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第六十四話 交わらない想い

  「……翔太、最後の試練には行かないで」


 「え……?」


 突然すぎる言葉だった。


 「行っちゃ……ダメ。

 行けば……あなたは――」


 そこでイーヴァンは言葉を飲み込んだ。


(……行けば必ず翔太の記憶は、全て失くしてしまう……)


 胸の奥が締めつけられ、喉が震える。


 「どうしたんだよ。イーヴァン……?」


 「……あのね、翔太。三つめの試練を越えると……」


 翔太は静かに目を細めた。




  ――時は遡り、ドルトンが倒れ、広場にはようやく静寂が戻っていた。

 瓦礫の山、消え残る黒い霧。

 そして、まだ震える空気の中で、翔太とイーヴァンは少し離れて立っていた。

 仲間たちは疲労の色を隠せない。

 そこへ、アイリがふらふらと近づいてきた。


 「翔太……フェアリスを……」


  広場の中央では、フェアリスの身体を前に、ジルクとミンミンが膝をついていた。

 アイリは深呼吸し、手をかざす。


 「――生き返りの魔法リヴィエナ


 霧がかった光がフェアリスの胸に灯り、脈が戻る。


 「……あれ? 私……死んだ……よね?」


 「生き返ったんだよ!!」


 「よかった……フェアリス!」


 フェアリスはふわりと微笑む。


 「そっか……貴重な体験だったなぁ……死って」


 「軽いな!!!」


 「普通はトラウマだよ!?」


 皆が叫び、少しだけ笑いが戻る。

 

  疲れ切った仲間たちは、フェアリスの無事を確認しながら、ゆっくり村へ帰っていった。

 翔太とイーヴァンは、自然と並んで歩くことになった。

アイリがその間に割るように入り、翔太に照れながら言う。


 「……フェアリスは助かったぞ……その……

俺が言ったこと忘れてないよな?」


翔太は思い出し、苦笑いをしながら、はぐらかした。


 

 ――村に着いた夜。

フェアリスは島に戻り、ルイドも家に帰る。

疲れはてた仲間たちにも、休息の時が訪れていた。



  ―――冒頭の場面

 民家の端の静かな場所で、翔太とイーヴァンは向かい合っていた。

 月明かりが二人を照らす。


 「翔太……三つめの試練を越えると……全ての記憶を失くしてしまうの」


 イーヴァンはゆっくり息を吸った。


 「私は……三つの試練を越えたの。

 そして“最後の魔物”を倒して……願いを叶えてもらった」


 「願い……?」


 「……現実世界の翔太を……助けてほしいって」


 翔太は目を見開いた。


 「どうして……イーヴァンが俺の……?」


 「――私はね、翔太。

 現実世界のあなたを……知っている」


 翔太の息が止まる。


 「現実世界の俺……を?」


 「友達の結婚式の後、あなたが刺されたこと。

 そして……現実世界の“優希”が……もうこの世にいないことも」


 翔太は拳を震わせた。


 「……なんで……そんなこと……」


 「私が……願ったから。

 あなたを助けたいって……。生きて欲しいって……

 私は……現実世界では“優希”だったから」


  その言葉に、翔太は息をのみ、動けなくなった。

 猫の姿のアイリは、木陰からそのすべてを聞いていた。


(……現実……世界……?

 イーヴァンが……優希……?)


 尻尾が震えていた。

 

 「……翔太……私を救ってくれようとしてたんだね」

 

 「……そうだ。

 事故の前に戻れると思った。

 俺が試練を全部越えれば……優希を救えるって……」


イーヴァンの胸が痛んだ。


 「……私はここに居る。現実世界の私は……もういない。

 もし、本当に時を戻せたとして、現実の私が生きている世界に戻れたとしても、

翔太は私のことを覚えていない……そんなのは…嫌!」


翔太は唇を噛んだ。


 「じゃあ……俺は……どうすればいいんだ……?」


 その問いに、イーヴァンは答えられなかった。


 二人の視線が交わったが、想いは重ならない。

 

 イーヴァンは震える声で告げた。


 「翔太……私が生きている世界に戻れたとしても、

そこに翔太がいないなら、私を覚えていないなら……

生きている意味がない!

そんなの耐えられないよ!」


翔太は目を閉じた。


 「……それでも俺は、優希を助けたい!」


 「翔太!!」


 「たとえ……全部忘れても……

 俺が……優希の隣に居られなかったとしても……生きていて欲しい」


 イーヴァンの瞳が揺れる。


 「……どうして……そんな……

 どうして……そんなこと言うの……」


 「優希が………大切な人だから」


  その一言で、イーヴァンの膝が震えた。

 でも――抱きしめることはできなかった。

 

  二人がふと空を見上げると、

 二つの月がゆっくりと近づき始めていた。

 ――試練の夜が、迫っていた。

 

木陰では、猫のアイリが震えていた。

 

 そして夜は深まり、

二人の運命はもう、戻れない場所に向かい始めていた。


読んでくれて、ありがとうございました。

次回、第六十五話 揺れる心

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