プロローグ
クトゥルフ神話がベースになっているお話です。
伝奇作品として扱っていただければいいのかなぁ、と思います。
閉鎖された空間、閉鎖された都市。
絶望の残された街、希望に捨てさられた街。
悪夢のような世界、世界のような悪夢。
僕は知っている。
僕は知っていた。
ぼくらは、××する。
あの日、そう遠くない未来の昨日から。
失うためだけに生きている存在はない、とアイツは言った。
しかし現実はどうだろうか。
僕らは確かに、生きている限り失うだけではない。
刹那、瞬間、一刻、確かに充足し、何かに与えている。
でも。
僕は知っている、他ならぬアイツ自身が失うだけでなにも得られてはいないことを。
身体の節々が痛い、無理な駆動のせいか摩耗している。
突き刺さる悪意も、わけのわからない悪魔も悪夢も、あの日と変わらない。
ただ、彼女の安否を確認したい、否、彼女の無事を確かめたい。
今の僕が死ねない理由はそれしかないのだから。
身体が欲している酸素、心が欲している彼女。
後者はあの時にいなかったけれども、この苦しさは知っている。
口腔に海水の味がした、肺と胃は光の通らなかった黒い水で満たされた。
改めてぼくが僕であることを確認すると、足に更に力を加えて走り出す、が、身体がバランスを崩した。
身体の無理がここにきて頂点に達したという訳ではない。
僕を支えている、地面自体が揺れているのだ。
立っていられないほどの地震、しかし周囲にその影響はない。
どういうわけか、これほど大きな地震であるのになにもなかった。
僕の真下のみ、地面が揺れている。
歩道にヒビが入る、突如、この世の悪意をかき集めたかのようなうめき声が聞こえた。
ヒビの隙間から覗き込んでくる鈍い光。
これだ、この光のうめき声だ。
僕は知っていた。
この光は、犬の眼だと。
これは、犬だ、猟犬だ。
僕は犬に噛まれる、咬み殺される。
逃れようがないのだ、この犬からは。
ただ、異常の中の、なす術もない普通の人間のような死。
救いはない、奇跡は起きない。
なんの抵抗もなく死に、なんの感慨もなく殺される、ただの人間として。
あっさりと、空気のように。
異常に対し、そんな有り触れた結末。
ーーそんな、救いが僕にあるか?
日常は終わった。
普通も常識もなにもかもがなくなった。
世界は、始まりを迎えようとしていた。
今回は前回の失敗を踏まえて、章ごとに更新します。