第6話
「うわ、街の中にもこんな自然があったんだ」
「ニョルズの街は城塞都市っていっても、当然だけど整備されてるのは中心部だけなんだよね。重要施設の無い端っこの方はこんなもんだよー」
刈り取られていない下草が、思いおもいの方向へ伸び、その間に楚々とした花が咲いている。作りかけの建造物が、そこかしこにあり、海へ流れ込む小川も流れていた。現実だと、下流の川は汚れていることも多いが、ここのは見事な清流だ。スキルが無くてもちょっとした魚が獲れそうである。
あの川は、外の大河とはまた別だな。あっち側にも行きたいんだけど、そのために水泳スキルを取得するのもどうかと思う。うーん、丸太組んでイカダを作るのもありかもしれない。
「あ、結構出来上がってる。ほら、あの小屋だよ。炉はもうちょっとかな」
ホントだ。ここら辺の建物では、出来上がってる部類である。何の外連味もない、木で組んだだけといった感じだが、形にはなってる。
小さな影が、小屋の横に作られた作業場らしき所でちょこまか動いていた。
「おーい、スイレンちゃーん。イロイロ持って来たよー」
ブンブン手を振りながらハルさんが駆け寄っていく。【遠望】して分かった。あれ、女の子だ。
鍛冶という言葉から、無意識のうちに、髭の生えたドワーフを連想してた自分の想像力の無さを笑ってしまう。ま、見た目は腕に関係ないよな。
「ハルさーん。こんにーちはー!」
元気いっぱいに少女は応える。うん、ちょっと年下かな。そんなに離れてないだろう。こちらも近づいていくと、大きくペコリと礼をしてくれた。
「あなたがキサカさんですか? どうもー、スイレンっていいます。鍛冶屋やってまーす」
「どうも、キサカです。丁寧にありがとう」
二人してペコペコしてる。顔をあげたら目が合って、どちらも、苦笑してしまった。仲良くできそうだ。
「うんうん、仲良くなってくれて良かったよ。大分、小屋も形になったね」
「えへへー、ハルさんが助けてくれたおかげですよ。あ、私ったら外で待たせちゃってスイマセン。どうぞ、入ってください」
入る時に作業場を覗くと、かなりの数の試作品らしき武器があった。こりゃ、ハルさんが目をかけるわけだ。
部屋の中は、無骨である。まだ、作りかけみたいだ。
うーん、家具が足りないな。簡易の椅子やテーブルもあるが、ガタガタしてる。どうも【木工】や【細工】は持っていないみたいだ。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとね」
「いただきます」
あ、これ美味い。なんだろ、緑茶っぽいけどほんのり甘い。ハーブみたいな感じもする。
暖かい飲み物は、ゲーム内だとあまり戴くことはない。有難く飲ませてもらった。
「で、どんな感じ? 足りないものあるなら、提供できるわよー」
「ごめんなさい、ハルさんには迷惑かけっぱなしで」
「いいのよ。その分稼がせてもらってるから。スイレンちゃんが、腕をあげるほど私も潤うしねー。取り敢えず鉱石とか、今見つかってるやつは持ってきたから」
「うわあ、嬉しい! ちょっと少なくなってきてて不安だったんですよ」
「後、装飾のための宝石とかもあるよー。んふふふ。原石だけど磨いたら綺麗になるわよー。ほら、こっちは磨いたやつ。アクアマリンね」
「あ、綺麗。剣の柄に映えそう。ネックレスとかでもいいですよね」
お、女の子が二人いると、なんだか居づらいな。会話のスピードに乗り遅れてる。
「あら、どうしたのキサカくん?」
「あ、すいません。私ばっか話しちゃって」
「いやいや、あんま気にしなくていいよ。女の子同士、話弾むの当然だし」
実際、アイドル並みとはいかずとも、二人とも十分可愛い区分だ。見てるだけでも目の保養になる。
「あはは、ありがとうございます。えっとキサカさんは鏃が欲しいんですよね」
あらかじめ、ハルさんが話してくれてたみたいだ。変な気起こさなきゃ段取りいいんだよな、この人。
「うん、鏃とか槍の穂とか小物なんだけど、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですよ。スキル上げにもなりますし、ていうか、もう作っちゃいました」
「もう!?」
仕事はえー!
「ね、この子見所あるでしょー」
ハルさんが自慢する。うん、この子見抜いた眼力は自慢していいや。
「こっちが槍の穂。【付与魔法】で、AGL補正つけてます。鏃は2種類。貫通しやすそうな、真っ直ぐのと、抜けにくそうな返しがついたの。各100個ずつ用意してあります。素材はどっちも鉄ですね」
い、至れり尽くせりだ。しかも、槍は付与つきか。か、金足りるかな? 今幾らあったっけ? 4000だけか……。
「えっと、お幾ら万Gぐらいになりますでしょうか」
動揺して、変な敬語になった。
スイレンちゃんの動きが一瞬止まる。
「えっと……。ハルさん?」
「んー。ステータス補正付きだし、槍の穂は最低8,000。鏃のほうも鉄素材ってこと考えると、一個30で計算して6,000。全部買った場合、デカイ金額だからサービスで値引きもつけて13,000くらいかな」
「「13,000!?」」
何故か、スイレンちゃんも驚いている。
「す、すまんスイレンちゃん。持ち合わせが無い。また稼いでから来るよ」
「い、いえ。そんないっぱい貰うわけには……!」
「適性価格は大事だけど、物々交換って手もあるわよー」
また、ハルさんが変な事言い出した。
「スイレンちゃん、作業台とか椅子とか新調したくなあい?今のだとガタガタしてやりにくいでしょ」
「え、はい。それはもう」
「んで、キサカくんは【細工】持ち。ロッキングチェアーの制作は、したことがあるのよね」
成る程! つまり、対価として、それらを作ればいいのか。
「キサカくんは良さそうね。で、スイレンちゃん。代金の代わりに作ってもらったらどうかな」
「え、ホントですか!? いいです、いいです。今の椅子、座ってると痛くなっちゃって」
手を小さくパチパチして喜んでいる。チョコマカ動くのが小動物を見ているようで、微笑ましい。
「よし、契約成立ねー」
「ハルさん、アイデアありがとうございます」
「で、キサカくん? 私、材木は仕入れてるんだけど」
「……原料は俺持ちですか。あーもう、いいですよ! 実際、メチャクチャ俺には得ですし」
流石に二連続タダは虫がよすぎた。流石の商人ハルさんである。
ふふふ、いいさ。やるからには今の最高をぶつけてやるさ。
「それじゃ、こっちは先に渡しときますね。作業台と椅子、お願いします」
「おう、最高の代物を作ってやるぜ」
それを聞くと彼女はニッコリ笑う。うん、よく笑う子はいいな。こっちのテンションが高くなる。さよっしゃ、頑張りますか!
その後、彼女の希望。聞き取ってから別れることとなった。
スイレンちゃんは、まだ手をブンブン振っている。さて、ケンさんの所に戻って、防具もらってこなくちゃ。
「ふふふー。会えて良かったでしょ?」
「はい、本当に。紹介してくれたハルさんには感謝してますよ」
「よろしい。 あ、私そろそろログアウトするねー。リアルの方で用事があってさー」
「ありゃ、そうなんですか。お疲れ様です」
「うん、またねー」
ハルさんの姿が目の前で消える。へー、ログアウトって外からはこう見えるんだ。
あ、そうだ。もらった穂と鏃、取り付けてみよう。
モモの槍 レア度2 品質4→7
ダメージ値3→6
魔物特攻(微弱)
AGL+1 new
柄にモモを使った槍
鋭い穂先には付与魔法がかけられている
鉄の矢 レア度2 品質6
ダメージ値4
貫通(弱)
鋭い、鉄の鏃がついた矢
並の鎧なら貫ける
鉄の矢 レア度2 品質7
ダメージ値4
対動物(微弱)
鋭い、鉄の鏃がついた矢
返しがついていて、抜こうとすれば傷口が広がる
すんげえ、強化されてるな、おい。特殊効果がついてる上、槍に至っては2倍の戦力だ。これからは、スイレンちゃんに足向けて眠れない。
よし、ケンさんとこの防具も併せて、おニューの装備で心機一転だ。
郊外を抜け街の中心部へ。人混みの雑踏へと戻っていく。
郊外は、風が爽やかで気持ちが良かった。それに比すれば淀んでいる感もある街だが、それもまた人の息吹を感じ取れるようで面白い。
「パーティ入りませんかー」「武器欲しい人ー! 各種取り揃えてるよー」「高すぎ、もっと安くなんないの!?」「うわあ、PKだ! 逃げろー! 無差別だぞー!?」
うんうん、混沌としていいね。ほら、あそこ。街中で魔法使いが、攻撃呪文を乱射して……見なかったことにしよう。
「どうもー。ケンさん」
「あらー、いらっしゃい。ちょっと待ってね、今仕上げ中だから」
ウィースと返事をして、作業場の中で待たせてもらった。革を縫製するケンさんは真剣そのものだ。ジンワリと汗もかいて、鬼気迫る、といっても良い風情である。
作ってるのは……革靴かな?
すごいな【裁縫】って靴も作れるのか。これはもう、金属鎧以外の装身具一式といって良いのかもしれない。
「いよっし、できたわあ」
女口調のまま、雄々しくガッツポーズをとるケンさん。うん、この光景に慣れるのは時間ぎかかりそうだ。
「ほらほら、着てみてん♡ 一応一式揃えたから」
「うわっ、いっぱいありますね」
鹿革の鎧 レア度3 品質7
防御8
鹿の革を蝋で煮込んで硬化させた革鎧
並の剣では傷つかない程に丈夫
表面に模様が彫られている
鹿革の籠手レア度3 品質6
防御2
鹿革で作られた籠手
鹿の革を蝋で煮込んで硬化させた籠手
硬い割に軽く、動きを阻害しない
鹿革のブーツ レア度3 品質6
森林移動(弱)
なめした鹿革で作られた革靴
森歩きに最適
鹿革のレザーパンツ レア度3 品質7
AGL+1
なめした鹿革で作られたパンツ
染料で黒く染められている
非常に動きやすい
うおっ。初期防御1が十倍になった! ていうか、鎧かっけえ! なんだこの、綺麗な模様。
すげえ器用だな、ケンさん。流石、リアルで服飾やってるだけはある。
さっそく着替えてみたが、軽い。腕をグルグル回してみるが、特に動きに支障は無し。鹿革でこれか。トライホーンならどうなるんだろう?
「うふふ、自慢になっちゃうけど、現状これ以上の防具ってナカナカ無いわよー。流石に金属鎧のトップ辺りには防御で劣ってるけど、革装備としては最高だと自負してるわ」
「ええ、本当凄いですよ、ケンさん! 動きやすいです、これ」
「それが、私のウリだからねえ」
「すいません。さっそく試して来ていいですか? ちょっと気がはやっちゃって」
今なら、森も更に進める気がする。
蜂にもリベンジ出来そうだ。
「ええ、いってらっしゃい。でも、過信はしすぎないでね? 草原オオカミの群れクラスの相手だと、それでもキツイから」
「うっす、気をつけます!」
ガチャンと勝手口を開け、一直線に走り出す。
フハハハ、蜂共め。今こそ復讐の時! 群ごと狩りつくしてくれるわ!
この悪役みたいな笑い方してるのは誰ですか?
はい、私です。