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第七十一話 記憶の残響

  光が遠ざかり、翔太の身体は闇に沈んでいく。

耳鳴りだけが残り、体の感覚が少しずつ薄れていった。


(……みんな……どこに……)


 そう呟いた瞬間、闇が破れた。

まぶしい光が差し込む。

翔太はまぶたを開けた。

見慣れない白い天井、――そこは、家のベッドの上だった。


 「……ここは……?」


上体を起こすと、母親らしき女性が心配そうにこちらを覗きこむ。


 「翔太……! 気がついたのね……!

良かったぁ……遅いから心配になって、起こしに来ても全然、目を覚まさないんだもの」


 「……え? 俺……」


 言葉が出ない。

頭の中が真っ白だった。

“翔太”という名前が自分のものだと理解できなかった。

母の顔も、家の匂いも、何一つ覚えていない。


 「……すみません。あの……あなたは……?」


 母の表情が固まった。

すぐに、嗚咽おえつが漏れる。


 「昨日まで、普通だったのに……どうして……どうして……」


翔太はただ、困惑の中で座っているしかなかった。 



 ――そして、その日の午後。

母が言った。


 「今日は、友達の結婚式なのよ。翔太も招待されてるの、覚えてないかしら?

優希ちゃんと一緒に行くって言ってたんだけど……」


 「……優希……?」


 その名前を聞いた瞬間、心の奥で何かが引っかかった。

胸が熱くなる。だが、記憶は何も浮かばない。


 「……行った方がいいと思う?」


 「ええ。きっと……何か思い出すかもしれないから。」


翔太は頷き、スーツに着替えて外に出た。



 ――途中、信号待ちの交差点で、一匹の白い猫と目が合う。

猫は静かにこちらを見つめ、ゆっくりと瞬きをした。


(……あの猫……)

胸の奥がざわつく。だが、思い出せない。



 ーーー結婚式場。

花の香り、笑い声、拍手。

友人たちが声をかけてくるが、翔太はすべて他人のように感じた。


 「おい翔太! 久しぶりだな! 元気してたか?」


 「……あ、ああ……うん……」


 友人の顔も、誰ひとり思い出せない。

そこへ、機嫌を悪そうにした女性(優希)が現れた。



 「もう、どうして先に行っちゃったの!?

一緒に行こうって言ってたのにーー!」


 「……ごめん……その……誰だっけ!?」


 「……!? なんの冗談……!?」


 白い壁が崩れ、暗い洞窟、仲間の笑顔、戦いの光景が一瞬だけ脳裏をかすめる。

だが、次の瞬間には消えていた。


 「……すみません。俺、あなたと……会ったこと、ありますか?」


優希の瞳が震えた。


 「……彼女の顔をわすれたの?

……冗談ならやめて!」


笑顔を作りながら、わずかに涙がにじむ。


 「優希さん……だよね……?」


母から聞かされていた名前を言ってみる。


 「……翔太……!?」




 ーーー結婚式が終わると、優希は翔太に言った。


 「途中まで一緒にかえろうよ」


翔太は頷く。


帰り道、翔太は優希と二人で歩いていた。


 「記憶のこと、明日にでも病院で見てもらおうね。

私も付いて行くから」


途中の交差点で、二人の道が分かれる。


 「私はこの先だから……また、明日ね。」


 「……うん。」


 優希は少し寂しそうに笑い、手を振った。

その背中を見送りながら、翔太はふと、また白い猫を見つける。

猫は歩道の端でこちらを見上げていた。


 「お前……また……」


近づこうとした瞬間、風が吹き、猫の姿が霧のように消えた。


 「……アイリ……?」


 口から、無意識にその名前が漏れた。

なぜその名を知っているのか、自分でも分からない。

だが、確かに――胸が温かくなった。


その時、女性の悲鳴が鳴り響いた。


 「……まさか!?」


 翔太は嫌な予感と共に、悲鳴が聞こえた方向に走った。

そこには、刃物を持った男の傍で、倒れこむ優希の姿があった。


 「やめろ―――!!」


 翔太は無意識に背中に手を伸ばすが、何も無い。

だが、次の瞬間、男のナイフを避け、殴り倒す。

その動きは、戦い慣れした者の動きだった。

男はたまらず、その場から立ち去った。


 「良かった……無事で……」


 「……怖かった」


優希は泣きそうな声で、震えていた。


翔太の願い。“優希の死を回避する”ことが出来た瞬間だった。



 ―――そして翌日、二人は総合病院へ向かった。

医師の診断は――


 「脳にも記憶にも異常はない」


 「……そんな、はず……」


優希は食い下がるが、医師は首を振るだけだった。


 「心因性の可能性がありますね。強いショックや、

夢のような体験の記憶を混同しているのかもしれません。」


 翔太はぼんやりとした目で窓の外を見ていた。

青い空。遠くを飛ぶカラス。

何もかもが現実なのに、どこか“作りもの”のように見える。


 「……帰ろうか。」


 「うん。」


 帰り道。

途中の交差点で立ち止まる二人。


 「明日はお互い、仕事だね……」


 「……そう…だね…」


 仕事のことも何もかも、思い出せずにいる自分が許せなかった。

ただ、不安だけが膨らんでいく。



 ―――家に帰っても、母は居なかった。

暗い部屋で翔太はつぶやく。


 「……俺は……誰なんだ」


 ソファに座り、頭を抱える。

この家にいていいのか。

ここに俺の居場所はあるのか――

疲れ果て、やがて眠りについた。


 その夜、夢を見た。

炎と光。広がる荒野。弓を構える自分。

そして――仲間たちの姿。

イーヴァン、リィナ、ジルク、チロル、ミンミン、アイリ。

みんなが笑っていた。


 「……夢、か……」


 だが、次の夜も、また次の夜も――同じ夢を見た。

少しずつ、細部が鮮明になっていく。

剣の音、魔法の光、誰かの声。


(イーヴァン……)


心の奥で、その名が響く。



 ーーそしてある夜。

いつもの夢の続きに――違和感があった。

イーヴァンの姿が消え、その場所に立っていたのは優希だった。

お洒落な衣装ではなく、黒い戦闘服。

両手に剣を構え、魔物を切り裂く。

まるで、イーヴァンのように。

翔太は声を上げた。


 「優希……なのか……?」


 優希は振り返る。

その瞳に涙がにじんでいた。


 「……思い出して、翔太……」


 その声で、夢が砕けた。

翔太は汗だくで目を覚ます。

窓の外、オレンジ色の月が静かに輝いていた。


読んでくれて、ありがとうございました。

次回、第七十二話 白き影の警告

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