第四・五話 幕間 ドゥルス視点——この男の前に立った瞬間
カインに試された後、ドゥルスは生まれて初めて「助かった」と思った。
七賢院に十八年いた。
その間に百人以上の仕事をした。
依頼主は常に組織で標的は常に一人だった。
ドゥルスは自分が大陸最高峰の暗殺者の一人だと信じていた。
信じて疑わなかった。
カインとの試練は——対等だった。
カインは強い。
大陸最高峰の暗殺者として、ドゥルスが名前だけ知っていた男。
その男と打ち合ってドゥルスは「これが限界だ」と分かった。
カインは自分と同じ種類の存在だ。
研ぎ澄まされた殺しの技術を持つ人間の極致。
しかしノクスは——違う。
ドゥルスがノクスの前に立った瞬間、何かが沈黙した。
敵の強さを測る本能——十八年かけて磨いたドゥルスの最も信頼できる感覚——それが完全に機能を停止した。
「勝てない」ではなかった。
「戦うという概念が、成立しない」。
カインと戦う時ドゥルスの頭は動いていた。
どこを狙うか、どう動くか、どこで仕掛けるか。
それが「戦闘」だ。
しかしノクスを前にした瞬間、その思考回路が起動しなかった。
海の前に立った人間が「泳いで向こう岸まで行こう」と考えないように。
山の前に立った人間が「素手で崩そう」と考えないように。
それが「無理だ」という判断ですらない。
そもそも選択肢として浮かばない。
ドゥルスはその感覚を一生忘れないだろうと思った。
そして同時に思った。
この男が七賢院の敵にいる。
七賢院は、終わる。




