわけでは……」


「わらわが、どうかしたかのかや?」


 俺と華代姉が、一緒に「うわっ!」と驚嘆する。

 いつの間にか、横に露先輩がいたのだ……って、こんなのばっかりだな。

 心臓に悪いから、いつの間にか側にいるのは本当にやめて欲しい。


 と、文句を言おうとしたが、露先輩が何かをこちらに突きだしている。

 見れば、それは2~3センチぐらいの小型ヘッドセット。


「歓談中にすまんのや。部代表に音声チャット(ボイチャ)のコールがはいっていたのや。華代ちゃんに、桐間さんという男性からや」


 桐間――その名前に覚えはある。

 華代姉がPMをしている歴史研究部の発表会。

 そのためにプログラムがくめる人間として俺が探してきたのが、桐間だ。


 華代姉と俺は、目をあわせた。

 2人の間に、一抹の不安がよぎる。


 その不安の表情のまま、華代姉は真っ黒なボックス型のヘッドセットを受けとった。

 そして耳に当てる。


「はい。千枝宮です……はい。どうもお世話に……え? なにをお怒りになって……え?」


 もうその反応から、話の内容が尋常ではないことが伝ってくる。

 まずまちがいなく、嫌な予感は当たっていたようだ。


「ええ。はい。もちろん。……え? 仕様変更!?」


 実行段階に入っているプロジェクトで、一番聞きたくない言葉が聞こえてくる。


「いや、それはちょっと……。いや、待ってください。一度、相談させてください」


 しばらくもめたあと、なんとかミーティングの約束を取りつけた。

 そして華代姉はぐったりと疲れた顔をしながら、耳元からヘッドセットを離した。


「……華代姉?」


 なんとなく内容は予想できたがうながした。

 泣きそうな顔になっている華代姉は、ゆっくりとこちらを向いた。


「なんか、今になって歴研の部長が表示データを増やして欲しいみたいなことを言ってきたらしく……」


 早くもこれで、俺たちの夏休みは終わりを告げようとしていた。

今回は少し公開が遅くなったので、その分だけ容量アップです。

これは仕様変更ではありませんよ?w

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