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第六十五話 揺れる心

   ドルトンを倒してから次の日。

 ドーリン王国の城下町にも、レーベル村にも、ようやく穏やかな日常が戻りつつあった。

 闇を覆っていた黒い霧はすべて晴れ、重く垂れていた空気も嘘のように澄んでいる。

 村人たちは翔太たちに礼を述べ、安堵の表情で家々の修繕に取りかかっていた。

 そんな中――島からフェアリスが村に戻ってきた。


「リィナ、迎えに来たよー!」


「……本当に来たんですね。あなたの弟子になる日が」


  リィナは長い髪をきゅっと結びなおし、小さく息を吐いた。

 フェアリスはにやりと笑う。


「もちろん! 約束は守ってもらわないとね。

 さあ、リィナ。うちの島に来て、魔法の極意を仕込んであげる!」


「……はい。よろしくお願いします。師匠!」


 フェアリスは満足げに頷き、翔太の方へ向き直る。


「じゃあ、行ってくるね。試練の夜までには戻ってくるよ!」


 翔太も笑ったが、その笑みはどこか曇っていた。


  ――二つの月が、夜空でゆっくりと近づいていく。

 試練はすぐそこまで迫っていた。

 仲間たちはそれぞれ準備を進めていたが、翔太だけは落ち着かない。

 昨夜、イーヴァンが打ち明けた真実が、胸の中で重く居座っていた。


(……イーヴァン。

 でも、俺が助けたかった“優希”は、現実世界の……

 そして試練を越えれば、俺は――)


  彼は考えるたび、心が揺れた。

 その時だった。


「……翔太!」


  猫の姿のアイリが駆け寄ってきた。

 その目は真剣で、どこか必死だ。


「翔太、迎えに来たぞ。――私の家で暮らそう」


「は? え、いや、ちょっと……!」


  返事をする間もなく、アイリが翔太の腕を掴み、

 チラッとイーヴァンの方へ視線を向ける。


「…………」


  イーヴァンは視線をそらす。

 翔太は振り返ったが、イーヴァンは微笑みすら浮かべていた。



  ――ジルクはチロルと公園に来ていた。

 ずっと、我慢ばかりさせていた……まだまだ幼い子ども。

 今度の試練が終わった時には、好きな所へ連れて行ってあげよう。

 そう思っていた。



 ――アイリの家に着くと、彼女はすぐに翔太の手を引いてダイニングへ。


「今日は頑張って料理したんだぞ! ほら、食え!」


「……ありがとう。いただきます」


  食卓には煮込み料理、焼き魚、香草スープ、アイリの小さな手で作られた料理が並んでいた。

 翔太はひと口食べると目を細めた。


「……美味しいよ、アイリ。ほんとに」


  だが、その声に心が宿っていない。

 アイリはすぐに気づいて、ほっぺを膨らませる。


「……翔太。上の空だな」


「え……そんなことないって」


「嘘だ。私にはわかる!」


 アイリは自嘲(じちょう)気味に笑って、テーブルに両手を置いた。


「風呂、入るか? 一緒に」


「一緒に!?いや……それは、まずいでしょ!」


「じゃあ、もう寝る……? 

 ……一緒に!」


「いやいや……どうしてそうなる!」


  翔太の顔はどこか遠かった。

 アイリの胸に、昨晩の会話がよみがえる。

 ――翔太とイーヴァンが語った秘密。

 ――記憶がすべて失われるという事実。

 ――翔太が好きなのは、イーヴァンだということ。

 アイリは、震える声で翔太に向き直った。


「翔太……イーヴァンのことが好きか?」


「……っ」


  翔太は何も言えなかった。

 否定しようとする前に、喉が詰まる。


 「試練を終えたら、記憶が全部なくなるんだよな。

 昨日の夜、二人が話してるのを聞いちゃったんだ」


「……そう、だよ。でも俺は――」


「だったら! 今のままでいいじゃないか!」


 アイリの叫びが、狭い部屋に響いた。


 「記憶をなくしたら……イーヴァンのことも、優希のことも忘れる。

 それでも二人は幸せって言えるの!?」


 言った後、アイリは唇を噛んだ。


「……」


 翔太は、うつむいたまま何も答えられなかった。


 アイリは涙を振り切るように言葉を吐いた。


 「俺は…翔太のことが好きだ。

 だから……本当は、一緒に居たい。

 でも、翔太が、イーヴァンのことを本気で追いかけるなら、

 俺は……!」


  翔太の胸が締めつけられた。

 アイリは泣きながらも笑った。

 翔太は小さく呟き、拳を握りしめた。


  その窓の外――

 二つの月は、ほとんど触れ合うほど近づいていた。

 試練の夜は、もう目前だった。


読んでくれて、ありがとうございました。

次回、第六十六話 裂かれる選択肢

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