第三話 アルス編 鏡の中の影
翌日の昼過ぎ。
アルスは商業区の孤児院支援のための打ち合わせから神殿に戻る途中、人通りの多い大通りを馬車で通っていた。
ショーウィンドウが並ぶ通りだ。
反射する光が石畳の上に跳ねる。
馬車の窓から外を眺めていると——
止まった。
鏡のショーウィンドウ。
大きな姿見が通りに面して置かれていた。
鏡の中にアルス自身が映っている。
白銀の長衣。
亜麻色の髪。
しかし——一瞬だけ。
馬車が鏡の前を通り過ぎる瞬間に。
白銀の長衣ではなく黒いフードをまとった自分の姿が——
「……」
見えた気がした。
馬車が通り過ぎ鏡は後ろに消えた。
ライトが「どうかなさいましたか」と声をかけた。
アルスは「何でもない」と答えた。
しかし——窓から目を離せなかった。
それは一瞬の残像だ。
光の加減か疲労からくる錯覚か。
合理的な説明は幾つでも思いつく。
しかし——アルスの体がそれを錯覚だと受け入れることを拒んでいた。
黒いフードの自分。
匿名の寄付。
王宮の抜け道。
毎朝右手首についている傷。
——これらが繋がるとすれば、どういうことだ。
アルスは目を閉じた。
思考を整理しようとした。
しかし整理するほど答えが遠のく感覚があった。
答えは——もっと直感的な場所にある。
分かろうとするより感じようとした方が近い。
それが何なのかまだ分からない。
ただ——夜の記憶がないという空白が。
少しずつ形を持ち始めているような気がした。
神殿に戻るとカーリンから届いた手紙への返信を書いた。
子供たちへの連絡書だ。
さらさらと文字を書いて封をした。
その封筒の文字を見て——
アルスは手を止めた。
自分の字を見た。
懐かしかった。
なぜ、自分の字が懐かしい。
「ライト」
「はい」
「以前、孤児院に届いた匿名の封筒——騎士団が証拠として保管しているはずだが」
「はい。筆跡鑑定の参考資料として保管されていると、セリア・ハルト様から確認を求められた件でしょうか」
アルスは少しの間、動かなかった。
「……そうだ。その件は、どうなっている」
「セリア様が確認に来た際に、私が対応しました。証拠資料として正式に登録されているものですので、内容の照合は騎士団の権限内で行われていると思います」
アルスは「分かった」と言った。
封筒を手に持ったまま、窓の外を見た。
セリアは——気づいているかもしれない。
その考え、不思議と恐怖をもたらさなかった。
むしろ——どこかそれでいいとすら思った。
なぜそう思うのか分からない。
ただ——この謎を一人で抱えていることの重さが少し和らいだ気がした。




