1章:スキル【完全理解】で最強!
「ギ、ギギィッ……」
石造りのダンジョン。その一番奥で、俺にボコボコにされたオークの雑魚が、情けない声で命乞いらしき動きをしていた。
でも、俺に許してやる理由なんてない。
俺が右手に持っているのは、女神ルナからもらった最強の聖剣がある。
スキル【完全理解】が網膜に投影してくれる『赤いガイドライン』――敵の弱点が丸見えになる、有能すぎる線をなぞっただけだ。
「無駄だって。俺のスキルからは、誰も逃げられないんだからさ」
ズバァッ! と、ゲームみたいな派手な効果音が響く。
すると、オークの身体は血を流す代わりに、キラキラした光の玉になって消えていった。
あー、また大量に経験値をゲットしちゃった。頭の中でレベルアップのファンファーレが鳴り響く。
『すごいです勇者さまぁ! 今の一撃、最高でしたっ! さすがは私が選んだ、世界でたった一人の希望ですねっ!』
脳内に直接聞こえてくるのは、俺の女神であるルナの可愛すぎる声。
彼女に褒められるだけで、なんだか自分が全知全能の神様にでもなったような、最高の気分になれる。
「ははっ、ルナが大げさなんだよ。……でも、マジで無敵だな、これ。世界が全部、俺の思い通りじゃん」
俺は、鞘に聖剣をカチンと収めて、空を仰ぎ見た。
◇
時間は、ほんの数日前に遡る。
そこには、こんなキラキラした世界とは無縁の、クソみたいな日常があった。
鈴木洋介、三十二歳。どこにでもいる社畜
絶賛実家暮らし中。世間じゃ『子ども部屋おじさん』なんて馬鹿にする奴もいるけど、ほっといてくれ。
使い古したPCと、Web小説、マンガとラノベが詰まった本棚。これこそが、俺にとっての最強の城だった。
給料は正直安すぎるけど、実家なら趣味に全力投球できるしな。
彼女いない歴=年齢なのは、まあ否定しない。
というか、リアルの女子に興味を持つなんてコスパが悪すぎる。画面の中の女子達を眺めている方が、よっぽどメンタルにいいのだ。
(……あー、やっとおわった…今日土曜、いや、もう日曜か…)
休日出勤という名のタダ働きを終えて、終電を降りた俺の頭の中は、「明日の昼まで爆睡してやる!」という幸せな計画だけでいっぱいだった。
自室。それこそが、俺にとって唯一の神聖な場所だったんだ。
駅の改札を出て、雨上がりの夜道。
濡れた地面が、街灯の光をてらてらと跳ね返している。
(眠い……。あとちょっとで、俺の城だ……)
その時だった。
――パァァァァァァアァァ!!!
夜の闇を突き破る、めちゃくちゃデカいクラクション。
振り向いた瞬間に見えたのは、目を潰すような眩しいヘッドライトだった。
「え?」
衝撃があったのかどうかも分からない。
ただ、自分の身体がふわっと軽くなって、空を飛んでいるみたいな感覚。
あ、これ死んだわ。ニュースに出ちゃうやつだ。
最後に見えたのは、突っ込んできたトラックの正面。
そこには『安全運転』なんていう、最高に皮肉なステッカーが貼ってあった。
(ギャグかよ……)
そんな毒づきを最後に、俺の意識は真っ白に弾けた。
◇
真っ白。
右を見ても左を見ても、境界線なんてない。
まるで、最高画質のディスプレイに何も映してない時みたいな、究極の「何もない」空間。
その中にポツンと階段だけが無駄に主張していた。
ご丁寧に「こちら→」と看板まで立っていたので、俺は黙ってしたがうことにした。
(トラックに轢かれて…真っ白、ってことは、ここが天国か? それとも……)
現実感がない階段を一歩一歩おりていく。
(結構長いな…)
まだまだ続く謎の階段。
あのー、これ、いつまで続くんですかね?
300段ぐらいまでは数えていたが、それからは飽きてしまい正直覚えていないぐらい降りた先に、なんかピカピカした装飾がついた、ふざけた神殿らしきものがあった。
「あっ、お目覚めですかぁ? 勇者さまっ! 待ちくたびれちゃいましたよぉ!」
そんな俺の疑問に答えるように、可愛いらしい声が響いた。
そこには――。
銀髪をキラキラさせて、真っ白なワンピースを着て、背中にふわふわの羽が生えた、非現実的なまでの美少女が立っていた。
……でも、何だろう。
彼女の右手に見える、あのめちゃくちゃ場違いなアイテムは。
「えーっと……看板?」
「はいっ! 分かりやすさ第一、女神ルナですっ!」
彼女がドヤ顔で掲げているのは、ホームセンターで買ってきたみたいな木の板に、太いマジックで【GODDESS】と殴り書きされた立て看板だった。
「いや、自己紹介のクセが強すぎだろ。女神ならもっとこう、神秘的な光とかないのかよ」
「えへへ、それより看板の方が『あ、この子は女神なんだな』って秒で理解できるかなって思いまして! 私、勇者さまにストレスを与えないのがモットーなんですよっ!」
……なるほど。ポンコツだ。
でも、めちゃくちゃタイプだ。いいじゃん、すげーじゃん。
「それで、ここは神界ってことでいいのか? 俺を呼んだのは、やっぱり魔王を倒せとかそういう……?」
「その通りです! 話が早くて助かります! 勇者さまが行くことになる『ドリームアイランド』っていう世界は、今まさに魔王軍のせいでピンチなんです。そこで、王国の皆さんが『最強の助っ人を呼んでくれー!』って神頼みをした結果、私のレーダーに引っかかったのが洋介さんだったってわけです!」
最強の助っ人。
社畜だった俺に、そんな言葉がかけられる日が来るなんて。
「現実世界では社畜として頑張ってきた洋介さんなら、どんなハードな戦いもこなせるはずです! ……あっ、今の失言でしたかね? えへ、忘れてください!」
死んでからも社畜ってワードを聞くとは思わなかった。心に来るからやめてほしいものだ。
ルナが慌てて自分の口を塞いで、テヘペロっと舌を出した。
……あざとい。だが、それがいい。
「で、丸腰で行けって言わないよな?」
「もっちろんです! 異世界転生といえば、これですよねっ!」
ルナがパチンと指を鳴らすと、空中からキラキラした光の粉が降り注いだ。
すると、ゲームみたいに半透明のウィンドウが俺の目の前に浮かび上がる。
【スキル付与:完全理解】
「完全理解……?」
「はい! これさえあれば、相手の弱点、魔法の仕組み、世界のルール、果ては道端に落ちてる草の毒性まで、全部『丸分かり』になっちゃいます! 勇者さま専用の、全自動攻略ガイドですねっ!」
これだ。俺がずっと欲しかったのは。
職場で、「察しろ」とか「これくらい常識だろ」とか言われてきた地獄とはおさらばだ。
「マジか……。それ、ゲームの行動パターンが見えるみたいなやつ?」
「もっとすごいです! 敵が次に何を考えてるかまで分かっちゃいますから! おまけに、こちらの世界での言葉も全部翻訳しちゃいますよっ」
「……最強じゃん」
「さらにさらに! ご親切に、この『聖剣』もセットでプレゼントしちゃいます! 私ってば、有能!」
ルナがそう言うと、光の中から一振りの剣が現れた。
彫刻が施された美しい柄、透き通るような刃。
手にした瞬間、俺の身体に熱い力が流れ込んできた。
「嘘みたいに軽い……。これ、俺マジで無双できちゃうんじゃないの?」
「できちゃいます! 無双し放題です! 勇者さまの人生、ここからが本当の本番ですよっ!」
ルナの笑顔を見ていると、社畜時代のドロドロした記憶がどんどん無くなっていく。
(そうだ。俺はもう、誰にも頭を下げなくていい。このスキルと剣があれば、俺を縛るものは何もないんだ)
「よし……。ルナ、俺、やってみるよ。この第2の人生、全力で楽しんでやる」
「その意気ですっ! ……ああ、そろそろ召喚の準備が整ったみたいですね。勇者さまの活躍、期待してますよっ!」
ルナが掲げていた【GODDESS】の看板が、キラキラと輝き始める。
足元の白い床が溶けるように消えていき、代わりに抜けるような青空の色が入り込んできた。
「ルナ……絶対、魔王を倒してやるからな!」
「えへへ(照)! じゃあ――いってらっしゃい! 私だけの、最強の勇者さま!」
ルナのまぶしい笑顔を最後に、俺の意識は新しい世界へと加速していった。
いくぞ、異世界!
俺の『完全理解』で、すべてを分からせてやる!




