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ぴん☆ぼっく ~ PM部の議事録  作者: 芳賀 概夢
第1章:立ち上げ編
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Phase 001:「PM?」

考えてはいけません。

感じてください。

内容など気にせず、勢いを楽しんでくだされば幸いです。

 男は、白銀の鎧が軋むほど、自分の胸を強く叩きながら声をあらげる。


「同盟軍の驚異は去っておりません。まずは、軍備の増強を願いたい!」

「そのことは重々承知しています、英雄騎士長殿」


 それに応じたのは、茶色いローブをまとう白髪の老人だった。


「しかし、その前に地方の村の整備を……」

「なにをおっしゃるのか、領地管理官。その前に河川と橋の整備をしなくては、物資も運べぬぞ」


 そこに別の男性が割りこむ。

 そこから、いつも通りの喧々囂々(けんけんごうごう)だった。

 自分たちの意見こそ正しいと、おのおのが勝手に発言をぶつけあう。


「皆様方。少し落ちついてください」


 そして、いつものように割りこむ、落ちついた女性の声。


「……し、失礼致しました。聖典巫女様」


 1人が謝罪するのと同時に、その場で巨大な円卓を囲む10人ほどの口が、すべて閉じられた。

 それを確認した後、注目を浴びた女性は、真っ白な光を放つドレスをゆらしながら、ゆっくりと椅子から立ちあがる。


「皆様。わたくしたちには、聖典様がいらっしゃいます。このような時は、いつもどおり、聖典様よりご神託を頂きましょう」


 聖典巫女の言葉に、皆がうなずき、「そうだ、そうだ」と口をそろえる。

 それは誰もが、聖典様を信じている証だった。


「では、早々に儀式ミーティングを用意致しましょう」



  ◆



 最初、それは「午後」の事だろうと思った。

 だって、「AM」の隣に「PM」が来たら、当然そう思わないか?


 うん。思うよな。


 でも、それでは変なんだ。

 なぜなら、「AM」の下には「部」と書いてあり、つまりは「アミューズメント部」という部室の看板だからだ。

 その隣の部屋の看板に、「PM部」と書いてある。

 最初の予想から言えば、「午後部」というわけのわからないクラブ名になってしまう。

 しかし、クラブ数が無駄に多いこの高校でも、さすがにそれはないだろう。


「PM部……プラモデル部か?」


 隣がアミューズメント部ならば、その近くにあるのも、似たような系統の可能性がある。

 しかし、そうなれば、このクラブに用はない。

 差別や偏見と言われてしまうとそれまでだが、この手のクラブにはオタクと呼ばれるタイプが多いと思っている。

 そして俺は、そのタイプの人に憧れを持ちながらも、苦手だった。

 なぜなら、彼らの語りが、俺には熱すぎるからだ。


 俺は、中学生まで無趣味だった。

 無関心というのとは、違うと思う。

 しかし、趣味や部活動で熱くなれるクラスメイト達を見て、明らかな温度差を感じていたことはまちがいない。

 言いかえれば、彼らの気持ちが理解不能だったんだ。


 たが、理解不能を残しておくのも気持ち悪い。

 また、こういう精神的な構造改革をするならば、やはり思春期まっさかりの高校生活が一番だろうと考えた。

 そこで、部活動を高校デビューしてみようかと思ったのだ。

 もしかしたら、それが俺のこれからの趣味や生きがいになるかもしれない。

 だから、いろいろと部室を見て回っていたわけだ。


 ところが、どこのクラブも勧誘が必死すぎて、俺は引きまくりだった。

 いきなり怒濤のような活動紹介に襲われたり、強引に腕を引っぱって拉致されそうになったり……そんな強い刺激に、俺の脳細胞が拒絶反応を起こした。

 いつかは仲間と熱く語りあえるようになりたい。

 しかし、いきなり熱すぎるのはダメだ。

 だから、あまり人気のないクラブが並んでいるという、部室棟の1階まで来てみたのだ。

 そこにあったのが、先ほどの【PM部】であった。


 でも、模型部って別にあったような……。


 まあ、それはともかく。

 これで、ほとんどのクラブをひと通り知ったことになる。

 だが、興味をそそられるクラブは、ひとつもない。

 元々が無趣味なのだから、そんなものだろうが、これでは目的が果たせない。


 仕方ない。

 得意な勉学を活かして、数学部とか、英会話部に入るべきか。


「無理です!」


 まるで俺の思考を否定するように、背後から女性の強い声が響いた。

 一瞬、「即否定かよ!」とツッコミを入れそうになったが思いとどまり、黙ってふりむく。

 と、そこには、さらさらとした長髪の女子生徒が、短髪の女子生徒の腕を握って、半ば強引に引っぱってきている姿があった。


「先輩! あたしはまだ……」

「いいの、いいの。痛くしないから!」

「いや、あの……腕、痛いし……」


 なんとなく見た目から、短髪の女子生徒の方がスポーツ系で力がありそうに見えた。

 が、おしとやかそうに見える長髪の女子生徒に、まったくあがなえていなかった。

 しかも、長髪の女子生徒は、グイグイと引っぱっているくせに、その歩みは軽やかで、歩幅も一定。

 まるでモデルウォークのごとく、美しく進んでくる。

 こうなると、美しさを通りこして、どこか薄気味悪い。


「……あら?」


 そして、廊下の突きあたりにある、このPM部のドアに近づいた時、彼女がこちらに気がついた。


「あなたも入部希――」

「いいえっ! 違いますっ!」


 即座に、キッパリと返事をした。

 長髪の女生徒と目が合った瞬間に、俺は脊髄で反応した。

 なんか「ヤバイ」と思った。

 大袈裟に聞こえるが、ここが世界の命運さえもわける分水界と直感した。

 関わってはいけない。

 だから俺は、すぐさま歩みだした。

 ヤバイ運命と、すれ違うために。

 さようなら。俺は幸せな運命をえら――


――ガシッ!


 だが、すれ違いざまに、俺の腕がつかまれる。

 まさかと思って見ると、短髪の女子生徒が、しっかりと俺の左腕をつかんでいる。

 彼女の顔を見ると、助けを懇願する潤んだ瞳。

 こんな愛らしい顔だと、さすがに怯む。

 ヤバイ。

 俺の運命が! 世界の命運が!


「ちょっ!」


 しかし、反論の余地もなかった。

 いきなり、グイッと引きよせられたかと思うと、扉が開く音が響いた。

 そしてそのまま、勢いよく部室内に短髪女子と共に流しこまれる。


――バンッ!


 ドアが、必要以上にけたたましく閉まった。

 その音は、まさに「逃がさん!」という脅迫に等しかった。


「いらっしゃい! 我が部はあなたを……あら? まあ、いいか。あなたたち(・・)を歓迎するわ!」

「『まあ、いいか』で流すな!」


 長髪の女子生徒に突っこむが、彼女はこちらを見もしない。

 身長は俺とほとんど変わらないから、少なくとも170センチ以上はあるのだろう。

 女性としては高い身長だ。

 その彼女が、軽く脚を広げて、大きく腕を広げて、歓迎のポーズらしきものをとっている姿は、なかなか堂々として迫力がある。

 先ほどのツッコミ無視の技能からも、気の強さがうかがえる。

 迫力は伊達ではないのかもしれない。


 ふと彼女の後ろにある棚を見ると、いくつかのロボットの模型が並んでいた。

 ああ、どこかで見たことがある。

 たぶん、有名なアニメのロボットなのだろう。

 やはり、プラモデル部か……。

 これは、ますます逃げなくてはならない。


「先輩……あたしには無理です。あたし、頭を使うの得意じゃないし……」

「大丈夫。体力も必要よ」

「体力もありません……」

「大丈夫。安心して。なんとかなるわ」


 そう言いながらも長髪の美女は、俺の背後に隠れるようにしていた短髪女子の肩を片手で叩いた。

 そして、もう一方の手で……ドアに鍵をかけた!


「先輩のその態度が、安心できないんですぅ」

「なら、これでどう?」


 あ。ドアの閂に南京錠までかけやがった。

 というか、なんで部室のドアに閂があるんだ?


「これで、大丈夫。勝手に出られないし、誰も助けに入ってこられないわ」

「おい! 大丈夫の方向性が、真逆じゃないか!?」


 今度の俺のツッコミには、さすがにふりむいた。

 しかし、その長い睫と艶めかしい唇が特徴的な顔は、なぜか満足そうに微笑んでいる。

 しかも、聖女の微笑みを思わすほど穏やかだ。


(ヤバイ。こいつ次元が違う……)


 俺は今まで、あまり深く人とつきあいたくはない人だった。

 必ず一線を引いていた。

 もちろん、面倒だからだ。

 しかしながら、それでも多くの人と、それなりに上手くやれるだけのコミュニケーション能力があると自負している。

 中学のときだって、教師と良好な関係を築いてきたし、親友はいないにしても、友人ともそれなりに適度にうまくやってきた。

 家庭だって、ちょっとオヤジと馬があわないところはあるが、他はそれなりに順調だ。

 だいたい、難なく人間関係をこなしてきていたのだ。

 しかし、目の前に現れた敵には、明らかに翻弄されている。

 今までに類を見ない強敵だった。


 とにかく、こういう時に必要なのは、明確な意思表示だろう。

 曖昧は避けて、強くキッパリ言い放つ。

 ただ、どうやら相手は先輩のようである。

 つい、タメ口でツッコミを入れてしまった。

 しかし、遺恨を残さないために、言葉遣いには気をつけるべきだろう。


「申し訳ないのですが……えーっと、先輩?」

「わたしは、二年の【九笛くてき 桂香けいか】。あなたは?」

「私は、き――」


 俺は急ブレーキでも踏むように、自分の名前を呑みこんだ。

 はたと気がつけば、いつの間にか彼女が、机に置かれた入部申込書にペンを走らせようとしていたのだ。


「……山田太郎です」

「ちっ」

「本名なんて言えるか!」


 小さく舌を鳴らした九笛先輩に、思わずまた、タメ口で突っこんでしまう。

 本名を言ったら、絶対に即行で書きこむ気だったはずだ。


「せめて、クラスだけでも……」

「この際、私の本名もクラスも、どうでもいいんです。私は、こちらの部に入るつもりはありませんから。ただ、単に――」


 そう言いながら、俺は左手をあげた。

 その手首には、なぜかいまだに短髪女子の手がつながっている。


「あっ! ごめんなさい!」


 今、気がつきましたと言わんばかりに、手をパッとはなす。

 見る見るうちに、彼女の顔が紅潮する。

 が、それよりも俺の手首の方が赤くなってるぞ……。

 ちょっと痛いが、文句を言ったら泣きだしそうだしな……仕方ない。

 ともかく、俺は九笛先輩とやらに真っすぐ向きあった。


「――というわけで、ただ単に巻きこまれて、ここにいるだけなんです」

「なるほど……」

「わかっていただけましたか」

「わかったわ。でも、大丈夫。入部の動機なんて、人それぞれよ。気にしなくていいわ」

「いや、気にしてよ! 俺には動機自体ないんですよ!」

「ふふ。動機は必ずあるはずよ。……わたくしが、あなたの罪を必ずあばいてみせるわ」

「なんで容疑者あつかいなんだよ!」


 また超特急で突っこむ俺に対して、九笛先輩はどこか鈍行の平常運転。

 完全にふりまわされている気がする。

 このペースでは負けてしまう。

 少し落ちつくために深呼吸。


「だいたい、俺……私はプラモデルなんて興味もありませんし、作ったこともありません。作れるとも思いません」

「……あら。よく今回の仕事を知っていたわね」

「はい? それはどういう……」

「でも、大丈夫。作る必要はないの」

「……へっ?」


 予想外の返答に、俺の勢いが殺されてしまう。

 ちょっとまぬけに反応してしまったのが恥ずかしく、かるく咳ばらいしてからたずねる。


「じゃあ、何するんですか?」

「今の仕事は、あれ」


 そう言いながら、彼女が指さしたのは、先ほどのロボット模型だった。

 白、赤、青、黄色と派手なカラーリングのロボットが、多種多様な武器を持ちながら、いろいろなポーズで、棚の上に並んでいる。

 やっぱり、プラモデルじゃないか?


「あれを使った巨大ジオラマ制作の実行プロセス中なので、わたしたちは工数管理とか、課題の解決とかするの。模型コンテストに出すため、かなり大がかりなのを作っているので大変なのよ」

「……ああ。今、必要なのは裏方なんですか」

「そうね。他にも仕事があるんだけど、どうしても人数が足らなくて。もともとは、けっこうたくさん男子新入部員がいたんだけど、次々にやめてしまったの。おかげで仕事どころか、部存続の危機だわ」


 それを聞いた瞬間、また脳内に警報が鳴った。

 正直、変な人だが、目の前の九笛という女性は、一般的評価なら美人だと断言できる。

 人生で数多の告白を受けた経験がある、そういうレベルの容姿をしている。

 男ならば、この白い肌に触れたいとか、この豊満な胸に埋もれたいとか、当然のごとく思うことだろう。

 もちろん、こんな美人先輩と同じクラブに入りたい……そう考える男子生徒がいてもおかしくないはずだ。

 そう。実際にいたのだろう。

 しかし、その者たちは、次々にやめていったという。

 つまり、そんなハニートラップ的な彼女の魅力を打ち消すような、何か大きな問題がこの部にはあるのということなのだ。

 ちょっと好奇心が刺激される。

 たまにでる、俺の悪いクセだ。


「先輩。ちなみに、その次々と男子がやめていった理由を聞いていいですか?」

「ええ。それは――」


――ドンッ!


 閉まった時と同じぐらい、けたたましい音でドアが開いた。


「ハロー! エブリワン!」


 そして、その音に負けないぐらい、騒がしい挨拶が室内に響く。

 発音の悪い英語で挨拶したのは、変わった容姿の男子生徒だった。

 細い眉毛にスラリと通った高い鼻。真っ白な透きとおる肌に、きれいな青い瞳と、クルクルにカールした輝く金髪。

 一瞬、少女漫画の1コマを見ているのか、と思うほどの輝きを放つ笑顔。それをこちらにむけてくる。


「オゥ! ニューカマー! ウェルカム!」


 見た目は、端正な英国人風だ。まちがいなく日本人の容姿ではない。

 しかし、なんなんだろう、この残念な英語は。

 ぶっちゃけ、俺より発音が悪い。


「君たちは、1年生(ファースト)だね。歓迎するよ!」


 そう言われたので、俺は金髪男の上履きの色を確認する。

 九笛先輩と同じ緑色。つまり2年生の先輩だ。

 ちなみに俺は、赤色。

 そして、状況についていけずに固まっている、短髪の女子生徒も赤色だ。

 つまり、彼女も新入生だ。


「今度はプリティなガール アンド ボーイか! グレートだね!」


 壁に片手をつき斜め立ちし、もうひとつの手でフワフワの金髪を大きくかきあげる。


「…………」


 うん。俺の本能が決断した。

 こいつは無視だ。

 何事もなかったように、俺はとりあえず気になったことを質問する。


「ところで、九笛先輩」

「なあに?」

「そのドアの鍵、閉まっていたはずじゃ……」

「ああ。大丈夫。あれ飾りだから」

「飾りかよ! ってか、閂、ドア側に貼りついてるし!」


 よく見れば、南京錠と閂がドア側にくっついていた。

 まあ、当たり前か。

 中から鍵をかけられるような事をすれば、部室で悪さをするやつもでてくるだろう。学校が許すわけがない。

 でも、飾りだってどうかと思うぞ……。


「ヘイヘイ。ユーたち?」


 金髪が両肩をすくませ、「ヤレヤレ」と大袈裟にポーズを見せる。

 そして、妙に身体を反らしながら、俺をズバッと指さす。


「このミーを無視するなんて、アンビリーバボーだな」

「今時、自分を『ミー』と呼称する御仁のがアンビリーバボーですよ」

「あはは。君……ユーはなかなか面白いね!」

「今、言い直しましたよね? 『君』から『ユー』にわざわざ……」


「…………」

「…………」


「ヘイ。まずは、自己紹介セルフ・イントロダクションからしておこうか」

「先輩達は、不都合無視能力スルースキルが本当に高いですね……」

「アッハー! オーケー オーケー。名のる時は、まずセルフからだね。ミーのネームは【中間なかま 太助たすけ】さ」

「超ジャパニーズネームだな! しかも、ファーストネームから名のらないのかよ!」

「気軽に、【スケさん】とコールミー!」

「呼び名ぐらい、外人風にしろよ!」


「…………」

「…………」


「ワッチュ、ユァ、ネーム?」

「くじけねーな……」

「ワッチュ、ユァ、ネーム?」

「はいはい……。山田太郎です」

「トレビアーン!」

「それ、英語じゃねーよ!」

「よし。タロウだから、君のことは【ロウ】と呼ぼう」

「俺の方が外人っぽいのかよ!」


 ヤバイ。ツッコミ多すぎる。


「ヘイ、ガール。ワッチュ、ユァ、ネーム?」


 金髪スケさんの標的が、短髪の女子生徒に移った。

 彼女は少し身を小さくしながら、おどおどと開口する。


「あ、えっと……【真直まなお 柑梨かんり】です」

「オオ。プリティネーム! よし、ユーはトゥデイから【カンリ】ちゃんだ」

「そのままじゃねーかよ!」


 つい、横から身を乗りだして突っこむ。

 と、その声が大きく、近かったせいか、真直さんが身体をビクリと震わせて縮こまった。

 どうやら、かなりの小心者のようだ。

 あまりオシャレとは言えないけど、活発そうな短い髪。健康そうでスリムな体型は、何かスポーツでもやっていて、明るい子という第一印象だった。

 しかし実際は、庇護欲をそそる丸い双眸と、震える唇からもわかる通り、非常に内気な女の子のようだ。

 俺は慌ててかるく頭をさげる。

 別に、こういう子をいじめる趣味はない。


「ごめん。威かすつもりじゃ……」

「い、いえ……」

「オー。本当、怖いねー」


 どさくさにまぎれて、今度はスケさんが彼女に近づく。

 ダメだ。このような軽薄そうな男が近づけば、きっと彼女は怖がってしまうだろう。

 保護しなければ滅亡してしまいそうな、か弱い彼女に近づけるわけにはいかない。

 俺はとっさ、彼女をかばうように体を二人の間に割りこませた。


「中間先輩こそ、そんなに近寄ったら、彼女を怖がらせてしまいますよ」

「ノンノン。親しみこめて、スケさんとコールミー!」

「親しめないんですが……」

「それに、ミーは彼女に手をだしたりしないよー」


 そう言うと、彼はなぜか俺の顎に、人差し指の先を下からあてた。

 そして、正面から俺の瞳を覗きこんでくる。

 あまりのことに、俺の動きが完全に固まる。


「実はミー、男の子の方が、ラブなんだよー」

「!?――……ノオォォォォ!」


 俺は一瞬で三メートルぐらい後ろに飛びさがった。

 こんな恐怖を俺に感じさせた男は、久しぶりだぜ……。


「大丈夫よ……」


 なぜか九笛先輩が、横からフォローしてくる。


「彼が好きなのは、年下のかわいらしい男の子だけだから」

「おっ、おお……。それなら平気ですね」


 俺は自分を安心させるためにも、わざとらしく大きくため息をもらした。


「俺はどっちかというと、カッコイイ系だから、かわいくはないし」

「かわいくないというより、かわいげがないわね」

「……やっと突っこまれる側に来られて嬉しいですよ、九笛先輩」

「でも、まあ。確かにロウくんは、カッコイイ系かもね。というか男らしい系?」

「……あ、ありがとうございます」


 自分で言い出したことだが、改めて言われると照れてしまう。


「ちなみに、今年の他の男子新入部員は、みんなかわいい系(・・・・・・・・)だったわ」

「…………」

「あ、そうそう。男性新入部員が次々とやめた理由だけど……」

「ああ、もういいです。わかりましたから」


 むしろ、原因なんて知りたくなかった。

 俺の好奇心のバカヤロウ!

 だいたい、その原因がなんで今、目の前で自慢げな顔をしているのか。

 できることなら、その顔面に蹴りをかましてやりたい。


「じゃあ、もう一人の部員も紹介するわね」


 そう言いながら、九笛先輩は奥を指さした。

 そこは部屋の奥角で、二〇インチ以上ありそうなパソコンモニターの背面が、大きな事務机の上に三つほど横に並んでいた。


「わたしと同じ二年生の……」


 と、パソコンモニターの向こうに、突如として一人の影が立ち現れる。

 俺は予想外の登場にたじろいだ。


「うわっ! まだ、人が居たのか! 気がつかなかった!」

「ええ、居たの。通称、【カクさん】よ」


 紹介された影は、胸を張って両手を腰にあてる。

 その正体は、丸い大きな縁なしメガネをかけた、ポニーテールの――


「――って、女の子かよ!」

「そうよ。本名は【千枝宮ちえみや 華代かよ】」

「カクさんじゃなくて、カヨさんだよね?」

「そうね。スケさんに合わせてカクさんにしただけよ」

「女の子に、それ合わせちゃったんですか!?」

「大丈夫。彼女、気に入っているから」


 そう言われたカクさんは、なんかにっこりと笑い、こちらにピースマークを見せてくる。

 あ、いいんだ……。

 本人がいいならいい……かなぁ……よくな気がするな。

 ウェーブ髪のポニーテルと、メガネの似合う、かなりかわいい女の子なのに……この子も残念な子なのかもなぁ。


「あと、めったにお目見えしない幽霊部員だけど、三年生の先輩が一人いるわ。たまに突如、部室にいたりするけど、あまり気にしないで」

「気になるわ!」

「つまり、我が部は総勢六人。これで部の存続も大丈夫。……よかった……」


 九笛先輩が、そう言いながら俺にふりむく。

 なんというか……不意を突かれて、また驚いた。

 さっきまでの表情とは違う。

 人との間に一線を置く、俺の心の奥にさえ、先輩の感情がダイレクトに届いてきた。


――うれしい。


 きっと先輩は今、心から喜んでいる。

 その高揚する微笑みに、俺の意識は一瞬、支配されてしまった。


「これからがんばりましょうね、ロウくん!」


 さわやかな笑顔とともに、九笛先輩のスラリとした白い手が、俺に向けられる。


「よろしくね」

「あ、はい。こちらこそ、よろし――……じゃない!」


 俺はあわてて、握手しそうになっていた手を引っこめた。


「ちょっと! なんかいい雰囲気作って、俺が入部する流れにせんでください!」

「あら、しないの?」

「しませんよ! だいたい、俺は――」


――チュルルルルン……


 なんか奇妙な音が、九笛先輩の方から聞こえてくる。

 まるで、ラーメンでも吸いあげているような音だ。


「あ、ごめんなさい。電話だわ」

「呼び出し音なのかよ!」


 相変わらず俺のツッコミを無視して、彼女は上着のポケットからスマートフォンを取りだした。

 そして、すぐさま耳元にあてる。


「もしもし……。ああ、吉岡さん。え? B班との射線軸がずれた? 戦闘シーンがおかしくなるって……それ、先日のリスク確認でつぶしたはずじゃないの? ……ええ。そうね……。じゃあ、作業者に連絡が行ってなかったのね。わかったわ。各班のリーダーを集めて。各班の詳細工程表と全体のWBSの調整をしましょう。大丈夫。これから、そちらに行くから」


 なにか問題が起こったらしく、少し眉間にしわを寄せながらも、てきぱきと彼女は電話対応している。

 その姿は、さながら仕事のできるキャリアウーマンのようだ。


「ごめんなさい、2人とも。詳しいことは、カクさんから聞いて」


 電話を切ると彼女は、自分の机らしきところから書類を集めて、それを急いでまとめた。

 そして早足で、開けっぱしだったドアに向かう。


「入部説明もできないで、ごめんなさい。ちょっと模型部で問題がでたらしいの」

「いや、入部じゃないんですが……。というか、模型部と一緒に作っているんですか?」

「いえ。さっきも言ったけど、うちは作らないわ。作っているのは模型部よ」

「え? だって、プラモデル部なのに?」

「……何、言ってるの?」


 九笛先輩が、本気で不思議そうに首をかしげる。


「うちは、プラモデル部じゃないわよ」

「えっ? 違うんですか!?」

「うちがプラモデル部だなんて言ったかしら?」

「……言ってないですね……」

「ロウくん……大丈夫?」


 うわぁ!

 この先輩に、頭の中を心配された。

 なんという屈辱だろうか。

 しかし、勝手に勘違いしたのは俺だ。

 言いかえす、言葉もない。


「では、行ってきます」

「あ! いったい、この部は――」


 呼びとめる暇もなく、九笛先輩は部室から飛びだした。

 まったく、人の話を聞かない先輩である。


「…………」


 しかし、ぽつんと残された俺は、はたと気がついたのだ。

 この部がなんなのか、知る必要はないじゃないか。

 もともと入るつもりはないのだ。

 あの強敵が去ったのだから、とっとと逃げてしまえばいい。


「えーっと。じゃあ、俺はこれで失――!?」


 はたと、強い意志を持つ視線を感じて横を見る。

 今にもこぼれそうな水滴が、瞳の前でフルフルとゆれている。

 スキル【庇護欲求】を発揮する真直さん。

 その彼女のジトッとした目が、必死に訴えかけている。

 目は口ほどにものを言うというが、まさに彼女の声が頭に響いてくる。


――いかないで。


――あたしは、あの先輩から逃げられない。


――こんな変な人たちと、一人じゃやっていけないの。


――心細い。


――おねがい、あなたしかいないの。


――ツッコミ役、おねがい。


 ……ああ、そうね。

 君に、ツッコミは無理そうだよね、うん。


「ふぅ……」


 たった16年の人生だが、その中で一番、大きなため息。

 若い身空ながら、俺は早々に運命に負けることにした。


「ま、いいか……」


 後から考えれば、これが世界の命運が決まった瞬間だったのだろう。

設定もシノプシスも用意せず、基本アイデアのみで走り出し、キャラクター設定、ストーリー、会話など、すべて書きながら考えました。


キャラの性格どころか、名前さえ決めていませんでした。

だから、主人公があんなツッコミ男になるとは予想外です。

ヒロインらしき者も勝手に出てきて、なんか「大丈夫」という口癖を自分で作っていました。

一番驚いたのは、男色外国人(見た目だけ)。

PM部は主人公のハーレム予定で、他に男を出す予定はなかったのに、いきなり出てきましたよ、こいつ。


ともかく、これからお楽しみいただければ幸いです。

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