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妖精

 窓から朝日が差し込み、目の前を光がチカチカと照らす。光に起こされる様に、ヒューストはゆっくりと目を覚ますと、勢いよく飛び上がった。

 慌てて周りを見渡すと、いつの間にか朝になっており、自分が気を失ってしまっていた事に気付いた。

 「私は・・・。」

 着ている洋服は、未だに汗でビッショリ濡れている。頭もまだ少し、ズキズキと痛み、昨夜の出来事が、夢では無い事を物語っている様だ。

 目の前に転がる石を見ると、恐る恐る、そっと指で突っついてみる。しかし、石は何の反応も示さず、昨夜の様な強い輝きを発してはいない。

 「昨夜のは・・・一体何だったんだ・・・。」

 一昨日の夜とは違い、昨夜は酒を飲んではいなかった。全くのシラフだ。途中で無意識の内に、眠ってしまったと言う感覚も全く無く、確実に起きていた事は、自分でもしっかりと分かる。疲れが溜まっていた訳でも無い。そう思うと、あれは夢では無く、間違いなく現実だったのだと実感してしまう。

 「そんな・・・まさか・・・。本当に、妖精の声だったのか?トビーの言う様に、妖精は居ると言う事なのか・・・?」

 ヒューストは頭を抱え、悩み始めてしまう。

 確かに昨夜起きた出来事は、現実だ。しかし、それは疲れから、幻聴でも聞いたのかもしれない。そうだとしても、あんなにもハッキリとした声で、聞こえて来るのだろうか?本当にトビーの言う通り、妖精が存在するのであれば、全ての辻褄が合う気がする。ずっと気になっていた、バラバラ過ぎる事柄の違和感。

 ヒューストは慌ただしく浴室へと行くと、汗まみれの体を綺麗に洗い流すと同時に、頭を冷やそうと、シャワーを浴びた。

 新しいシャツを着て、気分を一掃させると、またソファーに座り、目の前に転がる石に、そっと問い掛けてみる。

 「おいっ・・・。おいっ!」

 しかし石は、やはり何の反応も示さない。

 苛立つ様に、じっと石を見つめながら、貧乏揺すりをしていると、自分の中でも信じ難い考えが浮かんで来る。「妖精は存在する。」等と言う、馬鹿馬鹿しい考え。しかしそんな事を認める訳には、自分の中で許されない。刑事として、もっと現実的な物に目を向けなければならない。

 自分自身と葛藤をしていると、こんな所で石と睨み合いをしていても、埒が明かないと思い、石を持ってトビーの居る病院へと向かう事にした。

 一刻も早く、トビーにプログラムの話を聞かなければ。プログラムの過程で、きっと何かが起こったに違いない。そのせいで、妖精等と言う妄想を抱いたのだ。ヒューストは車を走らせながら、何度も自分に言い聞かせた。

 病院へと到着をすると、足早に中へと入って行く。受付でトビーの担当医を、半ば強引に呼びつけると、喰らい付く様に言った。

 「今すぐトビーと会いたい。話がしたい!」

 突然早くに呼び出され、トビーの担当医は、少し困った顔をしてしまう。

 「ヒュースト刑事・・・約束の時間よりも、早いですよ。」

 「それは分かっているが、今すぐにトビーと話がしたいんだ!」

 人が変わったかの様に、強引に物を言うヒューストの姿に、担当医は思わず後退りをしてしまう。

 「あの・・・何があったのかは知りませんが、一度落ち着いて下さい。トビーは今は、話せません。」

 「話せないだと?どう言う事だ。」

 「その・・・今は治療中なので・・・。どうしたのですか?刑事らしくも無い。」

 「治療中?何の治療だ?今どこに居る!」

 大声を張り上げるヒューストを、院内の者達は何事かと驚いた顔で見つめていた。しかしヒューストはそんな視線の事等気にせず、担当医の胸座を掴むと、睨みつけながら、低い声でもう一度言う。

 「今、どこに居る?」

 担当医は視線をヒューストから逸らすと、少し間を置いてから答えた。

 「分かりました・・・。いつもの部屋に連れて行きますから、先に行って待っていて下さい。」

 「私は、今どこに居るのかと、聞いたんだ。」

 「関係者以外は、立ち入り禁止の場所なんですよ。トビーと話したいのでしょう?ですから、すぐに連れて来ます。それでは駄目ですか?」

 何かを誤魔化す様に言う担当医だったが、取りあえずトビーと話をする事が出来るのならばと、ヒューストは了承した。

 ヒューストは掴んだ胸座を、ゆっくりと離すと「すまない。」と小さく謝り、頭に血が上っていた事に気付く。

 自分でも信じられない程、理性を失い掛けている。それはきっと、昨夜の出来事のせいだろう。だからこそ、一刻も早くトビーと話がしたいと、どこかで焦っていた。

 ヒューストは先にいつもトビーと面談をしていた部屋へと行くと、じっと椅子に座り、トビーが来るのを待つ。相変わらずどこを見渡しても、真っ白な部屋だ。

 と、突然携帯が鳴った。ヒューストはポケットの中から携帯を取り出すと、画面には「ジェイク」と表示されている。ヒューストは慌てて電話を取った。

 「ジェイクか!今までどこに居た!」

 ようやくジェイクと連絡が取れたと、ホッと肩を撫で下ろす。

 『あぁ、すまない。ジェシーの事で、ずっと調べていたんだが・・・。』

 「ジェシー?そう言えば、今日帰国する予定だったな。」

 話している途中、ドアが開き、トビーが部屋に入って来る姿が見えた。

 「あぁ、すまない。今からトビーと面談なんだ。また後で掛け直す。」

 『待て、ヒュースト!』

 受話器の向こう側から、ジェイクの呼ぶ声が聞こえたが、ヒューストはそのまま電話を切ってしまった。

 トビーはいつもと変わらぬ様子で、ゆっくりと椅子に座ると、「こんにちは。」と礼儀正しく挨拶をする。ヒュースト軽く挨拶をすると、またポケットの中から石を取り出し、それを机の上へと置いた。

 「まだ返していないの?」

 石を見ながら言うトビーは、どこかぼーっとしている様な気がする。それは治療の後のせいだからだろうか。

 「あぁ、返しそびれてね。それより、君に聞きたい事があるんだ。」

 「何?」

 「人格形成プログラムの事だ。」

 するとトビーは、視線を少し右上にやると、思い出した様に「あぁ・・・。」と頷いた。

 「ずっとお母さんと、治療を受けていたね。実はお母さんの日記を見付けて、読ませて貰った。君は・・・治療の事で何か特別に知っている事等は、無いかな?」

 「治療・・・。よく分からないや。眠っている時が多かったから。」

 「眠っている?」

 トビーは小さく頷くと、それ以上は何も言わない。

 「それなら、今も治療を受けて来たみたいだが・・・。どんな感じだったんだい?」

 「あぁ、それなら分かるよ。変な絵を沢山見せられたよ。」

 トビーの「変な絵」と言う言葉に、ヒューストはすぐにロールシャッハ・テストだと気付く。

 「成程ね。普通に心理テストをしていたのか・・・。それを聞いて、少し安心したよ。」

 ホッと息を漏らすヒューストの姿に、トビーは不思議そうに首を傾げた。

 「安心?どうして?」

 「いや・・・もしかしたら、君が誰かに、変な事を吹き込まれているんじゃないかと思ってね。その・・・君も知らない内に・・・。」

 「変な事?」

 意味が分からない様子で、困った顔をするトビーの姿を見ると、本当に特殊な事は何もされていない様だ。

 ヒューストは、今度は母親について聞く事にした。

 「お母さんの事なんだが・・・。お母さんも、一緒に治療を受けていたね?その時のお母さんの様子は、どうだったかい?」

 「お母さんは、楽しそうにしていたよ。」

 「楽しそうに・・・か。」

 母親の日記を見る限り、正常とは思えなかったが、子供のトビーから見れば、その姿は楽しんでいる様に見えた様だ。

 ヒューストは母親の日記の一文に、「私も妖精を見た。」と書かれていた事を思い出した。

 「そうだっ!君のお母さんも、妖精を見たらしいんだが、その事は知っているかい?」

 それを聞いたトビーは、驚いた顔をし、意外な事を言う。

 「お母さんも?本当に?だからお母さん、僕が妖精を見た事を、医者に話したら駄目だって言ったんだ・・・。」

 「知らなかったのか?」

 「うん、始めて知ったよ。見たいって言ってたけど、見た事あるとは聞いてなかったよ。」

 トビーの言葉を、ヒューストはじっとその場で考える。

 母親は確かに正常とは言えないが、完全に狂っていた訳ではなさそうだ。トビーに妖精を見た事を、何故言わなかったのかは分からないが、医者にその事を話さない様に言ったのは、きっと母親が先に医者に話し、頭がオカシイと思われたからだろう。最初に確か、トビーが言っていた。「医者はすぐに、頭がオカシイと決める。」と。そう言う意味では、母親はまともだったのかもしれない。それと同時に、治療での過程で起きた物では無いと、決まってしまった気がする。

 「そうか・・・。トビー、君のお母さんは、自殺を考えていたようなんだ。その事に関しては・・・。」

 と言い掛けている途中、ヒューストの話を遮りトビーが得意気に言う。

 「知ってるよ。だって最後のさようならを言ったんだから。母さんは死にたかったんだ。」

 「あぁ・・・そうか。妖精がそう教えてくれたんだもんな。」

 トビーは嬉しそうに、大きく頷いた。

 どうしても、妖精の事が分からない。

 治療中は眠っていると言う事は、催眠療法か何かなのだろう。その過程で、何かを吹き込んだとしても、側には母親も居る。その母親も、妖精を見たと医者に言うと、頭がオカシイ奴扱いをされた。となると、完全にプログラムと妖精は、別物となってしまう。

 しかし、ヒューストは、どうしてもそれが納得行かなかった。どこかで、プログラムと繋がっている様な気がしてならない。だが、昨夜の自分の体験は、どう説明をする。それこそプログラムとは全くの別物で、説明が付かない。

 「トビー、実は昨夜・・・私はこの石を通して、妖精と話をしていたんだ。」

 少し戸惑いながらも、昨夜の体験をトビーに話す事にした。少しでも、何か参考になる答えが返ってくればと、期待をして。

 するとトビーは、とても嬉しそうな顔をする。

 「本当?凄いよおじさん!おじさんも、妖精と仲良くなったんだね!」

 目をキラキラと輝かせながら言って来るトビーの姿は、本当に妖精を信じ込んでいる様だ。

 「いや・・・仲良くなったと言うか・・・。知らない内に、話しをしていたんだ。独り言を呟いていたら、石が勝手に答えていてね・・・。」

 「きっとおじさんが、とても悩んでいたからだよ。知っている?妖精は悪い人には冷たいけれど、良い人には優しいんだよ。おじさんは良い人だから、きっと助けてくれたんだ。」

 「そうか・・・。でもまた、あの嫌な音がしたよ。物凄く酷く。」

 「おじさん、お礼を言った?」

 「お礼?いや・・・。」

 するとトビーは、物凄く大きな溜息を吐く。

 「駄目だよ。ちゃんと教えて貰ったなら、お礼を言わなくちゃ。きっとロイが怒ったんだ。ロイは礼儀に五月蠅いからね。」

 「ロイ・・・。あぁ、そう言えば、妖精の中にそんな名前があったね。」

 そう言うと、胸ポケットの中から手帳を取り出し、トビーとの会話のメモを確認する。

 「えっと・・・。あぁ、ロイね。その・・・妖精はそれぞれ、性格が違うのかい?」

 「勿論違うよ。人間と同じ様に違うよ。」

 「人間と?」

 トビーは小さく頷くが、ヒューストは首を傾げる。

 「そうか・・・随分と人間に似ているんだな・・・。」

 気付けばトビーと妖精の話ばかりをしている事に、ハッと気付き、ヒューストは慌てて話を切り変えた。

 いつもいつの間にか無意識に、妖精話へと入り込んでしまっている。

 「あぁ!それより、君はこの病院で治療を受け続ける事になってしまう様なんだが・・・。その事について、少し話を聞いてもいいかな?」

 するとトビーは、今まで嬉しそうな顔をしていたのに、一気に詰らなさそうな表情に変わってしまう。

 「その・・・君は昨日言っていたよね?この病院は、嫌いではないって・・・。」

 少し戸惑いながらも聞くと、トビーは顔を俯けながら答えた。

 「嫌いではないけど・・・。好きでもないよ。」

 「まぁ、そうだろうね。」

 ヒューストは、何だか不思議な気分になった。

 先程まで、あんなにも必死にトビーからプログラムについて、話しを聞こうと思い、熱くなっている所があったのに、今はとても冷静で、気付けばまた妖精の話をしていたりと、本来の目的を見失いそうになってしまっている。

 病院から一歩外へと出れば、妖精の話し等馬鹿馬鹿しいと、現実的な調査に奮闘をするのに、病院内では、それすらも忘れてしまいそうになる。それはトビーが、妖精の話ばかりをするせいだろうか。

 トビーも同じだ。トビーの場合は、妖精の話をしている時は、とても生き生きとしているのに、それ以外の話は、妙に冷静で覚めている。その事が、とても不思議で仕方がない。

 きっとそれは、この真っ白な部屋のせいなのだろうか。気付けばまた、ヒューストの額には冷や汗が滲んでいる。やはりこの部屋は、息苦しいと感じてしまう。

 「それじゃぁ・・・。病院での生活はどうだい?」

 気を取り直して話しの続きを始めると、トビーは覚めた表情で淡々と答えて来た。

 「普通だよ。食事の時間が決まっていて、自由に遊べる時間も決まっていて、治療の時間も決まっていて、学校みたい。」

 「お母さんの話しとかは、医者とするのかな?」

 「うん、するよ。どんな人だったとか、どう思っていたとか、おじさんが聞いて来る様な事を。」

 「そうか・・・普通だな・・・。普通過ぎて、逆に怖い位だ・・・。」

 ポツリとヒューストが言うと、トビーは思い出したかの様に、突然両手を叩いた。

 「どうした?」

 不思議そうにヒューストが尋ねると、トビーは周りをキョロキョロと見渡し、ドアの外に立っている、見張りの警備を少し気にしながら、小声で話す。

 「そう言えば・・・。どこからかは分かんないけど、音楽が聞こえる事が有るんだ。その音楽の中から、妖精が話していた知らない言葉と、同じ言葉が聞こえて来るんだ。」

 「音楽が?」

 確かプログラムに、音楽を聞かせると言う物があった事を思い出す。

 「その音楽は、どんな時に聞こえて来るんだい?どの辺とか・・・。」

 トビーは少し考える。

 「う~・・・ん。気付いたら聞こえているんだ。どの辺かは・・・分からないよ。でも妖精の話していた言葉と同じだって事は、間違いないんだ。」

 「妖精の言葉と?」

 ヒューストはやはり関連性が有るのかと、考え込む。難しい顔をして考えているヒューストに、トビーは顔を近づけると、更に小声で囁いた。

 「おじさんが最初にここに来た時も、聞こえていたよ。内緒だよ。」

 そう言うと、そっとヒューストから顔を遠ざけた。

 「何?私には・・・聞こえなかったが・・・。」

 悩まし気な顔をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 「あぁ・・・もう時間か・・・。結局今日も、殆どが妖精の話しで終わってしまったな。」

 軽く溜息を吐くと、ヒューストは気だるそうに、椅子から立ち上がった。

 「それじゃぁ、またな、トビー。」

 ヒューストは軽くトビーの頭を撫でると、微かに笑顔を見せ、ドアの方へと向かう。その途中、ジェシーの事を思い出し、足を止めた。

 「あぁ、そうだ。今日ジェシーが帰って来る日だよ。会えるといいね。」

 笑顔でヒューストが言うも、トビーは無表情のまま、小さく首を横にふる。そんなトビーの姿に、ヒューストは溜息を漏らすと、軽く手を振ってドアへと再び向かった。

 部屋を出ようとすると、後ろから「おじさん!」とトビーが呼び止める。クルリとトビーの方を振り返ると、トビーも小さく手を振っていた。

 「さようなら。」

 表情を変える事無く、小さくそう言うと、ゆっくりと手を下ろす。

 ヒューストはニッコリと微笑むと、「うん、さようなら。」と同じ様に挨拶をして、部屋を後にした。


 駐車場へと行くと、車に乗り込み、エンジンを掛ける。

 携帯を取り出すと、先程は話しの途中で切ってしまった為、ジェイクに電話を掛ける。数回コールを鳴らすと、ジェイクはすぐに出た。

 「あぁ、ジェイク。さっきはすまなかった。トビーが部屋に来たからな。」

 『そんな事より、大変なんだ。ヒュースト、まだ病院に居るのか?』

 何やら慌てた様子のジェイクに、ヒューストは不思議そうに答える。

 「あぁ・・・今出た所だが・・・。丁度署の方に一度戻ろうと、車を走らせている所だ。どうした?」

 『実はジェシーが、大変な事になったんだ。』

 「ジェシーが?ちょっと待ってくれ。」

 ヒューストは走らせていた車を、一旦道路の脇へと停めた。

 「ジェシーがどうした?」

 再びジェイクに聞くと、ジェイクの口から驚くべき事を知らされる。

 『ジェシーが人殺しをしたんだ!相手は祖父だ。どうやら祖父の見舞いに、行っていたらしい。』

 「何だって?ジェシーが?どうして祖父を・・・。」

 余りに急な話しに、ヒューストは戸惑いを隠せない。そしてジェイクから詳しく聞けば聞く程、驚きは増す。

 『聞いて驚くなよ。殺害の動機が、「さようなら」と言ったから殺した、との事だ。』

 「さようなら・・・。トビーと同じと言う事か?」

 『あぁ。何でも祖父は、長い間病気を患っていた様で、死ぬのも時間の問題だったらしい。それで自宅へと戻って最後を迎えようと・・・。ジェシー達は、言うならば最後の面会に行っていたんだ。だが帰り際、ジェシーが祖父の首をハサミで刺したんだ。ジェシーの事を調べている時に、地元警察から連絡が入った。今は向こうで、まだ取り調べを受けている様だ。』

 それを聞いたヒューストは、愕然としてしまう。トビーと同じ様に、ジェシーまでもが『さようなら』と言ったからと言い、人殺しをした。ジェシーも間違いなく、妖精から聞いた話しのせいで、殺したのだろう。

 『それから・・・ヒュースト、聞いているか?』

 「あ、あぁ・・・。」

 一瞬頭の中が、真っ白になってしまうが、ジェイクの次の発言で、一気に我に帰る。

 『あの河原に有った、例の青光りする石。ジェシーも、あれと同じ物を持っていたらしいぞ!』

 「何?そんなはずは・・・。トビーは、ジェシーは返したと言っていた。返さなかったと言う事か?」

 『石の事はよく分からないが、ジェシーの事を調べていたら、トビーとの共通点が多い事に気付いたんだ。それで・・・。』

 と、まだジェイクが言い掛けている途中、ヒューストは今日最後に、トビーが言った「さようなら」と言う言葉をハッと思いだし、慌ててジェイクに聞いた。

 「おいっ!ジェイク!表情はどうだったか、分かるか?祖父がさようならと言った時の、表情は!」

 『表情・・・?』

 「あぁ、大事な事なんだ!ジェシーは表情について、何か言っていなかったか?」

 『ちょっと待て・・・。』

 突然の質問に、ジェイクは戸惑いながらも、手元に有る資料をあさり、それらしき物が書かれている事を見付ける。

 『あぁ、書かれているな。何でも、無表情でさようならと言ったから・・・と・・・。』

 それを聞いたヒューストは、一瞬背筋が凍り付き、ゾッとしてしまう。

 間違いない。ジェシーの祖父も、ジェシーとは永遠の別れだと知り、最後の「さようなら」を言ったのだ。死ぬのも時間の問題だったとの事だが、完全に自分の死を悟っていたのだろう。残り数日程だと。

 トビーの母親と同じだ。トビーの母親も、死ぬつもりでトビーに最後の別れを告げた。ジェシーの祖父も、最後の別れを告げ、それを聞いたジェシーは、トビーと同じ考えで殺したのだ。妖精から貰った知識に従い。

 「トビー!」

 ヒューストは、ハッとトビーの表情を思い出した。

 確か部屋を出る時に、トビーは「さようなら」と言う時、無表情で言っていた。

 ヒューストは、まだジェイクが何かを言おうとしているのにも気付かず、電話を切ると、車をユーターンさせ、急いで病院へと引き返す。

 まだそれ程病院からは、離れた所まで来ていなかった為、すぐに病院へは到着をした。車から降りると、急いで病院内へと走って行く。邪魔そうに人を掻きわけ、受付も通り越し奥へと勝手に入り、廊下を走っていると、途中トビーの主治医の姿を見付けた。

 ヒューストは主治医の元へと駆け寄ると、息を切らせながら、「トビーはどこだ?」と聞く。

 「ヒュースト刑事・・・勝手に入られては困ります。」

 突然また現れたヒューストに、主治医は困り果ててしまっているが、今のヒューストはそんな事はお構い無しだ。

 「トビーは今どこに居る?教えろ!命に係わる事なんだ!」

 物凄い険悪で言うヒューストの顔に、主治医も只事では無さそうな様な気がし、胸騒ぎを覚えた。

 「今は・・・病室に居ます。面会時間が早かったので、その分休ませている所ですが・・・。」

 「病室?どこだ!案内をしろ!」

 主治医はヒューストを連れ、急いでトビーの居る病室へと向かった。病室へと向かう途中、ヒューストは面会後のトビーの様子等について、主治医に尋ねる。

 「私が帰った後、変わった様子は?」

 「いいえ・・・特に・・・。いつも通り、素直に病室へと戻りました。」

 「何か言っていたか?」

 「いえ、何も。普段は無口で静かな子でしたので。」

 話している内に、トビーの病室の前まで到着をする。

 病室は個室で、頑丈そうな大きなドアが有った。ドアの上部には、長方形の透明な、覗き窓が有る。同じ様なドアが、廊下に沿って並んでいる。しかし、部屋の前にも廊下にも、警備員一人居ない。

 「誰も見張りを付けていないのか?」

 まるで放ったらかしにしている様で、ヒューストからは怒りが立ち込める。

 「えぇ・・・まぁ・・・。大人しい子なので、暴れる危険性も無かったので・・・。」

 「別の危険性を考えなかったのか?」

 ヒューストは慌てて覗き窓から、部屋の中を窺った。すると天上から、足がぶら下っているのが見えた。

 「おいっ!早くドアを開けろ!」

 慌てて主治医に言うと、主治医は沢山腰にぶら下げていた鍵の束の中から、トビーの病室の鍵を、モタモタと探し始める。

 「早くしろっ!」

 苛立つヒューストに、主治医は慌てて鍵を見付けると、ドアを開けた。

 急いで部屋の中へと入ると、シーツを天上の照明に括り付け、首を吊っているトビーの姿があった。

 ヒューストと主治医は、急いでトビーの体を持ち上げ、首に巻いているシーツを解くと、ゆっくりと体をベッドの上に寝かせる。

 「トビー!トビー!」

 ヒューストは何度もトビーの名を呼ぶが、体はピクリとも動かない。主治医がトビーの首筋に手を当て、脈を測るが、時すでに遅く、トビーは死んでいた。

 主治医は軽く溜息を吐くと、トビーの体を揺すり続ける、ヒューストの肩を叩いた。

 「無駄です。もう死んでいます。」

 それを聞き、ヒューストはその場で愕然としてしまう。

 「そんな・・・。何故だ、トビー・・・。」

 ぐったりとしたトビーの体を抱き上げると、ヒューストは強く抱きしめた。グッと涙が零れそうになるのを堪え、歯を食い縛ると、そっとトビーの体を離す。

 ヒューストは勢いよく主治医の方を見ると、そのまま胸座を掴み、力任せに壁際まで押した。そして怒りをぶつける様に、怒鳴りつける。

 「責任問題だぞ!」

 怒るヒューストに怯えながらも、主治医は落ち着かせようと、必死で冷静な態度を示した。

 「分かっております。ですが・・・母親殺害後から毎日心理テストをし、カウンセリングも行ってきましたが、自殺をする様な兆候は全く無かったのですよ。むしろ、先の事を考えていました。私だって、急にこんな事が起き、正直戸惑っているのですから・・・。」

 「だから放ったらかしで、部屋に押し込んでいたのか?監督不行届けで、この有様だ!」

 「ち・・・違います!これは本人の希望で・・・。」

 主治医が慌てて言うと、ヒューストは掴んだ胸座を、更に強く握り締め、自分の元へと引き寄せる。

 「本人の希望だと?どう言う事だ!説明をしろ!」

 「わ・・・分かりました!説明をしますから、一度手を離してくれませんか!」

 主治医に言われ、ヒューストはハッと自分の行動に気付くと、慌てて手を離した。ついカッとなり、怒り任せに取ってしまった行動を反省してしまう。

 「すまない・・・。それで?どう言う事だ?」

 必死に冷静さを装い、再び尋ねると、主治医は乱れた白衣を直しながら、答えて来た。

 「今この廊下の部屋に収容されているのは、トビーだけでしたので・・・。何と言っても、トビーは特別でしたから。それでトビーは、部屋に居る時は一人で静かに過ごしたいから、誰も側に近づけないで欲しいと・・・。監視を拒んだのです。まぁ・・・大人しい子でしたので、問題を起こす事も無いだろうと思い、私も了承したのですが・・・。」

 「一人で静かに過ごしたいから、だと?本当にそれだけか?」

 「えぇ。ですが、食事等の時間で呼びに行く時、たまに話声が聞こえて・・・。」

 「話声・・・。」

 主治医の話しを聞き、ヒューストはすぐに察した。

 トビーは妖精とも話せるからいい、と言っていたが、その為に、人を遠ざけさせたのだろうか。病院側に、トビーは妖精の話をしてはいない。だとすると、石に向かって話している姿等、見られたくはないだろう。「オカシイ人」と思われるのを、避けている節が有ったから、余計にだ。

 「話声とは、独り言か?」

 「いいえ・・・。時折数人の話声がしていましたが・・・。」

 それを聞き、ヒューストはベッドの上に横たわるトビーの死体を、弄り始めた。

 「何をするのですか!」

 慌てて主治医が止めようとするが、ヒューストはそれを払い除け、トビーのズボンのポケットの中を調べる。するとポケットの中から、青光りをするあの石を見付けた。

 「何ですか?それは・・・。」

 不思議そうに、主治医は石を覗き込んだ。

 「これだ・・・。これのせいだ!ジェシーもこれで・・・。」

 ヒューストは石を握り締めると、勢いよく部屋から出て行ってしまう。

 「ヒュースト刑事!どこへ!」

 後ろから主治医の叫び声が聞こえるが、それを無視し、一直線に伸びる廊下を掛けて行く。そのまま病院の外へとでると、駐車場へと走り、車に乗り込んだ。

 エンジンを掛けると、車を急発進させ、スピードを上げて走らせる。その間、携帯を取り出し、ジェイクへと電話を掛けた。

 『ヒューストか!今どこに・・・。』

 ジェイクが電話に出ると、話す暇も与えずに、叫ぶように言う。

 「ジェイク!トビーが死んだ。自殺した!」

 それを聞いたジェイクは、自分の話も忘れ、驚いてしまう。

 『何だって?どう言う事だ!病院側が、トビーを死なせるはず無い!』

 「石だ!全部あの石の、妖精のせいだ!」

 『妖精だって?何でまたそんな物が、突然出て来る?』

 ヒューストまでもが、突拍子もない事を言い出してしまい、ジェイクは少し困惑してしまう。しかしヒューストは、そんなジェイクの事等気にせず、夢中で話し続ける。

 「妖精が石を通して、トビーに余計な事を吹き込んだんだ!ジェシーもそうだ!さようならの意味も、吹き込んでいる!全部妖精の仕業だ!」

 あれ程までに、プログラムとの関連性を疑っていたヒューストだったが、トビーが死んだ今、トビーの言う事は正しかったのだと痛感してしまっていた。

 しかし、ジェイクからすれば、それは余りに馬鹿げている話だ。当初ヒューストが、トビーの話しを馬鹿げていると思った様に。

 『落ち着けヒュースト。それは無い!全てプログラムが原因なんだ!ジェシーを調べていたが、妙なプログラムを受けていた。』

 「違う!私も聞いたんだ!石から声を聞いた!思い出したんだ!あの河原から石を持ち帰った日に、『ジェシーが殺る』と言う声が聞こえた。最初は夢か何かだと思っていたが・・・。違った!昨夜も声を聞いたんだ、ハッキリ!現にジェシーは、祖父を殺している。トビーと同じ理由で!」

 ジェイクの言う事等、聞く耳持たず、夢中で話した。

 「妖精はいたんだよ!あの河原に!今から河原に行く!行って引きずり出してやる!」

 そう言い放つと、乱暴に電話を切った。

 ヒューストは猛スピードで車を走らせ、河原のある公園へと向かった。


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