第六十六話 裂かれる選択肢
アイリの涙と叫びが胸に突き刺さった夜。
翔太は窓の外に寄りかかり、空に重なる二つの月をしばらく眺めていた。
(……俺は、自分のことしか考えていなかった。
優希の気持ちを考えようともせずに……)
優希を助けたい。
その一心で走ってきた。
(あの時、優希が言っていたこと。逆の立場なら俺もそう思っていた。
俺の選択一つで、誰かを傷つけてしまうなんて……思ってなかった)
胸が痛い。
喉の奥が苦しくなる。
翔太は意を決して立ち上がった。
「……イーヴァンのところに、戻らないと」
夜の村は静かだった。
家々の灯火が風に揺れ、空には二つの月が重なろうとしている。
イーヴァンは民家の前でひとり腰掛け、空を見上げていた。
翔太の足音に気づき、ゆっくり振り返る。
「……翔太……アイリの所に行ったんじゃ……?」
「イーヴァン。俺……決めたよ!」
深く息を吸い、翔太は続けた。
「俺は――最後の試練を受けない。
もう、イーヴァンや仲間の気持ちまで犠牲にするようなことはしたくない」
イーヴァンの目が大きく揺れた。
「翔太……いいの?」
「うん。優希を助けたい気持ちは……消えない。
でも、それは俺の身勝手な考えだったって、気づかされたよ」
イーヴァンの表情はゆっくりと柔らかくなり――
小さく、泣きそうに微笑んだ。
「ありがとう……翔太。
あなたが……そう言ってくれただけで、私は……救われた」
――その瞬間だった。
低い声が、翔太の頭の奥に響き渡る。
『……約束を忘れたか、人間』
「っ……!」
頭を押さえ、翔太は膝をつく。
「翔太!? どうしたの!」
イーヴァンが抱きとめようとするが、翔太は苦しげに首を振る。
『契約は絶対だ。お前は“最後の試練”を受けねばならない』
「や、やめろ……俺は、試練を放棄するって……!」
『許さぬ。
もし試練を受けぬなら――』
低い声が粘りつくように、冷たく告げる。
『お前の仲間を、すべて消すことになる』
「――!!」
翔太の血の気が一気に引いた。
「そんな……そんな脅し……!」
『脅しではない。契約だ。
お前は願ったのだろう? “女を救いたい”と』
翔太は歯を噛みしめ、拳を震わせる。
「……わかった。
試練を受ける。仲間を……誰も失いたくない」
イーヴァンが絶望したように首を振った。
「翔太、ダメ!! そんなの……!
悪魔になんて言われたの!?」
翔太は彼女の手をそっと握り、目を細める。
「大丈夫。道はあるはずだ」
『ふん。強がるな、人間。
……だが、最後に一つだけ答えてやろう』
翔太は息を呑む。
「……元の世界の時間を戻すとしたら、この世界のイーヴァンは……どうなる?」
悪魔は、愉悦を含んだ声で笑った。
『消えるに決まっている』
『時間を巻き戻せば、その時代に存在しない“異世界の魂”は消滅する。
お前の望みは“女の死の回避”。
それが叶えば、この世界のイーヴァンは必要ない』
「……!」
『もう一つ、おまけに教えてやろう!
女の願いで、お前は意識を取り戻しここに来た。
元の世界に戻ろうと、生きることは可能だ』
夜が、大きく揺れ、
二つの月が完全に重なった。
運命が――翔太を引きずり込もうとしていた。
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次回、第六十七話 試練の集い




