第7話
いい感じだ。全くもって、いい感じだ。歩きにくい森の中をスイスイ歩ける。鎧の効果は如実に現れていた。
既に鹿を2頭も仕留めている。スイレンちゃんの鏃の賜物だ。
ふふふ、今度二人に鹿肉のステーキを奢ってあげよう。ついでにハルさんにも。
とはいえ、鹿にしても一発という訳には、いっていない。
頭部に当てれば、もってけそうだったんだけどなー。うん、ウサギ狩りの訓練も、第二弾が必要そうだ。
カシュリと水気の多い果実を齧る。道中で手に入れた、サンの実はまだ若いのか、半ば緑色をしていた。甘いというより酸っぱいが、これはこれで癖になるのだ。焼いてみると面白いかもしれない。
腹を満たしてから、獲物を探して、静かに森をいく。
落ち葉も踏んでいるが、足音は極めて小さい。自分で心がけているのもあるけど、【隠密】スキルが効果を発揮しているのだろう。
ん? ゆっくりと木の後背へ体を隠す。木々の隙間に、影が見えた。敵かな?
息を潜めて、近づいていく。
それが、何かと気づいた時、失敗を自覚した。
なんだ、アレ!?
鹿だ。しかし、普通の二本角では無い。三本持ちだ。
だからといって、ただのトライホーンではない。デカイ。角もデカけりゃ、身体も大きい。逆に、そんな大きさで狭い森をどうやって自在に動けるのか聞いてみたい。
しかし、いたのはソイツだけではなかった。もう一頭、こちらは見かけたことのある奴がいる。顔が二つ付いたゴリラ。鳥の肉に誘われて出てきたやつだ。
両雄は向かい合っていた。いや、ホントに雄か分からないけどね。互いに警戒しあっている。
オイオイ、モンスター同士の決勝戦でもやるのか、こりゃ?
逃げるべきだとは、理解していた。しかし、どうにも湧き出る好奇心を抑えられずに、盗み見てしまう。
……鹿が動いた!
初日に仕留めたトライホーン。圧倒的なスピードの持ち主だったが、直線的で捌きやすかったともいえる。では、この親玉っぽいのは?
……縦横無尽だ。オイオイ、こんなのアリなのか?
木だ。木を蹴っているんだ。突進が躱されても、反転しながら森の木を足場として、前後左右にあわせて、上も使った立体戦闘を仕掛けている。更に、その長い角は、明らかに自然的で無い光を発してゴリラの肉を裂いていた。うわ、魔法っぽいの使うモンスター、初めてだ。
しかし、ゴリラもさるもの、致命傷は防いでいる。どうも二つの顔のおかげか、視界が広いらしい。こちらは丈夫な身体を活かしたカウンター戦術だ。
獣たちは、更に数合、戦いを繰り広げる。次元違いの戦闘に、すっかりキサカの気は取られてしまった。
「おーい、そこの人ー」
んでもって、疎かにしてた後ろからの声に、跳ね飛びてしまったのだった。
咄嗟に振り向く。金属鎧を纏った金髪碧眼の戦士だ。
「すまないが、道に迷ってしまって……」
「しー、しー!」
指を口に当てて、静かにするよう指示しつつ、獣達の戦いを指差す。
「ん? なんだっ……て」
整った顔から血の気が引いた。手招きして、木の後ろへと誘う。
「な、なんだいアレ」
「分からん。ユニークっぽいけど、相手するのは無理だ。下手に刺激したくないから、ここでやり過ごそう」
二人、顔を寄せ合ってヒソヒソと会話を交わす。幸い、獣達は互いの敵に夢中で、こちらに気づいた様子は無い。ホッとしつつも、二人で観戦する。
戦いは佳境を迎えていた。
鹿の角の光が強まる。三本角から発せられた力は、新たに巨大な一本角を象った。
「うわ、派手だね」
隣の声に、頷いて賛同する。
もちろん、派手なだけでは無い。実際の力も備えているようだ。
双面のゴリラは、その威圧感に恐れをなして後じさる。
決着が迫る。それは意外にもアッサリとしたものだ。鹿の姿がかき消えた……と思ったら、次の瞬間バラバラの肉片へとクラスチェンジしたゴリラが散らばっていた。
あの鹿さんは、将来的に勝てる相手なのでしょうか? 草原オオカミのボスと同じ、絶対的な力の差を感じる。
満足気に、己が打ち倒した敵を見下ろす鹿。木々の合間から零れた陽光が、その姿を照らし出す。その姿は正しく王者。この森の支配者がそこにいた。
一瞬、その目線がこちらを向いた気がする。思わず固まるが、興味を無くしたのか、踵を返して森の王は去って行った。
「ぷはー、もう大丈夫みたいだな」
「だね。流石に今のレベルだと太刀打ち出来そうに無いや」
あ、そういや横に人がいたんだ。勝負が凄すぎて、スッカリ忘れていた。
「迷ったんだって? 災難だな。ソロプレイヤーか?」
「いや、他にも2人、リアルのクラスメートとパーティ組んでたんだけどね……。誰かが釣って来た蜂の群れに襲われて、別れちゃった」
「あちゃー、そいつは御愁傷様」
あの蜂、被害多すぎるだろ。やっぱ戦いは数なのか。どうにかして、一匹ずつ仕留められないもんかねぇ?
「俺も初日に、巻き込まれて死んじまったよ。うん、それなら道は分かるから案内してやる」
「本当かい!? いやあ、ありがとう。あ、そうだ。まだ名乗ってなかったね」
右手を差し出される。それを掴むとソイツは二カッと笑った。おおう、歯が光ってる。
「僕はマクシム。よろしくね!」
「ああ、俺はキサカ。よろしくな」
しかし、爽やかな奴だな。イケメンだ。アイドルとして歌ってても、違和感が無い。
顔をいじくっているのかも。いや、それにしては表情が自然だったな。つまりは、リアルでもこれか。羨ましい。
「で、話してくれなくてもいいけど、スキル構成どうなってる? 見たとこ前線の騎士っぽい感じだけど。あ、俺は弓と槍使う。ソロでやってるから、スキル構成はバランス型だ」
「僕は、完全戦闘特化だね。金属鎧着て、両手剣ぶん回してる。後は【光魔法】とってるから、いざという時は切り札に使えるよ」
お、マジックユーザーか。遠目に見たことはあるが、こいつの魔法はどんなもんなんだろう。
「どうよ、魔法の使い勝手?」
「うーん。強いけど使いづらい。ランク上がるたびに魔法を取得するか、既存のを強化するか決めれるんだけど、強化しないと使用MPがデカイんだよね。完全魔法特化ならともかく、戦士兼任だとトドメくらいにしか使えない」
「へえ。あ、そこ気をつけろ。吸血樹が近くにいる」
カラカラになったネズミの死骸だ。これさえ見逃さなきゃ、吸血樹は問題ない。
「よく分かるね? スキル使ってるのかい」
「いや、ずっと森で狩ってたから慣れてる」
「ああ、それで。僕等は草原ばっかで、今日が初森だったんだよ」
「草原はどんなもんだい? プレイヤー多いから、探索は進んでると思うけど」
ニョルズの街も数万人のプレイヤーがいる。中にはとんでもなく先に行ってる奴もいるんだろうなー。
「ああ、最新情報なら、遊牧民のテントが見つかったって言ってた。馬もいたってさ」
「マジで!? もしかして【騎乗】取れるようになったのか」
おお、夢の弓騎兵への道が開けるぞ。
「僕も移動距離稼ぐために欲しかったんだけどね。どうも、仲良くならないと売ってくれないみたい。何回か取引する必要があるってさ」
「いやいや、道筋分かっただけでも大成果だぜ。教えてくれてサンキューな」
「アハハ、そんなに喜んでくれるとは思ってなかったよ。馬が好きなのかい?」
「て、いうか騎馬民族プレイがやりたかったんだよ。こう、馬の上からピシュッて射るやつ」
弓を引く真似をする。うん、やっぱいいな。馬上槍と騎射はロマンだ。
「あー、分かる分かる。僕も金属鎧と両手剣の騎士スタイルに憧れあったし。本当は兜もつけたいんだけど、何故か2人とも反対するんだよね」
「チョイ待ち。もしかして仲間2人って女の子?」
「? そうだけど」
キョトンとした顔をしている。あー、これ嫉妬するべきなのか、刺されないよう心配するべきなのか。
けど、こいつの邪気の無い顔を見てると、肉食獣に狙われる草食獣にしか見えないんだよな。
ポンと肩を叩く。
「頑張れよ。……色んな意味で」
「?? よく分かんないけどありがとう」
森を歩く。うーん金属鎧はやっぱ音デカイな。臆病なモンスターは逃げるかもしれないが、そんなの気にしない、気合入ったやつに襲われそうだ。
「? どうしたんだい。顔をしかめて」
「鎧の音に誘われて、なんか来てる」
「うわ、ごめん」
「いや、大丈夫。けど、俺【隠密】持ちだし、どっちかっていうと真正面からの戦闘は慣れてない。襲って来たら前線頼むわ」
ドンと、力強くマクシムは自分の胸を叩いた。
「ハハッ、任してくれ。なにしろ、それしか能がないからね」
「おいおい、自慢気に言うことか、それ?」
テヘヘと恥ずかしそうに笑ってる。うん、やっぱいいヤツだ、こいつ。勘九郎とは、また違う脳筋だな。
「くるぞ」
影が近寄ってくる。……デカイ猿だ。とはいえ、二個付きの巨体には及ばない。それでも、一人だったら苦戦は必至だろう。しかし、今は2人。頼れる前衛がいた。
「ホキュアアー!!」
「やらせるかっ!」
突進してきた猿を両手剣が迎え撃つ。ザンッといい音。肩口を切り裂いている。
強いぞ、マクシム! 流石に自分でそれしか能がないというだけはある。
しかし、猿はタフだ。今度はジャンプして上から飛びかかっている。
「ぐっ、クソ」
剣で守っているが、流石にパワーでは分がない。体重差がキツそうだ。だけど、コッチには俺もいるんだよね!
ピシュッと放たれた矢は、猿の耳の辺りに命中した。
目を狙ったけど、流石に簡単には当たらないか。
「ホキャッ?」
攻撃を取りやめて耳を触る猿。よし、隙は作ったぞ。やっちまえ!
「いい腕だ、キサカッ!」
身体を一回転させた、斬撃が首筋に放たれる。
「ギハ」
うわ、グロッ!切断には至らず、首の中ほどで剣は止まった。首がこう、ブランブランしてる。うへぇ、気持ち悪るー。
「やったな、キサカ」
「ほとんど、お前だろ? 両手剣の威力は凄いな。あいつ固そうだったのに」
「実際固いよ。おかげで、あんな風になってるし」
2人とも猿の惨状から目を逸らしてる。剥がなきゃいけないんだよな、アレ。
ピロリン。お、システム音だ。
レベルアップしました
ステータスを1点成長させられます
【弓】がランク4になりました
レベルと【弓】が上がった。これでどっちも4か。勘九郎には追いつけてないな。ま、自分のペースでいっか。えーと、AGLは防具の補正あるし。DEXでいいか。
「素材、折半でいいか?」
「ああ、もちろん。君がいないと僕、森から出れないし」
「OK。【解体】持ってるから、俺が剥ぐぞ」
グロい死体にナイフを突き立てる。
狒々の毛皮 レア度3
剛毛の生えた、狒々の毛皮。加工してなくても、強靭である
狒々の牙×3 レア度3
極めて鋭い、狒々の牙。
人の腕くらいなら、一噛みで持っていく
【解体】がランク2になりました
スキル上がったのはいいけど、素材の方は、あんま取れなかったな。
「おーい、毛皮いるか? 俺は牙のが欲しいんだけど」
「どれどれ……。レア3だね。うん、これなら鎧の上に羽織るのにいいかも。じゃ、毛皮は僕、牙はキサ……! キサカ、後ろ!」
咄嗟に飛び退く。頭があった場所を剛腕が薙いでいた。くそっ、2頭目か!
『シャイン!』
光の玉が狒々に直撃した。プスプスと表面が焦げている。これが、マクシムの【光魔法】かっ! 中々の威力してるねっ、と!
取り出した槍で顔を貫く。スイレンちゃんもいい仕事だ。
「キョキョオオ」
くそっ、トドメはさせなかったか。避けたつもりの薙ぎ払いがカスる。衝撃は来たものの、ダメージは小さい。
初期防具じゃなくて、ホント良かった。交換してなかったら、今頃真っ二つになってる。
猿は更に追撃を仕掛けてくる。接近戦じゃ勝ち目なしだ。
「させるか!」
マクシムが間に突っ込んできた。剣を振るうが、腕に受け止められる。
「!? 抜けない」
げ、筋肉で剣を挟んでんのか。どんだけ丈夫なんだよ。
すぐに体勢を立て直して援護する。
「も一発くらっとけ、このサルっ!」
剣を受け止めているせいで、足が止まっている。いい的だ。
丈夫さに自信がありそうだな。じゃ、これはどうよ? 槍の穂先が目を刺し貫く。このまま、脳味噌をかき混ぜてやるぜ!
ガハハハハッ! どうだ、痛いだろう?
「ギョオオ!!」
『シャイン!』
たまらず、後ずさった狒々にマクシムの第二射が炸裂する。
ブルリと巨体が震えた。そして、ついにズシンと倒れる。
ピロリン。
【槍】がランク3になりました
やった。あ、明らかに、さっきのより強かったぞ。
「サンキュー、マクシム。声かけてくれなかったら死んでた。【光魔法】すげえな」
「でも、これで今日は打ち止めだよ。あー疲れた。一旦ログアウトして、お風呂に入りたいよ」
あっつい風呂か。イイな。風呂上がりに冷たいジュースでもありゃ最高だ。
「だな。流石にこれ以上は勘弁願いてえ。剥ぎ取って脱出しよう」
取れたのは、また毛皮と牙だった。おい、強さに差がある割に、戦利品に変化無いぞ!
「分け方、さっきと同じでいっか?」
「うん。それで大丈夫だよ。早く抜けよう」
二人とも疲労困憊である。
「これ食うか? 腹も減ってきてるだろ」
おやつ用にとっておいた、サンの実だ。
「くれるのかい? ありがとう。大分空腹度が溜まってたんだ」
「いいけど、これ結構酸っぱいぞ。気をつけ……」
ゲッホゲッホと咳き込んでいる。あー、言わんこっちゃない。
眺めながら、カシュリと齧る。この酸味がいいんだよなー。
「よ、よく食べられるね、こんな酸っぱいの!」
「それが、いいんだよ。紅く熟してるやつは、結構な値段で売れるからなー。残った青いのを、何度か食べる内に慣れてきた」
信じられないように、マクシムがこちらを見つめている。
「もしかして、レモンとか梅干しとかダメなタイプ?」
「……お握りセットで梅だけは避けるようにしてる」
あまりに、恨めしそうな言い方なので、思わず、プフ、と笑いを漏らしてしまった。マクシムは恥ずかしそうに顔を覆っている。
「じゃ、今度があったら鹿肉のステーキでも奢ってやるよ。ほら、出口が見えてきたぜ」
草原の方から、太陽の光が差し込んでいる。ここまで、来たら街はすぐそこだ。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「いや、あの猿は一人じゃきつかったし、感謝してる」
パーティのありがたさは十分理解できた。うん、とれる戦術の数が増えるのはいい。失敗してもリカバリーが効く。たまにはパーティ戦もいいな。
「よかったらフレンド登録しないかい? また、何かあったら一緒にやろう」
「応、もちろん。美味しい情報あったら教えてくれよな」
信用できるフレンドは多い方がいい。マクシムなら間違いないだろう。
森の出口で、手を振って別れる。こいつの方は、既に逃げ出せていた仲間が迎えに来てくれるらしい。
マクシムの仲間が気になって、少し離れてから【遠望】で振り返ってみた。2人の少女が駆け寄って行く。見た感じ、どちらも美少女だ。
一瞬羨ましいって思ったけど……。どうも、あれ、互いに牽制しあってるな。マクシムには隠しているようだけど、相当仲悪いぞ、あの子たち。
うわ、裏で互いにつねってやがる。女同士って怖い。あ、凄い勢いで詰め寄られて、マクシムのやつ困ってるな。
多分あの状況に自分がいたら胃に穴が空くだろう。
頑張れマクシム、負けるなマクシム! お前なら、きっと優しい彼女が出来るはずさ。
7話終了時点
プレーヤー名『キサカ』
STR(筋力) 7→8→9
VIT(頑強) 5
DEX(器用) 8→9
AGL(俊敏) 7
INT(知識) 6
MID(精神) 6
LUK(幸運) 6
【弓】4【槍】3【細工】3【調理】1【遠望】2【隠密】2【解体】2