第五話 アルス編 廊下の刃——ライトを狙った男
それは、夜明け前の廊下で起きた。
アルスが執務室から書庫に向かう途中——ライトが書類を抱えて角を曲がった瞬間影が動いた。
黒衣の男。
刃。
ライトへ。
アルスの体が動いたのは考えるより先だった。
一歩。
右手で刃を止めた。
素手で。
刃は止まった。
男の腕がアルスの手に掴まれていた。
ライトが書類を落とした。
顔が青い。
男は一瞬だけ抵抗しようとして——アルスの目を見て止まった。
穏やかな目だった。
しかしその目の奥に、この男を怒らせてはいけないと本能が告げるものがあった。
「……誰に頼まれた」
アルスは静かに聞いた。
男は答えなかった。
代わりに懐に手を伸ばした。
毒入りの小瓶——七賢院の暗殺者が最後の手段として持ち歩くものだ。
アルスはそれを止めなかった。
間に合わなかったのではない。
止める必要がないと判断した。
男は倒れた。
アルスはしゃがんで男の外套を確認した。
縫い込まれた刻印——影糸の印だ。
「アルス様……右手は」
ライトが震える声で言った。
アルスは右手を見た。
刃が触れた跡がある。
しかし大したことはない。
「問題ない」
回復魔法をかけながら言った。
痕が消える。
ライトはその様子をじっと見ていた。
「……アルス様」
「何だ」
「今の……速度は」
ライトは言いかけて、止まった。
アルスは立ち上がり廊下の先を見た。
誰かが見ていたような気がした。
振り返っても誰もいない。
「シルヴィアを呼んでくれ。この件の処理が必要だ」
「……はい」
ライトは頷いた。
しかしその目に何かが残っていた。




