*
公園へと着くと、一直線に河原へと行き、滝壺のある場所まで走って行く。木々がバチバチと体に当たろうが、気にせず突き進む。ゼェゼェと息を切らせながら、滝壺までやってくると、大石を力一杯蹴飛ばした。
「どこだ!どこに居る!出て来い妖精共―!」
森中に響き渡る位、大声で叫ぶ。何度も、何度も。余りの大声に、木に止まっていた鳥は、羽ばたいて逃げ出してしまう。
「出て来い!トビーに何を吹き込んだー!」
全身の力を使い、腹の底から大声で叫ぶが、ヒューストの叫び声は、木々の中へと吸い込まれる様に消えて行くだけだ。
ヒューストは周りをクルクルと回りながら見渡すが、何の声も聞こえず、何の姿も見えない。薄暗い滝壺の周りには、只無言で木々が立ち尽くすだけだ。
「出て来い!何故だ!何故トビーを死なせた!教えろ!」
ヒューストは全身から怒りを込み上げさせながら、泣き叫ぶ様に叫んだ。
それでもやはり、何の声も聞こえず、ガックシとその場に膝を着いた。そしてポケットの中から、石を二つ取り出すと、乱暴に大石に投げ付ける。
ヒューストは滝壺の入口に生える蔓を掴み、思い切り引っ張り上げた。蔓は青光りする石が詰っている、穴の中に繋がっている。
力一杯引っ張り上げると、砂利道に喰い込む様に繋がっていた蔓が、メキメキと音を立てながら、上へと持ち上げられる。顔を真っ赤にさせながら、足を踏ん張らせて、力の限り引っ張った。すると、沢山の青光りする石が詰っていた穴が、徐々にと地面に浮き上がる。
ジンジンと手が痛み出すが、そんな痛み等気にする事無く、もう一度力一杯引き上げた。その瞬間、ボトルのキャップが抜ける様に、浮き上がっていた地面事、一気に蔓が引き抜かれる。その下からは、大石の下以上の量の青光りする石が詰っており、蔓が引き抜かれた勢いで、石が外へと散らばった。あちこち地面に散りばめられた石は、キラキラと輝き、その辺一帯を、青い光で照らした。
「こんな奥まであったのか・・・。こんなに沢山・・・。」
蔓を引っこ抜いた穴から、沢山の石が光を発し、眩しい位に青く輝いている。
「何故だ!何故トビーを死なせた!何故トビーは死んだんだ!」
石に向かって、再び大声で叫んだ。しかし石は、只キラキラと光っているだけで、昨夜の様に光の中に人影も映らず、声すら聞こえない。
と、遠くから、ヒューストの名を呼ぶ声が聞こえて来た。
ヒューストは声のする方を勢いよく振り向くと、そこにはヒューストを呼びながら、こちらへと走って来るジェイクの姿が見えた。
「ジェイク・・・。」
ジェイクはヒューストの元まで辿り着くと、息を切らせながら、散乱した石の数と光に驚く。
「何だ・・・この石の数・・・。どこからこんなに・・・。何があった?」
泥塗れで地面に膝を着き、輝く石に囲まれているヒューストの姿を、ジェイクは心配そうに見つめる。
「ジェイク!地面の中に、まだこんなにも石が詰っていた!こいつのせいだ!こいつがトビーやジェシーに、色々と吹き込んだんだ!」
ヒューストは石を、何度も拳で殴り付けた。
「止めろ!止めろヒュースト!石は関係無い!妖精も!俺の話を聞け!」
慌ててジェイクはヒューストの腕を掴むと、同じ様にその場に膝を着き、ヒューストと目線を合わせた。
「よく聞け!ジェシーは人格形成プログラムと言う、乳児期からの特殊育成に参加していたんだ!」
それを聞いたヒューストは、ピタリと拳を止め、驚いた顔をする。
「何?それは・・・そのプログラムは私も知っている!トビーも受けていた物だ。マックスが病院を調べたが、ジェシーは参加していなかったはずだぞ。」
「あぁ、俺もマックスから聞いたよ。だがジェシーは受けていたんだ。」
「だが、リストには載っていなかったはずだ。居たのは別のジェシーだ。」
「その別のジェシーが、そうだったんだよ。」
「どう言う事だ・・・?」
不可解な顔をするヒューストに、ジェイクは今まで調べていた事を、話し始めた。
「俺はずっと、ジェシーの事を調べていたが、ジェシーの今の父親は、再婚相手で義理の父親だ。ハドソンは、義理の父親の名だ。ジェシーの本当の父親の名前は、アーサー。ジェシー・アーサーだ。この町の反対側に在る町に住んでいる。プログラム参加は0歳から三歳の間だ。ジェシーは一歳の頃から参加をしている。だからリストには、その時の名前と、住んでいた住所が記載されていたんだ。ジェシーの両親が離婚をしたのは、彼女が五歳の時だ。」
「何だと・・・?だが、それなら変更手続きをするはずじゃ・・・。」
唖然とするヒューストに、ジェイクは溜息混じりに言う。
「離婚の際、母親に親権を譲る変わりに、変更手続きをしない約束をしたそうだ。前の父親にも会って来て聞いたが、寄付金の為だそうだ。寄付金を父親に譲る変わりに、母親はジェシーの親権を手に入れたんだ。」
「だが・・・他の子供は何もしていないぞ・・・。それにプログラムは真っ当な物だった。私もプログラムとの関連性を疑ったが、同じ事件を起こしたのは、トビーとジェシーだけだ!妖精が見えていたのも!この場所だって!それに、私も聞いたんだ!石の中から声を!トビーの母親も、妖精を見ていた!」
必死に訴えるヒューストだったが、その姿を見て、ジェイクは大きな溜息を吐いた。
「ヒュースト!お前も操られ掛けている!よく聞け!プログラムは、真っ当な物等じゃない!あの病院は、子供を実験体にしていたんだよ。その親もそうだ!だからトビーの母親も、妖精だ何だと言い出したんだ!よく思い出せ!お前だって何度もあの病院へ行っているだろう?知らない内に、何かされていたんだ!」
「だが・・・プログラムは国が実施していた物で・・・。マックスも何も出なかったと言っていた。」
「マックスも病院内に入っている!警察皆纏めて、病院側に化かされたんだ!あの病院は、国からの援助金を貰っているだけで、プログラムは独自に行っていたんだ。俺は一度もあの病院に行っていないし、外から調べたから正気だ。だがお前は正気じゃない!マックス達もだ!」
ヒューストはふと、トビーの言っていた言葉を思い出す。確かトビーは、どこからか音楽が聞こえて来たと言っていた。妖精の言っていた知らない言葉と共に。そして始めてトビーと会った日も、音楽が聞こえて来たとも。
それを考えると、ジェイクの言う通り、知らない間に自分も洗脳されてしまっていたのだろうか?だがそうなると、マックス達はどうなる。大勢の警察を、どうやって騙すのだろう。国の極秘プロジェクト等と言う大嘘を、簡単に信じるはずがない。やはり全て、ジェイクの言う通りだとは思えなかった。
「しかし、だからと言って、どうやって大勢の捜査に来た警察を騙す?私一人ならともかく・・・。それに、何故トビーとジェシーだけなんだ?プログラムとは別に、やはり妖精の仕業も有る筈だ!」
「頼むから、目を覚ましてくれ!ヒュースト!」
ジェイクは何度も大きく、ヒューストの体を揺すった。
「しかし・・・分からない事だらけだ・・・。」
ヒューストは頭を抱え、その場に蹲まってしまい、ジェイクは軽く息を吐いた。
「いいか、よく聞け。意識誘導だ。」
「意識・・・誘導?」
ヒューストはゆっくりと顔をあげると、不思議そうにジェイクを見つめた。ジェイクは真剣な眼差しで、じっとヒューストの目を見ながら話す。
「そうだ。ある一定の周波数の音と、視覚情報を脳内に送る事で、相手の意識を向けたい方向へと誘導する事が出来る。あの病院の一角・・・つまりトビーが居た場所や、捜査員達が行った場所だ。そこだけは室内も全て真っ白に塗られ、その周波数が入った音楽を流していたんだ。微かに聞こえる位小さく。プログラムを行っていた場所もそこだ!捜査員達は、無意識に偽装された情報しか無い場所へと誘導され、その場所意外には、気付かなかったんだ。」
「真っ白い部屋に・・・音楽・・・。」
ヒューストは目を真丸くさせると、夢から覚めた様に、気付いた。
「そうだ!確かトビーと面会していた部屋も、真っ白だった。トビーの病室も・・・。それにトビーは言っていた。たまにどこからか、音楽が聞こえて来ると。」
「そうだろう?お前も、知らない間に洗脳され掛かっていたんだよ!」
ようやく目を覚ましてくれたかと、ジェイクは嬉しそうな顔をするも、ヒューストはまだ腑に落ちない点が多く、悩み始める。
「だが待て・・・。何故白何だ?それに・・・何故妖精が出て来る?トビーは妖精の言葉も聞こえたと言っていた。それに・・・石は?この石から聞こえた声は?トビーの父親も、国がやっている物だと言っていたぞ?トビーの母親が見た物はどうなる?」
そんなヒューストの疑問に、ジェイクは一つ一つ答えた。
「白衣だよ!病院へ行き、白い白衣を着た医者に会う。その医者に真っ白な空間へと連れて行かれ、無意識にここだと決めつけてしまったんだ。妖精の言葉では無くて、何かの暗示を掛ける様な音だろう。石は只の幻聴だ。お前はあの部屋で、散々トビーから妖精の話しやら、石の話を聞かされていたからな。それに、プログラムの初期段階は、親子参加だ。両親揃っての参加なんだから、大人なら催眠術でそう頭の中に植え付ける事が出来る。催眠療法も行っていたんだからな。トビーの母親だけは、ずっと一緒に参加をしていたから、彼女も妖精がどうとか言ったんだ。」
ジェイクの説明を聞いたヒューストは、今まで自分が得た情報と、分かり掛けていた事を頭の中で整理する。
トビーとジェシーの殺人の動機。二人が受けていたプログラム。妖精の話し。さようならの意味。魔法の石。トビーの母親の日記。ジェイクからの新しい情報。それら全てを繋ぎ合せると、ようやく一つの線になる事が分かった。
「分かった・・・分かったぞ!やはりプログラムと妖精は、関連していたんだ!」
「おい・・・ちょっと待て。関連って・・・どう言う意味だ?」
今度はジェイクが、不思議そうな顔でヒューストを見つめると、ヒューストは少し興奮気味に、聞いて来た。
「ジェイク!プログラムの参加者は、全部で何人だ?」
「えっと・・・確か6人だったが・・・。」
戸惑いながらも答えると、ヒューストは嬉しそうに両手を叩く。
「やっぱりだ!そうか、そう言う事か!年齢は?今参加している子供達の、年齢は何歳だ?」
「年齢は・・・ちょっと待て。」
ジェイクは慌てて、ポケットの中から手帳を取り出すと、手帳のメモを見ながら答える。
「えっと・・・トビーとジェシーが十歳で丁度同い年で・・・。他の子は、八歳が一人。六歳が二人。五歳が一人だ。どう言う事だ?」
「確かトビーの父親は、六歳で契約が終わると言っていた。だが母親が続けさせたいと言い、続けさせ、その結果二人は対立して離婚となった。ジェシーの両親は、彼女が五歳の時に離婚をしている。その原因も、きっとプログラムを続けさせるかどうかでだろう。結局ジェシーも、プログラムを続けていたはずだ。父親が寄付金を受け取る条件を出しているからな。」
「あぁ、確かにジェシーも、プログラムを続けている。」
ジェイクが補足すると、ヒューストはまた両手を叩いた。
「やっぱりだ!きっとその八歳の子も続けているはずだ!他の四人も、両親のどちらかが続けたいと言い出すはずだ!きっと六歳が境目なんだ!トビーの主治医は、『トビーは特別だ』と言っていた。それはきっと、妖精を見始めた時期だ!」
「妖精だって?この後に及んで、何でまだ妖精に拘るんだ?」
軽く呆れるジェイクに対し、ヒューストは瞳孔を開きながら、叫ぶように言う。
「これは妖精を見る為の、プログラムだからだ!」
「妖精を見る為の?おいおい、勘弁してくれよ!確かに真っ当な物ではないが、そんな物の為に、赤ん坊を使って実験をするのか?」
余りの下らないヒューストの答えに、ジェイクは呆れ返ってしまう。だがヒューストの勢いは、止まる事は無い。
「間違いない!そうすれば、全ての辻褄が合うんだ!理由は私にもまだ分からないが、それならば説明が付く。トビーは四歳の時、始めて妖精を見た。誰よりも早かったんだ。だから特別なんだ。トビーの母親も見たと言うのは、長い間一緒に治療を受けに、病院へと行っていたからなんだ。お前の言っていた通り、あの一角は普通じゃ無い。私もそのせいで、石から声が聞こえる様になった。母親もきっと同じだ。あの部屋でトビーから妖精の話しを聞かされ、無意識に見える様になってしまったんだ。だが催眠術には完全には掛かっていなかった。あれだけ事細かく書いていた日記に、国が実施している物だとは、書かれていなかったんだ。母親はそれとは別に、良い子に育つトビーに酔いしれていただけなんだ。」
「ちょっと待て!それでどう辻褄が合うんだ?」
「トビーは妖精の数は、六人だと言っていた。たまに一人増えると。参加者の子供の数も六人。七人目は、きっと母親だ!ほぼ成功をしているプログラムなのに、やたらと数が少ないのは、きっと妖精の数と併せていたからだ。何故だかは・・・まだ分からないが・・・。」
「何だよ?全部分かったんじゃないのか?」
所々分からない事が混じってしまうヒューストの話しに、ジェイクは拍子抜けをしてしまう。ヒューストも少し拍子抜けすると、困りながらも言った。
「仕方がないだろう?今手元に有る情報だけで、解いているんだから。」
「それで?どうしてプログラムが、妖精を見る為の物なんだ?」
「それは、治療方法だ!やっている事は心理学的に、普通な事ばかりだ。良い子にする為のプログラムと言うが、実際はピュアな子を作る為のプログラムなんだ。それならば、赤ん坊の時から始めた方がいい。それに音楽の中に、妖精の言語を入れる。発音に慣れさせ、見付けやすくする為だ。」
ヒューストの話を聞き、ジェイクも戸惑いながら、トビーとジェシーの接点を上げた。
「仮にそうだとして・・・。確かにトビーとジェシーの接点は多い。同じプログラムに参加。二人共両親は離婚。それに妖精を見ているし、同じ学校に通い、住んでいる町も同じだ。二人共この河原を知っているし、この変な石も持っていた。何より同じ動機で殺人を犯している。」
「だからやたらとジェシーが絡んで来たんだ!」
ジェイクはしばらくその場で考え込むと、床に散らばる石をじっと見つめた。
仮にヒューストの言う通り、妖精を見るプログラムだったとしても、その目的が、どんなに考えても見当らない。何より、トビーの死が不可解だ。
「だがヒュースト。お前の話を信じている訳ではないが、目的は何だ?妖精を見させ、何がしたい?結局二人は人を殺している。トビーに関しては、自殺している。殺人鬼の子供でも、作ろうとしていたのか?」
ジェイクのその疑問には、ヒューストも同じ事を感じていた。
「そうなんだ。それが私にも分からない・・・。せめてトビーが自殺をした理由さえ分かればいいんだが・・・。だが二人が殺人を犯した事は、間違いなく妖精のせいなんだ!純粋な心の子供だ。素直に言う事を、そのまま受け入れてしまう事を知っていて、さようならの意味等を吹き込んだんだ。きっとその他にも、色々と吹き込まれていたはずだ。」
「おいおい。まさか真犯人は、妖精だとでも言いたいのか?」
苦笑いをするジェイクとは対照的に、ヒューストは真剣な顔で頷く。
「そうだ!二人共妖精に操られていただけだ。お前の言っていた、洗脳だよ!洗脳・・・。そうか!その為のプログラム!その為の、妖精が見えるプログラムだったんだよ!」
「その為の?本気で言っているのか?妖精の目撃情報は確かに昔から有るが、その子達は殺人等犯していない!」
「だから!それは途中から見たせいだ!始めから妖精を見る前提で育てられた子達は、妖精の言う事なら何でも信じる!そうで無い、突然妖精が見えた子は、始めは疑ってしまうだろう?その疑いを持たせない為にも、赤ん坊のころからプログラムで洗脳していたんだ!」
真面目な顔で、ふざけた事を言って来るヒューストに、ジェイクは思わず鼻で笑ってしまう。
「ふざけるのもいい加減にしろ!それは有り得ない!洗脳は事実だろうが、きっとそれは殺人鬼の子供を作る為の物だ!トビーが自殺したのは、後処理だろう。いいか、妖精なんて物は存在しないし、関係無い!事実は、人格形成プログラムと言う、イカれた実験をしていたと言う事なんだ!そしてお前も、その実験のせいでイカれ掛かっている!」
ハッキリとジェイクが言い放つと、ヒューストは怒り任せに言い始めた。
「だったら何故、純粋な子供を育成する治療ばかりなんだ?殺人鬼を作りたいのなら、別の方法でやるだろう!それなのに、トビーは誰から聞いても、とても良い子だと言う回答しか返って来ない!それに、相手は?殺す相手は、どうやって決める?無差別か?標的が居るのなら、そいつを殺しているはずだ!だがトビーもジェシーも、身内を殺している!無表情で『さようなら』と、言ったからだ!それは死ぬ者が言う時の言葉。現にトビーの母親は自殺を決意していたし、ジェシーの祖父の寿命も僅かだった!」
「それはまだ、実験段階だったからだ!今に思う様に操れる子供が、出来上がるに決まっている!」
「だがお前は、病院側が、トビーを死なせるはずが無いと言っていた!自分の言った言葉を忘れたのか?」
「あぁ、覚えているさ。それはトビーが参加者の中で、一番優秀な成績を収めていたから、そう簡単に手放すとは思えなかったからだ。」
「それは合っているだろう。現にトビーの主治医も、自殺には驚いていた!・・・待てよ?」
突然今まで興奮して話していたヒューストは、ピタリと体を止め、トビーの主治医の言動を思い出す。
確か主治医は、トビーは、普段は口数が少なく、大人しい子だと言っていた。だからこそ、トビーの見張りを外す申し出も、暴れる危険性が無いから了承したのだと。そして何より、時たまトビーが誰かと会話をしている事を、不確かそうに話していた。妖精の事に関し、秘密にしているのであれば、そんな事は言わないだろう。だが主治医は、刑事である自分のその事を話し、何よりトビーから、妖精の話を聞いている気配は全く無かった。
トビーは病院側に妖精の話はしていない、と言っていたが、それは紛れも無く事実だろう。そうなると、また一つ疑問が浮かび上がるが、ジェイクの話を聞いた後だからこそ、その疑問もすぐに解けた。
「そうか・・・主治医も、その他の医師達も、プログラムの本来の目的を、知らないんだ。プログラム自体は違法だと分かっていたが、参加者の両親と同じ様に、社会的に真面目な子供を育てる、教育プログラムの臨床実験だと思っているんだ。」
突然のヒューストの話しに、ジェイクは首を傾げた。
「何?って事は・・・医者達も騙されているって事なのか?そんなのは・・・有り得ない!どうやって?それに何の意味がある?」
「妖精を見る為の臨床実験なんて物に、金を掛けられるはず無いだろう?だからだよ!だが育成プログラムと言う話しなら、普通に賛同するだろう。成功して認可が下りれば、儲かる!お前の言っていた、意識誘導だ!医者達は妖精の話を全く知らないから、病院内に居ても、変な体験はしないんだ。」
「ちょっと待て!なら医師達は、無自覚で妖精が見える様になるプログラムをしている、と言う事か?そうだとしても、やっている事が普通の育成プログラムで、どうして妖精が見える様になる?それこそオカシイし有り得ない!」
今一よく分からないヒューストの話しに、ジェイクは首を傾げるばかりだ。そんなジェイクに苛立つヒューストは、怒鳴る様に言う。
「分からないのか?妖精を見る為に必要な物とは何だ?ピュアだよ!ピュアな心だ!育成プログラムは、ピュアな心を作る為の物!自然と妖精が見える心を作るのと、同じなんだよ!」
「ピュアだと?だったら俺だってピュアな心を持っているぞ!だが俺には妖精は見えない!お前はピュアだから、石から声が聞こえたとでも言うのか?笑わせるな!」
まるで自分は汚れた心の大人だと、馬鹿にされた様な気分になってしまい、ジェイクは怒り始める。
「大人の中にだって、未だピュアな心の持ち主は居るはずだ!それなのに見ていない!俺だって、ピュアな恋心だって持っているんだ!確かにまっさらなピュアの心を作るには、赤ん坊の頃から育成した方がいいかもしれないが、そんなふざけた理由で妖精が見えるか!」
「別にお前が、ピュアじゃないと言っている訳では無い。只まっさらな心なら、何事もすんなりと受け入れるだろう?その為にも必要な、ピュアな心なんだ。お前の恋心なんて知らないよ。」
突拍子も無いジェイクの怒りに、流石のヒューストも少し呆れてしまう。だがジェイクの怒りが治まる様子は無い。
「俺は誰よりも一途なんだ!この心は、ピュアじゃないと言うのか?ピュアだよ!なのに何故俺には見えない?ここは妖精の隠れ家なんだろう?こんなに沢山転がっている石から、何の声も聞こえないぞ!」
「ジェイク!話が逸れているぞ。私が言いたいのは、医者達も知らない間に、妖精が見えるプログラムをさせられている、と言う事だ!と言う事はつまり、裏で糸を引っ張っている人物が居るとう事!そいつこそが、真犯人だと言う事だ!」
最後の真犯人、と言う言葉に、ジェイクの怒りはピタリと止まった。
「真犯人・・・。確かに、お前の言う通りだとすると、黒幕が居る事になるな・・・。妖精は分からないが、俺がプログラムを調べている時、不正のプログラムと言う事は分かったが、医師達の経歴は真っ当な物だった。」
「ジェイク、そのプログラムの考案者は分かるか?責任者でもいい。」
ジェイクは冷静さを取り戻すと、手帳をパラパラと捲り、メモを見た。
「あぁ・・・プログラムの責任者なら、分かる。ピーター・グレイと言うベテラン医師だ。まぁ、老体だからな。」
その名を聞いたヒューストは、一瞬耳を疑ったが、驚きながらも重要な事を思い出す。
「グレイ?グレイだと!確かこの河原の地主の名前も、グレイだ。マッキーニ・グレイ。マックスに調べて貰った。この町の隣に住む、農家の老人だ!」
それを聞き、ジェイクも驚いてしまう。
「何だって?それは本当か?同じグレイ・・・。ちょっと待て。」
そう言うと、ジェイクは慌ただしく携帯をポケットの中から取り出し、マックスへと掛けた。
『はい、マックスです。』
マックスが電話に出ると、ジェイクは慌ただしく話した。
「マックスか?今ヒューストと一緒に居るんだが、今すぐに調べて欲しい事がある。マッキーニ・グレイと、ピーター・グレイの関係性について、調べてくれ。血縁関係かどうか。何でもいい、共通点を調べろ。」
『あぁ・・・ちょっと待って下さいね。今署に居るんで、すぐに分かると思います。』
マックスがそう言うと、しばらくは無言のまま、ジェイクは携帯を耳に当て、その場で待ち続ける。
答えが待ちきれない様子で、ジェイクは時たま苛立たせる様に、足で地面を蹴飛ばす。すると受話器から、マックスの声が聞こえて来た。
『分かりました。二人は兄弟の様ですね。マッキーニは、ピーターの兄です。』
「何だって!それは・・・間違いないのか?」
『えぇ。』
「そうか、分かった。また後で掛け直す。」
ジェイクは電話を切ると、ヒューストを指差し、落ち着いて聞く様に促す。
「ヒュースト、お前の妖精説は置いといて、二人は兄弟の様だ。二人が、共犯の可能性がある。」
それを聞いたヒューストは、ジェイクの促しも無意味に、またも興奮して話し出してしまう。
「そうか・・・そうか!やはりこの河原も関係していたんだ!分かった、分かったぞ!ジェイク、お前の言う通り、二人は間違いなく共犯者だ!ピーターが病院でプログラムを行い、マッキーニが保持する妖精が居るこの場所へと、連れて行く。トビーとジェシーが近所に住んでいるのは、きっと偶然なんかじゃない!途中ここに引っ越しをさせられたんだ!多分境目の六歳頃!それはこの河原が有るから!近くにマッキーニが住んでいると言う事も有る!」
「ヒュースト、だから妖精は・・・。」
言い掛けているジェイクを尻目に、ヒューストの力説は続いた。
「寄付金だ!それで治安も環境も良いこの町へと、引っ越す事が出来るんだ!ジェシーは、寄付金は父親の物だったが、引っ越し自体は出来た。それはこの町に住まないと意味が無いからだ!妖精の住む近くでないと!マッキーニはきっとトビー達と会っている。マッキーニが、この場所を教えたんだ!」
「確かに・・・トビーもこの町へは越して来ている。だがお前の言う通りだとすると、他の参加者の子供も、この町に居ると言う事か?」
ジェイクの問い掛けに、ヒューストは力強く頷いた。
「あぁ、間違いない!少なくとも八歳の子は、とっくにこの町に居る筈だ!リストに載っている子供の現住所を調べれば、すぐに証明される。」
「分かった、マックスに調べる様に、頼んでおこう。」
「やったぞ・・・これで全てが繋がった!やはりプログラムと妖精は、繋がっていたんだ!全てグレイ兄弟の犯行だったんだ!」
ヒューストは今までで一番嬉しそうに、雄叫びを上げる様に叫んだ。
ジェイクはそんなヒューストを、溜息混じりに見つめると、マックスへと連絡をしようとした。
しかし突然、地面に山ほど転がっていた青光りをする石が、とても強い光を発し始める。その光は石の数から何重にも重なり、一つの石の数倍にも明るく輝き、滝壺一帯を真っ青な光で包んだ。
「な・・・何だこれは・・・。」
「おいっ!何が起こっている?ヒュースト!」
ジェイクに聞かれるも、ヒューストにも分からず、突然の事に二人は驚きながら、足元に転がる石を見つめた。
光は二人の体までも包み、一面を青く輝かせると、まるで海の中にでも居る様な世界が広がる。
「これは・・・なんて美しいんだ・・・。」
ジェイクがポツリと呟くと、ヒューストは透かさす、「シッ!」と人差し指を立てた。
ヒューストはじっと聞き耳を立て、周りの音に集中する。すると微かにクスクスと小さな笑い声が聞こえた。
「聞こえた・・・。」
今度はヒューストがポツリと呟く。
「何?何がだ?」
不思議そうに聞くと、ジェイクの耳にも、どこからか笑い声が聞こえて来る。それを耳にしたジェイクは、ハッと足元に転がる、石を見つめた。
「笑い声・・・。下から笑い声が聞こえて来る。」
ジェイクは空耳ではないかと、何度も自分の耳の中を指で穿る。しかし笑い声は次第に大きくなり、やがてハッキリと聞こえて来る様になった。
クスクスと囁く様に笑っていた声は、「アハハハハ」と大きな笑い声に変わり、何重にも重なる。その声は其処等中に響き渡った。
「何だこの笑い声は!」
ジェイクは不気味に思え、思わず顔を歪ませる。
「妖精だ!妖精の笑い声だ!」
自信満々にヒューストが言うと、ジェイクは信じ難いが、確かに笑い声の元は、石の方から聞こえて来ている。その声が、反響をして周り全体に響いている様だ。
「妖精だって?こんな気味悪い笑い声が、妖精の物なのか?」
笑い声の中から、時たま『見付けた』『グレイを見付けた』と言う声が混じる。
光が一瞬物凄い眩しさで一気に光ると、余りの眩しさに、二人は目を瞑った。
次に目を開けると、五つの卵位の大きさの光が宙へと浮かび、二人の周りを囲む様に浮かんでいた。その輝きは青色では無く、色々な色をしている。
やがて五つの光が少し弱まると、光の中から人影が浮かび上がる。徐々にと光が治まって行くと、人影はハッキリと姿を現せた。
小さい体に、真っ白な肌。その背には透き通った羽が生えている。体の周りを光が纏い、何とも美しい姿だ。トビーの話していた、妖精の姿そのままだった。
二人は目を真丸くさせ驚くと、何度も自分の目を擦る。幻ではないかと疑うが、二人して同じ物を見ている。
「だから言っただろう!やはり妖精は居たんだ!」
声を震わせながらヒューストが言うと、ジェイクは微かに体を震わせ、頷いた。
「あぁ・・・だから言っただろう!俺だってピュアだと!」
信じ難い光景に、二人は動揺を隠せない。
妖精はまたクスクスと笑い出すと、あちこちを物凄い早さで飛び回り始めた。
「ヒュースト!どう言う事だ!俺はあの病院へは行ってないぞ!なのに妖精が見えている!やっぱり俺はピュアなんだ!」
ジェイクは飛び回る妖精を、目で必死に追いながら叫ぶと、ヒューストも同じ様に叫んだ。
「トビーは言っていた!本当に仲良くなりたいと思えば、姿を現すと!お前も、私も、無意識にそう思ったから、あっちから姿を現したんだ!」
「仲良くなりたいじゃない!俺は自分のピュアさを証明する為だ!」
「私だって!プログラムの正体を証明する為だ!」
二人して張り合う様に叫び合っていると、一人の妖精がヒューストの元へと近づき、目の前で止まった。
ヒューストは慌てて後退りをすると、後ろに居たジェイクにぶつかってしまう。
「なんだよ!」
ジェイクはぶつかって来たヒューストの方を見ると、妖精がすぐ近くに居る事に気付き、思わずヒューストの背中に隠れた。
ヒューストはゴクリと生唾を飲み込むと、目の前に居る妖精に、そっと話し掛ける。
「何故だ・・・。何故トビーを殺した・・・。」
すると妖精はクスクスと甲高い声で、笑いながら答える。
『殺したんじゃない。死んだんだ。』
それを聞いたヒューストは、カッとなり、妖精に向かい怒鳴りつける。
「お前達が余計な事を吹き込んだんだろう!何を言った!」
妖精は笑うのを止める事無く、更に可笑しそうに笑いながら、答えて来た。
『教えてあげたんだ。母親に会える方法を。教えてあげただけだ。』
「教えて・・・。」
ヒューストは、妖精がトビーに何を教えたのか、ハッと気が付く。もし自分が思っている様な事だったら、間違いなくトビーは自殺をするだろう。妖精の言葉を、純粋に信じるが上に。
「死ねば会えると言ったな!」
『母親が恋しくて、会いたいと言った。』
笑いながらに言う妖精に、体中から怒りが溢れ出し、ヒューストは目の前に居る妖精を、掴もうとした。
だがその前に、背中に隠れていたジェイクが先に、妖精を素早く掴んだ。
「油断したな糞妖精!」
動きが素早い故に、ヒューストが掴もうとした所で、すぐに逃げられてしまうだろう。だがヒューストとの話しに気を逸らされ、ジェイクの存在を忘れていた妖精は、迂闊にもまんまとジェイクに捕まってしまう。
「でかしたぞ!ジェイク!」
ヒューストは嬉しそうに振り返ると、妖精を掴んだジェイクの手は、小刻みに震えている。
「なんて冷たい体なんだ・・・。死体みたいで気持ち悪い・・・。」
ジェイクは掴んだ妖精を離さない様、必死に恐怖心を押さえ付けている。妖精の体はとても冷たく、氷を握り締めている様だった。
捕まった妖精は、キーキーと高い声で叫びながら、必死にジェイクの手の中から抜け出そうとしている。周りを飛ぶ他の妖精も、高い声で叫びながら、二人の周りを猛スピードで慌てる様に飛び回り始めた。
それを見たヒューストは、笑い声の中に、『グレイを見付けた』と言う言葉が混じっていた事を思い出し、ジェイクに絶対に離さない様に言い聞かすと、飛び回る妖精達に向かって、大声で叫ぶ。
「仲間を離して欲しかったら、教えろ!グレイ兄弟の目的は何だ!教えれば、仲間を離してやる!」
妖精達は更に甲高い声で、叫び始める。
ズキズキと頭に響き、耳を突く音に、二人は顔を歪ませた。それでもジェイクは絶対に掴んだ妖精を離さない様、耐えている。
「そんな音を出しても無駄だぞ!教えろ!これは取引だ!」
再びヒューストが叫ぶと、飛び回る妖精達は、昔話をする様に、あちこちから話し出す。
『二人の兄弟がいました。』
『二人には妖精が見えた。』『大人になっても見えた。』
『一人は町を離れる。』『一人は町に残る。』
『一人の子供は死んでしまう。』『一人の子供は捕まってしまう。』
『二人は子供を無くしました。』
『二人は再会をする。』『二人は再び妖精と会う。』
『教えて貰いました。』『子供を取り戻す方法。』
『二人は取引をしました。』
『捕まっていた子供が殺されました。』
『二人は実行に移す。』『ワタシタチもめでたしめでたし。』
そう言うと、またキーキーと甲高い声で叫び始める。
「どう言う事だ?グレイ兄弟は、子供の頃から今でも、妖精が見えていたと言う事か・・・。」
ジェイクはよく分からない妖精の話しに、首を傾げていると、同じ様に首を傾げていたヒューストが、慌ててジェイクに言った。
「ジェイク!その妖精を離せ!」
「何故?まだ肝心な事を聞いていない。」
「いいから早く離せ!もう言っている。甲高い酷い音が鳴り響くぞ!」
それを聞いたジェイクは、慌てて掴んでいた妖精を離した。
ようやく解放をされた妖精は、他の妖精達の元へと行くと、嬉しそうにクルクルと回りながら飛んでいる。そして地面に光る石へと向け、急降下をすると、石の光の中へと消えて行ってしまった。他の妖精達も、その後に続く様に、石の光の中へと消えて行く。
全ての妖精が居なくなると、強い光を放っていた石の輝きも治まり、通常の青光りをする石へと戻った。