Phase 012:「成果物?」
成果物とは、プロジェクトによって生まれるモノです。
このモノは、有形無形は問いません。
つまり、製品だったり、サービスだったり……価値あるモノを言うのでしょう。
「――はっ!?」
彼女――第一聖典神国託宣巫女――は、自らの腕枕で伏していたテーブルから、勢いよく上半身を起こした。
そして空色の瞳で、あたりをゆっくりと見わたす。
周りに誰もいないことを確認すると、彼女は安堵の息を吐く。
ふわっと、新緑の湿った風が、彼女の銀髪をさらさらと流す。
やわらかく射しこんだ陽光が反射し、髪がきらきらと光を踊らせる。
それは、いつもと変わらない風景。
「やっとおきたのね、巫女様ったら」
彼女は風の吹いてきた、大窓に顔を向けた。
ベランダの見える、開いた窓の真ん中当たり。
そこに、ふわふわと浮く人影がある。
ただ、それは小さかった。
身長は、彼女の肘から指先ぐらいまでの長さしかない。
さらに左右2枚ずつ、金色に広がる羽が生えている。
それは羽ばたきさえしていないが、金粉のような輝きを周囲に放っていた。
「来ていたなら、起こしてくれればよいのに」
「だって、よく眠っていたんですものね」
逆光に照らされて、その姿は陰になっている。
しかし、その小さな表情が笑みを見せていることに、彼女はすぐに気がついた。
だから、彼女も笑みで応える。
すると小さな影は、やはり羽ばたかないままで、宙に浮きながらまっすぐに近づいてくる。
「……あら? くすくす。お美しいお顔に、跡が残っているのね」
「えっ! 本当ですか?」
彼女は、顔を両手で押さえて隠す。
聖典巫女たるものが、自席で居眠りして顔に線を残すなど、他の者に知れたら大恥である。
彼女は慌てて立ちあがり、窓とは反対の壁にあった姿見に近寄った。
いつもと同じ、絹のような素材の白いドレス姿に、自分のかなり色白な顔が写る。
なるほど。頬のあたりだけが赤くなり、少し線状の跡が斜めについている。
しかし、これならばすぐに消えるだろう。
その間、誰も訪れてこないことを彼女は祈った。
「巫女様、疲れているのね?」
もっとも、すでに人あらざる者には、見られてしまっていたが。
木々の蔦から作られた、粗い目をした服を着る、金色の羽を持つ小さな女の子。
鏡を見ていると、彼女は背後から近づき、遠慮なく聖典巫女の肩に手をのせる。
「人間は、わたしたち妖精族と違って寝ないとダメですものね」
「あなたたち妖精族とて、睡眠は必要でしょう」
よく遊びに来る小さな友人は、「へへっ」といつも通り悪戯っぽく笑った。
彼女の嘘は、すぐばれるかわいいものばかりだ。
「ところで巫女様。どんな夢を見ていたのね?」
妖精の彼女は、横から聖典巫女を覗きこんでくる。
少し吊り目ぎみの双眸が、興味津々で見開かれていた。
「巫女様。すんっごく、驚いたようにおきたのね」
「……ええ。不思議な夢でした。一言で言えば、わたくしという存在が忘れられる夢」
「聖典の巫女様がいなくなっちゃうのね?」
聖典巫女は、少し困ったように笑ってから目を伏せた。
そして夢を思い返してみる。
「夢の中で、わたくしは舞台裏で、自分の出番を待っている役者でした。でも、なぜか自分の出番が来なくて、ずっと待ちぼうけ。それなのに、舞台ではわたくしに関係なく、私が知らない話が次々と進んで行ってしまう……。そんな取り残されたような寂しい夢でした」
「巫女様、かわいそうなのね。それよりも、聖典の巫女様を忘れるなんて、とんでもない罰当たりの奴らなのね!」
自分のため怒ってくれる小さな友人がかわいくなり、聖典巫女は掌を上に向けて彼女を招いた。
その意図を察して、妖精は彼女の掌の上に、ふわりと腰を降ろす。
聖典巫女は、その妖精の頭をかるくなでた。
「あなたの髪は、森の木々のような生き生きとした茶色をしているわね」
「今さら、どうしたのね? それに、巫女様の髪のがきれいなのね。太陽に照らされた、聖なる滝のような銀なのね」
その妖精の言葉を受けるように、窓から一陣の風が吹き、銀の髪をかるくゆらした。
彼女は、その自らの髪を垣間見る。
「……夢の中のわたくしはね、役の名前もないのです」
妖精が不思議そうな顔で首を傾げる。
「誰も教えてくれなかったのね?」
「ええ、そうね。それどころか、自分の髪の色も目の色も知らなかったの。今、目が覚めて、やっと自分の髪や目の色を知った気分だわ」
「変な夢なのね……」
ふと何か思いを馳せるように、聖典巫女は窓の外を見やった。
「夢……まだ夢の続きなのかもしれないわ」
「そんなことないのね。もうおきているのね。巫女様、おかしな夢でおかしくなったのね?」
「そうなのかも……。でも、おかしな夢は、わたくしに教えてくれたのかも知れないわ。人は、自分のことさえも、実はよくわかっていないのかもしれない。だから、自分がどの舞台で、どのように活躍できる役なのか、わかっていないのだと」
また改めて鏡を見ると、頬の赤味はほぼ取れていた。
よかったと安心する。
このような跡を残したままでは、聖典巫女の名折れだ。
「……わたくしも、まだまだ聖典巫女として、役者不足なのかもしれません。でも、努力を続ければ、いつか誰もが名前を知っている、立派な役者になることができる……そう信じて、前に進むしかないのでしょう」
「ん? ん? 巫女様の名前なんて、誰もが知っているのね」
「そう? それなら、わたくしの名前を言えますか?」
聖典巫女は、少し楽しそうに笑って問いかける。
それに反応するように、小さな彼女も楽しそうに笑った。
「もちろん。巫女様の名前は――」
◆
「えーっと、どちら様でしたっけ?」
俺の質問に、七三分け男子生徒の顔は、目をつりあげ、口を大きく広げた。
しかし、怒っても幼さが抜けない顔である。
そういえば、華代姉が「彼は、年上のお姉さまたちに、ショタ受けする」と言っていた。
なるほど。改めて見ると、確かにしそうだな。
「ふざけんな! 塩沢だ! 生徒会書記の塩沢! お前と戦った相手だろうが!」
「……ああ。ショタ沢書記」
「誰がショタだ! 塩沢だ!」
「あっ。すいません。つい……」
「ついじゃない!」
見た目はショタかもしれないが、性格はかなり激しいな。
ショタはもっと可愛らしい性格じゃないと受けないのじゃないだろうか……まあ、俺はよく知らんが。
そんなことよりも、このうざい書記殿に早く撤収して欲しい。
わざわざ部室にやってきて、来客用ソファにドンッと腰を沈みこませ、それはもう鼻高々に勝利宣言してきた。
別に勝利宣言は、かまわないのだ。
だが、あまりにクドクドと話がうざい。
よほど嬉しかったのだろうが、聞いている方はたまらない。
だからつい、とぼけて「どちら様?」とからかってしまった。
すると、さっきみたいに怒りだしたわけだ。
……まあ、当たり前か。
ああ。スケさんがサボっていなければなあ。
ショタ……塩沢書記も、どうやら自分がスケさん好みであるということは自覚しているらしい。
つまり、スケさんは塩沢書記避けになってくれるのだ。
実際、スケさんが部室にいる時に、塩沢書記が来たことはなかった。
忙しい時にいなくなり、暇な時に現れるんだよな、スケさん……。
ちなみに、桂香さん、華代姉、柑梨は、我関せずと自分の席で黙々と端末を操作している。
今は、七夜会の残務処理で、各クラブや委員会と調整中である。
結構、無理したので後始末が大変なのだ。
「いやぁ~。ともかく、僕の企画した『海の家・街の歴史館』は大成功だったよな」
それなのに……また始まった。
もう、5回目だろう。
「それに比べて、君たちのはお客さん、0だって?」
はいはい。そうですよ。
とりあえず、上の空で俺も端末操作。
「君たちは『PM部相談コーナー』とか言って、テーブルと椅子が並んでいるだけ。来るのは、PM部が手伝っていたグループの人間ばかり」
そうですね。
……あ。やばい。
当初の資源計画より、農業研究部の負担がでかいな。
どうやって、このコストを埋めるか……。
「僕の所は、一般生徒がたくさん。海のない土地で、一足早く海の家の雰囲気を味わえ、壁には写真部から借りた街の写真と、歴研から借りた街の歴史を展示。農研から提供されたトウモロコシを料理部に調理してもらって提供。涼しい雰囲気で、おいしい物を食べながら、街の歴史も勉強できる……なんてすばらしいイベント! そりゃあ、お客さんも来るよね~ぇ!」
「そうですねー」
「つまり、僕の大勝利だ!」
「……それで?」
俺はもうこれ以上リピートさせないため、ここでストップをかけることにした。
うざくなりそうなので、こっちから話を振りたくなかったのだ。
きっと調子にさらにのる。
と、思った通り、非常に嬉しそうに、ニマァ~と笑う書記殿。
「それで? って、決まっているだろう。僕は今日から、会長に『おにぃちゃん』と呼んでもらう。だから、君は呼ばれるなよ」
「いや。それを俺に言われてもこまるよ、おにぃちゃん」
「君が呼ぶな! 気持ち悪い!」
「ともかく、それは古炉奈に言ってくれ」
「おい! それもダメだ。これからは、会長を呼び捨てにするのも禁止だ。代わりに僕が……僕が、会長を呼び捨てにするんだ!」
本当にうざいなぁ……。
と、思っていると、彼は何を思ったのか、顔を真っ赤にしながら、ビシッと気をつけをした。
そして、わざとらしく咳払いをしてから、頬を痙攣させながら口を開きだす。
「そう。僕は会長を……こ…………こ……こっ、こっ、こっ、こっここ――」
「あなた、ニワトリですの!?」
「――コケーコッココ!!!!!」
後ろからいきなりかけられた声で、塩沢は雄叫びを上げる。
「まったく。生徒会役員たるものが、そんなに騒がしくして。迷惑ですわよ」
「か、会長!」
そこにいたのは、古炉奈とメガネ副会長さん。
まあ、ちょっと前から塩沢の後ろにいたことは知っていたが、もちろんあえて黙っていた。
「か、会長! 何度も言いますが、七夜会のイベント、僕の企画で大成功でしたよね! だから、僕のことをそろそろ、『おにぃちゃん』と呼んでください!」
褒めて褒めてと言わんばかりに、目を輝かす塩沢。
なんか、まるでわんこみたいだ。
見えない尻尾が、すごい勢いで振られている気がする。
だが、わんこのご主人様は、褒める気など皆無だ。
金髪チョココロネが大きく揺れるぐらい、腹の底からため息をつく。
「…………」
そして、こちらを向いて手を前で重ねて姿勢を正す。
深々と、そのまま頭をさげた。
「PM部のみなさん。今回は、うちの子がご迷惑をおかけしました」
おにぃちゃんどころか、子供扱いだ。
その理由がわからない塩沢が、しきりに「会長?」と古炉奈の横で、じゃれつくように訊ね続ける。
が、古炉奈は、それを完全に無視して、俺に視線を送る。
「ロウ。あなたの期待に応えられず御免なさい。わたくしの眼鏡にかなったからと、見こんでくれたのに……」
俺は、そんな風に謝る古炉奈をすごいと思う。
俺が過去に知っていた、居丈高な口調の女性は、本当に背伸びして、胸を懸命に張って、反り返っただけの中身がない奴らばかりだった。
ただ、威張っていて、折れることも省みることもしない。
だから、どんなに背伸びしても、それ以上は高くならない見せかけだけ高い意識。
しかし、古炉奈は違う。
上から見下ろしても、ちゃんと下を細かく見ている。
胸を反り返して視界を下に向けない奴らとは違う。
折れるし、省みるし、謝るし……そして、成長している。
人の上に立つにふさわしい人間だ。
俺は、そんな古炉奈を見守って応援したいと思っている。
別に「おにぃちゃん」と呼ばれなくても、まるで兄のような気持ちでいる。
……まあ、俺は一人っ子なので、本当の意味で兄の気持ちなんてわからないけどね。
「本当は、自分で気がついてくれることを期待していたのですが、もう話してもいいですわよね?」
俺は両掌を上に向けて、「お好きにどうぞ」の意図を表す。
これに関する、俺の担当プロジェクトはもう終わっている。
あとは、生徒会の問題だ。
「……か、会長?」
「塩沢書記!」
不安いっぱいの塩沢に、古炉奈の渇がはいった。
とたん、塩沢はピシッと気をつけ状態になる。
緊張感で、その丸い顔のあちらこちらがひきつっている。
「PM部の独自のイベントは、ほぼ放置されていました。それは、他のイベントの手伝いをしていたからですわ」
「わ、わかっていますよ、そんなこと! でも、PM部は勝負を受けたわけですから、まにあわなかった言い訳にはなりませんよ!」
少し興奮気味の塩沢に対して、古炉奈は静かに……むしろ、普段よりも穏やかに話している。
「言い訳ではないのですよ。PM部は、自分たちの役割を果たしたのですわ」
「え? ……まあ、部活動として受けたんですから、最後までやり遂げるのは――」
「いいえ。彼らは当初、依頼を受けた部活や委員会以外の、参加グループすべての手伝いをしたのです」
「……え? なんで?」
わけがわからないと、塩沢は俺をチラ見するが、もちろん俺は答えるつもりはない。
別に俺は、ばらさなくてもいいと思っていたぐらいだ。
「塩沢書記。桂香……九笛さんが仰った勝負内容を覚えていらして?」
「はい。えーっと……」
彼は、さっと胸ポケットから手帳を取りだした。
今時、珍しい紙の手帳だ。
メモを取った時にも珍しいと思ったが、彼はどうやら慣れているらしい。
それをすばやく開き、目的のページを見つける。
「ありました。『【七夜会】のイベントをどちらがより成功させることができるのか』という勝負だったと。それがなにか?」
「わかりませんの? その条件をPM部は、自分たちの役割と共にはたしたのですわ」
「な、なに……を…………あっ! ま、まさか――」
塩沢は、奥の方で黙々と仕事をする桂香さんを睨む。
それはもう、まるで親の敵を睨むかのように。
「まさか、『イベントを成功させるという』条件の『イベント』は、別に『自分たちの』とは言っていない……とかいう言い訳を言うつもりじゃないでしょうね?」
その睨みに、桂香さんは下を向いたまま立ちあがる。
そして、まるで挑戦を受けとるように、キッといつもよりきつい明眸を塩沢に向ける。
彼女の視線に、明らかに塩沢が怯む。
「わたしたちPM部は、他の方々のプロジェクトをお手伝いする部です。その活動により、プロジェクトマネージメントを研究するのが目的。だから、もともと自分たちが主役として前にでて、何かをやるつもりはありません」
「そんな言い訳を――」
「それに!」
塩沢の言葉を強い言葉で遮った。
桂香さんにしては珍しい。
「わたしも、あなたたち生徒会も、最終成果物は一緒ではないの?」
「成果物……?」
「そう。わたしたちも、あなたたちも、得たいものは、七夜会というイベントの成功。参加者に喜んでもらうこと。それこそが、わたしたち共通の成果物でしょう? それがわかっていたなら、私が条件に出した『イベント』という言葉が、何を指しているのか、すぐにわかったはずよ」
「な、なん……」
「あなたは、生徒会役員として、真の目的たる成果物の定義ができていなかったのよ」
ああ!
た、大変だ!
また、桂香さんがギャグを言っていない!
……と、ツッコミを入れたい衝動が出たが、ここは空気を読もう。
本当に華代姉が言うとおり、PMとしての桂香さんはまじめだ。
そこは、からかわないことにする。
「そ、そんなの……」
それだけなんとか絞りだしたが、塩沢はまた下唇を噛んでしまう。
震える手は、怒りなのか、恥ずかしさなのか。
彼は何かを懸命に耐えながら、どこかに出口を探している。
「で、でも、僕の考えたイベントだって、七夜会というイベントを大きく盛り上げた! いや。たぶん、一番盛り上げていた!」
なんとか見つけた出口を彼は勢いよく飛びだした。
それが、行き止まりとも気がつかずに。
「塩沢書記」
そんな迷子のわんこに声をかけたのは、男にしては高い声を持つ、メガネ副会長だった。
まるで男装の麗人を思わす柔らかい声質だが、男らしい凜としたものを感じる。
人に聞かせる声……というと変だろうか。
どこか耳に残る感じがする。
「あなたが考えたイベントですが、まず写真部と歴史研究部に集めてもらった展示物のコストはどうしたのですか?」
彼はメガネを指でツイッとあげると、柳眉をキリッとあげて塩沢に目を向けた。
それに対して塩沢は、「へっ?」と間がぬけた顔をしてしまう。
「あれは借りただけだから、コストなんてかかってませんよ」
「しかし、街に関する写真や資料を集めるのには、人手がかかりますよね」
「そりゃあ、まあ。でも、人手はかかっているけど、コストはかかってませんよ」
「あなたは何を言っているのです。人が動けば、コストが発生するのですよ」
「……へっ?」
「人が動くということは、工数が発生するのです。そこには、工数×単価の費用が発生します。それに、彼らの資産を借りたコストは、どう計算するのです?」
「べ、別にもらったわけではなく、借りただけなんですから、コストなんて……」
「資産利用は、コストに計算すべきですよ。さらに農業研究部から提供されたトウモロコシの代金、料理部の作業代金、それらもすべてコストです」
「農研と料理部へのお礼は、副会長のアイデアで共同出店ということにして、2つの部の宣伝資料を配布することで……」
副会長は、ゆっくりと否定の意味をこめて首を左右にふった。
しかし、塩沢は何を否定されているのかわからず、フリーズ状態になってしまう。
「私ではないのですよ」
諭すような副会長の説明。
だが、まだ塩沢は頭がついてこない。
「そのアイデアは、私が出したのではないのです」
「え? じゃあ、誰が? 会長?」
まるで助けを求めるように塩沢は、古炉奈の方に視線を向けた。
視線を受けとった古炉奈は、腕を組んだまま双眼を閉じて開口する。
「さっきも言いましたわ。PM部はイベント参加グループすべてのイベントに協力したのです」
「え? すべての……って……まさか……」
会長も副会長も、自分の望んだ答えを言ってくれない。
誰か、僕の望んだ答えを言ってくれ。
……そんな顔だ。
そんな顔で、なんと俺を見てきた。
お前は、そんなことやっていないよなと、眉が垂れ下がり、否定を求めていた。
だが、俺もそんなに甘くない。
「写真部と歴研には、別のプロジェクトで貸しがあった。それを資産コストと見なし、話を通した」
「…………」
まるで死刑宣告を受けたような顔をしている。
しかし、やる時はとことんやるのが俺の主義だ。
「彼らとて、自分たちのプロジェクトが動いていた。別のプロジェクトをそこに突っこむには、人的リソースの調整をしなくてはならない。さらにWBSの変更も必要だ。そこを俺たちが調整した」
「…………」
「農研と料理部に対しては、特に資産を持っていなかったので、新たな付加価値を提供する必要があった。彼らはもともとイベント参加の予定がなかったので、手軽なイベント参加ができる利点を提案した。両クラブとも人数不足感があったので、チラシや看板で両クラブの魅力を訴求できると説得した」
その後に、座ったままの華代姉が「そうそう」とつなげる。
「あの説得も大変だったよね。トウモロコシを10人に食べさせたら、何人がトウモロコシの生産や調理に興味を持つかとか調べて、費用対効果だしてみたりして」
「た、大変でした……」
それに柑梨が続く。
確かに、2人は少ない時間で、調査し、資料作成し、説得に挑戦した。
それを見事に成功させたのだから、2人とも誇って良いと思う。
まあ、農業研究部は2人の色気を使い、料理部は副会長殿に協力を仰いだが。
使える資源は、すべて使わないと間にあわないからね。
「笑ってたんだろう……」
言葉を噛みしめるようにしてから、塩沢が吐きだす。
「みんなそろって、裏で僕を笑っていたんだろう!」
「いいや。応援していた」
俺はすぐに答えた。
その後に、桂香さんが今度は優しく続ける。
「塩沢さんのアイデアを、見ようとしていたものを……夢というプロジェクトの実現を手伝うのが、わたしたちPM部です」
「……僕の夢……」
いやはや。
桂香さん、いつもとは別人だ。
いつもこれなら、惚れちゃうかもしれないなぁ。
……でも、なんだろう。
ちょっとした物足りなさは。
こうなってみると、桂香さんのボケにツッコミする毎日も悪くない気もしてしまう。
やはり、俺はツッコミマニアだったのか?
……うん。
マニアかどうかは別にしてだ。
もう塩沢書記にはご退場いただき、いつものPM部に戻らせてもらおう。
「見ていた夢は見られましたか? なら、俺たちのプロジェクトはすべて成功だ。俺たちは、成果物を得た。……でも、まあ、勝負はアンケートの数。だから、塩沢書記の勝ちは勝ちですよ。あなたの成果物が、『勝利』ならね」
「…………」
黙りこくる塩沢。
周りも黙っている。
……静かになったな。
残務処理するか。
俺は机に向かいなおし、端末操作を始めた。
しかし、まあ、トウモロコシを食い過ぎだよ。
いくら足らなくなったからって、最初の約束より多く提供するなよ、農研……。
うーん。
考えてみたら、これは向こうが勝手にやったことだから、こっちが気にすることは――
「認めない!!!」
突然、塩沢がはじけるように怒鳴った。
あまりのことに、全員固まってしまう。
その間に、彼は手帳に何か書き始める。
「僕はロウ、少なくてもお前を認めないからな!」
そう言いながら、手帳から書いたページを乱暴に切り取った。
そしてそれを俺の机に叩きつける。
「フンッ!」
ものすごい鼻息。
俺の髪が逆立つかと思ったわ。
「もし、オーバーしているコストがあるなら、僕に回せ。僕のイベントだから、僕が処理する!」
「……おお。そうさせてもらいます」
「フンッ」
最後にまた鼻息をはいて、彼はノシノシと歩き、ドアを開けてこちらを一瞥。
そのあと、俺が「ヤバイ!」と思うよりも早く、乱暴にドアを閉めて出て行きやがった。
……あのヤロウ……よくも、うちのドアさんを乱暴に扱いやがって!
開ける時ではなく、閉める時なので油断したぜ。
コスト3倍ぐらいにして送りつけてやる……。
「ごめんなさいね、ロウ……」
古炉奈のいつもより弱弱しい声に、俺は反射的に「本当だよ」と応えてしまう。
「うちのドアさんを乱暴に扱いやがって!」
「い、いえ……。そっちじゃなくて……」
「あっ。いや。うん。ごめん。なんでもない……」
「ロウって……ドアマニアですの?」
「なんだよ、そのマニアックな趣味は!」
「だって、異様にドアを気にするではありませんか」
「いやさ。なんかみんなに乱暴に扱われているドアに、同じ立場としてつい共感してしまうというか……」
「ロウくん。それはどーいーうー意味かな?」
華代姉が立ち上がる。
弓形の目がなぜか怖い。
「そ、それより、古炉奈。これ……」
俺は話題を変えるために、古炉奈へ塩沢が置いて行った紙を差しだした。
それを見た古炉奈が、少しだけ頬をほころばす。
横からそれを覗いた副会長も、メガネをクイッとあげて少しだけ安堵のため息。
「これで彼も自分の役割というものをわかってくれるといいのですがね……」
その紙には殴り書きで、彼のギリギリの気持ちがつづってあった。
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七夜会アンケート
Q.一番イベントでがんばった部はどこですか?
A.PM部
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「ちぇっ。計画では、0vs100で負ける予定だったのに、1票はいちまったなぁ」
「くすくす。そうね」
桂香さんは、妙にうれしそうに笑っていた。
相方に毎回、読んでもらっているのですが、いつも「面白かったけど内容がない」と言われます。
そういう風に書いているので、それでいいのですが、あまりにも毎回はなんとなく悔しい。
そこで、今回は少しぐらいは何かの成果物が残るようにしてみたのですが……残りましたか?(笑)