第七十二話 白き影の警告
翔太は、はっと息を呑んで飛び起きた。
額には汗がにじみ、心臓は激しく鼓動している。
「……また、あの夢……」
優希がイーヴァンのように魔物を斬る夢。
その瞳に浮かぶ涙。
夢とは思えない迫力と、胸を締めつけるような焦燥感。
翔太は髪をかきあげ、深く息を吐いた。
(なんで……毎晩こんな夢を見るんだ。俺は……何を見せられてる?)
ぼんやりしたままシャワーを浴び、スーツに袖を通す。
記憶は戻らないままなのに、仕事へ向かわなければならないという現実が重い。
「……行くか」
玄関のドアを開ける。
その瞬間だった。
白い影が歩道から近づいてくる。
(……あの猫……)
記憶を失くしてから、何度か見た猫だ。
しかし、今回は――
猫の輪郭が揺らいでいた。
まるで霧のように、部分部分が透け、消えかかっている。
「……なんだ、これ……」
猫は翔太の足元で立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。
次の瞬間――
「……ゆ、め……は……見た……?」
はっきりと聞こえた。
小さく、だが確かに“言葉”として。
翔太は全身の血の気が引いた。
「お……お前……しゃ、喋った……!? なんで……?」
猫は首を傾げ、ふたたび言う。
おもい……だした……?
――しょ……う……た……」
「や、やめろ!!」
翔太は咄嗟に後ずさり、身体が勝手に逃げ出していた。
角を曲がり、全速力で駆ける。
(なんなんだよ……! なんで、猫が……!
俺の名前……どうして――)
息を切らせながら駅の手前で立ち止まる。
だが、胸の奥に残る違和感が離れなかった。
(……あれは、俺に“何か”を伝えようとしていた……?)
逃げてきたくせに、気になって仕方ない。
翔太はゆっくりと来た道を引き返した。
あれが幻覚なら、それでいい。
でも、もし――夢と関係があるなら。
「……さっきの猫……」
路地を覗き、電柱の影を見て、マンションの脇を探す。
しかし――どこにもいない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「……いない、のか……」
翔太の胸に、得体の知れない不安が広がった。
(何なんだよ……夢も……猫も……
俺の記憶も……全部……何なんだ……)
その日は仕事にならず、ぼんやりと一日を過ごした。
そしてその夜――
夢は、さらに鮮明になっていく。
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次回、第七十三話 繋がる想い




