第七十話 孤独なる戦場
「……アイリ?」
翔太の声は、薄暗い洞窟に虚しく響いた。
返事はない。
どこを見ても、アイリの姿は無い。
残されたのは、翔太ひとり。
(まさか……また、消えたのか?)
胸の奥がざわつく。
仲間が一人、また一人と奪われていく。
その不安を振り払うように、翔太は目の前の魔物をにらみつけた。
「……仲間をどこへやった!」
怒気を帯びた声が響く。
魔物はゆっくりと顔を上げ、口のような裂け目を動かす。
「仲間……? 何を言っている。
最初から、お前はひとりだったではないか。」
「なに……っ?」
「この洞窟に入った時から、お前以外の気配など存在しなかった。
幻か、夢か――それすらも区別できぬ愚か者よ。」
翔太の心臓が大きく鳴った。
視界の端が揺らぐ。
確かに――さっきまでいた仲間たちの声も、気配も、今は感じられない。
だが。
「……ふざけるなよ。」
握り締めた拳が、ギリッと音を立てた。
「俺は確かに感じた。
一緒に笑って、戦って、守ってきた。
仲間が幻なわけ、あるかッ!」
翔太が弓を引く。
黒い紋章が再び光を放ち、矢が闇の中を貫いた。
魔物は腕で受け止める。
衝撃で空気が爆ぜ、洞窟が震えた。
反撃の拳が飛ぶ。翔太は紙一重でかわし、距離を取る。
「規格外の強さ……だけど敵わない相手じゃない!」
魔物は一歩踏み出すたびに、地面が陥没する。
翔太は連射を放つが、弾くように腕で払い落とされた。
「お前は孤独だ。
強さを求め、幻の仲間を見ていた。
己の弱さを覆うためにな……!」
「黙れ!!」
翔太が叫ぶ。
怒りと恐怖が混ざり、右腕の紋章が一気に暴走する。
黒い光が腕全体を覆い、血管のように魔力が走った。
髪が逆立ち、視界が赤く染まる。
(……くそ、制御が……!)
魔物が巨腕を振り下ろす。
翔太はそれを受け流し、右腕の刃で斬りつけた。
鈍い音とともに、魔物の腕が弾け飛ぶ。
「がああああッ!!」
魔物が咆哮を上げる。
翔太の体もふらつく。限界は近い。
その時だった。
―― 「翔太! 頑張れ!」
―― 「負けるな!」
―― 「翔太! お前ならやれる!」
―― 「そう……私たちがいなくたって!」
―― 「……あなたは強い!」
頭の中に、声が響いた。
消えたはずの仲間たちの声。
イーヴァン、ジルク、ミンミン、リィナ、アイリ。
確かにそこにいるように、暖かい声が翔太の心を包んだ。
「みんな……!」
息を荒げながら、翔太は微笑んだ。
その瞬間、黒い光の中に淡い蒼が混ざる。
暴走しかけていた魔力が、穏やかに形を変えた。
――右腕が、完全に変化した。
闇と光、二つの属性が絡み合う“半魔の姿”。
「これが……俺の、ちからだ―――!」
翔太が地を蹴る。
その速さは、先ほどまでの魔物を凌駕していた。
刃と拳が何度もぶつかり、光と闇が洞窟を揺らす。
「ぐぅぅぅぅっ!」
「これで終わりだッ!!」
翔太は渾身の力で跳び上がり、右腕を振り抜いた。
黒と蒼の光が螺旋を描き――魔物の胸を貫く。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔物の声がかすれ、体が崩れ落ちていく。
翔太は膝をつき、荒い息を吐いた。
手の中には、黒く輝く“紋章の欠片”が残されていた。
「……これで、最後の試練が終わった……?
……仲間は……!?」
魔物の亡骸が光となり、ゆっくりと消えていく。
その最後に、低い声が響いた。
「よくぞ我を倒した。紋章を持つ者よ……」
光が翔太を包む。
「……仲間をかえ……せ…」
そのまま意識が遠のいていく。
「まだ言うか……しつこい奴めが。仲間などおらぬ。
……そう、いたのは、せいぜい猫一匹くらいだ……」
その言葉を最後に、悪魔は消滅した。
――どこかで、仲間たちの笑い声が聞こえた気がした。
読んでくれて、ありがとうございました。
次回、第七十一話 記憶の残響
最終話近いです。




