第5話
うわー、体バキバキだ。引越しバイトは実入りがいいが、その分キツイ。
ダラーっとしてると声がかけられた。
「おう、お疲れ。ほれジュース奢ってやる」
「ありがとうございます。いやー、暑かったですね」
すっかり、顔馴染みになった、おっちゃん連中。手渡されるのは冷たいスポーツ飲料だ。クゥーッ、体に沁みる。プハァと息をはく。美味い!
「毎年のことで、俺はもう慣れちまったよ。歳くうとだんだん気にならなくなってくんだ、これが」
「へえ、そうなんですか」
「若え方が、体が敏感だからよ。最近体力が衰えてこまるよ」
「何いってんですか。俺よりも力ある癖に」
ハハハと笑っておっちゃんは力こぶを見せる。
「ま、お前さんもチョットは力ついてきたろ。初日よりかは大分マシだぜ。テーブルもあがるようになったしな」
「勘弁してくださいよ。めちゃ恥ずかしかったんスから」
初日にテーブル持とうとしてすっ転んだのは一生の恥だ。漫画のような転びっぷりだった。本人としてはサッサと忘れてもらいたい。
「ハハハ、怪我も無かったんだし、時間がたちゃ笑い話になるって。ほれ、今日の分。また、頼むよ」
封筒を有難く頂く。
「どうも。そっちも頑張ってくださいよ。熱射病が流行ってますからね」
「へえへえ、なんでい。ウチのカーチャンみたいな口をきくな」
「あはは、それじゃ失礼します」
ペコリと頭を下げて、踵を帰す。
よっしゃ。帰ってまたログインしよう。時計を見る。うん、やっぱ一狩りしたらちょうど良さそう。
気分変えて、草原に行ってみようかな?
草原はやはり人が多い。街から出て、すぐだしね。ただ、【遠望】して見ると、初日のような無茶な戦いはしてないようだ。場所が広いからかパーティがよく目立つ。
「確か、狼が強いんだっけ?」
集めた話では、草原狼はこの地の食物連鎖の頂点に位置しているらしい。
単体でも強い上、少なくとも一つの群れの数は10を越える。最大だと50越えの群れもいるそうだ。初日に一番プレイヤーをキルした存在である。
うーん、隠れる場所が森と違って少ない。幸い、草の背が高い。体勢を低くすれば、なんとかなりそうだ。
狙いはウサギ。結構素早いそうだから、弓の練習にもいいだろう。
周囲に気を配りながら、草原を進んでいく。だだっ広いと、やっぱり乗り物が欲しくなる。馬を買えるのはいつになることやら。
カサッという音。いた、お目当てのウサギだ。伏せるように身を隠す。さて、どうしよう。隠れつつ、風下に回って射るか。それとも、練習がてら追い回して、逃げてる所に当てるか。……決めた、脅かして逃げてる所をやろう。
ピシュッ。解き放たれた弦が、鋭い音を立てる。わざと外して、ウサギの真横に矢を叩き込む。獲物はビクッとして、猛烈な勢いで逃げ出した。
「待ちやがれ!」
次の矢を射る。当たったのはウサギではなく、地面だ。くそっ、跳ね回るから的が絞れない。一応、ウサギの逃げる先を意識して射ているのだが、当たらない。
結局、今のやつは逃がしてしまった。
「うーん、俺の腕もまだまだだな。森じゃ隠れて不意打ちしてたから、動く的は全然だ」
あのクソ鳥も、結局木に止まっている所に打ち込んだだけで、飛んでる最中に射ってはいない。
よし、訓練だ。集中訓練を執り行う。こんな序盤で詰まっていたら、この先どんな目に会うか分からない。荒野みたいなステージだと、自分のプレイスタイルでは手に負えない可能性がある。
幸い、矢は数を作ってある。足りなくなることは無いだろう。
さあ、かかってこいや! ウサギ共!
……ウサギ相手じゃ、あんまカッコ良くなんないな。
距離だ! 距離が重要だ!
目視で距離を測り、矢の到達時間を計測する。更に対象の動きを計算に入れる。そして、それが交わる所を射るんだ!さすれば、放たれた矢は……。
「うん、頭で分かってても当たるとは限らないよね」
的が小さすぎる。矢の軌道にしても、急いで射るとブレる時がある。
遠距離戦は修羅の道だよ! マジでっ!
でも、諦めない。だって男の子だもん!
……自分で考えてて、気持ち悪いな。もんってなんだよ、もんって。
さて、次だ。新しい獲物を探そう。
意気揚々と歩き出した。まさに、その瞬間の事だった。
首筋に冷たい感覚。油汗がジワッと吹き出してくる。
な、なんだ!? なんか、嫌な予感が。
グルル。
少し、遠くに動物の唸り声。そう、たまに威嚇してくる犬が発するような……。ってことは。周囲を見渡す。背の高い草の下、這うように隠れながらヤツはいた。
草原オオカミ!!
咄嗟に弓を構える。こちらが察したことに気がついたのか、最早、アイツは身を隠さない。
飛び込んでくる。
「チイッ!」
矢を立て続けに放つ。が、避けられた。落ち着け! ウサギより的はデカイ。
「くらえ!」
3射目が、背中に命中する。
「ギャン!?」
脚が止まった! もう一撃だ。
今度も背中。しかし、意を決したのか、今度は怯まずに突っ込んでくる。よし、そんなら、接近戦だ!
弓をしまい、モモの槍を、取り出す。突っ込んでくるのに合わせて……。
「セイッ!」
突く! が、しかし。
避けやがったコイツ。こちらが突く瞬間、横っ飛びに交わしたのだ。
「グッ」
辛うじて、噛みつきを槍の柄で受ける。が、力が強い。徐々に押し込まれる。
「ち、調子に乗るな!!」
蹴り飛ばす。腹が無防備なんだよ!
「ギャン!?」
「死にさらせぇえええ」
槍を逆手に持って上から振り下ろす。脳天にゾブリという嫌な音を立てて、穂が突き刺さった。
ビクンと一瞬オオカミが跳ねて、そのまま動かなくなる。か、勝った!
なんで、いつもこんなギリギリなんだよ!?
ハアハアと、荒い息を吐く。と、トライホーン戦並に焦ったぜ。
ピロリと同じみのシステム音が鳴る。
【弓】がランク3に上がりました
うおっ、意外とショボイ。
……そういや、なんだかんだで、ログしてから狩ったのこいつだけだ。ぜんぜっん、数こなしてねーや。
でも、弓は当たったな。ウサギ相手の訓練は正解だったみたいだ。次やる時は、背中じゃなく頭を射抜ければいいんだけど。
そうだ、剥ぎ取り剥ぎ取り。
一匹オオカミの毛皮 レア度2
群れから出た、若いオオカミの毛皮
まだ、成熟しきっていないため、防御は低め
一匹オオカミの牙×8 レア度2
群れから出た、若いオオカミの牙
まだ、成熟しきってないため、威力は低め
わ、割に合わん。ていうか、一匹オオカミだったのか。どおりで他の連中が襲ってこないはずだ。
これで若くて弱い個体なら、ボスクラスはどんな強さなんだ。
……初日に見た覚えあるな。人よりデカくて、プレイヤー食いまくってたヤツ。うん、アレには挑まないようにしよう。トラウマになりかねん。
初日の連中、結局倒せたのかな? ボロ切れみたいに、ズタボロにされてたけど。……考えないようにしよう。
ピロリロリン。お、タイマーが鳴った。そろそろ、街に戻らないとハルさんとの待ち合わせに遅れるな。ちょっと収穫少ないけど、ここで帰ろう。
「すんませーん、待ちました?」
「ううん、今来た所。……なんか恋人っぽいやりとりね」
「恋人いるんすか?」
「こらっ、言いづらこと聞かないの」
平謝りしながら、ハルさんの後ろをついて行く。いても、おかしくなさげだけどなー。まあ、あんまり突っ込んだ話をするのも、難だろう。
「そういえば、防具だけでいいの? 槍も使ってるんだから【鍛治】の頼み先もいるんじゃない?」
「あ、頼めるんならそっちもお願いします。石鏃じゃどうにもキツくって」
「鏃ねぇ。森の巨大蜂は狩ってみた? βだと、アイツ等の針を使った矢も多かったんだけど」
「……狩る代わりに狩られました。どうも逃げてる人を、追って来た群れに巻き込まれちゃって」
あー、とハルさんは言いづらそうにしてる。
「ご愁傷様。無自覚のMPKね。初のVRMMOだから、これからMMO入門って人が多いのよ。キサカくんもやらないように気をつけなよ?」
「うっす。一回食らう側で経験しましたし、やらないように注意します。身体中が穴だらけになって、現実でも無いのに死の恐怖で絶望しましたから」
「リアルな分、恐怖も本物に近くなるからねー。私も最初に死に戻りした時はそうだったわ。こう、薬草を摘んでたら後ろから巨大カマキリにこう……」
「うわあー! 聞きたくないです!」
こちらの大仰な反応に、ハルさんはクスクス笑う。からかわれてるな、もう!
「アハハ、そんなに怖がらなくてもいいのに。あ、こっちの通りね。この街、複雑だから、いつも迷いそうになるよねー。でも、たまに裏通りに入ってみるといい事あるわよ? NPCが、怪しいお店開いてたり、覆面の連中がいたり。あと、PKに襲われたり」
「最後のはノーサンキューです」
だよねー、とハルさんはうなづいている。やっぱ居るんだよなPK。うう、何か怖くなって来た。対人は全然こなしてないからなー。気付いたら、首を掻き切られてそうな気がする。
「あ、見えてきた。あそこよ、あそこ」
「? 生産ギルドじゃないんですか」
見えてくるのは、普通のお店に見える。
「NPCの職人とこに、弟子入りしてるのよ。ほら、ギルドは混みまくってるでしょ。君も弓売ってる店を回ったら弟子入りさせてくれるとこあるかもしれないわよ?」
へぇえ。街も結構奥深いな。うーん。今の弓作りは、現実で調べたとはいえ、かなり我流だ。ちょっと教わってみたいかな。
そうしてる間に、店の周囲をグルリと回って、店の裏手へたどり着いた。
「ちょっと待っててね。ごほん。ケンさーん! ハルでーす! 納品に来ましたよー!」
ガチャンと勝手口が開く。出てきたのは大柄な男性だ。最初にハルさんを見てから、こっちに目を移された。
す、すごい眼力だ。ま、正に厳しい職人のイメージそのまま。値踏みされてるよ、俺。そして……。
「あらー! かわいい男の子じゃないん!」
いきなり、抱きしめられた。
ええええええええ!?
「え、あ、え!?」
混乱、こんらん、また混乱。頭の中がぐっちゃぐちゃだ。
「ふんふん、肩は結構筋肉ついてるわねぇ。スポーツで鍛えたっぽくは無いけど。足は自転車かしらん。ふんふんふん。骨格はこの年代としては平均的ぐらいねぇ。腰周りは引き締まってる。……軽い筋トレくらいはしてるみたいねん」
全身ベタベタ触られる。オカマ口調のゴツい男性に。なんだ。な、何が起こってるんだ!?
「ケンさん、ケンさん。その辺にしといあげてよ。キサカくん、ドン引きしてるじゃない」
「あら、ごめんなさぁい。私ったら気がせいじゃって」
そこで、やっと解放される。
「は、ハルさん。一体何が……?」
「キサカくん、落ち着いて。はい、どうどう。ケンさんは寸法測ってただけだから」
「す、寸法?」
い、今のベタベタしたやつが?
「ケンさんも、事前に一言断ってよね」
「え? ハルちゃん話してくれてないの? 私、アポとってくれてたから、てっきりそこらへんは、話ついてると思ってたんだけど。この採寸の仕方、嫌がる人もいるし……」
ほうほう。つまりは……。
「ハールさあんんん!!」
「い、いやあ。ちょっとからかってみたくて。ご、ゴメンね?」
テヘッて笑っても誤魔化されんぞ!
「キサカくんだっけ。ゴメンねぇん。服はともかく、鎧は動きを阻害しないのが大事だから、普通の採寸だけじゃなくて、イロイロ触って筋肉の可動範囲を確かめることにしてるのよん」
「え、あいや。ちょっとビックリしましたけど。大丈夫です」
「本当? ありがとねぇ。ハルちゃんはチョットお仕置きしとくから、勘弁してあげて」
「あ、あのケンさん? ちょっとした冗談だから勘弁してくれないかなって」
「ハルちゃんの3サイズは……」
「うわああ!!」
おお、すげえ。あのハルさんが手玉に取られてる。
数分後、幾分げっそりとしたハルさんを横に、本格的な採寸が始まっていた。
「ふんふん、ちょっと弓、引いてみてくれる? どういうふうに動くのか見てみたいの」
「はい、これでいいですか?」
「OKよ」
ケンさん曰く、エルドラド・オンラインでは、もちろんステータスによる補正はあるけど、基本的な体の動き……というか癖は現実と同じなそうだ。
大概の人が顔は変えても、体格とかは現実のスキャンをそのまま利用している。そのため触って筋肉のつき具合を確認するのも有効らしい。
もちろん、いつもは許可をもらってから触っているらしい。……つまり、ハルさんが悪い。
「にしても、本当にいいんですか? タダで作ってもらっても」
「大丈夫よ。その分ハルちゃんが素材を値引きしてくれたから」
「あうう、利益が吹っ飛んでいくー」
「これに懲りたら、あんまり人をからかうのはよしなさいよ、まったく」
一通り、話はついた。だが、どうしても聞きたいことがある。でもなあ、メチャクチャ失礼な事だし……。
ええい、言ってしまえ!
「あのー、ケンさん?」
「あら、なにかしら」
意を決して告げる。
「け、ケンさんってオカマなんですか?」
あ、空気が凍った気がする。
けど、ケンさんは苦笑しながらも困った様子ではない。
「うんうん、いつ聞いてくるかなって思ってたわ」
「す、スンマセン」
「あら、いいのよ。皆聞いてくるし」
「アハハ、キサカくん。ケンさんはお嫁さんいるよー? エルドラド・オンラインも一緒にプレイしてるのよね。戦士プレイだから外に出てるけど」
ハルさんから爆弾発言が飛び出した。
「うえぇえ!? じゃ、なんでそんな話し方なんすか」
「あら、そんな変かしらん? 私、現実でも服飾の仕事してるけど、こんな話し方の人多いわよ? 女の子に受けがいいのよねー」
せ、世界は広い。
「だから、恋の対象は女の子。心配しなくても大丈夫よん♡」
「いえもう、なんか、スンマセンっしたー!」
頭を下げる。まあ、これで安心できたし、お世話になる人だ。失礼なこと聞いたし、しっかり謝っておこう。
「うんうん、礼儀正しくてよろしい。でも、そんな恐縮しなくて大丈夫よん? ホント出会う人、皆から聞かれるし、ハルちゃんも最初は聞いてきたもんねぇ」
「あ、アハハ」
ハルさんは誤魔化し笑いを浮かべている。
「防具の方、普通の鹿革の方は、すぐ出来るわ。これからまだ鍛冶屋も行くんでしょう? 終わった後くらいに来てくれたら、仕上がってると思う。トライホーンの方は、そうよねぇ。チョット気合入れないといけないから、ゲーム内時間で、1週間は最低欲しいのよねぇ。いいかしら?」
「十分っす。えっとフレンド登録してもらってもイイですか?」
「あら、モチロンよ。それじゃ、出来たらフレンドメールで連絡するわね」
よっし。フレンド2人目GET!
……生産関係の人ばっかだなあ。まあ、いいか!
手を振って勝手口から出た。移動の時に店を改めてみたら、これまたごっつい人がカウンターに座ってる。……アレがNPCの師匠さんなのかな。よく見ると、鎧とかに混じって、ド派手なドレスも置いてある。……間違いなくケンさんの趣味だ。
「どう? ケンさん、変わってるけどいい人っしょ。最初はビックリしたとは思うけど」
「ぶっちゃけ、ハルさんが変な気起こさなければ、もっとスムーズに交流出来たと思うんですけど」
「小さなトラブルくらいなら、いい話の種になるんだよねー。ま、次の鍛冶屋さんは、あの人ほどはインパクト無いから大丈夫」
「ケンさんくらい、インパクトある人って、あんまいないすよ」
「ま、MMOって色んな年代の人とも同じ目線で話せるからねー。普段の生活よりも変わった人と会えると思うよー?」
ま、ハルさんも現実の周囲にはいないタイプだしね。同じゲームをしてて、話題が合うというのも大きな交流の要因な気がする。
「今度もお店ですか?」
「ううん、今度の人は、郊外に小屋建ててる。まだ施設は簡易だけどねー。将来性あるから、かなり初期投資してんのよ」
「もう、建ててんすか!?」
すげー。現実時間は、全然流れてないのに。3倍の加速時間でも1週間もたってない。どうやったら、そこまでいけるんだ。
「だから、まだ施設は簡易だって。初期の鍛冶セットで、一通りの道具作りの最中じゃないかな? 特に炉を作るのは、かなり先だね。それでも形になったら、かなりイイもん出来ると思うのよねー」
「その人もβプレイヤーですか?」
「いや、あの子は発売日組ね。けど、シッカリしてるから期待してるのよね」
「へー」
ハルさんの知り合いだから、βプレイヤーだって、先入観があった。てことは、自分と同じ立場か。うん、これはちょっと楽しみだ。
どんな人かなー? 新しい出会いを想像して、胸が高鳴る。
道を行くキサカの足は、高揚で軽かった。