第十・五話 幕間 使者視点 ——公開の場に引き出された男
神殿を出た後、使者は路地に入りしばらく動けなかった。
足が、震えている。
七賢院に入って二十年になる。
交渉は得意だ。
相手の弱点を探り、圧力をかけ、引かせる。
それがこの仕事だ。
大商会の頭取を黙らせたこともある。
貴族の当主に書類を撤回させたこともある。
しかし——今日は違った。
「公開審議を申請しています」
あの一言が出た瞬間、使者は理解した。
詰められている、と。
いや、最初から詰められていた。
自分が神殿に足を踏み入れた時点ですでに。
怖いのは、あの枢機卿ではない。
隣に立っていた黒髪の女——シルヴィアという参謀だ。
証人の名を出した時の目がまるで狩人だった。
「この場に呼ぶこともできます」と言った声に一切の迷いがなかった
。本当に呼ぶ気だった。
そして——枢機卿の目。
穏やかだった。
ずっと穏やかだった。
こちらが追い詰められていく間もその瞳は一度も変わらなかった。
怒っていない。
焦っていない。
ただ——待っていた。こちらが引くのを。
あの男は知っている。
使者はそう確信した。
評議会の名を借りた工作のことを、その裏の構造のことを、何かを知っている。
でなければあの落ち着きは出ない。
使者は懐から小さな呪符を取り出した。
七賢院への緊急連絡用だ。
手が震えて、うまく発動できなかった。
——どう報告する。
「交渉に失敗した」では済まない。
「公開審議に引き込まれそうになった」と報告すれば自分の失点になる。
しかし——報告しなければもっと悪い。
使者はゆっくりと息を吐いた。
そして呪符を発動させた。
「......聖枢機卿は、予想以上の手を持っています」




