第三話 アルス編 空白の審議——逃げた評議会
審議の日は、晴れていた。
公開審議の場として用意されたのは、王都の市政広場に隣接した評議場だ。
市民も傍聴できる。
貴族の代表者、教会の代表者、第三者として騎士団の立会人が揃っていた。
ラーテス賢者評議会の席は空だった。
使者も来なかった。
連絡もなかった。
ただ席が空いていた。
シルヴィアが手帳に何かを書き留めながら静かに言った。
「来ませんでしたね」
「来るとは思っていなかった」アルスは答えた。
「では——なぜ申請したのですか」
アルスは評議場を見渡した。
傍聴席には市民の顔がある。
商人、職人、子供連れの母親。
彼らはラーテス賢者評議会という名前を知っている。
学術と知の府として知られた権威ある組織の名前を。
「逃げた」という事実が今この場所で生まれた。
証人はこの広場にいる全員だ。
「来させないために申請したんです」アルスは静かに言った。
「来れば法的根拠を問われる。来なければ——逃げた、という事実が残る。どちらに転んでも、評議会の信頼は削れる」
シルヴィアは少しの間アルスを見た。
それから手帳を閉じた。
「……分かりました。今日の記録は完全な形で残しておきます」
「頼む。傍聴者の証言も記録しておいてくれ」
評議場を出ると市民の一人が声をかけてきた。
六十代の老職人で、目に怒りの色があった。
「聖枢機卿様。評議会のやつらは……逃げたんですね」
アルスは静かに頷いた。
「孤児院の子供たちは、今日も変わらずそこにいます」
老職人は何かを言おうとして止まった。
それから深く頭を下げた。
その背中を見ながらアルスは思った。
証拠は書類だけではない。




