常世の狭間に恋して
「これは、一体……」
目の前に広がる光景に私は言葉を失った。妹のラウィは比較的自由奔放な性格だがまさか……
「あの……。ここは一体」
「ここは私の住んでる屋敷よ!今日からここで一緒に暮らしましょう」
ふわふわの部屋着に身を包む我が妹は黒い髪の丸耳の……人間の様な何かに笑いかけていた
「ラウィ」
「あ!お兄様!見て見て!可愛いでしょ?こばねって名前よ!」
いつもの様にまとわりついてくるラウィの頭を押さえつけて避けながら(こばね)とかいう生き物を見据えた
「お前は、人間か?」
「……はい。あなたは、ラウィちゃんのお兄さんですか?ていう事は、エルフさんですか?」
「……ラウィ。何故この人間はお前の事を知っている」
今度はラウィを見下ろすと既にがっしりと巻き付かれていた。しまった。こうなるとこいつはしばらくこの体勢だ
「え〜。人間界のお友達だよ!夜遊びに行ったらね、なんか人間の男たちに遊びに誘われてた時に話しかけられて!こばねの方が可愛かったからそのまま友達になったの」
これを聞いてため息を漏らさないやつがいるというのか
ラウィは見た目が銀白色の長髪に目は淡い紫色。人間界では珍しいだろう。そんな生き物がふらふらと歩き回っていれば当然の反応だ
「……もう、夜に行くのはやめなさい。あとそこの人間を元に戻してこい」
「やだ」
即答してすぐに離れこばねという人間に抱きつくラウィ
「こばねはね!捨てられてたの!だから次に拾った私のもの!」
頬を膨らまして睨んでいるのかよくわからない顔をしてくるのが珍しく思わず頷いてしまった私はこの人間についてまだ何もわかっていなかったのだ
こばねは私の屋敷にそのあとも居座っていた
「おい、そこの……こばね。何の真似だ」
「えっと……なにか御用でしょうか?」
そんな風に見上げてくるこばねは何故か黒いワンピースに白いエプロンを着ていて
「その服は一体どこから」
「ラウィちゃんが用意してくれました。これを着ればお兄様が私がいる事を許してくださると」
ラウィの悪い顔が目に浮かぶ
「……さっさと脱げ」
「これ以外が、肌着しかないのです」
確かにラウィが拾ってきた時も濡れ鼠の様な格好をしていた事を思い出した
「あの!それにこの衣服はとても仕事がしやすいです!お洗濯もお掃除も!」
「……何故その様なことを」
「置いていただいている身で何もしないのはちょっと……」
眉毛を垂らしながら見てくるこばねに私はそんなもの頼んでいないし、私の様な存在は魔法で全てが整うなどとは言うに言えなかった
「お前は、一体ここがどこなのかわかっているのか?」
昼休憩。と言って紅茶を差し出してきたこばねにふと問いかけてみた。何故ならいやに馴染んでるこの人間にはここは不釣り合いだからだ
「なんとなく。ラウィちゃんに聞きました。ここは常世の狭間だと」
ラウィは説明を大分省いた様だ。散々夜な夜な女子会?というやつを開いている声が聞こえていたというのに肝心なことは全て私に丸投げするつもりなのはさすが我が妹と言ってもいいだろう
「ここは常世の狭間。お前が住んでいた(人間界)とあの世……人によっては異世界ともいうがその間に存在する場所。つまり生き物が住まう場所ではない」
「ではラウィちゃんと……えっと、お兄様」
「アリィフィでいい。お前の兄ではない」
「……アリィフィさんとラウィちゃんは何故ここに住んでいるのですか?エルフさんはまた別の生き物なのでしょうか?」
私の尖った耳や薄紫の目、それに銀白の髪……いや全体をゆっくりと見ながら問いかけてくるこばねは中々良いところをついてくる
「私は狭間の主人。この森を守るためにこの森で、前主人が死ぬ瞬間に私とラウィが産まれたのだ」
「……森。ですか」
視線を窓の外にやるこばねは少し首を傾げていた
「あぁ。ここは狭間の森。いろんな生き物の思念が行き交う場所。私は理が崩れぬよう見守る役割を担っている。ラウィは人間が迷い込まない様に人間界側を。私は異世界側を」
本来ならラウィが真面目な性格ならこばねみたいな生き物がこの屋敷に訪れるなんてあり得ない。だが、自由奔放な妹は度々(可愛い)と言ってはふわふわした生き物を拾ってくる
「そのうち帰してやるから大人しくしていればいい」
「……ここにいてはいけませんか?」
こばねを見つめて意図を汲み取ろうとしたが、人間の思考などわからないから言葉を続けろとばかりに見据えた
「人間界には、居場所がありません」
「ここにも。居場所はない」
ぴしゃりと言い切ると少し後退りをしたあと90度に腰を折り曲げた後に去っていった
その晩
「お兄様!ひどい!!こばねを虐めたでしょ!」
「虐め?そんな覚えはないが」
ラウィは、ふんす!ふんす!と見た目に似合わないくらい怒りを露わにしていた
「あのね!こばねはコンヤクハキってのにあったの!!あと家族もいないの!お兄様知ってる?コンヤクハキよ!コンヤクハキ!」
「なんだそれは。だいたい私はあの世側のことしか知らない。人間界には詳しくないだろう」
その後のラウィの説明曰く、番に見放された挙句人間界で一番必要なカネ?というものが全て奪われフロ?という場所に連れて行かれるところをラウィに引き摺り込まれた様だった
「フロ?って場所があるのならそこに戻してくれば良いだろう?」
「お兄様の変態!フロはね!いかがわしい場所よ!」
「そんな不条理な場所の生き物を神聖な屋敷に連れ込むな」
「こばねは未遂よっ!!まっさらで綺麗なの!もっと可愛がってよ!絶対に返さないんだから!」
下瞼に人差し指を置いて「べぇー!」と言いながら扉を閉めるラウィ。その仕草はたまにされるが私にはいまいちよくわかっていなかった
「お前は。帰りたくないのか」
「……そう思っては。いけませんか?」
あれからしばらくしてまた問いかけるとこばねは常に同じ回答をする
「……構わないが。ここは退屈だろう。ラウィは最近帰ってこないし尚更」
あれからしばらくはこばねが一番のお気に入りだったから屋敷にずっといたラウィだが、元の性格があれな為に最近はユウエンチ?というものに興味を抱いてこばねを置いて人間界に入り浸っている様だ
「お前も行ってくれば良い」
「いえ、私はここの生活が好きです」
何度聞いても似た様な答え。私にはさっぱりわからなかったがなんだかんだこうやってこばねとのティータイムに満足しはじめていた
「……好きにすればいい」
「フフッ。はい」
そんなやりとりも、もう何千回と繰り返すなんて誰が想像出来るだろうか
私自身、こばねに対しての印象も随分変わったと思う
「おやすみなさい。アリィフィさん」
「ああ。おやすみ……また明日」
見上げながら嬉しそうな顔を綻ばせるこばねは視線を逸らしながら
「はい。また明日」
すぐに後ろを向いて去っていくこばねの足取りは軽くて。ふわふわと飛んでいきそうに見えてしまう。そんなこと考えること自体が間違っているとは思うが
「なんなんだ。一体」
自分のもどかしい感情に悩まされる様になったのはラウィが急に真面目に働き出した頃だった
「私、人間を好きになったみたい」
「お前は元から人間界が好きだろう」
「ばか!そうじゃなくて!人間の男にコイしたの!今付き合ってるの!だからちゃんと仕事してあっちの世界も守らなきゃ」
職に精を出してくれるのはありがたいが、コイ?とは?一体なんなのかわからずにいた
「こばね。お前はコイ?というやつを知っているか?」
「……はい?」
いつものティータイムにふと質問してみた。人間界では有名なものなのだろう
「アリィフィさんが言っているのは恋ですか?……それなら。したことあります」
「それは一体なんだ。私は人間界には疎いから。最近ラウィがまた何かを拾ってこないか心配なのだ」
やれやれと頭を振っていると何故か突然吹き出すこばね
「何故笑う」
「フフフッ。ごめんなさい。……アリィフィさんにも知らないことがあるのですね」
「何を言っている。私は知らないことだらけだよ。……ところで、こばねはコイをしたことがあるのか。では私にしてみろ」
「……え?」
きょとんとした顔をした後にみるみる顔が赤くなるこばね。一体なんなのだ
「えっと……もしかしたら。もうしているかもしれないです」
「……そうなのか?」
私が知らない間に私にコイをしていたのか?そんなことは全くわからなかった。そんな思いでじっと見つめると何故か慌て出したこばねは急いでティーセットを片付け始めてこの場から去ろうとしていた
「お仕事の邪魔しました!また夜ご飯の時にお伺いします!」
「まてまて。話は終わってない」
立ち上がり、去ろうとしているこばねの頭にぽん。と手を乗せる
「逃げるな。詳しく教えなさい」
覗き込もうとしたが、視線は足元を指しているこばね
「……あのっ。心の準備というものが!」
「ならじっくり待とう。仕事はそんなに溜まっていない」
それから紡がれるものは私にとってもじわじわと頬を熱くさせる様なコイ……いや、狭間の恋であった
end




